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BloodTeaHOUSE

作者:
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教師

バイオリンのお稽古をしながら、ふと考える。
どうしてこの曲だと音が手をつないでくれないのかな?
なんだか、ギスギスしててやな感じ‥‥

バッハの曲って、呼吸までシンクロさせないとだめなんだよねぇ‥‥
自然な呼吸から音につなげていかないと、途中で息が詰まって音が乱れちゃう。

「あまり根を詰めるのはよくないよ」
「だってぇ~…」
「ここ、寄ってる」

たしかに眉根を寄せて弾いてちゃ、良くないよね。
自分が楽しくないものを、聴いてる人が楽しめるわけないし‥‥‥
しょんぼりと肩を落とす。

「どうせなら楽しく弾かないかい?」

そう言ってバイオリンを構える飛白。デュオのお誘いだ。
うれしくなってにっこりしてしまう。
んごーや裏子もそれに気がついて寄ってくる。

「あれ弾くのか?アタシあの曲好きだぞ」
「聴くたびに嬢ちゃんは上手になってるから楽しみやなー」
「そ、そう?上手になってるかな?」

2人ともモーツァルトのデュオはお気に入りらしくって、
弾くときには必ず寄ってきてくれるから、余計にうれしくなる。

飛白と並んで、お互いの目の合図て弾き始める。

まだ王政時代だったウィーンのサロン。
ウェストを細く絞り上げた貴婦人たちが笑いさざめく中、
カツラでおしゃれした紳士たちが優雅に彼女たちをエスコートする。

そんな彼らを楽しませるための曲。

破天荒な生き様と子供っぽくて俺サマな性格のために、パトロンがつかなくって、
苦労したモーツァルト。

しっかりした性格で彼の手綱を握ってた父親の反対を押し切って、
ローマからウィーンに来ちゃって、勝手に結婚までしちゃったんだよね。

でも、彼の書く作品は、
どの楽譜も一発書きで下書き無しなのに、清書したかのように修正箇所がなかったとか、
呆れるくらいの大天才だったんだよね。

映画で見たときに笑っちゃったのが、パーティーの余興のシーン。
バッハ風のアレンジを軽々こなして俺サマの方が上だと言わんばかりの態度。
顔真似までして小馬鹿にするあたりが、あまりにもらしくって。

でも、彼の作品はお下劣な性格と正反対に素敵なものばかり。

小学生だって知ってる”きらきら星”も、彼の曲なんだよね。
魅力的で人を惹きつけ、忘れられなくしてしまう。この曲だってそう。

笑いあって追いかけっこしてナイショ話するように、
2つのパートが絡み合う。音が空気に色をつけるように響き合う。

サロンの誰もが足を止めて聴き入っちゃうのを見て、
さっすが俺サマ!って演奏しながら思うモーツァルトの姿が目に浮かぶ。

つねに自分が1番最高の音楽家だ、評価されるのは当たり前って思ってるから、
彼から賛辞を受けるのはなかなかにむつかしい。
それでも、今日の演奏はお世辞拍手をくれたから、そのうちびっくりさせてやるって思う。

「ふふっ、モーツァルトがお世辞拍手くれたよ」
「サロンの皆さんは大賛辞してたのに?」

2人で今日の出来は良かったねと笑い合う。

「? なんのことだ?」
「またえらい上達したなぁ。上達の秘訣はなんや?」
「あのね、頭の中のモーツァルトに、認めてもらうように弾くの」
「香澄ちゃんの頭の中には、たくさんの音楽家がいるようだね」
「みんな自分の曲だとあれこれうるさくって‥‥」

バッハ先生を思い出して、ちょっとブルー。
あの無言の威圧はホント何とかして欲しいよ‥‥

「そらまたえらい豪華な音楽教師やなぁ」
「頭の中で怒られるから、逃げられなくて大変なの」
「なるほどー、それであんなに上手なんだな」

シューベルトは神経質だし、モーツァルトはふざけ屋だし、バッハは威圧的だし、
ベートーベンはイライラ屋だし、みんなそれぞれ、何かとめんどくさいんだよねぇ。

「教室の先生がのんびり屋さんでホント良かったよ」

先生は怒ることなんてあるのかな?ってくらい、いつも穏やかで、
注意らしい注意すらしないんだよね。
教えは全部バイオリンの音の中だけのやり取りで、困ってるところを弾いてくれて、
あとは自分で考えてみなさいなって感じ。

「それだけの豪華な教師が付いてるんだから当然じゃないのかな?」
「そやな、注意やったら巨匠がしてくれるんやろ?」
「そういうのも才能じゃないのか?」
「うれしくない才能だよ‥‥これだったら怖い先生一人のほうがいい」

これですごく上手なんだったら、そんなに困らないんだけど、
あいにく私はそんなに上手じゃないから、いっぱい怒られるんだもん。
愛の挨拶も、最初の頃はエルガーにもさんざんしかめっ面された‥‥

「でも、だからこそあのG線上のアリアが弾けたんだろう?」
「アリアてなんや?」
「あ、そっか。ここでは弾いたことなかったよね。ずっと前に教室でやってた曲で、
 発表会の時にはそれも弾いたの。Gの弦だけで弾く曲なんだよ」
「弦1本だけの曲なのか?」
「うん。でもきれいな曲だよ」

難易度自体はそんなに高くないせいで、初心者の練習曲として扱われがちなんだけど、
バッハ先生の威圧のせいで、私はずいぶん時間をかけてやることになっちゃったんだよね。

「そら聞いてみたいなぁ」
「こいつだけしか聞いてないってものムカつくしな」
「えと、あんまり期待しないでね?」

バイオリンを構えて息を整える。この曲は始めるのに時間がかかっちゃうんだよね。
力を入れてたり息が乱れてるとちゃんと弾けないから。

呼吸までシンクロさせて弓を引く。
たった1本の弦から紡ぎ出される、神様に愛された美しい曲。

祈りとも思える切なさに満ちたその旋律は私の心を惹きつけて揺さぶる。

最後の弓を引ききって、ゆっくりバイオリンを下ろすと、
発表会の時ほどじゃないけど、やっぱり涙がこぼれた。

「えへ、ごめん。発表会の時も泣いちゃって、先生と飛白にすごい迷惑かけたの」
「なんか、すごかったぞ…」
「嬢ちゃんの中に巨匠がおるのはホンマやねんな…」

ふだんはクラシックになんか全然興味ない2人から、最上級の褒め言葉。
バッハ先生も穏やかに笑ってる。

「舞台で見たときはまさにミューズの降臨だと思ったしね」
「あはっ、それは大げさだよ~」
「いやいや大げさやないで、プロは目指さへんのか?」
「プロ?コンクールも出たことないのに?」
「それは君が心配だったからだろう?そうやって泣いちゃうから」
「う‥‥‥そう、みたいだけど‥‥‥」

考えたこともなかった選択肢に戸惑う。
お金もらって演奏するなんて想像できない。私には無理だよ‥‥‥

「そういうことはゆっくり考えればいいじゃん」
「そうだね。今は楽しく弾くことの方が大切だろうし」
「この店専属っちゅうのも悪ないしな」
「それにはバッハ先生に怒られないようにならないと、はぁ~‥‥」

「あっはっは、相当厳しいみたいやな」
「笑い事じゃないんだよ?あの無言の威圧だけでクタクタになっちゃうんだからぁ」

ほんと、あの巨体で睨むのは許して欲しいのに。













 
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