お店の前に来たら、きれいな金髪のお姉さんが出てきた。お客様かな?
そう思ってぺこりと挨拶する。
「あなたここのお客?」
「あ はい、そうですけど」
スタイルいい人だなー。胸大きい…そして美人だ。
マリリンモンローみたいなグラマラスなタイプ。
「飛白ちゃんにお店追い出されちゃったのよねぇ~」
は?飛白ちゃん!? 飛白を”ちゃん”付けで呼ぶってことは親しい人なのかな?
だったらちゃんと挨拶しなきゃいけないよね。
「えっと、あ、わたし香澄って言います。お姉さんは?」
「ふぅ~ん。香澄ちゃん、ね」
ぺこんと頭を下げて自己紹介した私を、上から下までジロジロ見てる。
目を細めてイジワルそうに笑うお姉さんはちょっと怖い。
「まだいたのかい?……いい加減にしてくれ!」
お店のドアが開くと同時に飛白の声がした。
声だけでも、イラついてるのがわかる。
「あんっもうっ冷たいんだからぁ~」
クスクス笑いながら、お姉さんは私に近づいてくる。
「え、あの、ちょっと…」
「キャ…」
焦っていると目の前からお姉さんがかき消えた。
飛白の方をを見ると目が金色に光ってすごく怖い顔してる。
「すまない、吹き飛ばしておいたからしばらくは大丈夫だと思うよ」
「え? う、うん…」
「遊びに来たんだろう?中へどうぞ」
もうすっかりいつものキザな仕草に戻ってる。目も青色だ。
でもなんとなく不機嫌…? 気のせい、じゃないよね?
「こんばんわ」「おっす」「まいど~」
いつもどおりに挨拶するけど、席には座らず今日は裏子に寄っていって、
小さい声でこそっと裏子に聞いてみる。
「さっき金髪の美人さん来てたよね?」
「来てたよ、なんか飛白の叔母さんで、しかもヴァンパイアなんだって」
「じゃあ飛白って家族全員吸血鬼なの? あれ? でも前に元人間だって言ってたよね」
「なんかよくわかんないんだけど、変わった人でさー、飛白はやたら不機嫌に…」
二人でヒソヒソ話してたら、
「きこえてるよ、裏子ちゃん。 香澄ちゃんに余計なことを吹き込まないでもらおうか」
丸聞こえだったみたい。やっぱりちょっと怒ってるのかな?
「世の中、知らないほうがいい、ってこともあるんだから、ね?」
なんてたしなめられては、聞いちゃいけないんだなってわかって、
それ以上あれこれ聞けなくなってしまった。
「うー、ごめんなさい…」
ショボンとしながら席に着く。
「どうぞ、抹茶オ・レだよ」
白と緑に分かれた抹茶オ・レには生クリームが絞ってあって
上から抹茶のソースがかかってる。キレイだけど、混ぜたほうが美味しいよね?
と、ストローでくるくる混ぜてみる。カランコロンと氷が鳴って、
混ざった抹茶オ・レを一口。うん、ちょうどいい甘さ。抹茶の香りもいい。
「おいし♪」
ふふっと笑う。・・・そういえば、叔母さんも吸血鬼っていってたよね。吸血鬼かぁ。
「ねえ、妖怪とか吸血鬼って丈夫で寿命も長いとか不老不死っていうけど、みんな何歳くらい?」
うん、これくらいなら聞いてもいいよね?
「アタシはーこの姿と記憶から逆算したら90年から百年くらいだろうと思う」
「僕は2百年くらいだね。だから夜伽の経験は豊富だよ」
「ワイは千年以上生きてるで」
「裏子と飛白は意外と若いんだね。 あ、若いって変だけど…もっと何百年も生きてるのかと思った」
えーっと90年から百年前…第一次世界大戦で日本がゴチャゴチャしてた時くらいかな。
うん、満州に侵略してた頃だ。
2百年前って日本は江戸時代で割と平和だったよね。
ヨーロッパだとあ、そうだ、革命があったんだっけ?
革命でヨーロッパが大混乱してた時だ。あれ?それはちょっと前かな?
えーと、ナポレオンだ!ナポレオンの失脚が2百年くらい前だ。
千年前だと菅原道真だっけ?平安京で権力振り回してたんだよね。
「ぷっ」
飛白とんごーがナポレオンと菅原道真!おもしろすぎる……
「なんやなんや?」
「うん、ちょっと、ぷふっぷぷぷっ」
「気になるから言えよなー」
「えっとね、2百年くらい前だとヨーロッパでナポレオンが侵略とかで暴れてて、
千年前は菅原道真が都で権力振り回してたの」
「へえ」
「んごーは飛白にボコられたんでしょ?」
「…まぁ、そやな……」
「軍人のナポレオンにお公家さんの道真がボコられたと思ったらおもしろくない?」
「ぷっ たしかに!そりゃ負けるよな。あはははっ」
「んが―――――――――っ!」
「裏子が生まれた頃はね、世界大戦があって世界中ゴチャゴチャしてたの」
「裏子ちゃんの料理みたいだね」
「はははっ、言われてみればそやな」
「なんだよ!」
「じゃあ、裏子は20世紀生まれで飛白は19世紀生まれだね」
「それはまた、ザックリした表現だね」
飛白は苦笑してるけど、それくらいザックリしてる方が身近に感じる気がするんだもん。
裏子と私は同じ20世紀生まれ。ほら、なんか身近に感じる。
「千年前かぁ」
頬杖をついて、ぼうっとつぶやく。
「ん?」
飛白と目が合ったから
「あのね、枕草子とか源氏物語が千年くらい前の物語なの」
学校で習ってから好きになって、原文と現代訳が一緒になってる本を買って読んだ。
清少納言と紫式部ってすっごく仲が悪かったんだよねぇ。
「ああ、男性が女性のところに通う、通い婚の時代だね」
「うん。光源氏がいい男って書かれてるのは、
通った女の人には、心が離れてからも援助をやめなかったからなんだって。
公家の女の人って御簾の中から出ないから収入は通ってくる男の人に頼りきりだったの」
「男の心変わりが死活問題になるのかっ!・・・すごい時代だな」
裏子は嫌そうに言う。男の人の存在が生き死にに関わるなんて女性には生きにくいかも。
「うん、だよね。ねえ、2百年くらい前のヨーロッパってどんな感じだったの?」
「さあ、どうだったかな、よく覚えてないね」
あれ?視線そらされた?聞いちゃダメだったかな?
「じゃあ日本に来たのはいつごろ?」
「僕が日本に来たのはちょうど平成になった頃だったかな。ドイツのベルリンの壁崩壊の年でもあるね」
東西のドイツ統合の時かー。
テレビで見たことあるけど、普通の一般人って感じの人が壁壊してて不思議だったな。
「アタシが来たのは20世紀最後の年だ」
わ、ちょうど私が生まれた年だ!
「ワイは大正元年1912年やな。もう百年以上前になるなー」
へー、裏子が生まれる前には日本に来てたんだ。
大正って聞くと大正ロマンとか着物に袴の女学生のイメージがあるなぁ。
「日本に来て、そのままお店開いたの?」
「いや、いろいろあってワイは放浪の旅に出ててな。日本についたときにぐうぜん浪速の商人に出会ったんや」
「僕にボコられて傷心の旅に出てた時だね」
「うっさいわ! で、そのおっちゃんがええ人でなぁ。しばらくその店で丁稚ちゅうかマスコットやっててん。
それがきっかけで商売に興味持ってな。それから競馬で万馬券当てて店開いたんや!
天国のおっちゃん見てるかー!ワイはやったでー!」
開店資金がギャンブルっていうのがなんというか…だめだめな感じだね。
「じゃあ、最初はんごー1人でお店してたの?」
んごーは普段、カウンターの上にずっといる。つまり働いてないのだ。
そのんごーがどうやって経営してたのか、すごく気になる。
「最初は雑貨屋してたんやけどあんまりやってな、旅亭に改装したんや」
「旅亭?」
「いわゆる貸し宿っちゅうやつやな。それが大当たりしてな」
うーん・・・お客様の部屋を掃除してるんごーが想像できない。
「それ、いつ頃のことだい?」
「1985年頃やな」
「バブル直前じゃないか」
苦笑する飛白の言葉になっとく。それじゃ儲かって当然ってことだよね。
バブルのときってすごく景気がよかったって聞いたもん。
「それからどうしてたの?」
「ちょうどバブル崩壊頃に飛白が店に押しかけてきてな、無理やり店員になりよったんやけど…
コイツはいるだけで働かんし、店の売り上げは落ちるしでなぁー…
そのうち飽きたとか飛白が言い出して、店に来んようになってもうて………」
あ、んごーがヘコみだしちゃった。そんなにお店大変だったのかな?
「僕は毎日楽しくがモットーだからね、退屈なのが嫌でしばらく棺桶で寝てたのさ」
「どのくらい寝てたの?」
「2年くらいかな」
「2年間ずっと眠ってたの?」
「吸血鬼が棺桶で眠るというのは”生きることを停止させる”ということなんだ。つまり”仮死状態”だね」
「なるほどー。でもそんなんでよくお店潰れなかったねぇー」
「そやなー。ちょうどもう店たたんでしまおかて真剣に思てたところに裏子が来てな。
なんやかんやで雇うことになってもうて、そしたら飛白まで戻ってきよって…
店の名前変えたり中を改装したりといろいろやって今の感じになったんや」
「店内の内装やったのは、ほとんど飛白じゃんか」
「じゃあこの内装は飛白の趣味?」
なんとなく店内を見回してみる。
壁には暖炉や柱時計にダーツの的、ドアの両隣には木枠のガラス窓。
大きめのソファがひとつとテーブルが3つにカウンター席が4つ。
アンティークみたいな古びた可愛いレジスター。
天井が高いからか、そんなに広くないのに閉塞感がない。うん、趣味いいよね。
「オーナーに任せると、禄でもないことになりそうだっから仕方なく、だよ」
「でも、ステキなお店だと思うよ」
「ほんまか!おおきにやで嬢ちゃん!!」
「イヤ、んごーのこと褒めてるわけじゃないだろ・・・」
うん、裏子の言うとおりです。 でも、ほんとに色々素敵なお店だよね。
いろんな偶然が重なって、お店ができて、それが続いて、ここに私が通えてるんだから。
こういうのを 縁”えにし”っていうんだよね。不思議なつながりで結ばれたもの。
このお店に、みんなに、出会えてよかったな。