BloodTeaHOUSE
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夏休みの課題
読書感想文をやってしまおうと、本を開いた。選んだのは前に読んだことのある、
武者小路実篤の”友情”。薄くて読みやすい割に、人間関係が濃くておもしろいの。
登場人物も少なくて、主人公の野島君23歳、親友の大宮君26歳、友人の仲田君、
仲田の妹 杉子16歳、大宮の従妹 武子17歳、仲田の同級生早川、これくらい。
簡単なあら筋は主人公野島と杉子と親友の大宮との3角関係の物語。
ページを繰っていると、コトンと音がした。
「読書のおともにどうぞ、ロイヤルミルクティだよ」
「わっ ありがとう!いい香り~♪」
ふわんと漂う紅茶とミルクの香りが、心をほかほかさせてくれる。
ヤケドしないように一口飲んでから、本に目を落とす。
しばらくして読み終わったから、飛白に話しかける。
「読み終わったけど、やっぱり面白かったよ」
「どんな話だったのかな?」
「えーっとねー・・・」
物語は帝劇の観劇の誘いを仲田から受けた野島が承諾するところから始まる。
この野島という青年、女性を見ると結婚を考えるような遊び知らずの純情さんであり。
駆け出しの作家のくせに、文壇の先輩を密かに軽蔑したるもする野心家でもある。
さして親しくもない仲田からの誘いを承諾したのは、以前写真で見た美しい妹、杉子が一緒だというからだった。
下心全開の野島。
会ってみると杉子はやはり美しく、あっという間に野島は杉子に心惹かれていく。
この杉子というお嬢さん、美しく純真であると言えば聞こえがいいが、
小さな子供のような、ある種の無邪気な残酷さを持っている。
そしてお兄さんの仲田はバリバリのシスコン。
自分の友人が、手土産にと杉子に物をあげるだけでヤキモキするわ、
男からラブレターなんて届こうものなら、妹には見せずに勝手に内容を読んでしまう。
というくらいの過保護っぷり。そのくせ、自分は道楽者、などと呼ばれているのだから、
野島じゃなくても距離をとりたくなる人。
さて、無事に出会いを果たした杉子と野島だけど、のぼせ上がってる野島と違って、
杉子のあしらいは、いたって普通。むしろちょっと冷たい?って感じかな。
野島ののぼせ上がりっぷりときたら、それはもうすごくて、新聞の活字に”杉”なんて
見つけようものなら、それだけでご飯3倍は行ける勢い。
あまりに杉子のことばかり考えてしまうので、親友の大宮に相談に乗ってもらうことに。
この大宮は作中で多分一番まともな人。世間に作家としてもそこそこの評価を得ているし、
そのうち欧州に遊学したい、なんて考えられるほど家も裕福。
スポーツマンでもあり、加えて恋に狂った友人の話を親身になって聞いてくれる心優しい人物でもある。
大宮にいろいろ話して一時はすっきりした野島だが、恋心は募るばかりで、
用もないのに仲田家を訪ねてみたり、道でばったり出会わないかと妄想してみたり、
思い余って、杉子の通う女学校近くまで行っちゃったりと、
お巡りさんこいつです!なストーカー野郎と化してしまった野島。
そんなある日仲田兄妹と野島の3人で楽しく卓球で遊んでいたら、
仲田の同級生早川が訪ねてきます。
この早川、特待生という頭脳明晰さ!いきなりのライバル出現に焦るけど、
そこは女慣れしていないヘタレな野島。4人で遊ぶことになっても、
1人だけテンションダダ下がりで、打つ手なしという、情けない部分を披露してしまう。
そうやって仲田や杉子と友好を温めていると、ふとした拍子から親友の大宮の話になる。
仲田は大宮のことをしきりに褒め、野島も自慢の親友が褒められていい気分。
‥‥だったのだけど、なんと杉子も大宮の作品を熱心に愛読しているというのを聞いてしまう。
これには複雑な心情になる野島。
作家の端くれとして、恋しい人には自分の作品を愛読してもらいたい。
しかし大宮は…自分も尊敬する親友である。野島の心情はとても複雑になる。
そうこうしているうちに、仲田一家は鎌倉に移住することに。
杉子に会えなくなるのが嫌さに、親友大宮を巻き込んで、鎌倉まで自分もついていってしまう。
粘着質野郎の上に、大宮大迷惑だよね。
野島は、大宮とその従妹武子との、鎌倉での3人暮らしが始める。
野島を訪ねてきた仲田兄妹と大宮は知り合うけれど、いけ好かないといって、
仲田家へ行くのを嫌がったり、散歩の途中で出会っても「用があるから」なんて
先に帰ったり、何かと仲田兄妹を避ける。
ここで残ったら杉子と仲良くなれるチャンスだったのに、ヘタレな野島は大宮と一緒に帰ってしまう。
大宮にまで「残るんじゃなかったのか?」なんて言われてしまう。
仲田兄妹が訪ねてきても、喜ぶ野島や武子をよそに、大宮は杉子を冷たくあしらい、
仕事があるからと書斎から出てこなかったり、様子が何かおかしい。
ある朝、寒気で目を覚ました野島が熱を計ると39度。私なら病院に行くところだけど、
寝てれば治ると、床を述べて風邪薬を飲んで寝ていたら、大宮が様子を見に来た。
大宮は、野島の枕元の画集に目を留めると、突然「欧州へ遊学へ行く」なんて言い出す。
あれやこれや準備して、出発の9月がやってきた。友人一同が見送る中、
野島は気が付いてしまった。誰にも気がつかれないような位置から大宮を見つめる杉子のことを。
そう、杉子は大宮に恋をしていたのです。
しばらく後に大宮から届いた書簡は封を切ってみると、入っていたのは、
欧州へ行ってからの大宮と杉子の書簡のやりとりだった。
愛情と友情の間で苦悩する大宮と一途な想いの杉子、結局2人は結婚したらしい。
野島は、この辛さを糧に、大宮とは仕事で決闘する!と決意した。
「‥‥とまぁ、話としてはこんな感じかな?」
「なるほど、わかりやすい3角関係だね」
「ふふっそう思うでしょ?」
にんまりと私は笑う。一見すると美少女に恋したけれど親友に取られる主人公の話だと思える。
でも、ちょっと穿った見方をするとなかなかにこれが面白いのだ。
おかわりを入れてもらった紅茶に口をつけながら話す。
「ということは別の解釈があるのかな?」
「あのね、親友の大宮が好きだったのは実は野島なんじゃないかなって思うんだよね」
「ふむ。面白い見方だね」
「だってね、大宮って最初の方から杉子に対してあまり関心なくて、
文壇や政治の話で野島の気を紛らわせていたでしょ?
それに鎌倉に移って仲田兄妹と知り合ってからも交流を避けてたし‥‥」
「そういえばそうだね。つまり大宮は、鎌倉に移って野島との楽しい共同生活が始まったと思ったら、
杉子や仲田が家に来て邪魔をするから、つい冷たくしてしまった。というわけかい?」
「うん。親友の恋路を応援してるにしては、不自然な行動だと思うんだ」
「なるほど?だから仲田家へは行きたがらなかった、というわけだ」
「そ。それにね、散歩で先に帰ったのだって、絶対に野島の性格からして、
1人で残るなんて言えないのわかってて、先に帰ったんだと思ったの」
「じゃあ、突然遊学するなんて言い出したのは何故だい?」
「それはね、だんだん杉子があからさまに好意を寄せ始めて困ったのと、
病で寝てる野島の姿を見て、思わず衆道の道に走りそうになったからだよ」
「じゃあ、大宮は野島への愛と杉子からの愛の狭間で揺れ動いたことになるね」
「そうなの。しかも、もし大宮が杉子を振っていたら、
野島と結婚したかもしれないでしょ?心情的には複雑そうだと思わない?」
「若者の愛と友情の狭間で揺れる単純な相関図より複雑だね」
「日本って今でこそ規制が厳しくなったけど、元々性的タブーがない国なんだよね」
「衆道もその一つだよね」
「うん。でもそれだけじゃないよ。近親婚なんかは平安時代から貴族で一般的だったし、
錦絵ってあるでしょ?人気のある役者さんとかの」
「写楽なんかが有名だね」
「そういうのにね、人気のある遊女も描かれて、それがすごく人気があったんだって
アイドルの写真を集めるような感じかな?」
「キリスト教圏じゃ、ありえない話だね」
「ほかにも、お稚児さんって言って年端もいかない男の子が女人禁制のお寺で
お坊さんのお相手をしていたりね」
「そう考えると、日本は随分厳しくなったんだね」
なんてしゃべっていたら、裏子が奥から出てきた。
「おーい、昼ご飯できたぞ~!」
「げっ」
しまった!もうお昼どきだったよ!!おしゃべりに夢中で油断してた!ど、どうしよう!
焦っている間に料理が運ばれてきて、逃げ場がなくなってしまう。
「香澄は細っこいんだから、いっぱい食べて大きくならなきゃな!」
「う、うん‥‥がんばる‥‥‥」
にこにこと笑う裏子を尻目に、ぐっと気合を入れる。たいていは食べられる味なんだから!
ハズレじゃないといいなー‥‥なんて思いながら、見た目にモザイク処理をかけて、
エイヤッとスプーンを口に突っ込んだ。あ、あれれ?目の前にお星様が点いたり消えたり
キュ~~~~ バタンっ!
「わーっ!香澄!」
「香澄ちゃん!」
裏子‥‥お願いだから、料理を痺れ薬に変身させるのは、今度からやめてね・・・
後書き
ようやく夏休みは終わりです。
友情の自己解釈、結構気に入ってるんですよね。
時代も・・・まあ衆道なんか残っててもおかしくない時代ですし、
硬派や軟派なんかもありましたしね。そんなわけで、大宮さんは硬派なわけです。
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