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ヤザン・リガミリティア

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害獣侵入

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ヤザンがリガ・ミリティアにいる   作:さらさらへそヘアー

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害獣侵入

これ以上はワガママを言っていられない。

ウッソはそう思っていた。

それは一種の強迫観念で、半身シャクティを失っているウッソの心は追い詰められて、正常な思考が霞んでいる。

冷静になって考えられれば、シャクティはザンスカールの姫なのだし、リガ・ミリティアにしても身柄の奪還は重要事項だから、カミオン隊は動いてくれるはずだ。

しかし、シャクティを助けたいという強すぎる一途さが、ウッソの〝考えるより早く体が動く〟という性分に火をつけた。

 

(ヤザンさんも、オリファーさんだって…シュラク隊のお姉さん達も、みんなみんな大怪我をしている。なのに、ヤザンさんは、大火傷を負ってるのに僕の無茶なお願いを聞いてくれて…)

 

怪我を押して出撃してくれて、無い時間を捻出してくれて、カテジナ・ルースさえ巻き込んで強行したシャクティ救出作戦は、見事に敵に見抜かれていた。

 

(それでも、僕がもっと…シャクティみたいに、もっと強く感じ取れれば見抜けたはずなんだ!僕が中途半端なニュータイプだから、だから、あんな撒き餌に引っかかっちゃって!)

 

少年がの歯がぎしりと鳴る。

これ以上ヤザンに負担を掛けず、シャクティを見事に救出してみせる。

だからごめんなさい。そう心で仲間達に謝罪をし、ウッソは整備班の人気が少なくなる頃合いを見計らってコアファイターまで隠密かつ迅速に突き進む。

途中、小脇に抱えるハロを遊泳させて「ハロハロ!コッチ コッチ コーイ!」などと騒がせつつ囮とし、ウッソは目当てのコアファイターまでたどり着く。

そしてキャノピーを開き飛び乗ろうとして、

 

「あっ!?」

 

キャノピーの内側でどっしり座る人物を見て固まる。

 

「ヤ、ヤザンさん」

 

「よぉウッソ。月夜の散歩か?」

 

厳しい顔が、とても凶悪に釣り上がり笑うと、ウッソ少年の頬を冷や汗が伝った。

 

「そ、その…あ、あは、あははは、そ、そうですね。ちょっと…散歩に」

 

「ほォ?リガ・ミリティアの最高軍事機密…ミノフスキードライブ搭載のV2コアファイターで、ザンスカールの首都まで一人で散歩に行くわけじゃないよな?」

 

「ぅ!?」

 

ズバリと図星をさされ、ウッソの頬を伝う冷や汗が増えていく。

この人の野獣的感性と人生経験値を、分かっていたつもりでまだまだ甘く見ていたとウッソは観念する。

少年の幼い諦念顔を、獣が如くの凶相の瞳がジロリと睨んだ。

 

「脱走に、機密の持ち出し……軍隊なら銃殺もんだ。この民間組織のリガ・ミリティアでも、最低でもここで貴様を一発修・正・といく所だがな…。

こっちはこっちで、救出作戦で必ず助けてやると大言吐いて、まんまとファラ・グリフォンにしてやられた落ち度がある。

後は、そうだな…。シャクティが女王マリアの娘という事を、ひた隠しにしていた事もだ。

貴様に殴られてやると言った手前……互いにチャラだ」

 

「ヤザンさん…」

 

「お前にとって、シャクティがどれ程大切なのかは、これまでの事で少しは理解しているつもりだ。

…だがそれは、貴様とはベクトルが違うが、俺達リガ・ミリティアの大人にとっても同じでな。

だから、一人で焦るな。俺達も、すぐに次の矢を考えているんだ。

お前一人で駆け回るより、俺達と走る方が速い。たとえお前がスペシャルなニュータイプでも…一人じゃどうにもならん事もある」

 

ニュータイプが持つ可能性と、所詮一生物に過ぎないニュータイプの限界。そのどちらもヤザンは見てきたから、ウッソを一人で放り出したりはしない。

ウッソの目が伏し目がちに泳いだ。

 

「だからな…ウッソ。すぐに次の手に移るぞ」

 

「え?」

 

すぐにオデロ達を呼べ、とヤザンの顔が悪どく微笑し、ウッソはそんな野獣の顔を驚いたように見つめたのだった。

 

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

 

「本当にこんな方法で大丈夫なんですかぁ?」

 

「喚くなよ!どっちみち無茶は承知だ。俺達はゲリラ屋なんだぜ…。利用できるもんは何でも使わなきゃなァ?特に、ガキを使えば大人は油断するもんだ」

 

ぶつくさと言うオデロに、後部座席にふんぞり返るヤザンが粗野に言い返す。

 

「ガキを戦争に使うのは、クソ喰らえだってポリシーどうしたンですか…」

 

「そうも言ってられん状況になったって事だ。さっき説明しただろうが」

 

「シャクティがお姫様だってんでしょ?そりゃザンスカールの奴らのトコにいるのがヤバいってのは、俺でも分かりますよ!でも隊長だってまだ怪我治ってないし、それにスージィ達までサイド2に連れてくって―――」

 

「お前達は覚悟の決まったガキどもだ。もうただのガキ扱いはせん」

 

ヤザンにそう言われ、子供達は複雑な顔を見せた。

子供ながら戦争慣れしているから、戦争の道具として使う…と非情で冷酷な宣言をされたとも見えるが、ヤザンという男の性分を幾らか理解している子供達だから、これがヤザン流の称賛というエッセンスが強いのは分かった。

年齢関係無しに、『自分の人格が認められた』と思えた。

それに、確かにここにいる子供の誰もが、爆発音や銃声如きで身が竦んで動けなくなるような事はないし、皆が銃座の操作だの、弾込めだの、そういう事を手伝えてしまう。

スージィとて、いつの間にかトラウマだった、ベスパのビームローターの音を克服して、戦場でも友や味方の為に動き回れていた。

戦争は最低の人殺しで、その手伝いは人殺しの手伝いだが、そんな事は分かっていても、これは生存競争なのだ。綺麗事で生きていければ、きっとそれは幸せなのだろうが、ヤザンが言った通り「今はそれどころではない」のだ。

ヤザン自身、まだ火傷やらの傷が癒えておらず、本来なら入院すべきところを、レオニードや伯爵が呆れる程の生命力で今もこうして現場を仕切っている。常に鉄火場であるのが、リガ・ミリティアという組織であり、宇宙戦国時代で生きるという事なのだ。

 

「…ガキでも、強さと覚悟があるなら、戦場で俺の前に立ち塞がれば敵だし…味方になるなら戦友だ」

 

子供達には、ヤザンのその言葉が自分達に向けられたものであるよりも、まるで自分に言い聞かせているような色を感じ取る。子供というものは、皆が感受性豊かでまるでニュータイプのように人の想いを感じる時がある。

だからか、ことさら明るくスージィがその言葉に乗っかってはしゃいで見せる。

 

「わーい、おっちゃんに秘密任務のメンバーに選ばれちゃった!ねぇ~カルルー、フランダース、戦友だってさ!私達も立派にお仕事できてるねぇ!」

 

「ちょっと、スージィ静かにしないと…またヤザン隊長に怒られるよ!?あっ、マルチナさん、こっちの席の方が眺めいいですよ?」

 

「ありがとう、ウォレンくん。姉さんもこっちの席にする?」

 

「えぇと、う、うん、ありがとマルチナ。…でも、ちょっと…さすがにリラックスし過ぎじゃないかしら?いいのかな…」

 

操縦席のオデロの隣には、副操縦士としてトマーシュも座していて、ヤザンの隣にはウッソが所在なさげに座っていた。さらに後ろの席には、クランスキー姉妹とスージィ、赤ん坊のカルル、おまけに犬のフランダースという、リガ・ミリティアの子供達が総出であった。

ヤザンとオリファーの試験をある程度くぐり抜けてきたオデロとトマーシュはともかくとして、ヤザンがこういう人選をして秘密任務に旅立っているのは驚きだった。ウッソでさえ予想しなかった。

 

「アイネイアースに、鹵獲したゾロアット…後はボロボロのガンイージ。

戦力らしい戦力はゾロアット一機で、僕が言うのもなんだけど子供だけでザンスカールの首都に行くなんて…無茶じゃないかな」

 

トマーシュも、今にも握っている操縦桿の手が震えそうになる。それぐらいには不安だった。

アイネイアースとは、太陽電池衛生ハイランドのマサリク一家達が、自力帰還の為に衛生の資材を使って自作したハンドメイド艇だ。

だから当然MS運搬能力は無い。

そのアイネイアースに、無理やりMS2機をワイヤーで括り付けて、ヤザン御一行はアメリアまでの旅程をこなす。確かに無茶だった。

 

「ジャンク屋一家…。一家か……うん、なんか悪くないよな、こういうの」

 

杜撰な作戦のようにも思えて心配はある。あるが、それを思いすぎても仕方がないし、これ以上の代案を即座に出せと言われて出てこないのだから、取りあえずはこれがベターなのだ。

それに、この疑似家庭とでもいうべき雰囲気は、ウッソは嫌いではない。ここに大切なシャクティがいれば、それはもっと良いものだろうとウッソは思う。

小さなウッソの呟きは、騒がしいオデロやスージィ達の喧騒に消えていった。

 

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

 

アメリアに近づくにつれ、警備は厳しくなる。

前線では正規兵が踏ん張っているザンスカールだが、首都の警備ともなると学徒兵の割合も増えてきて、その内情の厳しさを伺わせた。

彼ら学徒兵に与えられていたMS〝シャイターン〟は、未熟な少年兵達でも充分な火力を発揮できる砲撃機で、全身に備えたメガ粒子砲からハリネズミのような弾幕を展開できた。

だが、隕石への偽装だとか、そういう対策もしないで、正規の航路をよたよた飛ぶオンボロ宇宙船を見て、シャイターンにのる学徒兵達がのんびりとした空気さえまとって検問によってきたのだから、シャイターンの真価など発揮できるわけもない。

 

「ふーん、ジャンク屋か。このご時世に、随分大変だな」

 

「あぁそうなんだよ。見て分かると思うが…この子達を食わさにゃならなくてなぁ。親戚の子もいるんだが、生き残った大人はオレだけでよ!ったく戦争ってのはジャンク拾いには都合がいいけどよォ。羽振りいいのはデカい業者だけで、俺みてぇな零細は本当に商売上がったりだぜ。あんたらザンスカールだろ?早いとこ、連邦なんちゅー既得権益貪ってる豚は潰してくれよ!ジャンク拾うには困らんが、戦争戦争で、この子らの親も死んじまって……せっかく捕まえた若い女房もよォ…イングリッドってんだが、こんないっぱいの血の繋がってない子供達の親はやってられんって逃げちまってさァ!冷てェ女だぜ!…見てくれだけはいい女で、具合も最高だったんだぜェ?へへへ、写真見るかい?」

 

踏んだり蹴ったりだぜ、と目を血走らせてがなる野卑な男の迫力に、学徒兵のニコライはたじろいだが、見せてもらった写真に写るのは確かに美しい女で、もろに彼のタイプでありニタニタ顔でバジャックの猥談に耳を傾けていた。

背後から、彼らの上官たるノマイズ・ゼータがのそりとやってきて、確認していた書類を少年へ渡すと、シッシッと少年を追い払うと代わりに相槌を打つ。

 

「ゲゼ・バジャックさんね。確認はとれたよ。行って良い。サイド1のシャングリラだなんて、随分遠くからご苦労様でした」

 

戦場漁りというハイエナ行為で得たであろう自軍のMSを見ても、ノマイズは軽蔑するでもなく、時代の寒さというものを思うと寧ろ、このうだつの上がらないであろう無精髭のジャンク屋を気の毒に思う。

 

「へへ、この子ら食わすためにゃ、ちょいとぐらいの出張はわけないぜ。それに、うちのガキ共も、こう見えてなかなか仕事仕込んでるんだぜ?…このMSってよォ、あのゲリラどもの新型なんだろ?今をときめくザンスカール様なら、結構な値段で引き取ってくれるって、回収業者の間でも噂なんだよ。で、実際どうなんだ?アメリアはやっぱすげぇのかい?」

 

片足が悪いのか、片方だけを引きずるようにしているし、日頃から深酒もしているらしい。

鼻っ面に少々赤いものがこびりついた赤ら顔で、ごろつきのように笑ったバジャックに、ノマイズは肩をすくめて愛想笑いを浮かべる。

 

「いやぁ、今はどこも不景気さ。…ザンスカールの首都だって、サイド1より多少マシ程度だと思うがね。状態のいいゾロアットと、ゲリラのMSだけど…押収されちまう可能性だってあるぞ…。まぁあんたらの幸運を祈ってるよ」

 

「押収か…そいつは俺の交渉術の見せ所だな。あんがとよ。あんたらザンスカールさん達にも、グッドラック!ハイル・ザンスカール!へへへ!」

 

「ありがとう。アメリアには連絡は入れておいてやるから。…あとは酒は控えろよ。こんなたくさんの子の面倒見なきゃならんのだろう」

 

「へへへ、酒はやめられませんや」

 

ノマイズとバジャックヤザンのやり取りを、子供達はポカーンと眺める。

その様が、余計に子供達を無邪気に見せていたのかもしれない。

MSの操作系が全く反応せず、また書類データや許可証の類も不審な点は見られなかった事から、検問はあっさりと終わった。

もう少し入念なチェックをすれば、MSがすぐにでも動かせるようになる状態であるとか、ジャンクショップの許可証も古いくせに期限の記載だけが妙に新しいだとか、そういう不審点にも気付けただろうが、そういう細かい部分から目を逸らさせてしまうのは、ヤザンの手管が一枚上手だったということだ。

ザンスカール兵がいなくなったアイネイアースで、スージィが「は~」と感心したように言った。

 

「おっちゃん、演技派じゃん!こんな事できる人だって思ってなかった!」

 

オデロも深く頷く。

 

「いやぁ人ってさ、才能ってやつは一つじゃねぇんだな!隊長って、戦争なきゃ死んじまう人種かと思ってたけど、意外と兵士以外もやれンじゃないの~!さっきのイングリッドって人の写真、カテジナさん?金髪に見えたけど…俺にも見せてよ!」

 

赤ら顔のメイクを乱雑にこそぎ落としながら、ヤザンはギロリと少年少女達を睨んだ。

だが、ギョロリと見ながらも怒鳴ることはない。

オデロに「ほれ」と古ぼけた写真を投げ渡して、崩した髪を整える。

 

「昔とった杵柄ってやつかもしれんな」

 

「え!?ヤザンさんってジャンク屋だったんですか?」

 

後ろの方で「ひゅー、ツインテールの可愛い子じゃん!」「これって本当にヤザンさんの昔の奥さん!?年の差婚ってやつかな!」「道理でカテジナさんに手を出すわけね」などと勝手に盛り上がるオデロ連中は放っておいて、今度はウッソが目をぱちくりしながら言った。

ヤザンの片眉が上がる。

 

「そういう時もあったって事だ。ティターンズが戦後どういう扱いだったか、知らんお前じゃなかろう」

 

ある程度のインテリならば、ティターンズだったという意味を察する事は容易い。

ウッソも、なるほど、と漏らして首を縦に振る。

苛烈な残党狩りを生き延びる為には、火星にまで逃れたティターンズ残党もいたという資料も、ウッソは読んだことがある。ジャンク屋に扮する等は、まだまだ序の口なのかもしれない。

 

「ちなみに、このジャンク屋の許可証は本物だ。名前と期限だけは修正してあるがな」

 

「へ~~!じゃあバジャック・ジャンクショップってとこもあるんですか?」

 

今度はウォレンが首を突っ込んでくる。

普段は気弱なくせに、こういう野次馬根性はオデロにも負けない。

 

「チッ、うるさいガキどもだぜ。話はここまでだ。いいから休めるうちに休んどけよ!これからも、油断はできんのだぞ!貴様らもこれぐらいの演技は出来るだろうから、この任務に連れてきてんだ!ヘマしたら船から放り出してやる」

 

クランスキー姉妹にまで渡り歩いていた写真をぶんどって、ヤザンは喧騒を終わらせる。

あわわ、と口を抑えて引っ込んでいくウォレンに続いて、次々に少年達は後ろへとすっこんでいく。子供達もまた慣れたものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後も、二、三程度、トラブルとも言えない予定内の警邏との接触はあったが、そのどれをもヤザンと子供達の演技の連携で波風立つことなく潜り抜けていって、とうとうアメリアは目の前にそびえる。

 

「これが…ザンスカールの首都」

 

トマーシュが感慨深気に言った。

 

「当たり前だけど普通のコロニーだな」

 

そう言ったオデロに、後ろの方からエリシャが呆れたように「当たり前でしょ」と突っ込んでいたのは微笑ましい。

 

「気を引き締めろ。港から入るぞ」

 

わざと伸ばした無精髭面を、薄っすら赤いメイクで再度彩ったヤザンが言えば、皆の顔が引き締まって、そしてその直後に自分の役割に相応しいトボケ顔へと変わっていく。

 

「くくく…全員、良い俳優になれそうだな?」

 

ヤザンが愉快そうに笑ったが、ウッソはヤザンの目を見ながら小声で尋ねる。

 

「でも、首都の港でしょ?今までのようにはいかないんじゃないですか?審査も厳重でしょうし」

 

「心配するな。援・護・が来る」

 

「えんご…?」

 

次!と叫ぶ入管の声がして、信号が青に変わると、ヤザンはアイネイアースを静かに滑らして、今までの警邏達をだまくらかした見事な演技が披露される。

子供達も、既に堂に入った演技であり、しかもどこか楽しんでいる様子さえある。

その雰囲気がまた貧乏で苦労していながらも、冴えない中年オヤジを支える明るい子供達…といったファミリー像をうまく描いて、入国審査官達の顔もついつい綻ばせる程には高いクオリティを持っていた。

 

「…積み荷はMSか。一応、簡易検査は受けとるようだが……正式な審査には数日はかかるから、それまで待機してもらいますよ」

 

審査官がそう言った時、ヤザンことゲゼ・バジャックの顔が豹変する。

 

「お、おいおい、待ってくれよ!借金の期限が迫ってんだ!ここで借金取りと会う約束してんだよ…!今日にでもある程度返さないと、うちの子を質にとられちまう!引き取る業者に連絡いれて、引き取ってもらうだけなんだぜ!?なんでそんな何日もかかるんだよ!他のコロニーは半日もかからねぇのによ!」

 

「あァ?あんたの借金なんざこっちは知らないよ。物が物だし、規則なんだから待ってくれなきゃ!うるさく言うと押収しちまうぞ!」

 

入管の顔が、「…またか」というふうに呆れたような、不愉快なものへと変わる。

こういう難癖をつけてくる入国希望者など、それこそ年がら年中、何千何万と見ていてもはや飽き飽きしていた。

 

「そ、それだけは勘弁してくださいよ!た、頼んます…!なら、せめて入国許可証だけでも先にくだせぇ!そしたら、事情説明して返済待ってくれるかもしんねぇし!」

 

「ダメダメ。あんただけ特別扱いするわけにはいかないんだ。審査が通ったら、入国許可証は出してやるから、そしたら軍の直轄工場へ連絡とってやるって」

 

ウッソもオデロもスージィも参加し、援護する。

涙を流して、「あたし売られちゃうの?」とマルチナ達少女組が喚いて、そんなの嫌だ家族は一緒だと少年組が泣く。

そして、そんな子供達の肩を抱いたヤザンが、「ふがいねぇ父ちゃんでスマン!」とか言いながら涙して、かと思ったらヤザンとオデロが「そんな甲斐性なしだから母ちゃんに逃げられんだろ!ダメ親父!!」と怒鳴り「言ったなバカ息子!」と言い返したヤザンが、本当に殴り合いまで始めたから、入管連中も泡を食った。

 

「ま、待て待て!落ち着きなさい!こんな場所でみっともないと思わんのか!!子供も見てるじゃないか!」

 

次から次にザンスカールの衛兵達まで駆けつけて、皆でバジャック一家の暴れん坊二人を羽交い締め、なだめる。

女性兵士は、泣きじゃくる娘達に必死に優しい声をかけていたりと忙しい。周りの入国監査待ちの、無辜の入国者達までが騒ぎ出して、やれ「さっさとしろ!」だの「可哀想じゃない!ちょっとくらい融通してやんなさいよ!」だのと大声でまくし立てる。

場が騒然としてきて、いよいよ収拾がつかなくなりそうになって、現場のお偉いさんが「面倒なことになったなぁ…」と気怠げに漏らした時、事は起こった。

 

 

 

――Beeep!Beeep!

 

 

 

「なんだ!?」

 

突如鳴り響いた警報に、皆の動きが止まる。

警報に続けて、今度は館内放送が鳴り響く。

 

『空襲警報…空襲警報…これは訓練ではありません。これは訓練ではありません。市民の皆さんは直ちにシェルターに避難を――』

 

そういう事らしかった。

 

「なんだと!?ここはザンスカールの首都だぞ!首都のアメリアが空襲を受けるのか!?」

 

「市民の皆さんは、今すぐシェルターに!伍長、今すぐ誘導を!」

 

「皆さん、慌てないで!慌てないでください!」

 

騒ぎが大きくなる中、ゲゼ・バジャックは凄まじい剣幕で入管のお偉いさんに詰め寄っていく。

 

「見ろ!あんたがチンタラしてるから!これでもう娘は売り払われちまうよ!あ、あんたの、あんたのせいだァ!これでシェルターにまで押し込められちまったら…もっと期日がおして、きっと娘全員と今生の別れになっちまってよォ…!」

 

全くそれどころじゃなかろう、と入国審査官も兵士達も思うが、とにかく凄まじい剣幕で、目はまさに殺人者のそれであり、入管の誰もが後ずさる。

空襲警報というトラブルも起きたし、さっさとこんな奴との関わり合いを断ちたい。そう思うのが人情というものだろう。

 

「あぁもう!分かったから落ち着きなさい!取りあえず入国許可証だけは出してやる!だから今はあなた達もさっさと避難しなさい!」

 

ミミズがのたくったような雑な文字だが、確かに現場責任者のサインが刻まれた許可証が、投げつけられるようにしてヤザンの胸に押し付けられる。

心の奥で、ヤザン達はほくそ笑んで、バジャック一家は奥へ促されるままにさっさと他の市民達とシェルターへ誘導されていく。

 

数度、振動と轟音が港に響いた。

 

「わぁ!」

 

「きゃああ!!」

 

「だ、大丈夫なんだろうね、君ぃ!」

 

市民が慌てる度に、兵士達が皆をなだめて、必死に誘導する。

そんな中で、小規模なジャンク屋ファミリーにいつまでも注意を払い続けるのは難しい。

人混みに飲まれて、いつの間にか群衆の中に消えていったジャンク屋達は、既に兵達の預かり知らぬものとなっていた。

 

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

 

シャクティは、小綺麗な若葉色のワンピースに身を包み椅子に座っていた。

母親と会わせるからここで待つように言われ、いかめしい顔の黒服の男と結構な時間、部屋閉じ込められていたが、自分の扱いはどこまでも丁寧だ。

ここに連れてこられるまでの間、少女は様々なことを聞かされた。

自分がザンスカールの女王マリアの娘であること。

自分を姉さんと呼び慕ってくる、哀れな戦争被害者であった敵パイロットのクロノクルが、己の叔父であること。

カサレリアには、危うい勢力拡大活動反連邦運動に娘を巻き込まぬ為と、恐らく備えているであろうシャクティの異能を、カガチ恐ろしい人に利用されぬ為という、苦渋の決断で行かせていたこと。

カサレリアの母と父は、ザンスカールが雇ったエージェントであったこと。

戦争の混乱で、エージェント達との連絡が断たれ、娘を失ってしまったこと。

すべてが衝撃的であったが、聡明で、敏い感覚も持つシャクティには、実のところ心の片隅で思い当たってしまう事が多々あった。

奥底に抱いていた違和感とズレが、聞かされた話でピタリと噛み合ってしまう感覚があって、それがまた少女の心を追い詰める。今までの思い出は虚飾だったのか、と。

思考がぐるぐると渦巻いていた時に、扉がガチャリと音を立てた。

 

「え…マ、マリアおばさん…!?あ、あなたが…お母さん…!?」

 

部屋に入ってきた妙齢の女性を見て、シャクティは呟いた。

母親と会わせてあげる、と言われたが、現れたのはカサレリアの家に飾ってある写真に写る〝マリアおばさん〟だ。赤ん坊の頃の自分を抱いて微笑む、優しそうな叔母。少なくとも、ウッソの両親からはそう聞かされていた。

 

「私の、私の本当のお母さんは、カサレリアのお母さんです…!ヤナギランを一緒に育てていた、お母さんです!クロノクルだって、私の叔父さんだなんて、そんなの嘘っ!あなたは…、あなたは…!」

 

違う違うと頭を振ってしまうシャクティは、些か平常心を失っていたせいもあって意固地だった。

それというのも、彼女の優れた感性が、パートナーの少年の気配が少しずつ近くに来ている事を感じ取っていたせいでもあるが、眼前の女性からとても暖かなモノが流れてきて、少女の心は一層逆立った。

 

(嘘よ…こんなの、全部おかしい!ウッソ…助けて!私…頭がおかしくなりそうよ…!ウッソ…ウッソが近くに来てくれている…!ウッソの側にいきたい!)

 

戦争という狂気に巻き込まれ、嘘で塗り固めてこようとする悪い大人に囲まれて、しかもここには見知った人は誰もいなくて、そしてシャクティはまだ11歳の田舎育ちの素朴な少女だった。混乱もしようというものだ。

シャクティにとって確固たる真実は、人生という時をずっとウッソと共にカサレリアで過ごしてきたという事だけ。それだけは決して揺るがない彼女のアイデンティティであった。

だから、その気配を嗅ぎ取ったのなら、それはシャクティの確実な安心が側に来ているという事で、何よりも優先すべき事だ。

 

「あぁ、シャクティ…!そうよ…私はマリア。でも、あなたの叔母ではない……。もう、近衛の者から聞いたのでしょう?許してとは、言わないわ。でも…あの時の私は、あなたを守るために、あなたを手放すしかなかった。でも今なら…今の私の立場なら、あなたを守ってあげられる。せめて、あなたぐらいは」

 

マリアが一言一言を発する度に、シャクティの心に暖かな波動が染み入るのが実感できてしまう。しかしその暖かさが、カサレリアの母との思い出を凌辱していくようだった。

 

「いや…!」

 

マリアが差し伸べた手を払って、シャクティは駆け出す。しかし、扉の前には黒服が陣取るし、そして背後からもう一度、暖かで、そして必死な呼び声が聞こえてシャクティの脚は止まる。

 

「まって…!お願い、待ってシャクティ!あなたは、その小さな身体で戦場にいたのでしょう?ずっと独りで…。網膜、声紋、DNA…データは全て見ました。でもね…あなたを一目見た時から、あなたが娘だって分かったのよ」

 

母を名乗るマリアが、シャクティを背後から抱きしめた。

その瞬間、言葉だけでも伝わってきていた温もりが、少女の小さな体の隅々にまで行き渡る。

 

「元いた所に戻りたいというのは、戦場に戻りたいという事よ。お願い…ここにいてシャクティ。あなたを守らせて。今度こそ…」

 

「…」

 

「色々な事…話したいわ。あなたの事も、クロノクルの事も。…弟は、今は病院で治療を受けています。一緒にお見舞いに行きましょう。あなたが、ずっと敵地でクロノクルを守ってくれていたんですってね」

 

振り向き、女の顔を見る。弟を思う優しい顔だった。娘を思う慈愛の顔だった。家族を思う、情け深い顔だった。

 

「………クロノクルは、無事なんですね」

 

家族と出会った。

シャクティは心で確かにそう感じていた。

ウッソの気配の元へと今すぐに飛んでいきたいが、それでも今はもう少しだけ、シャクティはこの女性の所にいたいと思えた。

親子は、数年ぶりの対話の時間を得たが、その時間もそう長くは続かなかった。

互いに言葉を紡ぎ始めて十数分後、窓の向こうから聞き覚えのある声が聞こえてきた時、少女は椅子を蹴って脇目も振らず走り出していた。

今度はマリアも、そして警備の黒服も止める間もなかった。それぐらいに突発的で、そしてシャクティは素早かった。もはやそれは本能だった。

 

 
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