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ヤザン・リガミリティア

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妖獣の足音

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ヤザンがリガ・ミリティアにいる   作:さらさらへそヘアー

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妖獣の足音

リガ・ミリティアがセント・ジョセフに入港して幾許かが経った。

その事は既にニュースとして全世界にばら撒かれている。

隠密行動が出来ずそのデメリットは大きいが、世間を味方に付けている証拠でもあるし、補給物資の調達も各機関への協力関係の打診もスムーズだ。マスメディアを邪険には扱えなかった。

大衆へのパフォーマンスも必要であると、伯爵は〝真なるジン・ジャハナム〟からも指令を受けていて、そしてそれは活躍の中心にいるカミオン隊の役目であるとも言い渡されていたからだ。

メディアの相手は専ら伯爵が引き受けてくれているが、機密は守るとしても写真や映像が撮られるのを遠方からでも許可すれば少々の情報は漏れてしまうのは避けられない。

 

ベスパの諜報員スパイは数も少なくなり、よりコソコソと活動する事を余儀なくされているが、それでも大きな都市に存在している。

スーツ姿の男女がまるでカップルのように港を彷徨いているが、それはよくよく見れば訓練された者の佇まいであった。

彼らのかける厚手のフレームのメガネは、ズーム・録画機能も通信機能もある代物。

今をときめくリガ・ミリティアの艦を、遠くのドック越しでも良いから拝もうと集まった野次馬の中から、時に服を変え髪型を変え時刻を変えて監視を続けていた。

 

そして、その監視者達はきちんと己の仕事を全うできるだけの能力があった。

ドックの周りを子供連れ10人程度のグループが歩いている。

珍しくはない。

今はこの港には観光客や子供連れの船好き、ミリタリー好き等が多いからだ。

しかし、そういった子供達は皆首を伸ばして屋根付きドック施設の隙間からリーンホースJrが見えないかと無駄な努力をしていたりしているものだが、そのグループの子供達は明るい顔で騒いでいながらもドックにはさして興味もなさそうだったのだ。

では艦を見たがる大人に率いられた何らかのスクール集団かと言われればそれも違うだろう。

大人達は皆、時折キョロキョロと周囲を警戒していた。

大人達の警戒のしようはさり気ない。

しかし確実に彼らが警戒しているのが、経験上スパイには分かった。

 

(…そういえば、リガ・ミリティアは子供達を使う非情の組織ではないか)

 

そしてそれを思い出せば、その集団がリガ・ミリティアのメンバーである確率が彼らの中で跳ね上がる。

映像データを仲間内で拡散、周知し、人員を増やしてその子供達をマークしていると、何とミドルスクールにも届いていいなさそうな幼気いたいけな少年少女までがいて、しかもその中の褐色の少女はずっと赤子をおぶらされているではないか。

 

「リガ・ミリティアめ…なんて奴らだ。あんな小さい子供達をぞろぞろと…少年兵にでも使うつもりか」

 

「それならまだマシかもしれんな。ひょっとしたら…人間爆弾に使う可能性もある」

 

「…あぁ、聞いたことがある。

旧世紀、中東の紛争辺りでは積極的に使われたそうじゃないか。

リガ・ミリティアならやりかねん」

 

「一見、笑顔を浮かべて従順に大人に従っている…これは洗脳だろうな。

あのテロリスト共なら何をやっても不思議じゃない」

 

監視者達はそう言って忌々しげに顔を歪めた。

ギロチンと宗教洗脳のザンスカールではあるが、彼らにも彼らなりの正義と倫理観がある。

彼の価値観ではリガ・ミリティアは民衆を騙し扇動し、悪辣な権謀術数を用いる悪魔のような首魁ジン・ジャハナムが率いる、平然と民間を盾にする冷酷なテロ集団である。

ギロチンのザンスカール…テロのリガ・ミリティア…そのどちらも真実の一端を含んだ評価なのが、正義と悪は表裏一体という事だろう。

 

 

 

――

 



 

 

 

「ゲトル中佐。セント・ジョセフに潜らせている諜報員達からこのような報告が」

 

「見せろ」

 

暗号電文が出力されたペーパーを作戦参謀の若きキル・タンドンから受け取り、それに目を通すのはタシロ・ヴァゴ司令の副官であったゲトル・デプレ中佐だ。

彼は今、本国で査問委員会に掛けられているタシロ大佐に変わって一小艦隊を預かる司令代行という立場になっている。

本国に大佐と共に敗走した彼は、地上での宇宙引越公社ビル爆破の責任を追求されたが、それを不問にしタシロ大佐へ肩代わりさせるかわりに、タシロ派閥を纏めカガチに忠誠を尽くすよう求められていた。

ゲトルはそれを二つ返事で了承し、そしてカガチの狗として新型戦艦を中心とした少数ながらも強力無比な戦力を預けられていたのだ。

しかし、その一方で未だにタシロとも連絡を取り繋がってもいる。

ゲトルはタシロの密命でカガチに乗り換えているのだった。

カガチを油断させ、カガチの足元を掬うためのカガチ派への転向。

それを、誰からも小物としか思われていない、侮られているゲトルだからこそ上手く熟せる。

上官達の様々な不幸が己の幸運となって、ゲトル・デプレは不可思議な出世を遂げていた。

 

そして当然、そういった腹芸を、ゲトルはタシロへの忠誠心からやっているわけではない。

ゲトルの本心は、タシロとカガチとの間を渡り泳ぎ、機を見て勝ち馬に乗ることだけだった。

誰からも小物と思われているゲトルは、やはり小心者の鬱屈した小さな野心家であった。

 

「…オイ・ニュングは月のセント・ジョセフを最後に姿をくらましている。

やはりあの付近にリガ・ミリティアの拠点があるのだな」

(…ファラ・グリフォンですら、とうとう地球では捕らえられなかったオイ・ニュング…。

邪魔ったらしいコバエめ。引越公社を抱き込み、メディア戦術まで展開する小賢しさ…。

ファラが地球で奴を始末していれば、こんな面倒な事にはならなかったものを)

 

現在、彼の艦隊〝モトラッド艦隊〟はカイラスギリーへと向かっている。

これは、カガチとズガンが、いつでも本国を狙い撃てるカイラスギリーをそのままリガ・ミリティアの手に委ねておくのは危険と判断したからだ。

リガ・ミリティアがカイラスギリーを修復してしまう前に、必ず何とかする必要があった。

しかしズガン艦隊とその他の艦隊は、フロンティア艦隊、マケドニア連合艦隊と未だにやりあっていて動けない。

だからこのモトラッド艦隊を遊撃艦隊とし自在に動ける手駒にしつつ、少数ではあっても極めて危険なMSとパイロットを所属させたのだ。

それは、バグレ艦隊とカイラスギリーを殲滅するに足るモノ達である。

小心な野心家が、己の器を越えた自由裁量権と戦力を預けられたという事だ。

 

「…間もなくカイラスギリーのリガ・ミリティア艦隊と接敵する。

総員、第二戦闘配置から第一戦闘配置へと移行せよ。パイロットはコクピット待機。

……キル・タンドン、例の4人…仕上がりはどうか」

 

ゲトルがキル・タンドンへと確認すれば、若き作戦参謀も少々悪人染みた笑みを浮かべた。

 

「ファラ・グリフォンとザンネックは安定しています。

またアルベオ・ピピニーデンとルペ・シノも精神状態は良好であります」

 

「かつてのピピニーデン・サーカスも今や強化人間となって私の指揮下…。

ふふ…ファラ・グリフォンといい…哀れなものだが、人間落ち目になればあんなものだろうな。

…戦場での監視役にはブロッホ少尉だったか?」

 

「はい。少尉ならば充分に役目を果たしてくれるでしょう」

 

ゲトルは静かに、そうだな、と呟き微笑む。

そして心の中で独り言葉を続けていた。

 

(ふふふ…ファラ・グリフォン…オイ・ニュングの件は貴方の尻ぬぐいですが、それでもあなたには感謝していますよ。

あなたが失態を重ねたから私に陽の光が射したのですからね。

そしてここでも、あなたは私のために働いてくれる…感謝してもしたりませんなぁ。

貴方の、パイロットとしての力でカイラスギリーを再奪取、もしくは破壊した後は…このまま月でオイ・ニュングを始末してみせましょう。

そうすれば、私は一躍、英雄だ…かつての、あの憧れの…美しくも邪魔だった上官が…こうして私の立身の踏み台になる。

人生とは面白いものですなぁ…く、くくく)

 

自分を良いように使うタシロもカガチも、一気に超えて女王に近づくチャンスかもしれない。

ファラ・グリフォンの時はそれが出来たのだから、一度起きた事は二度目も無いとは言い切れない。

〝二度ある事は三度ある〟とも古来言われる。

ゲトルはそう思ってしまい、そして彼がいくら小物とはいえ、チャンスと思えたそれをむざむざふ・い・にする程無欲な男ではない。

幸運にまみれた上官越えを経験してしまい、今、武力を持った小物な野心家はまことに危険で甘美な罠に陥りだしている。

一家庭人として見れば、まだ善良で常識的であったゲトルだが、今では甘美な罠に堕ちてそういった美点も汚れつつあった。

化学反応が起きてしまっていた。

その結果幾分によっては、この分不相応な欲望に飲まれた小人物は、後に大きな災いとなって月を襲うことになるだろう。

一度起きた事は二度目も無いとは言い切れない。

ジブラルタルで永世中立の引越公社ビルを爆破したような凄惨な事件だって、愚か者がいれば何度だって起きるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

バイク戦艦アドラステアの格納庫。

そこには幾つものMSが稼働状態で佇んでいる。

ベスパのメカマンにとって多数の〝タイヤ〟が並ぶ光景は異様で、またその搭載機の中に一際異彩を放つマシーン達がいた。

まずはゲンガオゾ。

以前は欠けていた装甲が万全となり、背の〝雷鼓〟もサイコミュシステムの調整は、新たなパイロットとの同調がなされている。

登録パイロット、ルペ・シノ。

彼女はゲンガオゾのコクピットの中に赤子の人形を持ち込んでいて、それに向かって何かを囁いていた。

 

「あぁ、またあの坊やに会いたい。会いたいね…。

そうしたら…あの坊やは私の子宮の中に宿ってくれるんだ。

あんなスペシャルな子供がいたら母親をやるのもきっと良いものさ。

あぁ坊や…お母さんはここにいるんだよ…」

 

ルペ・シノは赤子の人形に頬を艶やかな手つきで擦る。

ルペ・シノが思うのは戦場で出会った無垢な少年の事だけだった。

戦場という血で血を洗う、女でいられないあの狂気の空間で、彼女に母親であることの希望を教えてくれた少年。

出会っただけで、その希望をあの少年は教えてくれた。

だからもう一度出逢えば、あの少年は今度は自分の女の宮殿に戻ってきてくれるに違いないとルペ・シノは思い込んでいる。

ルペ・シノにとって、MSの装甲越しに一度声を交わしただけのあの少年は天使のように昇華されて魂に張り付いていた。

 

そんなルペ・シノのゲンガオゾの前方には2機の大型マシーンが巨大なクレーンに吊るされている。

胴体だけでMSを超える巨体であり、胴体下部は長い長い蛇の尾のようで、東洋の龍のようなモンスター的外見である。

鋼鉄の怪物はその尾をタイヤのように丸めて腹に抱え込み、物言わず静かに眠っていた。

その怪物…緑色と橙色の同型機は名をドッゴーラといった。

緑の1号機ノーマルタイプにはブロッホ少尉。

橙の2号機サイコミュ試験機にはピピニーデン大尉。

量産が叶えば連邦軍を全滅させられるとベスパの開発陣が太鼓判を押すMAで、ドッゴーラ1号機パイロットのブロッホはコクピットの中で忙しくチェックをしつつ、艦橋のキル・タンドンと通信もしていた。

 

「強化人間達ですが、暴走の危険性はないのですな?作戦参謀」

 

「ブロッホ少尉。サイコ研の技術力を信じてもらいたいものです」

 

「しかしファラは以前、精神を著しく乱し敵前逃亡をしたとか」

 

「それはサイコミュ・デバイスの不調による一時的な錯乱が原因と判明しているのですよ。

既にその問題はクリアされて何ら問題はありません」

 

「信じていいのでしょうな」

 

「無論です」

 

通信機越しにキル・タンドンは自信たっぷりにそう言い切ったが、無論嘘だった。

ゲトルにさえ嘘を言っている。

ファラ・グリフォンはともかく、ピピニーデンとルペ・シノに関しては短期間での強化処置であるから無理が祟っている。

既に自我の4割までが壊れたのをサイコ研は確認しており、脳組織に直接埋め込んだデバイスがなければ命令もろくに聞けない有様だった。

搭乗機の性能もあって、それはまるで爆弾だ。

カガチがそんな爆弾をゲトルのモトラッド艦隊に押し込んだのは、つまりはその程度の信頼度しかないという事なのかもしれない。

〝兵器〟としての信頼度は低いが、その破壊力と爆発力はただ捨てるのは惜しい…「爆発するなら、精々カイラスギリーのバグレ艦隊か、それともカミオン隊を巻き込んで派手に爆発してくれ」…そんなカガチの願いであろうか。

 

「…了解です」

 

不満を隠すこともせず、ブロッホは厳つい顔に険しいシワを浮かべて作戦参謀との通信を切り、そして即座に監視対象の強化人間達へ通信チャンネルを開いた。

 

「ルペ・シノ中尉、ピピニーデン大尉、ファラ中佐…調子はどうです」

 

監視対象であり不出来な人形として内心見下しているものの、階級は全員上だ。

最低限の作法を守って彼らに声をかけるが、返事はそっけないものが返ってくるだけだった。

ピピニーデンは「問題はない」と機械的に答え、ルペ・シノは「今日は私の子がよく泣くんだ…きっと坊やには会えないね」等と訳の分からない事を宣い、ファラ・グリフォンはただ笑っているだけだった。

 

(…人形どもめ。戦場は…貴様らのようなモルモットや女子供がしゃしゃる場所じゃない。

俺のような…男の戦士の為の場所なのだ)

 

ブロッホは直様通信を切断し、思い切り舌を打つ。

 

(こんな狂った人形どもの面倒など、どうしてこの俺が…貧乏クジというヤツか。

戦場であのヤザン・ゲーブルと遭えるかもしれないというのだけは救いだがな)

 

ブロッホの楽しみは、内心では尊敬するヤザン・ゲーブルとの邂逅だ。

味方として彼に教えを請いたい所であったが、敵ならば敵で楽しみは別にあった。

女子供への蔑視といい、戦場での楽しみ方といい、ブロッホという男は昔のヤザンの気質に似ていた。

ただヤザンとブロッホで決定的に違う所も多い。

柔軟性や頭の回転の速さや、それに投げ捨てるべき時にプライドを投げ捨てられる…そういう思い切りの良さだろう。

ヤザンは生き残るために無様であろうと惨めであろうと、そんな境遇を受け入れられる。

だからリガ・ミリティアという民間ゲリラ組織が貧乏な小規模所帯の時から、こそこそと汚い仕事で食い扶持を稼げた。

ブロッホは少々プライドが高すぎて頭の固い所があるように見受けられた。

 

「ヤザン・ゲーブルは月に行っただろうからカイラスギリーには残っていないだろうな…なら今回は人形共に精々暴れてもらうかな」

 

ドッゴーラの計器類のオールグリーンなのを確認しつつ、ブロッホは独りニヤつく。

監視役などと言っても、撤退タイミングや攻撃対象を提案するだけであり、今回のような、ただ暴れるだけの任務ならば手綱を放りっぱなしにするだけで良いから楽だとブロッホは思う。

 

そんな手綱を握るべき暴れ馬達…ルペ・シノはぶつぶつと子供への愛を語り、ピピニーデンは電池が切れているように見開いた目で虚空を見つめながら沈黙したまま。

そして、最後の1人…ファラ・グリフォンもやはりルペ・シノと似た症状を発現させているのだった。

 

ファラはゲンガオゾをルペ・シノに譲り、今は円盤のような異様な大型サブフライトシステムの上に鎮座し、静かにアイドリング状態になっているMSの中にいた。

それはまるで、旧世紀の極東の島国に大量に存在していた〝蓮の花に座すブッダ像〟のように厳かである。

アビゴルのようなトンガリ帽子頭の意匠を受け継いだ濃紫のマシーンの胸の奥で、パイロットのファラは独り静かに笑っていた。

 

「ふふ…ふふふ…鈴の音だ。綺麗だねぇ、メッチェ。

この音が聞こえる時は、お前は側にいてくれるから…だから好きだよ。

しかし、カイラスギリーの艦隊退治か。今回はつまらない戦いになる…しかしこのザンネックの初陣とテストには丁度いいかもしれん」

 

呟き笑う。

しかしファラ・グリフォンはルペ・シノやピピニーデンとは既に別の領域の完成度へと至っていた。

妖しい精神と共に、かつての〝ファラ司令〟のような冷静な思考を取り戻しつつあった。

彼女がブロッホに明確な返事を返さなかったのは、単にモヒカン頭の少尉殿を小馬鹿にしていたからで、相手にする気も起きないというファラだった。

 

「ザンネックの盾には、ゲンガオゾとドッゴーラにやって貰えれば…このザンネックに敵はない」

 

リィン、という鈴の音が女の耳飾りと額飾りから美しく響いている。

 

 

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

 

 

ウッソの月での日々は穏やかで充実していた。

母と再会してからは寝食を共にして昔のような家族生活をしているし、幼馴染の少女と共にウーイッグとは一味違う初めて見る本格的大都会で一緒にショッピングなどを楽しんで、先日などはついにファーストキスなどを経験してしまった。

相手は勿論、シャクティ・カリンだ。

デート中、話題がヤザンのものになり最初は上官のパイロットとしての腕前やMSの話題で、次いでプライベートでは意外と優しくて面倒見が良いとかの話で、そしてヤザンの派手な女性関係の話題となって、いつかの生々しいカテジナの一件を話題としてしまい、ウッソとシャクティの心理が淡い色恋に傾いた時にウッソは妹のように思っていた幼馴染の少女の横顔を見てときめいた。

シャクティの頬も紅くなっていたのを見て、その時周囲に人気の無かったことからつい勢い付いてしまったのだった。

唇が離れた時、「あ…」と呟き水気のある口元を抑えるシャクティの仕草に、ウッソは不覚にもまた心ときめいた。

それからは互いに口数も少なって、しかししっかりと手を握り合って街を散策したが、帰ってきた時にはお互い、いつものようになれたとウッソは思う。

少なくともそう見えるよう必死に頑張ったのは確かだ。

 

ウッソの見た所、どうもオデロやウォレンも皆の目を盗んで、それぞれエリシャ、マルチナと密会をしているようだ。

しかし、恋慕する少女達との逢瀬を重ねつつも、少年達同士でも新型MSの調整や訓練の合間にバカ騒ぎをする良き時間がある。

ウッソ・エヴィンの今までの短い人生の中でも最も充実した日々だったかもしれない。

尊敬できる大人と、大好きな母と、恋い焦がれ触れ合いたいと思える少女。友人達。

シャクティもまた、同世代同性のクランスキー姉妹やスージィと良き関係を築き始めているし、クロノクルとカルルマンとは本当の家族のようになってきている。

カサレリアの森の土と動植物と触れ合う日常にこそ戻るべきとウッソもシャクティも思っているが、こういう充実具合も悪くはなかった。

 

そんなウッソの月での主な仕事はやはりパイロットだ。

母とヤザン、シュラク隊とオリファー、マーベット、カテジナ達と、日夜、協議したり試行錯誤を繰り返してV2やリガ・シャッコーのモーションデータをより洗練していき、微々たる問題点も洗い出していく。

そして改善し、また試験と訓練。

パイロット達もモビルスーツ達もより洗練させていく。

 

戦力を急激に増加させるカミオン隊…しかし問題点がないわけじゃない。

 

「ミューラ、このアビゴルの修理が出来ないってのは確かか」

 

格納庫でV2のミノフスキー・シールドを調整するミューラ・ミゲルの元にやってきたヤザンが、診断機に寄りかかりながら不満気に彼女に言った。

ミューラは視線をV2に向けたまま、手を休めることなく「そうよ」とそっけない返事を投げてよこした。

ヤザンの薄い眉がひん曲がる。

 

「ホラズムここでも直せんのか」

 

「出来ないことはないけれど…。

両脚も無くなってるし、内部機構にもガタが来ているから、修理のレベルじゃなくなるわね。

あなた程の人がここまでの状態に乗機をされるなんて、相手はよっぽどバケモノだったのかしら。

今は特殊機のアビゴルをわざわざ作り直すよりも、リガ・シャッコーの追加生産とV2の完成度を高める方が優先なのよ」

 

「なら、シャッコーはどうして直した」

 

「あれはリガ・シャッコーのオリジナル機だし、拡張性と互換性があるからよ。

アビゴルなんて、殆ど全部の部品が特注じゃない。

性能が良いのは認めるけど、今のリガ・ミリティアにはあんな使い回せない金食い虫に構ってる余裕は無いわ」

 

相変わらずミューラは冷たい物の言い方をする女だった。

ヤザンの鼻から溜息が漏れ、リーゼント頭を手で一度擦る。

 

「やれやれ、じゃあアビゴルはここでスクラップかよ。

お気に入りだったんだがな」

 

「あなたにはV2があるでしょう」

 

「あれは気にいらん」

 

「…どこがかしら?」

 

そこでようやくミューラが視線をヤザンへ向けた。

自分の渾身の傑作機を気に入らないと言われた技術屋の顔は少し険を帯びる。

 

「性能は申し分ないがまずは配色だな。あれじゃあガキの玩具だぜ。

次に、何よりもガンダムタイプの顔が気に食わんよ」

 

己の生涯最高の傑作を、自慢の性能とは全く別ベクトルから〝オモチャ〟とけなすヤザンに、ミューラはムッとした顔で早い口調で捲し立てた。

 

「V2は自由と解放の旗持ちよ。象徴なの。

白は清廉と純血、平等…青は自由と、地球の空、海、川、湖…調和と解放。

黄色は太陽の光と勝利。

そしてガンダムフェイスは、弾圧への反抗の精神が宿るガンダム伝説にあやかっていて、

全てに意味があり、そして性能は現行機種を圧倒的に引き離す隔絶したものを持っている。

リガ・ミリティアの大義を示す概念としてのMSなの。

間違いなく歴史に残る、MS開発史観の大転換となるべきマシーンよ。

あなたこそ子供じゃあるまいし…我慢なさいな」

 

こんこんと説明を受けてもヤザンの表情は明るくはならない。

 

「ほぉ…そんな大層な意味をこじつけたか。ご立派だな」

 

「あなたはリガ・ミリティアを導くMS隊統括で、同時にエースパイロットでしょう?

さっさと納得してちょうだい。

あなたがV2に乗らないなんて、そんな非合理的な事は許されないわよ」

 

「チッ…そんな事は分かっているんだよ」

 

思い切り顔をしかめてヤザンは渋々といった様子で納得した。

最初から納得はしていたのだろう。

今回のアビゴルの件は、一応ダメ元で…といった所である。

 

「だがアビゴルもスクラップにするだけじゃ芸があるまい?」

 

「それはそうね。最初からアビゴルはバラして使える所は再利用する予定よ。

あのジェネレーターとビームキャノンなんかは、そのまま大型キャノンに化けそうだし…。

ご希望ならビームサイスもあなたのV2に搭載してあげましょうか?」

 

「そいつはいいな。せめてもの気休めだ。

他にもビームネットと海ヘビも頼むぞ」

 

「海ヘビならもうV2の腰に付けてある。

ビームネットは…まぁ考えておいてあげますけど私も忙しいから、次の戦闘までに間に合うか分からないわね」

 

ミューラ・ミゲルがヤザンと話す時、その口調はいつだって妙に高圧的だった。

しかしそれはヤザンも悪い。

相性が良くないと理解し合っている2人は、自然と口調が挑発的だったりになりがちなのだ。

 

「確かにな。モビルスーツだけじゃなく、捕虜の尋問も忙しいんだろう?」

 

「…」

 

ミューラの目がやや鋭くなり、黙ったままヤザンを見据える。

ヤザンは冗談を言うような雰囲気でその鋭さに悠然と切り込んでいく。

 

「パイプラインを通してここに持ってきたのはシャッコーとアビゴルだけじゃないからなァ。

リーンホースに捕らえていた人食い虎…ゴッドワルド・ハインとその部下達もここに移ったってな。

あいつらは元気か?」

 

「ええ。まだ生きているわよ?会いたいの?」

 

「会ったら、その有様を見て貴様を殺すかもしれん。止めておこう」

 

ミューラ・ミゲルは極めて優秀なMS技師というだけでなく、ザンスカールの諜報部がマークする冷酷なテロリストでもある。

MS開発から破壊工作、殺人、何でもござれだ。

当然、拷問も…である。

情報を引き出す為なら、軍が条約で禁ずるあらゆる非人道的な尋問を実行する事を厭わない。

ゴッドワルド・ハインとその部下達も、MSの仕事が終わった後のミューラによって、その〝尋問〟を受けているだろう事は想像に易い。

ゴッドワルドは厳しい訓練を積み、相応の覚悟を抱いている屈強な軍人だ。

そういうのも想定の内だろう。

だが、それはヤザンから見ても気持ちの良いものではない。

オイ・ニュングの拷問程度ならばヤザンも戦争の暗部として受け入れているが、ミューラの拷問は度を越すのだ。

屈強な軍人であればあるほど、果たしてゴッドワルドが人間の形をどこまで保っているのかが気掛かりだった。

憐れにも思う。

 

「…やり過ぎれば無駄な恨みになるぜ、ミューラ・ミゲル。

一思いに殺すのも慈悲だ」

 

「引き出せそうな情報を全部出せたら勿論そうするわ。

でも、まだまだ話せる事がありそうだしね…彼。

これも正義の勝利の為よ、隊長」

 

「…お前と話しているとティターンズの連中を思い出すな」

 

ヤザンは吐き捨てるようにそう言ったがミューラは少しも動じない。

 

「過去の伝説的精鋭部隊の人達に擬なぞらえて貰えるなんて光栄ね」

 

やはりミューラは顔色一変えずに冷たく言い放った。

こういう女であった。

息子のウッソには愛情を見せるものの、それすらも教育の合理的判断の一つではないかとすらヤザンには見える事がある。

結局、今の一連の会話にしても彼女が感情を動かしたのはV2への不満を言ってやった時だけなのだ。

ヤザンでさえ、ミューラ・ミゲルを恐ろしい女だと思う。

 

そして、このようなミューラと話していると、いつだってだんだんとヤザンは苛立ってくるのが分かった。

恐らくミューラ・ミゲルもヤザンと長時間会話をしていると不快なのだろう。

攻撃的口調が目立ってくると悟ると、双方どちらともなく自然と会話が終わりになるよう仕向ける。

今回はミューラからである。

 

「ゲーブル統括、話はこれで終わりでよくて?」

 

「うん?…あぁ、そうだな。終わりだ」

 

「それじゃあ、忙しいから失礼するわね」

 

ミューラはそれきりV2のミノフスキー・シールドのチェックに没頭し、ヤザンのことなどいないよう扱っていた。

フン、とヤザンの鼻が鳴る。

 

(冷たく、お高い女…か。同じお高く留まっても、カテジナの方が可愛気がある。

…よくもまぁ、こんな女からウッソのような聞き分けの良いヤツが生まれたもんだ)

 

遺伝子のイタズラというヤツをヤザン・ゲーブルは感じていた。

 

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