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ヤザン・リガミリティア

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死にゆく獣達は守るべき女達に

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ヤザンがリガ・ミリティアにいる   作:さらさらへそヘアー

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死にゆく獣達は守るべき女達に

ジブラルタルの戦いの流れが決まりはしたが、

ザンスカールの目的は取り敢えず達成されそうではあった。

既に目標の半分は宇宙の静止衛星軌道上に待つタシロ艦隊の元へ届けられて、

残す大型シャトル便は3機。

これが打ち上げられればラゲーンの戦力は宇宙への撤退をあらかた終える事になる。

 

リカールの大型コンテナから全ての物資を運び出し終え、

ファラ・グリフォンもMAから降りてシャトルへと乗り込んでいく。

 

(メッチェ…)

 

ファラとメッチェだけしかいなくなったコクピット内で愛と言葉を交わし、そして別れた。

ファラは必死に、メッチェに宇宙へ着いてくるよう言ったが、

 

「いえ、私にはファラ様が宇宙へお帰りになるまでの護衛の任務があります。

マスドライバーに近づくレジスタンスを撃退してから、私も宇宙へ上がります」

 

そう言って彼はリカールに残り飛翔した。

物資が満載の大型コンテナから解放されたリカールは、

これでようやく身軽になって戦線へ復帰できる。

ワタリー・ギラやルペ・シノが苦戦しているのがここからも見える。

空からジェムズガンの群れが降ってくるのも見える。

北からやって来てくれたガッダール隊が唯一の希望だったが、

その進撃もサンタマルガリータで止められてしまっているのがリカールからは見えた。

艶やかな桃色の髪の女性がシャトルに乗り込んだのを確認したメッチェは、

ようやくリカールをマスドライバー上空から移動させて

迫りくるリガ・ミリティアへと機首を向けた。

 

搭乗口に消えていくファラ・グリフォンが最後までリカールを見ているのが分かる。

正直言えば後ろ髪を引かれる思いのメッチェ・ルーベンスであるが、

現状は、自分がここにいるかいないかで

シャトルの安全が左右される瀬戸際なのは明白でしかもリカールは強力な戦力だった。

となればやる事は一つだろう。

 

(…ファラ様、どうかご無事で。自暴自棄にならず、お命を大切にして下さい)

 

メッチェのファラへの愛と忠誠は、移ろいやすく儚い人の心の中では異色の強さがあった。

人には必ずこの世に運命の人がいると考える者は昔からいて、

浮気だとか破局だとかはそういう運命の人に会えなかったが故だというなら

メッチェとファラは運命の人同士なのだろう。

2人は互いに全てをさらけ出し受け入れて、一緒にいるだけで幸福だった。

戦乱の世でなければ…

ファラがギロチンの家系でなければ…

2人が軍人でなければもっと平凡な幸せを謳歌できただろうが、

2人がいかに愛し合おうが戦時の軍人であるが故に別れの時はくる。

シャトルを墜とさせない為には、メッチェとリカールが今ここに必要だった。

 

 

 

――

 



 

 

 

「2枚プロペラ!逃さないよ!」

 

ケイトは声を張り上げながらガンイージのバーニアを全開にして2枚プロペラメッメドーザを追う。

追う内に、自然とヤザンとは別行動になってしまったのを残念に思うケイトだが、

それは置いておいて猛る猟犬の如く敵新型を追っていた。

機数で断然有利なシュラク隊はケイトとヘレンと前衛を組み、

且つ支援としてフェダーインライフル装備のマヘリアでの小隊行動スリーマンセルで挑めば

エースが乗っているであろう新型をも追い込んでいた。

ヤザンの厳しい訓練をクリアし、

ここまで1人も欠けずに戦ってきたシュラク隊の腕前は伊達ではない。

だが、退いて逃げ、そして隙を見つけては

肩部メガ粒子砲の反撃をしてくるルペ・シノとメッメドーザも軽んじては怪我をする難敵だ。

 

「チッ…ちょろちょろしちゃってさ!」

 

メッメドーザの空中での運動性はずば抜けていて、

簡易ミノフスキー・フライトしか積んでいないガンイージでは空中戦で後手に回る。

宙空での自在の軌道を見せつけられてケイトも悪態をついた。

取り敢えずは援護機の強力なライフルを封じ込めたいらしいルペ・シノは、

そういう思惑で、メッメドーザを退いたと見せてすぐに取って返して1機へ突進させる。

ケイトが放った咄嗟のビームを薄皮一枚で躱しつつサーベルを抜き払った。

 

「私からやろうっての!?舐めるんじゃない!」

 

迫るサーベルをガンイージがしっかりとシールドで受け取め、

素早くライフルを腰へマウントすると仕返しとばかりにビームサーベルで斬り返す。

 

3機のガンイージの中で自分に狙いを定めたらしい新型の魂胆が、

まるで自分がシュラク隊で一番弱いと言われているようでケイトの癇に障る。

もともと熱しやすい気質の者が多いシュラク隊の中でもケイトとヘレンはその双璧だろうが、

戦う者…MSパイロットというのは得てしてそういう者が多い。

総隊長のヤザン・ゲーブルの激しさは言わずもがなだが、

しかし、激高しても尚脳裏の片隅に冷静さを住まわせておくのが真のエース・パイロットだ。

そういう意味で、ヤザンと違いまだシュラク隊にはエース部隊として青い所があった。

 

メッメドーザが肩のビームローターでサーベルを受け止め、

同時に肩からメガ粒子の火を吹くとそれを予測していたケイトはガンイージを急降下させる。

距離が離れれば仲間からの援護射撃を受けられる。

 

「よし…ケイトが離れた。これなら…、っ!?

あいつ…マスドライバーを盾にする気!?レールも関係ないってのかい!」

 

マヘリアのガンイージの、フェダーインライフルのトリガーにかけた指が止まる。

人類の資産であるマスドライバーを背に陣取ったメッメドーザの動きは狡猾だった。

万一にも外してマスドライバー・レールに当てれば目も当てられないし、

土台の岩山に当てても大崩落の危険性が高い…そう思うとどうしても引き金が引けない。

メッメドーザは悠々と背を晒して空を飛んで後退していき、

それを3人はろくな射撃も出来ずに追うことしか出来ない。

 

マスドライバーとその土台でもあるヘラクレスの柱の岩山がもう間近まで迫り、

その荒々しい岩肌を横目にMS達は激しいチェイスを演じる。

音速の壁こそ突破はしていないが、

航空機には出来ない柔軟な軌道を高速度で描く新世代MSの空戦は実に華々しい。

常人の反射神経では演ずる事叶わぬその機動戦は、

パイロットを有機的に補佐するマン・マシーン・インターフェイスという

新機軸の当代コンピューターの補助あればこそだが、

当たり前の話だが完全無欠ではない。

ミノフスキーノイズにより有視界戦闘を強いられるのはコンピューターも一緒で、

センサー外からの不意打ちには人間同様に弱い。

であるから岩陰から飛び出してきたゾロの攻撃であわや命を落としかけてしまうのだ。

2機のゾロがガンイージへとサーベルを振りかざし突進してきていた。

 

「ゾロが!?まだいたのか!うっ!?」

 

「ゾロの隠れ場に誘われたっての!?」

 

ヘレン機とマヘリア機が、

ゾロのサーベルをそれぞれ光刃やシールドで咄嗟に受けて難を逃れ

その場で巨人同士の取っ組み合いを始める。

だがケイトはメッメドーザの追走を止めはしなかった。

 

「あの程度ならヘレン達は切り抜けられる…。私はあの新型を!」

 

空を自在に飛ぶ新型の脅威もさることながら、

ケイトはあの紫の2枚プロペラに他の面々よりも拘っているらしい。

自分を狙ってきたというのも腹立たしいし、新型を仕留めれば金星でもある。

それに今ここで僚機の援護に気を取られては敵新型が踵を返して襲ってくるだろう。

 

案の定、2枚プロペラがこちらを急ターンで振り返り、

振り返り様肩のビームローターを基部ごと切り離しフリスビーのように投擲してきた。

どうやら基部のビーム発振機は薄い物が2枚重なっているようで、

両肩合わせて計4枚のビーム発振機があるらしい。

ビームローターが投擲されたにも関わらずメッメドーザの肩にはビームローターが健在だ。

ケイトは一発をライフルで撃ち落とす。

続けて2枚目の発振機が高速回転でケイトへと迫る。

 

「もう一枚!?」

 

ガンイージがビームを放つが、それは発振機には命中せずにビームローターに弾かれた。

 

「あっ!?」

 

「軌道がずれた!」

 

ケイトと、そしてメッメドーザのルペ・シノが同時に叫んでいた。

ビームローターが弧を描いて逸れていき、

両者が止める間もなくマスドライバーの柱を引き裂き、そして爆発してしまう。

 

「あぁ!!マスドライバーのレールが!!」

 

軋み、揺れたマスドライバー台を見てケイトは咄嗟にガンイージを滑らせていた。

ぽっかりと穴が空いたマスドライバーの柱に、

ケイトはガンイージの体をねじ込ませてMSの手足を支柱として微妙な角度調整をすれば、

マスドライバー台は正常な傾きへと正されていく。

精密な力調整をMSにやらせたのはさすがにシュラク隊の腕前ではあった。

並のパイロットであればコンピューターの助けを得ても、

こんな動きは咄嗟の判断では出来ないだろう。

 

「これは…壊しちゃならない!

これは、人類全部の宝だってこと、あんたらだって知ってるだろ!!」

 

ケイトだからこそ、シュラク隊だからこそ出来てしまう。

そして文化遺産を見捨てることの出来ない、

良くも悪くも一般人的な感性がケイトに致命的過ぎる隙を作る。

歴史的遺産を守るためとはいえ、戦闘中の敵が見逃してくれるなど有り得ないことだった。

メッメドーザが目を妖しく光らせてガンイージの眼前に漂っていた。

 

「ッ!」

 

ケイトが息を飲む。

 

「ふふ…素早い…それに良い腕だね。感動したわよ…。

マスドライバーのレールが壊れては

私達の仲間が宇宙そらへ帰れないからありがとうと言っておくわ」

 

ルペ・シノの笑みもメッメドーザ同様に妖しいもので、

サーベルの柄を取り出し薄っすらと光刃を出力する。

 

「あ、ああ…!」

 

それを見たケイトは己の運命を半ば察し、初めて僅かながら怯えを見せた。

だが少しでも生きる可能性を掴み取る為に、生き汚くも足掻いてみせる。

ガンイージの必死の頭部バルカンも、

頭部の射角届かぬに下方に体を滑らせたメッメドーザ相手には、虚しく空をきる。

メッメドーザの稲妻型に裂けた瞳が赤く輝いて上目遣いにケイトを凝視していた。

 

「っ…!」

(た、隊長っ!ヤザン隊長ッ!!)

 

口の中で、ケイトの歯がカタカタと鳴る。

まるでその怯えが見えているかのようにルペ・シノはコクピットで歯を見せてニヤけた。

 

「機体はそのまま…パイロットには死んでもらおうかねェ!」

 

メッメドーザのビームサーベルの光が、

ガンイージの全天周囲モニターいっぱいに広がっていく。

視界を強烈な輝きが覆い白く塗りつぶしていくのが、

死を間近に感じ取ったケイトにはスローで見えてしまうのが恐怖であった。

 

ガンイージは、その名の通りにガンダムタイプの簡易型イージーverであったのは

こういう状況では悲劇であった。

この機体は性能を維持したままにコストダウンを図った結果、

見事に戦闘能力を保持しつつ安価に仕上がって

簡易型とはいえミノフスキーフライトを搭載し

高出力なVと同タイプのBビームサーベル、Bシールド、Bバズーカにまで対応している。

索敵能力、スラスター推力、パワーウェイトレシオ重力出力比も及第点で、

まさにVガンダムのイージーverとしては破格の性能だった。

だが、簡略化されたのは合体機構だけではなく脱出機構までがガンイージには存在しない。

ベスパが高性能を維持しつつ脱出機能にも力を注ぎパイロットの生存率が高いのと裏腹に、

リガ・ミリティアは人命軽視ともとれる方針をとり…

その結果、短期間低コストで

ザンスカールMSに匹敵する安価なMSを作ることが出来ていたのだった。

 

だから、今ケイトは抵抗は勿論、脱出すら出来ない。

八方塞がりに陥っていた。

 

(いや…いやだっ!死にたくないよ!まだ私はっ!!あの人に…!)

 

多くの敵を殺してきたMSパイロットだと言っても、

ヤザンに厳しい訓練を課せられてそれを越えたと言っても、

いつか戦場で散る覚悟で戦ってきたとしても、

いざ死を目の前にして従容として死に就ける程出来た人間はそう多くない。

 

鉄と機械が焼ける音が僅かにケイトの耳に飛び込んだ気がして、

そして一拍の後に轟音が空気とガンイージを揺らした。

何が何だか分からないケイトは「っ!?」と声無き声で呻いて

事態を掴もうと恐怖に強張る脳を必死に動かす。

 

モニターを覆っていた白い光が失せている。

間近まで迫っていたサーベルに焼ききられたのだろう…

幾つかのモニターがかすれて砂嵐となってダウンしていたが、

活きているモニターが火を拭いて墜落していくMSを捉えていた。

墜ちていくそいつは、間違いなくさっきまで己を殺そうとしていた新型だ。

右腕を肩から、右足を腿の付け根から失い黒い煙と炎を撒き散らして眼下へ消えていく。

 

「な、なに…なん、で…」

 

薄っすら涙を浮かべ体中に脂汗と冷や汗を吹き出して、

ノーマルスーツのトイレパック機能に小水まで僅かに漏らしていたケイトが呆然としていると、

かすれたモニターに飛び込んできた猫目のMSが赤い目を剥き出してこちらを見ていた。

先の新型と同じくザンスカールの複合複眼マルチセンサーを持つMS…

だが、現れたそいつはさっきのとは真逆でケイトを心底から安堵させてくれる。

 

「シャ、シャッコー…」

 

「まだ生きているか!?ケイト!」

 

シャッコーが、指の付け根から射出したワイヤーで

コクピットハッチが爛れたガンイージへと触れ合って言っている。

その声は、ケイトが今最も聞きたかった声だった。

 

「チッ…返事がない…間に合わなかったか!?クソ!」

 

「た、隊長…」

 

「ケイト!?生きているならさっさと返事をせんか!

紛らわしいんだよ、マヌケが!」

 

ケイトの声は震えている。

らしくもなく、吹き出てくる様々な感情で理性が乱れていた。

ヤザンの男らしい声がガンイージのコクピット内に木霊して、それがケイトには心地いい。

 

「さっさと降りろ!貴様のガンイージはただの的と同じだ」

 

「で、でも…降りると言っても…ここから飛び降りたら…。

ここって…7、80mくらいありそうなんですが…」

 

ケイトは体まで震わせながら、何とか震える声で答えた。

パイロットがMSの昇降に使うワイヤーガンも精々30mくらいまでが限界だ。

いくらケイトが肉体まで鍛えられたパイロットと言っても

命綱無しにマスドライバーの鉄骨を延々と登り下りする度胸はさすがに無い。

そう思っていたら、気付けばシャッコーがガンイージに胴を擦り寄せるように組み付いていた。

シャッコーのハッチが開く。

 

「来い!」

 

「えっ、あっ…は、はい!」

 

ケイトは慌ててガンイージから飛び出し、

目の前に腕を差し出していた凶相の男の手を取る。

グッと身体を引き寄せられた。

 

「えっ!?」

 

「頭が邪魔だ!縮こまっていろッ!!」

 

ヤザンの股座にすっぽりと受け止められていた。

 

「あ、あの…っ、これはっ…ちょっとマズイのでは…?

隊長の、せ、戦闘の邪魔になっちゃいますし…」

 

頬を紅潮させ、尻をもぞりとさせたケイトが体を強張らせると、

 

「仕方なかろう!

もしウッソやオリファーがガンイージに乗ってても同じ処置をしたさ。我慢せぃ!」

 

確かに命には替えられない。

だが、ウッソはともかくオリファーがヤザンの膝上に抱えられて二人乗りで戦う様を思うと、

ケイトは思わず吹き出しそうになってしまう。

それにしても降ろして貰うまでの辛抱だ…とケイトは思うが(でも…)とも思ってしまう。

ずっとここにいたいと身体の奥の熱が言っているようで、

男とぴったりと隙間なく体を寄せ合う等彼女には経験がない事だ。

ケイトの全身は火を出しそうな程熱い。

 

「シャトルをやらにゃならんというのに…丁度貴様が見えたんでな。

先にこちらに来たら絶好の機会を逃した。

この始末はどうしてくれるんだ?アァ?」

 

「す、すいません…ヤザン隊長…」

 

「フン…、む…来た。フライパンだ!ケイト、悪いが降ろすのは後回しだ!

しばらくはそこにいなッ!!」

 

「え、このまま戦闘!?わっ!?」

 

ヤザンがフライパンと呼ぶのは、大型飛行MAリカールだ。

ウッソが呼び出した愛称だが、中々言い得て妙だとヤザンも思っている。

この空飛ぶフライパンと、片腕のゴッゾーラが執拗に妨害してくるものだから

ヤザンも中々ターゲットの大型シャトルを攻撃出来ないでいた。

勿論、ライフルで撃つ機会は幾つもあったが、

レール上でシャトルをビームライフルで堕とす事はそのままマスドライバーの破壊に繋がる。

シャトルの撃破は、レール上にいる時にコックピットを撃ち抜くか、

それとも空へ飛び立ちレールから離れた瞬間を撃つかだが、

纏わりついてくるリカールがそれを悠長に狙いを付けさせてはくれないのだ。

そうやって周囲で戦闘をしている内に窮地の部下を見つけた…ということらしい。

 

リカールが空から強力なメガ粒子砲を放つと、

シャッコーはそれを急激な加速と変則的なターンの繰り返しで軽やかに避けていく。

ケイトが呻いた。

 

「うっ…ッ!」

(これ…、ど、どうしよぅ…!)

 

急加速や急ターンによるGは軽く耐えられる。

だが、それはリニアシートにノーマルスーツを着て一人で座っている場合だ。

シートとスーツに仕組まれている磁力がベルト無しにパイロットをしっかりと座席に固定して、

そしてリニアシートの基部が衝撃を吸い取ってくれる。

グリプス戦役時代からあったその技術がより昇華されている現在では、

見ての通り女子供で耐えられる程耐G制御が成されているのだが

二人乗りという変則的事態ではGの掛かり方も大分話が変わってくる。

 

一人でガンイージを乗り回している時以上のGがケイトの体に掛かって、

より強力にヤザンの体へと乙女の体を密着させていた。

ケイトの顔は赤い。

 

「フライパンめ…良い動きをしているな…!ン?シャッター頭も来たか!」

 

チラリとヤザンを後眼で見れば、まるで意に介さず戦闘を行っている。

だが、ヤザンとていつも以上のGを受けているはずだったが、

この男はもっとMSがチャチな耐G性能の頃にもっと無茶な機動をしていた男だ。

寧ろこの圧迫感は懐かしいとすら考えていた。

 

(お、女を膝に乗せて…まったく気にせず戦えちゃうんだ…)

 

さすがはヤザンだと思う反面、少しは意識してもいいではないかとケイトは思う。

 

「んっ…」

 

またシャッコーが急制動を掛けてケイトの体が男の体に吸い付く。

ヤザンは変わらず戦い続けているが、ケイトには色々と問題が持ち上がっている。

いや、持ち上がったというより最初からそうだったのだが、

今、ケイトははっきりとその問題を認識してしまっていた。

 

(…ま、まぁ…戦闘中だし、ね。…戦っている男が興奮するの…仕方ない、けどさ)

 

ヤザンの、戦いの興奮で猛っている男の証が乙女の柔らかな双丘の谷に食い込んでいる。

男の証に合わせて変形し深くクレバスに押し込まれたケイトのパイロットスーツが、

はっきりとした亀裂を作って女の丸みを持つ丘を際立たせる。

 

「っ…ふ、…ぅ…」

 

シャッコーがヤザンの手綱に従って戦場を舞う度、

男そのものがパイロットスーツを食い破って

今にも自分の女の部分を貫いてくるのではないか。

まるでそう思わせられる程に食い込んでくる。

 

戦闘で興奮するのは何も男だけではない。

女とて同じだ。

 

試合直前の女アスリートが胸の先を屹立させる事があるように、

生き物として当然の反応がケイトにもある。

しかもケイトは今さっき死にかけて、種の保存の本能とも言うべきモノが活発化していた。

 

(これ…っ)

 

おかしな高揚が奥で疼いている。

先の戦闘でノーマルスーツのトイレパックは水気を帯びていたが、

ケイトはその水気が濃くなっているような気がして鼻も頬も真っ赤にする。

ヤバいなぁ、と独り心で呟いてまたヤザンを後眼で見ようとして、

 

「顔を動かすな!貴様の髪が邪魔だ!」

 

「ぁあっ!?」

 

赤いポニーテールが鼻先をちょろつくのをイラついたヤザンが、

ケイトを一瞥もせずに彼女の胸部を引っ掴んで脇腹へ押しのけた。

ヤザンは掴みやすい出っ張りを掴んだまでだが、

そこには女の膨らみがあってケイトは思わず女の声を出してしまっていた。

初めて他人に掴まれて変形する乳房の感覚にケイトは困惑し、

そしてその鮮烈な感覚を一生忘れられなさそうな自分にも困惑していた。

 

そんな乙女の葛藤露知らず、ヤザンはただ目の前の敵に舌舐めずりをするだけである。

 

 

 

――

 



 

 

 

片腕のゴッゾーラが黒煙を撒き散らしながらも、

ゾロのビームライフルを拾って果敢にシャッコーへ挑んでいる。

だがシャッコーは、ビームライフルをゴッゾーラの右方に巧みに撃ち分け牽制…

敵MSの動きを制限し戦闘をコントロールしてしまうのがヤザンの妙技だった。

急スピードで左に回り込んだシャッコーがゴッゾーラの腰に強烈な蹴撃を見舞う。

 

「うおおおッ!?」

 

今までの戦闘でもシャッコーから殴る蹴るを時折受けていて

ダメージがフレームに蓄積している。

ゴッゾーラの金属骨格が軋んで悲鳴を上げ、

コクピット間近への衝撃にワタリーも苦悶の声を上げていた。

それでもワタリーは体に染み付いた動きでMSを操作し、

コンピューターのオートバランスの助けも借りて

機体各所のアポジとAMBACで体勢を立て直そうとした。だが…。

 

「なに!?メインスラスターが死んだのか!?」

 

バックパックのバーニアが、今のシャッコーの蹴りで大きく凹み歪んでもはや点火しない。

オートバランスはバーニア込みの体勢制御を考慮していたから、

ワタリーはとっさに手動でゴッゾーラを立て直し転倒を防いだのだった。

しかし、シャッコーを駆るパイロットのような強敵相手にそれは致命的な隙だ。

友軍が健在ならばそういう隙を仲間がフォローしてくれるが、

もうベスパのイエロージャケットはボロボロだ。

メッチェのリカールは今もメガ粒子砲で援護をしてくれているが、

シャッコーはそれを避けきって尚ゴッゾーラに襲いかかってくる。

メッメドーザも姿を見かけず「墜ちたか…」とワタリーは眉をしかめた。

シャッコーが目を光らして、そしてヤザンが叫ぶ。

 

「頂きだなッ!」

 

シャッコーのビームサーベルが、ゴッゾーラの胸を貫く。

ジジジ、と嫌な放電音が響いて、ゴッゾーラは鉄の鎧の内側から焼かれて火を吹き上げた。

オートインジェクションが起動し、

ワタリーを乗せたポッドが射出されて遥か遠くへと転がっていく。

ヤザンはそのポッドを、後の憂いを断つ為にビームで焼き払うか、

それとも踏み潰してやろうと思ったその時…、

リカールがミノフスキーフライトの音を響かせて急速降下してきたのだった。

 

「なんだァ!?フライパンが突っ込んでくるだと?」

 

ビームを撃ちながら地面スレスレを速度を落とすことなく飛び、

そしてまた急上昇していくリカール。

シャッコーはその後姿へとライフルを撃ち込むが、

リカールは巨体に見合わぬ機動力で照準を絞らせない。

 

「衝突覚悟で突っ込んできたのか!面白いじゃないかッ!」

 

パープルのプロペラ野郎に続いてブルーグリーンのMSも仕留めた。

次はこいつの相手も良いとヤザンは思うが、

 

「――だが、今はシャトルをやらせてもらう!」

 

リカールに数発、再度威嚇射撃をしてからシャッコーは

マスドライバーのレール上を加速し始めたシャトルへと真っ直ぐに飛ぶ。

それを見たメッチェは眼尻を釣り上げた。

 

「そっちには行かせんッ!」

 

リカールは急旋回しシャッコーを慌てて追う。

そして機首の大型メガ粒子砲とビーム砲を叩き込みながら憎々しげな声を絞り出していた。

 

「チョロチョロと…!くそ…さすがはベスパのマシーンだが…!

それも今となっては忌々しいだけだ!!

ファラ様には近づけさせん!」

 

背を向けながら、

ゆらゆらとビームを避けつつ突き進むシャッコーにメッチェは焦燥を募らせていく。

 

(…ダメだ!リカールは加速力と火力には優れるが…

小回りがきかないリカールは運動性でMSに劣る!素早いシャッコーには当てられないか…)

 

実際、この大型飛行MAリカールは支援と指揮が主目的で

戦場のド真ん中で大立ち回りを演じられるMAではない。

そうこうしている内に、シャッコーが右腕に持つ長大なライフルを構えだした。

マスドライバーの大型シャトルがシャッコーの視界に捉えられたのだ。

 

「狙いは付けさせない!!

ファラ様をやらせはしないと言っただろう!ジェヴォーダンの獣め!!」

 

当たらない射撃に頼るのを止めたメッチェは、

リカールの大出力スラスターで最大限に加速。

一気呵成にシャッコーの背、目掛けて突っ込んでいく。

シャッコーの熱センサーが警報を叫んでいた。

 

「ヤザン隊長!後ろから!」

 

赤い顔をしながらケイトが警鐘を鳴らすが

「何ィ!?」とヤザンが言うと同時に機体に衝撃が走った。

本来のヤザンならば見落とさなかっただろうが、

シャトルの操縦席へ狙いを定めライフルの出力を調整しようとしていた事…

ケイトの頭が視界をやや狭めていた事…

そして背後から迫るフライパンが、今までの突進とは違い

本当に自機をぶち当てるつもりの突撃をしてきた事で軌道が読みきれず、

フライパンの体当たりがモロにシャッコーの背に決まっていた。

リカールのビームには充分注意しながらフェダーインライフルを構えていたヤザンは、

フライパンの予想外の〝特攻〟に面食らい、

その衝撃でフェダーインライフルを落としてしまっていた。

フェダーインライフルが、岩肌に叩きつけられて転がっていく。

 

シャッコーが、リカールのキャノピー横の胴体に挟まれて体が逆く・の字に曲がる。

抜け出ようと藻掻いたシャッコーを見、

メッチェはそうはさせじとリカールの操縦桿を一気に倒す。

 

「逃さん…!このままリカールの加速力で…!」

 

「こいつ…!!俺を道連れにしようというのかァ!!?」

 

リカールが急旋回し、

ジブラルタルの岩山へと一目散に向かい出したのを見てヤザンの怒りの感情が吹き上がる。

リカールの加速が更に股座のケイトを自分へ押し付けてくるのも気にせずに、

ヤザンはコントロールレバーとフットペダルを押し込み真横へとズ・リ・飛んだ。

すなわち、横に見えた機首のキャノピーへと猛烈に迫ったのだ。

 

「死にたいなら貴様1人で死ねというのだッ!!」

 

シャッコーが腕を振り上げ、

そしてリカールのキャノピー目掛けて思い切り叩きつけた。

メッチェには、先程のケイトの時のようにやはり走馬灯の如くその光景をスローモーで見た。

迫る、オレンジイエローの鋼鉄の巨腕。

 

「っ!…ファラ様ッ!!」

 

メッチェの脳裏に桃色の髪を翻す美しい女の笑顔が浮かび、

そして次に瞬間にはシャッコーの手がその幻想ごとメッチェを砕いて肉塊に変えてしまった。

リカールの速度が緩んだのを感じ、ヤザンはシャッコーのバーニアを全開にすると、

シャッコーはスルリとリカールの枷から逃れて空へと身を逃した。

 

直後、主人を失ったリカールは岩山へと突き刺さり、

そして大型ジェネレーターが大爆発を起こしてキノコ雲をもうもうと立ち上らせる。

岩山が崩れ、マスドライバー・レールが振動で揺れていたが、

どうやら大崩落はしなさそうではある。そこはヤザンを安堵させてホッと息を吐いた。

その煙をシャッコーの赤い目が捉え、

そして直様その目は空へと向けられた。

 

太陽が沈み行き、まるで宇宙のように黒くなり始めた空に

シャトルのバーニア光が一条吸い込まれて消えていった。

 

「チッ…フライパンめ。俺にシャトルをやらせんとはな」

 

命をとしてシャトルを守り抜いた名も知らぬ敵パイロット。

シャッコーの腕で殴り潰す瞬間、

割れたキャノピーから見えたその金髪の若い男にヤザンは心の片隅で拍手を送っていた。

 

 
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