ヤザン・リガミリティア
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蜂を駆る獣
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ヤザンがリガ・ミリティアにいる 作:さらさらへそヘアー
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蜂を駆る獣
現代では誰もが知るポンコツMSジェムズガン。
それが今日ほど頼もしく見えたことはない。
オデロ少年は目を輝かせて、
カミオンから打ち上げられた信号弾を目指して滑空し降りてくるジェムズガンを出迎えた。
いつの時代も、男・の・子・というのは戦争の善悪や悲惨さを別として、
単純に戦う者のカッコ良さに惹かれる。
それは闘争と切っても切れない縁を持つオスの本能がさせているのかもしれない。
「すごい!すごいよ!どんな人が乗ってるんですか伯爵!」
興奮状態にある少年らを苦笑いしながらオイ・ニュングは答える。
「ああ、見ての通りだ。旧式でザンスカールと渡り合えるリガ・ミリティアの最大戦力さ。
ただ――」
ちょっと女子供が嫌いだから気を付けろ。
そう続けようとしたオイ・ニュングの言葉は
ジェムズガンのスラスターが巻き起こす風圧に掻き消された。
「すっげぇ!ねぇ、顔見せてくださいよ!ねぇ!」
ぴょんぴょんMSの足元で跳ねる少年2人…
オデロとウォレンをこの男が歓迎するわけもない。
わざと脚部スラスターを強め、その風圧で2人を転がして除けた。
「わぁあぁっ!」と叫びゴロゴロ転がっていく少年らを見つめている
ジェムズガンの外部スピーカーが不機嫌な声を張り上げる。
「伯爵!いつからカミオン隊はミドルスクールになった!」
オイ・ニュングは苦笑いを止めて物哀しい表情で抗弁する。
「仕方がないだろう。ラゲーンを焼け出されたこの子達を放っておくことも出来なかったし、
それに働き者だ。手伝ってもらっている」
「各地の秘密工場を巡っていたカミオン隊は、
戦災孤児などいちいち拾って戦争やる気だってのか!」
「我々だって人手が足りないんだ。我慢してくれ隊長」
使えるものは何でも使う。
それがリガ・ミリティアだ。
そうしなければ日の出の勢いのザンスカール帝国には抵抗できないのが現実だった。
そういう逼迫した事情をヤザンとて知ってはいる。だがそれとこれとは話が違う。
頭に来るものは来るのだから仕方がない。
「…この子達を矢面に立たせるつもりはない。あくまで手伝いだけだ。
分かるだろう…?隊長」
「…」
ジェムズガンから忌々しそうな舌打ちだけが静かに聞こえる。
「ふん…まあいいさ。ガキの面倒は拾った奴がしっかり見てくれりゃあな。
………受け取れ、土産だ」
「そうらしいな」
完全に着地したジェムズガンが右手のオレンジのMSを放り投げ、
左手の少年をある程度の気遣いと共に放り投げた。
「うわ、わわっ!」
少年が転げ落ちる。
「なんだ。隊長も子供を拾ってきたんじゃないか」
オイ・ニュングがわざとらしく驚いてみせた。
勿論、彼は戦闘の様子を観察していたので知っているのだが、
先程文句を言われた反撃だ。
「拾った子供の面倒は拾った奴が見る…
ということはこの少年は隊長が面倒見てくれるということかな」
コクピットからワイヤーで飛び降りてきたパイロットが、
無言のまま伯爵を睨みつけた。
「…あぁ、いる間はそうしよう。だが、このガキはもうお役目御免だ。すぐに突っ返すさ」
売り言葉に買い言葉なのは明らかだが、浅黒肌で厳しい顔付きの金髪男は了承した。
「戯言は終わりだ。本題に入るぞ、伯爵」
「そうしよう」
年の差はあれど、互いにリガ・ミリティアの重要ポストにいる人間。
隊長ことヤザン・ゲーブルと伯爵ことオイ・ニュングは対等な戦友という間柄に近い。
文句の言い合いも意見のぶつけ合いの延長に過ぎない。
「なにはともあれ、よく迎えに来てくれた。
隊長がいなければマーベットがどうなっていたか分からん。
それに…」
両手を差し出してヤザンを歓迎したニュング伯爵は、
彼を労い肩を叩きながら地面に転がるオレンジのMSを見、言葉を続ける。
「ベスパの新型らしいな。これは大収穫だ」
ヤザンも仏頂面のままニュングの視線を追って新型を見る。
そして自分に駆け寄ってきた色黒長身の美女を見つけると、
「マーベット!挨拶は後回しだ。パイロットはまだ生きているかもしれん。
抵抗する力は無いだろうが、油断せず引きずり出せよ」
その女…コア・ファイターから降りてきて
一目散にヤザンへ駆け寄ってきていた部下に命を飛ばす。
「はい!」と威勢よく返事をしたマーベットは銃を片手に煙上がるMSへと駆け上ると、
まだ電撃の残り香で熱々の開閉レバーパネルに触れて
「あちっ!」
軽い火傷を負っていたりする。
「当たり前だ!海ヘビが直撃した装甲だぞ!」
マーベットも久々にヤザンに会ってややテンションが上がっていたらしい。
珍しいお間抜けなミスをやらかしてヤザンに叱責されているのは微笑ましい。
バツの悪そうな笑顔をしながらマーベットはベスパ新型MSのコクピットを開けると、
そこにはホ・カ・ホ・カ・の敵パイロットが死んだように転がっていた。
一目見て死体だ、と思ったマーベットだったが指先が微かに動いているのを見て
どうやらまだ生きているらしいと理解した。
「まだ生きてる…レオニードさん、こっちへ来て!早く治療すれば助かるかもしれない!
オデロとウォレンも手伝って!引き上げるわよ」
カミオン隊の老人衆の1人、医師のレオニードを呼び寄せ若者2人にも援助を乞う。
少年2人は、憧れの感情を抱いたパイロットに無碍にされて仏頂面だったが、
それでもテキパキと救助活動に勤しむのだから逞しい。
オイ・ニュングが目をかけるだけはあった。
何故か、流れでヤザンに連れられてきた少年も手伝うことになったのは置いておく。
◇
カミオンの荷台に載せられたシャッコー。
リガ・ミリティアの面々は今、トロトロ運転で現地の少年…
ヤザンが空で拾ったウッソ・エヴィン氏の厚意によって彼の家まで移動していた。
そこで僅かだが食料補給等をさせてくれるらしい。
目指す秘密工場まではもう暫く掛かるのだから
僅かでも水や食料、医療用品の補給は嬉しい。
虫の息のベスパパイロットの治療も、一応はせねばならないので薬は有り難い。
昨今の地球事情…、
特にこんな辺鄙な所に住んでいる不法移民には提供してくれるその全てが貴重品の筈で、
しかもこの平和な森に戦争を持ち込んだ原因であるリガ・ミリティアを嫌っても当然。
だと言うのにこの少年はヤザンのことを命の恩人と見て好意的に接していた。
補給の間に折角捕獲した新型の解析やら整備をしていて、
ヤザンは老メカニックのオーティスの肩に肘を置いて色々と尋ねていた。
「どうだ、その新型のダメージは」
「機体そのものは大丈夫だ。
エンジンも機体フレームも堅牢だし、しかも拡張の余地まである。
ハードポイントに対応しようって試みじゃないかな…汎用MSとして良いアプローチだ」
オーティスの慧眼にヤザンが軽く口笛を吹いて感心した。
「さすがはスペシャリストだ。
ろくな設備無しの1時間かそこらのチェックで敵さんの新型をそこまで見抜くのか。
尊敬するぜ、オーティス爺さん」
「褒めても何もでんぞ。
悔しいが良い出来だな、こいつは…うちらのVも負けちゃいないが。
しかし…コクピットの電子系は取っ替えなきゃならん所がちらほらある。
このプラグもだめだし…ほれ、これも使えん。
チップも替えなきゃいかんなぁ」
「元は同じサナリィだろう。
今日中に使えるようにしてくれよ。ジェムズガンじゃこの先やっていけないんだ。
期待してたV型もコア・ファイターがこの調子ではな…」
「無茶言わんでくれ。パーツそのものはカミオンじゃ作れんのだ。
工場に着けば何とかなるが…それか、隊長が乗ってきたジェムズガンを部品取りにすれば」
「バカを言うな。今は動けるMSはこいつだけなんだぞ」
そんな2人の会話が聞こえていたのか、
カミオンの助手席からひょこっと顔を出したウッソ少年が彼らを見て言った。
「ありますよ!僕の家に行けば、少しぐらいそういうパーツあります」
森に不法移住して隠れ住んでいる一般市民が何故持っているのか。
オーティスとヤザンは互いに怪訝な顔を見合わせた。
――
―
端的に言うと、ウッソ・エヴィンはただの不法移民ではなかった。
何らかのスペシャリストの両親の元に生まれ、
しかもかなり幼い頃から英才教育を施されたとても特殊な…
悪く言ってしまえば歪な家庭環境で育った少年だった。
一昔以上前にゲームセンターに設置されていた臨場感抜群のリアルシミュレーターと
当時話題になった電子遊戯筐体を複数台所持し、
しかもそれに手を加えてより軍のシミュレーターに近づけたMSシミュレーターさえあった。
また、エヴィン氏の自宅地下は旧時代の役場のデータバンクに地下道で繋がっていて、
そこからケーブルを引き自宅から情報を閲覧…高度な学習までしていたのだった。
「両親は、今はどこにいるのかは知りません。こっちのシャクティもです」
言いながらウッソは褐色肌の美少女の頭を数度撫でた。
ウッソがパラグライダーで楽しそうに空で戯れていたのを遠目に見守っていたこの少女は、
パートナーが戦闘に巻き込まれたのをばっちり目撃し、悲嘆に暮れていたのだった。
シャクティ・カリンは今も半泣きべそで無事戻ったウッソの腕に抱きついてる。
こんな辺境の森で子供2人だけで支え合って生きている。
その光景を、ヤザンは何とも言えぬ表情で眺めていた。
「…両親はお前にかなり特殊な訓練を施している。
軍の訓練もかくや…と言わんばかりの高度なものだ。
それを課すお前の親もだが、熟しているお前もかなり特殊だな…だが――」
こんなイ・カ・れ・た・家庭環境を提供する親の正体を知りたいヤザンだったが、
ウッソとシャクティの口からは大した情報は得られなかった。
分かったのは、とにかく彼らが只者ではないということだけだ。
「1年戦争からこっち…人間は飽きもせず戦争をし続けているんだ。
…こんな家庭もでるだろうさ」
それきりヤザンはウッソの家庭環境について感想を述べることは無かった。
だが、伯爵や老人達は、物悲しい感情が顔にまで滲んでいる…そういう顔だった。
長く続く戦乱の歴史を常識として育った世代は、この時代に疲れているのかもしれない。
「小僧、チップとプラグはどこだ?」
しんみりな老人達を差し置いて、
老人達よりも前に生まれていた実年齢最年長の若々しきヤザンは
ごそごそとウッソの家の棚を漁りだす。
「小僧じゃありません。ウッソです!」
少しムッとした顔でウッソは言い返したが、
素直にヤザンが求める物が眠る棚を教えてやるのだから純朴だった。
「ほう?見ろ、ロメロ。この規格はコア・ファイターに使えるんじゃないか?」
純朴少年の訴えを流しながらも家主の許可を得たヤザンとロメロ、そしてオーティス達は
次々に使えそうなジャンクパーツを発見しホクホク顔となっていた。
リガ・ミリティアの老人達は切り替えが早く、
そして自分達の非情さを知りながらもその道を突き進む事ができる。
だからレジスタンスなぞ出来るのだ。
「どうですか?父さんのコレクション、使えそうですか?」
少年がちらちらとヤザンの顔色を伺い、何かを期待しているかのような目で見る。
言葉からもそれは充分匂っていた。
「ん…そうだな。使える。でかしたぞ、小僧」
この少年がまだ親を恋しがっているのは年齢的にも仕方がないだろう。
ヤザンは乱暴にウッソの髪をわしゃわしゃと撫でる。
ヤザン・ゲーブルという男は、隊の指揮官を永く務めていた男だから、
人の心の機微というのには理解がある。
特に、女心は無理解甚だしい(或いは敢えて無視する)が
男心にはかなり理解があって融通も利くのは軍隊という男社会で生きてきたからだろう。
だからか、少年が自分に何を求めたのかも正確に、そして素早く分かっていた。
ヤザンは、この子供らが温かな家庭というものとは縁遠い生活を…
不幸ではないからと受け入れているらしいのを見て哀れには思わない。
もっと悲惨な生活もあるとヤザンは知っているが、
ヤザンの腕は半ば無意識に少年へと伸びていたのだった。
「あ…、へへ…」
少年はかなり嬉しそうな様子で、やはりヤザンの予測が当たっていたようだった。
だが、ヤザンでなくともこの年頃の親無し子が何を求めているのかは分かるだろう。
「でも…小僧じゃありませんよ。ウッソです」
しかし、少年はそこを訂正するのは忘れなかった。
――
―
その日は、窓も締め切り音を殺してウッソ宅で一晩を明かす事となって、
重傷で意識不明の敵パイロット
(シャッコーのコンピューターも一部破損してパーソナルデータ閲覧不可)も
彼の家で有り合わせの薬品で治療をした。
医師のレオニードがいたからそれでも命を取り留める事が出来たが、
敵パイロットは本来ならば死亡していたであろう重傷で放置していても動けない。
なのである程度の目処がたってからはシャクティが看護を代わって行っていた。
ベッドにはベスパのパイロット、ソファーにウッソとシャクティ、
敵が目覚め抵抗する万が一に備えて床に毛布を敷きヤザンが寝転び、
カモフラージュして隠した外のカミオントレーラーにはその他の連中が寝ていた。
そんな夜…。
「きゃあぁぁ!!」
寝静まっていた所に響いてきた空気を切り裂くようなビームローター音に、
まだ10歳にもなっていない少女スージィが悲鳴を挙げて泣き叫んだ。
「スージィ!静かにしろって!ばれちまうだろ!」
オデロとウォレンが必死に宥めるも、
ゾロの爆撃で故郷と家族を失った少女のトラウマはそう簡単に消えてくれない。
ヤザンとウッソ達が小屋から飛び出し、それとほぼ同時にカミオンで寝泊まりしていた組も
バタバタと起き出して皆が警戒態勢に移っていた。
「オデロ!さっさとそのガキを黙らせろ!バレないとも限らんのだぞ!」
「わ、分かってますよ!けど…泣けちゃうのはしょうがないでしょ!」
ヤザンの怒号に、オデロは(あんたの声の方がデカイよ!)と思ったのは内緒だ。
「すごい数だな…3、4………12、13…おいおい何機おいでなんだ?
かなりの大編成だ…ベスパめ、なんのつもりだ」
茂みに身を隠しながら取り出した小型双眼鏡で空のヘリをつぶさに観察するヤザン。
これ程の数ともなると、さすがのヤザンもジェムズガン1機でどうこうする気は起きない。
「あっちの方はウーイッグですよ!あいつら、まさかウーイッグを爆撃する気じゃ…」
ウッソも着の身着のまま飛び出してヤザンの隣で、空を征く威容に息を呑んでいた。
ウッソに答えるようにカミオンの昇降台からニュング伯爵が言う。
「都市の爆撃だけにあんな大部隊を使うとは思えんな…。
他に狙いがあるんじゃないか…ん…?見ろ、全機がウーイッグに行くわけじゃなさそうだ」
伯爵の指摘通り、数機のゾロはカサレリアの森上空をゆっくりと周回し、
サーチライトまで照らしてしきりに辺りで何かを探しているように見えた。
かれこれ10分以上、7、8機程のゾロはずっと探索を続けていて、
森に潜むヤザン達は息を殺して身を潜め、その様子を見ていた。
そしてヤザンは気づく。
「…ゾロの周回ルート…そうか。奴ら、シャッコーを探していやがる」
「あの新型をか?こんな夜間に大部隊を派遣してまで探すほどの新型なのか?」
いつの間にか後ろに来ていたロメロ爺さんがふがふがと言う。
「……さぁな。大事なのは新型か…ひょっとしたら、その中身か」
ヤザンはちらりと小屋を見る。小屋の中で眠るあの敵パイロットを。
「見ろ…相当なしつこさだ。奴らかなり必死だぜ」
ビームローター音を響かせ
いつまでも夜の空を旋回する忌々しい光景を見ながらヤザンは短く舌を打ち、
そしてガタガタ震え嗚咽を押し殺して今も泣いているスージィを見る。
次いで互いに抱き合い怯える子供達を見た。
ウッソも、そして彼の腕を握るシャクティも酷く不安そうな顔だった。
(…別に、だからという理由わけではない)
誰に言い訳するでも無く、何とは無しに自分にそう言い聞かせながら、
だがヤザンの心には確かな闘争心が湧き上がっている。
生まれついた己の凶暴性を解放するのに
良い思案が浮かんだに過ぎないのだ、とヤザンは心で独白し、
ゾロの群れに対抗できそうなMSの姿を思い浮かべていた。
「…ロメロ爺さん、シャッコーの電子系、直っているな?」
「んぁ?あぁ、そりゃ直したが…一応の応急処置だぞ」
「動くんだな?」
「…分からん。まだ試運転しとらんからな」
「ぶっつけ本番か…まぁいい。シャッコーを出す。全員離れていろ」
一瞬、ヤザンが何を言っているか理解できず
ロメロは普段のとぼけた顔を更にとぼけたものにした。
「おいおい、爺さんがそんな顔すると本当のボケジジイに見えるぞ。止めたほうがいいな」
「う、うるさいわい。儂より年上の若作りジジイが!
あっ、待たんかヤザン!死ぬようなもんだぞ!」
「えっ?ヤザンさん!?無茶ですよ!」
ウッソは驚愕しつつ彼を止めようと手を伸ばし、
ロメロも制止しようとするもそれらを無視して既にヤザンはカミオンに向けて走っていた。
「なんだ、どうした!?」
その一悶着に伯爵が眼下へ声を飛ばした。
「伯爵!シャッコーで出るぞ!全員さっさと離れろ!」
「な、なんだと?隊長!今出るのは自殺行為だ!」
「奴ら引き上げんぜ!このままじゃ見つかっちまうかもしれん!
狙いがシャッコーなら、このまま奴らを引きつける!」
「ヤザン!」
ヤザンの姿はもうシャッコーの丸みを帯びたコクピットへと吸い込まれていた。
小さく唸って伯爵は急いで昇降台から飛ぶように降りて皆に退避を命じる。
「皆、離れろ!隊長がシャッコーで出る!」
「ヤザン隊長だけで!?初めて動かす敵のMSでですか?
そんな…私もジェムズガンで出ます!」
喧騒に気づき、マーベットも急ぎ駆け出していたが、
「まだすっこんでいろ!フェダーインライフルも無いジェムズガンじゃ足手まといなんだよ!」
猫目を見開き赤く輝かせたシャッコーのコクピットから野獣の如き肉声が飛ぶ。
ゆっくり起き上がるシャッコー。
開いたハッチから上半身を覗かせたヤザンが、
「マーベット、俺が出てから5分後に出ろ!ゾロ連中は引き付ける。
お前は背後からやれ!」
最低限の言葉で命令を飛ばすとマーベットは口惜しいそうに、だが静かに頷いた。
シャッコーのハッチが閉じ、左腕を空にかざす。
腕から特徴的なビーム投射音を響かせてビームローターが展開されると、
オレンジのMSは悠然と夜空へと舞い上がった。
月明かりに照らされたオレンジが、美しく輝いた。
◇
「いい調子だな。さすがだ…オーティス、ロメロ」
シャッコーのコクピット内でヤザンは唸る。
老人達の良い仕事っぷりが、シャッコーを動かしてみてよく分かる。
だが、それとは別にしてもベスパの新型はご機嫌な性能であった。
「ジェムズガンとは段違いだぜ。こいつなら…」
スラスターを吹かし夜空を敢えて派手に飛び回る。
慣らし運転も兼ねているが、何よりゾロの目にとまるのがヤザンの目的だ。
「…来たな」
雁首揃えて土偶目の巨人がぞろぞろとこちらへ寄って来るのが分かる。
ヤザンは心の中で舌舐めずりをし片目だけで笑っていた。
「クロノクル中尉!無事だったのですか!」
通信で喚くゾロは、明らかにシャッコーを味方と誤認しているようだ。
そうか、あの赤髪のパイロットの名はクロノクルか…と半ばどうでも良い情報を得ながら、
ゾロらの堂々たる無警戒っぷりをヤザンは侮蔑的な感情で眺めていた。
(間抜けめ!素人なのか!?)
夜間であろうとMSのモニターには
人間の目に適した明度に映像処理されて投影されている筈で、
MSの挙動から別のパイロットが乗っているのは明らかだろう。
機体識別が未だにザンスカール所属であるとはいえ、
それを見抜けないのは迂闊の誹りは免れないだろう。
火器管制のカーソルを合わせロックオンし、シャッコーの腕を持ち上げ引き金を引く。
その一連の動きには一切の迷いも淀みも無い。
殺すことが日常の一部になっている根っからの軍人・戦士・兵士の動きだった。
ヤザンは容赦無しくガラ空きのコクピット部へ
出力を絞ったビームライフルを叩き込む。
エンジンのIフィールドが崩壊することなく
コクピットブロックだけに焦げた風穴が空いた先頭のゾロが、
力なくグラリと後ろ向きに倒れてそのまま大地に吸い込まれていった。
「中尉!?反逆するのですか?」
ざわつき、慌てた様子のゾロ達が離散してシャッコーを囲むように動き出した。
「遅いんだよ、間抜け共が」
ヤザンの目には敵のそれらの反応の全てが緩慢だった。
ゾロの機動力や運動性の問題というよりも、
パイロット達の驚愕や迷い、躊躇が反応を鈍くしているようだった。
それに反してシャッコーは迷いなく、離散したゾロの1機へと猛然と突っ込んだ。
「わぁ!?」
狙われたゾロがビームライフルを乱射するが、
ビームローターを盾代わりに突っ込むシャッコーは防御態勢を取りながらも
肩部スラスターやミノフスキークラフトを巧みに使用し、
左右上下にブレるように細かく動きながら突っ込んでくる。
ただの全速力突撃ではなかった。
「当たらない…!?う、うわああ!?中尉っ!!やめっ――」
ビームライフルは一発もビームローターにさえ当たらなかった。
そのゾロの言い切らぬ内に、
シャッコーのビームローターが胴体前部…コクピットを削り取ってしまった。
パイロットは肉片一つ残っていないだろう。
「反逆だ…!」
「女王の弟が…!?」
「違う…別のパイロットが乗っている!」
ゾロ達がようやくに確信する。
もはやシャッコーは完全に敵だとベスパのパイロット達の意識は切り替わった。
だが、それは野獣の如き男に対してはやはり遅すぎる。
獣狩は、周到な準備と慎重な足運びが合わさって初めて成功するが、
初手から意表を突かれたゾロ隊は既にペースを獣ヤザンに握られていた。
「ようやくやる気になったようだが…やはり遅いな!そこだ!」
シャッコーの低出力ビームライフルが連射されると、
またゾロの1機が機体の深部までは響かぬ程度に蜂の巣にされて
火と煙を吐いて落下していった。
「こ、こいつ!あっという間に3機やられた!」
「くっ、シャッコーの性能はまだこちらも把握していないんだ…!」
「囲め!無力化して捕獲する!」
全速の戦闘機動に入ったゾロ達が四方を囲もうと飛び、
出力を絞ったビームライフルでシャッコーの手足へ狙いを定めるのがヤザンには分かった。
「コクピットを狙っていない…ハッ!この俺を捕らえるつもりか?フフ…ハッハッハッ!」
ヤザンは余剰出力たっぷりのシャッコーのスラスターをフルスロットルで加速させ、
一気に上昇しそのまま宙返りを描く。
鋭い軌道による宙返りが月夜の空に航跡雲ヴェイパーを引いていた。
そのままの勢いで、
囲むゾロの射撃を尻目に1機の後ろ首筋目掛けて〝延髄蹴り〟を見舞ってやると、
ゾロの後頭部がひしゃげバックパック上部までが大きく歪みメインスラスターの火が止まる。
「ぐっ、うぅ!!?」
第2世代MSのコクピット・ショックアブソーバーでも
打ち消しきれない衝撃にパイロットが唸る。揺さぶられ視界が定まらない。
その隙をヤザンは見逃さなかった。
そのまま背後に取り付き、ビームサーベルによって一瞬でゾロの両足を切断。
羽交い締めにする。
「あ、あぁ!?は、はなせよ…この!」
「貴様には盾になってもらうぞ」
触れ合い通信から聞こえるゾロのパイロットの声は怯えに震え、
シャッコーからの声は殺意と自信に溢れるもの。
対象的な二つの声はそのまま両者の行く末の明暗でもあった。
「く…人質とは!」
先程までのような低出力ビームでは
盾にされたゾロを貫通してシャッコーにまでダメージを届けるのは難しい。
出力を高め過ぎてはゾロ共々シャッコーのジェネレーターをビームで破壊する可能性がある。
そうなればMS2機分の核爆発が起きる懸念があった。
迂闊にはビーム兵器が使えない。
「ならばッ、格闘戦で…!」
猛るゾロが、光刃を抜刀して袈裟懸けに迫る。
「そうだ…!サーベル戦を仕掛けてこい!戦闘は楽しまなくっちゃなァ?」
囲まれての射撃戦という圧倒的不利を封じるための人質だ。
格闘戦ならば例え10対1であろうとヤザンは負ける気がしなかった。
右から回り込むように1機。左から1機。
下方に滑り込んでくるのが1機。
これはビームサーベルではなくライフルを構えている。
下のゾロが空を滑るようにしながら上方のシャッコー目掛けビームを猛射し始めると、
ヤザンは即座に盾にしたゾロをそいつに思い切りよく蹴り落としプレゼントしてやる。
落下するゾロにビームは命中し装甲が穴だらけになっていくが、
やはり核爆発が怖かったらしく貫通はしない程度の威力でしかない。
敵パイロットが核の誘爆も恐れず全開の出力だったら危なかったが、
そうはしないだろうというヤザンの目論見は最初からあった。
「狙いが甘いから必要以上にビビるんだ、貴様らは!」
笑いながら、ヤザンは射線上一直線にならんだゾロ2機にビームライフルを叩き込む。
先程や眼下のゾロとは違い、今度は高出力のビームだ。
盾にされた脚無しのゾロ、結果的に仲間だけを撃ってしまったゾロ、
その両機をメガ粒子は容赦なく貫いた。
2機は見事にエンジン以外を撃ち抜かれて猛火に包まれて爆散した。
それとほぼ同時に、右からの1機の刃をビームサーベルで受け止める。
激しいスパークがモニターを焼かんとし、
シャッコーの複合複眼式マルチセンサーの保護カバーがオートで下りる様は、
シャッコーが目を細めているかのように見えた。
「もはや捕獲はせん!仲間達の仇をとらせてもらう!」
瞬く間に、次々と友軍が葬られていく恐怖に屈しそうになりながらも
怒りを沸き立たせてゾロが来る。
左から迫るゾロがビームサーベルを居合気味に振り抜いてくるが、
それはシャッコーのビームローターで遮られる。
シャッコーの左右両方で激しい閃光がほとばしった。
「いくら新型のシャッコーだろうと…このままゾロで挟み撃ちにすれば!」
ベスパのパイロットが息巻く。
息を合わせ2機のゾロが出力をさらに上げると、
左右両腕で踏ん張るシャッコーの腕が軋み悲鳴をあげだしたが、
「まだ支えられるか…この機体、気に入ったぜ」
中々にシャッコーは粘る。
ジェネレーターのパワー自体はゾロと大差無い筈だが、
シャッコーのフレームや関節部が強靭であった為に、
結果、ゾロよりも強く素早い。
2機のゾロ相手に押し返せはしないが競り負けてもいなかった。
「力比べはもう充分だ。いい慣らし相手になってくれた事には感謝してやるよ」
「なっ!?シャッコーの肩がっ!」
2機のゾロが「勝てる!」と見込んだその時だった。
シャッコーの右肩アーマー先端の突起がスライドし、
迫り上がって回転…自在継手のフレームアームが第3の腕隠し腕のように動き出す。
シャッコーの右肩にはビームガンが仕込まれていたのだ。
自陣営のMSとはいえ新型の隠し武器を末端のパイロットが知りようもない。
驚愕したゾロパイロットは、その表情のまま
シャッコーの隠し武器2連ショルダービームガンにコクピットを焼かれてこの世から消えてしまうと、
主を失ったゾロはビームサーベル同士の鍔迫り合いから脱落し落下し森に消えた。
シャッコーの首が左方ビームローター側のゾロへ向くと
その狐目を見開き真っ赤な目を顕にして敵を凝視する。
「…っ!」
クロノクル探索隊ゾロの最後の1機であるそいつは、
自軍MSの象徴たるそのセンサーアイを見、初めて〝怖い〟と思う。
複合複眼式マルチセンサーに睨まれ、人間狩りを仕掛けられる地上の人間達の恐怖を、
今初めてこのパイロットは味わっていた。
(これが、狩られる恐怖…!)
「あ、あああ!か、母さんっ助け――」
恐怖でレバーを握る手が強張る。
ゾロの動きが引きつった。
それと同時にシャッコーの右腕に握られていたビームサーベルが、
薄っすらと光刃を投射しながら素早く的確にゾロのコクピットへと当てられた。
パイロットは母の姿を思い浮かべ、
虐殺していった人間達の亡霊を見ながら消し炭へと変わっていた。
「こいつで最後か?」
敵パイロットにそんな思いが去来した事など、
この男ヤザンは知ったことではない。
次の敵の姿を求め、シャッコーが目を見開いたままに周囲をセンサーで探査する。
モニターに映る、飛ぶゴマ粒の姿。
コンピューターが画像を拡大すると、そいつはどうもヘリコらしい。
ウーイッグ方面から新たに数機の機影がこちらへ迫るのが見えた。
(ウーイッグ方面のゾロがこちらへ回ってきた…光を見たか)
ゾロを何機か爆発させたその爆炎光を見たのだろう。
まだまだ戦いたい気分ではあるが、シャッコーの操作系にはまだ不安がある。
ゾロを蹂躙したヤザンではあるが、
これでもシャッコーが操作に対してまだ鈍い所があると感じられた。
「…まぁいい。こいつならばまだいけそうだからな」
ビームライフルのエネルギー残量を確認しながら
ヤザンが改めてトップターミナルへ視線をやったその時…
「ん?…爆発しただと?…そうか、マーベットめ。俺の獲物を横取りしやがった」
森から放たれた幾筋のメガ粒子の光が、トップターミナルを貫いていた。
ゾロが、ヤザン達の戦闘に注意も持っていかれていたとは言え見事な奇襲だ。
核爆発が起きていないことからきちんとエンジン直撃は避けているらしい。
ヤザンの命令通りに、きっちり5分後に動いた事も評価できる。
ジェムズガンと只のビームライフルでそういう事をやってのけるマーベットは、
やはり流石にヤザン隊であった。
部下の良い腕前に「横取りしやがった」という言葉に反してヤザンの顔は嬉しそうである。
が、マーベット単機でこの敵機撃破は速すぎる。
厳しく仕込んだとはいえ、マーベットは今ジェムズガンに乗っている筈だ。
「…また光った。2機目か。フェダーインライフルも無しにこの撃破速度は…。
マーベットが俺以上の腕前に突然なったとは考えにくい。
む?あれは…ゾロの周りをうろちょろする噴射光?
コア・ファイターか?誰が援護している」
いざとなれば乱入する気で、
森林に潜むジェムズガンと空戦をしているコア・ファイターとゾロらの戦闘を見守る。
「コア・ファイターが掻き回して、マーベットが援護だと?
あんな腕利きがいるとはな。……………まさか、な」
あっさりと増援のゾロを全滅させてしまった戦闘の立役者は、
明らかにあのコア・ファイターだった。
ヤザンの脳裏には特異な生活を営んでいた、
あどけない笑顔の少年の姿が浮かんでいた。
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