ヤザン・リガミリティア
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宇宙の魔獣・カイラスギリー その4
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ヤザンがリガ・ミリティアにいる 作:さらさらへそヘアー
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宇宙の魔獣・カイラスギリー その4
タシロ艦隊は、リガ・ミリティアのマイクロウェーブ作戦から何とか立ち直っていた。
しかし立ち直るまでの間に艦隊は深刻な被害を受けてしまい、
既にリガ・ミリティアと同等近くにまでその数を撃ち減らされていた。
これでは全くリガ・ミリティアの作戦通りだ。
「艦隊戦で押し込まれているだと…?このタシロ艦隊がか?」
タシロ・ヴァゴは司令席で臍を噛む。
常に無数に瞬く鮮烈な爆光が、明らかにこちら側で輝く事の方が多いというのは、
つまりそれだけ味方陣営で爆発が多く起きている事だ。
味方の被害が大きいという事だ。
タシロはまた眼輪筋をひくつかせながらクルーへ問う。
「…コンティオ戦隊はどうなっている」
艦橋クルーの一人が一瞬言葉に詰まって答えた。
「ミノフスキー濃度が濃く状況が掴めません。
ピピニーデン大尉からは何の信号弾も出ておらず――…あっ、今、信号弾を確認!
これは…コンティオ戦隊のルペ・シノ中尉からです!」
「続けろ」
待ちきれず、タシロは部下へ言葉を促した。
願わくばこの戦況を好転させてくれる内容であることを祈って。
「……わ、我、敗北セリ…です!」
「っ!」
しかし期待は裏切られ、タシロの拳が強く握られて…そして震えた。
このまま戦っているだけでは押し切られるのは時間の問題。
タシロも大佐まで登り詰め艦隊司令等やっている男だからそういう戦術眼はある。
幸いなのは、まだリガ・ミリティアの艦隊とMS隊がこちらの本隊まで距離があるという事で、
本隊とは即ち、カイラスギリーと接続されているスクイード1この艦の事である。
そう思えばタシロの決断は早い。
「…カイラスギリーを射撃準備に入らせろ」
静かに、しかし確かな口調でタシロは皆に告げると
クルー達は皆一様にギョッとした目で司令大佐を見た。
その中の一人が控え目に異論を唱える。
「しかし大佐、カイラスギリーは建造率90%を超えるとはいえまだ未完成です」
「もう撃てるのだろう?」
「ですが今の状態での発射は冷却機能にも問題があり、砲身に負担が――」
そう言ったのは技術士官の男だったが、しかしタシロはもう決断しており決意は変わらない。
「今使わずにいつ使うのだ。
このままではリガ・ミリティアがここまで来る…。
来るのを待ってカイラスギリーをプレゼントしてやれとでも言うのかね、君は?」
タシロに尚も意見する者…というよりは確認をする者がまだいる。
真新しい少佐の階級章を付けた士官、ゲトル・デプレであった。
やや垂れ目な見た目と、喋り方からも厭味ったらしい男と思われがちだが、
実際厭味な男でタシロ艦隊の者達からも評判はいまいちであるが
タシロは今ではこの男を副官として置いていた。
ゲトルは声のトーンを落とし、タシロの耳にだけ入るように注意し尋ねる。
「タシロ大佐、しかし今この状況でカイラスギリーを使うのは味方諸共になりますが」
「前衛がいるうちに使わねばリガ・ミリティアが要塞に取り付くのだから仕方あるまい。
そうなっては取り返しがつかん。カイラスギリーならば本国アメリアすら狙えるのだぞ?
女王の御身を危険に晒すわけにはいかぬよ」
それ本国狙いをするつもりだったタシロが言うから、その言葉には重みがある。
それにザンスカールは女王マリアに心酔する新興宗教国家であるから、
女王の為…と言われてしまえばどのような非道行為も正当化されてしまう。
ゲトルの垂れ目も一段細くなって上官の目を見返した。
「…よろしいのですか?」
「致し方ないと言っている。カイラスギリーが陥落するよりはマシである。
…が、撃つ時には味方前衛は照準からずらすよ。…当然だろう?
ずらしはするが、きっとリガ・ミリティアの妨害があるだろうからどうなるかは分からんがなぁ」
「大佐、それは…」
「ここは戦場だよ、少佐。不幸は起きるし、不幸は敵のせいだ…だろう?」
タシロの目はどこまでも酷薄だった。
しかしその目を見てもゲトル・デプレの心は動かされない。
自分は切り捨てる側にいると思うだけで、彼の心は随分と楽になっていた。
(出世とはそういうものですからな。そうでしょう?ファラ中佐)
切り捨てられる側の末路の恐ろしさだけは、
己で体験したくないとゲトル・デプレは心底思うのだった。
――
―
MS戦で有利に立っている。
艦隊戦でも押し始めていて、どうやら勝てるかもしれないと偽ジャハナムは思う。
「わははは!見ろ、我が軍優勢!いやぁ実に手に汗握る戦いだ!なぁ諸君!」
作戦開始当初は青い顔でビクビクしていた狸は、
今ではふくよかなお腹を張って艦長席にふんぞり返っている。
立派に狸の置物をやっていた。
非常に分かりやすい手のひら返しに、
ゴメスを筆頭に艦橋クルーは皆「仕方のない…」という
在る種の温かみある視線を投げかけている。
だが、狸のおっさんの反応は戦況の推移の目安にもなっていた。
彼がふんぞり返っているという事は自軍有利という証拠だ。
意外と戦場の気勢を感じ取るセンスはあるのかもしれない。
ゴメスはまだ顔に緊張感を浮かべているが、
体の力をやや抜いて密かに溜息などついて緊張を若干解す。
「よぉし、このまま足並み揃えて撃ち続けろ!
敵は後退しつつあるぞ!」
クラップ達のメガ粒子砲が、弾幕の薄くなったカリスト級に徐々に突き刺さり始めている。
遠方カメラがカリストの砲台が消し飛んだのを捉えてクルー達から歓声が上がる。
(いける…カイラスギリーを落とせるぞ)
ゴメスも、そしてオイ・ニュングもそう希望を抱き始めた時に、
その戦域全体にいる者達は全員妙な違和感を感じ始めていた。
戦場の景色が変わってきている。
勿論、戦局が変われば景色も変わるのだが、
もっと大きな戦場の背景が違ってきている気がするのだ。
「ん?」と小さな声を漏らし、ゴメスはオイ・ニュングへ尋ねた。
「妙じゃありませんか、伯爵」
「……ゴメス艦長も感じるか」
「ええ、何をどう、と言われると良く分からんのですが」
ゴメスに言われオイ・ニュングが要塞を拡大表示するモニターをジッと見ていた時である。
背後の艦橋出入り口で喚く声が聞こえてきた。
クルーが、無理やり入ってこようとする誰かを止めていた。
「ちょ、ちょっとダメだよ!今は戦闘中なんだ!早く部屋に戻って!」
制止されてているのは小柄で素朴な少女であった。
背負う赤ん坊、カルルマンの場違いな泣き声が艦橋に響く。
「お願い!ウッソに、ウッソに知らせて下さい!」
シャクティの必死な声も響いていた。
艦橋スタッフは怒ったり窘めたりで彼女を抑えているが、
シャクティの側では子供の心を持った赤髪の大のオトナが
〝姉〟と一緒に騒いでいるから余計に面倒事となっていた。
「姉さんが入りたがってるんだから入れてよ!子供の可愛いわがままじゃないか!」
「お前は子供じゃないだろ!?」
スタッフが声を荒げてツッコム。
クロノクルは不本意だとばかりに顔面の中央にシワを作って反論するのだ。
「子供だよ!姉さんの弟だろうが!」
「それは…まぁ、あ~、そうなんだが…でもダメ!ガタイが良いからダメだ!」
「なんだその理屈は!じゃあ姉さんだけでも入れてくれよ!」
「子供は危ないからダメなんだって…」
「じゃあ俺だけでも入れてくれ!ガタイが良いから子供扱いしないでいいんだろ!?」
スタッフは頭をがりがり掻きながら助け舟を艦長らに求めだした。
「あー、もう!艦長、どうにかしてくださいよ!!」
騒ぐクロノクルの横でちょこんとしつつも慌てた雰囲気を存分に出すシャクティ。
普段は大人しいこの少女が、
いつまでも引き下がらず必死な様を見てゴメスも伯爵も顔を見合わす。
そして試しにゴメスが怒鳴ってみた。
「ガキの遊び場じゃないんだぞ!!戦闘中なのが分からんのか!!」
シャクティもクロノクルも一瞬、肩を震わせてビクつき、
シャクティにおぶられているカルルマン等は怯えて激しく泣き出した。
偽ジャハナムが「うるさーーい!!さっさと追い出せ!!」と、
冷静に怒ったゴメスと違って本気で怒鳴ったせいでカルルマンに余計火が付いた。
偽ジャハナムも、他の面々も思わず耳を抑える。
失敗だったとゴメスは無精髭を雑に掻いた。
「あちゃぁ、こりゃまずったな。カルルに悪いことしちまったが…シャクティさんよ。
こんなとこに今来るってのは非常識なのはお前さんの方だぞ」
己の非を指摘されシャクティは申し訳無さそうに俯いたが、
それも一瞬のことで直ぐに顔を上げて必死にゴメスとオイ・ニュングに訴えかけだした。
「あの!ウッソが…!ウッソが危ないんです!」
どういう事だ?とゴメスは首を捻る。
しかし直後、艦が揺れてゴメスは艦の指揮へと戻っていく。
シャクティの事はオイ・ニュングへ任せる事としたようだ。
伯爵がゴメスから場を預かって少女へ優しい声色で語りかける。
「シャクティさん、どういう事なんだ?落ち着いて話してごらん」
「悪意を持った光…!恐ろしい光が…命を終わらせてしまう光が…!あぁ!」
シャクティは己の言葉にどんどん追い詰められているように見える。
どんどんと褐色の肌が青みを増して血の気が引いていくのがオイ・ニュングには分かって、
これは只事ではないとその時に確信できた。
そしてウッソが前に言っていた
「シャクティは僕よりも勘が鋭いんです」という言葉も同時に思い出される。
「何か見えたのか!教えてくれシャクティさん!
君が正確に感じたものの正体を言ってくれないと、皆を…ウッソ君を守れないぞ!」
伯爵が小さな肩を揺すり、
カルルマンの首までガクガクと揺れそうになって慌ててクロノクルが姉の背から赤子を奪う。
カルルを抱いてあやすクロノクルの横で、
シャクティは懸命に正気を保って大モニターを指差した。
「あれです…あれが、恐ろしい事をしようと…!」
大モニターに映るのはザンスカールの巨大衛星砲。
ネスが小さい声で「そりゃ確かに完成したら恐ろしい事するだろうけど」等と言っているが、
きっとそういう事ではないのだろうとオイ・ニュングは理解する。
(スペシャルのウッソ君が、自分以上だというシャクティさんがこう言うのだ。
絶対に何かある………もしや、もしや…ビッグキャノンは…)
「ゴメス艦長、ビッグキャノンの映像をより拡大できるかね?」
「…おい、ズームだ!」
オイ・ニュングに返事をするより早く部下に命を飛ばせば、
カイラスギリーがより精細にモニターに映し出されて、
巨大な粒子加速器から砲身へカメラがゆっくり移動していき…そしてゴメスが気付く。
粒子加速器に微かな光が灯り、
その光がカイラスギリーの化け物染みた機構を伝って砲身へと注がれていたのだ。
それはここまで望遠カメラを拡大しなければ気付け無い程に淡い光であり、
しかもそこまでの拡大映像ならば徐々にカイラスギリーが動いているのが分かる。
ゴメスの眼が見開かれて、恐ろしい予測がベテラン連邦士官の脳細胞へ警鐘を鳴らす。
「ビッグキャノンが徐々に動いている?
そうか…!さっき感じた違和感は、要塞が…動き出してやがったんだ!」
その言葉には命令は含まれていないが伝えたい事をクルー全員に確かに伝えていた。
ネス・ハッシャーがカメラから得たデータを元に手早く光コンピューターに演算をさせて、
そうすればあっという間に答えは得られた。
「敵要塞砲が少しずつ砲身をこちらに向けています!
急速に高まりつつある巨大熱源も確認!
間違いありません!ビッグキャノンが稼働しています!!」
ネスの焦った声にオイ・ニュングも顔を青くして表情を強張らせ、
ゴメスの声にも僅かな震えがあった。
「か、完成していたのか!」
「いや…完成していたのなら我々が近づく時点で撃ったはずだ。
ザンスカールめ…恐らく未完成の状態で撃とうとしている」
「撃てる状態ではあるという事か…しかし乱戦になってンですよ?
とてもあんな大砲撃てんでしょう。味方ごと吹き飛ばしちまう」
「ゴメス艦長…敵はギロチンのザンスカールだ。奴らは味方ごと敵を撃つ…そういう連中だよ」
オイ・ニュングの見解に、またゴメスは唸った。
「…撃ちますかね?」
「そう見るのが妥当だろう」
伯爵の見解にゴメスは舌打ちをし、そして偽ジャハナムはまた青い顔で背を丸めている。
オイ・ニュングが小さな肩を震わす少女へ優しく声をかけ労う。
「…しかし、シャクティさん、良く気付いてくれた。
この後は大人の仕事だ。ウッソ君の為にも、全力を尽くす。
だから今は、さぁ部屋に戻って…あぁ、ノーマルスーツは着なさい」
最後に、万が一の為だよ、と付け足してやると、
シャクティとクロノクルは艦橋スタッフに連れられようやく艦橋から出ていってくれたが、
伯爵は改めてシャクティのニュータイプの素養を確信し驚嘆と感謝の念を彼女へ送る。
(…女王マリアの娘、か。
やはり〝ヒーリングのマリア〟の異能は、彼女に受け継がれているのかもしれない)
ニュータイプがヒーリングまで出来るのか…そんな論は今までの時代で出た記録は無いが、
オールドタイプが進化したのがニュータイプならば、
ニュータイプもまた進化し次の段階を示してもおかしくはない。
人はニュータイプの次の段階へ目覚め始めているのではないか…
そうオイ・ニュングは思ったが今はそんな事を論ずる時でも無いし考える時でもない。
気を引き締め直した伯爵の横で、ゴメスが矢継ぎ早に大声で言い出す。
「MS隊に気付かせなきゃならんぞ!信号弾、放て!
艦に残ってるMSを伝令に出してガウンランドに知らせろ!
うちらが一番早く気付いたろうからな!」
「パイロットがいませんよ!」
通信士の誰かがそう叫んだがゴメスは歯牙にもかけない。
「メッセンジャーボーイをやらせるだけなんだ!動かせる奴なら誰でもいい!
手が空いてる奴にやらせりゃいいだろ!」
ゴメスの野太い声が艦橋中に響いて、
否が応でも戦況がまだ余談を許さぬのだという事を偽ジャハナムは理解できてしまう。
「あぁ…あんなデカイ大砲撃たれたら…こんなオンボロ艦は…終わりだぁ…!
な、なぁ、伯爵!大丈夫だよな…?我らにはヤザン隊がいるんだ…。
きっとビッグキャノンも発射前に仕留めてくれる…そうだよな?」
「…あぁ、きっと…そうだよ」
偽ジャハナムにそう返すオイ・ニュングだったが、
しかし心ではそれも難しいと考えてしまっている。
(戦況はこちらが有利に傾きつつある…
だが、まだとても艦隊を抜いてビッグキャノンに取り付ける程には…)
確かに有利に傾きつつある。しかし、それは本当に徐々に、という程度なのだ。
ザンスカール艦隊は未だ算を乱す事なく健在であり、
このまま攻めていけば勝機は見えるだろうが
短時間で突破し衛星砲を破壊するとなると話は全く変わる。
撤退するにしても纏まって逃げてはビッグキャノンの餌食だろうし、
散り散りに逃げてはザンスカールの追手に各個撃破されるだろう。
ゴメスも伯爵も、他の面々も、その顔色は決して良くはなかった。
――
―
損傷激しいシュラク隊を母艦へと帰し、ヤザン隊は快調に敵を撃破していく。
ヤザン隊は、引き続き先頭切って敵を打ち倒さねばならない義務のあるエース部隊だった。
しかし敵のエース部隊と思しき新型部隊コンティオ戦隊を破ってからは
取り立てて困難な敵ともぶち当たっていないから、
ヤザン隊は敵を倒すのと並行して流されたペギーのガンイージを探索していた。
「早く、早くこいつらを倒さないと…!ペギーさんが危ないんだ!邪魔をしないでよ!」
ウッソは手早く高効率にベスパを屠っていくが、それは漂流中の仲間を思っての事。
仲間の為ならばどんな敵の命も容易く奪うのは戦場では極めて正しい。
(…良い傾向だが、13歳でこうなれるとはな。元々の才能と環境もあるにはあるが…)
ゾロアットを無慈悲に始末していくヴィクトリーを見ながら、
ヤザン・ゲーブルは己の領域に子供を引きずり込みつつある現実を思う。
それはもう一方の僚機にも言えることだ。
「己の意思も無く!ただ宗教に狂って戦争をしているあなた達は死んで当然なのよ!」
カテジナ・ルースも、ウッソと同じく躊躇いの欠片も示さずベスパを〝処理〟していく。
カテジナとてまだ17歳。
ティーンズ10代であり、世間一般からすれば紛れもない子供の範囲内である。
ハイランドでの遭遇戦から、そしてこのカイラスギリー戦においても、
カテジナは水を得た魚のようにめきめきと上達をする。
正に今、この瞬間も彼女は成長しており成長率で言えばウッソでさえ舌を巻くだろう。
かつてヤザンが嫌った女子供が、
こうもスペシャルな存在であるのを証明するのは皮肉であった。
(…〝女子供に頼るなんざエゥーゴも底が浅い〟か…。
ふん…今の俺の姿はエゥーゴよりも酷いもんだ)
かつて、Zガンダムを駆るカミーユ・ビダンに戦場で言った戯言が思い出された。
正に女子供を己の部下として鍛え、そして引き連れ回し敵を撃たせている。
それは浅ましい事だと思う心もあるが、その一方でヤザンはどうしようもなく楽しい。
戦場のお荷物である女子供が、己の手で戦士に変わっていくのが楽しいのだ。
その点ではシュラク隊やマーベットも同じ存在である。
「底が浅いのも悪くはないぜ…ククク。撤回するよ、カミーユ・ビダン」
まだこの宇宙のどこかで生きているかもしれない、あのニュータイプへと呟いた。
ザンスカールのMS達を蹴散らし続けるも次から次に湧き出てくるゾロアットに、
いい加減ウッソもカテジナも辟易し始めていたが、
ただ一人ヤザンだけは疲労を感じさせずより一層心を漲らせる。
この精神と肉体の圧倒的タフネスにはスペシャルの年少者も敵わない。
だがこれでも、エース揃いとなっているヤザン隊のお陰で戦況は圧倒的有利…
等ということにはなっていないのだ。
寧ろ、これだけヤザン隊が奮闘しても戦況は拮抗状態にようやくなるかという所で、
ここ以外の戦闘フィールドでは良くて対等。
悪くすれば、立ち直ったザンスカール軍に盛り返されて崩れる戦隊もいた。
「ヤザンさん!また敵の新手です!」
だからこうもなる。
ジャベリン隊を破った戦域から、派手に暴れるヤザン隊の元へ次から次に来てしまうのだ。
カテジナは湯水の如くの増援と戦う度に動きを洗練させていくが、
それでもさすがに挙動の節々に疲労を感じさせる。
「これだけ私達がやっているのにどういうことよ!
ベスパって畑からとれるとでも言うの!?」
状況報告がてら愚痴まで飛ばしてくる少女に、
ヤザンは彼流のジョークで張った気を和らげてやるのだ。
「知らなかったのか、カテジナ?女の子宮畑に男が種を蒔けばガキが実るのさ」
「…最低なセンスね」
シャッコーの猫目が、何やら冷たい視線となってアビゴルを見た気がしたが気の所為だろう。
そんな事をしている間も3人は戦果をどんどんと挙げていくが、
だがパイロットが疲労を見せるほどに連続戦闘をしていれば、MSの方にも問題は起きる。
即ちエネルギー切れである。
ヴィクトリーがビームライフルを発射したその時、
力無い収束音と共に薄いピンクの発光が銃口側で瞬き儚く消える。
替えのマガジンEパックもつきもはや継戦は不可能だった。
「弾切れ!?こんな時に……っ、エネルギーCAPもダメなの!?」
必死にコンソールを叩くウッソだが、
何をどうしても縮退ミノフスキー粒子は底を付いてしまっている。
モニターのデータ群を見れば既に冷却材から推進剤までがイエローゾーンであり、
それもレッドゾーンすれすれの所に突入していた。
無いものねだりをしようと、無い袖は振れないのだ。
「っ!こちらもだわ」
それは似たようなエネルギーゲインのシャッコーも同様だった。
それにウッソは激昂した為に弾薬の消費が激しくて、
カテジナの方は苛烈な性格がMSの操作にも顕れており、
弾薬消費やMSの関節疲労が通常より割増であった。
シャッコーのビームライフルの砲身などは爛れ始めている程だった。
その一方でヤザンはというと、激しい性格と戦いぶりがイメージであるが、
思ったよりも戦い方はクレバーなものである。
相手の弱みを素早く見つけ攻めたり、引き際を弁えたり、と冷静さを失わなず、
激しさの中にも常に冷静さが同居した戦士であった。
グリプス戦役時には彼も乱射癖があったが、
それも補給乏しいリガ・ミリティアで矯正されていたりと…、
ヤザン・ゲーブルは弛まぬ練磨によってパイロット技量の低下した現代戦であっても、
腕を鈍らせる事無く技量を向上させて臨んでいる。
おまけにアビゴルのジェネレーターパワーはVガンダム達のおよそ1.5倍。
節約してメガ粒子を撃っていればその分長く戦えた。
「貴様らはバラ撒き過ぎだ。仕方あるまい…退くぞ!」
ヤザンの言葉にウッソは悲壮な顔となる。
「そんな…!まだ、ペギーさんが!」
「MSも人も消耗したまま探索と戦闘を同時にしちゃあ二次遭難が起きる。
残念だがしょうがない」
「そうですけど…でも!ペギーさんが間に合わなくなって――!」
「だから尻に帆を掛けてリーンホースに帰るんだよ。
補給が済んだらすぐに再出撃だ!分かったな!」
「…っ、は、はい!」
ヤザンも強い口調で強気を見せてはいるが、
あれだけ手塩にかけて育てた部下ペギーを見捨てたくは無い。
ペギーの生命維持装置がどれだけ持つかも分からない今、
焦りは人並みにあるがそれはおくびにも出さない。
それが指揮官という人種であると彼は理解していた。
これ以上ゾロアットが現れる前にさっさと帰還しようと3機がした時、事態は急転する。
「…?あれは…力…?力を溜め込んでいるの?」
「どうした?!」
カテジナが瞬き続ける光球達の向こう側に鎮座する巨大衛星を見て違和感を得る。
ペギーの事で頭がいっぱいのウッソは、
シャクティの〝声〟を受け取る事すら気もそぞろで出来ておらず、
結果的にウッソよりもカテジナは早く違和感を感じていたのだ。
やはりこの少女にもまた宇宙時代に適応した才能が目覚めかけているらしい。
ここもまたウッソと同じ可能性を持ったスペシャルと言えた。
ヤザンへカテジナは答える。
「ヤザン、衛星が…動いている!」
「なんだとォ?まだあれは未完成で……いや、光だと?稼働してやがるのか!?」
「ほ、本当だ…何か、すごく嫌なものを感じる…!
恐ろしい悪意の塊…!あの、ピリピリした重圧は…アレから…!?」
ヤザンも遠目に、巨大な物の怪が身に纏う淡い光を見た。
そしてウッソは目ではなく、その暴虐の光が溜め込み始めて憎悪を感じ取っていた。
巨大な2基の粒子加速器と、長大な槍のようにも見える砲身に薄っすらと光の線が走る。
衛星砲が纏い始めた光の線は、粒子加速器から砲身へと次から次に伸びていき、
まるでエネルギーを砲身に送り届けるように見えるのだ。
その時ウッソが言った。
「ヤザンさん!リーンホースからの信号弾ですよ!
リーンホースへ退けって…?やっぱりビッグキャノンの事!?」
信号弾だけでは細かい伝達は出来ない。
発光パターンが告げるのは母艦への緊急退避の言葉だけだが、
それを今の状況で聞かされればどういう判断になるかは明白だ。
「使おうというのか!?まだ味方が戦っているんだぞ!」
残弾が万全ならこのまま突撃し破壊を試みても良いが、今はヤザン隊も消耗してしまった。
舌打ちをしつつヤザンがアビゴルを変形させ、
ウッソとカテジナを背びれに掴まらせて一端戦場を離脱…
しようと思った時、ウッソがまた口を開く。
ニュータイプ的な感性が口を開かせていたらしい。
「…っ!ペギーさん!?ヤザンさん、今ペギーさんの声が!」
「なに?…聞こえたのか?俺の方は何も拾っとらんが…カテジナはどうか」
「いえ、通信は拾えていないわ。
第一、こんなミノフスキー粒子が撒かれた状態じゃ無理に決まってる」
確かにそうだ。
そんな事はベテラン兵であるヤザンどころか、宇宙世紀に生きる者全員の常識と言える。
だから戦闘が終わるのを待って後、
ミノフスキー濃度が下がってから救助信号を探すのが常の動きでもある。
だがウッソは違うと尚も言う。
「本当です…聞こえたんですよ!ペギーさんの声でした!
行かせて下さい、ヤザン隊長。ダメならば…せめて僕だけでも!」
一瞬ヤザンは考え、そしてウッソの提案を即座に拒否する。
「ダメだ!」
カテジナはヤザンの判断を当然だと思う。
エネルギーも切れ、敵衛星砲要塞が動き出している今に
生きているか死んでいるか分からぬ味方に構っている暇はない筈だと、カテジナもそう思う。
何故か、ヤザンの拒否の言葉を聞いて自然とカテジナの頬は緩んでしまっている。
この少女は自分以外の女が見捨てられたのが嬉しいのだ。
カテジナ自身は何故自分が小さく微笑んだのかまだ理解しきってはいないが、
それはカテジナのヤザンへの独占欲の発露である。
だがその仄暗い喜びはすぐに裏切られる事になるが、
とりあえずはウッソが怒りと悲しみを綯い交ぜにした声を出し、涙まで出そうになっていた。
「ヤザンさん…!!?で、でも…」
ウッソはペギーを見捨てるのかとヤザンの言葉を強い否定の心理で受け取っていたが、
それは違うのだとすぐに理解した。
「弾切れの貴様が行っても、ペギーを拾えた所でろくに守れん。
それにベスパはビッグキャノンをアイドリング状態にしたんだ!
アビゴルのスラスターパワーなら貴様らのMSより速いし、俺にはまだ弾があるからな…!
俺が行く!貴様らはさっさと母艦へ戻れ!」
ヤザンは常々こう言っている。ニュータイプなどまやかしだ、と。
ニュータイプと呼ばれる人種が直感力に優れ、
空間認識能力に稀有な才能を持つ者が多いのはヤザンも既知の事であるが、
心を通わすとか宇宙に魂を溶け込ますだとか、
超能力を発揮するだとかのオカルト的なものは信じていない。
信じてはいないが、
残念ながらヤザンはニュータイプがまさにオカルト現象を起こす所を目撃していた。
そのせいでZガンダムを仕留め損なっただけでなく、
こちらが撃墜されて危うく死にかけたのも今では良い思い出だが、
とにかく信じてはいないがニュータイプ的な者の言葉や能力はある程度認めている。
それに、何よりも部下がこうまで真剣に言うのだから隊長として受け止めねばならない。
ウッソは、ヤザンが自分の言葉を信じてくれた事に一瞬喜び、
そして直ぐにそれが迂闊で危険な発言だったと鋭敏な少年の頭脳は知る。
言うにしても、このタイミングは悪かった。
小隊の内、2機が弾薬切れを起こしていれば自然、こうなってしまうのは当たり前だった。
かと言って、巨大衛星砲が動き出した今戦場全体が焼き払われてしまうかもしれないのに、
ペギーを放っておくことはとても出来ない。
仲間一人の為に味方全体を危険には晒せないが、ヤザンだけならばやる価値はある。
それにヤザン自身、分の悪い賭けとも思っていない。
悪いタイミングであったが、同時にこのタイミングしかなかった。
「でも!ヤザンさんを一人でなんて!」
「ヤザン!?何を言っているの!?もうきっと死んでるわよ!」
ウッソとカテジナが喚いているがヤザンの「命令だ!」という一喝で黙らせ、そして言う。
「俺一人なら間に合うと言っている!ウッソ、声はあちらからしたんだな!?」
「はい!」
「よし。…二人は帰ったら補給を済ませてすぐに再出撃!
オリファーとマーベットが出られるようなら二人も連れて来い!
ビッグキャノンは止めなきゃならん!Sフィールドで合流するぞ。いいな?」
「母艦への帰還命令を無視して現場で合流する気?
それにペギーを回収できても、足手まといを抱えたまま戦おうっていうの?」
かなり不満気なカテジナの棘のある言葉。しかしその指摘は中々正しい。
「現場判断だと、帰ったらゴメスに言っておけ!
ペギーの事はパイロットだけ回収すりゃいいだけの話だ。
今は対G性能も大分良いからな…多少は二人乗りもいける。前にもケイトで実験済みだ」
疑問には答えてやるヤザンだが、それにしても時間が惜しい。
こうしている今も、ゆっくりと、ゆっくりと…
カイラスギリーは砲身に集める光を増大させ、太く長い砲身を戦場へと傾けていた。
「お喋りは終わりだ。各機、予定通り行動しろ!いいな!」
「はい…お気をつけて!」
ウッソは隊長を見送る決意をしたが、カテジナは尚も喚き噛み付く。
シャッコーでアビゴルを羽交い締めにしようかという勢いで、実際に組み付いて縋る。
「ヤザン!私も連れていきなさい!」
少女のしつこさに、とうとうヤザンが「やれやれ」と小さく溜息をつく程だった。
「二人乗りが気に障ったかァ?わがままなお嬢ちゃんだぜ」
「…わ、わがままなんて!」
「ヘソを曲げるな。貴様にはご褒美を用意していると出撃前に言ったはずだが…?」
ヤザンのその言葉のニュアンスに妙な色香を感じ、カテジナの心臓が少し高鳴る。
「それは…こ、こんなとこで言うことじゃないでしょう…!」
「貴様をよがり泣かせて一晩中抱き続けてやると言ってるんだ。
フハハハ!楽しみにしておけよ!」
「っっ!こ、こいつは…!頭の中はずっとそんな事ばっかりなの!?」
ヤザン流のジョークに頬を赤らめると同時にシャッコーの操作も甘くなる。
その隙にアビゴルはシャッコーを力任せに振りほどくと、
そのままの勢いでヴィクトリーへとシャッコーを投げつけた。
「っ!ちょっと!!」
「ダメですよ、カテジナさん!急がないとビッグキャノンを止められませんよ!」
アビゴルからしっかりとシャッコーを受け取ったヴィクトリー。
しっかりとシャッコーの抑えながら無理やりにブースターを吹かせ連れて行く。
「ウッソ!?離して…!」
「ここで駄々をこねたって時間が無くなるだけです!
ペギーさんだけじゃなくヤザンさんだって危なくなるでしょう!?
今の僕らは足手まといで、だから補給しなきゃでしょ!」
「っ、…く!」
シャッコーを投げると同時に飛んでいたアビゴルは、
既にスラスター光をみるみる小さくして去っていってしまう。
カテジナはその後姿を苦々しく眺め、肉感的で瑞々しい唇を深く噛む。
ヤザンが自分以外の女の為に命を掛けるなどという事を考えると、
それだけで実に不愉快な感覚に脳が襲われるのだ。
だが、カテジナとてこれ以上の足掻きは本当に〝わがまま〟だと自分で分かる。
「…帰投する!ついてきなさい、ウッソ!」
怒鳴るように言ったカテジナの剣幕が機体越しに見えるようだった。
いや、実際に見えたのかもしれない。
ウッソとはそういうニュータイプ的な少年であるからそうなのだろう。
素直にヤザンの言葉に従いだしたカテジナを見、ウッソは押し黙る。
シャッコーがリーンホース方面へ飛び出したのを見るとそのまま彼女に付き従うのだった。
(ヤザンさん…ペギーさんを連れて帰ってきて下さいよ。もし帰ってこなかったら…)
――帰ってこなかったら、僕はどうなるんだ?
こんなにヤザンさんの事が好きなカテジナさんはどうなってしまうんだ?――
少年は、今までとても想像もしなかった…
出来なかったあの頼もしく逞し過ぎる上官の死という未来に、かつてない恐怖を抱いた。
その恐怖は、目の前で憎悪の力を無尽蔵に溜め込む怪物カイラスギリーが与えてくるものよりも尚大きい恐怖だった。
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