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ヤザン・リガミリティア

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宇宙の魔獣・カイラスギリー その6

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ヤザンがリガ・ミリティアにいる   作:さらさらへそヘアー

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宇宙の魔獣・カイラスギリー その6

タシロは戦況の推移を一見冷静な風体で見守っていた。

しかしその冷静さはどこか見下すように冷たい雰囲気を醸し出しており、

冷静沈着というよりは冷酷非情の指揮官という印象を皆に与えてしまっている。

 

(私は負けるわけがない。そんな事はありえんのだ。

リガ・ミリティアの倍の艦隊。強力無比な要塞。そして、ファラ・グリフォン。

これで負けるなどと………あるわけがないのだ)

 

タシロの独白は、冷静に己の状況を顧みての自信というのとは少し違う。

それはまるで自分に言い聞かせるようなモノであった。

 

タシロ・ヴァゴはザンスカール帝国においては非常に貴重な軍団指揮者だ。

大佐という階級であるが、帝国の軍事面において実質No.2である。

現代は、宇宙戦国時代とは呼ばれる混沌の時代で、

各コロニー群サイドが連邦の枠組みから勝手に独立し、自治化。

そしてそれぞれが軍備を整え目先の利益を求め小競り合いを繰り返す有様である。

戦力を纏めて軍団とし、それを指揮し、

大局的な動きでもって隣国を制する事が出来る組織は殆どいない。

皮肉にもギロチンのザンスカールだけがそれが出来ていたのだ。

惰弱を極める連邦政府と連邦軍には出来ない事をザンスカールは成せていたからこそ、

ザンスカールはわずか2年でここまで強力な帝国となっていたのだった。

フォンセ・カガチの優れた政治的才覚、ムッターマ・ズガンの軍事的才能、

そしてマリア・ピァ・アーモニアのカリスマが結びいたからこその成果で、

そこには恐怖政治と胡散臭い神権政治がチラついていたが、

確かに民衆の熱狂的支持もあるのだ。

 

建国の立役者の一人、ムッターマ・ズガンは、

宇宙戦国時代において希少となってしまった優秀な将軍軍事的指導者であった。

そして、このタシロ・ヴァゴもまた希少な将軍であり、

ザンスカール帝国がサイド2周辺の反発勢力を抑えつつ

地上侵攻にも乗り出せたのはズガンとタシロの双璧がいたからだった。

 

俗に〝シャアの反乱〟と呼ばれる騒乱終結以後、

シャア・アズナブルを最後にして、連邦軍からも反抗組織からも、

多くの将兵を纏めて組織的に運用できる軍事的指導者は姿を消して久しい。

時代の節目に時折そういう者が現れては乱を起こし消えていくが、

乱の規模はどれも小さく、とても戦争と呼べる規模ではなかった。

戦いの規模が縮小するにつれMSの個人技に重きが置かれるようになれば、

自然と将官級の軍人の仕事は事務仕事ばかりとなる。

今の連邦を見ても、高級士官はただ政治家や官僚とパイプを繋ぐ癒着力だけが必須技能で、

戦場での状況判断能力や指揮能力を持った将校等、片手で数える程しかいないのだ。

ザンスカールのズガンや連邦軍のムバラクなどは、

現代最後の将軍と呼んでも過言ではない存在で、

タシロ・ヴァゴもまたその〝将〟の範疇にぶら下がる男であるから、

ザンスカール首脳部はタシロが失態を犯そうとも簡単に切るに切れない。

 

「…右翼の弾幕が薄くなってきている。上に展開しているMS小隊を右翼に回せ。

本隊からカリストも1隻、そちらに回してやれ」

 

戦場の至る所を映す荒れた静止映像混じりのカメラを忙しく見渡し、

不利になるフィールドを見つけては補強していく。

防御を厚くし、後もう少しリガ・ミリティアの猛攻を凌げばカイラスギリーは起動を果たす。

それまでの辛抱だ。

 

(そうだ…私ほどの軍人をそうやすやすと切ることは出来んさ)

 

改めてタシロは己に言い聞かせた。

だが、言い聞かせるという事は、つまり根底では自信が揺らいでいるという事だ。

 

地上での失態の殆どはファラ・グリフォンに押し付けたし、

この戦に負けたとしてもラゲーン地上司令部から拾い上げた

ゲトル・デプレに責任を押し付ける手筈は整ってはいる。

ジブラルタルで引越公社のビルを吹き飛ばしてくれた実績が役立ってくれるだろう。

だが、それでも…カイラスギリーを失ってしまっては、

今度ばかりはタシロはお咎め無しとはいかないとは彼自身薄っすらと理解している。

寧ろカイラスギリー失陥を契機に、

〝クロノクルMIA戦闘中行方不明事件〟、〝ジブラルタル領域侵犯且つ敗北〟、

〝カイラスギリー建造遅延〟等の全てが蒸し返され、再び責任追及される可能性が高い。

ムッターマ・ズガンは自分の野心を見抜いているかもしれず、

煙たがっている素振りがあるからして油断が出来ない。

切れる尻尾は多ければ多い程安心できるが、

しかし切る尻尾がとても足りないのはタシロにはストレスであった。

そう考え込みつつの指揮は、傍から見ればさぞ熟慮した慎重な指揮に見えたろう。

ゲトル・デプレが、己が〝トカゲの尻尾〟でしかない事など思いもせず、

副官としての立場に胡座をかいて悠々と上司と言葉を交わしだす。

 

「大佐、カイラスギリーに続いて…アレまで投入するとは。良ろしかったのですか?」

 

「…何がだね」

 

「ファラ・グリフォンです。

サイコ研の博士達からは、乗機共々実戦にはまだ早いとお達しがあったと聞いていますが」

 

「アレは能力段階では既に実戦レベルなのだよ。もともと素質があったからな。

機体とて問題があるのはザンネックの方で、ゲンガオゾは起動試験はクリアしている…。

パイロットもMSも懸念があるとすれば安定性だが――」

 

ゲトルを横目で見据え、タシロは鼻を鳴らしつつ流暢に続けた。

 

「リガ・ミリティアの侵攻がこちらの予想よりも時間を掛けてくれたお陰で、

スクイードへの搬入が折角間に合ったのだ。

ザンネックとのリンク調整を後回しにしても、ここらで使わねば勿体ないだろう?

事実、私の予想通りファラの出番が来たではないか」

 

スクイードの望遠カメラが、大モニターの端に激しく瞬く遠方の戦域を映す。

そこにはミノフスキー粒子の影響によってぶつ切りに乱れた映像の中で、

目まぐるしく戦う2機のザンスカール・マシーンの姿があった。

挙動から怒りの感情が滲み出ていると感じられる程に激しく、

且つ素早い二つの光点がランダムな光の軌跡を描いて、

映像のそれは一種のアートのようにタシロとゲトルには思える。

MS操縦技能は一応有している両軍人だが、特にパイロットとして優れているわけでもない。

彼らの凡人的な動体視力と直感力ではとても正確な様子は分からないが、

とにかく試験中に行方不明となっていた試作重MSアビゴルを奪ったゲリラのパイロットは、

新型試作MSゲンガオゾを駆るファラ・グリフォンと対等に争えているのだけは理解できる。

 

「…宇宙の虎が掛かりきりになっていた割に失敗作と言われていた筈ですが…

まさかアビゴルがあそこまで戦えるなんて。

…やはりあれに乗っているのはあ・の・〝野獣〟という事でしょうか」

 

「ふん…ティターンズのヤザン・ゲーブルその人だ、

とかいう与太話に君も踊らされるのかね?ゲトル少佐。

私の副官が噂に振り回されるようではなぁ…とても務まらんよ、少佐」

 

「い、いえ、私は兵達の噂を言ったまでです。自分は信じてはおりません」

 

タシロの冗談とも厭味ともつかない物言いにゲトルが慌てて弁解すれば、

タシロはそれを見て厭らしく、道化を観て冷笑するかのように目を弧にした。

 

「見ていたまえ。今、私のファラが旧世代の遺物ティターンズの亡霊を葬ってくれるさ。

……いつまでも、老人共にしゃしゃり出て貰っては我々新世代が困るからな」

 

ヤザン・ゲーブル。

そしてフォンセ・カガチに、ムッターマ・ズガン。

タシロは己の眼前で壁となっている老人達を思い浮かべては、

秘かに奥歯で歯軋りを鳴らすのだった。

 

 

 

 

――

 



 

 

 

 

三つ目の雷神が戦場に雷槌を放てば、鮮烈な雷光が宇宙の暗闇を煌々と照らした。

艦隊と艦隊とがメガ粒子をバラ撒き合い、MS達が互いを爆殺し合う輝きは美しい。

星々と太陽の輝きに負けぬ程に命が砕ける輝きは虚幻の美に満ち、

そしてその綺羅星の中で悪鬼の如き2機のマシーンは互いを殺し合っていた。

 

「ははっ、ははははッ!

このゲンガオゾよりも図体がある割に、よくもちょこまかと私から逃れる!」

 

「っ!背中の奴は時間差で撃てるというのか…!面白いオモチャだ!」

 

ゲンガオゾのバックエンジンユニットから撃ち出される五筋の強力なビーム。

それはユニットに組み込まれている

5基の3連装マルチプル・ビーム・ランチャーによるものだが、

これは実に多彩なモード切り替えを誇る。

今しがたヤザンに見舞った、

5基を時間差発射させる事によるビームマシンガンの如き怒涛の連射。

次に、出合い頭に使用した網の目のように広範囲を無差別に焼き払うシャワー拡散ビーム。

他にも、15発同時発射によるハイメガ級の極大ビーム。

それら強力で多彩なビーム射撃は、

全てが変速・拡散域が調節可能なV.S.B.R.ヴァリアブル・スピード・ビーム・ライフルであるのが尚更脅威を増加させる。

モーションも、射撃部の機構変形や位置も変化する事無しに、

ビームの連射速度、攻撃範囲、

そして撃ち出されるメガ粒子そのモノの速度や面破壊力、貫通力…

全てが変わるのだから回避は至難であった。

ヤザンでさえも華麗に完全回避とはいかない。

 

「チィ…!これがヴェスバーという奴か!」

 

アビゴルが高速の鋭く切り裂く貫通性ヴェスバーを避ければ、

その回避先に低速・低収束の面破壊性ヴェスバーが機雷のように設・置・される。

 

(っ!こいつ!)

 

宙に投げ出された猫のようにアビゴルのボディを捻らせると、

装甲をチリチリと焼くほどの際どい場所を低速ビームが通過した。

剛健なアビゴルのフレームが軋みそうな程の動きは、

同乗しているペギーへ存分に痛みを齎して彼女は小さく呻いているも、

悪いが今はそれは二の次であった。

が、二の次にしているつもりだがやはりヤザンの動きにはキレが無い。

 

「俺の動きを読んだというのかァ!?」

 

故にゲンガオゾに読まれた。

口内で小さく舌打ちをしつつヤザンはアビゴルの頭部ビームを幾らか撃ち返してやるが、

それらの出力は絞られており弾幕重視の牽制でしかないのは明白で、

それはアビゴルのビーム残量が心許ないが故のなけなしの工夫だ。

しかしその弾幕もゲンガオゾは嘲笑うかのようにそれらを悠々と躱しきる。

ヤザンに苦しそうにしがみつくペギーは、

自分が上官の重荷になっているとはっきりと自覚するのだった。

 

「た、隊長…私に、構わず…、っ、はぁ、はぁ…ぐっ」

 

「黙っていろ!」

 

肩で息をするペギーを黙らせ、またアビゴルの身を撚ってアクロバットを決めれば、

その肢体を掠めてビームの嵐が通過していった。

 

(くそ…撃ち合いは分が悪すぎる!

格闘に持ち込んで一気に仕留めるか…!?いや、ペギーも・保たん…!)

 

〝ペギーも〟という事はそれ以外にも保たないモノがあるという事で、

それは連戦が祟ろうとしているという事だ。

アビゴルは巨体に恥じぬパワーを誇り、その出力や推力は段違いだ。

第1期第4世代、ZZガンダムハイエンド・マシーン級の出力をそれよりも遥かに軽量化したボディで叶えており、

単純なパワーは当代のMS達の中でも現状、No.1と言える。

大型パワータイプMSはパワフルにスラスターを使っての一撃離脱戦法や、

強力なメガ粒子砲を使っての一掃攻撃等、

とにかく〝垂れ流す〟戦法を得意とする傾向にあり、それはアビゴルも同じ。

つまりはエネルギーの消耗が早い。

強力なスラスターパワーを誇るという事はそれだけ早く推進剤も消費するのは当然だった。

 

「ペギー…!あと5分、我慢しろ!」

 

ヤザンが言えば、ペギーは歯を食いしばり頷いた。

今はここまでとヤザンは判断せざるを得ない状況で、

これ以上の戦闘は己にただひたすらに不利だった。

 

〝機を見るに敏〟

 

ヤザンという男は攻め時も退き時も逃さない嗅覚を持っている。

衛星要塞を部下達だけに任すのは一抹の不安が無いと言えば嘘になるが、

部下達とて既に一端に育てたという教育係の自負もヤザンにはある。

 

「離脱する!歯を食いしばっておけ!」

 

ゲンガオゾから、毛細血管状に広がるビーム流がアビゴルの肩部装甲を吹き飛ばした。

アビゴルの巨体が衝撃に揺れるも、しかし損傷は極めて軽微。内部機構にダメージは無い。

各部アポジをフルに噴射させ続け、

回避行動を取りながらアビゴルを高速形態へと変形させていく。

それを見咎めるように、その時ゲンガオゾのセンサー・アイが鋭く光った。

 

「っ!逃げようというのかい!!

女の誘いを断るだなんてぇ…ッ!そんな無礼が許せるものか!!」

 

ファラが叫ぶのと呼応し、ゲンガオゾのコクピット内に鈴が鳴り響く。

ゲンガオゾの放つビームの矢衾を、

高速形態となったアビゴルは背後を見せつつも巧みな旋回軌道で致命傷を避けていく。

コンピューターの警告音は鳴り止まず、執拗に赤い明滅を繰り返していた。

フットペダルをベタ踏みするだけでなく、

速度にも緩急を付けてヤザンは必死に背後から迫る殺意をいなす。

 

「まだついてくるだと!?

あの新型のスピードは変形したアビゴル並みだとでも言うのかァ!!」

 

アビゴルが逃走に全スラスターパワーを使っているのに、

背後の新型機は未だ追いすがってくるというからヤザンも驚きを隠せない。

しかし猛るヤザンの脳の隅の冷静な部位の脳細胞は、

計器データから僅かずつだが追跡者を引き離しているのを読み取った。

 

(ならばこのまま…!)

 

逃走は不可能ではないと判断し、逃げの一手のヤザン。

そして追うファラ。

アビゴルとゲンガオゾは激しい追走劇を演じ続けた。

 

「まだだ…まだまだいかないでおくれよ、ヤザン・ゲーブル…。

アンタはまだここで私と踊らないとさ…?ね?ふふふ、ふ、ふ」

 

ねとりと纏わってきそうな蠱惑的な声で怪しく呟くファラ。

くすり、くすりと笑いながら女は男を追う。

お・か・し・な・気配が背後から襲い続ける不愉快にヤザンの顔も歪む。

オールドタイプであるヤザンだが、圧倒的な野生の本能が彼にそういった感覚を匂わせた。

 

「不愉快な感覚だ…こいつは…ニュ、ニュータイプだとでも言うのか…!

チぃッ、味方にもニュータイプがいれば敵さんにいてもおかしくはないがな!」

 

戦場のプレッシャーというものを味わうのは久しい。

この感覚は冷凍睡眠から目覚めて以後、味わう事の無かったモノで、

しかし冷凍刑となる前には戦場でまま経験した感覚で寧ろ懐かしさすら僅かに去来する。

それを考えると、やはり彼が生きた本当の時代…

グリプス時代の戦場はおかしなレベルの戦場だったと言っても過言ではないだろう。

MS戦法が確立。連邦内でもMS教導隊が組織されモーションが次々に更新・最適化され、

右を見ても左を見ても、一年戦争とデラーズ紛争を生き延びたベテランが闊歩し、

ニュータイプと呼ばれるパイロット適格者も、ヤザンが知るだけで

アムロ・レイ。クワトロ・バジーナシャア・アズナブル。ハマーン・カーン。

そしてパプテマス・シロッコとカミーユ・ビダン。

強化人間も入れればもっとヤザンは名を挙げることが出来るが、

つらつらとこれだけの名が挙がるのは恐ろしい事だった。

 

(まさかこんなレベルの敵にまた会えるとはな!)

 

そしてヤザンの感覚ではこの敵は〝グリプス級〟であると思えた。

こちらが万全ならばこの出会いを歓び楽しみたい所だが、

現状では背後のマシーンとの遭遇はただただ面倒なだけだ。

ヤザンは、高速形態のアビゴルを戦闘機のように

ロール、ヨー、ピッチとを使い分けて迫るビーム嵐の直撃を避け続けて、

その様は戦闘機が円舞をしているようにも見えるが、

ヤザンのそれは荒々しさに満ちてまるでフラメンコのように情熱的だ。

 

「えぇい…!ビーム・ネットがまだ残っていれば…!」

 

本来はこういう時の為の足止めのネット機雷を、初手で攻撃に使ってしまったのも手痛い。

コクピット内に再現された合成音が、

至近弾の轟音を鳴らし聴覚からヤザンへ警告すれば、

アビゴルの装甲にまた一条のメガ粒子が掠り焼けて溶ける。

ゲンガオゾのハイテクノロジーの測距装置と照準装置がアビゴルの機影を捉えつつあり、

ファラの引き金にかかった指がうずうずと小躍りしているのは彼女の心境そのままだろう。

 

「ははは、踊れ踊れ…あぁ上手いじゃないか…ケダモノのワルツだ…うふふふ。

メッチェの相手はお前にして貰いたいんだよォ…踊るんだ…!私の腕の中で!!」

 

ファラの瞳孔がモニターの中で乱舞するアビゴルに釘付けになっている。

彼女は瞬き一つせずに、

猛烈な速度で眼前を疾駆する緑のマシーンを食い入って見つめていたが視界の端に写る

相対速度差からコンピューターが自動計算したデータがファラを苛立させる。

 

「逃がしゃしないと言ったろ!」

 

バックエンジンユニットの加速を加味しても、このままでは徐々にアビゴルに差を開けられる。

今、食い付けているのはファラの操縦技術と、

何よりヤザンが何かに気を取られ続けているからだというのがファラには分かった。

パイロットの昂りを感じ取るサイコミュ・マシーンが三つの瞳が紅く開く様は、

まるでMSの目が血走っているようにも見えて凶相そのものであった。

 

「そういう事か…!他の女を膝に乗せて私と踊ろうとしたぁ!?

そんな不貞を!!女に恥をかかせるのかお前はァァァァ!!!!」

 

憎悪を一瞬で燃え盛らせて、その感情をビームへと乗せて一気に放つ。

今までのからかい甚振る攻撃ではない。

激高に駆られての殺意の一撃だった。

 

「ぐっ!?ペギー、舌を噛むなよ!!」

 

「…っ!」

 

男に必死にしがみつき、無言でコクコクと頷くペギー。

コクピット内をレッドアラートの点滅が覆っていく。

ゲンガオゾのヴェスバーが、アビゴルの背中を抉った。

爆発が起き機体が揺れる。

アビゴルのメインスラスターがダウンしていく。

 

「ペギー…悪いがここでやらざるを得んッ!覚悟だけはしておけ…!」

 

ヤザンはもはや覚悟を決めるしか無い。

部下を思い遣っての逃走はもはや無理だった。

背中がスパークしているアビゴルではもう逃げ切れないと瞬時に判断すれば、

ヤザンはアビゴルを瞬間的にMS形態へと変じて、一気に突撃した。

急激な慣性がパイロットへとかかり、ペギーが呻く。

彼女の傷を覆う救急パッドに滲む赤が濃くなっていき、

彼女の息も間の短い荒さを増すが、それでもヤザンはもうそれに構ってやれない。

 

「っ!向かって来たか!!はははっ!!

そうだよ!そんな女は捨てて私に来い!!」

 

急激な変形とターンを決めたアビゴルを見てゲンガオゾが歓喜に震える。

嵐のようなビーム弾幕をすれすれに掻い潜ったアビゴルが

ゲンガオゾの懐へとその巨体を滑り込ませた。

剛腕で殴り込むように、

敵MSのボディへと拳を突き立てんとするアビゴルの手でビームカタールの光が煌めく。

 

――バチッ

 

激しいメガ粒子のスパークが2機のMSの間で輝いた。

飛び散る破壊エネルギーを秘めた粒子がMSの装甲を小さく焼いていく。

 

「仕留めきれんか!!いい腕をしてやがる!」

 

必殺の間合いだった斬撃はゲンガオゾのビームサーベルが止めていた。

ファラが愉快の感情に表情を崩す。

 

「ははっ!!そういう声か!思ったよりいい男じゃないか、ヤザン・ゲーブル!」

 

「っ!?また女だと!!」

 

「うふふ…!そうさ、私は女さ…一緒にイイ事をしようじゃないか…!」

 

右手で鍔迫るゲンガオゾだが、

これが搭載予定のビームメイスであったならヤザンは致命傷を負っていたかもしれない。

だがそれは現状、ファラにしても無い物ねだりでしかない。

ゲンガオゾは空いた左手にビームサーベルの柄を握ると、

素早い二刀流で逆袈裟をアビゴルへ仕掛ける。

迫るゲンガオゾの左腕を目ざとく見つけたヤザンがそれを咎める。

 

「させるか!」

 

「っ!」

 

身を退くでなく、寧ろ体全体をねじ込むようにタックルを食らわすとゲンガオゾの体が浮く。

バックユニットを含めてもパワーはゲンガオゾが僅かに劣り、

また機体重量も軽量コンパクトにまとめられた分、アビゴルに格闘で押し負けがちだ。

その一瞬の隙がエース同士の攻防では極めて重要だった。

 

「貰ったァ!!」

 

アビゴルの片腕が、襟から取り出したビームサイスを2本接続の本来の大鎌ではなく、

片刃の小型鎌で展開し高速で振り下ろす。

 

(…!この殺気…!ふふ、アハハハッ!)

 

だがファラはアビゴルが腕を振り下ろす寸前にヤザンの殺気から軌道を読んだ。

ゲンガオゾを急速に落下させて下へ滑れば、

アビゴルの鎌はゲンガオゾの肩を掠めただけであった。

足元からアビゴルを狙うゲンガオゾのバックユニットにメガ粒子の輝きが灯る。

後、コンマ数秒以内にはそれは放たれる筈だったが、

 

「ッ!?ぐぅ!!」

 

しかしヤザンはそれだけではない。

ヤザンの追撃が照準を大いに狂わす。

下へ潜ったゲンガオゾを踏みつけるように己も直下へと高速で降りて、

大きな足を腹に見舞えばゲンガオゾが更に下へ弾き飛んだのだ。

 

(蹴られた!?)

 

弾き飛ぶと同時にゲンガオゾから5連ヴェスバーが虚空へ伸びた。

アビゴルがまたゲンガオゾへと迫る。

距離を空けてはアビゴルが不利になると、ヤザンは理解していた。

 

「戦場でこうも女にうろちょろされるのは鬱陶しいンだよッ!!死にな!!」

 

「くぅ!?あはっ!あははは!ヤザンっ、やっぱりイイよぉ!!」

 

ファラをまた振動が襲う。

アビゴルが両手に持つビーム刃の光に目を取られる余り、

またアビゴルの蹴りを食らってしまう。

ビームサーベル光をまやかしに使ったヤザンにまんまとしてやられたが、

その程度ではファラも負けはしない。

ゲンガオゾの機体もまだ質量攻撃を二度食らっただけだ。

勝負はまだまだ圧倒的にファラのものだった。

 

「手癖の悪い足だ…お仕置きしてあげないとねぇ!!」

 

「っ!背負いものがッ!!?」

 

ゲンガオゾのバックエンジンユニットは合体分離機構を備える。

分離し、ブースターで加速させる事でそれ自体が質量弾頭となれる。

本来はこれもサイコミュ制御によって自在の軌道をみせるのだが、

調整が甘い試験段階では思ったようにファラでも操れないのはヤザンにとって幸いだ。

単純な突撃機動で真正面からアビゴルに迫るだけだったが、

ヤザンの意表を突いたのは間違いない。

先の幸運とは逆に、格闘戦を逃したくないアビゴルを突っ込ませていたのは不運と言えた。

今度はヤザンが衝撃に揺らされる。

バックユニットがアビゴルの頭に直撃し、センサーの一つと頭頂砲がひしゃげた。

 

(ダメージは…!右目と頭部ビームキャノン!?チッ!)

 

ほぼ本能でダメージを確認すれば、

身体に染み付いた戦場の癖が勝手に機体を持ち直してくれる。

しかし、

 

「はァァァっはっはっはぁーッ!!」

 

普通ではない笑い声を響かせた雷神がサーベルを両手に突っ込んできていた。

 

「こ、こいつ!」

 

ヤザンはアビゴルのスラスターを直感的に全開にし逃れようと試みた。

だがその時に己にしがみつく女から「カハッ」という掠れた声が聞こえ、

ヘルメットの内に赤い点が張り付くのが嫌でも視界に入ってしまった。

 

(…!)

 

戦場で生き残る為にはある程度の味方の損害は許容の内。

部下も仲間も皆、戦いの中での死など日常の一コマであったが、

しかしそれでも目の前で部下が瀕死の喀血などすれば、

ヤザンの足先がフットペダルを踏み込むのをコンマ秒以下で躊躇ってしまった。

 

「私との戦いでッ!!他の女に気を取られるなと言ったろう!!!」

 

ファラが二刀流を振り切り、

アビゴルの両足が宙を舞う。

 

「なんだとォ!!?」

 

「私から気をそらすからそうなる!」

 

いつの間にかゲンガオゾの背に戻っていたバックユニットが、メガ粒子を湛えて光る。

その瞬間に、二人の戦いに異変が起きる。

二人の戦場の後方…タシロ艦隊本隊辺りで派手に信号弾が光ったのだ。

 

「…なにぃ…?すぐ戻れというのか、タシロ!

私とメッチェが、こいつと踊ろうというのを邪魔するなんて…!」

 

背後の光信号に気を取られて意識を反らしたと同時に、

上方からのビームの連射という横槍までが入ってゲンガオゾの邪魔をした。

 

「っ!タシロ以外にも私の邪魔をする!?」

 

ゲンガオゾがそちらを向けば、

そこにはオレンジイエローのMSが長物から怒涛のビームを撒き散らしていたのだった。

 

「シャ、シャッコー!!!シャッコーだとぉ!!?」

 

ファラは声を荒げた。

彼女にとって、そのMSは忌まわしき存在だ。

シャッコーが行方不明になってから彼女の人生の転落は始まったのだ。

そして、愛しいメッチェを叩き潰したMSでもある。

 

「あ、ああああっ!?お、お前!お前はっ!!」

 

ゲンガオゾが狂ったようにシャッコー目掛けてビームを撃ち返し始めて、

しかしそれらの狙いは酷く精彩を欠くものだ。

 

「く…!何なのよ…その弾幕っ!MSレベルのものじゃないでしょう!」

 

カテジナはそれらをアポジの華麗なステップで避けていき、ビームシールドでいなして散らす。

だが、精彩を欠いていてもゲンガオゾとファラの脅威は極めて高い。

未だ未熟なカテジナにとっては、それは猛攻と呼ぶに相応しい。

見る見るうちにシャッコーは被弾していくが、辛うじてカテジナは致命傷を避け必死に反撃。

 

「お前はメッチェの血を啜って生きるモビルスーツだ!!

シャッコーの首は刎ねなければならないっ!

首を刎ねればもうお前の幻影に脅かされることもなぁぁいッ!!!」

 

ゲンガオゾは射撃精度だけでなく、回避も鈍くなってきている。

ファラの錯乱が始まっていた。

カテジナとファラは互いにダメージを追う泥沼の如き射撃の乱打戦の中に落ちていき、

そして、そんな醜態を手負いの獣の前で晒すとはこういう事だった。

 

「カテジナめ…!いいタイミングで来やがった!後で可愛がってやらんとなぁ!」

 

ヤザンは凶悪に笑いながら、両足を失いながらも残ったスラスターで猛烈に寄り、

そして大鎌を薙げばゲンガオゾの両腕の肘から先が呆気無く失われる。

 

「っ!こ、こいつら…!く、ぐぅぅぅぅ!!

ヤザン…シャッコーっ!お、お前達は…お前らはぁぁ!!!

ぐぅ、ああぁぁぁ、す、鈴の、音が…聞こえない…!聞こえないよ…助けてっ、メッチェ!」

 

ゲンガオゾのコクピット内で、ファラの付けたサイコミュ・デバイス鈴が音色を止めていた。

急造の調整品の限界か、或いは戦闘の衝撃での破損か、

どちらにせよ機体もパイロットも、その装備品も調整の甘い試作品の域だったらしい。

狂ったようにビーム・ランチャーを連射しまくり、

シャッコーとアビゴルのセンサーが焼き付きそうな雷光を放ったゲンガオゾは、

その閃光を目眩ましとしカテジナとヤザンを捨て置いて一目散に戦場を離脱して行く。

 

「逃げるの!?…なんて足の速い!」

 

背を向けて急速に小さくなっていく敵MSへ、

カテジナはフェダーイン・ライフルの狙撃を何発か見舞ったが

当然のようにそれらのビームは背を向けたままのゲンガオゾはひらりと避けて、

まるで何事もなかったかのようにとうとうセンサーからロストする。

小さく舌を打つカテジナだったが、今は敵を追い払えただけで良しとすべきと彼女も分かる。

 

「ヤザン!」

 

そして追い払った敵に等もう興味がないとばかりに

脇目も振らず破損著しいアビゴルへ寄った。

 

「カテジナ…貴様、ビッグキャノン叩きはどうした」

 

そうヤザンに言われるも、カテジナは予想していたとばかりに胸を張って答える。

 

「そっちはウッソ達がやっているわ。今頃、ビッグキャノンに取り付いている筈よ」

 

「なるほどな。通りで敵さん、慌てて逃げていったわけだ。

その様子なら、オリファーとマーベットは予定通り合流できたようだな」

 

「ええ、予定外はあなたの合流失敗だけよ」

 

カテジナのその言葉に少々棘がある。

ヤザンは苦笑した。

 

「許せ。戦場は予定外だらけなんだよ」

 

「だから!そんな女捨てておけばよかったのに!」

 

既にシャッコーの接触センサーでアビゴルの機内の様子はある程度認識している。

コクピット内に二人分の人間大の熱源があるのは分かっているから、

ペギー救出は成功したのだろうとは予想できた。

その上でカテジナは批判しているのだった。

実際、ペギーが死んでいたら

流石の彼女もその件については内心でどうあれ口を噤んだだろう。

またヤザンは口の中で小さく笑う。

 

「オリファーにさぞわがままを言ったんだろう?

単独で俺を捜索するなどという無茶だ…半ば命令違反か?」

 

「最後にはきちんと納得させた。問題ないわ」

 

「フッ…まぁいい。今回ばかりはお前の跳ねっ返りに助けられた」

 

会話をしながらもシャッコーの手を動かし続けるカテジナ。

両足も喪失し、背部スラスターも半分死んでいるアビゴルは、

既に自力移動が困難となりつつあるからシャッコーの手助けがあるとありがたい。

なにせ推進剤もビーム縮退メガ粒子もすっからかんなのだ。

とはいえシャッコーもまた短時間ながらゲンガオゾと激しく撃ち合い、

既に機体はガタガタではあるものの、それでもアビゴルよりはましであった。

 

「ふふん…そうよ。そういう風に素直に感謝できるのは良い事よね」

 

声だけでいい気になっているのがありありと伝わる。

シャッコーに抱えられながら、アビゴルの中でヤザンは、

肩で息をし意識を朦朧とさせているペギーをようやく労ってやれていた。

息はまだある。

母艦で治療を受ければ、直様の復帰は難しいだろうが死にはしないだろう。

秘かに安堵し、カテジナへも釘を刺しておくのを忘れない。

 

「カテジナ、だがオリファーの命令にどうせ頑なに抵抗したんだろうから

俺が個人的に貴様に罰を与えてやる」

 

「は…?な、なによそれ?私はきちんとオリファーを言い負かしてやったんだから!」

 

だから命令違反ではないという事らしい。

 

「リガ・ミリティアは正規軍じゃないからある程度自由は利く…だがなァ!

総隊長の俺や、副隊長のオリファーに戦場で逆らうのはご法度なんだよ。

そんなのが繰り返されたら戦場での連携も作戦も無くなるだろうが」

 

「私が来なかったらヤザンが死んでいたかもしれないのよ!?」

 

「だからその功績も考慮してやるさ」

 

「…じゃあどんな罰だというの?」

 

「今晩は優しくは抱いてやらん…というのはどうだ?ハハハハ!」

 

「っ、ま、またそうやって人を馬鹿にする…!」

 

今回の戦闘はヤザンでさえ肝が冷える場面が幾らかあった。

こうして部下と軽口を叩く時が、ヤザンにとって一番安らぐ時でもある。

だが、贅沢を言えばここで軽口叩きあう部下や仲間はやはり男がいいとヤザンは思うのだ。

女も悪くはない。

良い女を欲するのは男の本能で、そういう女を抱けば男としての充足が得られる。

しかしヤザンにとって、やはり心の底から肩を抱き合う仲間は男であって欲しかった。

女と男ではどうしてもセクシャルな問題が良くも悪くも間に横たわって、

それがヤザンの求める仲間意識に一点、汚れを垂らす。

男同士女同士の恋愛も時折あるにはあるが、それはレアケースでまた別の話に過ぎない。

そういった価値観はもうヤザンという人間の感性の問題で、

男同士で馬鹿な話をツマミに酒で盛り上がりたいと思うのと似ているかもしれない。

 

「…光だ」

 

「ええ。…ウッソ達が上手くやったみたい」

 

アビゴルのバックモニターに、

断末魔のように白い光の柱を吹き上げたカイラスギリーが映っている。

誰もいはしない虚空に、溜めきった憎悪の破壊光を吐き出して、

いくつもの爆光に包まれていくカイラスギリー。

恐らく、オリファー達の攻撃によって暴発を誘発されたのだろう。

巨大砲台というのは見た目に反して繊細な兵器だから、

些細な攻撃でそういう事も起こり得る。

 

あの幾つもの爆発光はカイラスギリーそのものの爆発か、或いは近縁の艦船の爆発か。

何れにせよ、本隊が陣取っていたであろう場であの規模の爆発が起きているのなら、

もうこの戦いは完全に決まったようなものだろう。

 

「ウッソかオリファーか、マーベットか…。今回はあいつらが大金星だな」

 

ビッグキャノン阻止を堅実に達成させた功労者の部下を思ってヤザンは微かに笑い、

どうにかカイラスギリー攻防戦は良い結果に終わりそうだとようやく思えていた。

 
 
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