ヤザン・リガミリティア
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獣爪は月で研がれる
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ヤザンがリガ・ミリティアにいる 作:さらさらへそヘアー
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獣爪は月で研がれる
月の都市セント・ジョセフ・シティにはベスパの手が伸びている。
故にベスパの秘密警察や工作員も都市にはいるにはいるが、今では反ザンスカールの風潮が強くベスパ兵は肩身が狭く脅威度は低下していた。
反対に、リガ・ミリティアの艦艇が入港すると熱心なファンや報道陣が歓声と共に出迎える。
宇宙引越公社のマンデラがあらゆる手段を講じて熱心に宣伝したせいもあり、リガ・ミリティアの世間に対しての存在感と肯定感は今ではかなりのものだ。
たとえ一過性のものだとしても、民衆への人気と周知度は連邦を圧倒的に上回る。
リガ・ミリティアは今、時代の寵児であった。
そしてそれと敵対するザンスカール帝国は、ジブラルタルでの暴挙の映像の拡散もあって不人気っぷりは日に日に加速している。
ザンスカール本国は、必死にその暴挙を一指揮官タシロ派閥の暴走と喧伝しているが、マリア主義でもない多数の民衆に浸透するにはまだまだ時間が必要だった。
徐々にムーブメントになりつつあるパルチザン反ザンスカール運動。
蠢動するムバラク艦隊。
本格的に帝国と敵対し、領域を侵すフロンティア艦隊とマケドニア連合艦隊。
フロンティア艦隊が動いた事で、未だ動かぬ連邦軍へも帝国は神経質になって注視せねばならない。
タシロ・ヴァゴ司令が宰相フォンセ・カガチに責任を追求され、また麾下のタシロ艦隊が立て直しに追われ機能不全に陥っている今、無敵と謳われるズガン艦隊ですらそれらの対応で手一杯であった。
そういった出来事が連鎖してリガ・ミリティア中枢戦隊であるカミオン隊にようやく余裕が生まれた。
彼らは念願の月での補給にありつけたのである。
問題なくセント・ジョセフ・シティの港へと船を着け、半分を艦に残し、そして降りることを許された者達はいくつかの小チームに分かれて別行動をとり、オイ・ニュング達はホラズムの作戦会議室へ。
ヤザン達パイロット組及びメカニック組は格納庫へ。
そしてウッソを除く子供達は、一部大人スタッフ達と一緒にセント・ジョセフで自由行動だ。
「久しぶりね、ヤザン。
懐かしい人達も多いけど、初めましての人も結構いるようね。
ようこそテクネチウムへ。ここがリガ・ミリティア最大の拠点、ホラズムよ」
セント・ジョセフに隣接する小クレーター内の地下。
そこへ秘密のパイプラインを通ってやってきたヤザン一行を出迎えたのは、長い金髪の癖っ毛を持つ中年手前と思しき女性だった。
少々やつれ気味ながら美しいと形容するに足る女性で、もっと若ければさぞ男達が言い寄ってきただろう事は想像に難くない。
ヤザン一行の中から、その女性へ向かって弾けるように駆け出した者がいた。
オリファーはぎょっとして一瞬止めようかと思ったが、それをヤザンが素早く制する。
飛び出し、駆け出したのはウッソだった。
「母さん!」
出迎えた女性は、駆けてくる少年を驚愕の表情で受け止めた。
「ウ、ウッソ!?ウッソなの?なんであなたがここに…!」
女性の名はミューラ・ミゲル。
コードネーム、テクネチウムこと秘密工場ホラズムの責任者であり、この地で造られるリガ・ミリティア製MSの産みの親にして、ウッソの母その人であった。
「母さん、母さん…!本当に、母さんだった!」
ウッソの瞳から涙が数筋流れ落ちる。
泣きじゃくりまでしなかったのは、ウッソの精神がまた少しタフになっているという事だ。
母離れの一歩目は既に始まりかけているが、それでもまだ母恋しいのには違いない。
ウッソは、鼻いっぱいにミューラの匂いを吸い込んだ。
何年ぶりかに嗅いだ母の匂いだ。
何年経っても、月にいても変わらない母の香りだった。
母の胸に顔をうずめるウッソを見守りつつ、ヤザンは突然の息子の登場に戸惑うミューラの名を呼んでから、少し神妙な顔で言った。
「ミューラ。工場の事は俺もオリファーもある程度知っている。
ここの事はいい。今は…その坊やの面倒を見てやるんだな」
「隊長…あなたは――」
ウッソと自分が親子なのを知っていたのか、と聞きかけて、しかしその前にヤザンが答える。
「途中から薄々と勘付いただけだ。
貴様らが親子と確信したのはついこの前さ。
まさか、カサレリアで拾ったガキがお前の子とは思わなかったぜ。
なにせ、あの小屋にはコイツの家族写真一つ無かったからな」
念のいった事だ、とヤザンはエヴィン夫妻の証拠隠滅の手際を皮肉気に褒め、そうされたミューラは後ろめたそうにやや視線を落とすと、少しばかり声のトーンを落としてヤザンの皮肉に抗う。
「…この子に何も残さなかったわけじゃない。
こんな時代でも強く生きられるようにしてあげたかっただけ」
「別に貴様の教育方針に文句をつけるわけじゃない。
俺のガキでもないし、それにウッソはいつだってお前らに会いたがっていた。
愛情は注いでいたって事だろう?たとえそれがテロリストの歪んだ物でもだ。
愛情のある親なら、今ウッソが何を望んでいて、貴様が母親としてどうしなくちゃいけないかは分かりそうなものだが」
ミューラ・ミゲルとヤザン・ゲーブルの付き合いはかれこれ4年近い。
2人はその付き合いの中で一度たりとも男と女の空気をまとったこともなく、その関係は仕事上のビジネスライクなものに終始していた。
心の奥底では、ミューラとヤザンはお互いの相性が良くないと理解していたのだろう。
ミューラ・ミゲルという女は、目的のためには手段を選ばないタイプだった。
民間人を巻き込んでしまうような破壊工作…下手をすれば民間施設そのものを標的にするような工作も、大義名分己の正義があればやってのける女だ。
そしてヤザンは、ティターンズ時代からたとえ命令であっても無力な民間人を攻撃するのを嫌う。
反りが合うわけがない。
もしミューラ・ミゲルが、戦場で工作を仕掛けて、それが原因でヤザン本人、或いはヤザンの部下や仲間に被害が及べば、きっとヤザンはミューラを殺すだろう。
かつての上官ジャマイカン・ダニンガンのように。
だが幸いというか、ミューラ・ミゲルはジャマイカンとは違って賢い女だった。
虎の尾を踏むようなヘマをしでかす事もなく、ヤザンとは一定の距離感を保ち続け、共に新型MSの開発に尽力し続けることが出来たのだ。
Vガンダム、ガンイージ等はその成果である。
ミューラは、ウッソの頭を撫でながら少しだけ申し訳無さそうな顔で皆を見回した。
「…そうね。ここはあなたの言葉に甘えます。
あなた達に見せたいMSは、第4格納庫よ。
ミズホから機体のレクチャーはしっかり受けておいて。
今日中にあなた達には乗ってもらって調整をしておきたいから」
「テストパイロットにやらせていないのか」
「最初はベテランにやらせていたのよ。
でも、他の方面の戦線にそのパイロットを取られてしまってね。
引き継いだ娘達も悪い腕じゃないけど…女の身体能力のテストじゃ、野獣が満足するかどうか保証できるわけないでしょう?」
言いながらミューラはウッソを連れて奥の部屋へ引っ込んでいく。
去る親子を眺めながらヤザンは舌を打った。
「チッ、また女のパイロットか」
隣でオリファーが苦笑いつつ相槌を打って、更に隣ではマーベットが眉をひそめる。
「あら、女じゃいけませんか?」
しかしマーベットの言葉の抑揚には冗談めかした雰囲気がある。
彼女もヤザンとの付き合いはそこそこ長い。
過敏になり過ぎる事無く冗談で済ませられる間柄だった。
「今更もう文句を言う気も起こらんよ。女の時代だからな。
だが、気に食わんもんは気に食わんのさ」
女が強い時代、というだけではなく、単純に戦乱が永く続き男が死にすぎた弊害でもある。
宇宙世紀は、100年近く続く戦争・紛争をいい加減にしろというレベルにまで来ている。
ここらで戦乱に終止符を打たねば、冗談でもなく誇張でもなく人類は衰退し滅ぶ道に入るだろう。
滅ばぬまでも確実に文明は衰退する。
既にその兆候は出ているのだ。
連邦軍とザンスカール以外で、小型の第2期MSを主力に使えている組織はいない。
独立コロニー軍の9割は旧世代の大型MSが主力なのだ。
ヘビーガンならまだマシで、下手をすればギラ・ドーガやジェガン、ジムⅢまで引っ張り出している組織もあるという。
また、勢いに乗っているザンスカールサイド2以外のサイドでは、使用しているコロニーそのものが劣化し維持も難しくなりつつあるとも聞く。
腐敗した連邦にリーダーシップを期待出来ぬのなら、他の何者かが強力なリーダーシップを発揮して人類をまとめねば、今の文明のレベルを維持するというのは難しくなるだろう。
ザンスカールが、恐怖政治とギロチンを使わぬ国であれば、連邦に代わってザンスカールに地球圏を支配して貰うのも悪手ではない。
何時ぞやかに、オイ・ニュングがぽつりとそう漏らしていたのをヤザンは覚えている。
そのような事を考えながら歩いていれば、いつの間にか目的の第4格納庫は目の前だ。
既にゲートは開放されていてズラリと並んだ見慣れぬ機体達が彼らを出迎えた。
「え?あれって…」
歩く内、いつの間にかヤザンの隣に陣取っていたカテジナが並ぶ機体を見て驚きの声を漏らす。
他の者達も同様でヤザンすら少し驚いていた。
「あれは…シャッコー!?
シャッコーを量産したっていうのか!?」
ズラリと並ぶ数機のグリーンカラーのMSは、その言葉通りザンスカール製MSの特徴を持っていたのだ。
細かいディテールは違うが、パッと見、それは間違いなくシャッコーと同系列のMSだ。
「角は一本…足首の構造も変わってる。でもそれ以外は…」
「あぁ。カラーリング以外は殆どシャッコーと同じだ」
唸り、緑の一つ角のシャッコーを眺めるヤザンとカテジナ。
シャッコーを良く知る両名が並んだ機体をしげしげと観察していると、メガネをかけた水色の作業服姿の女性が足早にヤザンらへ駆け寄って来た。
「お久しぶりです、隊長」
「ん?ミズホ・ミネガン…だったな」
「え…は、はい!私なんぞの一介のメカマンを覚えていて下さって嬉しいですよ、隊長」
「メキシコの支部タンピコに行くのではなかったか?」
そう言うとミズホは驚いた顔を見せる。
まさか自分のような端っぱの一メカニックとの雑談を覚えているとは思わなかったのだ。
ヤザンという人は整備士とパイロットの顔を覚えるのは人一倍早い。
「その予定でしたが、
新型の開発にかかりきりで殆どのスタッフがタンピコ行きは無しになったんです」
そこで興味深そうに、ストライカーが集団の中から一歩前へ出てくる。
「ガンイージをブラスタータイプへ簡易改修するだけって話が、一から新型を造る事になったって…アイツのことか?」
ミズホは頷いた。
「そうです。隊長が使ったシャッコーのデータがあまりに優秀で、ミューラ先輩がフレーム基礎構造を見直そうって言い出して…。
シャッコーから取れたデータを元にガンイージをフレームから改修していったら、ほぼ新造の別機体になりましたってオチです…あはは」
そう言ったミズホの顔は笑いながらも引きつっていた。
ミューラというのはこういう無茶を良くやる人だ。
天才的かつ独善的な部分があって、一度天啓を得てしまうとスタッフが眠る深夜だろうが疲労困憊の完徹明けだろうが皆にその閃きをフィードバックさせる。
そして有無を言わさず突貫作業に入ってしまうのだ。
ミューラ・ミゲルが忌避される先輩であるのはこういう所にも由来する。
リガ・ミリティアの次期主力としてガンブラスターへの改良だけで済む筈が、突然、殺人的短期間で新型量産機を1機種7機造らされたホラズムの開発スタッフには同情してもし足りない。
だがそんな事はお構いなしにストライカーは矢継ぎ早にミズホへ質問を飛ばす。
「ってことはあれは一応ガンイージの改良型なのか…ガンイージの面影は皆無だな。色ぐらいか?」
「その通りですけど、内部は意外とガンイージと共通パーツが多いですよ。
ま、パーツまで一から新造する余裕が無かったってのが主な理由なんですけどね…。
でもお陰でガンイージは勿論、Vタイプとも部品は互換性がありますから整備性は良好です。
フレームと装甲と…幾つかの武装が新造ってことになりますね」
熱心に頷きながらストライカーはミズホの説明に耳を傾ける。
ストライカーもまた、ヤザンと共にシャッコーと関わる事が多かったから愛着もある。
そのシャッコーの面影が色濃いあの新型達への興味は強い。
「そうか。俺はカミオン隊の整備主任だし、あっちでデータを見ても?」
「ええ、どうぞ。行って下さい。私は隊長達に説明を続けますので」
普段は無口で武骨なタイプのストライカーが、まるで童子のようにそわそわとMSの診断コンピューターへまっしぐらだ。
そんなストライカーを目だけで見送ったヤザンがミズホへ尋ねる。
「あいつの名は?」
「リ・ガ・・シャッコーです」
「リガ…リガ・ミリティアのシャッコーってこと?安易ね」
カテジナの感想は的を得ていた。
確かに、と皆も思ったがそれぐらいシンプルな方が分かりやすいというものだ。
それに、ホラズムの技術者連中にとっての本命はリガ・シャッコーシャッコー量産型ではなく、更に隣の格納庫ブロックに鎮座する革・新・的・な・新型MSだった。
「リガ・シャッコーも私達の苦心の作ですけど、ミューラ先輩の一番の目玉はあっちのドックにあります」
ミズホに先導され、パイロット達が隣の格納庫へと移動していく。
「あれが完成したのか」
その目玉商品について、ある程度はヤザンも知っていた。
それのプロトタイプのテスト期には、既にヤザンは最前線で激戦の中にいたからテストには参加出来なかったものの、ミューラは独自の伝手で元連邦の凄腕パイロットにテストパイロットを依頼したらしいが、詳細は不明であるのはいかにも秘密主義のゲリラ組織、リガ・ミリティアらしい。
ミズホは振り返ること無く、歩きながらヤザンへ返した。
「ええ、とうとう完成しました。
リガ・シャッコーのせいで少し遅れてしまいましたけどね…。
隊長には是非、乗り心地を試して貰いたいとミューラ先輩も言ってましたよ」
ご覧ください、とミズホも胸を張ってそのMSを披露した。
ハンガーに固定されている2機のVタイプ。
ヴィクトリーガンダムとは違い、青のカラーリングが主張していて、何より目を引くのは胸部から襟を通り、背後に突き出るような〝Vの字〟である。
「形式番号LM314V21、V2ガンダムです!
我らがリガ・ミリティアの象徴たるフラッグシップ機ですよ!」
おぉ、とパイロット達から小さな歓声が湧き上がる。
しかし、ミズホが喜んでもらいたいMS隊統括のヤザン・ゲーブル隊長の反応はいまいちだ。
「あれ?喜んだり驚いたり…しないんですか?」
「そう言われてもな。見た目が玩具のようなVタイプの新型としか分からん。
例の…ミノフスキー・ドライブは搭載しているのだろうな、というのは分かるがな」
「それですよ!ミノフスキー・ドライブ!
半永久機関ですよ!人類史に名を刻む大発明なんですよこれは!
リガ・ミリティアが潜伏地下組織でなければ、今が戦時中でなければ!連邦高官も各メディアも各コロニー代表も呼んでの大々的セレモニーで発表すべき大発明を我らは成し遂げたんですよ!?
ヘリウム3と一度反応させれば、ジェネレーターから発生する電力を直接推進力にし、以後は推進剤不要でIフィールドの斤力を任意方向に発生させ続けます!
これは機体に推進剤を貯蔵する必要も無いという事で、しかもロケット燃焼と違い――」
「あー、もういい。わかった」
ヤザンがいかにも面倒そうに掌を一回は・た・め・かせた。
「え」
「俺達はパイロットだ。技術畑の話は最低限で良い。
そういうのはストライカーにでもしておいてくれ」
「…わかりました」
見るからにしょんぼりした様子で、ミズホはとぼとぼと機体の足元まで一行を誘導。
コクピットへのウィンチを降ろすと、皆へ分かりきった事を尋ねる。
「では、早速乗ってみますか?」
「フン…ようやくか。YESだ」
パイロット達は待ってましたとばかりに皆が勇猛に微笑んだ。
ヤザンがオリファーを呼び寄せ、彼の背を叩きつつ共に駆け出すと、当たり前のように2人は2機しかないV2へと向かう。
残されたシュラク隊の3人…
ジュンコ、ヘレン、ケイトとそしてマーベットとカテジナは互いに見合って肩を竦めた。
きかん坊にフラッグシップのテストは譲ってやるらしい。
「じゃ、あたし達はあっちのリガ・シャッコーってことね」
「しかたないわね。ああいう男だし」
マーベットにカテジナは気軽に返しつつ、シュラク隊らと共に軽い駆け足で先程の格納庫へと回れ右。
ミズホはレシーバーから館内放送で皆に新型機が動き出す旨を周知。
各作業員も慌てて動き出した。
『ミズホ、折角シャッコーの量産型があれだけあるんだ。5機じゃ勿体ない。
俺とオリファー相手に模擬戦形式でやらせろ。
テストパイロットとやらはどこにいる』
既にコクピットに収まってスピーカーで足元の女整備士へ要求を飛ばすヤザン。
なんとも迅速極まる動作だ。
カメラアイを琥珀色に光らせる青い新型を見上げ、ミズホは大きな声で怒鳴るように返した。
「フランチェスカとミリエラですね!今呼んできますから先に上がってて下さい!
第1演習場が使えます!」
ミズホに言われ、迷うこと無くV2の脚を大型エレベーターへと運んでいくヤザンとオリファー。
地球に降りる前はホラズムここでヴィクトリーとガンイージの試作機の更に試作機レベルの機体に関わっていたのだ。
古女房の実家ぐらいにはスイスイと歩ける。
『よォし…2人か。これでシュラク隊とマーベット、カテジナで2対7…面白くなりそうだ。
オリファー、久しぶりに俺達がヒヨッコをもんでやるとしようぜ』
『そううまくいきますかね…なにせこちらも新型ですよ?』
『貴様なら触れば分かるだろう。ヴィクトリーと基本周りは同じだ。
それに奴らだって新型なんだ…慣れてないのはお互い様さ』
V2は掌をグーパーと握り開きを繰り返し、頭部を360度回転させたりと、
一見奇妙な行動を繰り返しているがこれも立派な動作チェックだ。
『…確かに。
マーベット達も腕を上げてますけど、こちらも負けていられませんな、隊長。
隊長の足を引っ張らないよう気張らせてもらいます』
『フッ、その意気だ』
軽口を叩きあいながら2機の新型マシーンが軽快に脚を進める。
その挙動は軽い。
ヴィクトリーも軽さが売りではあったが、このV2は更に軽快で、これだけでヤザンはV2の運動性の凄まじさの片鱗を感じるのは流石ヤザン・ゲーブルだ。
(コイツは…良い機体だぜ。しかし、やはり俺にはガンダムタイプはしっくりこんな)
過去の因縁に、コクピットで独り自嘲的な笑みを浮かべ、ヤザンはV2のレバーを押し込んだ。
――
―
数ヶ月前か、或いは数年前か。
久しぶりに見たような光景がそこには広がっている。
リガ・シャッコーがくたびれたようにして演習場に隣接する仮設ハンガーに着陸し、膝をつく。
鋼鉄が擦れる事が響いて火花が散る。
コクピットハッチを蹴飛ばすように開いてカテジナ・ルースが顔を出し、怒鳴った。
「推進剤とライフルへの補給、頼む!」
慌ただしく整備士連中を指揮しているミズホと、早速現場入りして手伝っているストライカー、クッフ、そしてロメロ爺さん達。
7機のリガ・シャッコーは引っ切り無し補給に降りてくるが、
いきなりこれ程に雑で激しい訓練に担ぎ出されても未だに脆い関節シリンダーやモーターにガタは来ていない。
同じような激しい訓練をジェムズガンやジャベリンでやった時には、同じ訓練時間で3回は何らかのパーツ交換が発生していただろう。
合体変形機構を持つヴィクトリーや、コストダウンを図ったガンイージもそこまで堅牢な作りではない。
やはりパーツ交換が1回は発生したと思われるが ――ヴィクトリーならばブーツやハンガー交換―― このリガ・シャッコーはそれが一度もないのは、やはり基礎構造がダンチに堅牢なのだ。
シャッコーのフレーム設計の優秀さがここでも証明された形になったといえる。
ロメロが年の割にハッキリした呂律でカテジナへ怒鳴り返した。
「カテジナさんは後3分まってくれぃ!まだジュンコの補給が終わっとらん!」
「こっちの補給が先だ!スコアで押し負けてるって見て分からないの!?爺さんは!」
「誰が爺じゃ!見て分かっとるわ!順番は待て!」
「おーい爺さん!こっちの補給もしてってさっき言ったのにまだぁ!?」
カテジナに続いて急かしてくるのは、カテジナの数十秒前に仮設ハンガーに着陸したフランチェスカ・オハラ。
ホラズムでリガ・シャッコーやガンブラスター、ヴィクトリーの追加装備型の試験を担当していた2名のパイロットのうちの1人だ。
オレンジ掛かったセミロングウルフが活発なイメージを醸し出し、褐色の肌と翡翠色の瞳のカラーバランスはその活発なイメージをより顕著にさせるが、実際にフランチェスカは活発でボーイッシュな女だった。
初対面の老人に対しても一切の物怖じも遠慮もなく注文を飛ばしていた。
「ぬぁー!そっちにはクッフがいるじゃろが!」
油で汚れた手にもったスパナでテンガロンハット男を指差せば、その男も怒鳴り返す。
「無理っす!こっち手一杯!」
ロメロは薄くなっている頭髪を引き抜かんばかりに白髪頭を掻き毟った。
「まぁったく!爺をこき使うな!」
「そんな年でこんな可愛くて若い女に頼られるなんて果報者でしょ」
「かぁー!口の減らん新入りじゃ!隊長にもっとしごいてこらえ!」
「へへー、そんなの望む所ってね」
ロメロをからかうようにしていたフランチェスカの顔が緩む。
ヤザンとのこの激しい模擬戦を、彼女は寧ろ喜んですらいた。
ブースターの音高らかにジュンコ機のリガ・シャッコーが飛び立っていき、
今も演習場領域でヤザンに食らいついている仲間の援護に向かい、
そして入れ違って次のリガ・シャッコーが補給を求めて着地する。
『フラニーはヤザン総隊長のファンだからね。爺さん、そんな叱り方じゃそいつ堪えないよ』
集音センサーでさっきの会話を聞いていたのだろう。
着地したパイロット、ミリエラが笑いを含みながらスピーカーで言えば、ロメロは忌々しそうにリガ・シャッコー達を見上げて「ふん!」と鼻息荒くも黙ったまま作業に没頭しだした。
相手をするだけ無駄だと悟ったらしい。
「あっ、撃墜判定…」
フランチェスカ・オハラ…愛称フラニーが、ふらふらと演習場に力無く着地したヘレン機を見ながら呟く。
フラニーは悔しそうに瞳を歪めたが、
「…さすが…ティターンズのヤザン・ゲーブル…すごい」
続けて吐き出した呟きにはひたすら感嘆と尊敬が滲む。
パイロットのバイタルが許す限り、無補給で全力戦闘ができるV2ガンダム。
フラニーだけでなく、整備士連中も新型を乗りこなすヤザンの動きに見惚れていた。
たった1機で戦局を左右する…そんな夢物語は、
ミノフスキー・ドライブとヤザン・ゲーブルならば叶う…その場にいた皆はそう感じていた。
リガ・シャッコーはリグ・シャッコーとほぼ同じです。
イメージとしてはV-MSVのリグ・シャッコー(グラスホッパー隊仕様)。
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