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ヤザン・リガミリティア

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妖獣と踊れ

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ヤザンがリガ・ミリティアにいる   作:さらさらへそヘアー

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妖獣と踊れ

ミノフスキー粒子が漂い、通信機器が封じられる事の多い宇宙世紀時代…人の目による監視網や偵察はまさに軍事上の命綱だ。

また軍事が関係無くとも、民間のシャトルの航路点検等でも人の目が欠かせない。

大きなデブリがあれば報告と除去が必要だし、海賊だって時折出る。

だから月への航路…セント・ジョセフ航宙路上にも幾らかのシャトルとモビルワーカーが定期的に通るし、その時はリガ・ミリティアの偵察ゲリラも民間シャトルに成りすまして偵察をしていた。

そのリガ・ミリティアの偵察隊は、今、少々ピリついていた。

 

「…なぁ聞いたろ。バグレ艦隊がやられたって噂」

 

「聞いたよ。でも、カミオン隊がタシロ艦隊を蹴散らしたって話が昨日の今日だぜ?

ザンスカールが流した嘘に決まってるさ」

 

偵察の男は嫌味に笑いながら快調にシャトルを操作し続ける。

そこへ民間シャトルが発光信号を送りながら、ゆっくりと遠くを航行するのが見えた。

 

「おい、見ろよ。何か言ってるぜ」

 

「なになに………へへっ、〝リガ・ミリティア二武運在レ〟だってさ。俺たちも人気者になったもんだ」

 

「だな。この調子なら、ザンスカール打倒も目前だぜ」

 

「……ん?なぁおい、あの光…」

 

「もう見たよ」

 

「あのシャトルのじゃない。あっちだ」

 

「あ?」

 

「何か紅い光が―――」

 

彼らの言葉をその後二度と紡がれる事は無かった。

彼らにエールを送った民間シャトルもまた、二度と誰にも目撃される事はない。

 

 

――リィン…リィン…

 

 

透き通った鈴の音だけが、誰もいなくなった暗黒の航路に響く。

迫りくる妖獣の足音は誰の耳にも届かない。

モトラッド艦隊は何者にも気取られる事なく、粛々とセント・ジョセフへとひた迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

 

 

 

それは頭痛と、頭の中に響く鈴の音から始まった。

シャクティの背におぶられるカルルが大泣きをし、ほぼ同時にシャクティが軽い頭痛と不快な感覚を訴えた。

そして、ウッソもまたシャクティの横で微かに響く鈴の音を聞いたのだ。

 

「…鈴の音?これは…幻聴、なの?」

 

「鈴…?ウッソ、それ…私も聞こえるわ」

 

泣くカルルマンをあやしながら、シャクティはやや悪い顔色でウッソの自問に答えた。

 

「シャクティも…?」

 

子供達が寝静まった子供部屋の中で、皆を起こしてはいけないと気を使った二人はカルルを伴い廊下へと出る。

それに気付いたハロも続いて部屋を出て、3人と1機はホラズム基地居住区を静かに歩きながらカルルをあやし続けるが、一向に泣き止む気配はなかった。

 

「…どうしたんだろう。カルルの泣き方、普通じゃない」

 

「とても不安そう…苦しんでいる。何かの病気かしら」

 

「ハロ、カルルの診察を」

 

飛び跳ねながら、ハロは目からスキャンレーザーを出したり口から聴診器のような何かを出してカルルマンのおでこに貼っつけたりしているが…。

 

「ハロ!カルル ゲンキ!ドコモ イジョーナシ!」

 

機械的な診断ではそういうことらしい。

ウッソとシャクティは生活力逞しく簡単な医術も知っているし、また都会育ちと比べて遥かに人間の観察力等も優れているが、それでも分からない事はある。

まだまだ10代の前半なのだ。

 

「母さんに聞いてみよう」

 

「ミューラおばさんに?でも、忙しいんじゃないかしら。悪いわ」

 

「そうかな。…そうかもしれないけど、きっと診てくれるよ」

 

子育て経験がある身近な人といえばウッソの母だ。

ウッソは泣くカルルに少し慌てているのか、医師レオニードという選択肢がすっぽ抜けていたが、レオニードの専門は小児科医ではない。

子育て経験談の方が医師より優ることもあるから、そう間違った判断でもないだろう。

母の部屋…この時間ならまだ格納庫でMSを弄っているだろうか…3人と1機が歩きだした時、またシャクティが足を止めて額を抑える。

 

「っ…また、鈴の、音……ウッソ、何か……何かが、月に…」

 

「シャクティ?大丈夫かい?シャクティ!」

 

カルルマンの泣き方もより酷くなっていく。

ウッソがシャクティの肩を抑えて、幼馴染の顔を覗き込んだその時であった。

 

 

 

 

 

 

ホラズムの秘密基地が揺れた。

凄まじい音。

振動が基地全体を揺らす。

基地内の照明が、短い間隔で明滅を繰り返した。

 

「なっ、なんなの!?」

 

天井からパラパラと小さい埃が降り、とっさにウッソはシャクティとカルルマンに覆いかぶさって庇う。

 

先程の大振動とは別に、今度はやや小さな揺れが頻発。

ウッソ達以外にも、次々に居住区の部屋から皆が口々に予測を並べ立てながら飛び出した。

 

「なんだ!!」

 

「こ、攻撃か!?」

 

「工場のジェネレーターでもぶっ飛んだか!?普通じゃないぞ!!」

 

施設内に赤色の非常灯が点灯し、館内警報が鳴り響く。

廊下のそこらはあっという間に走る人だらけとなった。

オデロもエリシャも、そしてクロノクルもスージィも慌てた様子で廊下に飛び出して、そしてウッソ達を見かけると安心したように駆け寄ってくる。

 

「お、おいウッソ!無事だったか!姿が見えないから心配したぜ!!」

 

「姉さん、い、いまのは一体なんだろう…!怪我はない!?」

 

「カルルがすごい泣いてる…!どっか打ったの!?」

 

ほぼ同時に口を開く皆を、シャクティは「私達は大丈夫だから」と宥めつつもホラズムを襲う振動と爆音に身を竦ませる。

 

「こ、これって…ホラズムが攻撃されてるんじゃないの!?」

 

オデロが半ばパニックになりかけて言う。

ウッソもそれが正解だろうと悲愴な顔となって叫んだ。

 

「とにかく、ここにいちゃダメだ!避難経路は覚えてる!?オデロ!」

 

「お、覚えちゃいねぇよ!一度見ただけだぜ!?」

 

「私、覚えてる…こっちよ!」

 

エリシャが先導をきって皆の誘導を開始。

慌てる大人達を掻き分け、或いは共に避難を試みるが、ウッソは彼らとは真逆の方向に駆け出した。

 

「どこに行くの!?ウッソ!」

 

シャクティが慌てて幼馴染の少年を引き留めようとするが、ウッソは少し視線を寄越しただけで歩みを止める事は無かった。

 

「僕は格納庫に行ってみる!敵襲なら、誰かが出ないと!事故でも、MSなら対処の役には立てる!

シャクティはそのまま皆と避難するんだ!いいね!!」

 

「ウッソ!」

 

「オデロ!クロノクル!シャクティを頼んだよ!」

 

「あぁ、わかった!気をつけろよウッソ!」

 

「義兄さん、任せてよ!」

 

オデロとクロノクルの力強い返事は、ウッソの心に良い安心感を与えてくれる。

こういう友人が、仲間がいるからウッソは大切な人を後ろに残し、行けるのだ。

 

「通して!通してください!」

 

逃げ惑い混乱する人の波を掻き分けてウッソは走る。

走りながらウッソは思い出す。

以前の戦闘から帰投したヤザンが、敵の新型を〝鈴の音の奴〟と言っていたのだ。

 

(ひょっとしたら、ヤザンさんも聞いたのかもしれない…!もし、同じ奴が来てるのなら…!)

 

きっとこの爆発は事故なんかではない。

ウッソは、ここに至って今回の騒動を敵襲と確信し始めていた。

 

「ここだ、ここを曲がれば…格納庫が……――あぁっ!?」

 

息せき切って駆けてきて、ウッソは目的地に到着した。

しかし、そこで見たのはまさに惨状である。

 

「か、格納庫が!う…く、空気が、漏れているの!?そんな規模で基地が壊れるだなんて…!」

 

びゅうびゅうと施設内の空気が流れていく。

慌ててウッソはヘルメットをかぶりバイザーを上げて、素早く周囲を確認。

整備士達が大慌てで損傷した壁にトリモチガンを吹き付け、火と空気漏れを防ぐ為の緊急シャッターを順次降ろしていく。

陣頭指揮をとるストライカーを見てウッソは幾分、心を落ち着かせた。

 

「ストライカーさん、何事なんです!」

 

「敵襲だ!分かるだろう!ホラズムのEブロックが吹き飛んだらしい!隔壁は直に閉める!取り敢えず格納庫が半壊程度で済んで御の字だな」

 

「半壊って…!MSが半分くらい瓦礫に埋まってますよ!?」

 

「だから半壊なんだろう!いいからついて来い!V2二番機は無事だ!」

 

瓦礫と衝撃によって歪んだ整備クレーン。

倒れたガンイージ。そして、マイナーチェンジのガンブラスター。

引火してしまっているMSパーツ。

整備班が必死に消火作業に追われている。

ライフルやキャノンのEパックに引火すれば中のメガ粒子がとんでもない惨事を引き起こすかもしれない事は、宇宙世紀の者なら子供でも分かる。

クッフもロメロ爺さんも走り回っている事から、どうやら整備兵スタッフの多くは無事らしい。

 

「ストライカーさん、ヤザン隊長のV2一番機は…!」

 

「ありゃあダメだ!隊長の一番機は大きなのが直撃しちまった!!」

 

MSの装甲は敵からの攻撃に耐えられように…少なくともそれを目指して作られている。

中には装甲を限界まで落として軽量化を目指すMSもあるが、V2はフレームから外部装甲に至るまで手間と金を賭けてあり、まさに新世代の万能機を標榜している名機だ。

敵との格闘戦も想定内だし、宇宙での高速戦闘をこなすのだから様々な方向からの無茶な衝撃にも耐えられるよう作られている。

だが、それでも巨大な質量が一点に負荷をかけてくれば装甲は凹むし、フレームは歪む。

特に起動状態にないMSは、コンピューターが衝撃負荷を受け流す、いわゆる受け身動作をとってはくれない。

もろに衝撃が機体にかかってしまう。

それがこの結果を招いた。

鋭く大きな瓦礫がヤザン機にのしかかり、見ただけで分かる程に胴体もウィングバインダーも歪ませていた。

ウッソの顔が曇るが、それ以上に今は気になる事がある。V2一番機に乗るべき人の安否だ。MSは直せばいいが、人は簡単にはいかない。

 

「…そ、それで母さんや隊長は!」

 

「隊長ともミューラ工場長とも連絡がつかない!シュラク隊ともだ!まさか崩落に巻き込まれて全滅なんて想像もしたくないが…きっと連絡通路が潰れただけだと祈っててくれ」

 

よりにもよってヤザンその人と、多くのエースパイロットと音信不通に陥っている。

 

「そんな!」

 

「今はそれよりもお前だ、ウッソ!とにかく宇宙そらに上がってくれ!スタッフの中には赤いメガ粒子を見たってやつもいる。だとしたら、きっとバグレをやった奴らかもしれん!」

 

歪んだ顔で臍を噛んでいたストライカーは直様ウッソの背を強めに叩く。

そしてウッソもすぐに思考を切り替えた。

 

(…そうだ、僕が…僕が今やらなければいけないんだ!ヤザンさん達が出られるまで、僕がせめて時間を稼がないと!じゃないと、シャクティが…母さんが危ない!)

「分かりました!V2を出します!」

 

「おう!頼んだ!」

 

「任せたぜ、ウッソぉ!」

 

「やってみますクッフさん!」

 

他の整備士達からも声がかかる。

今すぐに出られるのはウッソだけで、しかもウッソはヤザン肝いりのスペシャルなのだから皆の期待値も高い。

普通、ティーンズの少年がこうも期待を一身に受けては萎縮か、或いは調子に乗りそうなものだがウッソにはどちらも無い。

あるのは、ただ皆を守りたいという思いと、そしてヤザンの教え子の一人として先生ヤザン不在時に醜態を晒した等と思われたくないからだ。

 

「今やらないと、帰ったらヤザンさんに怒られちゃうもんね…。僕が…やるんだ!」

 

一目散にウッソは走る。

母のMSへ。

V2二番機。奇跡的に小さい瓦礫がぶつかるだけで済み、状態はほぼ万全だ。

 

「ウッソー!MSを瓦礫から掘り出すのはこっちでやっておく!お前はさっさと出てくれ!」

 

クッフが叫び、出撃ハッチを開放。

ウッソは起動させたV2でサムズアップを作り、軽快にMSの足を動かした。

モニターの端で、走り回る皆を観つつ巧みに避けて歩く。

 

「ウッソ・エヴィン、でます!」

 

「どうぞ!」

 

クッフのGOサインが出、そして後に続く仲間達の為に最低限の瓦礫を蹴ってどかし、ギリギリ開いたといった感のある歪んだハッチをこじ開け、動かない昇降機を尻目にブースターで昇っていく。

その間も基地を振動と爆発が襲う。

 

「頼む…!頼むよ…、まだ当たらないで!きっとまだ、敵は正確な位置は分かっていないんだ!だから、まだ気づかないで!」

 

祈るようにV2を上昇させていく。

ミノフスキー・ドライブの、静かながら凄まじき加速。

これならば昇降機下にブースターの熱と衝撃が行ってしまうのを気にすること無く機体を全開の速度にできた。

リガ・シャッコーやガンブラスター達には出来ない芸当である。

ぐんぐんと上昇していくV2の望遠モニターに、未だ開かぬ地上開閉ハッチが映りV2のコンピューターが警報を鳴らす。

 

「っ!ゲートが開いてないの!?く…すみません、皆さんの基地、壊します!」

 

ウッソの判断は早い。

即座にビームライフルを構え、そして的確な連射で重装甲のゲートを撃ち抜いた。

宇宙そらはもう目の前だ。

 

 

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

 

 

月面から幾筋のピンクのメガ粒子が鮮やかに飛び出し、そしてそれに続いてV2の青白いブースター光が暗闇空に糸を引いた。

ウッソはマシーンが索敵をするより早く、己の目と感性で敵を探し始めている。

そして直ぐに眼下に広がる月面都市の異様に気が付いた。

 

「あ、あぁ!!?街が!セント・ジョセフが…燃えている!!」

 

岸壁に覆われていたセント・ジョセフに幾つもの大穴が空き、そして強固なガラスドームの内側では急速に減りつつあるだろう酸素が燃え盛るビル郡に薪を焚べている。

大穴からは今も建物、車、動植物、それらの残骸、そして人、人、人…それらが猛烈な勢いで外へと吸い出されていた。

 

「あんな大穴…!セント・ジョセフの人達が皆、皆死んでしまう!」

 

ウッソはとっさにセント・ジョセフへ救助に向かいたい衝動に駆られるが、だが、ウッソに植え付けられつつ後天的な本能がそれを止める。

それは戦士の本能であった。

ヤザンに仕込まれたそれが、ウッソをセント・ジョセフに向かわせない。

そして、その事が結果的にウッソを助けるのだ。

 

「敵はいない…側にいないってこと!?やっぱり、超遠距離からの攻撃――っ、光!?」

 

赤い光。

血のようにドス黒く紅い光点がウッソには見えた。

セント・ジョセフとホラズムのクレーターの中間地点へ向かって真っ直ぐに突き進む超高速の紅い矢。

矢が突き刺さる。

そして猛烈な爆発が巻き起こり、セント・ジョセフとホラズムを繋ぐ地下道が消し飛んだ。

 

「~~っ!!や、やっぱり…超遠距離からのビーム狙撃!街ごとホラズムを狙っているんだ!」

 

――リィン

 

――リィン…リィン、リィ、リィ…

 

「またっ!?狙撃が来る!!」

 

鈴の音が響いた。紅い矢が、暗黒の空を引き裂いて月の大地を穿つ。

その一射はセント・ジョセフに吸い込まれた。

岸壁を貫き、強化ガラスドームを溶かし、都市の各ブロックの封鎖を始めていた大型隔壁を融解させ、都市の中心部で大爆発を起こし紅蓮の業火を撒き散らす。

セント・ジョセフは地獄になっていた。

炎に満ちて、次々に引火し誘爆し、あらゆる外壁が壊されていき、真空の只中に一つの月面都市が丸ごと投げ出されようとしている。

 

「なんで!なんでそんな事するんだよ!関係ない人達を!!なんでそんないっぱい殺すんだ!!!」

 

ウッソは叫び、V2のフットペダルを踏み込んだ。

V2のミノフスキー・ドライブが、パイロットの少年に呼応するように呼気を吐き出し、Vの字のバインダーから余剰エネルギーを放出する。

旧来のMSには到底真似できないノーモーションからの超加速で、未知の狙撃主へ一気に迫ろうとするのだった。

だが、そう簡単には何事もいかないのは世の常だ。

ウッソを迎え撃とうという紅い矢がV2へと狙いを定め迫る。

 

「そうだ…僕を狙え!もうセント・ジョセフにも、ホラズムにも撃たせない!」

 

ウッソの拡大する意識が、砲撃モーションをとる未知のMSを幻視させた。

〝皿〟に座する紫紺の大型MSが、斬首刀のように禍々しい巨大な砲をV2へと向ける。

 

――リィン

 

「鈴の重圧…っ!来る!」

 

その瞬間ウッソはV2を遥かに上昇させれば、一瞬前までV2があった空間を紅い奔流が駆け抜けた。

その技はまさにスペシャルにしか、ニュータイプにしか出来ない芸当だ。

鈴の音を聞くと同時にウッソは殺気を肌に感じていた。

ウッソは恐ろしきスペシャルの少年だが、それでもやはり敵もまた恐ろしい物の怪であった。

 

「えっ!?」

 

避けた先に、息つく暇もなく禍々しき紅い光が迫っていた。

 

(…!!避けた先に、もう撃っていたの!?――っ、直撃する!!どうする、どうするんだウッソ!)

ウッソの生来の機転とニュータイプ的なパイロット適正、そしてヤザンに仕込まれた獣の生存本能が少年の指を自動オートで動かす。

 

V2が超高速で飛びながらクルリと回転するといきなり背を敵に向けた。

普通ならば有り得ない行為であり、自殺行為そのものだがV2の機構とウッソのセンスが融合した時、それはV2ガンダムの最強の〝技〟となる。

 

(余剰エネルギーをメガ粒子にして垂れ流すなら、これが出来るはずだ!)

「光の翼よ!!」

 

ミノフスキー・ドライブを高出力で使用する時、背部ウィングバインダーからは推進力に変換しきれなかった余剰エネルギーがメガ粒子となって放出される。

本来の目的からすれば欠陥でしかないその現象を、ウッソは見事に自分の武器へと変えた。

 

V2の背から溢れた莫大なメガ粒子の光が、寸前まで迫っていた邪悪な紅い矢を弾いた。

光り輝く翼が、ドス黒き紅い光を裂き、散らす様は異様な程に美しい。

光る翼を広げたV2を止めることは紅い矢でも出来はしない。

 

「ハァ…!ハァ…!…なんて敵だ…V2のセンサーが全く届かない、見えない所から…こうまで正確に撃ってくるなんて…、けど…このまま…!」

 

先程幻視した〝皿の上のトンガリ頭〟の、異様に長い砲身を抱えた姿を思えば接近戦は明らかに苦手にしているはずだ。

あんな長物は取り回しは最悪に違いない。

古今、そういう相手への対策など決まっている。接近戦だ。

 

――このまま一気に詰める

 

それがウッソのシンプル極まりない作戦だった。

ウッソの頬を嫌な汗が伝い落ちていく。

ウッソをもってしてもそれは至難であり、薄氷を踏む思いの連続だ。

紅い矢がまた来る。

だが、それをウッソは避け、そしてフェイントのように先読みで撃たれていた二射目、三射目も、やはりウッソは光の翼で凌いでみせれば、どうやらトンガリ頭のMSはV2を撃ち落とすのを諦めたようだ。

もはや紅いビームはV2を狙わず、セント・ジョセフとその周辺のクレーター郡を狙うことを再開してしまった。

 

「しまった…!敵の狙いが僕じゃなくなった!?だけど……っ、見えた!」

 

ウッソのニュータイプ的な視野ではなく、己の目とV2のモニターアイがとうとうソイツを捉えた。

まさに幻視した通りの異形。

アビゴルの意匠とやや似たトンガリ頭。

ザンスカール特有の猫目。

大皿の上にどっしりと立つ大型のMSは、そのパープル色の配色さえ禍々しい。

 

紫紺のMSが猫目を開き、真っ赤な目でチラリとV2を見やるがそれも一瞬。

すぐにそいつは手にする大型のキャノンを遥か彼方…セント・ジョセフ方面へと構え直した。

 

「やめろぉぉ!!」

 

阻止せんとV2がビームライフルを連射する。

だがそのビームは敵に当たる直前に霧散して掻き消えてしまった。

 

「バリア!?なら…!」

 

サブスラスターも全開にV2は皿の上のマシーンへと迫り、そして抜刀して斬りかかろうとしたまさにそのタイミングで、V2の直下から巨大なモノが高速で迫り上がってくる。

 

「なに!?下なの!?」

 

巨大質量がV2を圧潰せんとしたが、ウッソの反射神経がその速度を上回った。

ウッソの驚異的な反射神経と先読みに付いてくるV2の追従性があったからこその回避である。

そして今度は横から。

 

「っ!また!?」

 

横から猛烈な勢いで〝尻尾〟が薙いでき、またもウッソはそれを避けきった。

そして尚も皿の上のMSへと迫り、そして斬りかかる。

紫紺のMSの半月状の肩部にビームサーベルがしっかりと食い込んだ…かのように見えた。だが…。

 

「弾かれたの!?」

 

光るリングを湛え始めた半月状の肩がビームサーベルを弾いていた。

そしてメガ粒子を通して触れ合った2機のMSは、互いにその声を聞く。

 

「ふふ…やるじゃないか!」

 

「お姉さんの声!?女の人が戦っているの!?」

 

「ヤザン・ゲーブルじゃないのは残念だが…ずいぶん若い声だねぇ、坊や。

いいさ、あいつが来るまではお前で遊んであげるよぉ坊や!!」

 

「な、なんなんだこの人は!」

 

ウッソはトンガリ頭の肩の光に危機を感じ、そしてV2に身を引かせた。

それは正しい判断だ。

次の瞬間には、光った半月から溢れた粒子は破壊エネルギーになって、散弾のようにV2を襲う。

 

「そんな所からビームがでるのか…!」

 

これにはたまらず、流石のウッソも距離をとるしかない。

だが眼前のMS相手に距離を取るのは悪手だとは理解しているウッソは、何とかしてこの距離を維持したい。

しかしそれも叶わない事である。

V2のセンサーが背後と上、双方から迫る大きな熱源を捉えていた。

 

ターコイズブルーの龍のようなマシーン。

オレンジ色の龍のようなマシーン。

その2機がV2を襲う。

 

「さっきのやつ…邪魔をするというならぁ!!」

 

「どこを見ているのさ坊や!」

 

「ぐぅ!?」

 

ドラゴンのように長い尾をなびかせる大型MAにビームライフルを向けた瞬間、下に回り込んでいたトンガリ頭が胸部ミサイルを猛射。

V2はそれをスレスレで避ける。

だが、避けた方向は奇しくも2機のMA、そしてトンガリ頭のトライアングルの中心点。

 

「誘い込まれた!?」

 

奇しくも、ではない。それはトンガリ頭の誘導であった。

 

「ハハハハッ!そらそら…!逃げ回ってご覧、坊や!」

 

「っ、うぅ!!?つ、強い…!」

 

長大な尾に無数のビームキャノンを搭載した2機のドラゴンの猛烈な射撃。

如意宝珠型ビーム砲と呼ばれるそれを10基、テールビームカノン2基、そして腕部ビームガンが2基。

ハリネズミが如くのビームキャノンだらけで、しかも長い尾をしならせて射角を一点に向けることすら出来る。

 

まさにビームの嵐だ。

しかしウッソはそれをビームシールド、光の翼、そしてビームサーベルまでも使って辛うじてだが防ぐ。

トンガリ頭…ザンネックを操るファラ・グリフォンは不気味且つ妖艶に笑いながら、凌いでみせた少年を褒め称えた。

 

「ドッゴーラと私の包囲網を……フフフ、やるじゃないか、坊や…!

でも、こっちもそうそうお前と遊んであげられない。

やれ、ゲンガオゾ!!!」

 

「っ!!?」

 

ビームの嵐を切り抜けた先…そこにはかつてファラが搭乗し、ヤザンを苦しめた悪鬼雷神が待ち受けていた。

驚愕するウッソに、三つ目の雷神はこれ見よがしにイカヅチをバラ撒いて迫るのだった。

 

「あはははは、はは!!その声、あの時の子なんだろう!?やっぱり私の所に帰ってきてくれた!!

待っていたよ、私の赤ちゃん!!さぁ私のお腹に帰っておいで!!!」

 

ゲンガオゾをファラより貰い受けたルペ・シノ。

過度な強化を短期間で受けた彼女は、もはやその心は壊れてしまっている。

だが、そのお陰でルペ・シノはゲンガオゾを使いこなせる。

ファラ程ではないとしても、ゲンガオゾの完成度が高まり、またサイコミュもルペ・シノの脳波パターンサンプリングに調整されているから、その強さは驚異的なのは変わらない。

 

「う、くぅ…こんなことでは!!」

 

V2の肩をゲンガオゾの雷が掠める。

しかしウッソはV2を巧みに捻らせて、またビームシールドとサーベルでビームを切り払うというとんでもない芸当をやってのけ、しかもライフルでドッゴーラへ反撃すら叩き込んでいる。

それは正しく、ルペ・シノとファラが眼を見張る程の神業と呼べた。

 

「あっははははは!私の赤ちゃん!!やっぱりこんな素敵な子が私の赤ん坊なんだろう!?ねぇファラ・グリフォン!」

 

「ふ、ふふ、フフフフ…そうだよルペ・シノ。お前の坊やだ…私が獲ったりはしないから安心おしよ…」

 

まさに古代神代の鬼子母神の顕現である。ウッソは冷や汗を背中いっぱいにかきながら、ひたすらに猛攻を凌ぐ。凌ぎ続ける。

だが蒼き小鳥の反抗的な態度は、2機の邪鬼を酷く怒らせたか、或いは喜ばせた。

ザンネックとゲンガオゾの複合マルチセンサーがカッと開いて、血のように赤い眼でV2を見つめる。

その発光は合図だったのか、ほぼ同時に上下から巨大な龍が殺到した。

 

「っ、またこの尻尾付き!?この連携…この人達、厄介だ…!――ぐぅぅぅぅ!?」

 

ビームは全て間一髪で避けているウッソも凄まじいが、それでも龍の尻尾――ドッゴーラのテイル・アタックがとうとうV2を捉える。

激しく機体が揺れた。

 

「わはははは!強化人間共の仕上がりは上々…ふん!リガ・ミリティアの新型め、俺の敵ではないわ!」

 

ドッゴーラ1号機のパイロット、ブロッホは勝ち誇ったように厳しくニタつき、そして2号機のパイロット、アルベオ・ピピニーデンは黙したままに肩で笑う。

 

「あっはっはっはっはっ!さぁ母さんのお腹の中に帰ってこぉい!!」

 

そして捻じれに捻れた愛でもって迫るルペ・シノのゲンガオゾは、2機のドッゴーラを率いて濃密なビーム弾幕をV2へ見舞う。

猛攻に次ぐ猛攻であり連撃。ウッソの凌ぎもジリ貧のように見えた。

 

「ま、まだまだぁ!」

 

それでも掠る程度にしか被弾しないウッソもまたバケモノであり、敵から見れば白い悪魔の再来そのものだ。

しかしそれでもウッソは決定的勝機を掴めないでいる。

実を言えば先程から龍のようなMAに対しては、何度かの必殺の間合いを掴んでいた。

だが、その度に狙いすましたかのようにファラ・グリフォンが小出しにしてくる肩部ビームの連射が妨害するのだ。

 

「ふふふふ…!」

 

しかも気付けばザンネックはまたも遥か遠くへと逃れ、そして再び恐ろしきザンネック・キャノンで狙いすませば、ウッソに悪寒が走る。

それは己へ向けられた殺気ではない。

 

「ッ!やめろー!!」

 

「見えた見えた…坊やが飛び出してきた気配を辿れば…そぅら、そこにいる。

ご覧よ、坊や…坊やを助けようと巣穴から飛び出してくる命の光…」

 

――ブゥゥゥン

 

不気味な収束音がザンネックの両肩に光輪を戴かせ、光輪は不気味な輝きを血が脈動するかのようにザンネック・キャノンへと送り込んだ。

さながら、それはカイラスギリーのミニチュアである。

宇宙に憎悪を撒き散らす、カイラスギリーの怪刃の直系こそがこのザンネックなのだ。

 

叫びながらウッソはそれを阻止せんとミノフスキー・ドライブを更に高めたが、だが、それは龍を従えた雷神が許さない。

 

「邪魔をっ、するなーー!!!」

 

「あんたは私だけを見ていればいいんだよぉ!」

 

ルペ・シノの叫びに呼応するかのように、ドッゴーラがまるで〝雲〟を吐き出してV2の視界を遮っていく。

二匹の巨大な龍が雲海を泳ぎ、それを睥睨するかのように雷鼓を背負う雷神。幻想世界から飛び出してきたようなバケモノが、ザンネックへの道を閉ざしてしまう。

 

「雲!?こんなものぉ!虚仮威しなんかにー!」

 

ウッソは苛立ちながら雲をライフルで撃ち抜く。しかしそれは唯の目眩ましではない。

メガ粒子を湛えた爆発性の〝雷雲〟であり、大型のダミーバルーンなのだ。

 

「っっ!!爆発!?でも――!」

 

だがウッソはその大爆発の中へと身を躍らせる。光の翼とシールドで自分を包む即席バリアを作って真っ直ぐに雷雲を突き進む。

その様はまるで黒く雷雲を独り飛ぶ光の鳥だ。

光の鳥は、2匹の邪龍に真っ直ぐな光の矢となって立ち向かう。

 

「…っ、抜けた!これでさっきのやつを――」

 

雷雲を抜け、蓮華座に居座る悪鬼を討たんとする。

だが、少年の熱き思いはそこで閉ざされるのだ。

雷神が再び、少年の道を閉ざした。

 

「あは!あはははは!私のぉぉぉぉ、赤ちゃぁぁぁん!」

 

「しまった!?」

 

ザンネックを止めたい一心がウッソの視野を狭めたのか。ゲンガオゾのビームメイスが、真上からV2へと突き刺さる。

V2のシールドとゲンガオゾのメイス…双方のメガ粒子の反発が起き、激しくスパークした。

そして、そこへ間髪入れずゲンガオゾは直近からマルチプルビームランチャーをフルパワーで撃ちまくれば、V2のシールド発生装置は悲鳴を上げた。

だがウッソは迷うことなく即座にV2を回転させると、光の翼でゲンガオゾのビームの嵐を弾・き・、そして高速回転でも己の位置も敵の位置も寸分違う事なく、そのスピードを殺さぬままに鋭く蹴・っ・た・。

 

「なぁ!?私のっ!赤ん坊がぁ!私の夢がなぜそうも私の手を振り払うっ!!こうも母が手を差し伸べているのだぞ!なぜっ!!!」

 

「僕はあなたの夢にはなれませんよ!!僕は誰の道具でもない!お母さんをやりたいなら、自分で子供を生んでそれでやってくださいよ!!!」

 

「あんたはぁ!私のだと言っているだろぉぉぉぉ!!!」

 

仰け反ったゲンガオゾが、驚くべき速さで状態を立て直す。

それは執念だ。

怨念がゲンガオゾを包み込み、まさに怪物へと変じさせているのがウッソには視える。

 

(…!だ、だめだ!やすやすと突破はできない!あのトンガリ頭を止めるのが、間に合わない!!)

 

ウッソの脳裏に恐ろしき未来のヴィジョンが映る。

想像もしたくないヴィジョン。

燃え盛るホラズム。

爆発と業火の中で消し飛んでいく、シャクティ、母。

友人達、仲間達。

そして恩師たる男。

 

ウッソが歯ぎしりをした、その時だった。

それは起きた。

 

「っ!ルペ・シノ!避けろ!!!」

 

ファラ・グリフォンは心眼の中で遠くホラズムの命を視ていたが、その中から恐ろしく速く、そして力強い命がケダモノの姿となって駆けるのを視たのだ。

そしてそいつは有り得ない速度で…まるで、眼前でゲンガオゾに組み伏せられている恐ろしく速い新型に劣らぬ速さでコチラへと駆けてきた。

ホラズムとV2の双方を注視していたからこそ、ファラ・グリフォンは味方への忠告はワンテンポ遅れてしまったが、それでも間に合うはずだった。

 

「避ける!?」

 

だがルペ・シノの脳にファラの言葉がサイコミュを通して響いた時、ルペ・シノは不愉快そうに叫んだ。

 

「何を避ける!私はもう、この子を取・り・戻・す・寸前なんだ!!

邪魔をするでないよファラ・グリフォン!!

ここで、あんたを私を腹の中へェェェェェェ!!!ッ!?な――――っ!!!!」

 

ルペ・シノが猛然とビームメイスをV2へ向けた時、ルペ・シノはこの世から消滅していた。

ルペ・シノは己に何が起きたのか、理解すら出来なかったろう。

ファラからの忠告を正しく理解するだけの理性が彼女に残っていなかったのは不幸だった。

「あっ」とウッソが呟く。

少年の悲壮に満ちていた顔が、年相応に綻んだ。

 

「よぉ、ウッソ。一人で良く持ちこたえたな。褒めてやるぜ!」

 

「ヤザンさん!!!」

 

ゲンガオゾのコクピットをビームで貫いた、もう1機のV2。

ウッソが最も頼りに思う男がそこにはいた。

 

 
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