| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

『外伝:青』崩壊した世界に来たけど僕はここでもお栄ちゃんにいじめられる

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

妹のため、弟が兄に反撃する話

 
前書き
はい、続きです。 

 
「さぁて、まずはお仕置きだ。」

気付けば、やつの手には釘バット。

「まずはてめぇのせいで大学受験に落ちた分!!」
「!!」

無防備な顔面にフルスイングの一撃。
単純な打撃力よりも釘によるダメージで顔の損傷が激しいものになる。

「次に俺様に恥かかせた分!!」

無茶苦茶に、乱暴に、
とにかく奴は釘バットで僕を殴り続けた。
手足を失いただもがくことしかできない僕、
何かをしようとする僕を殴りつける度に、やつの醜い顔は笑顔で歪み、さらに醜くなる。

「へへ…どうだ?ご自慢のお顔が不細工そのものじゃねぇか?もうこれでフォーリナーにはモテねぇなぁ?」
「…ひゅー…ひゅー…。」
「もう虫の息ってか?まだ早いんだ、よッ!!」

渾身の力で思い切り殴り飛ばされ、無残にも僕はゴロゴロと転がっていく。

「さて、顔がめちゃくちゃになってもまだやることはあるぞ?」

そうして歩み寄る奴の手には、釘バットではなくノコギリが握られていた。


「顔がダメでもご自慢の〝ソレ〟があっちゃ、フォーリナーのクソマンコ共が寄り付くだろ?」
「…!」

鈍る意識の中、嫌な予感がした。

「女になりてぇんだろ?じゃあしてやるよ。」

着物をまくり上げ、下着を引きちぎり露になる僕のソレ。
情けないくらい小さいコイツのものよりずっと大きいから、多分嫉妬しているんだ。

「やめてください!!!」

そうしてされるがままにされていると、ゴッホちゃんが叫ぶ。

「あ?」
「お、おにい…舞様はもう充分苦しみました!!もう必要以上に痛めつける必要なんてありま…」
「令呪をもって命ずる。『黙れ』。」

何か紡ごうとした口は、令呪によって永遠に閉じられた。

「…!!……!」
「何同情してんだ?教えただろ?こいつは何騎ものフォーリナーを侍らせ、奴隷みたいにこき使ってる極悪非道のクソ野郎ってな。」

何かを叫ぼうとしているゴッホちゃん。
なんて言おうとしているのかは分かる。
何騎ものサーヴァントを侍らせ、奴隷のようにこき使っているお前が言えたことかと。

「あとそうだな、『そこを動くな』。こいつの罰が済んだ後はお前も同じ目に合わせてやる。お兄さんと同じことをさせる俺様ってほんっと優しいよなぁ!!」

最後に同意を求めるかのごとくそう言うが、
ゴッホちゃんはただ

「……。」
「おい…なんだその目は。」

無言で自分のマスターを睨み付けた。

「言いたいことがあんなら、言ってみろよ!!」

そういい、令呪で命じて動くことも話すことも出来ないゴッホちゃんの顎を思い切り蹴り上げる。
力無く倒れる彼女。
やめろと叫びたいが、生憎もう口元がグチャグチャになり喉もめちゃくちゃ、かすれた声しか出せない。

「まぁ感謝しろよ。てめぇは殺さずこのまま持ち帰ってストレス解消用の玩具になってもらう。俺様の糞尿だけ摂取させて、兄妹仲良く生かさず殺さずゴミみてぇに扱ってやるからよぉ!!」

そう言ってやつはにんまりと笑う。
それから懐から何か水晶のようなもの見せびらかしてきた。

「こいつはドリーム・クリスタライザー。夢で触れたものを現実に持ち帰れるっていうスグレモノだ。」

そうか。
つまりここで僕を捕まえ、財団本部まで連れていくってことだろう。

「でもその前に…夢は夢で楽しまなくっちゃあなぁ!!」

踏みつけられ、ノコギリを陰茎にあてがわれる。
そうして奴は戸惑うことなく、思い切り引いた。

「ーーーーーー!!!!!」

絶叫。
潰れた喉からはまともな声は出せない。
声を出せば激痛が走る。
だけど僕は陰茎を切れ味の悪いノコギリで切断されるという想像以上の痛みを誤魔化すために、叫ぶしか無かった。


「ぶっはははははははは!!!いてぇか?いてぇだろ!?でも俺様がお前から受けた心の傷は、こんなもんじゃねぇんだよ!!!」

今度は薬瓶。貼られたラベルに記された文字は『sulfuric acid』…硫酸だ。

「オラ!オラオラオラ!!俺様は医者だからよ!化膿しねぇよう消毒してやるよ!!」

顔に、腹部に、下半身に、
やつは満遍なくかけていく。
さも楽しそうに、子供が虫を踏みつぶすように。

痛みに痛みが重なり、僕自身は何がどうなっているのか分からない。
しかし、

「これで死ねる。なんて思ったか?」

奴がパチンと指を鳴らす。
すると痛みは消え、驚くことに手足が元に戻っている。

が、

「…!……!!」

目が見えない。息ができない。
両手で自分の顔に触れてみると、そこには〝なにもなかった〟のだ。

「荒地みてぇなブッサイクな顔だったからよ。更地にしてやったよ。なんか言うことあんだろ?え?」

奴がなにか喋っている。
だが、場所が分からない。
脳に酸素が不足し、思考が回らなくなりパニックに陥る。

「言えっつってんだろ!!ありがとうございますってよぉ!!!!」

突然、背中から衝撃。
どうやら蹴られたらしい

「さぁて、次はどうしてやろうかなぁ〜?1度や2度殺したくらいじゃ、俺様の恨みは晴れねぇからな?」

そうして、倒れた僕の顔にグリグリと足を押し付ける奴
だが、

「…気が変わった。あれにしよう。」

やつがそう言うと、真っ暗だった目の前が明るくなる。
息もできる。
顔に触れてみれば、そこには確かに目や鼻、口などのパーツが戻っていた。
けど何かがおかしい。
身体が重い、顔もなにか変な感じがする。
まるで…自分の身体じゃないみたいな…。

「自分の身体じゃねぇ、そう思ったか?」

そう言って倒れた僕を覗き込んで来たのは…僕?
醜い笑顔を浮かべ、こちらに手鏡を見せてくるのは紛うことなき僕だ。
そして手鏡に映っているのは…あいつ?

「…!…!!」

横ではゴッホちゃんが何も出来ずわなわなしている。
ここで、僕は理解した。

僕の身体は、『葛城 恋』になっている。
そして直ぐに僕は、何故こいつが自分と僕の外見だけを入れ替えたか、その意味を知ることになる。

「マイ!!」

聞き慣れた声。
声のした方に目を向ければ、そこにいたのはお栄ちゃんにアビー、ユゥユゥの3人だ。

「あ…ぁ…ぁぁ…っ!!」

声を出そうにも、出ない。
余計なことを話さないよう何か細工をされたらしい。
そんな僕を見てにんまり笑い、僕の姿をした奴は

「お栄ちゃん!来てくれたんだね!!」

僕の真似をする。

「あぁ、嫌な予感がしたんだが…上手くやれてたみたいじゃないか。」
「うん。何とかなったよ。」

そうしてお栄ちゃんは奴の姿をした僕を冷たい目で見下ろし、その次にゴッホちゃんを見る。

「ホー、アンタがマイの言ってた〝ごっほ〟かい?」
「そうだよ。あいつは兄さんと手を組んで、僕を殺そうとしてきたんだ!!」

僕とゴッホちゃんが何も言えないのをいい事に、あいつは好き勝手に話し出し嘘を吹き込んでいく。

「まぁいい。さて…まずはマイの夢に土足で踏み込んだんだ。」

お栄ちゃんは僕の方に向き直る。
後ろにはアビーとユゥユゥが汚いものでも見るような目で見ている。

「この人が…マイマイのお兄さん…?」
「えぇ、そうよ。兄弟ってここまで似ないこともあるの。見た目も中身もまるで正反対よ。」

まさかそんな目で見られるとは思ってなかった。
みんな騙されてる。みんながあいつだと思ってるのは、僕なんだ。
そう言いたいが、言えない。
ゴッホちゃんもそれを伝えようともがいている。
両手を使って閉じられた口をこじ開けようとするも、令呪がそれを許さない。

それを見て僕の姿に化けた奴は、

「トドメを刺すんだ。お栄ちゃん。兄さんを完膚なきまでにやっつけて!!」
「……あぁ。そうだナ。ここで終わらせちまうか。」

手には大筆。
やられる。
このままじゃ僕は…お栄ちゃんに殺される。
あいつの事だ。殺した後に正体を明かし、油断したところでお栄ちゃん、アビー、ユゥユゥを捕まえるつもりだろう。

それだけはダメだ。
あいつのものになるなんて、嫌だ。

「…!!……!!」
「おいおい悪あがきかい?相変わらず往生際が悪いじゃないか。」

身振り手振りでなんとか伝えようとするも、全く伝わらない。
そんなザマを見てお栄ちゃんは笑い、大筆を振るう。

「安心しナ、一発で仕留めてやるからヨ。」

そして、


「げぶぅ」
「!?」

僕ではなく、
振り向いて僕の姿をしたあいつを思い切り大筆でひっぱたいた。

「げばぁっ!?げほっ、がはっ!?」

渾身の力で引っぱたかれた奴は思い切り転がり、ヨタヨタと起き上がる。

「な、なん、で…?」
「なんでバレたかって?教えてやろうか?」

頬を抑えているやつの〝ガワ〟がボロボロと崩れ、奴が本当の正体を表す。
有り得ない、なぜバレた?とでも言いたげな顔をしたやつに向かって、お栄ちゃんは得意気に話し出した。

「マイはてめぇを、〝兄さん〟なんて呼ばねぇ。」
「!!」

大筆を肩に担いでお栄ちゃんは得意気に話し出す。

「物真似すんだったらもっとよく見とけ。まぁてめぇなんぞに、マイの真似なんか出来やしねぇんだけどナァ!」

歯をぎりぎりと食いしばり、奴は引っぱたかれた時に吹き飛んだメガネを拾い上げ怒りを露わにする。

「てめぇ…てめぇてめぇてめぇ!!!!ゲロマンコ風情が調子に乗りやがってぇ!!!」

奴が令呪をかざす。
合計333画の令呪はサーヴァントにとっては脅威だ。
だが、

「なーにか、勘違いしてないかい?」

お栄ちゃんはそれを止めるどころか、微動だにしない。

「な、なんだよ…?ここは俺様の世界!あのクソガイジの夢の支配権は今俺様のモンだ!ここでは俺様が王!俺様が絶対!勘違いなんて一つもな…」

『それが、勘違いなんだ。』

頭に響く声。
一体どこからと辺りを見渡すが、声の主はここにいる。

『笑いをこらえるのに必死だったよ。僕の演技にも何も気付かない。痛がるフリをしても何も怪しまない。楽しそうに僕の手のひらで踊ってるのは、とても面白かったよ。』
「お前……お前ェ!!!」

僕だ。

『以前ユゥユゥに夢の支配権を奪われたことがあったんだ。そこから反省を活かしてそう簡単に取られないようにした。お前にわざと取らせたのは、ほんの一欠片に過ぎない。』
「……。」
『黄衣の王の力もだ。ほんの小指程度の力を渡してあげたら、それだけで有頂天になってたね。器が小さいからそれだけで事足りたのかな?第一お前なんがが黄衣の王に触れ
てたらもうとっくに』
「う、うるせぇぇェェェーーーーーッッッ!!!!」

頭に響き続ける目障りな声をかき消すように叫ぶ。
そして、

「令呪を以て命ずる!!『来い』ィ!!」

令呪でゴッホちゃんを強引に引き寄せ、その細い首を締め上げる。

「…っ!」
「ごちゃごちゃうるせぇんだよクソ野郎がァ!!今すぐテメェの持ってるフォーリナーを全部俺様に寄越しやがれ!!じゃねぇとこいつの首へし折るぞ!!大事な妹なんだろぉ?へへへ…へへへへへ!!!」

下卑た笑みを浮かべながら、ゴッホちゃんの首には奴の太い指がギリギリと食い込む。

「相変わらずの卑怯者…!!」
「このままじゃマイマイが!」

アビーとユゥユゥが援護するべく動こうとする。
が、

「待て。」

お栄ちゃんが、それを止めた。

「北斎さん!?」
「こいつはマイの問題だ。約束してやろうじゃないかクソ兄貴!おれたちはここから〝一歩も動かない〟し、〝攻撃もしねぇ〟。」

お栄ちゃんの言い放った事に、2人は驚愕する。
動くなとは、攻撃すらしないとは何か。
しかしそれでいい。

これは、僕の問題。
お栄ちゃんはそれを分かってそう言ってくれた。

それに、

『言われたんだ…。』
「あ…?」
『助けてって…言われたんだ!!』

次の瞬間、分厚い雲が一気に切り開かれ、快晴の空となる。
そうだ。夢の支配権はまだ僕が持っている。

『お前からゴッホちゃんを救う。兄として妹を助ける!そう決めたんだ。』

緑が生い茂り、育ち、また一面のひまわり畑が咲き乱れる。
そして、

(ここ)なら境界線も曖昧サ。なるんだろう?」

その場に座り込み、あぐらをかいてそういうお栄ちゃん。

そう、なるんだ。
僕は彼女の為に、神性を再び取り込む。

「!!」

バキィ、と何かを突き破る音がした。
音の正体は葛城恋のガワをかぶせられ、倒れて動かなくなった僕。
もぞもぞと動き、背中がパックリと割れたのだ。

「……!」
「正気が削られていくのが分かるか?お前のようなただの人間が今の僕を見れば、まともじゃいられなくなるぞ。」

出てきたのは僕。
真っ白な肌。体の各部位に巻かれた黄色の布。
腰からは一際大きな布がたなびき、やがてそれは乾いていくと二対の大きな翅となる。

各所から伸びる黄色の布が、ペンを手に取る。
ゆっくりと上げられた顔、左側は仮面で隠し、普段前髪で隠している右側は顕となり、その黄色の目が奴を映した。


「…!」
「綺麗だろう?」

その優雅な様に何も言葉が出ないユゥユゥ。
かつてその姿になった僕を遠くから観測()てはいたらしいけど、こうして目の前にするのは初めてだった。

「あれがマイの降臨者(ふぉおりなぁ)としての姿。黄衣の王の力を完全に取り込み、我がものとしたマイの晴れ姿サ。」

羽化を完了し大きく羽ばたく。
ふわりと浮き上がり、手始めに僕は

「…!!」

やつに手をかざすと、いくつもの布が伸びていく。

「な、なんだこいつ!?痛い!!やめろぉ!!」

伸びて行った布は奴を貫き、切り裂き、血飛沫と悲鳴を上げさせる。
そしてそのまま布で絡め取り、ゴッホちゃんを奪い返した。

「…。」
「そっか、令呪のせいで喋れないんだね。」

ペンを手に取り、彼女の額をツン、と軽くつつく。
そうすると口が開き、ぜーぜーと息を吐き出した。

「あ、あぁ…舞様…。」
「必ず助けるよ。僕はキミのお兄さんだから。」

そうして彼女を地面に下ろし、お栄ちゃんにアイコンタクトを取ってゴッホちゃんを頼んだと伝える。
何も言うことなく、お栄ちゃんは頷いてくれて僕は痛みに叫ぶヤツの方へ向き直った。

「ふぅ…ふぅぅぅ…!よくも…よくも弟の分際でェ…ッ!」

のたうち回っている…かと思いきややつの怪我は既に完治していた。
ここは夢の世界…にしても、治りが早過ぎる。
ということは

「聖杯か…!!」

しなる布。
それが四方から一斉に奴へと襲いかかる。

抵抗するため令呪で何か使用するが、喉笛を布が切り裂いた。

「かひゅ」

掠れた声がし、傷口からはどくどくと血が流れ出して一緒に空気も出ていく。
酸素が逃げ出し脳に空気がいかなくなり焦る奴。
だが、それもすぐに治る。

治るのなら、

「!!」

またやればいい。
また治るのなら、また切り裂けばいい。
いくらでも治るのなら、僕はいくらでもお前を傷つけ苦しめよう。
さっき僕にしたように、
今までゴッホちゃんにしてきたように、

「…殺すのは勿体無い。そう簡単に死ねると思うなよ…!」

裂き、潰し、切り捨て、
黄色の布の攻撃はもはや嵐となって奴に襲い掛かる。
一撃一撃が肌を削り取り、五感を奪い、自由を奪う。
令呪?発動なんかさせない。
お前にはこれっぽっちの慈悲もやらない。

「うわああァ”ァ”ァ”ァ”ァ”!!!!!!!」

その再生力はお前の持っている『歪んだ聖杯』によるものだな?
なら、今だけはその再生力を呪うがいい。
死にたくても死ねず、苦しませ続ける聖杯を!
それをお前に託した、這いよる混沌を!

「…。」

そうして嵐は、ピタリと止む。

中心にいるのはそこに立ち尽くす、1人の男。
無傷ではあるが、彼はついさっきまで何百何千と殺され続けた男。
精神力も全くない、軟弱な彼の心はもう疲弊し、発狂寸前だ。

なら、

「あげるよ。」

やつの前に降り立ち、人差し指を向ける。
そして、

「黄衣の王の魔力をほんの少しだけ。それでお前の素質の無さを実感しろ。自惚れ屋。」

額を、とんと突いた。
その直後、

「う、うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!ぁああっ!?ああああああああああ!!!!!!」

奴は頭を抱えて絶叫し、のたうち回る。

「いだい…いだいいだいいだいいだいいだいぃぃぃぃ!!!」
「分かるか?これが黄衣の王の魔力だ。素質の無い者が取り込めば、正気は削れたちまち発狂し…身体が〝変貌する〟」

僕の言った通り、やつの身体は変貌を始めている。
パツパツに膨らんでいる身体は風船のようにさらに膨らみ、今着ている衣類を破くほどに肥大化する。
骨は消失し、身体はぐにゃぐにゃと不気味に歪んだ。
至る所に鱗が生え、人間としての姿からはどんどん離れていく。

「やだ…やだやだやだやだやだ!いたいのや!!わるいことしてないのに!!!ぼくやだ!!おうちかえる!!おうちかえるうううううううううう!!!!!」
「……。」

幼児退行まで引き起こすのは少し予想外だった。
ともかく、こいつに本当に黄衣の王の力を渡していればこうなっていた。
しかし、

「お、おぼえでろぉ”っ!!いづが…いづが必ずぅ…てめぇを…てめぇのゲロマンコをぉぉぉっ!!!」

ギリギリ正気を保っていた。
やつは最後の力を振り絞り、僕の夢から消えた。

「……。」


静寂。
爽やかな風が頬をくすぐり、ひまわり畑が揺れる。
そんな穏やかな沈黙を破ったのは

「舞様!!」

ゴッホちゃんだ。

「舞様!!お怪我は!!」
「ないよ。平気。」

駆け寄ってきたゴッホちゃんの頭を優しく撫で、にっこりとわらってみせる。

で、

「お前さんが、ごっほ殿でいいんだナ?」
「!」

そんな彼女に、お栄ちゃんが近付いてきた。

「貴方様が…舞様のサーヴァント…葛飾北斎様。」
「随分と不思議そうな顔してるナァ?どうやって入ってきたか気になるのかい?」

と、ゴッホちゃんはここで頷く。

「簡単サ。お前さんが結界を〝描いた〟のなら、塗り潰しておれ色に染め上げちまえばいい。」

と、自慢げに答えるお栄ちゃん。
あとから聞いた話だけど、どうやらゴッホちゃん、邪魔者が入ってこられないように僕の夢の世界に結界を張ったとのこと。
だからアビーやユゥユゥが来られなかったんだと辻褄が合う。

「塗り変えれば結界はおれのモンだ、消すも何をするもおれの自由。まぁ中々手の込んだ作品だったから、ほんの少し時間はかかっちまったけどナ。そこはさすがごっほ殿と褒めといてやる。」
「え、えへへ…。」
「って、んなこたァどうでもいい。」

大筆を手に取るお栄ちゃん。
ここで僕が咄嗟に前に出た。

「待って!」
「何でだい?そいつは敵だろう?」
「違う…ゴッホちゃんは、確かにあいつのサーヴァントだった…でも……!」
「大事な妹…かい?」

お栄ちゃんは口元をにっとさせているけど、目は笑ってない。
怒っている。
もちろんゴッホちゃんのこともだろうけど、妹だからという免罪符でゴッホちゃんを許そうとしている僕の事を。

「確かにそいつのせいでマイはほんの少しばかり危険な目にあった。」
「そう…だけど。」
「悪いのはあのクソ兄貴であって、そこのごっほ殿はなーんにも悪くねぇ、そう言いたいのかい?」
「い、いえ!」

そうしていると、ゴッホちゃんが、僕とお栄ちゃんの間に割り込んできた。

「悪いのは…ゴッホです。マスター様からは捨てられちゃいましたけど、全ての原因はゴッホにあります!舞様を責めないでください。」
「……。」
「償いは…しますから。」

そう言われるとお栄ちゃんは持っていた大筆を下ろす。
償いとは何か?
気になった僕は聞こうとするが

「あいつはまた来ます。ゴッホが舞様の夢に通い続けた痕跡を辿って。今度は対策を練って万全の状態で来るかもしれません。だから…」

それから躊躇うような素振りを見せて、ゴッホちゃんは言った。


「二度とここに来られないよう、あいつが二度と夢を見れないよう、やつの夢の世界をゴッホがめちゃくちゃにします。」

何か意を決したように言ったその言葉。
僕はゴッホちゃんのその様子が気になり、思わず聞き返す。

「それは…戻るってこと?」
「はい。マスター様の元へ戻り、あいつの夢を全て塗りつぶすのです。それこそ、ゴッホの全てを使い切ってでも。」
「…!!」

全てを使い切る、とは…
まさか…

「死ぬ覚悟の上、ってことかい?」

お栄ちゃんの出した答えに、ゴッホちゃんは無言で頷く。

「めちゃくちゃにする…まぁややこしく言わず自爆特攻と言った方が早いかもしれません。これが、ゴッホなりの償いです。」
「だめだよ!!」

自爆特攻
それを聞いて頭で考えるよりも身体が動いた。
彼女の手を握り、僕は怒る。

「ま、舞様…。」
「自爆特攻!?そんなの許さない!ゴッホちゃんは折角自由になれたのにどうしてそんなことしようって言うの!?」

葛城恋によって生み出され、一切の自由もなくゴミのように使い潰され、そして捨てられたゴッホちゃん。
せっかく得た自由を少しも謳歌することなく、死にに行くなんて…、

「許さない…僕は、絶対に。」

助けてって、言ったのに…。

「そうだよ!ここにいるみんなで行こう!僕も、お栄ちゃんやアビーもユゥユゥも一緒にいればみんなで生きて帰ってこれる!そうだよねお栄ちゃん!!」
「……。」
「舞様…。」

みんなで行けばいい。
みんなであいつの夢の世界を塗り潰そう。
そうやって案を出したけれど、ゴッホちゃんの答えは首を横に振ることだった。

「それは…出来ないのです。彼の夢の世界は、言わば彼の領域、踏み込めば霊基はたちまち汚染され、5分とかからず彼の奴隷となります。」
「…え?」
「唯一影響を受けないのは、歪んだ聖杯から生まれ、彼のサーヴァントであるこのわたし、ゴッホのみなのです。」
「…。」

じゃあ、みんな行けないってこと?

「舞様が彼の夢の世界に行くことなどそれこそ自爆に等しいです。あの方は舞様を捕らえることにとても躍起になっていましたから、夢の世界に入り次第即認知され、全力で捕えられることでしょう。」

じゃあ僕だけでも…!
そう言おうとした時ゴッホちゃんはまるでそれを見透かしたみたいに、僕が行けばどうなるかを説明した。

「さみしくありません。悲しくも、怖くもありません。舞様の為と思えば、いくらでも勇気が出ます。それに、見てください。」

そうしてゴッホちゃんは、姿を変える。
真っ白な姿。ふわふわ浮いてクラゲのようで、両手は向日葵の花束を持っているみたいなまるで異形の姿に。

「ゴッホの身体は元々、あいつのマスターとしての素質があまりにもないせいで霊基再臨なと出来ないはずでした。いわば、Lv1で上限でもう上がらないと言いましょうか。
ですがこうして、舞様が霊基を描き替えてくれたおかげでこの姿へと変わることが出来たのです。」
「……。」
「最初に会ったばかりの頃、言ってくれましたね。『きっとすごいサーヴァントなんだよ』って。」
「…!」

そうしてゴッホちゃんは、ふわりと宙に浮く。

「その意味がようやく理解出来ました。きっとゴッホは、この為に生まれたのだと。舞様が後押ししてくれたおかげで、ゴッホはこうして逝けます。」
「違う!違うよ!!そんな意味で言ったんじゃない!!」

ゴッホちゃんを止めるべく、僕も浮いて後を追おうとする。
しかし、

「だめだよマイマイ!!」
「舞さん!!」
「!!」

ぐん、と引っ張られて戻される。
後ろを見ればそこには布を引っ張るユゥユゥとアビーが。

「離して!!じゃないとゴッホちゃんが!!」
「これは舞さんが解決できる問題じゃないの!あのゴッホさんにしか出来ない事なの!!」
「ゴッホちゃんがやらなかったら、またこっちにお兄さんが来る。今回はなんとかなったけど次はわかんないよ!」

止めるな、止めないで。
じゃないと助けに行けない。
それでも意地で進もうとすると、足を触手でがっちり絡め取られてしまう。
そうしているうちに、どんどん離れていくゴッホちゃん。

「ゴッホちゃん!!!駄目だ!!ゴッホちゃん!!」
「…マイ。」
「お兄さんの言うことが聞けないの!?いつからそんな悪い子になったの!?ゴッホちゃんっ!!」
「マイ!!!」
「っ!」

お栄ちゃんに怒鳴られ、黙り込む。

「…。」
「あいつの意志を、汲み取ってやれ。」
「お栄ちゃん…。」
「マイとあいつがどれくらい付き合いがあったのかは細かくは知らねぇ。けど…あれはあいつなりのけじめだ。」
「…。」

上を、見上げる。
そこにはもう小さくなって見えなくなりつつあるゴッホちゃん。
何も出来ず、何も言わず、僕はただそれを見守る。

「無理なお願いかもしれない…けど、」

けど、最後に一つだけ、僕は叶いもしない願いを吐露する。

「また、このひまわり畑で会いたい。」







「いつ来ても気味の悪い世界です…本当に。」


それからゴッホは夢の中を移動し、葛城恋の夢の世界へと戻ってきた。
黒く淀み、絵の具をごちゃ混ぜにしたような色が支配する不気味で意味不明の世界。
彼の心そのものを表しているらしいが、今となればそんなの知ったこっちゃない。

「もう…あなたは夢を見ることは無い。」

彼自身、ゴッホを既に敵とみなしているのだろう。
描き替えてもらった霊基が徐々に汚染されていくのを感じる。
ぼうっとしていては心すらなくし、彼の使役するサーヴァント達のようになるだろう。

だから、そうなる前に、

「舞様に描き替えてもらったんです。汚さないでください!!」

めちゃくちゃにする。
竜巻を起こして、全てを巻き込む。
突き刺し、抉り出し、原型をとどめないくらい滅茶苦茶にして、色んな色の絵の具をぶちまける。

あいつは今、現実世界で苦しんでいる。
黄衣の王の魔力に触れたせいでやつの身体は変貌したが、それは現実にもしっかりと現れていた。

なので彼は今それを元に戻すべく、悪戦苦闘している。
ここで今夢の世界を塗り潰したとしても、すぐには対処出来ない。

「!」

そう思っていたが、防衛機能が働いたのだろう。
ヘドロだまりのような場所から何かが出てくる。
サーヴァントだ。
とはいえヘドロが形を真似しただけのもの。
スカサハ、源頼光、三蔵法師。
自分じゃ到底敵わない名だたるサーヴァント達が襲いかかるが強さまでは本物じゃない。

「邪魔です。」

筆の一振るいで、やつらを塗り潰してしまう。

「まだ、まだまだ、もっと塗り潰して、塗り替えて、何もかもまっさらに…!」

筆が踊る。
主体性がなくとも、描き続ける。
この汚い世界に、彩りを加えてやる。
こんな夢なら見なくていい。
人の夢を笑うのなら、お前は夢を見る資格すらない。

「ぐ…っ。」

防衛機能はまだ生きている。
強さは本物までとは行かないといったが、それは数の暴力で補われていた。
何十、何百ものサーヴァントを真似したヘドロの塊がゴッホに殺到する。

「けほっ、おまえごときがお兄様のお兄様なんて…とんでもなく、つまらないジョーク…。ふふ、えへへ…。誰も笑わないので、ゴッホが代わりに笑ってあげます。」

串刺しにされようが、撃ち抜かれようが、欠損しようが、
ゴッホは止まらない。

まるで絵描きの本望であるかのように、彼女は息絶えるその寸前まで、葛城恋の夢の世界をというキャンパスに自らの作品を描き続けた。





 
 

 
後書き
かいせつ

⚫葛城恋の素質
素質なんかねぇよ(弱虫モンブラン)

はい、劇中でゴッホちゃんが言ったようにマスターとしての素質は全くなく、そして舞くんが試したように旧支配者や邪神など、そういったものに対する耐性もまったくありません。
じゃあ財団代表を名乗っているのだから経営者としては?と言われるとその素質もありません。経営を任せればたちまち破綻します。
なんもありません。こいつに才能もクソもありません。あ、クソはあるか(辛辣)
人望もありません。
財団職員でガチの忠誠誓ってんのなんていないんじゃないでしょうか?
殆どのやつはその能力のおこぼれをもらいたいからやってるんです。

⚫歪んだ聖杯とは?
葛城恋が持っていると言われる聖杯であって聖杯でないもの。
万物の願望器…とは程遠く魔力と狂気を溜め込む紛い物であり、所持しているものは邪神に対する多少の耐性と桁外れの治癒能力を与えてくれます。
この外伝や本編でやつの怪我がすぐ治ったのも、この『歪んだ聖杯』によるものなんですね。
這いよる混沌が聖杯戦争を再現したくて作ったものらしいと言われてますが定かではありません。

 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧