ヤザン・リガミリティア
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獣の時代
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ヤザンがリガ・ミリティアにいる 作:さらさらへそヘアー
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獣の時代
ポイント・カサレリアの森林地帯に進軍してきたゾロ隊は全て撃退できた。
が、その後、ちょっとした一騒動があった。
見事な動きを見せていたコア・ファイターに乗っていたのはやはりウッソであったり、
そのウッソがコア・ファイターで勝手にウーイッグへ憧れのお嬢様を助けに行ったり、だ。
見事な戦いっぷりを披露したウッソだったが、
ウーイッグで住民がゾロの機銃でハンティングのように虐殺され、
大量の爆弾で吹き飛ばされ燃やされ、
水を求めて川を埋め尽くす赤黒い人の群れを見て冷静さを失ったようだ。
直撃弾を受けて爆破、四散する…ということだけは回避できたが、
ウッソのコア・ファイターはエンジンをやられて街に墜落。
そこを住民とレジスタンスに救助されていた。
ヤザンのシャッコーが駆けつけた時には、主力はあらかた引き上げた後で、
ヤザンは残った数機だけを始末。
後は街の探索を行っていた。
そして、地下から這い出てきたウッソとウーイッグのお嬢様…カテジナ・ルースを発見する。
その時にヤザンは2人の口から上記の事を聞いたのだった。
ヤザンは怒った。
「貴様…!コア・ファイターを勝手に持ち出して!!」
「あ、うっ、うぅ…」
少年の胸倉を掴み、持ち上げる。
少年…ウッソは真っ青な顔になって
真の意味で野獣の如き形相になった男の視線を受け止めていた。
とても受け止めきれてはいないが。
慌てたのはカテジナ・ルースだった。
「ちょ、ちょっと!こんな子供に何をそんなに凄んでいるんです!
それが大の大人の男のやること!?」
ヤザンの血走った目がギロリとお嬢様へ向けられた。
今度はカテジナが「ひっ」と小さな悲鳴を漏らし、
抱っこしていた赤ん坊に縋るように抱きついた。
カテジナを無視し、ヤザンは怒り釣り上がった目で睨み、言う。
「いいか!あれは子供が振り回していいオモチャじゃない!!
人殺しが仕事の兵器なんだよ!!それを貴様!子供如きが…!
エレカのように乗り回して何を考えている!
戦闘機1機風情でゾロの大編隊に勝てると思ったか!」
「あぁ、あ、ぐ、ご…ごめん、なさ、い」
ヤザンが力を込めるとウッソの体は更に持ち上がり、そして首が絞まる。
苦しさもあるが、それ以上にウッソは怖かった。
大人の本気の怒りを生でぶつけられたのは初めてだった。
「歯を食いしばれ…!修正してやる!!」
「…っ!」
あっ、と口を開いたカテジナが、止める間もなくヤザンの鉄拳が少年の頬を殴りつけた。
少年の体が木の葉のようにすっ飛んで転がる。
「ウッソ君!?何をするんです!あなたって人は最低の大人よ!!」
「さっきから貴様は何なんだ…部外者の女がいちいちしゃしゃるな!
見たくないならさっさとどこにでも行けばいい」
「な、なんなの…!?さっきからあなたの物言いといい、態度といい!
大体、大人のあなた達が勝手に戦争を――あっ!?」
ヤザンの裏拳がカテジナの頬をしたたかに打つ。
カテジナは一瞬、己が何をされたか理解できずにいた。
カテジナはウーイッグのお嬢様だ。
父は商才があって実家は裕福。
特区として地球連邦政府の保護下にあり、
街全体が腐敗はあれど豊かだったウーイッグの中でさえ指折りの資産家だった。
殴られたことなど無い、名実伴ったお嬢様だった。
正確に言えば、ウーイッグが焼かれる直前に父の浮気を糾弾した際、
口論の弾みで頬をはたかれたが、それでもこんな強烈ではなかったし、
叩いた当人である父は狼狽えて逆に謝る始末でとても男らしさは無かった。
「俺は今、このガキと話しているんだ。
次にきゃんきゃん喚いて邪魔をしたら裸にひん剥いて放り投げるぞ」
「なっ…」
カテジナは羞恥や怒りで顔を真っ赤にし、
己の頬を抑えていた手で体を庇うように自分の体を抱き、そして口を噤んだ。
ヤザンは未だに転がるウッソに再び視線をやると、
よろよろと少年は立ち上がるところだ。
「ふん…丈夫だな。…痛いか?」
「は、はい…」
「生きているから痛む。下手をすれば貴様は死んでいたんだ。
………わかるな?」
「はい…」
賢い子供だ、と思いながらヤザンは続ける。
「後でフライトレコーダーを回収できれば分かることだが…。
ウッソ、貴様…何機堕とした?」
「あ、相打ちで…1機です…そ、その…
赤ん坊を抱えていた、お、女の人を…こ、殺した…ゾロを」
カテジナが抱いている赤子は、どうやらその時の子らしい。
さっきからヤザンの怒号に怯えてか、ずーっと泣いていて喧しいことこの上ないが
赤ん坊の仕事は泣くことだというのはヤザンも知っていることだった。
「ゾロを堕とした……そのパイロットは死んだろうな。
死ぬのを承知で引き金を引いたんだろう?
お前は自分の意志で戦闘機に乗りウーイッグにまでわざわざ来て、そして人を殺した」
「っ!」
ウッソの脳裏に、撃ち落としたゾロから辛うじて這い出てきたパイロットの姿が思い出された。
爆撃した当人が、爆撃された街に落ちてきてどうなるか…。
それは火を見るより明らかだ。
ベスパのパイロットは、
ウーイッグの住民とレジスタンスに撃たれ、そして瀕死になった所をリンチにあって死んだ。
墜落したコア・ファイターのキャノピー越しに、ウッソはボロ雑巾のようになって死んでいく
パイロットの姿を湧いてくる涙と共に見ている事しか出来なかった。
それが思い起こされていた。
「もうガキ無垢じゃいられん。
お前は、殺さなければ殺される世界に自分から来たんだ。
ようこそ戦場へ、とでも言ってやろうか?
もう貴様は兵士になっちまったのさ」
「そ、そんな…!僕は、戦争なんかしたくありません!へ、兵士なんか…兵士になんかっ!」
「兵士でなけりゃ、ただの人殺しだ」
「あっ………………う、う…あぁ…!」
ハッとした顔をし、
直後に青い顔になった少年の瞳からポロポロと涙が溢れて、体が震えていた。
「…ベスパの人間狩りと同レベルになりたくなきゃ、真の兵士になるんだな…ウッソ。
でなけりゃ獣以下のクズに成り下がる」
それきり、ヤザンはもうウッソを叱責しなかった。
コア・ファイターを1機潰されたが、あれはカミオン隊に既に予備が1機あるし、
各地の工場でもう量産が始まっている。
実戦データを得るためにカミオン隊に先行配備されただけで、
そのデータも後で回収可能だろう。
シャッコーでの偵察の際に見つけたコア・ファイターの残骸は、
ウッソの腕前のお陰だろう…上手い堕ち方をしたようで原型は保っている。
問題はないだろう。
あるとすれば、目の前の少年のメンタルと、そして腕前だ。
弱くて問題なのではない。明らかに優れ過・ぎ・て・い・る・。
戦場になった街に1機のコア・ファイターで突撃し、
無数の敵がいる中で1機を堕として自分は生き延びている。
どれだけ脅威的なことか言うまでもないだろう。
(強すぎる…こいつは、新兵に有りがちな人殺しのトラウマなんざ抱えんだろう)
ヤザン自身には殺しのトラウマなんて経験は無かったが、
数多くの新兵を見てきたヤザンだからこそ分かる。
潰れる奴と、潰れない奴。
ウッソ・エヴィンは明らかに後者だった。
(シミュレーターを弄っていたからといって、いきなりの実戦でああも動けるものか!
コア・ファイター単機でゾロ大部隊に飛び込み…1機撃墜とは…。
この小僧…アムロ・レイの再来だとでもいうのか)
連邦時代、広報で読んだアムロ・レイ。
ティターンズ時代、ジェリド・メサ達から聞き…
また自分も最上の獲物として追い求めたZのパイロット、カミーユ・ビダン。
ジオンの赤い彗星。
ニュータイプと呼ばれるパイロット適正に特別優れた者達は、
皆、いきなりMS等に乗り込んで戦果を挙げたという伝説がまことしやかに囁かれている。
(ニュータイプか…)
あの木星帰りの面白い男もそうだったらしいという噂は聞いたことがある。
過去に思いを馳せつつ、泣きじゃくる少年へヤザンは乱暴にタオルを投げつけた。
「鼻水面は見てるこっちが不快だ。拭け」
「は、はい…」
それから1時間程…カミオン隊が廃都ウーイッグにやってくるまで、
ウッソは瓦礫に座って泣いていた。
その横に、ヤザンはずっと何も言わず座って静かに少年を見ていたが、
ウッソとは反対側のヤザンの横にカテジナが腰掛け、
彼女の胸に抱かれている赤ん坊が延々と泣いているので
ひたすら泣いた子に挟まれなければならなかった。
(なんだこれは…新手の拷問か…?
この女、ガキを連れてさっさとどっか行けばいいものを!)
この時、オリファーやマーベット、シュラク隊の面々がこの場にいたら、
非常に珍しいヤザンのげっそり顔を見られただろう。
さすがのヤザンでも、泣く子はどうしようも無かった。
◇
(姉さん…助けてよ…マリア姉さん…体中が痛いんだ…焼けるように熱いよ…姉さん…)
クロノクルはずっと夢うつつの中にいた。
体中が燃えるように熱く、指一本さえろくに動かない。
けれど、今のクロノクルは身動きできない事を嘆く余裕もない。
とにかく四六時中、彼は体中を襲うむず痒いような痛みに耐えねばならなかった。
そんな、苦痛に満ちた夢うつつの中で、クロノクルは歌を聞いた。
(あぁ…姉、さん…姉さんの…歌、だ…いるのかい…姉さん…来て、くれたの?)
こんな場所に、弟を見舞いにサイド2で女王をやっている姉が来てくれるわけがないのだが、
そんな当たり前の事も今の錯乱気味のクロノクルには分からない。
「う…姉さん…マリア姉さん…………ぐっ、うぅ…」
寝返りを打つことも出来ないクロノクルが、呼吸荒く呻く。
熱を持ち、爛れたクロノクルの額に柔らかで華奢な手がそっと添えられた。
「ね、姉さん…来て、くれたんだ……姉さん…」
朦朧とするクロノクルには、その温もりに覚えがあった。
間違いなく姉、マリアのものだった。同じ温もりだった。
触れられているだけで優しさが伝わってくる、そういう手だった。
そこに来て、姉が口ずさんでいた歌までが聞こえて、
クロノクルの心はすっかり昔に戻っていた。
フォンセ・カガチに見つかる前…
貧しくとも、姉と自分と…姉が生んだ何処の馬の骨とも知れぬ男との子と、3人の生活。
その生活は、温かで幸せだった。
慎ましやかで、優しい日々だった。
姉は姪を出産してから占い師としてメキメキと頭角を現して、
娼婦という辛い仕事から抜け出せて、貧しいながらも確かな幸せがあった時代。
「姉さん…その歌、もっと…歌ってよ……俺、好きなんだ、それ…ひなげしの――」
クロノクルから痛みが引いていく。
歌と、添えられた手が彼の苦しみを吸い取ってくれるようだった。
顔中に浮かんでいた脂汗も引き、クロノクルの苦悶に満ちた顔はすっかり穏やかになって
静かな寝息までたてて深く眠ってしまった。
すぅすぅと、寝息をたてて眠りだした敵パイロットを見て、
手を添えていた少女シャクティは安堵した表情だったが、
すぐに怪訝な顔になって宇宙から来た侵略者たるベスパパイロットの顔を見た。
「…この人……お母さんの歌を…知っている?」
クロノクルだけではなく、シャクティもまた
彼の顔を見、触れていると何故か懐かしいものが心の奥からこみ上げてくるのを感じたが、
「シャクティさん、どうかな…やっこさんの様子は」
カミオン隊の医師レオニードが小休止を終えて戻ってきて、
そのこみ上げてくる何かは霧散して消えてしまった。
「あっ、はい。落ち着いています……今、寝ました」
「おお、本当だ。随分穏やかに寝ているな…私の時はもっと容態が悪かったのに。
シャクティさんは看病の達人かもなしれんなぁ。ははは」
「いえ、そんな…ウッソと2人でずっと暮らしてましたから…少しは手当も出来るってだけです」
優しい少女はくすりと笑って、席をレオニードに譲りながら尋ねた。
「あの…ウッソは、無事なんでしょうか。ウーイッグからはまだ戻らないんですか?」
「あぁ、追っていった隊長から合図があったみたいだよ。
ベスパが撒いたミノフスキー粒子のせいでまだ通信できんから、詳細は分からんが…
信号弾の色は〝安全〟だと言っているから、きっと大丈夫だ。
私とシャクティさんはお留守番で、カミオン隊がウーイッグまで迎えに行く」
「…そうですか」
シャクティの顔がやや曇った。
ウッソは、リガ・ミリティアの大人達が来て変わり始めている。
人の心の動きに、ウッソ以上に敏感なシャクティにはそれが分かった。
とくに、あの粗野で恐ろしい人…
ヤザンと出会ってしまったのが良くなかったのだと、シャクティには思えた。
(ウッソ…戦争に囚われては嫌よ…無事に戻ってきて)
素朴な美少女シャクティにだって願望や欲望はある。
いつか親に戻ってきて欲しい、というのもその願望の一つだ。
その時のため、戻ってくる親への目印としてヤナギランを植えている。
だが何よりも彼女が真に望むことはいつでもたった一つだった。
ウッソと一緒にカサレリアで暮らし続ける事…それだけがシャクティの願いである。
――
―
その後、カミオン隊と合流したヤザンとウッソらはウーイッグで探索を行った。
成果は、合流予定だったボイスン工場長の焼け焦げた遺体と、
コア・ファイターの残骸から回収した戦闘記録だけだった。
男泣きに泣く伯爵だったが、
ボイスンが死んで悲嘆にくれてもザンスカールに勝てるわけではない。
ボイスン達がウーイッグに集い果敢に抵抗運動をして見せたのも、
Vタイプを生産している旧世紀の車工場跡地から目を背ける為。
足を止めることなど、リガ・ミリティアの連中はとっくに出来ない所まで来ているのだ。
その事は、ウーイッグを故郷とするカテジナ・ルースには当然伏せられた。
ヤザンが、カミオン隊の皆にそういう風に提案すると、
「…そうだな、私達もあまり迂闊なことを言わないよう気をつける」
オイ・ニュングも同意した。
民間人に全てをさらけ出し、バカ正直に話す必要は無い。
寧ろ、抵抗運動を美しいものとして宣伝し、
後ろめたい、隠すべき暗部は隠す…それが伯爵の仕事の一つでもあった。
全てはザンスカールのギロチンに対抗する為…大事の前の小事ということだった。
このまま旧車工場にまで行って他方面から集う仲間と合流し、
Vタイプを完成させて月から来るシュラク隊を待つ…という予定なのだが、
「あの…少し家に寄らせて下さい。シャクティにも、色々言わないといけないことがあるし…」
すっかり落ち着いたウッソ少年が嘆願した。
「元よりそのつもりだ。
一旦、君の家に寄ってから工場に向かう。
レオニードだって、ベスパのパイロットだって置いたままだしね。
まさか、ウッソ君の家で引き取ってくれるわけじゃないんだろう?」
伯爵の冗談まじりの言葉にウッソは慌てて両手を顔の前で振る。
「こ、困りますよ、そんなの」
「ははは、冗談だよ。レオニードを引き取ってもらっちゃ、我々が困るしな」
既に、ウッソは伯爵の冗談にも苦笑するだけの気力が戻っていて、
初めて人を殺した人間のメンタルではない。
やはりウッソは特別スペシャル過ぎる。
談笑する2人を見て、ヤザンは難しい顔となっていた。
家を焼け出され、故郷を失ったカテジナも流れでカミオン隊に付いてくることとなり、
一行はウッソ宅まで、再び隠密のトロトロ運転で向かうこととなった。
「伯爵…森を探索していたゾロ隊が1機も帰還していないのは
ラゲーン基地も把握しているはずだ。
新手が来る可能性がある…空からの目に気を付けろ」
どっかと助手席に腰掛け、足を投げ出しているヤザンが
ウーイッグの破壊された食料品店からガメたソーセージを貪りながら言う。
「まったく、隊長が暴れすぎるからだ。はしゃぎおって」
木々の間を見事な運転さばきで抜けていくオイ・ニュング伯爵が、
ヤザンへじとりとした視線をぶつける。
「うるさいんだよ。ああでもせにゃ、あの場は危なかっただろうが」
「……カテジナさんから聞いたぞ。ウッソ君を殴りつけたそうだな」
「当然だな。あのガキ、コア・ファイターを玩具代わりだ」
「玩具にできてしまうのだな、あの子は。
隊長…ウッソ君は…………スペシャルなのか?」
お互いフロントガラスの向こうの景色へ目線を向け続けながら会話をしていたが、
そこで初めて伯爵がヤザンへ視線をよこした。
ヤザンは、ソーセージを食う手を止めて
シャッコーの簡易整備を老人と一緒にさせているウッソ少年の顔を思い浮かべる。
「…あぁ、スペシャルだ。奴は…ニュータイプかもしれん」
「ニュータイプ、か。昔に、そういう連中がいたとは聞いている。
隊長は、ニュータイプと会ったことがあるのか?」
「ある」
「どういう人間なんだ?」
「変わらんさ。奴らも殺されれば死ぬ人間だ。…だが――」
そう言っているヤザンだが、
彼の脳裏に去来するビジョンは不可思議なエネルギーフィールドに包まれて
あらゆる攻撃を弾きビームサーベルを有り得ない距離まで伸ばしてくるZガンダムの姿。
「―少しばかり、化け物的な力を発揮する時がある。
バリアーもない機体でビームを弾いたりな。
戦う分には…やり甲斐がある人種さ」
伯爵は、なんだそれは…と言いつつヤザン流の冗談かと思い笑うが、
すぐにヤザンが冗談を言ったのではないと悟って顔を引き攣らせた。
ごほんっ、と咳払いを一つし伯爵は気を取り直す。
「それで、どうするんだ?」
「なにをだ」
「ウッソ君だよ。我々の仲間に引き入れるんだろう?
隊長の話が本当なら、
昔に隊長を手こずらせたニュータイプが味方になれば心強いなんてものじゃない。
この戦争にも勝ち目が見えてくるぞ」
「……」
ヤザンの、肉を食う手がまた止まった。
今度は真っ直ぐ前を向いたままオイ・ニュングは続ける。
「逃す手はない、隊長。あの子は強力な戦力だ。
綺麗事を言っていられる程、リガ・ミリティアに余裕はない」
無言のままヤザンは肉を食うことを再開した。
伯爵も静かにヤザンが食い終わるのを…というより意見を述べてくれるのを待つ。
「……ウッソは、自分から戦場に来ちまったんだ。
このまま戦場に残るか…去るか…後はあの小僧が自分で決めればいい」
「隊長…私はこれから酷いことを言う」
伯爵はそう前置いて、いつもの温和な仮面を外し眉間に皺が刻まれた険しい顔で続けた。
「……ウッソ君をこのままなし崩し的に巻き込もう。
隊長ならあの子を引っ張ってこれるのではないかね?
あの子は我々の中では一番、隊長に懐いているように思う」
「ハンッ、ふざけろよ。ただでさえ女子供が戦場に多くて参っているんだ。
俺が率先してスカウトするわけがないだろう!」
ヤザンは不機嫌そうに声を荒げた。しかし、だが――と続ける。
「――あいつが自分の意思で兵士になると…
そう決めるなら俺が面倒を見てやるさ。
あんたにもそう約束しちまったからな」
ヤザンは薄く笑ってそう告げた。
既に、あの少年にはヤザン流に諭すだけは諭した。
人殺し、という行為についてどう向き合うか…
それはもう後はウッソ・エヴィン次第だとヤザンは考えている。
兵士になれば殺人は正当化されると言いはしたが、
博愛主義者や人道主義者に言わせればそんな事は無いだろうし、
ウッソが「別に正当化されなくてもいい。逃げたい」と言って逃げ去ってもいい。
開き直って知らんぷりでも構わない。
彼の人生だ。好きに生きればいい。
特にリガ・ミリティアは軍隊ではない。
軍人でなければ戦場に立つ責任も無いのだ。
ヤザンとて、人殺しの罪科を説きはしたがその実、
彼自身戦場での殺し合いについて、全く良心の呵責はない。
欠片もない。
戦場に出る奴は殺し殺されて当然で、
寧ろ戦場とは殺しのスキルを磨き抜いた戦士達の一生の華舞台であり、
そういう戦士を殺すのは良心の呵責云々どころか達成感すらある。
戦士ならば戦場の空気に心躍らなければ嘘だ。彼はそう思う。
ヤザンにとって問題は、
あの少年が兵士の…戦士の心構えも無く戦場に立ち敵を討ったことなのだ。
戦場に立つ者は戦士でなくてはならない。
戦う心の無い者は寧ろ消えてくれとすら思っている。
だが、子供であろうとシュラク隊やマーベットのように女であろうと、
もし…自分の意志で戦場に立つ兵士・戦士たらんという心を持ってヤザンの元に来るなら、
そいつの面倒は死ぬまで見てやる。
ヤザン・ゲーブルとはそういう男だった。
伯爵は溜息をつく。
どうやら、ヤザンがウッソ・エヴィンを率先して説得することは期待できない。
「…ウッソ君の心一つ、か。願うしかないな」
「フッ…戦場に子供が来るのを願う大人か。俺達は随分上等な大人だな、伯爵?」
「笑ってくれていいよ、隊長」
今は、酷い時代だった。
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