ヤザン・リガミリティア
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野獣好きのバグレ
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ヤザンがリガ・ミリティアにいる 作:さらさらへそヘアー
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野獣好きのバグレ
オイ・ニュング伯爵やヤザンが現在所属するリガ・ミリティアの基幹部隊は、
地上でカミオントレーラーを使っていた名残から今もカミオン隊と呼称される事がある。
他にも、そのまま〝本隊〟とか〝中核隊〟だとか、
現場指揮を執るMS隊統括官の名をとって〝ヤザン隊〟といわれる事もある。
彼らは正にリガ・ミリティアの戦力の要且つ中枢であり、
司令系統の中枢は所在不明であり続けるジン・ジャハナムで間違いないのだが、
リガ・ミリティアの実働部隊としての中核はカミオン隊なのは明らかだ。
その戦力は連邦の一個艦隊に相当するとも噂され確実に最高戦力であるのだ。
その最高戦力の要たる2大エース、ウッソ・エヴィンとヤザン・ゲーブル。
エースの片割れであり指揮官でもあるヤザンは
偵察任務を終えた後に他のパイロットに休息を与えると、
自分は「取り敢えずの調整が終わった」と整備班に言われるやいなや
休憩を切り上げて調整を受けていた鹵獲MSに飛び乗った。
ヤザンという男は非常にタフだ。
年中無休でMSパイロットをやれるのではないかという程に彼のタフネスは抜群だった。
タフな肉体に相応しく精神も疲れ知らずで、
過酷で凄惨な戦場のド真ん中であろうとヤザンの心は擦り切れる事はないだろう。
寧ろ生死の境目虚ろな、命がギリギリに追い込まれ輝き命の熱気を発する戦場は、
ヤザンの魂へ無尽蔵にバイタリティを注ぎ込む餌場であった。
ヤザンは戦場で輝き、燃える。
戦場で燃える為の準備ならばヤザンは余念が無いのだった。
「どうです、ヤザン隊長」
緑の大型MSの通信機からストライカーの声が良く聞こえる。
今は試運転中だ。ミノフスキーノイズは無く感度良好。
「良い仕事だぜ、ストライカー。
アビゴルは良い機体だ!これで漂流する羽目になった人食い虎は気の毒な奴だよ!」
「ハハハ、整備する奴の腕の違いですな、それは」
「違いない」
整備士のストライカーは普段は寡黙な仕事人だが、
決して陰険で冗談が通じないタイプではない。
こういう冗談も言ってヤザンと談笑することがある。
先の会話に出た〝人食い虎〟とは
無理矢理に救出したベスパ兵の1人、ゴッドワルド・ハインの異名だ。
海ヘビの電撃により今も意識不明で入院状態だが、
名前は彼らが所持していた認識票IDタグによって判明した。
クロノクルの時よりも低出力でボイルした為、焼け焦げる事無く判別が出来た結果だ。
戦歴の浅いウッソとカテジナ以外は、ゴッドワルド・ハインの名を見て驚愕ものであった。
彼はベスパでも1、2を争う程に有名なエースパイロットであり、
〝人食い虎〟ゴッドワルドと言えばリガ・ミリティアのMSパイロットは皆知っている。
そのゴッドワルドと部下達は意識が戻り次第、
元マンハンター局の幹部オイ・ニュング伯爵が
マハ時代の尋問テクニックを存分に再活用して物を尋ねる予定で、
それを聞いたヤザンはゴッドワルドへ心で十字を切る程に気の毒に思う。
オイ・ニュングは今でこそ温厚で公平な初老の紳士だが、
伯爵の油の乗った現役時代のマンハンター局は
特別警察として地球へ不法移住した人間を家畜以下の扱いで正に狩・っ・て・い・た・。
余りの苛烈さと冷酷さ、非道さからマフティー動乱を引き起こした原因の一つと言われる程で、
そしてオイ・ニュングは最も悪名高い時代に22才…精力的にマハで働いていた。
ヤザンは過去、一度だけオイ・ニュングのベスパ兵への尋問を見たことがあるが、
本気になったオイ・ニュングの非情さはヤザンでさえ舌を巻く。
恐らくザンスカールの誰よりも拷問に長けているだろうとさえ思えた。
ベスパの人食い虎が屈強な男であればある程、
その心身を壊されてしまうのではないかと
他人事ながら心配にすらなるが今は取り敢えずもこのアビゴルのテストだ。
リーンホースの周囲を、MA形態になったアビゴルが高速で周回している。
ゴメスも伯爵もその様子を頼もしそうに眺めて、
外にヤザンがいるのもあって幾分リラックスしている様子だ。
「敵から頂いた新型はいい感じかな、隊長」
伯爵が温厚に言えばヤザンは陽気に返す。
「ああ、こいつはいい。
シャッコーも良かったがアビゴルも負けておらんぜ。
さすがはザンスカール印だな…良いMSを造る!
乗り心地はグリプス時代の可変型に近い。俺には向いているかもしれん」
「そうだろうな。
オーティスが言うには、
そいつはデュアルタイプといって第1期第3世代MSのコンセプトに近しいようだ。
ゾロシリーズの変形とは違って推力の一点集中で戦場に高速侵入…或いは離脱。
隊長にはピッタリだろう」
リーンホースの艦橋から良く見える真正面の宙域でヤザンは、
見せつけるようにアビゴルのスラスターを吹かして宙返り等をしている。
まるで童が紙飛行機で遊ぶが如くで、
誰から見てもヤザンが楽しげに遊んでいるのが分かった。
「伯爵、誰か上げてくれ。相手をさせたい」
ヤザンはアビゴルのテスト相手という名目の遊び相手を欲するが、
「皆が皆、君みたいにタフじゃないんだ。
カイラスギリーとの対決が間近に迫っているからゆっくり休ませてやってくれ」
オイ・ニュングはごく当たり前の気遣いを発揮し、ヤザンも特に異論無く同意する。
どうやら最初から本気では言っていないらしい。
「そうだな。仕方ない…一人遊びで我慢だな」
笑いながら宇宙を飛ぶヤザンだが、伯爵との通信に突如として割り込む者がいた。
「私でよければ相手してあげるわよ」
「んン?カテジナか?貴様、何故休んでおらんのだ」
聞こえてきた声の持ち主はカテジナ・ルース。
今はシュラク隊やマーベットと共に
女性寮で浮遊防止ベルトと毛布に包まれて寝ている筈だったが…。
「艦長!伯爵!シャッコーが動き出してます!」
ハンガーからの通信が再度割り込む。
カテジナが今どこにいるか、ヤザンや伯爵達はすぐに察した。
ゴメスがでかい声で「休むのも仕事のうちだぞ!嬢ちゃん、降りろ!」等と言うも、
どうやらカテジナには届いていないらしい。
シャッコーは歩を進めてハンガーの隔壁の前に陣取った。
「シャッターを開けなさい!ヤザンと訓練をするだけよ!」
「命令は出てないんだよ!カテジナさん降りなさい!勝手は許されんぞ!」
スピーカーで叫ぶシャッコーの足元でオーティスが窘めようとするが、
リーンホースの艦橋横にMS形態となっていたアビゴルが取り付いて笑っていた。
「わがままなお嬢様には俺がガツンとやっておいてやる!
いいからそのまま出してやれ。アビゴルのテストにも丁度いい。
それに隔壁を壊されちゃ敵わんからなァ!」
ヤザンがそう言えばゴメスもオーティスも、伯爵もやれやれと溜息をつきながら諦めた。
この教師にして教え子あり…という事らしい。
ヤザンとカテジナには似通った〝豪快さ〟が見え隠れするのを見て、
オイ・ニュングは秘かに微笑んで止めるでもなく場を見守り、
ゴメスがチラリと伯爵を見れば伯爵は肩を竦めながら笑って頷いた。
シャッコーの行く手を阻む隔壁がゆっくり上がっていく。
カテジナはニヤッと笑って、
「カテジナ・ルース、シャッコー。出ます!」
宣言し、ヤザンの愛機となっていたオレンジのMSで宇宙へ飛び立った。
(…シャッコーの中……あいつの匂い…)
シャッコーのスラスターがカテジナに適度なGを掛け、
その重さに心地良さを感じながらカテジナはコクピット内に満ちる男臭さに目を細める。
ヘルメットのバイザーは開け放たれていて、カテジナは鼻いっぱいに漂う臭気を吸い込んだ。
その香りに夢中になったせいか、
シャッコーのコンピューターが警報を発しているのに気付くのにワンテンポ遅れる。
「カテジナ!相変わらずのわがままだ!仕置きしてやらんとなァ!」
MA形態のアビゴルがシャッコーの直ぐ間近を高速で抜けて、
その衝撃でシャッコーが宇宙で転んでしまう。
「俺のシャッコーまで持ち出しやがって!」
ヤザンの指摘に、シャッコーを立て直しながらカテジナが言い返す。
「別にいいでしょう!あなたはそっちに乗り換えるんだから!」
反論しながらカテジナはセンサーに映るアビゴルを追う。
今は訓練中という事もあってミノフスキー粒子は薄い。
充分にレーダーで追えたが、
アビゴルの光点はあっという間にレーダー範囲ギリギリまで動いている。
凄まじいスラスター推力だ。
「はん!まったくお嬢様は何でもかんでも自分の物だと思うらしいな!
まぁいい、そんなに欲しけりゃくれてやるよカテジナ!
そのかわり存分に相手してもらうぜ!」
「ええ!」
そう返答するカテジナの表情は、これから訓練に臨むという固いもの。
だというのにどこか歓喜が滲むのは、
やはりヤザンから目当てのオモチャを貰えたというからだろうが…
恐らくそれだけが理由ではないだろう。
そういうカテジナを見て、ヤザンは思う。
(他の奴らが休んでいる間も時間を惜しむか…こいつ、本気だな)
本当にカテジナはウッソに迫りシュラク隊を超す気があるらしいと判断したが、
実はカテジナは腕前の上達以上に
ヤザンと共に在れる時間が嬉しいとまでは流石に察する事ができなかった。
(しかし、休むのも仕事の内なのだがな)
休まぬ自分を棚に上げて教え子を困った奴だと苦笑する。
その後、アビゴルとシャッコーのマンツーマン授業は
他のパイロットが目覚めるまで続くのだった。
――
―
リガ・ミリティアのバグレ隊。
元々は地球連邦軍の正規軍の一隊であったその隊は、
動かない連邦に業を煮やし独自に離脱、リガ・ミリティアに合流した志ある者達だ。
当初はその行動は連邦内の主流派堕落した者達に白眼視されていたが、
ガンイージを受け取りザンスカールのタシロ艦隊と良い勝負をしてみせてからは
徐々に他の艦隊からバグレ隊に勝手に転・属・する者が増えて、
今は半個艦隊近くにまで増強されていた。
そのバグレ隊が、整然と並んでリーンホースを出迎えていた。
「大層な出迎えだな」
ヤザンが伯爵の横で呟けば伯爵は少し自慢気に答える。
「それだけ私達が当てにされているという事だ。
なにせ、カミオン隊には君もウッソ君もいる。シュラク隊もな。
リガ・ミリティアの最精鋭さ」
おまけにジブラルタルの戦いは、宇宙引越公社の宣伝のお陰で世界中に知られていた。
その中心として活躍したリガ・ミリティア本隊は今や時の人なのだ。
「…サラミス級が6、クラップが4、それにあれは……アレキサンドリアだと?」
陣形を組むバグレ隊の中に予想外の艦船の陰を見てヤザンが驚く。
アレキサンドリア級の特徴である、
まるでジオンのムサイのような三脚が
増設されたブロックで隙間を埋められて一本の胴体となっていたが、
間違いなくアレキサンドリアの面影がそいつにはある。
ヤザンを使いこなした数少ない上官、
ガディ・キンゼーと共にヤザンにとっては印象深い艦だ。
「ああ、アレキサンドリア級ガウンランドだ。
あれには…ジン・ジャハナムが乗っている」
「………この方面のジン・ジャハナム…あのタヌキ親父か」
ヤザンは皮肉に笑いつつ伯爵へ視線を寄越せば、
何事かを察したオイ・ニュングは「そうだよ」と同じ様に皮肉気に薄く笑う。
ヤザンもオイ・ニュングもそのジン・ジャハナムが影武者のタヌキと知っているのだ。
2、3年程前に作戦会議の場で会ったことがあり、
その折ヤザンは彼と一悶着起こした事があって同席した伯爵が宥めたものだ。
「アレキサンドリアが奴の座乗艦とは悲しいな。
このリーンホースと交換して欲しいくらいだ」
アレキサンドリア級は、忌々しい上官だったジャマイカン・ダニンガンといい
タヌキ親父の偽ジン・ジャハナムといい、
あまり有能とは思えない男に使われる運命なのかと思ってしまう。
オイ・ニュングも同意見だが、そんなヤザンを見て苦笑するしかない。
「リーンホースの方が進水日は遅い。
こちらの方が性能は上だから我慢してくれ」
「冗談さ」
「わかっているよ。…時間だ、行こう」
そう言ってオイ・ニュングは艦橋を後にする。
「やれやれ」とブツクサ言いつつヤザンもそれに続き、
雑談を交わしながら二人はガウンランドへと向かった。
今からあの偽ジャハナムと会談して挨拶をせねばならない。
彼は本質的には悪人ではないし、
ああ見えて追い詰められると肝の座りようも立派な男なのだが如何せん普段は俗物だ。
ヤザンとオイ・ニュングも皆の手前、表立ってはタヌキ親父をたてて見せねばならない。
でなければジン・ジャハナムの影武者としての役割が死んでしまう。
リーンホースとガウンランドが接舷し
伯爵とヤザンがノーマルスーツで甲板に降りようとした時、
ウッソ・エヴィンがヤザンに待ったをかける。
「あの…ヤザンさん、伯爵」
「どうした」
ヤザンが返すと今正に甲板へ飛び出そうとしていたオイ・ニュングも足を止め振り返った。
少年は少しだけ口の中でもごもごっとして続ける。
「あの、僕も連れて行ってくれませんか」
ヤザンが軽く眉をしかめる。
「何故だ?」
「えぇと…その、
僕も一度リガ・ミリティアを率いるジン・ジャハナムという人とお会いしてみたくて」
ヤザンと伯爵が向き合って目で会話をした。
ウッソは説得を続けた。
「僕もリガ・ミリティアに入ったからには
見事な采配を続けるジン・ジャハナムさんにお会いしたいんです。
一度だけでいいんです。お願いします、ヤザンさん、伯爵!」
深く頭を下げて懇願する少年。
ウッソは憧れの人に会いたいと、そう言う。
しかしヤザンはマーベットやシュラク隊の面々からウッソの父の事は聞いていた。
「…ウッソ、別に隠す必要はない。
ジン・ジャハナムが父親かもしれないと思っているんだろう?」
「えっ!そ、それは」
なんで知っているんだという顔のウッソがヤザンをぱちくりと見る。
「マーベットからな…。
そういう場合は素直に頼め。俺とて意地の悪い妨害はせん」
「じゃ、じゃあ!」
しかしヤザンは「だが」と少年を遮った。
「今から俺達が会う相手は貴様の父親ではないと断言できる。
それでも来るか?」
「なんで断言できるんですか」
「貴様とは似ても似つかないからな」
フッとヤザンが笑う。
そんなに違う顔なのかな、とウッソは思い…それでも会ってみたいと思う。
自分の目で確かめぬ限りは一抹の希望は消えないらしい。
ヤザンもウッソの目の頑固な光を見て少年の肩へがばりと腕を回した。
「ならさっさと来い。俺もあいつとの面会は出来るだけ早く終わらせたいんだ」
「えっ、は、はい!ありがとうございます!」
こうして意気揚々とヤザンと伯爵と一緒にジン・ジャハナムに会ったウッソだが…。
結果を言えばヤザンの言う通り全く違った。
別人だ。
似ても似つかない。
小太りのその男…ジン・ジャハナムはぎゃんぎゃん喚き散らして艦橋のスタッフに怒鳴る。
部下の些細なミスで大騒ぎで、しかも他の者達にまで当たり散らしている場面を見、
ウッソはすっかりガックリ来てしまう。
「だから言ったろう」
ヤザンがそう言えば、ウッソは意気消沈して頷いた。
「あんなのは…僕の趣味じゃありませんよ…あんなのは」
親恋しい少年が、愛しい親に巡り会えたかもしれぬと糠喜ぶ様は見てて痛々しい。
会合もそこそこに偽ジャハナムを伯爵に押し付けた
ヤザンとウッソはガウンランドのレストルームにいる。
ウッソへチョコレートドリンクを奢りながらヤザンは、
「…貴様の親父はまだ生きていようが死んでいようが、
どちらにせよいずれ消息は掴める。
引越公社のマンデラも月が怪しいと言っていただろう。諦めるなよ?」
少年の頭を乱暴に撫でながら最後にやや強く背を叩いた。
ウッソが思わずドリンクを少し吹き溢すと、軽くヤザンを睨んだ。
「諦めませんよ。ちょっと…がっかりしただけで」
「そうだ。そうでなくてはな」
「それよりも…背中、痛いです。あと頭も」
「クックックッ、そりゃスマン」
いつ見てもヤザンの笑顔は悪人にしか見えないが、ウッソは思う。
(生きていようが死んでいようがって…まったくこの人は、
他人を慰めるのにこんな物騒な言葉を使って………けど――)
ヤザンが不器用にも、彼なりに慰めようとしているのはニュータイプでなくとも気付く。
心の動きがストレートに表に…顔と行動にでるヤザンのような人は、
心が何となく見えてしまうような人種ニュータイプであるウッソには
ある意味付き合いやすいタイプなのかもしれない。
「さて、俺はビールでも頼んでくるか」
ヤザンが冗談を言いながら席を立てば
「ダメですよ、半舷上陸でもないのにアルコールなんて」と
少年が真面目に反応したその時だ。
「失礼します!」
ハツラツとした女性の声がレストルームに響く。
ヤザンとウッソが目を向けるとそこには様になった敬礼姿で背筋の良い女性が立っていた。
紫がかった短い青髪をオールバック風に後ろに流していて、
さばさばとしたいかにも女軍人といったナリの女性。
その女がやや緊張した面持ちでヤザンを見ていた。
「自分は連邦軍第168…ではなく、バグレ隊のユカ・マイラスであります。
リガ・ミリティアの、ジェヴォーダンの獣ヤザン・ゲーブル総隊長にお会いできて光栄です!」
リガ・ミリティアに合流したとはいえ、まるっきり連邦軍人丸出しのユカ・マイラス。
そんな若い女軍人を横目で見つつ、ヤザンは自販機から目当てのドリンクを取り出す。
「あぁ、ヤザン・ゲーブルだ。一応連邦軍所属だが…今はゲリラ屋だ。
固い挨拶は抜きにさせてもらうぞ」
「は、はい!休憩中に失礼しました。
あ、あの…ヤザン総隊長の噂はかねがね…!
その、それで総隊長殿が元ティターンズというのは…!」
「ふん…そんな噂まで広まっているとはな…
リガ・ミリティアの秘匿性はどこへいったんだ…?まったく…。
あぁ本当だ。なんだ?そんな事を聞きに来たのか?」
「い、いえ!あの、宜しければ握手等を!」
「ハハハッ!何だ貴様!俺のファンとでも言うのか?
面白い奴だな…俺もそれだけ有名になったということか」
「ええ!それはもう当然です!
ティターンズのヤザン・ゲーブルといえば連邦軍人ならば誰でも知っていて――」
ユカ・マイラスの語る口には熱があった。
ヤザンはやや呆れたようにキッパリと言い切る。
「忘れろ。ティターンズは連邦の恥部だ。
そしてそこに所属していた俺もな。
元ティターンズはグリプス戦後は戦争犯罪人になった者達なんだぞ」
「しかしそれはもう70年も昔の事です。
最近ではティターンズの言い分等も色々と再評価する向きも強く…
特にクロスボーン・バンガードが出てきた30年前からはそれが盛んでした!
ティターンズの精鋭ぶりは今の連邦から見れば栄光そのものです!
今…連邦にティターンズのような人達がいれば…
ザンスカールになどデカイ顔をさせないと皆も言っていますよ!
ほ、本物のティターンズに会えるなんて…!」
ユカは輝く目で熱弁を奮い、
これはダメだとヤザンは呆れる。
「…それで、俺はこいつと一服しているのだが…
まだ貴様のトークに付き合わにゃならんのか?」
「いえ、そ、そうでした。すみませんヤザン総隊長。
その、サインをいただけませんかっ」
堅物そうな女軍人がやや照れながら懇願してきて、
凶悪さに拍車をかけているヤザンの細い目が大きく開き、
思わずヤザンは口に含んだドリンクを吹き出しそうになった。
「サインだぁ!?貴様…俺が歌手か何かに見えるのか?」
二人を観察しているウッソも笑いを堪えているように見えないでもない。
自分で歌手と言っておいて何だが、ヤザンはかつてアレキサンドリア艦長ガディが
「ヤザンの改造制服はまるで歌手」と言っていた…と
当時の部下ダンケルとラムサスが大笑いしながら自分に報告に来たのを思い出す。
だがユカ・マイラスは当然そんな風に見ていたのではない。
「ち、違います。純粋にヤザン総隊長をパイロットとして皆尊敬しているんです。
仲間に頼まれてしまって…その…恥ずかしながら私も、私にも下さい!」
大量の色紙を差し出しながら頭を下げたユカ。
ヤザンの片眉とウッソの口が弧を描く。
ヤザンはジロリとウッソを見咎め、少年は慌てて口を塞いでいた。
「バカか貴様らは!腑抜けているようだな!…この後は合同訓練か。
俺が叩き直してやる!」
「ハッ!あ、ありがとうございます!総隊長直々のご指導、感謝いたします!」
ユカはパブロフの犬ばりの反射反応で敬礼をする。
「もう行け。さっさと貴様のお仲間共にも伝えろ!」
シッシッと追い払うようなジェスチャーで掌を1回振るうヤザンに
ユカはまたぴしりと決まった敬礼を返せば、
色紙の束を小脇に抱えて駆け足で去ろうとして
「おい、それを貸せ」
「え?」
ユカから1枚、色紙を奪い取ると極めて適当にサラサラとマジックペンを走らせた。
ユカの顔が花開く。
「あっ、ありがとうございますっ!」
「フン…1枚だけだ。後はかってにコピーでもしろ」
つっけんどんなヤザンを、少年が生暖かい目で背後から見ていたのだった。
この後の合同訓練でバグレ隊はヤザンのアビゴルに滅多打ちにされるが、
バグレ隊の面々はとても嬉しそうだったのをウッソは知っている。
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