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ヤザン・リガミリティア

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潜む獣

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ヤザンがリガ・ミリティアにいる   作:さらさらへそヘアー

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潜む獣

軌道がよれて、まるで生きた人間の疲労困憊時のような千鳥足…

ではなく千鳥ブースターで薄汚れたジェムズガンが演習場に着地する。

膝関節のシリンダーが軋み、ぐらりと膝が折れて突っ伏しかけた上体を支えるために

身の丈15m程の鋼鉄の巨人は咄嗟に両の腕を突き出していた。

そんな有様の最初の1機に続き、そのような疲労とダメージが滲み出ているジェムズガンが

2機、3機…6機続いて同じように着地した。

着地すると同時にコクピットハッチが開いてパイロット達が転がるように出てくる。

皆が皆、それぞれタイプの違う美女で、中には若年過ぎて美少女と呼べる者もいる。

が、その彼女ら全員が疲れのあまり酷い顔をしていて、

ノーマルスーツから覗く黒いインナーは汗でびっしょりと湿っているし、

疲れていながらも美しい顔に浮かぶ汗も艶かしさがある。

駆け寄ってきていた整備士連中も見惚れる。

だがそんな色ボケた雰囲気をかき消す獣がブースター音高らかにやって来た。

美女らの乗る6機のジェムズガンの後ろから、最後の1機…

側頭部にアンテナとバルカンポッドが増設され、

肩部アーマーにタートルエンブレム入りの隊長機が疲れを見せずに颯爽と着地する。

 

「整備兵ッ!全機に推進剤の補給!アポジのチェックもだ!」

 

隊長機から聞こえるヤザンの声に、美しき訓練生達はもう悟ったような諦めたような顔だが、

言われた整備兵達はギョッとなってお互い顔を見合わせた。

 

「隊長!まだ出るんですか!?もうパイロットも機体もボロボロですよ!

こいつら潰れちまいますよ!!」

 

そう発言した壮年の整備士を

ブレード付きジェムズガンの首がぐるりと回って薄緑のゴーグルアイが見つめた。

次の瞬間ハッチを開けて上半身を覗かせたヤザンが生の肉声で叫んで返した。

 

「潰すんだよ!そっちはそっちの仕事をしてくれりゃあいい!」

 

「もう日も暮れます!」

 

「夜間訓練に突入する!悪いが付き合え!明日整備連中全員におごってやる!」

 

ヤザンの太っ腹な言いようにツナギ服を油で汚した男達から歓声があがる。

 

「ははは!おごりもいいですが俺達ぁジュンコさん達のファンもいるんですよ!

見ちゃいられませんって!程々に頼みますよ」

 

「なら見るなってんだ!関節も頼むぞ!」

 

レーションの乾いた肉を乱暴に齧りながら言うヤザン。

パイロットは整備士に命を預けているようなものだから、

ヤザンも整備士達には幾分丁寧な物言いをするし気も使う。

だが、

 

「ヤザン隊長ぉ…その…トイレ行きた――」

 

部下のパイロットにはその限りではない…。

未熟な訓練生となれば尚更だ。

マヘリアがオープンしたハッチにもたれ掛かりながら言いかけた時、

 

「なんのためにトイレパックがあるんだ!それで済ませろ!」

 

8時間ぶっ通しの戦闘機動訓練でさすがのヤザンも体が熱いらしく、

鍛え上げられた上半身を剥き出しにし腰にノーマルスーツの上半分を垂らして怒鳴った。

 

「ええー!横暴ですよ!私達嫁入り前の乙女なのに!!」

 

引き締まったヤザンの半裸に

眼福とばかりに目を奪われる美女達だが文句を言うのは止めはしない。

マヘリアに続いてケイトやヘレンもぶーぶーと文句を垂れる。

しかし初対面時のような険悪なムードは無く、どこか予定調和的な長閑な雰囲気さえあった。

 

「だったらパイロットなんざさっさと辞めるんだな!

実戦になったらトイレ休憩時間など敵は待っちゃくれんぞ!

文句を言う暇があったら胃に何か入れておけ」

 

ヤザンの言うことは正しいと彼女らも分かってはいる。

実際、この地獄のブートキャンプに来る前の赴任地でも

何度かトイレパックを使う機会はあったが、

できるならそんな事態は避けたいのが乙女心だ。

それに、一回の戦闘でこんな長時間に及ぶことはそうそう無く、

トイレパックをここまで使用したことは彼女らも無い。

つまり、すでにトイレパックはパンパンなのだ。

 

「うぅー…ヤザン隊長!もうトイレパックはいっぱいなんですよ!」

 

自分の排泄量お通じ事情を悟られそうで非常に言い難かったが、

ケイトは正直に事情を告白する。

勝ち気な彼女も、さすがに頬を赤らめていた。

が、ヤザンはやはりというか歯牙にも掛けない。

 

「そうか。ならノーマルスーツの内側にクソとションベンが纏わりつく感覚を味わっておけ。

良い機会じゃないか!ハッハッハッハッ!」

 

なんとも愉快そうにこの男は笑うのだった。

乙女の恥じらいを賭けての必死の告白は見事に散った。

 

「鬼!悪魔!セクハラ野郎!!」

 

ケイトは赤ら顔で叫んだ。ヤザンは笑って流すだけであった。

 

「ヤザン隊長!チェックOKです!」

 

整備士長の男が大声で告げる。それは女パイロット達への死刑再執行時間の合図だ。

ジュンコは大きなため息をついて思わず整備士長へ訴えかけた。

 

「ちょっと!もうちょいゆっくりでいいのに!」

 

「すみません!ちんたらやってたら隊長に整備班がどやされるんで!

まわせーー!道を開けろ!ジェムズガンが出るぞ!」

 

整備班はさっさと仕事を終えて去っていき、

交代するように誘導員が間髪入れずに出てきてマーシャリングでパイロットを導く。

優秀なようで結構なことね、とジュンコは二度目のため息をついた。

 

その日、小休止を挟みながらも7機のジェムズガンの稼働時間は20時間を記録した。

関節パーツが総取り替えになったのは言うまでもないことだった。

 

 

 

―――

 

――

 



 

 

 

そのような訓練を潜り抜けてシュラク隊は結成された。

20人いた候補生は1週間のうちに6名にまでその数を減らしたが、

それからは数を減らすことなく皆がヤザンの訓練に齧りついた。

 

「戦場でお前らと敵として相対した時、俺はお前らを女と侮らん。

貴様らは立派に兵士だ。認めてやる」

 

卒・業・の日、ヤザンが彼女らに送った簡素な祝辞は彼女らにとって最高の褒め言葉だ。

ヤザンのことを女への偏見と横暴が服を着て歩いているような男だと思っていたからこそ、

ヤザンが自分達に送ったその言葉がいかな意味を持っているかを理解していた。

だが、そのお涙頂戴のお言葉でもって「はいさようなら」というわけではなかった。

 

そのままシュラク隊の総隊長にはヤザン・ゲーブルが当たること発表されて、

シュラク隊隊員となったジュンコ達は嬉しいやらげんなりやら、少し複雑な気持ちだ。

しかし、自分でも意外だがどうも嬉しい気持ちの方が上回るのは各隊員が共通していた。

シュラク隊達も、ヤザンがどういう男かを少しずつ理解していて、

いわゆる男気とか侠気とかいうものを身内に対しては発揮するタイプの男だと知ってからは

随分付き合いやすくなっていた。

彼は、実は面倒見の良い性格をしているのだ。

何より少なくともリガ・ミリティアでは、

パイロットとしての腕前は右に出る者はいないどころか並ぶ者がいないし、

意外なことにパイロット以外の仕事も卒なく熟す。

 

年の近い逞しい男は、宇宙戦国時代の昨今、死に絶えてしまってそうそう見かけない。

やはりどれだけ鍛えてもシュラク隊達は女で、

こういう魅力的なオスの側にいるのは生物としての女の本能が満たされ充足する。

 

「私は隊長より、オリファー副隊長の方がタイプだわ」

 

そう言っていたジュンコ・ジェンコだが、

彼が既にマーベット・フィンガーハットという恋人がいると知ってからは

きっぱりオリファーへの色目はなくなった。

オリファーへの未練がさっさと消えてしまったのはやはりヤザンがいたからだろうか。

 

「あーあ…副隊長の方が優しい旦那になってくれそうだったのに。

やっぱ良い人にはもう恋人いるわよね…残念」

 

「でも、ヤザン隊長も家庭に入ったら意外と良いパパになりそうじゃない?」

 

ある日、MSのコクピット周りの調整中に漏らしたジュンコの恋の愚痴に

ケイトが白い歯を見せながらちょっと笑って言う。

それを聞いてジュンコははたと思った。

 

「…ケイトってさ――」

 

思えば、ケイトはあの野獣のような男と初対面の時から結構好感触な発言と態度が多い。

 

「ん?」

 

ケイトが整備班に提出するチェック表に記入しながら生返事。

 

「やっぱ隊長がタイプなの?」

 

「な、なんでよ!んなわけないじゃん!」

 

チェック表を滑らせて落とし、

はははっと笑って手をひらひらさせているがケイトの頬と鼻っ面はちょっと赤い。

そしてケイトのその反応を見てヘレンの片眉がちょっと曲がったのを

付き合いの長いジュンコ・ジェンコは見抜いた。

 

(…ヘレンも?…意外と…ヤザン隊長マークしてる奴、多いのかしら)

 

まぁ女だてらにパイロットなどやりたがって、しかもあの野獣の扱きを耐え抜いた女達だ。

人を見る基準に強いか弱いかを重要な指標とする性質があるのだろう。

特にヘレンやケイトはどちらも普通の女より強気で勝ち気で、

戦うことを好む所のある兵つわものな女だ。

ああいう如何にも強い男に惹かれるのも仕方ないのかもしれない。

 

チラリと20歩程向こうでジェムズガンを見上げながら

オリファーと真面目な顔で話し合っているヤザンを見る。

 

「ふーん…まぁ、応援はしたげるわよ。がんばんな」

 

ケイトとヘレンを見比べてにやりと笑うジュンコ・ジェンコの顔は少し悪どい。

 

「あ、あたしはそんなんじゃないから」

 

ヘレンはそそくさとコクピットにこもってチェックに逃げて、

ケイトも落としたチェック表を拾ってさっさと整備班のとこに逃げていった。

 

 

 

――

 



 

 

 

オイ・ニュング伯爵が音頭を取っているVヴィクトリープロジェクト。

その一つの成果である新型MSガンイージのプロトタイプが形となって花開き出した。

ヤザンがテストをし続けていた1機目に続いて

2機目もロールアウトし既に稼働データを収集しているとのことだ。

いよいよザンスカールMSへの対抗馬が本格的に動き出すということだ。

ヤザンはシュラク隊の訓練開始前は

ガンイージのテストの為に地球と月を往復する生活をしていて、

ザンスカールの目が地球にも光りだした最近では危険な行為でもあるし何より多忙過ぎた。

なので最近はヤザンは地球に留まっており、

今回の最終調整でも月に赴いたのはシュラク隊だ。

ヤザンの代理として彼女達がプロトガンイージのテストパイロットを引き継いだのだった。

そもそもガンイージは真っ先にシュラク隊に配備される予定なのだから

理に適った派遣だろうと思えた。

 

「くそッ…ザンスカール程の熱意が連邦に欠片でも残っていればな…。

ザンスカールはもうゾロアット以上の新型を作ってるって噂もあるのに

うちらはまだジャベリン以上の主力がいない」

 

月からの暗号化された報告を受け取りながらヤザンは毒づく。

ガチ党がザンスカール帝国となって以来、帝国の快進撃は続いている。

サイド2周辺の自治コロニー郡(実質、独立コロニー国家郡)は尽くザンスカールに敗れ、

月に首都を移した地球連邦は政府も軍もろくに動かない。

ザンスカールのやりたい放題であった。

 

(連邦は生きながら死んでやがる。これじゃあ存在する意味がない!)

 

かつて身を置き、世話にもなった連邦軍。

凍らされた恨みもあるが、ある程度の愛着はあった。

その成れの果てをまざまざと見せつけられるのはなかなか来・る・ものがある。

 

「…俺を凍らせた連中は、なかなか目の付け所が良かったのかもしれん。

女が戦場に出張り、古巣は病み衰えて無様を晒す時代…。

それをじっくり見せつけられる俺の身にもなってみろ。

俺への懲罰としては良い選択じゃないか…えぇ?そうは思わんか、オリファー」

 

月からの暗号文書をオリファーへ投げてよこす。

そんな上司を見、文書を受け取りながらオリファーはいつものように苦笑した。

往時の連邦を知り、そこの第一線で活躍を続けたヤザンだ。

余人には分からない怒りや悲しさがあるのだろうとオリファーにも分かる。

 

「…お気持ちお察しします。報告書も芳しくないんですか?」

 

「いや、こっちは芳しい。既にガンイージは8号機までフレームは完成したとある」

 

「っ!え…そ、そいつは凄い!予定より3ヶ月も早いですよ!?」

 

オリファーは文書へ急いで目を通すと、ヤザンの言う通り…

早まったスケジュールでガンイージの生産が始まるとのことだ。

 

「俺が戦闘データを集めたんだ。当然だな」

 

ヤザンの鋭い目には自信が満ちている。

ヤザンという男はいつもこうだった。

 

「今月中にセント・ジョセフから稼働データが送られる。

そうすりゃ地上でも伯爵がV型を軌道に乗せてくれるだろう。

いよいよ堂々と反撃できるってもんだ」

 

リガ・ミリティアの主力MSは未だにジェムズガンだ。

ジェムズガンを上回るMSとしてジャベリンがいるにはいるが、

一部連邦軍基地が協力してくれているとはいえジャベリンは連邦の正規主力機。

旧式のジェムズガンと違って横流しは難しく、

リガ・ミリティアはあまりジャベリンを所持していない。

未だに田舎の警備等でちらほら見かけるヘビーガンなどは

もはや戦力的に論外の骨董品だ。

 

(…俺が尻を預けた最新機達も、

俺が寝こけている間に好事家しか興味を示さん年代物のガラクタアンティークになっちまった)

 

1年戦争やデラーズ紛争、グリプス戦役でも体感していたが、

改めて人間の技術の日進月歩に舌を巻きながらも、

来たるべき反撃の時を思いヤザンは自然と獰猛な微笑みを浮かべていた。

 

 

 

――

 



 

 

 

MSが揃わないレジスタンスが足踏みし、連邦が相変わらず惰眠を貪っている内に

ザンスカール帝国の地上侵攻の速度が加速度的に増した。

原因はゾロだ。

ゾロは、ゾロアットを地上侵攻用に改修した機体で、

傑作機ゾロアット同様地上で目覚ましい戦果を各地で挙げていた。

腕部のビームシールドらしき代物はビームローターと呼ばれる新技術で、

ミノフスキー粒子の効果によって

推進剤を消費せずに半永久的に大気圏内飛行を可能とする恐ろしいモノだ。

技術部の人間がやや興奮気味に

 

「つまり分かりやすく言うとですね!高出力のビームサーベルを高速回転させると

その下方にミノフスキー粒子の立方格子が生成されて

ミノフスキーエフェクトが物体を押し上げるんですよ!」

 

とか言っていたがヤザンは技術畑の人間ではないので話半分に聞き流していた。

が、とにかく革新的な技術なのはベテランパイロットであるヤザンにも分かる。

ヤザンとてあのビームローターが、旧世代のヘリのローターと同じ原理とは思っていない。

記録映像を見たが、ゾロの空中制御は非常に滑らかで小回りが利いていた。

あれではジェムズガンは勿論、ジャベリンでさえ空戦で後手に回るだろう。

特に戦略的に見てゾロの航続距離は脅威そのもの。

一度、ザンスカールのゾロが出撃すればパイロットの体力さえ保てばゾロはどこまでも飛び、

空から急襲してくるのだ。

ビームローターだけで飛べば速度と高度はいまいちでも推進剤も消耗しないのだから、

まさに場所を選ばない神出鬼没が可能になる。

 

「宇宙では衛星軌道上にザンスカールの艦隊が集まっていますしね…。

資材を次々に集めて、一体何を作るのやら…奴ら、完全に調子に乗ってますよ」

 

報告を入れるオリファーの顔は苦々し気だ。

簡素な執務室の安物の椅子の背もたれを軋ませながらヤザンは頭の後ろで腕を組む。

 

「そりゃ調子にも乗るだろうぜ。連邦もうちらもこの体たらくだからな」

 

Vプロジェクト総責任者オイ・ニュング伯爵と、

その補佐役としてヤザン隊から派遣してやったマーベット・フィンガーハットは…

今現在必死に欧州各地のリガ・ミリティアの秘密工場を巡っている。

月からのガンイージのデータを元にしたVプロジェクトの要である『ガンダムタイプ』のMSは、

ザンスカールへの防諜対策としてパーツごとに生産工場を変え、

形式番号すら分かり難い捻ったものにして鋭意製作中である。

パーツを回収しガンダムタイプヴィクトリーガンダムの中心ユニット…コア・ファイターの簡易テストを行いつつ、

大型トレーラー『カミオン』でガンダムタイプをヤザンの元まで運ぶ。

そして月からガンイージを運んでくるシュラク隊と、

地上のヴィクトリーを運用するヤザン隊とが合流して、

そこでようやくリガ・ミリティアの本格的なMS運用作戦は開始するのだ。

 

だが、いい加減ストレスが限界だ。

ずっと教導だの会議だの地元勢力との交渉だのに引っ張られていたヤザンは、

命のやり取りに飢えているし何よりザンスカールにやられっぱなしなのが気に食わない。

コールドスリープから目覚めて数年。

最初はこの時代に戸惑い、

MSの操縦感の違いや情勢、価値観の変化具合についていくのに精一杯だったが…

そこは流石に天性の野獣、ヤザン・ゲーブルだった。

1週間と経たぬ内に時代に追いつき、馴染んだ。

それからは身に秘めた圧倒的な経験と闘争本能を発揮して

気付けばあっという間にリガ・ミリティアの幹部扱いだ。

 

「ラゲーンが落とされて、ザンスカールは地球にも橋頭堡を作っちまった。

衛星軌道で作ってるのも気になるしな…

ガンイージとヴィクトリーを待っている余裕は無いかもしれん。

いざとなりゃジェムズガンでも仕掛けるぞ。覚悟しておけ、オリファー」

 

その言葉にオリファーも頷く。

 

「幸い、俺の注文したア・レ・の開発は間に合ったからな。

技術部連中にはまたおごってやらなきゃならん」

 

「連邦の払い下げ品も手に入れやすくて改良も簡単だって言ってましたし、

おごらなくていいんじゃないですか?隊長の懐も苦しいでしょう」

 

「金なんざ持ってても使う機会はこれぐらいだからな」

 

「まぁ、そのお陰で俺もしょっちゅう御馳走になっちゃってありがたいですけど」

 

オリファーがわざとらしくヤザンの前で両手を合わせる。

こいつ、とヤザンは軽く笑った。

 

「伯爵の許可は取り付けてあるんだ。隠れて逃げてるだけなんざ性に合わん。

我が物顔のベスパに吠え面かかせてやるぜ…」

 

ヤザンが手に持った資料に写る、MSの身長以上の砲身を誇る長得物のビームライフル。

そしてゾロアットのビームストリングスの技術をごっそり盗用させてもらって改良した、

短い柄の電撃ワイヤーロッド。

 

ヤザンが発注したアレ…。

それは彼がグリプス戦役時に愛用したフェダーインライフルと海ヘビだった。

ティターンズのMSの多くが使い回した非常に優秀なガブスレイ用ライフルと、

ヤザンの愛機ハンブラビの特徴的な兵装であるそれらは、

民間企業や小金持ちですら旧式のMSをまるごと買えてしまう現代では

一武装を入手するのは容易だった。

現代技術で手直しすれば現役復帰できる程保存状態の良い物も多く、

レジスタンス技術部が当時の使用者ヤザン・ゲーブルの意見を存分に入れて改良した結果、

フェダーインライフルⅡ、海ヘビⅡとして2つの武器は現代に復活し生産が始まっている。

ただの旧式の現代レプリカだと笑うなかれ。

使い心地もそのままにリバイバルされたこの武具が、野獣の手に渡った時…

ジェムズガンでさえ恐ろしい敵に化けることをまだザンスカールは知らない。

 

ザンスカール帝国の軍隊であるベスパ。

その地上侵攻の先遣隊である精鋭部隊イエロージャケットと言えば

『ベスパのイエロージャケット』として多くの人間に恐れられる兵士だった。

彼らは苦もなく地上を蹂躙し続けたが、

ヨーロッパのとある地区に侵攻した途端にその快進撃が止まることになる。

 

そこには獣が住んでいた。

悍ましい速度で地球を蝕む蜂は、藪に潜む獣に食われているらしかった。

 
 
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