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ヤザン・リガミリティア

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妖獣の手のひら

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ヤザンがリガ・ミリティアにいる   作:さらさらへそヘアー

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Vガンダム30周年にこそっと投下
ゲンガオゾのHGかRGかMGが出ますように…

妖獣の手のひら

白く染まる戦場から三つの彗星が飛び出すと、それらは唖然とした様子で眼下の異様な爆発を眺める。

三つの彗星とは、無論のことゲンガオゾ、V2、そしてシャッコーであるが、その内の1機、カテジナの駆るシャッコーだけがワンテンポ遅れて脚を少しと、そしてオートコンバーターが焼けただれていたが、リガ・ミリティアの誇るエース部隊・ヤザン隊だからこそ、損害がこの程度で済んでいる。流石の一言だった。

 

「…っ!シャクティっ!!」

 

V2を核爆発から逃しつつも、今すぐにその爆炎に分け入りそうになるウッソが悲壮に叫ぶ。

実際にそうしたい衝動が溢れ出て、V2が突っ込む素振りをみせたが、V2の腕をゲンガオゾがしっかりと抑えていた。

 

「落ち着けウッソ!」

 

「なんで落ち着けるっていうんです!あ、あそこにシャクティがいたら!!」

 

ウッソは年不相応な才幹と落ち着きを持っている少年で、最近はヤザンもすっかりそんなウッソを一人前のパイロットとして認めていたから、年相応に取り乱すウッソは逆に新鮮味があった。

しかし、そんな年相応なものの発露は今はマズかった。

 

(そうだったな…ウッソ子供達には、シャクティがザンスカールの姫である事は――)

 

大人の中でも、シャクティとクロノクルに本当の血縁関係があるという事実は、オイ・ニュングが機密情報に指定した為に極一部の者しか知らない。

カミオン隊の中ではオイ・ニュングとヤザン、そして乗艦の際に健康診断をしたレオニード。

リガ・ミリティア全体では、ジャハナムの右腕であるウッソの母ミューラと、そして真のジン・ジャハナムにしてウッソの父ハンゲルグしか知らないのだ。

 

「あそこにはシャクティはいない!」

 

ヤザンは内心で舌打ちしながらも言った。当然、ウッソの返しも予想はつく。

 

「なんでそんなこと!断言できるだなんておかしいですよ!」

 

「断言できるんだよ!

奴らにとってシャクティは、万が一にも傷はつけられん存在なんだ!

この艦隊を囮に使ったという事は、敵はシャクティを別ルートから運んでいる!」

 

そこまで言ってやれば、ようやくウッソのV2が大人しくなる。

 

「傷つけられない存在…?」

 

機密事項ではある。

しかし、大人達以上に…誰よりもシャクティの側にいて、これからもそう望むであろう少年にはそ・の・真・実・を知る権利と義務があるだろうし、しかもザンスカールの手に渡る事が半ば決定付けられてしまった今となっては、隠し立てを続けるのも虚しい努力だった。

マリアは未婚の女王であるから、お涙頂戴のカバーストーリーが完成し次第、シャクティは姫として大々的に喧伝されるだろう。

その時、ザンスカールの公共放送から真実を知るのと、今、味方から教えられるのではショックの差異もある筈だった。

ヤザンは決断する。

 

「いいか、良く聞けよウッソ。

シャクティはザンスカールの姫だ!

女王マリアの実の娘なんだよ!

あのクロノクル・アシャーは、シャクティの叔父だ」

 

「な、なにを――」

 

ウッソは一瞬、ヤザンが何を言っているのか解らなかった。

 

「――ヤザンさん、何を言ってるんです!?」

 

「ニュータイプの貴様なら、解ってみせろ!

俺がその場凌ぎのデマカセを言っていると思うか!?」

 

「っ…!そんなのって!そんな事って!なんで…そんな事っ」

 

「黙っていた事はすまないと思っている。後で殴られてやるさ。

だから今は、昇った血を下げてみせろ!このままじゃ鈴の音のカモだぞ!」

 

殴られてやると言ったのは、子供らを利用し続けるスレた大人の代表としての責任感もある。

お肌の触れ合い通信から聞こえ続ける声の持ち主は、そういう大人の男だったから、ウッソの心にまで安心感を与える。

今まで、そんな大事なことを黙っていたのには確かに憤りを感じるが、それには理由があって、そしてヤザンは自分達の事を思ってそうしていただろうし、そうでないとしても退っ引きならない〝大人の事情〟という奴があったのだろう。

大人の事情で子供を振り回すなとは常々思うウッソだが、それが理解できてしまうのもウッソ・エヴィンだったし、何より彼はヤザンが好きだった。

少年が息を呑み込んで、そして深く長く息を吐いたのが、ゲンガオゾのコクピットにまで触れ合い通信で伝わって来る。

 

「落ち着いたのなら、さっきの狙撃の意味も解るな!?

鈴の音の奴は俺達が視えている!すぐに離脱するぞ…!カテジナ機の足がやられている。

このままじゃ、俺達は良い的って奴だが、今ならまだ少ないダメージでやり直せるんだ!」

 

「…っ!解っているつもりです!」

 

戦場でのそういうやり取りは隙であって、そしてそんなものをいつまでも見逃すファラではない。

赤い光が火花のように瞬いて散った次の瞬間、またも強烈な狙撃がヤザン隊を襲う。

 

「っ!チィ!?」

 

隊の中心を切り裂くように紅い砲撃が這っていき、咄嗟に散る三人。

パイロットがスペシャル…或いはそれに近しいエース級であり、そしてそのパイロットの反射反応を、すぐさま動きに反映できるドライブ搭載MSという組み合わせだから出来た事だ。

たとえ機動力に特段進化した今世代MSでも、虚空の闇から突然降って湧く超々ロングレンジからの狙撃など、普通は躱せるものではない。

だが、避けたはずの赤いビームは、吸い込まれるようにベスパの艦を貫いた。

多くのメインノズルをヤザン隊にやられていながらも、残ったサブスラスターを酷使して必死に逃げようとしてそのリシテア級は、しかも、またメインジェネレーターが狙われていて、撃ち抜かれた拍子に巨大な核弾頭となってこの世から消滅してしまった。

 

「また!?な、なんなのよ…これは!」

 

カテジナが思わずヒステリックに叫んだのは、頭の奥底に、まるで〝命が砕けるような音〟が甲高く響いたからでもあったが、それ以上に敵の砲撃が腹立たしいと感じたからなのは、さすがに負けん気の強いご令嬢だった。

理不尽とも思えるぐらいのピンポイントアタック。

めきめきと頭角を現し、いっそ不気味で薄気味悪いとすら思った真のスペシャル・ウッソ少年ですら、こうも上手くできまいとカテジナは思う。

それぐらいの理不尽な攻撃だったが、その理不尽さに叫んだのはなにもカテジナだけではない。

戦闘能力の大半を喪失したラステオの艦橋で、ドゥカー・イクとレンダの二人も悲愴と怒りを綯い交ぜにした顔で恨み節を吐き出していた。

 

「これはどういう事か!なぜ…なぜだ!」

 

「少佐、これは…明らかに友軍を狙っています!」

 

「ファラのザンネックは…私達の艦隊ごとガンダムを葬ろうというのか!!?」

 

「ゲトル・デプレか、それともファラの策かは分かりませんが、味方を見殺しにする程度ならばまだしも、私達を爆雷代わりに積極的に撃つ!こんな背信行為!!」

 

試作サイコミュMSのリグ・リングによって、ファラの思念を受信、増幅させて、敵のスペシャルの認識能力を誤認させるという、ファラの策。

ウッソの高いニュータイプ能力が仇となったが、そもそもこんな芸当が出来るのも、ファラ・グリフォンというやはり規格外のスペシャルがいたからで、そしてそれを活かせるマシーンもザンスカールには存在したから、ウッソ程のスペシャルを騙し果せた。

 

「こんな所で、味方に殺されては私達の夢は…バイク乗りの楽園の夢はどうなる!」

 

死んでたまるか、という強い思いを顔面いっぱいに滲ませてドゥカーは叫ぶ。

バイク狂いの狂人という側面もあるが、ドゥカー・イクは優秀なパイロットであり指揮官で、そして女王の御前でアドラステア級のプレゼンさえさせて貰える程に忠義と信仰心を持つベスパの軍人でもあった。

そんなドゥカーをして、(このままリガ・ミリティアに投降でもしてやろうか)という思いさえ、一瞬ではあるが去来する。

しかし、今更リガ・ミリティアに投降したとて、この恐ろしい狙撃から助かる道もない。

 

「…!このままでは…死んでも死にきれん!」

 

指揮席の腕置きを力いっぱいに叩くドゥカーを、レンダも、そして部下達も同じ思いで口惜しそうに見る。

 

「生きて帰れたら…必ずやこの事は女王陛下にご報告させてもらうぞ、ゲトル!!」

 

未だに女王とザンスカールへの忠誠心はある。だが、決定的にガチ党への信頼は揺らいだ。というのも、ゲトル・デプレが失脚したタシロからカガチ派閥へと乗り換えたのは、ベスパの者ならば誰もがもはや暗黙の了解で知っていた。

だがこのままでは恐らく、ここが自分達の墓場となる。

それを悟っていたドゥカーだが、リガ・ミリティアの3機の怪物が急速に場を離れていくのを見て、「命を拾った…」と安堵の息を吐く。

しかし、ドゥカー・イクの表情は尚も暗い。

 

(いくらなんでも…まさか味方がこうまで腐っていたとは)

 

味方の背を平気で撃つような者達と、これから先も轡を並べて共に同じ道を征く事など出来ない。

ドゥカーもレンダも、この時に心に秘めたモノを抱く事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウッソ、シャッコーを右から支えろ!

両側から俺達で押さえれば、今のシャッコーのドライブでも速度は出る!

戦域を全速力で離脱する…!撤退だ!」

 

「くっ…、はい!」

 

心が苦しかろうとウッソ・エヴィンは、戦場において正答を導き出せる男で、隊長の要望に完全に応えてみせる。だからこそヤザンは、ウッソを、戦場に於ける同等の戦士として既に見ていた。

3機が組み合って、同時にミノフスキー・ドライブを噴かす。

V2、シャッコー、そしてゲンガオゾのバインダーから漏れ出す光の粒子が溶け合って、3機はまるで一つの彗星のように光の尾を引いて宇宙を飛んでいく。

 

(シャクティ…!ごめん、ごめんね、シャクティ!待っていて…絶対に迎えに行くから!)

 

ウッソの明敏な思考は、あの鈴の音の大敵が、自分のニュータイプ能力すら利用してここに誘い出したのだと理解していた。

確かに進路予想をしたのはオイ・ニュングとヤザンだが、自分のニュータイプ的な勘も、こちら方面で良いと告げていた。論理的にもニュータイプ的にも、今回は鈴の音に上を行かれたというのがウッソには分かる。

血が滲みそうな程に唇を噛み、操縦桿を握る手すら震える。

ウッソは悔しかった。

初めて自分が無力に思えたし、大切だとは思っていたシャクティが、自分の予想よりももっとずっと大切な存在だとも理解させられる。彼女がいなくなり、即座の救助が無理と分かった今、ウッソは身も心も裂けそうだった。

そんなパイロットの煤ける思いを反映させるようなV2の去り様を、遥か彼方の宇宙の海で、一人揺蕩うザンネックが心眼で見送っていた。

 

「うふふふふ…やはり速い。いい判断だよ、坊や。そしてヤザン…!

姫様はそこにはイやしないって、もう気付いてしまったんだねぇ。そうか…坊やにとって姫様はそんなにも大切な人かい?あははは!

もう少し私と遊んでくれてもいいのに、ヤザンも坊やも…なかなか私に夢中になってくれないのは嫉妬しちゃうじゃないか。ふふ…、まぁこんな遊びは手慰み程度…うふふ。

……さて――」

 

ペロリと、ファラ・グリフォンは蠱惑的な唇を舐める。

 

(ゲトルの奴は乗せやすくていい。これで、戦場に咲く徒花はもっと多く、もっと綺麗に咲き誇ってくれる。これでいい…もっと、もっとだよ…。メッチェ…お前の所に、もっと送ってあげるからね)

 

味方の中にすら不和をばら撒いて、そしてもっと多くの者に踊ってもらいたい。

それが今のファラ・グリフォンの願い。

そしてその中の、その中心にヤザン・ゲーブルと坊やウッソがいてくれれば、きっとメッチェがいない今生でも自分は楽しめるはずだ。

 

「独りは寂しいものね」

 

ファラ・グリフォンは、独り、鈴の音を響かせてザンネックの胎内で笑っていた。

 

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

 

優秀なリガ・ミリティアの諜報部からの情報と、戦場で会敵したヤザンやウッソからの情報を擦り合わせていけば、恐るべき敵エースの〝鈴の音野郎〟の正体もいつかは判明する。

あの恐るべきMSに乗っていたのは、失脚し消え去ってくれたと思っていたザンスカールの処刑人、ファラ・グリフォン中佐その人だ。

ファラ・グリフォンは、リガ・ミリティアが追撃してくるであろう逃走路を予測してみせた。

そして、未完成の試作サイコミュMSの、思念波受信機能だけを使って、ニュータイプのウッソをも欺いた。

ファラ・グリフォンの、ラゲーン司令時代にも恐れられていた女傑っぷりは、何も陰ってはおらず今も尚激しく燃え上がりカミオン隊の脅威だった。

それを今回の一見でカミオン隊の面々は理解する。

ブリーフィングルームで、ヤザンとオイ・ニュングは、お世辞にも明るいとは言えない雰囲気の中で、重苦しく言葉を交わしていた。

 

「ラゲーン時代から、俺達の悩みの種だったファラが、またこうやって俺達の壁になるとはな。

しつこい女だぜ」

 

どの口が言うのだという表情で、伯爵がヤザンを呆れて見る。

 

「さんざんしつこくラゲーンのベスパの喉元に食いついていた男が言うセリフかね?」

 

ヤザンは「はンっ」と短く笑ってそれを流した。

 

「問題は、ウッソくんだ。今回の失敗で焦らなければいいのだがな」

 

「あいつは頭がいいが、無鉄砲でバカなとこもある。

見張りをつかせたって、頭がいいから出し抜きやがるだろうしな。

想定しておいた方がよさそうだ」

 

「…脱走するかな?」

 

オイ・ニュングの問いに、ヤザンがうなずいた。

 

「するだろうな」

 

「まいったな…マケドニアとフロンティアの連合艦隊が、ズガン艦隊に負けたってその日に。

悲報凶報ってのは続くものなのだな」

 

オイ・ニュングとヤザンが暗い顔をしているのは、これも大きい。

無敵のズガン艦隊と謳われる、ザンスカール帝国の主力艦隊は伊達ではなかったという事だった。

フロンティアサイドから駆けつけた義勇軍と、マケドニアコロニーを中心としたサイド2の反ザンスカール軍は、ズガン艦隊との決戦に大敗を喫したとの情報も、リガ・ミリティアのスパイ達からもたらされていた。

これでリガ・ミリティアは世間的には三連敗となって、世間人気は急速に冷めていくだろう事は簡単に予想できた。

第一にカイラスギリー爆散。

第二にセント・ジョセフの戦い。

第三に、このフロンティア連合艦隊の敗北。

一と三については、リガ・ミリティアの主力は関わっていないから、リガ・ミリティアの負けだと囃し立てられれば「そうではない」と皆言いたいだろうが、そういう風説の流布の情報戦はリガ・ミリティアだって散々仕掛けた事だ。

ザンスカールに言わせれば、ズガン艦隊こそが戦力の要たる主力で、それ以外の敗戦は大した事など無いぞと言いたいに違いないのだ。

 

「相手はズガン艦隊だ。ま、仕方ないさ。

しかし、撤退する連合艦隊は少しでも生かして、俺達の方に合流させにゃならんぞ。

フロンティアはともかく、マケドニアは元々が反ザンスカールというだけで、リガ・ミリティアにも良い顔をせん連中だからな。

あんな奴らでも抵抗運動レジスタンスには欠かせんし、今回の敗戦で本格的にうちらの傘下にねじ込めるかもしれん」

 

「わかっているよ隊長。だから悩みもする」

 

「後は、大きな勝利をここらで一回…ってとこだな。スポンサーはお冠だろう?」

 

「…ああ」

 

綺麗にまとまった灰色の頭を、伯爵は気怠げに掻き揃える。

 

「危険だが、やはり動くしかないか。

…隊長の傷も癒えていないというのに申し訳ないが、やってくれるかね?」

 

皆、忘れがちだが、こう見えてヤザンは背に重度の火傷を負っていて、片足は折れている。

本来ならMSの操縦などしていい容態ではないが、ヤザンの強い生命力はそんな事実を笑って吹き飛ばす力強さを持っていた。

 

「人手不足なんだ。泣き言なんざ言ってられん。

…オデロとトマーシュはどれぐらい仕上がっている?」

 

しれっと少年パイロット候補二人の様子を尋ねるヤザン。

少し前、ヤザンはオデロとトマーシュに「鍛えてやる時間は無いが自主練をしろ」と、端的に言えばそのような事を仄めかしたが、オデロとトマーシュは夜な夜なシミュレーター室に潜り込んで勤しんでいたのは、大人達の知る所だった。

正直に言えば、リガ・ミリティアは少年兵だろうと何だろうと、使えそうなものは何でも使いたいゲリラ組織なのだから、少年二人にはさっさと強くなって貰いたかった。

 

「オリファーが空いた時間に見てくれていたのは、隊長も知っているんじゃないのか?

お陰でなかなか良い仕上がり具合だよ。

…今も、片腕になったばかりだというのに、君にばかり働かせるのは悪いと…シミュレーター室で二人の教導をしている」

 

宇宙世紀の現代なのだ。よく効く痛み止めも豊富だし、質の良し悪しはともかくとしてナノマシンだとか義手だとかも事欠かない。

それでも重傷で動き回るのは推奨されないというのは、実に当たり前のことだったが。

 

「そうか…オリファーがな。…奴も苦労性だ。怪我をした時ぐらいゆっくり休めばいいものを」

 

「無理だろう。なにせ生粋の〝ヤザン隊副隊長〟だからな」

 

伯爵に言われて、ヤザンはにやりと笑った。

ラムサスとダンケルに叩き込んでやった魂を、どうやらオリファーはしっかりと継承していた。

 

「なら、最後の仕上げに俺が見てやるか」

 

「そんな時間があるのかね?」

 

「無いなら作るさ。

ザンスカールの首都に空襲をかけようってんだぜ?戦力は一つでも多く整えんとな。

それにカテジナの時も、結局は見てやることになったんだ。

こうまでやる気を見せたなら、奴らも見てやらければ不公平というもんだろう」

 

ジン・ジャハナムの暗号指令を元に、オイ・ニュングとヤザンがスパイスを加えた次なる一手。それは、逃げ散る連合艦隊残党を、ズガン艦隊が追撃することで生じるザンスカール本国の隙をついた上での強襲だ。

ザンスカールは、サイド2を完全に盤石な支配圏にしたいから、多少本国が手薄になっても、この機を逃したくはないはずだった。

そういうズガン艦隊の心理をついているから、一見無茶な首都空襲は成功の確率は低くはない。無論、高くもないが。

それでも、これをやることで敗戦の世間体を取り繕えるし、マケドニアコロニーに大恩を売れるのは間違いない。そういうジン・ジャハナムの思惑が透けて見える。

 

それにしても、とヤザンは溜息をつきながら愚痴るようにして伯爵へ言う。

 

「俺も随分、少年兵とか女兵士に慣れたもんだ。

気づけば戦場は女子供だらけで、今じゃ俺がせっせと女子供を戦場に送っているなんてな。

……ハッ!慣れってのは怖いぜ。俺達はろくな死に方ができんよなぁ伯爵」

 

「あぁ全くだな」

 

この二人が共に行動を共にするようになってから、幾度となく交わされた同じ話題だ。

人とは慣れる生き物だから、互いに自分が汚い大人だという事を忘れない為の、確認の儀式という意味合いもあるのかもしれない。

深く長く息を吐いた後、オイ・ニュングは端末を弄って様々なデータを見比べつつ、ヤザンに最後の確認をする。

 

「――では、この手筈で行く…という事でいいのだな、隊長」

 

ヤザンの首が縦に振られたが、どこか嫌々といった雰囲気があるのが珍しい。

きっとこの悪辣な知恵者の伯爵は、自分の経歴をしった上でこの作戦を立てたのだろう。それはきっと、経験値故にそれが出来ると踏んでの事だろうが、ヤザンは「嫌がらせをして、遠くから眺めて楽しむ気か」と言ってやりたい所だ。

愚痴るような口調で、伯爵へと返す。

 

「作戦立案の最終決定権はあんたにある。それに、ウッソへの責任を果たすためにはな…仕方ないさ。やれやれ…、アメリア侵入の為とはいえ、俺がガキと一緒にジ・ャ・ン・ク・屋・なんぞに化ける羽目になるとはな」

 

一家言あるリーゼントヘアを雑に撫で上げて溜息を吐き出す。

因果というものを感じずにはいられないヤザンだった。

 

 
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