ヤザン・リガミリティア
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宇宙の魔獣・カイラスギリー その1
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ヤザンがリガ・ミリティアにいる 作:さらさらへそヘアー
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宇宙の魔獣・カイラスギリー その1
それは突然の腹痛と頭痛から始まる。
カイラスギリーに駐留しているほぼ全ての人員が
猛烈な苦痛と倦怠感、激しい不安感や精神的混乱に襲われていた。
リガ・ミリティアのマイクロウェーブ照射が始まったのだ。
通常、マイクロ波は金属に大部分が反射されてしまうものだが、
ハイランドのマイクロ波は通常のマイクロ波と性質もやや異なり、
そのお陰で非常に強力な出力を誇る。
ミノフスキー粒子を応用したものらしいが、
とにかくその作用がウェーブの金属透過を引き起こし、
人体の表層部分よりも深部に強烈に作用するのである。
だから、艦船や要塞の厚い装甲に守られたベスパの者達も当然こうなるのだ。
「あ、開けてくれぇぇぇっ!!」
「次は…俺の番だぞ……っ、ぅぐ、おぉぉぉおおぉ!」
「貴様らっどけ!わ、私は士官だぞ!このトイレは私のものだ!!上官命令だぞ!」
「そんなの聞いてられる状況ですかってんだ!!」
格納庫から、廊下から、艦橋から、備蓄庫から、居住区から、
あらゆる場所から怨嗟の声が聞こえてきて要塞居住区のトイレは大盛況だ。
十数隻のカリスト級のトイレも勿論、
コントロール艦である巨大旗艦スクイードのトイレも人でごッタ返している。
トイレに辿り着けない者は緊急避難用の重装型ノーマルスーツを着込み、
そのトイレパックで用を足す者達もいたりもする。
下痢だけの話ではない。
嘔吐もだ。
当然、トイレも重装ノーマルスーツも間に合わぬ者も出てくる。
MSパイロット達は、優れたトイレパック性能を誇るパイロットスーツに身を包んでおり
その点で他の連中に対して勝ち誇った顔をしながら濁流のようなそれを垂れ流す。
しかし、それでもトイレパック機能の限界をすら超えてしまう者が既にいる状況。
第1種戦闘配置が宣言されているというのにMS搭乗率は未だ20%に届かない。
酷い有様だった。
ザンスカールが誇る新鋭艦、衛星砲要塞、それらの各所は排泄物と吐瀉物で汚れた。
まだ1G環境下ならばマシだったかもしれないがここは宇宙で、
しかもコロニーではない。
汚物はそこらを彷徨い、臭いは充満し、
突然全員を襲ってきた便意や吐き気を耐えてきた連中すらも、
いわゆる〝もらいゲロ〟でダウンしていった。
悪夢の連鎖が続く。
清潔感漂う新鋭艦が揃い「是非、配属先に」と望む者が後を絶たないと評判のタシロ艦隊は、
今日この日、たった一日で不人気No.1に輝く職場となったのだ。
「ぐ…う、ウォォ…ッ!」
敵に動きありとの報でスクイード1の司令席に座るタシロも、
普段の優雅さを失って脂汗を浮かべ席上で苦悶の呻きをあげている。
一瞬でも気を抜けば、ザンスカール軍大佐としての威厳を失う醜態を晒しかねない。
だからといって敵が迫る中、指揮席を空けるなどとても出来ない。
今、タシロは普段のダンディズムを投げ捨てて、
心の底からオムツを渇望している。
「お、おの…れぇぇ……リ、リガ・ミリティアの…仕業だな…!
なんと卑劣な、連中なのだ……!
み、皆に、戦闘配置を維持するよう、改めて…命令しろ…!うぐ!?ウォオオオ…」
「りょ、うっ、かい…パイロット…各員…第1種戦闘配置を…維持し…う、うぅ…!
し、司令…!だめです!とても、戦闘配置、維持できません…!あっ、あぁ!もうダメ!
申し訳ありませんっ、し、失礼します!」
タシロの命を何とか実行しようとした通信士の女性は、
女として、大人としての尊厳を保つ為に跳ねるように立ち上がって猛烈に駆けていく。
堂々たる命令違反だ。
だが、もはや誰も彼女を止めること叶わない。
「こ、こんな作戦は…ナンセンスだ!!」
目眩までしてきて、意識に黒い幕がちらちらと降りだしていたタシロは、
気力を振り絞って意識を保ち、括約筋を叱咤激励し、嘔吐感にも耐える。
無敵のズガン艦隊すら恐れぬ精強なるタシロ艦隊は、
今、取るに足らぬ筈のゲリラ組織の悪辣な策略によって未曾有の危機に直面していた。
――
―
そんな有様のタシロ艦隊の防宙圏内に急速に突っ込んでくる熱源がある。
ザンスカールの誇る新型デュアルタイプMS・アビゴル…というにはやや語弊がある。
アビゴルはザンスカールでは出来損ない扱いで、
必死にこれを調整し名誉回復させようとしていたテストパイロット、
ゴッドワルド中尉はテスト失敗による宇宙漂流の末にヤザンに捕獲される憂き目にあう。
だからザンスカール側は、このアビゴルの真価を未だ知る由もない。
アビゴルは、今リガ・ミリティアのエース機としてザンスカール生みの親に牙を向いた。
「…っ、マイクロウェーブの圏内に入った…!ウッソ、カテジナ、いいな!
後30秒でマイクロウェーブが消える!それまで糞を漏らさないよう気ィ張れよ!」
背びれに引っ付いているVガンダムとシャッコーへ檄を飛ばす。
ヤザンを襲う急速且つ強烈な身体不調に、彼の痩け気味の頬を脂汗が伝った。
「ぐ、うぅ…これ…強烈過ぎますよ!ヤザンさん!」
子供ながら超人的とすら言える身体能力を持つウッソですら呻き、
「…っ!ちょっと…ブリーフィングで聞いてたより激しいんじゃないの!?」
ウッソに劣るとはいえ
スペシャルの片鱗を見せつつある気丈なカテジナもヘルメットの中の顔を歪めていた。
「ぎゃんぎゃん喚くなよ!文句なら伯爵に言うんだな!」
触れ合い通信からは「まったく!」と悪態つく少女の声が響くが、
今回はその悪態にはヤザンも乗っかりたい気持ちがある。
(伯爵め…!話と違うぞ!)
帰ったら元マハ局長をとっちめてやると取り敢えず決めると更にフットペダルを踏み込む。
高速形態となっているアビゴルのスラスターが猛然と噴き上がり加速していく。
「う…!」
「ぐぅ!」
マイクロウェーブの苦痛にGまでがプラスされてウッソとカテジナは必死に嗚咽を耐える。
その中で、一人ヤザンだけが歯を僅かに見せて頬を釣り上げた。
拡大されたモニターの、それでも遥か彼方に映る星々と同じような光点を
ヤザンは獣的なセンスで直様見つけてしまうというのはひたすら脅威であった。
そして獲物を見つければ、
俄然元気となるこの男はマイクロウェーブの苦痛もまるで忘れたように溌剌だった。
「捉えた…!始めるぞヒヨッコ共!」
「ヤザンさん、敵が動いていませんよ!?」
ウッソも反則気味の上官の視力に食らいつき、彼に倣って敵を視た。
そしてワンテンポ遅れて、カテジナも頷いていたのだから恐ろしいスリーマンセルだ。
ウッソの言葉にカテジナは薄く笑う。
「まるで動けていない。ただの的にして下さいと言っているようなもの…!」
「機動兵器が機動を封じられてあのザマだ!叩ける内に叩く!
ウッソ、カテジナ…あ・れ・を仕掛けるぞ!!」
ヤザンが吠えるように命じると二人のスペシャルは力強く頷いた。
と同時にヴィクトリーとシャッコーが背びれから手を離す。
離れれば後はもうミノフスキー粒子が邪魔をして会話は出来ない。
意思疎通は互いの挙動を視て予測するしかなく、そしてそれを戦闘軌道の中でする。
アビゴルが敵MS群へ真正面から突っ込むと、
ザンスカールのMS隊と艦船は当然のように弾幕を展開したがそれは極めて鈍いものだ。
(奴やっこさん、相当苦しいようだな)
余りに情けない疎らな弾幕に、敵ながらヤザンは興醒めも良い所だ。
しかし敵は要塞を抱えながら数はこちらの倍。
単純な戦力では何倍だ…と愚痴りたくなるような差があるのだから、
このような作戦もビターな味ながら飲む必要があるのはヤザンにも分かる。
アビゴルを先頭に、三角形トライアングルを象るように白いMSと黄のMSが配置され、
ヴィクトリーとシャッコーの手にはそれぞれ〝海ヘビ〟が握られていた。
「敵を…トライアングルの中心に入れて…!」
ウッソが海ヘビの束ねられたワイヤーを解放しながら射出。
普段は一本の太く強いワイヤーとして使われる海ヘビが、
この時はビームストリングスのように扇状に拡散していく。
扇の両端はそれぞれアビゴルとシャッコーへと向かっていくように繊細な調節が必要だった。
「っ!このタイミング!ヤザンに合わせるのよ、ウッソ!」
そしてヴィクトリーと同時にシャッコーが、
やはり海ヘビのワイヤーを網状に散開させながら打ち出していた。
射出とコンマ秒差程度の誤差でアビゴルとヴィクトリーから飛んで来る
海ヘビのワイヤーそれを見事に受け取り、海ヘビの柄へと接続。
電磁ワイヤーのトライアングルが、高速機動のさなかに見事に完成していた。
ヤザンはこれを成した二人の年若い部下を誇りにすら思い、そして獰猛に微笑んだ。
(まさか、この技量の低下した時代にまたこれが出来るとはな…!
ダンケル、ラムサス!見ていろ…!俺達が産み出したクモの巣を派手に咲かしてやる!)
獰猛な笑みを浮かべながらも、己の性分に反して思わずセンチな事に思考が飛ぶ。
直ぐに霧散させたが、しかしそれぐらいヤザンはこの連携技に思い入れがある。
己の隊の陣形の外側スレスレを高速で駆け抜けようというヤザン隊の機動は、
ザンスカール兵達からすれば自分達をからかうように映る事だろう。
ビームストリングスという〝個人用クモの巣〟とでも呼べる電磁ネット兵器を持つゾロアット。
しかし、多数のMSが高速戦闘機動をしつつ同時に電磁ネットを展開する等という戦法は、
ベスパ兵をして出てきはしなかったらしいがそれも無理はないだろう。
ヤザンのクモの巣は、本来ならば曲芸飛行と呼ばれるジャンルに近い。
無茶なスキルが必要でリスクが大きい。
リターンもデカイが戦場でやるような事じゃない。
ヤザン隊の挙動の真意を直様見抜くパイロットはいなかった。
「ぐ…こ、こいつら…汚い作戦で…
俺たちをこんな目に合わせた挙げ句、こんな舐めた動きしやがって!
戦場で曲芸飛行だと!?」
「しかも、な、なんだよあのMS!シャッコー以外にも、ありゃうちらのMSだろうが!くそ!」
「リガ・ミリティアめ…!また俺達のマシーンを奪いやがったのか!」
「手癖の悪いゲリラ屋共が!」
突っ込んできたリガ・ミリティアに、
明らかに味方ザンスカール製の特徴を持つ緑の大型MSがいたのも彼らの正気を目減りさせていた。
無数のゾロアット達は、
猫目を見開き周囲を高速で飛び去ろうとする切り込み隊を撃ち落とそうと躍起であった。
ヤザンが哂い吠える。
「ハハハハッ!貴様らのビームストリングス紛い物とは一味違うぞ…!クモの巣を喰らえィ!!」
ヤザン隊の3機のMSが同時に電磁ワイヤーを起動。
激しい電流がビーム光のように鮮烈に宇宙の漆黒にトライアングルを描く。
「なんだ!?うっ!?」
「ビームストリングスか!?」
「がああああああ!!!?」
「うわぁぁあぁああ!!」
ゾロアット達が、真空に張られたクモの巣に絡め取られ見る見るうちに装甲が焼け爛れる。
ビームストリングスならば当世代MSのビームシールドで防ぐことも出来るが、
3機分のパワーとなると話は変わる。
クモの巣は3機分の出力の電流が張り巡らされた死の電磁ネットだ。
しかもそれだけではない。
ヤザンは、アビゴルの攻撃性能をみてクモの巣に更に一手加えられると踏んでいて、
全くの情け容赦無しに止めの一撃を加えるのだ。
「クハハハハハッ!!こいつも受け取りなァ!ハイパーボイルだ!」
アビゴルの背部射出口から機雷のような物がクモの巣にバラ撒かれると、
その無数の機雷の一つ一つが強力なビームネットを展開するのだ。
クモの巣が更に激しく輝いた。
クモの巣の電磁結界の中で発動したアビゴルのネットは、
さながら電子レンジの中で加熱されるダイナマイトだ。
クモの巣の電流は加速度的にMSの耐電撃性能を凌駕し、
その瞬間クモの巣に絡まっていた12機のゾロアット達は内部から破壊され爆発。
パイロット達はミンチより酷い状態となって鋼鉄の巨人ごと宇宙の塵になって消えていた。
あっという間の事である。
余りに印象的なカイラスギリー戦の本格的開幕であった。
マイクロウェーブ作戦で士気が悲惨な事になっているタシロ艦隊からすれば、
これは非常に大きな効果があった。
逆に、寡兵であってもリガ・ミリティア軍の士気はこのド派手な初手の勝利で鰻登り。
戦いの流れを、ヤザン隊だけで決定づけてしまうのだった。
ザンスカールの艦隊司令、タシロ・ヴァゴもこの光景を望遠カメラで見ていた。
マイクロウェーブが切られたのであろう…体調も僅かに回復していたが、
それでも額を幾筋の汗が伝い落ちて思わず呟く。
「…4小隊のゾロアットが…全滅…?3機のMS相手に、ものの数秒の接敵で、か?」
タシロの眼輪筋が僅かに痙攣した。
「最前線が突破されます!」
いつの間にか戻ってきていた女通信士が震える声で告げる。
(脆すぎる!)
タシロの額を流れる汗がまた一筋増える。
「コンティオ戦隊をシャッコーに差し向けろ!
あの一隊さえ仕留めればリガ・ミリティアの勢いは殺せる」
(いくらマイクロウェーブで弱らされたとはいえ、これでは余りに不甲斐ないではないか!)
シャッコーを駆るリガ・ミリティアの野獣。
ジェヴォーダンの獣。オクシタニーの物の怪。
地上の前線兵士らの話など尾びれ背びれが付き纏って過大になっている。
タシロは野獣の話を話半分で聞いていたのだが、事ここに至って真実味を帯びてきていた。
だが、味方の不甲斐なさに怒りは見せてもまだ動揺は見せない。
指揮官として動揺する姿を晒してこれ以上士気の低下を招くわけにはいかないのだ。
冷えてくる背筋を将官席の背もたれに押し込んで、タシロは正面大モニターを睨んだ。
――
―
ジャベリンの群れがゾロアットに襲いかかっている。
機体性能でいえばゾロアットが格上だ。
1対1ならばまずゾロアットに負けはない。
しかし、今ゾロアットは戦闘軌道マニューバにおいてジャベリンに並ばれて、
反応も鈍いザンスカールのパイロット達はジャベリン相手に全くの互角だった。
いかな高性能機、傑作機といえどもパイロットが軒並み絶不調ならばこうもなる。
ジャベリンが高速で迫りビームサーベルで斬りかかる。
ゾロアットはそれを肩部ビームシールドで防ぐが、
ほぼ同時に横合いから襲ってきたジャベリンに、
機体名の由来でもある象徴兵器〝ジャベリン〟の切っ先に上半身を串刺しにされていた。
しかし次の瞬間に、その2機のジャベリンは
背後から放たれたビーム粒子にコクピットを貫かれ沈黙。
だが背後にはMSの影はない。
あるのは、不規則な軌道を描く〝カニのハサミ〟のような小型戦闘機と見紛う物体。
「この体たらく!ベスパがこんな旧式相手に同レベルに競うとは!」
高速でその戦闘フィールドに突入してきたのは、
まだあらゆる前線で確認されていない新型であった。
鮮やかなピンクの機体色と、肩の巨大な〝カニのハサミ〟が目を引く。
胴体の三門の強力なメガ粒子砲が火を吹いてさらにジャベリン達を消し飛ばした。
消し飛んだ隊とは別のジャベリンが直様背部のランスを引き出し、
ユニットジャベリンを射出し迎え撃つ。
だが、そのピンクの新型は軽やかにそいつを躱して真上に滑り込み、
ジャベリンが追撃しようと上を向いた瞬間に
下・からのビームによってジャベリンは股下から焼き払われ虚空に消えた。
「ふふん…このショットクローはやはり良い。このピピニーデンに相応しいと思う!」
新型・コンティオを操るアルベオ・ピピニーデンは順調な滑り出しにほくそ笑んでいた。
有線式攻撃端末・ショットクローは両肩に装着するカニのハサミが如くの兵器だ。
見た目通り、敵を挟んでビームの牙で砕くことも出来るし
大型故に内蔵ジェネレーター仕込みのメガ粒子砲は強力でブースターの加速力も強い。
前時代の小型攻撃端末兵器・ファンネルやインコムが
MSの小型高出力化についてこれなくなった解決策が、攻撃端末の大型化これである。
「大尉!6番機が上方2時方向にシャッコーの姿を発見!」
背部にショットクローを食いつかせて来た同型機…2番機を預かる副官ルペ・シノが告げる。
有線式攻撃機にはこういう使い方もあって、
ミノフスキー散布下での通信がスムーズにいかない現代では便利と言えた。
ルペ・シノの言葉にピピニーデンは笑顔を消す。
「よし!ここらのジャベリンは殲滅した…コンティオ戦隊続け!獣退治だ!」
「は!」
ピピニーデンが乗る隊長機に続き、7機のコンティオが颯爽と飛び去る。
後には無数のジャベリンの残骸が漂っていた。
コンティオ戦隊ピピニーデン・サーカスとてマイクロウェーブで調子は悪い。
だがその不調を、彼らは新型機の性能と巧みな連携で補っているのだ。
コンティオ戦隊の上方を何十もの大メガ粒子砲の光条が伸びていく。
後方から雨のような艦砲射撃が行われ、リガ・ミリティアの艦隊からもそれが行われる。
双方の艦長達が叫ぶように指示を飛ばし、本格的な艦砲の応射が始まっていた。
味方艦隊は勿論、最前線のMS隊を避けては撃ってはくれているが、
一度戦闘が始まれば作戦通りの規則正しい動きなど土台、夢物語。
時間が経つにつれ、戦闘が激しさを増すにつれミノフスキー濃度は右肩上がりとなる。
レーダーも通信も出来ず、敵味方認識が利かぬ熱源センサーと視界頼りの戦闘。
科学力の粋を極めた兵器の数々で中世期以前の原始的戦闘をする。
これこそが現代MS戦である。
後方から自機を飛び越えて粒子を撒き散らし敵を蹴散らす艦砲射撃を、
MSパイロット達は巧みに避けつつスピードを落とすことなく敵機方向へ邁進していく。
ザンスカールもリガ・ミリティアも、互いに陣形を食らい合う乱戦へと移りつつあった。
乱戦エリアから後方、リガ・ミリティア側の旗艦リーンホースからゴメスががなり立て叫ぶ。
「弾幕薄いぞ!回避運動しつつ打ち返せ!」
船体を揺らす衝撃にトレードマークの連邦士官帽が少しずれる。
そんな事も気にせずにゴメスは小さな悲鳴を上げた砲撃手を叱咤した。
「情けない声出すな!男ならネスを見習え!」
妙な叱咤で名を出されたネス・ハッシャーが間髪入れず異議を唱える。
「女ですけどぉ!!?」
しかしネスの魂の籠もる異議はさらりと皆に流された。
「ゴメス艦長!?カリストに撃ち負けとるようだが!!?」
艦長席にふんぞり返っていた偽ジャハナムは、今では背を丸めて時折揺れる艦にビクつく。
眉も情けない八の字になっていてすっかり小さくなっていた。
ゴメスはジャハナムをちらりとも見ずにやはり怒鳴るように答えた。
「あっちの方が性能も鮮度も上でしてね!こっちのオンボロじゃ仕方ないでしょうよ!
火線を集中させろ!味方とタイミング合わせるんだよ!」
「な、なぁゴメス艦長!敵の動きが段々激しくなっとらんか?
もうマイクロウェーブから立ち直ったのかぁ!?」
またもジャハナムが震えた声で悲鳴を上げるようにそう言ったが、
今度はそれに答えたのはゴメスでなくオイ・ニュングである。
これ以上ゴメスの指揮を邪魔されるのはたまらないと、
彼がジャハナム狸の置物の相手をする事にしたらしい。
「将軍!あんたは影武者とはいえジン・ジャハナムの名を預かっているんだ!
見事な指揮をしろとは言わんが、せめてどっしり構えていたまえ!
私と同じように大人しくして!プロの邪魔をしちゃいかん!」
「う、うぅ…」
艦橋の直ぐ側でまた激しい光りが灯る。
と同時にコンピューターが再現する轟音が響いてくるから偽ジャハナムは気が気でない。
伯爵は薄い溜息をつきつつも偽ジャハナムにまた声をかける。
「皆あんたを実は頼りにしているんだよ、将軍!
いつも元気一杯で偉そうにふんぞり返るあんたの姿は、結構皆好いとるんだ!
しっかりしてくれ。皆が不安になってしまう」
「う…そ、そうかな?」
「そうだよ!さぁ胸を張って!」
「…う、うむ。こ、こんな感じか?」
狸の置物が垂れたお腹を伸ばして胸を張った。
いつもなら目障りなその光景も、少し滑稽な彼の姿は戦いの緊張感を和らげてくれる。
ネス・ハッシャーが笑ってヤジを飛ばす。
「そうそう!そんな感じ!いつもみたいに無駄に偉そうにして!ほらぁ!」
その言葉に他のクルーも思わず笑ってしまっていた。
偽ジャハナムが赤い顔になってネスへ怒鳴る。
「無駄に偉そうだぁ!?な、なんだとー!」
「さっきまで青い顔だったのに今度は赤くなってる!」
またクルー達から笑いが漏れた。
「コイツぅ!」と偽ジャハナムが腰を浮かせて怒った時、また至近弾の衝撃が艦を揺らすと、
彼は転びそうになって悲鳴を上げて肘掛けにしがみついていた。
ゴメスも大口を開けて豪快に笑う。
「ははははは!しっかり座っていて下さいよ将軍!
これからもっと激しくなるんだからなぁ!」
ゴメスの一言で皆から笑顔は消え、
そしてまた引き締まった表情で皆がコンソールを叩き出す。
(…しかし、あの狸の置物も…実は無いよりはマシなのかもしれねぇな)
褌を締め直すには良い切っ掛けだったし、皆の気力も見ようによっては再補充されている。
無精髭を擦りながらゴメスはそう考える。
切っ掛けをくれたもう一人の男、伯爵を見てゴメスは頷くように軽く頭を下げた。
「狸の置物を化かしてくれましたね、伯爵。感謝しますよ」
「あの男も悪い男じゃないんだ。役に立とうという一生懸命さはある」
「そのようで。だからああいう全力のリアクションが出て、なかなか励まされます」
ゴメスとオイ・ニュングは互いの目を見て頷いた。
カイラスギリー戦はまだまだ始まったばかりである。
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