ヤザン・リガミリティア
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ラビアンローズでの獣の夜
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ヤザンがリガ・ミリティアにいる 作:さらさらへそヘアー
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ラビアンローズでの獣の夜
接舷し白兵戦を強行したリーンホースの損傷は激しい。
敵旗艦を仕留めた金星は偉大だが、
もはやセント・ジョセフまで満足に航行出来るレベルですら無く、
修復よりも新造する方が安く済む…という損傷具合だった。
物無し金無しのリガ・ミリティアだが、
さすがにこの状態のリーンホースならば解体もやむを得ない。
一方で、奪取したザンスカールの大型新鋭艦スクイード1のダメージは軽微だ。
ただ、この新鋭艦にも問題がある。
汚いのだ。
リガ・ミリティアの作戦のせいであるが、その内部は汚物だらけで見れたものではない。
白兵戦を行ったことでそこに血肉もある程度加わって、内部の凄惨さは酷い。
宇宙の海を征き、長時間変動の無い決まった人員達を押し込める閉鎖空間たる宇宙船は、
清潔さを保つのも非常に重要な事だ。
クルーの精神的なストレス、感染症などにも直に影響する。
それはコロニーも同じ。
宇宙に暮らす者は、伊達や酔狂で綺麗好きなわけじゃない。
そうしなければ命に関わるから清掃には気を使うのだ。
だが、その弊害というか、
そのように完璧にコントロールされた清潔空間で生まれ育つ人間…
つまりコロニー生まれコロニー育ちが人類の多数派になってくる事で、
記憶障害を負う前のクロノクルのように
地球の自然環境土の匂いや風に対して魅力を感じない世代が多くなり、
地球の魅力や価値が低下してしまうという思わぬ結果をも生んでいた。
「とはいえ、このスクイードは綺麗にしてやれば充分使えるぞ。
修理も少し必要だが、
リーンホースを解体してその資材を使えば船の魂という奴も受け継がれるんじゃないか?」
戦闘ダメージでボロくなったリーンホースの艦橋でオーティス老がそう提案すれば、
ゴメスは宇宙の海の男らしくそれを喜んだ。
「そいつはいい!リーンホースは形を変えて生きるってわけだ!
オーティスさん、あんた艦に生きる男のロマンってやつを分かってるな!」
艦長も喜んでいるのだから解体と修復は即座に行われる手筈が整って、
それらの作業によって多少の時間のロスとなるがそれは致し方ない事だった。
担当するのはドック艦、ラビアンローズⅣとそのスタッフ達。
ラビアンローズ級といえばアナハイム・エレクトロニクスを象徴する艦として有名で、
これは「リガ・ミリティアのバックにいる存在の一つにアナハイムがいます」と
宣伝しているようなものだが敗戦直後の今はザンスカールもそんな事に気が回らない…。
少なくともアナハイム本社はそう判断して手助けをしてくれるらしい。
リーンホース以外にもバグレ艦隊の殆どの艦が修理が必要で、
リーンホースは実質リガ・ミリティア軍の総旗艦的な艦であるから優先して貰えるらしいが、
ラビアンローズの修理は順番待ちの満員御礼、千客万来、商売繁盛…といった所。
またカイラスギリーの修復にもこのラビアンローズは活躍してもらう予定でもある。
「いやぁザンスカールのスクイード…良い船ですね。
ただクリーニングが大変でしたよ。トイレのタンクまで溢れかえって…おっと失礼」
修理と清掃の間、ラビアンローズの食堂を借りて食事中だったリガ・ミリティアのスタッフに、
アナハイム職員がそう漏らして嫌な顔をされたりしたりという小出来事もあったが
2~3日でリーンホースの〝転生〟は完了したのだった。
そしてその数日の間、ラビアンローズの別ブロックではやはり小出来事があった。
それは居住区画での事。
――
―
オデロ率いる子供組…ウッソ、シャクティ、ウォレン、クランスキー姉妹、
それにマサリク兄弟の弟の方…カレル達は皆で食堂での夕食を終えて引き上げる途中だ。
この一行にスージィとクロノクルがいないのは、
「いつもシャクティはカルルの世話で大変だから、たまにはさ!
ウッソとのんびりお食事しておいでよ~」
「そうそう。姉さんは艦内の炊事洗濯掃除に大忙しで、
下手したらパイロット以上に忙しいんだから息抜きは大事なんだ。
義兄さんとデートしてきなって!」
そういう事があって、スージィとクロノクルの精神年齢同程度コンビは
ハロとフランダースと一緒に自室でカルルの世話をしている筈だ。
(母さんの事もあんなに聞けたし…結局シュラク隊のおねえさん達も皆無事だったし…
なんだか、事がうまく運びすぎるってちょっと怖いな。
…でも、それもきっとヤザンさんが体を張ってくれているお陰なんだ。
あの人がいなければ、今回の戦いでもペギーさんとマヘリアさんは危なかった。
僕もヤザンさんみたいに、皆を守れる強い人になりたい…
そう思うのは、やはり僕が男って事なんだろうか)
今回の大会戦での勝利や、念願の母の情報もある程度知れたりで、
ウッソはその言葉に甘えてシャクティと二人でディナーを楽しんでいたが、
食堂でオデロ達と出会いその帰り…というわけであった。
取るに足らない雑談を交える子供達。
何という事もない、特別ではない時間。
戦争がなければ日常風景の一コマでしか無いそれは、
ウッソにも彼以外の子供らにとっても黄金よりも尊い。
和気あいあいとした長閑な空気すらそこにはあった。
ただ、彼らの会話内容がMSの性能だとかパイロットの強さのランキングだとか、
どこそこのコロニーでまたギロチンが行われたとか、
あの人の家族もベスパの人狩りにやられたらしいとか、
そういう戦争にまつわるものばかりなのは、これはもうそういう寒い時代という事だった。
そんな中でもシャクティだけはウッソ相手にカルルマンがゲップが上手になったとか、
夜泣きが減ってきたとかそういう話題で、
戦争関連の話からウッソと共に遠ざかろうとしているのは健気に見える。
とにかく、そのように子供らではしゃいでいたわけだが、
その中には一行と仲の良いトマーシュ…マサリク兄弟の兄の姿は何故か無かった。
「カレル、トマーシュの奴どこ行ったんだ?もうこんな時間なのに飯も食わずに」
「兄さんなら、ヤザンさんに何か頼まれたみたいで手伝い終わったら食べるって」
その時はそれで終わったのだが、
一行が子供達にあてがわれた客室へと向かう食堂からの帰りの廊下道で、
角を曲がった拍子に先頭を歩いていたオデロが急ブレーキを掛けた。
どしん、とオデロの背中に玉突き事故を起こす子供達。
「イテテ…なんで急に止まるんだよオデロ」
「ばかっ…!シー…っ!」
「むぐ」
鼻を打ち、抗議の声をあげたウッソの口をオデロが塞ぐ。
皆が小声で「なになに?」「どうしたのよ」「誰かいるの?」と廊下の角から頭を出し覗けば…
「…あれ?兄さんだ」
カレルの言う通り、そこには「忙しいから」と皆と食事を断ったトマーシュがいた。
しかも彼の目の前には金髪の美少女、ウーイッグのカテジナ・ルースの姿もある。
そ・う・い・う・事・への関心が高く、
なおかつ頭の回転が速いオデロはすぐに察しウッソの口を塞いだのだった。
そしてオデロの行動と表情を観察した他の子供らも、
宇宙戦国時代をしたたかに生きているだけあって察しが良い。
小綺麗な箱を後ろ手に隠し、頬をやや赤らめしどろもどろに、
時に上擦った声を出しながらカテジナに話しかけるトマーシュの姿は
一目で「そういう気なのだ…」と教えてくれる。
「あ、あれって…兄さん…ひょっとしてカテジナさんを?」
「おい声をもっと小さく!気づかれちまうだろ…!」
「うわぁ~…あの真面目なトマーシュが?信じらんないけど…
でも、確かにハイランドじゃあんなお嬢様ってタイプいなかったし…
トマーシュの趣味ってああゆーのなんだ」
カレル、オデロ、エリシャが興味津々に覗きつつ感想を漏らす。
ウッソとシャクティは「こんなの良くないよ」とか「良くないと思う」とか言いつつも、
やはり彼らと一緒に陰からトマーシュの恋の行方を見守っている。
「トマーシュが持ってるアレ…ラビアンローズの売店で売ってたスノードームだ」
「あっ…あれ私も欲しかった奴だ。可愛いのよね」
「…エ、エリシャさんはあんな感じのが好きなんですか?
お、俺で良ければ買ってあげれるけど!?」
「え?オデロ君が?でも…あれ結構な値段してたし…悪いわ」
「ちょっとオデロもエリシャさんも声が大きいよ…!見つかっちゃうじゃないか…!」
「わ、悪ィ」
「う…ごめんねウッソくん」
最近、ほんの少しだけ良い雰囲気になってきているエリシャとオデロを嗜めるウッソ。
さっきと立場が逆転しているし、それにウッソも結構ノリノリのようだ。
無理もない。
なにせ友人のトマーシュが狙う女性は、
カサレリアに隠れ住んでいた頃からの初恋であり憧れの令嬢なのだから。
それに実はウッソ少年には人にあまり言えない趣味…
ウーイッグ時代のカテジナを盗撮するというやや危ない趣味があり、覗き魔の才能はある。
もっと正当な理由を言えば…何よりも現在のウッソにとってカテジナ・ルースという人は
『尊敬する人』の恋人になるべき人だという認識だった。
あの人とカテジナという組み合わせだからこそ、
ウッソはカテジナへの想いを断ち切って素直に彼女の恋路を応援する気になれたのだ。
加えて、共に戦ってきてカテジナ・ルースがただのお嬢様でない事も分かってきた今、
トマーシュではカテジナを御しきれないだろうとも容易に予想できた。
温厚で誠実な人よりも、強引なまでの男らしさで捻じ伏せる…
それぐらいがあの女性には丁度いいし幸せになれるのだと頭の良いウッソには理解できる。
ニュータイプ的な感に頼らずとも分かる事だった。
「あ…」
シャクティがそ・れ・を見て呟く。進展があったようだ。
トマーシュの差し出した小綺麗なスノードームを、
カテジナはソッと押し返すようにしてトマーシュの胸へ突き返していた。
そして少し大きな透る声でハッキリと彼へ告げた。
「好意は嬉しいけど、私、あなたを男として見れる気がしないの。
まだお互い知り合って間もないけど…それが分かるわ」
ガックリと肩を落とすトマーシュに、カテジナは一言「さよなら」と告げて足早に去る。
廊下の陰に潜むウッソ達にまで届く、凛とした声だった。
あちゃぁ、という顔のオデロとウォレン。カレルもだ。
友人の失恋を、好奇心から覗いてしまった事に罪悪感を覚えるも今更だ。
何も見なかった事にして立ち去るのが大人の選択肢であり、優しさだろう。
ウッソやシャクティ、クランスキー姉妹はこのまま立ち去ろうとしたのだが…。
大人びた彼らの中にも、心も健やかで年相応且つ行動派の者がいた。オデロだ。
「気を落とすなよ、トマーシュ。だから俺は最初に忠告したじゃないか。あの女は駄目だって」
「っ!なっ!オ、オデロ!?」
エリシャが止める間もなく慰めに飛び出したオデロが、トマーシュの肩を組む。
仕方なくオデロに続きぞろぞろと皆が神妙な面持ちで現れる。
皆、トマーシュとは目が合わせづらいのだった。
「カレルも…それに皆まで!?の、覗きだなんて趣味が悪いじゃないか!」
トマーシュの言葉はもっともだが、オデロはあっけらかんと謝罪する。
「悪い!最初から覗こうと思ったわけじゃないんだ。
飯から帰ったら、たまたま居合わせちまってさ。
でもさ、お前も悪いと思うぜトマーシュ。だって廊下で告白なんてさぁ!」
「う…」
確かに公共の場で不用心だったと思い返すトマーシュはやはり気を使える好青年だ。
「僕だって最初からこんな場所で言うつもりじゃなかったんだ。
でも…この、突っ返されちゃったけど…スノードームを買ってさ…
どうやって渡そうかって考えながら歩いてたら
カテジナさんと思わずこんな所で遭遇しちゃって…しかも、いつもより…何だか綺麗で」
「つまり勢い任せかよ。ひゅ~青春だねぇ。情熱のままにこんなとこでなんてさ!」
「茶化すなよオデロ!カレルの前だぞ!?」
怒った表情で抗弁するトマーシュだが、
フラれた現場をこういうお調子者に茶化されるというのは割と心が楽になると実感できる。
ウォレンもウッソも「トマーシュさんにはいずれ良い人ができる」等と言って慰めて、
クランスキー姉妹もやはり辛辣なダメ出しと共に慰めてはくれていた。
友人というのは良いものだ。
そのまま皆で子供部屋へ帰ろうという空気だったのだが…。
「ところでなんでカテジナさんはこんなとこにいたんだろう」
ウォレンが素朴な疑問を投げかけて、オデロとウッソはハッと気付く。
「確かに変だな。カテジナさんの部屋って…シュラク隊の人達の隣だったよな?」
「…そうだね。T字路を挟んで向こう側がおねえさん達。こっち側には…僕らの部屋と…」
ウッソの言葉を、まるで思考が読めるかのようにシャクティが引き継いだ。
「もっと向こうに行けばオリファーさんとヤザンさんの部屋…」
「あれ?カテジナさん、あっちの男部屋の方に歩いてったよね?」
またまたウォレンの素朴な疑問。素朴故に爆弾を投げかけてしまう。
その時点で、ウッソは少し顔を赤くした。
いつぞやの、宇宙引越公社ジブラルタル局での、
シュラク隊とヤザンの一幕の生・の・声・を聞いてしまったのを思い出したからだ。
だからその話題を逸らすように言った。
「も、もういいんじゃない?
カテジナさんだってパイロットの仕事でオリファーさんと話でもあるんじゃないかな?
さっ、もう皆帰ろ――」
皆を部屋に引き上げさせようとした時には、
オデロが悪童の笑みを満面に浮かべて旧世紀の泥棒のように忍んで駆け出していた。
「オデロ!」
「だって気になるだろー!?」
ウッソとトマーシュが飛びかかりオデロを羽交い締める。
「人のプライバシーを堂々と覗こうとするんじゃない!
僕のことは許しても、彼女にそんなことしたら許さないからな」
「そんな事言っちゃって~。お前だって気になってンだろ!?
興味津々だろ?カテジナさん、性格はあれだけど見た目はイイもんなぁ~。
今頃、ヤザン隊長の部屋で…にひひ」
オデロの、健全な青少年であるが故のトマーシュの心の隙をつく巧妙な悪の誘惑。
トマーシュの手が一瞬緩んだ。
その隙を逃すことなくオデロが駆け出す。
「しまった…!」
「うわっ!ま、まったく…オデロってこんな時ばっかりヤル気だして!」
慌てて追う2人だが、ターゲットのオデロは廊下の角を曲がった次の瞬間に…
「な!?戻ってきた!?」
「えぇ!?」
とんぼ返りで戻ってきたのだ。当然、衝突して3人はずっこける。
賑やかな男子3人を、クランスキー姉妹とシャクティの女子3人がやや冷めた目で見たが、
ウォレンとカレルは慌てながらもマイペースに全員の後に続くのみと色々と個性が出る。
一瞬、痛みを耐えるように鼻をさすりながらも、その手を口に持っていき皆に沈黙を促し、
オデロが廊下の向こうを指差した。
「んん?」と男子2名が顔を覗かせ、そしてちゃっかり女子3人も足早に駆け寄って参加。
そして衝撃の光景を少年少女らは目にする。
それは、ある意味で見たいと密かに望んでいた光景だった。
「っ!!!」
「…ぇ!?」
「うわぁ…っ」
「す、すごい…」
「あれが…大人のキス…なんだ」
壁に押し付けられたカテジナが、
背の高いワイルドな風貌の男に唇を奪われている。
無論、ヤザン・ゲーブルがその御相手だ。
皆、覗き見は良くないと理解しているのだが視線が釘付けになってしまう。
顔を紅潮させ呼吸も荒くなるが、バレぬようにその呼吸さえも押し殺そうと皆必死だった。
普段は強気で誰もがおっかなびっくりに触れる棘の美女が、
男に組み敷かれ為す術もないように唇を貪られている光景は
思春期の少年少女達には刺激的過ぎた。
ごくり、とエリシャとマルチナの姉妹が喉を鳴らせる。
シャクティもだ。
そして3人の少女の顔の側には、共に覗く共犯者である少年の顔がある。
エリシャの側にオデロ。
マルチナにはウォレン。
シャクティにはウッソ。
最近はエリシャもオデロが自分に好意を寄せてくれている事を意識し始めていたから、
この場面はかなり興奮を伴った。
そして言い寄るウォレンを袖にし続けていたマルチナでさえ、
興奮した空気にあてられ初めてウォレンを異性として意識してしまっていたのは、
ウォレンにとっては思わぬ棚ぼただろう。
シャクティは言わずもがな。
後・々・の・参・考・の・為・に、少女達は食い入るように大人のキスに魅入っていた。
耳を澄ませば粘液が擦れ合う音までが廊下に微かに響く。
そしてその合間にカテジナの鼻にかかった吐息までが聞こえる。
「あ、あのウーイッグのカテジナが…あんなふうになっちまうのか…」
普段は、あんなおっかない女有り得ない等と言いふらすオデロでさえも、
今のカテジナの色香にはあてられる。
「カテジナさん、腕抑えられてるけど…あれって無理矢理、なのかしら…。
と、止めたほうが…いい?」
「でも、あんまり嫌がっている顔には見えない、けれど」
エリシャの疑問にシャクティは小さな心臓を高鳴らせながら何とか答える。
次の瞬間、ヤザンはカテジナを掻き抱くようにして引き寄せ、
そのまま乱雑に己の部屋へ招くが、それは招くというより放り投げるという感じだ。
丁重に女性を扱うべし、という恋愛雑誌のセオリーとは真逆であったが、
それでもそういう扱いをされて貞操の危機にさらされている筈のカテジナは騒いでいない。
何か文句らしき言葉を甲高い声で喚いているが、決して大声では叫んでいないのだ。
危機を感じ、他人を呼ぶ気がまるで感じられない。
ヤザンはカテジナを開いた扉から自室へ放り投げると、
彼の鋭い目を廊下の角へ向けた。即ちウッソ達の隠れる角だ。
「こっから先の見物料は高いぜ、ガキども」
少年達の肩がびくりと揺れた。
直様転進し、戦略的撤退を…と思った子供達だがもう遅い。
「そんなに見たけりゃ見せてやってもいいがなァ?」
言いつつ、上半身をはだけた特注の黄色い改造制服姿のヤザンが、
引き締まった胸筋も顕にズンズンと覗き魔集団へ迫る。
まだ見つかっていないと思っている後ろの少年少女は慌てて逃げようとするが…
ヤザンのその言葉に「え!?」と反応してしまったオデロとウッソが肩を掴まれる。
「ちょっとヤザン、さっきから通路で誰と――…え?
ウ、ウッソ?ちょ、ちょっと…なんで他の子達まで…シャクティも!?」
カテジナが、少しはだけたパイロットスーツ姿も妖艶に、
ひょこっとヤザンの部屋から覗いてきて騒動の正体を見た。
「っ!ト、トマーシュ!あなた、つけてきたのね!?さ、最低!
フラれた腹いせにストーキング!?どういうこと!」
「えっ!ち、違うよ…!僕は!」
カテジナは先程の逢瀬を見られたと覚った羞恥と、怒りからの赤い顔で喚きだし、
そしてあらぬ誤解を受けたトマーシュは慌てて首を振るも分が悪い。
だがヤザンは少年らの肩を持った。
「その程度許してやれよカテジナ。別に減るもんでもない」
「馬鹿言わないで!わ、私は…男とくれば肌を晒すような安い女じゃないの!」
そう言った時、カテジナの脳裏によぎったのは両親の姿。
父は仕事にかまけて家庭を蔑ろないがしろにし、愛人と共に仕事場に入り浸り。
母は夫が家に帰らぬのを良いことに情夫を作り、とっかえひっかえ。
最後には浮気相手と共に資産の一部を持って行方をくらませた。
浮気とは即ち、自分の家庭の温かでささやかな幸せを破壊したものであり、
カテジナは心に決めたパートナー以外に肌を晒すのを憎んですらいる。
「俺は言い寄ってくる女なら受け入れてやるがね」
カテジナは浮気をするような人間は男女関係なしに嫌いだが、
不思議とヤザンは別腹になっているのは恋は盲目という事だろうか。
或いは、ヤザンのは浮気云々という次元ではなく、
野生の獣的な、動物世界のハーレムとでも認識して半ば諦めているのかもしれない。
「それはヤザンの性根が腐っているからよ。
私が矯正して、私しか見えないようにしてあげる。
…さっさとそいつら、追い払って」
子供達へ鋭い視線を向けてくるカテジナの迫力は、
先程キスを受けて蕩けていた女とはまるで別人だ。
以前までのカテジナならば、子供達によって興が削がれたとして
さっさと立ち去っていただろうが、今はヤザンとそういう事を致・そ・う・と決めてここに来たのだ。
つまり、正直言えばカテジナも疼いている。
機嫌の悪さを全面に出しながらも、ヤザンの部屋の扉を乱暴に閉めて籠もってしまった。
ヤザンが軽く溜息を吐き、
そしてわがままな愛猫を見るように笑ってからウッソ達へ向き直る。
「ったく、出歯亀やがって。まぁ戦場では殺し合いとセックスは日常茶飯事だ。
貴様らの年代なら尚更興味もあるか……後学の為に見物させてやっても良かったがな。
お姫様があの調子だ。悪いが見学会は中止だ、小僧ども」
なんなら参加させて手取り足取り教えてやって、
教え子を一人前の男にしてやっても良かったとすらヤザンは思ったのだが、
さすがにパートナーの許しもなく強行するような事はしない。
「あ、あはは…そ、そうっすよね」
オデロが作り笑いをしつつも、非常に残念無念な気配を立ち昇らせて頭を掻いた。
仮にヤザンの今回の夜の御相手が、
性にオープン過ぎる尻軽だったならばオデロとウッソ…
ひょっとしたらシャクティ達をも巻き込んでとんでもない事が起きたかもしれない。
ホッとしたような惜しいような、二律背反の思いが少年らの心に去来していた。
そんな少年達を見ながらヤザンが、そういえば…と切り出す。
「…いいか!避妊はしろよ。特にウッソ!」
「えっ!は、はい!」
思わずウッソは一歩飛び出して敬礼でもしそうな返事を大声で返す。
「シャクティはまだ11歳だ!万が一妊娠したら母体が危険になる。分かるな!?」
「はい!!」
ウッソと、そして巻き込まれたシャクティも首まで紅くする。
「オデロ、貴様もだ。前に出ろ!」
「は、はいぃぃ!」
ヤザンに威勢よく呼ばれ、ウッソのように飛び出して背筋を伸ばした。
そして更に一歩近寄ってきたヤザンに、ウッソとオデロはさらなる戦慄を味合わせられる。
「っ!うっ!!!」
「いぎっ!?た、隊長ぉ…っ!?」
青い顔で震える少年達。
ヤザンはむんずと、握り潰す勢いでウッソとオデロの股間を掴んでいた。
エリシャもシャクティも顔を赤くしつつショッキングなその様子を眺める。
「くく!いっちょ前にしやがって!…エリシャ、シャクティ!」
「は、はい」
「な、なんでしょうか…」
次は自分たちも何かされてしまうのだろうか。
好意を寄せる男の子の前で、
こういった野蛮な洗礼をされるのは清らかな乙女的に御免被りたい所だった。
だがヤザンは少女らには触れることなく、オデロ以上の悪童染みた悪い笑顔を浮かべた。
「貴様ら苦労するかもしれんなァ。こいつら、なかなかのモツを持ってやがる!」
「いぎっ!」
「う、うぁ!」
ははは、と笑いながらまたヤザンが少年達の股間を握り直せば
ウッソもオデロも悶絶しそうになる。
エリシャとシャクティは先程よりもっと頬を赤くして顔を伏せた。
少年らの股間を解放してやると2人はホッとした安堵の顔を見せ、
今度はトマーシュが顔を引き攣らせた。
ヤザンはトマーシュと肩を組み、そして顔を近づけて不敵に笑う。
「自分も股間掴みをされるのか」と
トマーシュは密かに股間に力を入れ備えるもそれは不要だったようだ。
「悪いなトマーシュ。あの女は俺が頂く」
「え…そ、それは…」
「女が欲しけりゃ強くなれ。弱い男は、獲物は全部掻っ攫われるぞ。覚えておけィ!」
失恋で落ち込んでいる暇があったら己を磨け。
ヤザンはそう言っているらしい。
「っ、は、はい」
トマーシュは、一見気丈に振る舞ってはいるが泣きたい気分であった。
生まれて初めて一目惚れをし、
そして勇気を振り絞って想いを伝えればキッパリと断られたばかりで傷心は免れない。
だが彼は、その暇もなく友人に慰められ、
そしてその慌ただしさのままにヤザンの強い言葉を掛けられて反射的に頷いていた。
「トマーシュ、お前は女を見る目はあるぜ。
ありゃ男次第でイイ女になる…まだ青い果実だがな。お前が惚れるだけはあるんだよ。
だから、お前も良い男になるんだな…そうすりゃイイ女が向こうから貴様に寄ってくるさ」
「そう、ですかね…」
「そうさ。自分を磨け、トマーシュ。
お前が望むなら今度、月でいい店に連れてってやってもいい」
「え…」
生真面目なトマーシュといえど17歳の青春盛り。
太陽電池衛星などという窮屈で閉鎖的な場所で暮らしていただけあって、
相応に異性への関心は高まっていて、
特に今はカテジナが目の前で性的接触キスをしたのを目撃してしまったのだから、
トマーシュの瞳には甘い誘惑への強い興味が浮かんでいた事だろう。
少年の瞳に宿った光を見抜いてヤザンは笑う。
「ハハハ!ま、そういう年頃だ。俺だって覚えがある。
今日のところはお前の負けだ…俺に譲れ。
そして、貴様がもっといい男になってまだカテジナに気があるなら…口説いてみろよ」
俺から奪ってみせろ。そう発破をかけられる。
さっきまでは、トマーシュの心の中にはフラれた悔しさとか、
目の前で片想いの少女の唇を奪われた事などで、ドロドロとした物、
屈折した物が渦巻きかけていたのだが、不思議とヤザンと話しているとさっぱりしてくる。
こういう男になら、好きな女を取られるのも悔しくはあるが納得は出来た。
悔しいのは変わらずに悔しい。しかしそれは泣き寝入りする悔しさではない。
闇討ち等で仕返しするのではなく、正々堂々正面から復讐…いや、見返したい。そう思う。
「…いいんですか?僕のほうが、若いですから。
すぐにカテジナさんに見合う男になりますよ。
あなたは僕より、一周り以上も上で、あなたは僕より先に年取ります」
実を言えば一周り12歳どころではない年上のヤザンだが、
それはさておいてトマーシュは温厚で実直だが、負けん気や闘争心の強さも秘めている。
ザンスカールへの憤りからハイランドを飛び出し、
こうしてリガ・ミリティアに付いてきている事からもそれは分かる。
あのヤザンの目を見返しながら啖呵を切って言い返したのだった。
そしてそれをヤザンは喜ぶ。
「その意気だ。いい面してやがる。やれるものならやってみろ、ってとこだな。ハハハ!」
待ってるぜボーヤ。背を見せながらそう言い残し去るヤザン。
後には、尊敬の念やら競争心やらを掻き立てられたトマーシュと、
そして桃色の思考と感情に心を掻き混ぜられた二組の少年少女が残される。
「ヤザン隊長…怖いけど、かっこいいな…」
「ぼ、ぼく、今度…隊長の言ってたお店…連れてってもらおうかな」
「ええ…ウォレンさん、マルチナの事好きだったんじゃないの?」
「い、いや…社会勉強というか…」
カレルとトマーシュは、マイペースにそんな感想を言い合っていた。
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