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ヤザン・リガミリティア

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宇宙の魔獣・カイラスギリー その3

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ヤザンがリガ・ミリティアにいる   作:さらさらへそヘアー

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宇宙の魔獣・カイラスギリー その3

ザンスカールの新型相手にはガンイージは既に力不足。

それがまざまざと見せつけられて、シュラク隊はコンティオ戦隊にただ嬲り殺されるのみ。

そう思われたその時にコンティオ達とガンイージ達の熱源センサーが同時に叫んだ。

熱源の正体は緑色をした高速の大型戦闘艇…のように見えるデュアルタイプMSと、

そいつアビゴルをSFSがわりにするヴィクトリーとシャッコーであった。

 

「ヤザン隊!!」

 

シュラク隊の誰と言わず、

リガ・ミリティアのエース・イン・ザ・ホールの名を歓喜を湛えて叫んでいた。

もっとも…誉れ高きヤザン隊の一角を〝金髪のお嬢様〟が務めているのは気に食わないと

シュラク隊の殆どのメンバーは思っているのだが、今この場においては別の話だ。

シュラク隊がこの増援を呼び込めたのは…この増援を待てたのはただの偶然ではない。

いずれ味方が来てくれると信じ、ひたすらに生き延びることに執着したからだ。

だからこそ味方が危機に気付き、そして最強の切り札ジョーカーが手札へと回ってきた。

 

猛烈な速度で迫る第1期第4世代MS級全高22m程の大型MS・アビゴルの巡航形態の背から、

颯爽と2機のMSが飛び降りてビームライフルを猛然と撃ち込んでくる。

特に激しい殺意に満ちていたのは意外にもヴィクトリーであった。

ボロボロのガンイージ達を見て、ヴィクトリーのパイロットの少年は怒りを心に満たす。

 

「っ!よくもお姉さん達を!みんな、みんな大切な人達なんだぞ!!」

 

「ヴィクトリー!?突っ込みすぎよ!」

 

ヴィクトリーの挙動には経験の浅いカテジナでさえ違和感を覚える程だ。

ウッソの取り乱し様は、ガンイージの姿が1機足りない事による。

初めて身近に戦死者が出たかもしれないと思うと、ウッソの心を怒りと恐怖が支配するのだ。

ヤザンに、戦場のなんたるかを暇を見つけては仕込まれていたウッソは、

今までは努めて冷静に戦火を潜り抜けてこれたが、

それも身近な人が戦いの中で死んでいないからだろう。

今、ウッソはようやく仲間の死を肌身に感じていた。

 

「…っ!な、なんで…なんで1機足りないんだ!誰だ…誰がいないんだ!」

 

「フォーメーションを崩すだなんて!?ヤザン、ウッソをどうするのよ!」

 

カテジナがアビゴルを見れば、

巨体を揺らす緑のMSは3つの眼を発光させてカテジナへと命じる。

 

「あぁもう!私に子供の御守りをしろっていうの!?」

 

慌ててヴィクトリーの後衛へ付き突っ込むヴィクトリーに追随するシャッコー。

一方でウッソは仲間の死に恐怖しながらも、

いや、していたからこそ半ば忘我の境地でMSを動かしていた。

この少年の真骨頂は考えるより先に動く肉体と言えるだろう。

直感が少年の体を動かすから、それはニュータイプの才能を遺憾なく発揮できるという事だ。

 

「お前達が!!」

 

ヴィクトリーのビームが、回避行動に移っていたコンティオへ吸い込まれるように刺さる。

その様を見たルペ・シノは恐怖を覚えてしまう。

 

「なんだ今のは!」

 

まるで撃った先にわざわざコンティオが移動したかのような完璧な予測射撃。

他のコンティオも同様の様子で、猛然と迫る白いMSに恐怖を感じているようだった。

ウッソは尚も乱射しつつ、敵から撃たれるビームはかすりもしないでコンティオへ迫る。

他のコンティオらの攻撃やら妨害は、

ヴィクトリーの死角を的確に補うシャッコーが

その全てを未然に防ぐのだからヴィクトリーはもう手が付けられない。

コンティオの迎撃は当たらず、

なのにヴィクトリーの雑なように見える乱射は

面白いようにコンティオへと命中するという一方的なものになりつつあった。

 

「う、うあっ、あああ!?来るなぁ!」

 

ベスパの年若い男が叫んでいた。

3番機の右手、頭、左足をヴィクトリーのビームが吹き飛ばし、

そして、まるで特攻するかのようにコンティオ目掛け加速していくヴィクトリーに、

3番機のベスパ兵はガンダム伝説の恐怖を感じる。

「母さん」とその男が叫んだ時には、

ヴィクトリーの光刃がすれ違いざまにコクピットを刺し貫きメガ粒子が男を分解していた。

有利がひっくり返され始めている。それも簡単に。

ピピニーデン・サーカスの古参兵の喪失と、

ショットクローの連続使用による疲労の弊害も如実に顕れだしていて、

先程まで敵を完封していたというのに

3機の増援でピピニーデン・サーカスの連携はズタズタに寸断されてしまった。

しかし最も大きな要因は、新手の3機が化け物級の腕前を誇ることだろう。

 

「っ!ガ、ガンダムとでも言いたいのか!!ふざけるな!!」

 

ルペ・シノが怒りで恐怖を塗りつぶしてヴィクトリーへと迫り返す。

背を向けていたヴィクトリーの背後から、

ゾロアットとは段違いのスラスター速度でルペ・シノは光刃を突き立てた。

絶対の命中を確信した、ドンピシャのタイミングだとルペ・シノの経験は語ったのに、

しかしヴィクトリーはひらりと宙返りをしてそれを避けた。

そして頭上からサーベルで突刺しようと白いMSは殺気が籠もる腕を振り下ろす。

 

(この動きは、野獣のものだろう!ケモノめ…白いMSに乗り換えた!?)

 

驚愕に顔を引きつらせたルペ・シノだが、彼女もまた猛者だ。

ウッソが師の動きを真似た結果、

ルペ・シノは以前シャッコーがこの動きを披露したのを覚えており死を免れた。

残っていた肩のショットクローの爪を回転させ、

背後にサーベルを発振して鍔迫って既の所でそれを防ぐ。

 

「なんて奴!」

 

「怖いだろっ!怖いだろう!?戦うのって怖いんだよ!!」

 

ヴィクトリーが更に強く押し込んでくるのをルペ・シノは必死に支え、

機体同士が擦れる程に鍔迫り合いを演じているのだから互いの声が耳へ届いていた。

ルペ・シノがやや素っ頓狂な声を上げて白いMSを見上げる。

 

「今のは何!?子供の声だっていうの!?」

 

「っ!お、女の人!?」

 

一瞬の驚愕がヴィクトリーとコンティオの手を止めてしまった。

ルペ・シノは戦場に子供がいる事に。

ウッソ・エヴィンは、戦っている相手もまたシュラク隊と同じように妙齢の女性だった事に。

戦場を動かす運命の歯車というものの得体の知れぬ不気味さを二人は感じた。

そしてすっかり乱戦となっていたこの戦域で目ざとくその隙を見つけた者がいる。

コンティオ戦隊のピピニーデンであった。

 

「あの動き…白い奴に野獣は乗り換えたということか?

それにしてもルペ・シノめ、良い具合に白い奴を引きつけてくれた。

白いMS…蘇ろうとするガンダム伝説はそのまま地獄にいてもらいたいな」

 

コンティオのFCSが白いMSを狙う。

乱戦を上手く立ち回り、己がフリーになったその時にそれをやるのは、

偏にピピニーデンの立ち回りの上手さだった。

しかし、やはり上には上があるものだ。

ピピニーデンのコンティオの真上からメガ粒子の光が降ってきて、

ピピニーデンはコンピューターのアラートを聞いて反射的に身を引いていた。

 

「ヴィクトリーを狙って俺の相手はしてくれんのかァ!?

そんなガキよりかは俺が楽しませてやるさ!」

 

「っ!?」

 

緑色の巨体が上から降ってきて、逆さまのMSの顔がモニターいっぱいに広がる。

ザンスカール製特有の猫目をした、不気味な三つ目がギョロリとコンティオを睨んだ。

 

「隊長機だな…暇なら俺が遊んでやるってんだよ!」

 

「わ、私がこうも簡単に懐を許した!?こいつ…もしや!」

 

急速後退するコンティオを、アビゴルはからかうようにして間合いを変えずにピタリと追う。

 

「シュラク隊を嬲ってくれた礼だ、逃さんぜ…!

敵の新型がどの程度かも見せてもらうぞ!」

 

追い縋るアビゴルが腕部のビーム砲を巧み撃ち込む。

その砲火は激しいように見えて巧みにコンティオの関節を狙っているように思えて、

ピピニーデンは手首のビームシールドでそれらを弾いていく。

 

(私は全力で跳ね回っているのだぞ!?何故こうも手足を狙える!)

 

ビームシールドで防がねば今頃ダルマになっているだろう。

ピピニーデンの軌道を完全に読み、執拗に手足をもごうとしてくるのは恐ろしい事だった。

 

「こ、この動きは…ガンダムに乗っているのではない!?

オクシタニーの物の怪は二匹いるとでも言うのか!?」

 

本体は防御に手一杯になりつつあるが、

それでもピピニーデンは反撃を諦めずにショットクローを飛ばす。

新型の肩から切り離れていくソイツを見てヤザンは記憶の中の兵器と直様合致させた。

 

「インコムか!」

 

ティターンズ時代、ヤザンは幾つかの新型のテストパイロットを依頼された事もあり、

その中にはギャプランに乗った縁でオーガスタ研からの要請もあった。

結局、ティターンズの戦局が悪化するにつれて

ヤザンには試験機のテスト等をしている余裕もなくなった為に立ち消えた話だったが、

そのリストの中に『G-V』なる有線式遠隔兵装搭載機があった。

その新型兵装の名がインコムだ。

ニュータイプが使用するサイコミュ兵器ファンネルのオールレンジ攻撃を、

オールドタイプでも再現してやろうという野心的試みの兵器と言われていた。

そのインコムの子孫と呼べる〝カニのハサミ〟が、

ヤザンの知るそれとは比較にならぬ速度でアビゴルの左右に回り込んでビームを吐き出す。

ビームの威力もまたインコムとは桁違いである。

 

「なるほど、伊達にデカイわけじゃないようだが…!」

 

だが、ヤザンにとっては小さくちょろつく小型端末の方が目障りに思える。

大きな分、コンティオのショットクローはパワフルな威力と機動力を持つが、

ヤザンの目には映りやすくもあり、

端末の挙動から〝ハサミ型インコム〟が次に何をしたいのかが何となく察せるのは、

まことに彼の異名の野獣の名に恥じぬ野性的感性だった。

 

「虚仮威しだな!」

 

ヤザンは哂いながら断じる。

 

「こいつは後ろに目でもついているのか!?」

 

ピピニーデンのオールレンジ攻撃を、

とても大型機とは思えぬ急制動で回避し続けるアビゴルは

とうとうショットクローの動きに慣れてしまったようだった。

躑躅色のハサミの動きの先回りをしてコンティオ本体目掛けて突進。

だがコンティオ戦隊の隊長を務める男はそれを予測しているのだ。

 

「しかしそう来るのは予想の内なのだよ!」

 

コンティオの正面火力は凄まじい。

胸部に三門のメガ粒子砲があるが、これは3本のビームを収束して爆発的火力を実現する。

今までは連射していた胸部ビームを、

ピピニーデンは既に充填収束し獣が罠に飛び込むのを待ち構えていた。

コンティオの胸部の砲門が火を吹くまさにその時に、

ヤザンもまた敵機のやりたい事を読み切り既にアビゴルを次の動きに移していたのだ。

 

「クク…この動き、あの時のトムリアットか?正直さが変わらんなァ!」

 

スロットルレバーを引き倒しながらヤザンは嘲笑う。

コンティオの強力な火線の上に、既にアビゴルの姿は無く、

ピピニーデンは消えゆく緑の大型MSの姿をとくと拝んでやろうと思っていただけに狼狽えた。

 

(っ!?あのタイミングで避けられた!!)

 

そして狼狽えるのと時を同じくしてコンティオのセンサーがけたたましく鳴り響き、

己の主ピピニーデンへと警鐘を鳴らす。

 

「っ!?うわぁ!?」

 

しかしコンティオの警告虚しくアビゴルのビームが真下から左腕左脚を薙いだ。

手足が爆破する衝撃に揺れて隙を晒す隊長機の危機。

それを察したコンティオの5番機がシャッコーとヴィクトリーの相手を仲間に託したようで、

横合いからアビゴルへ茶々を入れるという良い忠誠心と判断力を見せつける。

 

「2対1に持ち込もうというのは褒めてやるがな…!」

 

ヤザンもある程度はその判断を称賛するも、肝心の隊長機はこの瞬間行動不能なのだ。

2対1にはなり得なかった。

そのコンティオは〝ハサミ〟を飛ばし、

腕と胸のビームでアビゴルの動きを封じようという健気さを見せたが、

しかしアビゴルは己へ向かってくるショットクローへ、

身をひねりつつ自ら飛び込んだのは5番機の予想を上回った。

 

「もう手品の種は視えているんだよ!」

 

目にも留まらぬ…とはこのことだった。

アビゴルは外側頸部襟からビーム発振機を2本取り出し接続すると、

一本の長い鞘へと伸縮させて光り輝くメガ粒子の鎌を振り回す。

 

「こういう時、鎌サイスというのも悪くはないな!」

 

自機の前後に陣取ろうとしたコンティオのハサミを、両刃のビームサイスの一閃で始末。

そして介入してきたコンティオ5番機へ頭頂トサカを向ければ鋭い光が飛び出し、

ビームキャノンが真っ直ぐにコンティオを貫いて真空に大輪の火花が瞬き消えた。

間髪入れずアビゴルが振り向き三つ目を見開いて、赤い目でピピニーデンを見つめる。

 

爆炎の光を背負って不気味な影に染まるアビゴルの光る目は、

ピピニーデンに死の予感を与えるには充分な威圧であった。

ピピニーデンが先の一撃から立ち直るその僅かな時間に、

時間を稼いでくれた部下は消滅していた。

 

「そうか…ヤザン・ゲーブル…!貴様は、そ、そこにいたということか!」

 

そしてピピニーデンは確信する。

シャッコーにでもなく、あの白いMSにでもない…本物の野獣はアビゴルの中ここにいた。

 

「き、貴様は…貴様は…!私がここで仕留めるのだぁぁ!!」

 

以前の醜態を晒した地上での戦い。そして今。

湧き上がってくる恐怖を必死に噛み殺しピピニーデンは戦士たらんと吠えて立ち向かう。

堂々たる巨体で迎え撃つ緑のザンスカール・マシーンは、

鎌を携え血の色の三つ目を爛々と輝かす死神に相違なかった。

 

左半身焼け爛れるコンティオが胸部ビームを撃ちつつ抜刀。

サーカスと謳われる複雑な軌道を描いて死神に挑んだが、

そのスピードとキレは半分の手足では見るも無残なものでしかない。

獲物を仕留める至上の快楽がヤザンの脳内を駆け巡り、野獣は笑った。

 

「フハハハハッ!墜ちろォーーーーッ!!」

 

パイロットの猛き哂いが滲み出るようなアビゴルの凶悪な目がコンティオを冷たく見据え、

光るサイスとサーベルが交差した一瞬の煌きの直後、

ガクンッとコンティオが揺れて血が吹き出るように腰から炎が吹き上がる。

真空に炎は掻き消されたが続けて起きた爆発がコンティオの下半身を吹き飛ばした。

 

 

――

 



 

 

ヤザン隊とコンティオ戦隊の交戦は数分。

10分にも満たない。

コンティオ戦隊の敗因は少しの不幸な、或いは迂闊な要素はあった。

パイロットの負担になるショットクローを真っ先に使い過ぎたのも、

コンティオ戦隊を疲労させたのは確かだ。

また、シュラク隊の粘りがその疲労を更に増やしたのもある。

しかしそれでも本国の期待を一身に受けたコンティオ戦隊が、

僅かな時間でヤザン隊に無残な敗北を喫したのは弁解の余地もない事実であった。

 

「…っ!こんなバカなことがあるか!

坊や、せめてあんただけでも!!」

 

白いMSとやり合っている最中に、

気付けば半数となっているコンティオ戦隊にルペ・シノはかつてない屈辱と恐怖を抱く。

だがルペ・シノは、ヤラレっぱなしは性に合わないと

ほぼ捨て身の形でヴィクトリーへと迫り一矢報いる事を望んだ。

 

「このお姉さん…!僕ごと死のうっていうの!?」

 

ウッソがビームライフルでコンティオへ狙いを定め、

そして撃った瞬間にルペ・シノは射線軸上へ残ったショットクローを滑り込ませる。

 

「ハサミが!?」

 

ヴィクトリーのモニターが爆発光で掠れ消える。

 

(っ!ここは、トップリムハンガーを捨てて…!)

 

ウッソは追い込まれたようで追い込まれてはいないのだ。

緊急脱出を考え実行するだけのクレバーさが、

怒る少年の片隅にはあるのはやはり彼がスペシャルだからだろう。

しかしウッソはその必要も、結果的になかった。

何故なら、爆光に紛れてビームサーベルで迫るコンティオの腕を

シャッコーのサーベルが叩き切っていたからだ。

続けて斬り上げるように返された二撃目を避けるのは

さすがピピニーデン・サーカスの副官ということだった。

 

「っ、外した…!」

 

「カテジナさん!」

 

「チィ!?なんなんだこいつらは!どいつもこいつも…強い!」

 

己の技量で切り抜けられた危機だが憧れの令嬢に助けてもらえた喜びは大きい。

ウッソの声に喜色がまじり、ルペ・シノの声は苦々しい。

そしてカテジナがコクピットで漏らした独り言には、

 

「アハッ!見ていたのでしょうヤザン!私にもこの程度の芸当出来るのよ!」

 

かなり激しい歓喜が含まれていた。

振り向かせたい意地を見せたい男へ輝く私を見てくれと言わんばかりにバイザーの中の顔は笑っている。

少女は眠っていた天性の才能の蕾を確実に花開かせ始めていて、

ヤザンの言う通りカテジナという女は敵を殺そうとする時に笑える女なのだった。

敵を殺す時に笑える女なのはこのルペ・シノも同様だったが、

カテジナとは対照的に彼女の顔は暗く沈むものだ。

こうなっては是非もない、とばかりにルペ・シノは即座に踵を返す選択をせざるを得ない。

 

「私の腕が劣ったわけじゃない…今日は厄日だったと思いたい」

 

戦域を見渡せば隊長機も喪失されていたが、

ルペ・シノのコンティオのセンサーは友軍の脱出ポッドの信号を捉えていた。

 

「ピピニーデン!?悪運の強い私達じゃないか、まったく」

 

悪態つきつつソイツを回収してから、ルペ・シノは残った僅かな部下へと撤退を命じる。

ピピニーデン機はアビゴルに胴切りをされていたが、

コンティオは背後から首の付根に乗り込むような構造であったのが幸いだった。

ルペ・シノの言う通り彼女自身共々悪運の強い男なのは間違いない。

しかしそれが彼女達の今後を幸福にしてくれる訳ではない事は明白だった。

 

(…ピピニーデンも私の経歴もこれまでだな…)

 

コンティオの本格的初戦を泥で飾ったピピニーデン・サーカスの未来は、

身内同士で出世争いを繰り返すザンスカールでは破滅を約束されたも同然だった。

 

 
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