| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

ヤザン・リガミリティア

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

妖獣の爪痕 その1

閲覧履歴 利用規約 FAQ 取扱説明書
ホーム
推薦一覧
マイページ
小説検索
ランキング
捜索掲示板
ログイン中
目次 小説情報 縦書き しおりを挟む お気に入り済み 評価 感想 ここすき 誤字 ゆかり 閲覧設定 固定
ヤザンがリガ・ミリティアにいる   作:さらさらへそヘアー

<< 前の話
目 次
次の話 >>
35 / 38
妖獣の爪痕 その1

ファラ・グリフォンは遊んでいた。

必死になって自分に立ち向かってくるあどけない無垢な精神が、敵MSのマシーンの体内から感じられて、彼女は一層楽しかった。

だから、自分の護衛である2機のドッゴーラの気配が消えたのを感じた時には大層怒りを顕にしたのだ。

 

「ピピニーデンとブロッホが墜ちた…?

ルペ・シノといい…奴ら、存外使えん…!

しかしここはヤザンと坊やが一枚上手だったと思えば悪い気はしない…フフッ」

 

今もV2のビームライフルは次々にIフィールドで弾かれ、それでもサーベルで切りかかってくるガンダムの健・気・さ・を見てファラは微笑んだ。

 

「可愛いよぉ、坊や…そうさ、このザンネック相手じゃお前は敵じゃあない…」

 

圧倒的に隔絶した操縦テクニック差でもなければ覆しようもない優劣がそこにはあった。

ウッソとファラ程の僅差の腕前の差であれば、MSの性能差によって勝敗は揺らいでしまう。

実体兵器が頭部バルカン程度しかないV2では、たとえリガ・ミリティアが誇るフラッグシップ機といえども分が悪い。

相性も悪かった。

ザンネックは専用SFSに強力なIフィールドを搭載し、また肩の粒子加速器は強力な反発力を発生させるから二重の対ビームバリヤーがあるも同然で、光の翼を直撃でもさせない限りその突破は難しい。

だがいかに天才のウッソといえど、ファラは隙の大きい攻撃光の翼を狙い当てられるような容易さを持つ敵ではなかった。

つまりウッソが持つ有効打はビームサーベルと、そして腰部フロントアーマーに隠し持つ機雷だけだ。

 

「こちらの動きが読まれてるの!?」

 

瞬発的な加速と減速を繰り返して光の翼をはためかせ、フェイント交じりで前後上下左右360°の月の空を自在に機動するV2。

たとえ相手がニュータイプであろうと翻弄できるだけの超スピードで、ウッソはザンネックをサーベルで捉えようと試み続け、そして虎の子の機雷まで撒いてザンネックに一太刀…と思ったがその思いは実らない。

ウッソの言う通り、ザンネックのパイロットはまるでウッソの動きを見通しているかのようだった。

 

「く…!せめてリーンホースかホラズムから、ブーツを射出して貰えれば!」

 

ウッソが臍を噛む。

ビームに対しておよそ完璧な防御を誇る眼前の皿乗りのMSザンネックに対する攻略法として、ウッソが真っ先に思い浮かんだのはヴィクトリーの余剰ハンガーとブーツを質量兵器として撃ち込む事だった。

しかし先だっての砲撃によって基地機能が死に、リーンホースすら出撃不能となっている今では望むべくもない。

 

「坊や、次はヤザンと一緒に私の所においで。

そうしたら一緒に遊ぼうよ、ねぇ…坊や。

うっふふふ…お楽しみはまだまだ先…とっておかないとね」

 

ザンネックの粒子加速器が光ると、拡散するメガ粒子が弾けてV2を襲う。

当然のようにウッソはその全てをかすりもせず避けきるが、ビームの煌めきに一瞬視界を奪われた瞬間にザンネックは、その僅かな間に遥か彼方へと後退していた。

 

「逃げた…?…それもそうか。

あいつ以外は皆ヤザンさんにやられちゃったんだから」

 

殺気の波動を鈴の音に乗せてくるベスパのマシーンがその音を鳴り止ませて、そして大きく退いたという事は、もうあの恐るべき砲撃は今・は・来ないと思って間違いなかった。

ここで仕留めきりたい怖い敵ではあるが、今の自分ではあの敵を倒しきれないとふんだウッソは追撃の選択をとることはない。

牽制をし、残心をしつつも去る敵を見送る。

 

「また会おうじゃないか、坊や…」

 

ウッソの頭の中にそういう声が響いた気がして、ウッソは疲労困憊な様子を見せて息苦しさを感じたのか、ヘルメットを脱ぎ、パイロットスーツの襟元も緩め、深く息を吸い、吐く。

 

「冗談じゃないよ」

 

少年は一人、呟いた。

恐ろしい敵を追い払えた事に安堵しつつも、倒せなかった事には一抹の不安がある。

またギロチンそのものの、あの超長距離キャノンを持った敵が来るという恐怖が、今後はリガ・ミリティアを襲い続けるのだ。

遥か遠くに光点となって消えゆくMSのスラスター光を見送って、ウッソは(出来ればもう二度と会いたくない)と、そう思ったが、そういう訳にはいかないだろうとも確信していた。

 

「…今は、そんなことよりヤザンさんだ!」

 

メットをかぶり直し、襟元を締め切ってウッソは再び強く操縦桿を握った。

ファラ・グリフォンとの戦いは激しいものでとても余所見をする余裕も無かったが、それでも今ヤザン・ゲーブルが敵を倒したという事はウッソは半ば確信する。

敵の気配というものが消え失せていたし、親しい人の危機に際してウッソのようなスペシャルなニュータイプは ――或いは赤の他人や、果ては敵であろうとも―― 命の砕ける音や断末の意識を受け取ったりをしてしまうが、ヤザンがそういう類の発信をしていない事にウッソは一定の安堵をしていた。

V2の優れたモニターとセンサーの索敵を駆使して、静寂を取り戻した月の空を見渡す。

 

「あの龍みたいな奴」

 

すぐにウッソはドッゴーラの残骸を見つけて、そして微笑む。

自分が尊敬し、そして憧れすらある戦士がこうして強くあるのだという証拠を見つけるのは少年心に嬉しい。

 

「龍の残骸が1機…2機目……あんなに尻尾がバラバラに…?

あいつ、尻尾をあそこまで細かく分離させる事が出来たのか…。

そして…あれは…三つ目の奴。

…ヤザンさんはどこに…………えっ、あ、あれは――!」

 

沈黙したドッゴーラ2機と、そしてゲンガオゾ…それらのほど近い月面に、ウッソを仰天させる光景があった。

 

「V2一号機…!!」

 

下半身を失い、所々から火を噴き上げているV2一号機が小さなクレーターに落着していたからだ。

視覚的に、人型の下半身が無いというのはそれだけで痛々しく無残だが、しかも母が熱く語っていたV2の白い装甲も抜けるような空の青も黒く焦げて燻る。

V2の象徴とも言えるVの字の〝翼〟も片方が根本から爆散して抉れていた。

ウッソは心臓が嫌な高鳴りをして、そして背中が瞬時に冷えていくのを感じる。

脳の奥が重くなってジンジンと痺れるようで、思考がバラバラになっていきまとまらない。

思考を差し置いて、本能が反射的にウッソを動かしてV2を加速させていた。

とにかくいち早くヤザン機に駆けつけたい一心であった。

 

「ヤザンさん!!」

 

V2一号機の側に強行着陸し、慌ててキャノピーを跳ね開けて飛び降り、そして今も燃える一号機に向かって駆け出す。

手には備え付けの消火剤噴霧器を握りしめ、パイロットスーツの腰部推進機を思い切り吹かして跳ぶ。

 

(大丈夫、大丈夫だ!だって…僕がニュータイプだっていうなら、まだヤザンさんの死なんて感じていないんだ!)

 

メガ粒子がエンジンのIフィールドを崩壊させて初めて核爆発が起こる当代のMS達だが、純粋な燃焼でもエンジンが小規模爆発を起こす可能性はいつだってあった。

既に大学に通用する論文すら書けてしまうレベルに聡明なウッソがそれぐらい気付かぬはずはないが、今はそんな可能性を埒外に投げ捨てる程ウッソは懸命だった。

 

「ヤザンさん、ヤザンさん!ヤザンさん!!」

 

涙目になりながらも、熱くなった開閉ハッチを殴るように叩き、そして引き出されたキャノピーに纏わりつく火炎に必死に消火剤を撒き散らす。

硬質偏光材で薄暗いキャノピーの向こうにいる人影は鮮明には伺えないし、ひび割れもあってより見え辛いがグッタリと動かないのは分かった。

 

「起きてくださいよ!ヤザンさん!」

 

ウッソはなおも必死に叫ぶ。

ウッソにとってヤザンはただの上官とか教官とか、人生の先達者とかそういう範疇の男ではない。

母ミゲルをしてニュータイプの天啓を得て生んだ子と言わしめる、まさに生まれながらのスペシャルであるウッソは、物心ついた時には既に利き腕の矯正、ナイフ投げや受け身の訓練、自然の中でのサバイバル技術、頭脳面ではミドルスクールに相当する年齢の前から連立方程式まで解き、初歩的なミノフスキー物理学まで履修し…そういうスパルタ教育を施されてきた少年だ。

天賦の才とハイクオリティな教育が合わさったウッソは、自然の中で育った事もあって純朴で真っ直ぐな子に育ったが、心の何処かでは他所の一般的大人に対して、「あぁこの人もきっと理解し合えないし、学ぶ所は無い人だ」と、そういうある種の諦めのような見下しの心が、僅かに在った。

それは決して大人を取るに足らないくだらぬ存在と卑下するものではなかったが、一線を引いて深く交わらず、また頼るような事もなかった。

シャクティと二人で自立して生活していたウッソは、既に両親ですらも ――心は甘えたがっていたが―― 必要としていなかった。

そんな短い人生の中で、突然現れたヤザン・ゲーブルという男は、カテジナにとってもそうであったが、ウッソにとってもまた今までに無いタイプの男だ。

真実の姿がテロリストであろうと、表面的には紳士的で、人当たりが良く、物腰柔らかな、…そういうハンゲルグが父親であり身近な男の大人だったから、ヤザンのような野性的で、そして男臭い人物は新鮮だった。

苛烈で、強権的で、物怖じせず言い淀まず、物事の解決には腕力が一番だとでも思っていそうな、ウッソが好む冒険小説にでも出てきそうなむくつけき戦士のような男。

カテジナへの淡い恋心とは違う、初めて「僕もこうなりたい」と思わせた〝憧れ〟という感情を抱かせる大人の男。

「まだまだこの人にはここが敵わない…」と、そう思わせてくれる男がヤザン・ゲーブルという人だった。

 

「ヤザンさん、あなたはこれぐらいで死なないでしょう!?

死ぬはずありませんよ、だから、起きてくださいよヤザンさん!!」

 

震える指で外部ロックの解除ボタンを押す。何度も押す。

大きく歪んだコアファイターのコクピットフレームが、不快な金切り音を出してギリギリと駆動しても、なかなかキャノピーは開かない。

その間にも折角鎮火した炎はまたぶり返して内部からモビルスーツを焼いていく。

 

「ヤザンさん!」

 

ウッソがキャノピーフレームを蹴りつければ、その拍子にキャノピーフレームが軋み隙間が出来て、そこにウッソはすかさず手を突っ込んで踏ん張る。

指先がギシッという振動を聞いて、次の瞬間キャノピーが滑ると中から煙が吹き出て霧散した。

遮るものが無くなれば、そこには意識を手放すヤザンの姿があった。

引火したヤザンのノーマルスーツへと、ウッソは残りの消火剤を全部ぶちまけて、そして飛び込むようにヤザンにしがみつき肩を揺する。

 

「ヤザンさん、起きてくださいよ!!」

 

出血などは見当たらないが、彼のノーマルスーツの半身、その表面には焦げがある。

高熱で炙られ続ければ熱が伝導して内部を焼くことはままあったし、炎を完全に防ぐなど出来はしない。

穴が空いての致命的な空気漏れなどが見当たらないのはかなり幸いであったろう。

 

「う…」

 

「ヤザンさん!?」

 

反応があった。

そう思って嬉々としたウッソの首元に、目覚めたと同時にヤザンの強烈な首掴みが炸裂する。

ギラギラとしたケダモノのような目つきがウッソを睨むように見ているがウッソはすぐに察した。

 

「ヤ、ヤザンさん、ぼ、僕です、ウッソ…です、よっ!」

 

ギリギリと締め付けてくる手の力がふっと抜ける。

 

「…ウッソ、か。

すまん、許せ。…ちょいとばかし、嫌な起き方に似てたもんだからな」

 

「い、嫌な起き方…?」

 

「昔、シャングリラ・コロニーで拾われた時にな」

 

ハンブラビのイジェクションポッドを、シャングリラチルドレンに拾われたのは幸か不幸か。

いや、彼らに拾われなければ死んでいた可能性は大きいのだから、やはりあの子供達は命の恩人と言うべきだろう。

だが今はそんな思い出話等に馳せる時ではないと、ヤザンは軽く頭を振ってウッソを見る。

今度のその目つきは鋭いながらも仲間に見せる優しさを取り戻した、いつものヤザンの目であった。

 

「昔話はまた今度してやるよ。

今は、…くっ、ウッソ、少し手を貸せ」

 

すぐにウッソは手を伸ばし、その手を掴み体を何とか起こすヤザン。

ウッソは「あっ」と小さく叫ぶ。

 

「あ、脚が!」

 

「脚も折れてるし、どうもノーマルスーツの内側も焼けているな。ヒリつきやがるぜ」

 

「すぐに治療します…!」

 

メディカルキットに手を伸ばしたウッソの手をヤザンは制する。

 

「ノーマルスーツはべつに空気漏れも起こしとりゃせんのだ!

そんなのは後回しでいい…、すぐにここを離れるぞ!

一号機はいつ爆発するか分からんぞ!」

 

「は、はい!」

 

慌ててヤザンの肩を抱き支えて跳ぶウッソ。

二人は転げるようにして慌ただしくV2のコクピットへ雪崩込んで、そしてヤザンはどっかとシートへ座り込んだ。

 

「俺の大きさじゃ後ろのスペースはちとキツイ。ここはもらうぞ」

 

「それは別に構いませんよ。けど、僕は後ろでもいいですが、その体じゃ操縦は…」

 

「お前が操縦しろ。俺はお前の椅子代わりになってやるって事だ」

 

「えぇ!?ぼ、僕がヤザンさんの膝の上でガンダムを動かせってことですか!?」

 

「仕方なかろう!つべこべ言ってないでさっさとしろ!

まだホラズムが無事か分からんのだぞ!」

 

「え?で、でも奴らは撤退して…」

 

「奴らが陽動か本命かは分からんが、あいつらの戦力があれだけとも思えん。

連邦のお膝元で暴れるんだ…奴らだってもっと戦力を用意しててもおかしくはない」

 

「っ!そ、そうか…そうかもしれません!

僕らはおびき出された!」

 

「しかしおびき出されてやらにゃ、あの超長距離砲で俺達は全滅だ。

V2で奴らをとっとと始末して、そしてトンボ返りで基地を守りに帰る…そのつもりだったが、俺としたことがこのザマだ。

後はウッソ、貴様に頼らせてもらう」

 

ヤザンの膝の上で手早くV2を再起動させて、ウッソは直様帰路につく。

ヤザンの一際立派なモノがノーマルスーツ越しにも少年の尻で感じられて、同性故のその不快さや気恥ずかしさ、そして同性だからこその羨望などもほんの少し感じるが、今はとにかくそれどころではない。

それが聡明な少年には理解できているし、ヤザンが〝頼らせてもらう〟と、そう言った時にほんの一瞬見せた…ウッソへの申し訳無さと、恐らくはヤザン自身へ向けた怒りが同居した表情を見て、ウッソは口元を勇ましく引き締める。

 

「任せてください!

僕が隊長の分までやってみます!」

 

「そうだ、その意気だ!」

 

フットペダルを踏み込む。

人間二人をシートに押し付けるGが機体にかかり、焼けた背中に二人分の重力がかかればヤザンは声なき声で呻く。

ヤザンがシャッコーやアビゴルでやってのけた二人乗りとは、少々勝手が変わってくるのだ。

ヴィクトリーやV2はコアファイターがコクピットであるから、全天周囲モニターのリニアシートと比べるとパイロット保護機能が劣る。

対ショック、対G機能で劣っていて、初めて乗った時にはウッソでさえ「パイロットを大切にしていない」と感じた座り心地であった。

ウッソとてそれは分かっているが、ヤザンに気を使ってスピードを落とせばそれこそ取り返しがつかない事になるかもしれず、またヤザンの思いを踏みにじる事にもなるから、ウッソは構わず加速し続けるのだった。

 

「ヤザンさん、後少し、後少し…我慢してください!」

 

「気にするなと言っている!

お、お前が俺の心配など100年早いんだよ…!

俺を不死身と、思え…っ、殺されたって死ぬもんか!」

 

そう憎まれ口を叩くヤザンだが、さすがにヘルメットの内側で、痩け気味の頬を脂汗が伝っている。

そんな強がりの様子を教え子に見られてないポジショニングなのは、正直今のヤザンには有り難い事だ。

 

「っ、見えました!

やっぱりベスパはホラズムを直接叩くつもりなんですよヤザンさん!」

 

「ありゃ戦艦か!?

タイヤ付きの戦艦が地面走って…、タイヤが空を飛んでいるだとぉ!?」

 

一年戦争とグリプス戦役、そしてハマーン戦争など様々な戦争・紛争を経験したヤザンでも見たことがない珍妙な光景がそこにはあった。

真ん中をくり抜いた大きなタイヤの中に乗り込んだMSゲドラフが地と空を自在に駆けて、そして大型戦艦アドラステアがハリネズミのようにビーム機銃をばら撒きながらタ・イ・ヤ・で走る姿。

そして、それらの攻勢を巧みに捌いているリガ・シャッコーとガンブラスター達。

 

「シュラク隊がうまいことやっているようだが…!」

 

「あいつら、もう退き始めてるみたいに見えるけど…」

 

ウッソがそう指摘した通り、リガ・シャッコーの一撃を受けて爆散したタイヤ乗りのMSの姿がちらほらと見受けられて、そして巨大なハリネズミのバイク戦艦は少しずつ燃え盛るセント・ジョセフ・シティから離れようとしていた。

既にかなりの戦いがここでもあったのが一目瞭然であった。

 

「…セント・ジョセフとホラズムが…!」

 

ウッソの声が震える。

既に砲撃によって大被害を被っていた月面都市は、見る影もない程に破壊しつくされていた。

ホラズムの大クレーターだけでなく、セント・ジョセフの洞穴までが完全に崩落し、そして剥き出しになったビル群はまるで巨大なローラーに轢き潰されたように圧潰している。

 

「まさか…あの戦艦のタイヤで轢きやがったのか!

連邦の膝下でこうまでやる…チッ、やはりザンスカールってのはイカれてやがる。

だがそれ以上にこうまで舐められる連邦が情けないにも程があるぜ…!」

 

下手をすればセント・ジョセフの生き残りは一人もいない。

そう思える程の破壊っぷりであり、そしてその惨状を前に何も出来ていない連邦政府と軍へ、ヤザンは何とも言えぬ感情を抱いていた。

 

「な、なんで、あいつら…!あいつら!

なんで関係ない人達を、ああも簡単に殺せるんだ!」

 

V2ガンダムの左目に狙撃用の眼帯スコープが下り、そしてウッソの腕もあって通常のビームライフルでもかなりの距離からの精密狙撃を可能とする。

躊躇なくウッソがトリガーを引けば、鮮烈なピンクのビーム光が真っ直ぐとタイヤを駆る黄色いMSを貫く…かと思われたが、それはタイヤによって弾かれて散る。

 

「効かない!?

あのタイヤ、ビームを弾くの!?」

 

一条の光がまたV2から放たれる。

二条、三条と光の矢は次々に放たれて、その全てをタイヤは弾く。

 

「ウッソ、怒りは良いカンフル剤だ。

だが、敵をやる時にゃクレバーさを脳の片隅に残しておけ!

リガ・シャッコー達の動きを見ろ…すれ違いざまに中のMSを狙うんだよ!」

 

「は、はい!」

 

ヤザンが指差した先では、確かにシャッコー達はタイヤと真正面からやり合うのを避けて横へ横へと回り込んでいる。

背後に頼るべき師がいるのはウッソに大きな安心を与えてくれたし、そしてこの教え子は師の教えを乾いたスポンジのようにぐんぐんと飲み込むからこの課題はもはやクリアされたも同じだった。

次に引かれたトリガーが、銃口からビームを放ち、そして今度のそれは確実にタイヤの隙間を塗って黄色いMSを貫く。

タイヤが内側から炎を伴って破裂するようにして吹き飛んで、それを切っ掛けとして本格的にベスパ達は後退を始める。

 

「逃げていく!」

 

「行かせておけ!

こっちも被害が大きい…深追いをしてこれ以上の怪我をしてもつまらん!」

 

「はい…!」

 

月の大地を抉るように巨大なタイヤを轟かせて、巨大戦艦とタイヤ乗りのMS達が整然と走り去っていく。

リガ・ミリティアの全機がV2の周りへと集ってきて、走り去るザンスカール帝国を憎らし気に見送るしかなかったが、既にリガ・シャッコー達の意識は半分程がバイク戦艦から反れていたのが直後の通信で分かる。

リガ・シャッコーの中からノーマルのシャッコーが飛び出て、そしてV2の肩に手を置いた。

 

「ウッソ!」

 

ウッソの名を呼ぶカテジナのソプラノの声がV2のコクピットで反響した。

 

「カテジナさん、無事だったんですね」

 

「無事に見える?散々よ。いいようにやられた。

それで、どうして1機なの!?ヤザン隊長は!」

 

「隊長は――」

 

言おうとして、それを遮って背後の男が代わりに返した。

 

「ここだ」

 

「ヤザン!?なんでウッソのV2に?」

 

「見りゃ分かるだろう。やられたんだ。

ウッソに拾ってもらったのさ」

 

「ヤザン隊長が…やられたって…て、敵はそんなに!?」

 

「ブリーフィングでまとめて後で教えてやるよ。

ところでオリファーはどうした」

 

「っ!そ、そう、それをこちらも報告しようと思って…!

基地の損害は見ての通り甚大で、詳細は不明。

何人死んだか、行方不明か、とにかく詳細はすぐになんて分からないわ。

オリファー副隊長、ジュンコ・ジェンコ、ヘレン・ジャクソンは被弾。

救護班に拾ってはもらえて…あと、他にも…たくさんあり過ぎて…と、とにかくヤザン、早く降りてきて!」

 

カテジナの言葉に、思わず焼け付いた背を浮かしてヤザンが鋭い三白眼を見開いた。

 

「オリファーもやられただと!

生きているのか!?」

 

「全員、生きてはいるけど、重傷よ」

 

ヤザンの浮いた背がまたシートに沈み、どこか安心したようにヤザンは深く息をつく。

 

「…そうか。まぁ生きてりゃどれだけでもやり直しがきく。

フッ…しかし、隊長と副隊長が揃って被弾とは、かっこがつかんな」

 

愚直るようなその呟きに、カテジナよりも早くウッソが口を開いた。

 

「そんなこと!

オリファーさんも、ヤザン隊長も、誰より体を張って皆を守ったってことでしょう!」

 

まるで自分のことのように怒る少年。

それをヤザンは少々複雑な面持ちで眺めて、そしてウッソの白いヘルメットに手を添える。

 

「俺やオリファーは指揮官だ。

指揮官の一番の仕事は最後まで生きて責任をとることだ。

部下貴様らを生かして帰るにしても、隊長が真っ先に死んでちゃそれもできんからな。

死ぬ指揮官は三流さ」

 

「でも…だったらヤザンさんはやっぱり一流でしょう!」

 

生存能力に誰よりも長けるヤザンは、その理論でいえば超一流だとウッソは思うし、その評価は正しいと何故かウッソの方こそが胸を張る。

尚も言いすがってくるウッソの頭を軽く小突いて止めたヤザンは、少し気恥ずかしさが在ったのかもしれない。

 

「さっさと帰るぞ。

俺は怪我人なんだ…早いとこ頼むぜ、ウッソ」

 

「あ…は、はい」

 

余りにも元気にがなり立てていたものだから忘れがちだが、少年は椅子代わりにしていた師が大怪我を負っているのを思い出す。

可能な限り振動がヤザンへ伝わらぬようにと、気遣いに満ちる操縦でV2を滑らかに下降させていった。

 

出迎えてくれるホラズム基地は、詳細な位置が掴めなかったのであろう…ベスパの無差別攻撃とローラー軋轢によってクレーターの地形が変わるほどだったが、それでも地下施設の一部はまだ無事だったらしい。

既にホラズムのスタッフ達が救助作業やらに精を出し始めているのが遠目に分かった。

 

「報告したい事がたくさんあり過ぎて、だと?チッ…この後の反省会を思うと、頭が痛い」

 

ポツリと言ったヤザンの言葉。

今までウッソが聞いた事のないテンションの呟きは、少年の心に深く残る。

間違い無く重傷の範疇に入る怪我を負ったこの男は、どうも帰ってもすぐに休息を取れぬらしい。

ヤザン・ゲーブルという男がどれだけの苦労を背負い込んでいるのか、その一端を少年は見た気がした。

 

 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧