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ヤザン・リガミリティア

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宇宙の魔獣・カイラスギリー その5

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ヤザンがリガ・ミリティアにいる   作:さらさらへそヘアー

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宇宙の魔獣・カイラスギリー その5

2機のMSがリーンホースへと着艦し、

ゲートが閉まるとほぼ同時にストライカー・イーグルは駆け出した。

クッフ・サロモンや他の整備士達もそれに続く。

コクピットをブロックごとスライドさせ、

ヴィクトリーのキャノピーから顔を出したウッソが大声で先頭の男へ声をかけた。

 

「ご苦労さまです、ストライカーさん!補給頼みます!

なるべく急いで下さい!ヤザンさんが、隊長が一人で戦ってるんです!」

 

普段は無口のストライカーだがこういう時まで無口ではない。

 

「隊長が一人で!?わかった!特急でやってやる!

シャッコーも補給だけで良いんだな!?」

 

たった今ヴィクトリーの隣で設備に脚を固定し、

ハンガーデッキに身を預けたイエロー・オレンジのMSにもストライカーは大声で聞くと、

そのパイロットはコクピットから身を乗り出して怒鳴るような音量で返してくる。

 

「そうよ!こっちも急いで!!」

 

「わかった、クッフをいかせる!」

 

怒りの感情が見え隠れするがそれを必死に噛み殺している…

少女の態度はそういうものに見えた。

ストライカーはサムズアップを作ってからクッフの肩を軽く押して急かすと、

押された年下の同僚はいつもひょうきんさを滲ませる軽薄な顔を

〝まずいものを見た〟とでも言うようなしかめっ面にしている。

 

「お嬢様はちょいとご機嫌ナナメのごようすで…」

 

「隊長に怒られたんじゃないか?ま、いいじゃないか。

大分、大人な態度を勉強できているよ。

隊長は俺達整備士メカマンを大事にしてくれるから、ルース嬢ちゃんも真似てんだろう」

 

「もっと隊長を真似てほしいなぁ…」

 

「あれでも先月までMSに乗ったことのないご令嬢だったんだ。大したもんだと思うがね。

俺達も負けてられんぞ…あんな若い娘が頑張ってるんだ。ほら行って来い」

 

「はいよ」といかにも気怠げな声で生返事を返すクッフだが、

整備の腕はストライカーに次ぐモノを持っているしやる事はちゃんとやる男だ。

そそくさとシャッコーに取り掛かったが、

近づくなり一目でシャッコーの脚関節部に違和感を感じる。

メカマンの直感のままに装甲を開いて関節のシリンダーを見れば声なき悲鳴を心であげた。

 

「うわ…一回の出撃で交換だよ!これじゃ補給だけで済まないぞ!

もうちょい大切に使ってあげてくれよ、ルースさん!」

 

近寄って見れば他も酷いものだ。

右肩の〝隠し腕〟のビームガンも、そしてライフルも砲身がくたびれているし、

ビームシールド発振機も交換が必要だろう。

シャッコーはヤザンの乗機であった事もあり自分も良く整備をしたものだったから、

クッフとしてはヤザンへの尊敬の念も合わさってシャッコーに愛着があった。

その彼からしてみれば年若い少女のMSの乗り回しっぷりには思う所がある。

カテジナは携行ドリンクをストローで流し込みながらギロリとクッフを見る…というよりも睨む。

 

「悪かったわね…けれどこっちだって必死だったの!

でも今は口より手を動かして!補給だけじゃダメなら尚更時間が無いのよ!!」

 

カテジナ・ルースの獅子のような迫力。

この少女は今、戦場に残してきた上官の事で頭も心も一杯で余裕は無かった。

ヤザンからは「整備士は大切に」と教えられているしそれを実践しようと努力もしているが、

だからといって常に教えを実行出来るとは限らない。

職人気質も多く怒鳴られ殴られを多く経験してきたクッフも、

そして隣のMSハンガーデッキで整備に邁進するストライカーもギョッとなる程だ。

 

「は、はいっ!」

 

思わず背筋を伸ばしたクッフは「おっかねぇ」と呟いてせっせと手を動かしだし、

他の整備士の面々も駆け寄って大急ぎで摩耗部品の交換と相成った。

そして整備士達の間で、カテジナ乗機のMS整備担当になるのを

〝ハズレくじ〟と呼ぶようになるのだがそれはまた別の話だ。

 

そんなタイミングで再びゲートの方が慌ただしくなる。

回転灯と警報が周囲にゲート開放を知らせて、直後に二重扉が重々しく開いてく。

外部モニターを見ながら整備士の一人が叫んだ。

 

「Vタイプ、2機!帰ってくるぞ!スペース開けろ!!」

 

当世代の小型MSなら10機まで収納できる格納庫が一杯になってきて、

そこら中を慌ただしさ倍増となって整備スタッフが駆け回る。

今ほどの整備士の言葉にウッソとカテジナは、携帯食を口に頬張りながら互いを見た。

 

「Vタイプって事はオリファーさんとマーベットさんですよ!」

 

「これでヤザンの要望を満たせる。すぐ出るわよ、ウッソ!」

 

その発言が聞こえてかMSの足元から、

コクピットの二人へとストライカーが大声を張り上げた。

 

「直ぐには出さんぞ!シャッコーの脚のシリンダーは一本交換だ!

それにオリファー機とマーベット機も補給させてやれ!後10分かかる!」

 

「10分!?遅い!!ヤザンに何かあったらどうするっ!!5分で済ませて!」

 

カテジナががなり立てながらグッと身を乗り出し、

傍から見ると今にもコクピットから落ちそうでウッソははらはらする。

ウーイッグ時代からは想像もできない姿で、言葉遣いもお淑やかとは程遠い。

 

(…ひょっとして、カテジナさんってこういう面も素なのだろうか)

 

口の中に残るぱさついた携帯食を、

ドリンクの残りで流し込みながらウッソは埒もない事を考えていた。

 

「シャッコーをもっと大切に乗ってくれれば5分で済んだんすよ!ルースさん!

最低でも7分は貰いますからね!」

 

クッフも同僚の援護射撃をして時間の延長は已む無しと訴えていた。

やり手のメカマン二人に言われてはカテジナとしても引き下がるしかないが、

だがその顔はやはり凄い剣幕で、鳶色の瞳を釣り上げてクッフを睨んでいる。

「ひぃ」と小さな声でクッフは怯えて、彼の作業速度はまた増したようだった。

 

そんな事をしている時に、

更に隣の整備ハンガーデッキに身を固定させたVタイプが来る。

そして機体固定と同時にコクピットブロックをスライドさせて

キャノピーから上半身を覗かせたのはオリファーだ。

ヘルメットをパイロットシートに投げ捨てるように放って汗だくの顔をタオルで拭って言う。

 

「さっきの信号弾だが、ビッグキャノンが動いてるって本当か!?」

 

「本当ですよ!」

 

ウッソがすかさず返事をした。

いつの間にか機体を固定して補給を受けるマーベットも、

コクピットの縁に腰掛けながらパイロットスーツをヘソ半ばまで下げ、

涼を求めつつウッソとカテジナへ視線をやっていた。

視線を感じてそちら側をチラリと見たウッソは、

マーベットの褐色の肌が汗でテカって

薄着の白いシャツがその肌に張り付いているのを見てしまう。

一瞬、その色気にドキリとしたが、すぐにもっと大事な話へと軌道を修正する。

 

「ヤザン隊長の姿が見えないけれど」

 

マーベットの言葉にはカテジナが返した。

 

「まだ戦場よ…!流れたペギーを探しながらベスパと戦っているの!

ヤザンが、あなたとオリファーさんを連れて来いって…。

ビッグキャノンが動き出したから、前線を突破してそちらもどうにか対処しないと…!」

 

金髪の少女が親指の爪を噛みながら紡いだ言葉にオリファーとマーベットが目を丸くした。

 

「ペギーの事も驚きだが、まだまだベスパのMS隊は元気いっぱいだぞ!?

それを突破するってぇ!?」

 

そう言うオリファーに、今度はウッソが返す。

 

「ヤザンさんの命令ですよ。少数精鋭で突破するみたいです。

急がないと、ヤザン隊長もペギーさんも危ないし…

それに艦隊の皆もビッグキャノンでやられちゃいますから」

 

ウッソが補給を終えたVタイプのチェックに入りながら言う。

シートに座り、マシーンの最終チェックを慣れた動きで熟していく。

その横ではシャッコーの関節ブロックが交換されカテジナが動作確認に余念がない。

現場は滞る事無く流れていき止まることはない。

オリファーはマーベットを少し見てからウッソへと向き直って

「勿論それは良いが…」と了承しつつ言葉を続けた。

 

「それならシュラク隊もいた方がいいだろう。

ペギー以外はまだ戦え―――って、ひょっとしてあのボロボロのは…」

 

10機まで収容できるハンガーの半分を占拠する

ボロボロのガンイージを見て二人の返事を待つまでも無く納得した。

 

「二人の様子からすると、どうやら一応全員無事なんだな」

 

「はい、ヤザンさんのお陰で。でも、皆さんとても連戦は出来そうもないですから…」

 

「よし、わかった…こちらの補給も丁度終わった所だ。

俺達がそちらに付いていくから先導してくれ!」

 

オリファーが足元の整備士達にハンドサインを出してから素早くシートへと戻っていく。

ヴィクトリーの目に緑の光が灯り背を固定ラックから切り離すと、

呼応したようにマーベット機とウッソ機もそれに続いた。

そしてカテジナもハッチを閉じて、シャッコーの赤い目を光らせる。

 

『ヤザンとはSフィールドで合流予定よ』

 

シャッコーのスピーカーがカテジナの声を響かせた。

オリファーはヘルメットを被りながら

同じようにスピーカーで少女へ返すもその声は珍しく固い。

 

『〝隊長〟だ。

公私混同にそこまでリガ・ミリティアは煩くないが隊長には敬意を示せよ、ルースさん』

 

『…失礼しました。オリファー副・隊・長・』

 

素直に言い直してはいるがカテジナの言い方はやや素直ではない。

当て付けるように副隊長を強調していたのは年相応の跳ねっ返りの顕れだろう。

 

オリファー・イノエという男は、

リガ・ミリティアでも最も長くヤザン・ゲーブルとつ・る・ん・で・いた人物だ。

MS隊の総隊長がヤザンならばオリファーは副隊長である。

ネズミのようにこそこそと潜伏活動していた時からヤザンを副官として支え続けていて、

シュラク隊創設にも彼と共に尽力していたし、

ヤザンの〝地獄のMS訓練キャンプ〟の一期生でもあった。

であるからオリファーの、

ヤザン個人への尊敬と忠誠心という奴はリガ・ミリティアでも群を抜くものがある。

仮に、ヤザンが「ザンスカールへ乗り換える」等と言ったら

事と次第によってはオリファーは彼に付いていくだろう。

それぐらいにはヤザンを慕う男であった。

 

ヤザンが強烈で個性的なカリスマで部下をグイグイと引っ張り、

副官であるオリファーが模範的で気が利くフォローで穴を埋め下から支える。

そういう名コンビでもあったが、

当初のシュラク隊のメンバーがある程度そうだったように、

今のカテジナのようなじゃじゃ馬達の指導と制御はヤザンの仕事だった。

気の強い個性的な跳ねっ返り娘達を、

ヤザンは彼女らを更に上回る個性を発揮して

彼女らを時に叩き潰し、時に泥水を啜らせ、時に鞭で打ち、そしてたまに飴をやる。

そうやって見事に〝調教〟して来たわけだが、それはとてもオリファーには出来ない事だ。

オリファーが無能というのではなく単に向き不向き、という奴だ。

だから余りにも我が強すぎるカテジナの相手は、はっきりいってオリファーは持て余す。

彼はどちらかというとマーベットやトマーシュ、ウォレンのような

優等生タイプを導くのが上手い性分であった。

 

(…う~む。この娘は…やっぱり相当だぞ…まいったなぁ。つくづくヤザン隊長は凄いな…。

やっぱり俺はマーベットで精一杯ですよ、隊長)

 

面と向かって注意した事に対する反発を示されて、

オリファーは表向き威厳いっぱいに受けて立ったが内心はそういうものだった。

 

「ヤザン隊長…こんなユニーク揃いの連中残していってもらっちゃ困りますからね」

 

コクピットの中で一人呟いたオリファーのそれは誠に切実な情緒に満ちていた。

 

 

 

――

 



 

 

 

4機のMSが戦場を切り裂くナイフのように突出していく。

彼らのスラスター光は彗星のように尾を引いて、鋭くベスパの陣形へ穿っていった。

 

「なんでそう邪魔をするのさ!

このままじゃ、ビッグキャノンで皆死んじゃうかもしれないんだぞ!お前達だって!」

 

ウッソのヴィクトリーが、手にした長物…メガビームキャノンを薙ぐように撃てば、

見事に立ち塞がるゾロアットをメガ粒子の中に消していった。

ウッソは先頭に立って突き進みながらも取り回し辛い長物を巧みに使っている。

 

「物干し竿…良いみたいだな。ハイランドは良い物をくれたよ」

 

「設計が30年前のものだから不安だったけど、基礎が優秀なら何年経ってもいけるものね」

 

「そりゃあマーベット、ヤザン隊長を見ていれば分かるだろう」

 

オリファーの軽口にマーベットは唇の端を持ち上げる。

 

「ふふ、そうね。ヤザン隊長は物干し竿よりうんと古いんだった。つい忘れちゃうわね」

 

「どこにでも順応して逞しく生きる人だからなぁ、あの人」

 

優秀な物は時代を超える、という事らしい。

オリファーとマーベット、そしてカテジナは

同じ長物でも使い慣れたフェダーインライフルを撃っているが、

ウッソが旧式のスマートガンを使っているのは単純にフェダーインライフルの在庫切れ故だ。

一番の年少であるウッソが信頼性の低い未知の旧式兵器を使っているというのも、

これもまた単純にウッソの腕が一番良いからだった。

ヤザンの弟子であると自他共に認められている現状。

そしてスペシャルであると評される程の才能も相まって

ウッソ自身も〝物干し竿〟をあてがわれたのに異論は無かった。

 

「ウッソ、雑魚相手に弾を使いすぎないのよ?

こいつらは無視して今はSフィールドを目指さないと!」

 

ヴィクトリーの横でシャッコーも黒い長物のトリガーを引きつつそう言えばウッソも頷く。

 

「はい!行きましょうカテジナさん!」

 

ウッソとカテジナ、オリファーとマーベット、それぞれの連携は抜群である。

特にオリファーとマーベットのコンビネーションは、

二人のプライベートの深い付き合いもあってか相当に息が合う。

まるで熟年夫婦のように言葉も無く阿吽の呼吸で互いをカバーし合う様は、

連携技の模範となるべき姿だった。

ウッソとカテジナのチームプレイも優秀だ。

こうしている今も、ウッソがベスパMSの眼をバルカンで潰した瞬間に

シャッコーがコクピットをビームサーベルで串刺しにする様は流れ作業のようにスムーズだ。

しかし彼ら年少組の連携はあくまでヤザンを基幹としたもので、

ヤザンを含め三人での連携こそが〝ヤザン隊〟に選抜されたウッソとカテジナの真骨頂で、

自然、そういう風にヤザンとの訓練で身についていた。

しかし個人技を見れば、もはやウッソには勝てないとオリファーもマーベットも確信できて、

カテジナを見ても最低でも同等レベルにまで並ばれているように思う。

 

(スペシャルな才能…2週間が私達の2年間と同じという事…。

これが、私達がオールドって事なのかしらね…)

「ベスパの動きは頑なね…奴ら、ビッグキャノンの射線から逃れる算段があるのかしら…?」

 

自分も若いと思っていたが更に若くどこまでも伸びる若々しい才気に、

大きな期待と少しの妬ましさを覚えつつもマーベットは思考を重大作戦へと向ける。

ベスパがキャノンの同士討ちを恐れていない理由を探るよりも、

いち早くヤザンの待つSフィールドへ向かうのが先決だと、

そうマーベットは思い直し操縦レバーを握る手に力を込めた。

 

1機のゾロアットがオリファーのライフルに撃ち抜かれる。

3機のゾロアットがウッソのスマートガンに纏めて葬られ、

続けて回り込もうとした1機がビームシールドにざっくりと胴を抉られて爆発。

1機のゾロアットがマーベットにコクピットを鋼鉄の拳で潰される。

ゾロアットがシャッコーに蹴り飛ばされ、

纏められた所に肩部ビームガンを撃ち込まれ巻き込み2機、爆散。

 

襲い来るゾロアットを何度も何度も返り討ちにし、4機のMSは快進撃を続けていった。

あと僅かで合流ポイントに到着する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何の問題も無くSフィールドに着き、そこでアビゴルと合流する予定だったのだ。

しかし、何事も予定通り行くとは限らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アビゴルの姿はそこに無かった。

フィールド上のどこを索敵しても、誰のセンサーにも引っかかる物は無かった。

 

「ヤ、ヤザンさん…!」

 

ウッソは必死になってモニターに写るあらゆるデータに目を通す。

見落とした熱源はないか。

見落とした動体反応はないか。

しかし見落としなど何処にも無かった。

 

ここは戦場だった。

常に予想外が起き得る、命と死が交差する領域であった。

 

「い、いない…?ヤザン…!どういうことなのよ!ヤザン!!」

 

カテジナの震えた叫びが、シャッコーのコクピット内に虚しく木霊した。

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

甲虫を思わせる巨大なフォルム。

緑色の大型MSアビゴルが、高速巡航形態となって戦場を疾駆する。

目的は漂流する部下の回収であるが、それが成功しても失敗しても

直ちに成さなければならない重大ミッションが緊急に発生した。

 

〝起動した巨大衛星砲の破壊〟

 

それを成功させなければ、どう転んでもリガ・ミリティアは致命傷を被る。

そして一度致命傷を負ったら民兵組織であるリガ・ミリティアはもう立ち直れない。

横流し行為による支援と補給では回復力には限りがある。

巨大なスポンサーは存在しているが彼らはあくまで陰ながらの提供者であり、

表立って湯水の如く支援は出来ない。

それをしてしまえばザンスカールが彼らの尻尾を握って堂々と報復・粛清行為に及び、

スポンサー達は皆ギロチン送りになってしまうだろう。

 

だから巨大衛星砲は止めなければならないし、

それを成功させる可能性を1%でも上げるためにヤザンは少しでも敵を減らす。

 

「行きがけの駄賃だ!墜ちなァ!」

 

アビゴルの側面腕部と背中からヒ・レ・が飛び出し、

メガ粒子のカッターが鋭く撃ち出される。

行く手を阻むゾロアットが2機、コクピットにメガ粒子カッターをめり込ませて沈黙した。

その戦闘行為はまさに行きがけの駄賃だ。

ウッソが示した方向へ脇目も振らず邁進し、その進路上の敵だけをヤザンは攻撃している。

 

(…チッ、大分ベスパの方に流されている…!)

 

結果的にヤザンは単騎で敵陣に深く切り込む形となってしまい、

とうとう突出気味のカリスト級巡洋艦までがアビゴルの射程圏内となっていた。

ザンスカール軍は1機で突撃してきたアビゴルに集中的に攻撃を加えてきている。

自分達が舐められているという思いもあって、

ただ1機に自陣で暴れられて無事逃げおおせられたとなればそれこそ沽券に関わる。

しかもそれをしているのはどう見てもザンスカールの特徴を有するMSなのだ。

リガ・ミリティアの手癖の悪さは既にベスパ全体の良く知る所で、

奪われたMSにそのような好き勝手を許せば己らの士気にも大きく影響するだろうから、

彼らのアビゴルへの攻撃は熾烈であった。

 

絶え間なくアラートを告げるセンサーの輝きが反射し、ヤザンの目を薄い朱で彩る。

半分はそのセンサーを頼りに、そして残りの半分は〝気配勘〟を頼りにして

ヤザンはアビゴルの速度を落とすことなく全身のアポジをフルに活用し砲撃を避け続ける。

 

――Beep!Beep!Beep!

 

けたたましい電子音がアビゴルのバイオコンピュータから響き続けてヤザンをイラつかせた。

 

「うるさいんだよ!コイツは!」

 

警告を発してくれるコンピューターへ理不尽に怒鳴りつけながらも、

操縦レバーとフットペダルに神経を集中させる。

嗅覚を研ぎ澄ませる。

頼るべきは己の経験と〝鼻〟の良さだ。

 

カリスト級からヤザンを出迎える為の無数の迎撃ミサイルが盛大に吐き出される。

機銃も、小型メガ粒子砲台も、

アビゴルの蛮勇に魅せられ引き寄せられるかのように砲の先を向けた。

 

「俺を落とそうというのか!?ハハハハ!」

 

もはや主砲級のメガ粒子砲の射角の届かぬ内側へと獣は入り込んだ。

小粒なビームなどアビゴルのビーム砲を兼用する頭部ビームシールドが弾いてくれるし、

実弾の機銃も掠る程度ではハイチタン合金ネオセラミック複合材は貫けない。

ザンスカールが開発した新合金は今ではヤザンを守る鎧となっている。

直撃させれば話は別だが、カリストの機銃はついぞ野獣を捉える事は出来なかった。

 

嵐のような弾幕を吐き散らしハリネズミとなったカリスト級へ、

アビゴルは猛烈な勢いで迫ると機首になっている頭部ビームを返礼として見舞う。

フルチャージならば一撃でデブリを薙ぎ払うアビゴルのメガ粒子がカリストの胴を貫いた。

 

「ククク…!クッハッハッハ!!」

 

MSの装甲を己の肌のように感じる。

肌一枚、際どい所をビームとミサイルと弾丸バレットが擦れていく感覚に酔いながら獣は笑った。

胴体から火を吹きながらもビームを撃ち返すカリスト級に、

ヤザンはさらに二撃三撃をくれてやれば、

とうとうカリストは沈黙し全身から爆炎を垂れ流し

最後には内側から艦橋を爆散させて巨大な炎の塊になって四散した。

 

カリストの爆発から延びる炎が、周囲に展開していたMS隊をも飲み込んでいく。

ヤザンはその輝きを心底可笑しいとでも言うように、哂いながら見つめていた。

辛うじて誘爆を逃れたゾロアット隊はその光景を悪夢のように見守るしかできず、

仲間を貪る炎を見るゾロアットの猫目はどこか怯えてさえいるような錯覚に陥る。

 

「な、なんて奴だよ…!」

 

「あいつは、あ、悪魔か…!」

 

そのベスパ兵達の手足は強張り、追う責務があるというのにフットペダルを踏み込めない。

ゾロアット達は、去りゆくアビゴルを唖然と見送るしかなかった。

 

そんな無茶な切込みをもう二、三度繰り返し、

そしてとうとうアビゴルの三つ目は目的の漂流物を捉えた。

 

「見つけたぞ!ガンイージ!」

 

手足がもげ、バックパック部を喪失したダルマ状態のガンイージ。

なるほど、これ程の損傷ならばAMBACは勿論、

各所のアポジも機能停止しているだろうとヤザンを納得させる。

 

アビゴルの三つ目がまたギョロリと周囲を見渡す。

複合複眼式マルチセンサーの探査モードで念入りに索敵をしつつ、

未だにスパークしているガンイージの胴部を、アビゴルの大きな腕がそっと抱えた。

 

「ペギー!」

 

触れ合い通信がヤザンの声を届けている筈だが、数瞬待ってもガンイージから反応は無い。

ヤザンはもう一度彼女の名を呼んだ。

すると、

 

「う…隊、長…?」

 

力無い女の声が確かにそこからした。

パイロットの声に力が無いという事は、負傷が著しいか…

それとも生命維持装置のトラブルかというのが相場だが、

しかし自分を隊長と認識したのだから

酸素欠乏症の心配はまだ無いだろうとヤザンは判断できた。

 

「そちらの状態はどうだ。ハッチを開けて出てこれるか?」

 

「う…は、はい。大丈夫です…」

 

「よォし、ならばさっさと出てこい。ここは戦場のど真ん中でなぁ?

チンタラされたらこちらが危ない」

 

「っ…は、はい!」

 

孤独な遭難の中、救助に来てくれただけでどれ程嬉しいか。

それは漂流を経験した者にしか分からないだろうが、

地球の海山での遭難も恐ろしい苦難と孤独が待ち受けているというが、

それが無限に続くという謳い文句すらある宇宙の深淵に放り出されての遭難となると、

その恐怖と孤独感はどれ程だろうか。

しかも、自分を迎えに来てくれたこの男は戦場を掻き分けて来てくれたらしいとなれば、

歓びは筆舌に尽くし難い。

 

ペギーは、救急パッドで仮初めの治療を施した太腿を叱咤し動かす。

宇宙世紀の軍事救急パッドはノーマルスーツの破損から起きる酸素漏れも補修できるが、

ペギーの太腿の傷はかなり深く、また脇腹や胸部にも大判の救急パッドを貼っつけていた。

つまり、中々の負傷を彼女は負っていた。

 

(ヤザン隊長…!来てくれたっ、来てくれた…!)

 

動くのも億劫だった体を動かして、もどかしいとばかりに慌ててコックピットを飛び出た。

 

「うわっ」

 

勢い余り慣性で飛んでいくペギーはくるくると宙を漂って、

パシッと鋼鉄の巨掌が彼女の体を受け止めた。

その大きな大きな手は鋼鉄だというのに彼女には何故か優しく、柔らかに感じられる。

 

『しつこく生きていたな!さすがは俺の部下だ!褒めてやるよ、ハッハッハッ!』

 

アビゴルの掌が、彼女の愛しい男の声を伝えてくれる。

ペギーはアビゴルの指に縋り付くようにしてしなだれていたが、

すぐにアビゴルにコクピットに押し込まれる。

そこにはペギーが一番縋りたかった男が不敵な笑みで待ち受けていた。

 

「ほぉ?武勲を刻んだじゃないか」

 

ペギーの体を軽く触って、

診るなり開口一番がそれだったのは如何にもヤザンらしいとペギーは思う。

 

「…嫁の貰い手、この体じゃ…どうなんでしょうね」

 

「ハハッ!そんな心配ができりゃあ今直ぐは死なんなァ!

安心しろよ、誰も貰わんなら俺が貰ってやる」

 

「………!」

(やはり、この上官ひとはこう言ってくれる)

 

クスリと微笑みながらペギーも、冗談めかしてこう返す。

 

「でも、隊長の女になってもどうせ私一人じゃないですよね?」

 

「フッハッハッ!言うな!今更だろうが。黙って座ってるんだな」

 

ヤザンの膝の間に少し大きめの尻が無理やり押し込まれて、

男の手がヘルメット越しに数度頭を優しく叩くとペギーの体にグッとGがかかる。

小さな苦悶を上げるがそれでもヤザンは速度を緩めないし、

ペギーもそれでどうこうと文句を言わない。

 

「悪いがこのまま衛星を叩く!」

 

「…ぐ、う…ビ、ビッグキャノンが…完成してたんですか…!?」

 

Gのせいで傷の痛みが全身に回るが、

それでも痛みを感じる程度ならば今直ぐに命に影響する怪我ではない。

この痛みは生きている証で、ペギーは痛みを喜ばしいものとして享受していた。

 

「完成しちゃいない。だが撃てるらしいな。

奴ら、味方諸共俺達を薙ぎ払うつもりでいやがるらしい」

 

「ベスパのやりそうな…こと、ですね」

 

「痛むか?」

 

アビゴルの速度を緩める気はあまり無いのだが、

それでもヤザンは部下の傷んだ体を労ってはやる。

 

「いえ、この程度…お気になさらず。っ、た、隊長に抱かれた時の方が痛かったですから」

 

「フン…初めてであの程度で済んだのは俺に感謝しても良いぐらいだ。

まぁいい…随分余裕があるようだからな。なら遠慮はせんぞ」

 

「…っ、どう、ぞ…!」

 

ペギーの了承を得て、アビゴルが颯爽とこの場を離脱しようとしたその時に、事は起きる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――リィン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

音が聞こえた。

 

「…なんだ?」

 

踏み込みかけたフットペダルから足を離す。

戦場の遥か遠く。ある一点を、ヤザンはモニター越しにジッと見た。

ペギーは首を傾げて彼へ視線を寄越す。

 

「隊長?」

 

ペギーが言うが、ヤザンはただ一点を見、そして神経を研ぎ澄ます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――リィィン、リィン

 

 

 

 

 

「鈴の音、だと?」

 

モニターのずっと向こう。

星々が瞬く暗黒の空から、鈴の音が確かにヤザンの耳に届いていた。

 

「っ!ペギー、掴まっていろ!」

 

「え?な、何にですか!?」

 

言うやいなやヤザンがアビゴルをブーストさせ急上昇した。

次の瞬間には、先程までアビゴルがいた空間を猛烈なビームの嵐が通過していた。

 

「え!?ビーム!?ど、どこから…!」

 

掴まれと言われたので横座りとなって

ヤザンのノーマルスーツの胸部を両手で掴む形となったペギーが、

虚空から猛烈な速度で迫る光点に気がついた。

勿論、ヤザンもだ。

 

「また新型!?」

 

ヤザンが半ば無意識に拡大した映像を見てペギーがうんざりと小さく叫ぶ。

映るのは見たこともないモビルスーツで、

戦闘を好むヤザンでも今の状況で未知の新型と遭遇するのは御免被りたい所であった。

 

「チッ…ここでベスパの新型がまた増援に来るだと…!?奴ら、大盤振る舞いだな!」

 

まるで雷鼓を背負う魔神の如きMS。

アビゴルの望遠カメラが補足したその姿は、逞しい四肢、くすんだ灰色と緑のカラー。

ザンスカール特有の複合複眼式マルチセンサーは鋭く、

額にはアビゴルのように3つ目のセンサー・アイがあったが、

しかしその三つ目は鈴を模したかのように丸みを帯びている。

だが最も特徴的なのは、

その背部に古く日本の島で持て囃された芸術絵画〝風神雷神図屏風〟の

雷神が背負う〝雷鼓〟に似たバック・ウェポンを装備している事だろう。

 

「今のビームは、あの〝背負いもの〟からか…!

装甲が一部剥き出しのようだが、あいつも未完成でここに来たという事か?」

 

ヤザンも一目でその〝背負いもの〟の脅威を認識したが、

見れば新型の腕や脚、頭は内部機構が部分的に見えているように思う。

 

「それだけベスパも必死なんでしょう。

…っ、未完成品をどんどん戦場に投入してくる、なんて…

ぐ、ぅ、あ、焦っている証拠だと思いますよ」

 

アビゴルのGに苦しみながらもペギーが予測の回答をヤザンに与えるが、

ヤザンはそれに返す事も無く回避に神経をすり減らす。

アビゴルがまた不規則な軌道を描く高速で宇宙を跳ね回って、

敵新型が猛射するビーム嵐を装甲スレスレに潜り抜けていく。

 

「っ!チッ、ゾロアットまでおいでなすったかァ!」

 

ヤザンの視界の端にチョロつく赤いMS達。

蚊蜻蛉のように群れ、そして新型の助成を受けてアビゴルを猛追してくるのは厄介だった。

だが、ヤザンも…そして追うゾロアットのパイロット達も思いがけぬ事が次の瞬間に起こる。

 

 

――リィィィ、リィン

 

 

鈴の音を撒き散らしながら、

背負う雷鼓から雷槌を雨のようにバラ撒けば

アビゴルを追わんとしていたゾロアット達までが雷のようなビームに貫かれて四散したのだ。

 

「味方ごと撃った…!ベスパはこんなイ・カ・レ・ばかりか!?」

 

ヤザンが忌々しいというような声を上げ、ペギーも嫌悪をはっきり浮かべた顔となる。

戦場で見境なく暴れる狂犬のように言われる事もあるヤザンだが、

彼には彼なりのポリシーがある。

無抵抗の民間人や、良識ある味方を攻撃する事はしない。

だが急速に迫りつつある新型は一切の躊躇を見せなかった。

これはヤザンから見ても異常な事だった。

迫る新型MSの中で女がケタケタと笑っている。

 

「ふふふふ、ははははは、あははははは!

見つけた、見ぃつけた…ここにいた…ケダモノがここにいた…あはは、ふふふ…。

ダメだよ、そいつは。私の獲物なんだからねぇ」

 

鈴を至る所につけた女が笑い、

その度に鈴が揺れてリィン、リィンと不気味なぐらいに澄んだ音色がそこら中に響く。

不思議なことにその音色はコクピットを越え、MSの装甲を越え、宇宙の真空に鳴り響いた。

女のその瞳にはおよそ正気とも思えぬ光が爛々と輝いていたのだった。

 

「タシロも気が利く男じゃないか。

試作品ゲンガオゾの履き心地を野獣で試してイイダなんて…

ンフ、フフ、フ、太っ腹なのは嫌いじゃないよ」

 

アビゴルの熱源センサーが追うのもやっとの猛烈なスピードを落とすこと無く、

そして直角かと思える程の鋭角の急カーブを繰り返してどんどんアビゴルへと距離を詰める。

鈴の女…かつてファラ・グリフォンだった女が叫ぶように大笑いをすると、

プロト・ゲンガオゾがそれに応えて三つの眼を開眼し再び激しく雷鼓を打ち鳴らした。

轟音と共に雷槌が迸る様は、

まるでゲンガオゾがこの世に生まれ落ちて上げる産声のようだ。

 

 

三つ目の雷神。

三つ目の死神。

それぞれが放つ赤い眼光が殺気を纏って交わる。

 

それは予期せぬ出会いだった。

しかし、いつか必ず起こる運命の出会いでもあったのだ。

 

 

敵も味方も、何事も予定通り行くとは限らない。

 

 

ここは戦場だった。

常に予想外が起き得る、命と死が交差する領域であった。

 

 

 

獣達戦場の犬達が跋扈するこの戦場を、圧倒的な憎悪を貪り溜める巨大な魔獣が睥睨している。

カイラスギリーが発射態勢を整えるまで、もう間もなくである。

 

 
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