ヤザン・リガミリティア
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妖獣の爪痕 その2
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ヤザンがリガ・ミリティアにいる 作:さらさらへそヘアー
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妖獣の爪痕 その2
セント・ジョセフの虐殺と後に言われる戦い。
大規模とは言えない戦力同士のぶつかり合いだったが、その内を覗き見れば凄まじい戦力が揃っており、そしてそれに伴う被害も凄まじく、歴史的に見ても大きなターニングポイントに繋がる戦いと言えた。
ザンスカール側は大型MAドッゴーラ2機、ハイエンドMSゲンガオゾ1機、そして最新型SFSアインラッドと共にそれを駆るゲドラフを5機喪失。
対して、ザンスカールの攻撃によって被った被害は、協力都市であるセント・ジョセフ壊滅。
秘密基地ホラズムの半壊。
リーンホースJrが瓦礫に埋もれて小破、及び掘り出すまで使用不能。
そしてMSの被害は分かっているだけで…
V2ガンダムが1機、大破。
リガ・シャッコー3機が中破。
ガンブラスター1機が大破。
ガンイージが1機、大破。
ジャベリンが5機、撃墜、完全に四散。
その他、様々なMSが出撃すらままならず破壊され、艦船の予備パーツや物資、人員を喪失。
はっきりいって、もはやホラズムはリガ・ミリティアの一大拠点の地位から転落した…それ程の大ダメージだった。
復旧を目指すよりも、新しい基地建設を目論む方が手っ取り早いかもしれない。
様々な被害は勿論、その中でもリーンホースJrのクルーの多くに衝撃を与えた思わぬ損害が他にもある。
それは、尋問していたゴッドワルド・ハインの脱走によって引き起こされてしまった。
――
―
ザンネックの砲撃から立て続けに起きたアドラステアの襲来。
その大混乱の中で、施設の電力が一時停止した際にゴッドワルド・ハインが脱走。
ミューラ・ミゲルによる苛烈な拷問の中で、顔面のパーツや爪やら皮膚やらを剥がれていたゴッドワルドだったが、持ち前の体力と、そしてミューラへの凄まじい恨みで憔悴した肉体を強力に動かした。
次の鎮静剤を打たれる直前にホラズムが混乱に陥ったのも、良い具合に鎮静剤の効果が最も薄くなる頃合いになってくれていた。
運は大いにゴッドワルドに、ザンスカールに味方したのだ。
電灯もろくにつかなくなり明滅する施設内。
叫び走り回る人々。
誰も包帯だらけのゴッドワルドに気付かない。
銃を奪い、そして混乱する施設内を彷徨き…、
「ミューラ・ミゲル…!俺の恨みを知れ!!」
「…ゴッドワルド!?」
悪運極まってミューラはゴッドワルドと邂逅してしまった。
ゴッドワルドに欠片の躊躇もあろうはずもなく、爆発で揺れて煩い地下基地の中、誰にも気取られずに銃声が鳴り響く。
出合い頭にふらつく腕での発砲は、ゴッドワルドの狙いを荒くした。
頭と心臓を外れて、ミューラの腹と腰を銃弾が幾つも貫いて、彼女は血を吹き出して倒れればようやくスタッフ達はそいつに気付く。
「捕虜が脱走したぞ!」
「ミゲル博士が撃たれた!」
「こっちに人を回せ!」
ゴッドワルドとしては、そのまま倒れたミューラの脳天にトドメの弾丸を2、3発撃ち込んでやりたかったが、彼女が血を出して倒れ込んだ光景は彼の心を幾らか安んじて、そのお陰で彼は〝逃走〟という選択肢を思い出せたし、ミューラの命を結果的に助けた。
「はぁ…はぁ…!お、俺は…死なぬぞ…!い、生きて、帰る…!
人食い虎のゴッドワルド・ハインが…こんな、所で…死ねるかよ…!」
追手から逃げ、明滅する暗い廊下をひたすらに走る。
体を酷使する内、体のあらゆる所の傷が開いて血を流し、剃り取られた鼻や頬の傷も開いてしまえば彼の見た目はまさにホラー映画さながらの血だらけの包帯男だった。
そんな男と、薄暗い廊下でばったり出会った子供達がいればどうなるか。
「きゃあああああっ!!!」
マルチナの叫び声が廊下に響き、そしてウォレンが咄嗟に前に出て庇うが、
「マルチナさん!?う、うわ!お、おばけぇぇぇ!?」
やはり悲鳴を上げた。
だがゴッドワルドもまた外面はともかくも内心は取り乱していた。
「子供達がこんなに!?
リガ・ミリティアはこんな子供まで利用するのか!!」
銃を向けて威嚇しつつ、ゴッドワルドは驚きと怒りで叫ぶ。
「どけ!殺す気はな―――」
そこで気付いた。
ゴッドワルドの目に映った赤髪の男。
ザンスカールの者ならば、ベスパの軍人ならば誰もが知る男だった。
「なっ!?ク、クロノクル・アシャー!!
クロノクル中尉!!生きていたのか!!」
MIA戦死扱いとして本国で発表されていた女王の弟とまさかの再会であった。
シャクティとオデロが、包帯男の言葉で勘よく察する。
「この人、ベスパの軍人だわ!」
「生きてる人間って分かりゃこんな奴!」
飛びかかろうとしたオデロに、ゴッドワルドは素早く弾丸を一発叩き込む。
「うわぁぁあっ!?」
「オデロ!?おまえ、よせよ!!」
オデロの脚をかすめた銃弾。
今度はクロノクルその人がゴッドワルドへと組み付いた。
「っ!中尉!な、何をする!!
貴様、裏切ったのか!!女王の弟が!」
「女王だとか何とかって!そんなの知るか!
よくもオデロを撃った!よくも姉さんに銃を向けた!」
「何を言っている!?」
助けてやろうとした男に襲われ、しかも言っている事がさっぱり理解できない。
クロノクル・アシャーの姉といえばザンスカールの女王マリアだが、今、クロノクルは小柄な褐色の少女を見て姉と言わなかったか?とゴッドワルドを混乱させた。
そして一つの結論に達する。
「中尉!リガ・ミリティアの拷問で心を壊されたか!?
或いは洗脳か…!く…、黙っててもらうぞ!」
「うぐっ!?」
銃床の重い一撃がクロノクルの脳天を打って殴り飛ばす。
「クロノクル!」
シャクティが倒れるクロノクルに駆け寄ると、ゴッドワルドはまたも発砲して今にも総出で飛びかかってきそうな子供達を威嚇する。
「ガキ共と騒ぐのはもうたくさんだ!
そこでじっとしていろ…次は当てる!おい、貴様は来い!」
「きゃあ!」
ゴッドワルドは、足元に倒れるクロノクルに駆け寄った少女の髪を掴み上げると、そのまま少女…シャクティに銃を突きつける。
「来ればこのガキか、追ってきた貴様らの誰かが死ぬぞ!
いいな、追ってくるな!そしてこんなテロ組織からさっさと抜けるんだ!!
次にお前達に会ったら…俺は絶対に貴様らを殺してやる!!」
恨み骨髄のリガ・ミリティアだが、そこに所属する子らまで恨みたくないとゴッドワルドは思う。
むしろ、このように幼い子供達をゲリラ兵士に育て上げようというリガ・ミリティアの大人達こそ、末代まで祟るべきだと、ゴッドワルドは疼く顔の傷を抑えながら強く思う。
「女…!格納庫まで案内しろ!」
「わ、私、知りません」
「そうか」
頷いて、ゴッドワルドは足元のクロノクルの首へ脚をのせた。
「言わないならクロノクル・アシャーの首をへし折る」
「っ!…で、できないはずです。
だって…クロノクルは…あなた達の女王様の弟なのでしょう!」
「元々戦死扱いの男だ。ここで本当に殺してやった所で誰が知る!?
もうザンスカールは彼は死んだものとして全てを動かしている!」
シャクティの顔がその狼狽っぷりを存分に伝える。
自分を姉と慕い、ウッソを兄とも思い、カルルマンを弟とも可愛がる純朴な青年を見殺しになど出来ない。
皆に心で何度も謝り、それでもウッソかヤザンならば、たとえこの男がMSで脱走しても何とかしてくれるかもしれないと、少女は一縷の望みをかけて包帯男を案内する決意を固めた。
「こ、こっちです…」
「よし」
ゴッドワルドは慎重に、慎重に辺りに目配せをし、そしてしっかりとシャクティを人質にしながら歩を進める。
「よし…いい子達だ…そうだ、俺を見逃せば…害は加えん」
ゴリっと銃口がシャクティの頭に押し付けられれば、隙を伺うトマーシュも動けない。
そのまま緊迫した状況が続いて、子供達には為す術もなく睨み合っていると、一際大きな振動が基地を襲って、そして廊下を薄暗く照らしていた非常灯が消えた。
――ガァーンッ
という銃声が響いて、そして皆が咄嗟に身を屈めると、数瞬、辺りは不気味に静まり返る。
ジジ…と電灯が鈍い音をさせて非常灯にまた火が灯った。
「あっ…い、いない!シャクティ!!」
「に、逃げられちゃった!」
子供達が口々に言い、慌てふためくが、その中でトマーシュだけが比較的冷静であった。
「エリシャ、オデロを連れて早くシェルターに!
ウォレン達は、クロノクルさんを頼むよ!」
「トマーシュは!?」
「俺はこの事を他の人に知らせてくる!」
矢継ぎ早に言って駆けていくトマーシュ。
オデロは痛む脚を引きずりながらエリシャに支えられ、口惜しそうに見送るしかない。
「…くそっ」
「今はダメよ、オデロ。脚、結構血がでてる…!」
「分かってるよ!」
分かっているから悔しいのだ。
それはエリシャにも分かる事だった。
「とにかくさ、今は…俺達はちゃんと生き延びる事が先決で…って!?」
スージィに支えられながら起き上がったクロノクルは、頭をぶんぶんと振って霞む思考をクリアにさせると、間髪入れずに一気に走り出したから、オデロもスージィも驚いた。
「クロノクルくん!?」
「おい、クロノクル!!」
走り去る背にかけられる声に振り向かずクロノクルは応える。
「姉さんがさらわれたんだ!
トマーシュばかりに任せてられない!!」
「ダメだよクロノクルくん!ダメだって!!」
「スージィ、カルルマンを頼むぞ!
フランダース、ハロ、姉さんを必ず連れ帰ってやるからな!!」
身体能力は大の男そのもののクロノクルだ。
スージィの止めるのも間に合わず、脱兎の如くの速さで薄暗い廊下の暗がりに消えていってしまう。
「ど、どうするのオデロ!?」
ウォレンがあわあわとリーダー格の少年に言うが、もうオデロにだってどうしようもないのだ。
「あのバカ!!くそ、追いかけるぞ!!」
だがどうしようもなくたって、オデロという少年は一度舎弟分だと認めた者を見捨てる事などできない。
戦災孤児だからこそ、仲間という者を誰よりも大切にする少年であった。
びっこ引きつつも必死になって赤髪長身の弟分を追い、そしてそれをエリシャは支えた。
「ウォレン、皆を頼むぞ!
カレル、マルチナ、分かってるな!
皆のためにも勝手な動きはするなよ…特にスージィ!」
「わ、わかったよ!」
不安そうな気弱な顔でウォレンは頷き、
「うー…じゃあ絶対クロノクルくんを連れて帰ってよ!オデロ!」
ふくれた頬でスージィも辛うじて頷くのだった。
そこで皆と別れて、何とかオデロは片足で走るようにして格納庫へ向かう。
無論、不自由な片側はエリシャが支え続けながらだ。
「す、すまねぇエリシャさん…君まで…その、巻き込んじまってさ」
「いいのよ、オデロくんって一人だと危なっかしいし…ちょうどよかったかも」
こんな事態だというのにオデロは少し頬を赤くして、胸をときめかせてしまうが、すぐにそんな甘ったれた自分を心で殴りつけるが、実を言えばエリシャも同じだった。
年頃の、しかも日頃好意を見せてくる少年と、こうも密着すれば心臓は高鳴ってしまうが、彼女もオデロと同様、そんな時じゃないだろうとそれを消し去る。
「走れるかい、エリシャさん」
「やってみる。合わせるから走って!」
まるで二人三脚のように二人は必死になって走った。
シャクティと、そしてクロノクルの命がかかっていると思えば、もはやティーンズの異性への気恥ずかしさだなんてのは二人には無い。
暗く、そして揺れる長い廊下を、二人は汗水垂らして走り続けて、そして時折躓きながらもようやく目的地へと着く。
格納庫は既に目ぼしいMSは飛び立った後らしく、まともなMSは1機も無い。
あるのは潰れたガンイージ、ジャベリン、Vガンダム…そして人、人、人。
人の潰れた肉片がそこら中に転がって、オデロとエリシャはこみ上げる吐き気を必死に耐える。
戦争というものを見慣れているオデロでさえ、一瞬血の気が引く光景で、オデロがエリシャを見れば、案の定彼女は涙まで浮かべて必死にこみ上げるものを耐えていた。
オデロが少女の背を優しくさすって、そして二人は何とか吐き散らす事もなく血と油の臭いがする格納庫を進む。
そして…。
「あれだ…!拾ったベスパのMS…コンティオってやつに乗り込んでる!」
幾らかの破片で所々凹んでいるものの、無事らしいコンティオを調べているゴッドワルドをとうとう見つける。
このコンティオは、以前の戦いで拾ったパーツから再生されたもので、機体調整も不十分な組み立てただけの代物だ。
しかもザンネックからの砲撃によって多くのパイロットが負傷、或いは道を塞がれてそもそも格納庫に到着出来ない事から、こうして起動可能ながらも無人で放置されていた。
「ど、どうするのオデロくん」
「どうするったって…!
そ、そうだ、エリシャ…そのトリモチガンをとってくれ!」
格納庫から飛び出したであろう工具キットの残骸の中に転がる緊急接着剤トリモチ銃を見て、オデロは無いよりはマシとそいつを構えてエリシャにも一丁渡すと、そろりと5階建て相当の高さの整備ハンガーへ近づいた。
と、その時だった。
「オデロ、あれ…!」
「ええ!?」
エリシャがこっそりと指差した先…オデロ達の行き先にはコンティオへと繋がる整備ハンガーの影に潜む人影がいるのだ。
コクピットへと項垂れたシャクティを押し込む包帯男・ゴッドワルドの様子を観察している赤髪の男は、紛うことなきクロノクル・アシャーだった。
そしてあの様子では、ゴッドワルドはシャクティを気絶させたらしいのも分かる。
「あ、あのバカ…一人で挑むつもりかよ…!
も、もうちょい待てよ…はやまるなよぉ…!」
「急がないと、オデロ!」
「分かってるって!エリシャ、反対側に回り込めるか…!」
「一人で大丈夫なの!?」
「忍び足で行くんだ、もうどうとでもなるって!
俺が飛び出したら、包帯野郎は俺がやるから、エリシャはコクピットをトリモチで塞いでくれ!」
「頼むぜ!」と一言だけ最後に言い、シッシッと払うような仕草でエリシャへ早く行くよう促すと、「何よそれ!」と少女は無礼なジェスチャーに小声で抗議の声を上げたが、すでに少年は少女に恋する思春期の顔を完全に消して、リガ・ミリティアのゲリラ兵士の顔となっていた。
そしてその横顔に、エリシャの胸の方こそが今度こそときめいて、一瞬頬が赤くなるもすぐに慌てて目を逸らす。
今はそれぞれがやるべきことがあるのだ。
エリシャは瓦礫の影を巧みに移動し、そして半ば崩れそうなデッキに脚を踏み出せば、ギシ…と実に不安な音がする。
オデロもオデロで、ゴッドワルドの視界に入らぬよう、音を立てぬように這い進むのは酷く気を疲れさす作業だ。
しかも、様々な要因で整備ハンガーは今にも崩れそうな場所がままある。
そしてこのハンガーは5階建て相当の高さとくれば、恐怖はひ・と・し・お・であった。
「あっ」
と、小さな声を発しつつオデロは顔を青くした。
ゴッドワルドがコンティオの首の付根からとうとうコクピットへと飛び入ったからだった。
(やばい!)
思うと同時にオデロはもう隠れても無駄とばかりに身を起こし、そして走った。
だがクロノクルもまた同じくして走り出していた。
「クロノクル!?待てよ!!」
「あぁもう!えい!」
破れかぶれだと、オデロとエリシャはトリモチガンをMSへとぶっかけてやったが、それはコンティオの猫目の一部と首元を汚すだけでしかない。
コンティオのハッチが閉まる寸前、クロノクルが無理矢理に飛び込んだのがオデロとエリシャには見えた。
そして銃声が聞こえ、一瞬、赤いモノが宙を舞ったが、それでもクロノクルは中にいるパイロットへとまたも組み付いたようだった。
トリモチを発射しながら駆け寄るオデロとエリシャ。
コンティオの中から男達の怒号が聞こえた気がして、だがすぐに静かになって、そいてハッチが完全に閉まってしまう。
「クロノクル!!おい、開けろ!開けろよ、この野郎!!
シャクティとクロノクルを返せ!!」
コンティオの首の装甲をガンガンと叩きながら、声高に叫ぶ。
もっと言ってやりたい事があるのだ。
「危害は加えないっていったじゃないか!!
さっさとシャクティを解放しろ!クロノクルを返せって!!」
しつこく殴りつけるうち、なんと律儀に機内のゴッドワルドからは返答があった。
『害は加えん。この娘には私の人質を続けてもらう。
クロノクルに関しては、元々こちらのモノだ…交渉の余地は無い。
…少年、離れねば命の保証はせんぞ…!』
コンティオの目に火が灯る。
「っ!オデロ、危ない!!」
エリシャが咄嗟に叫び、そしてコンティオにしがみついているオデロ目掛けて跳んだ。
コンティオのジェネレーターが唸りをあげ、そしてゆっくりとMSの鼓動は速く、強くなっていく。
複合マルチセンサーがくわっと見開かれ、周囲を凝視し、そして整備ハンガーを邪魔だと言わんばかりに手で払えば、オデロとエリシャは崩れていく整備ハンガーに必死にしがみついた。
「エ、エリシャ!」
「オデロ…!」
二人は互いの手をしっかりと結び、そして段々と歪んで倒れる整備ハンガーから逃れようと駆けて、駆けて、駆けた。
壁際のハンガーまでは崩れることなく、何とかそこへ転がり込んだ少年と少女だが、もう二人には何も出来ることはなかった。
転がる際に切ったのだろう頬から血が流れて、そんなものを気にせずオデロは叫ぶ。
「誰か、誰か止めてくれ!そのコンティオはベスパが乗ってんだ!
シャクティが、クロノクルが乗ってるんだ!!」
このような大惨事の中では、子供達も騒動のド真ん中に放り出されるもので、そして皆が必死にあらゆるモノに抗っていた。
しかし、少年の叫びは機動兵器の駆動音に掻き消され、そして尚も崩落が続く基地では誰もがそれを聞く余裕が無かったのだった。
―
――
そういう事が襲撃の中で起きていた。
「なるほど…カテジナが言っていた通り、盛り沢山だな」
ゴッドワルドに負けず劣らずの包帯だらけにされたヤザンが両肩を竦めてやや戯けて見せる。
「…すみません、隊長。
その話をもう少し早く聞けていれば…みすみすコンティオを取り逃がす事も…!」
フランチェスカが実に悔しそうに歯軋りをし、見れば他のパイロット達も同じようなものだった。
だが、あの大混乱の中、必死に未知の戦力相手に戦っていたパイロット達に、突発事故的なコンティオの脱走など止めようもない。
「誰のせいでもない」
それを理解しているヤザンはきっぱりと言った。
皆と同様やはり傷だらけで、松葉杖をつくオイ・ニュングは顔面を空いた手で覆いながら口を開く。
「手酷いな…ここまでとは。これは立て直しに苦労するぞ」
「戦いは勝ち負けと殺し殺されの繰り返しだ。こんな事もあるさ」
オイ・ニュングとヤザンは政戦両面の現場トップだから、深刻な事態に直面しても士気に影響せぬよう、敢えてこのようにさも軽い感じの会話をしたようだった。
決死のオデロが持ち帰ったその報告は、生き残ったリガ・ミリティアの面々を大きく驚愕させ、そして心胆寒からしめて、それは指導者であるオイ・ニュングも実は同じだ。
シャクティが姫であることを最大限利用する前に、帝国に奪還され、そして帝国までがシャクティが姫であると気付いては逆にこちらが追い詰められるからだ。
女王マリアの一人娘など、幾らでも政治的利用が思いつく存在であり、一代にして国家を築いた名宰相フォンセ・カガチならばあらゆる利用を思いつき、そして実行するに違いない。
艦船に人を入れる際、そのメディカルチェックは基本中の基本であり、そして簡単な医療検査でシャクティと、女王マリア、そしてクロノクルとの遺伝的繋がりはバレる。
オイ・ニュングは包帯が巻かれた頭をゆっくり振って、そして大きな息を吐いた。
ウッソを散々に利用しておいて、利用できるモノは何でも利用する伯爵らしくも無く、子供をなるべく闘争に利用したくないだなどと、ヤザンとウッソへの配慮を優先した事が彼女の利用を躊躇わせて、そしてそれが仇になったらしい。
(勝つためならば、汚い大人だなんだと誹りを受けるのも覚悟の上だったはずだ。
地球連邦警察機構マンハンターでそんな事はいくらだって経験してきたというのに…まったく私らしくない)
シャクティがザンスカールの姫で、そしてそれをリガ・ミリティアが保護しているとさっさとマスメディアや政府機関に公表していれば、シャクティの意思を無視して幾らでもストーリーなど捏造出来る。
実際、かつてオイ・ニュングは地球不法居住者を摘発する為に何度でっち上げのカバーストーリーを用意してやったかしれない。
オイ・ニュングの得意分野と言えた。
悪逆非道のザンスカール帝国のギロチンが嫌になって、リガ・ミリティアに保護を求めたとか、民衆が喜びそうな美談を創るなど簡単な事だ。
(そして、逃げた姫とそれを守る幼馴染の少年騎士…実に分かりやすくロマンチックな物語だ)
それをすれば、確実にウッソとシャクティは一躍時の人となって世界中に顔も名前も知れ渡る事になるだろう。
そして、そうなったらもう一生脚光を浴び続けるしかない。
その後の人生をゴシップに捧げ続ける事になるが、そうすることで今のリガ・ミリティアが有利に傾き、そしてザンスカールのギロチンを打倒できるならば安い出費。
そうオイ・ニュングは考える。
それぐらいには政治的勝利に貪欲で、そして情け無用になれる策謀家であったし、そうでなければマハの要職など出来はしない。
そういった事を考えつつ、この侮れぬ老紳士は同時に他の思考にも脳細胞を振り分けていたのは、やはり猛威を奮った時代のマハの重役であり、そしてリガ・ミリティアの重要幹部の面目躍如といった所か。
(襲撃から数時間は経ったというのに、連邦政府の対応はやはり鈍い。
未だにどの政府関連のメディア媒体で襲撃の公表すら無いというのは、つまりそういう事か)
リガ・ミリティアでも一二を争う策略家の頭脳が冷徹に回りだしていた。
蓄えられた顎髭を撫でさすりながら沈思にふける。
(セント・ジョセフとグラナダはそう遠くないし、ニューアントワープ市とアナハイム市ならもっと近い。
その気になれば我々とベスパとの交戦中にも駐留部隊は駆けつける事は出来たはずだ。
市民からも通報はあったろうに…未だにパトロール隊一つ寄越さないとはな。
フォン・ブラウンからは遠いから静観とでも言うなら…連邦はルナリアンからも見捨てられる事になるぞ…高官達は分かっているのか?
…やはり、以前の蹶起と合流が連邦の最後の絞り汁だったのだろうか。
だとすれば…もはや連邦に活を入れるというリガ・ミリティアの基本方針そのものを考えねばならぬかもしれない)
出すだけのモノを出し切らせたのなら、残るモノはどれだけの組織規模があろうとももはや絞りカス。
身も蓋もない言い方をすれば、出すものを出したならもう用無しという事で、むしろ自力で動けぬぶよぶよと肥った老体には消えてもらった方が世界がすっきりする。
宇宙戦国時代を鎮める力は、連邦政府にも連邦軍にも完全に無いと見切りをつける良い機会かもしれぬともオイ・ニュングは観想した。
(例えば…シャクティさんを帝国に奪われたなら、それをいっそ利用し、そのまま女王マリアと旧交を温めてもらって、そこから宰相カガチの分断にもっていく…。
それが出来れば…ガチ党のギロチンを排除したザンスカールならば…逆に今の時代では必要とされるのではないか。
マリアの求心力は素晴らしいものがあるし、肥大し腐敗しきった老国では出来ないことを、年若い国家だからこそ出来る事もある。
そうだ…問題はガチ党なのだ。
だから、シャクティさんを最大限使えば…ザンスカールを国内から変容させる事は出来るのではないか?)
まだオイ・ニュングの頭の中だけで温めている新方針。
彼自身、固めきれていない考えだが、その新しい考え方には天啓のような閃きも感じていた。
ヤザンやウッソにばれれば間違いなく反発を買うだろうし、それにジン・ジャハナム達とも話し合ってみねばならぬが、多くのジャハナムにとってリガ・ミリティアの最終目標はギロチンの打倒であるから、そう色の悪い返事は寄越されない気はするものだが、オイ・ニュングが漠然と考え始めたニュー・プランが、現実味を帯びるのには、もう少しの時が必要だった。
建設的思考をしつつ、センチメンタルに流された失態も悔やむという器用な真似をする伯爵だが、〝悔やむ〟という方面では伯爵以上…特にウッソ・エヴィンの焦燥はベクトルも違えば桁も違ったのは当然だ。
そしてウッソという少年は、頭が良い割に感情と本能で走り出す性分も多々あるのは、ある意味、汚い事を考える大人とは真逆の純粋さともとれた。
「どこへ行くの、ウッソ!」
走り出そうとしたウッソを、マーベットが押さえつけ、そしてまだ抗おうとする少年を抑えなだめるのにミリエラもフラニーも加わる。
「シャクティがさらわれたって事でしょう!!
クロノクルだって、一緒に連れて行かれちゃったってオデロは言ったんでしょう!!?
母さんだって撃たれて…それで、なんでジッとしいていろって言うんです!!」
「気持ちはわかるけど、でも一人でいったって何も出来ない!
分かっているでしょう!?
こちらの被害も大きくて、今はリーンホースも動かせないのよ!
オリファーも、シュラク隊だって怪我人だらけで、ヤザン隊長でさえ大火傷を負っているのに奴らを追うなんて不可能よ!!」
今の状態は最悪にも思えるが、それでも不幸中の幸いと言えるだろう。
主力メンバーに死人がでていないのは、とんでもなく強運であった。
もっとも、不幸中の幸いであっても間違いなく痛みはリガ・ミリティアにある。
例えば、オリファー・イノエは片腕の切断已む無しとの診断が出たし、ジュンコ・ジェンコも片目を失明した。
現代技術ならば義手も義眼も、人体機能を補えるレベルのものがあるが、それでも短期間でのパイロット復帰は絶望的だ。
瓦礫に巻き込まれて、ゴメス艦長も今は治療室送りとなっている。
包帯だらけながらも今も会議に参加しているヤザンという男が、とんでもないタフネスを持っているバケモノであった。
「俺なら別に今すぐだってMSを動かせるがな」
鼻で笑いつつ、冗談めかしてそう言うヤザンを、キッとした目でマーベットは睨む。
「隊長が特別製なだけでしょう!
本当なら、隊長にだって安静にしていて貰いたいぐらいですよ!」
背中から右腕、右太腿の裏にかけてレベル2度の火傷であり、また左脚もポッキリと折れていたが、ギブスで強固に固定して松葉杖も使わず立っているヤザン。
ウッソへ言った「不死身だ」という妄言もあながち間違いでは無いのかもしれない。
「マーベット、いい加減放してやれ」
ウッソの目をじっと見ながらヤザンが言えば、ようやく少年は解放された。
ヤザンの目を見つめ返す少年は、もう暴れはしない。
「ウッソ」
「はい」
「俺と伯爵で、すぐにシャクティとクロノクルの救出作戦は考えてやる。
だから、とにかく今はお前も休め。
それに…ミューラの見舞いだってしなきゃならんだろう」
「それは…」
「ミューラは生きている。
シャクティだって、クロノクルだって生きている。
さらわれただけだ。
生きてるなら、どうとだってやり直せるとさっき言ったな?」
「…はい」
「ならそういう事だ。
安心しろよ。この俺が助けてやるってんだ。
いずれ必ず助け出してやる」
ウッソの拳が強く握られ震えるのをヤザンは静かに見た。
一拍置き、ウッソの目を真っ直ぐに見つめながらヤザンは言う。
「どんな手を使っても…何をしても助けたいってか?」
「………………はい。僕の、大切なパートナーです。
クロノクルだってもう家族みたいなものですから」
ふっとヤザンが微笑んだ。
「そうか。なら、俺も使える手は何でも使わせてもらうぜ。
構わんな?ウッソ」
その言葉にウッソは目をパチクリとさせ、上官の人相の悪い目を見た。
「ミューラを叩き起こしてもう一働きさせるってことだ」
ざわつく室内。
今も面会謝絶のミューラ・ミゲルに何をさせようというのか。
ケイトが声をあげる。
「無茶ですよ隊長。
ミューラ先輩、手術を終えたばかりですよ!?」
「あいつはやり手のテロリストだ。
この程度の死線幾度となく潜り抜けている。
それに息子の頼みだ…聞くだろうぜ。
母は強し、だ。ハハハハハッ!」
呆れた、というよりも所謂ドン引きという顔で皆がヤザンを見る。
そもそもはわがままを言いだしたウッソのせいだが、それでも言い出しっぺのウッソも顔を青褪めさせていた。
重傷の母を無理矢理働かせると言われれば、世の子供らは皆同じような反応をするに違いない。
「か、母さんになにさせようっていうんですか!?」
「別に肉体労働をさせるわけじゃない。
車椅子の上で点滴繋げながらMS修理の陣頭指揮をさせるだけだ」
それを無茶って言っているんでしょう、とマーベットが小さくぼやく。
「そう言うな。
多少の無茶でもしなけりゃ、そもそもタイヤ戦艦に追いつく事も出来んし、追いついたってろくに戦えん。
お前達もあのバイク共の戦力規模を見ただろう?
V2級のMSがどうしたって複数必要になるんだ」
「V2が…複数?
今からV2を作らせる気?」
カテジナも頭を傾げた。
直前の戦いで、ヤザンのV2は失われたのは既に皆知っている。
「墜ちる寸前、俺はコンピューターが吐き出していたエラーメッセージをざっと見ている。
V2が火を吹いたのはウイングバインダーで、ミノフスキー・ドライブじゃない。
ひょっとしたらミノフスキー・ドライブは、載せ替えで使えるかもしれん」
よっぽど運が良けりゃぁな、という言葉は出さずに飲み込む。
ヤザンとしては非常に楽観的かつ希望的観測に過ぎる見方と言えたが、それだけ直様の追撃は無理があるという事のアピールかもしれないとカテジナは思った。
「使えたとしたら、どの機体に載せるの?
特別に開発されたフレームじゃなきゃミノフスキー・ドライブの出力には耐えられないのでしょう?
シャッコーのフレームでも、ミノフスキー・ドライブの最高出力には耐えられない」
次世代機のベース機だけあって、シャッコーは一際しっかりとした骨組みと、そして拡張性を有しているが、それでも今の完成度のミノフスキー・ドライブでは荷が勝ち過ぎる。
これが、試験機に搭載したという完成度が遥かに未熟なドライブならば耐えられただろう。
そんな疑問をカテジナがぶつければ、やはりヤザンは明朗に答える。
「戦場に、ちょうどいい立派なモノが転がっているだろうが。
あの三つ目野郎さ」
ニヤッと笑うヤザン。
カテジナもウッソも、そしてマーベットもケイトも、その他の面々も…いい加減、ヤザン・ゲーブルの手癖の悪さは嫌というほど知っていた。
戦場のあらゆるモノを利用し、サバイブする力はずば抜けている男だから、そういう目端も利くのだろう。
「コクピットだけをキレイに抉ってやった甲斐があったな」
半死人を叩き起こし、そしてV2のエンジンと、そして戦場に斃れる三つ目のハイエンド・ザンスカールマシーンを組み合わせる。
それが出来れば、即席のV2級MSの完成だ。
同じサナリィ規格なのだから共通点も多いのは、既にシャッコーとガンイージで分かっている。
だからといってそれが絵に描いた餅なのは確かだが、そんな絵に描いた餅を実現でもさせる強運が無ければ、シャクティとクロノクルを取り返すなど土台無理な話。
これは、確かにヤザンの一つの賭けだったが、戦艦まるまる一隻リーンホースをたった数日で改修してみせたリガ・ミリティアの技術陣ならば、条件次第で勝つことも不可能ではない賭けでもあった。
「ウッソ、祈っていろ。
うまくいくかどうかは、お前の母親にかかっているという事だ」
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