ヤザン・リガミリティア
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蜂を囚える獣
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ヤザンがリガ・ミリティアにいる 作:さらさらへそヘアー
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シャッコーの宇宙でのテストは別のパイロットがやっていたそうですが当SSではクロノクルさんがやっていたと思って下さい。
蜂を囚える獣
地上でのテストは危険だと兵らに口々に言われた。
ラゲーン基地のファラ司令にもやんわりと中止を勧められた。
基地司令ファラ中佐が言うには、
「宇宙でのシャッコーの試験は立派に務めあげたのだから、
中尉はもうラゲーンにシャッコーを無事運んでくれただけで責務は果たしたと言えよう。
テストはこちらのパイロットが引き継ぐので中尉は本国に戻ったら如何かな。
女王様には、ファラがまたお目にかかれるのを楽しみしているとお伝え願えれば嬉しい」
という事だった。
ファラ司令の口振りは、クロノクルが聞いた噂が本当らしいことを疑わせる。
地上軍が芳しくないという噂だ。
腹芸などできないクロノクルはファラに素直に聞いた。
「やはり情勢は良くないのですか?
ラゲーンから南西…オクシタニー方面…兵達が〝獣が潜んでいる〟と」
オクシタニーとは旧世紀で言うとフランスの南…スペインとの国境の地域で、
ラゲーンはドイツのミュンヘンの宇宙世紀時代の名である。
クロノクルの言い様にファラは自嘲気味に笑う。
「ふっ…くだらん噂だよ。兵というのは意外と迷信深い所もあってな。
古い言い伝えではその辺りにジェヴォーダンの獣伝説とかがあって…
それで兵達が余計に怯えている。
…それにオクシタニー以外の地域への侵攻は順調だ。
西方から北、東に至るまで私の軍団は
ザンスカールの版図を広げマリア主義の教えを広めている」
「しかし南西だけは停滞しているのでしょう?
実際、オクシタニー方面でゾロの編隊が2部隊行方不明…、
討伐隊は散々な様子で逃げ帰ってきたとお聞きしましたが」
ファラの無表情がやや崩れた。
不機嫌が眉間に見て取れる。
「だからこそだ。
中尉には大事を取ってヨーロッパでのシャッコーの試験を中止して貰いたい。
本国には私から事情を説明するので心配は無用だ。
現在、ラゲーン基地でもジェヴォーダンの獣討伐計画は進行中で、
以前とは違う本格的な獣退治部隊を派遣する。
どうしてもシャッコーのテストをしたいなら獣退治まで待つがよろしかろう」
ファラにとっては女王の弟から軍団苦戦中の嫌味とも掣肘ともとれるクロノクルの発言だが、
一番の問題は女王の弟に万・が・一・が起きてしまうことだ。
クロノクルに何かあったらファラは出世コースから外れるどころかギロチン送りだろう。
だが、クロノクルはただ手柄を立てて皆に…特に姉に男を示したいし、
それに純粋に友軍の役にも立ちたかった。
なので善意でこう進言した。
「シャッコーは優秀な機体です。その獣退治に、私も加えて頂きたい。
シャッコーの地上でのテストにうってつけでしょう。
必ず役に立ってご覧にいれます」
ファラは内心で天を仰ぐ。
なんと面倒な事になってしまったのか、と。
その後、何度も何度も20分近く似たようなやり取りをし、
散々ファラはクロノクルを制止してようやくこの青年は思い留まってくれたようだった。
「そこまで仰るなら…分かりました。
まずはシャッコーのテストに集中します」
「…それがいい。
どうしても中尉本人がテストをするというなら…まずは獣のことは忘れなければ。
中尉はシャッコーのテストだけに集中してくれ。
そちらの任務も大事なのだから、ベスパのイエロージャケットらしく頼む」
――
―
そういった事があって、シャッコーはカサレリア方面の空を飛んでいた。
ポイント・カサレリアは森が広がるだけの地帯で特筆すべきものない。
カサレリアにほど近い都市ウーイッグに関しては
レジスタンスの影響が浸透しているのではとベスパは疑いを持っており警戒しているが、
このカサレリアにはこれといった施設は見当たらず安全地帯であり、
新型のテスト飛行にはもってこいだというラゲーン上層部の判断であった。
このMS…シャッコー。
こいつはベスパのイエロージャケットの象徴機となるのを期待されてもいるし、
テスト中のプロトタイプということもあって
黄色味がかった鮮やかなオレンジで全身を染め抜いていて目立つ。
無駄な装飾や装備は無く、
洗練された丸みを帯びた装甲で身を覆うこのMSはスマートでヒロイックな機体デザインだ。
頭部も、ガンダムタイプを意識したのか2本の黒いアンテナブレードがVの字に配置され、
複合複眼式マルチセンサーの土偶のような鋭い目、
ガンダムタイプそのものの口部等もあって、
なかなか整った容姿を持つMSだった。
兵器は見た目も大事だ。
それによって敵を威圧もできるし、味方の鼓舞もできる。
女王の弟がイエロージャケットとガンダムタイプの両方を意識したMSに乗るというのは、
非常に象徴的な意味合いがあると言える。
「シャッコーは良い機体だ。宇宙では良好だったが、地上でも良いじゃないか」
性能も良い。
ビームローターで飛行を続けているが感触は極めて良好。
シャッコーは優れた汎用性を持っていることがもう分かる。
シャッコーはザンスカールのMS開発部にも象徴としてだけでなく、
純粋に戦力としても期待されている機体だ。
ゾロアット以降、それに代わりうる優秀な次世代量産機の目処が立っていない今、
シャッコーにそれの原型となって欲しいと期待を一身に背負っている。
ザンスカールに対し執拗な抵抗運動を展開しているリガ・ミリティアが、
最近ザンスカールの優秀なMSに対抗し得るMSの開発に成功したという噂もある。
(次期量産機のきっかけ作りが出来れば…女王の弟としての仕事ぶりに皆満足するだろう。
これで、ジェヴォーダンの獣退治もやってのければ…!)
そしてシャッコーだけでなく、
この赤い髪の純朴そうな青年にもとてつもない重圧が掛かっている。
ザンスカールの女王の実弟。
何でも卒なく熟す彼だが、周りはそれでは納得してくれない。
大手柄が一つや二つではなく、もっと必要なのだ。
それだけ活躍して当然だと皆は思っているし、
この生真面目な青年もそうでないとダメなのだと思っていた。
「…ん?」
少し考え事をしていたクロノクルの視界の端…
シャッコーのモニターに光点が見えた気がした。
「中尉!見えましたか!」
隣を飛ぶヘリ…ゾロの飛行形態から通信が届く。
ファラからクロノクル護衛を言いつけられているガリー・タン少尉だ。
「少尉も見たか。…サバト少尉はどうか?」
もう1機の僚機に確認をとると、
「自分も見ました。あれは噴射光でしょう」
やはり同意した。
「全員が見たならば見間違いではないな」
「えぇ。小型の航空機です。この辺りは民間機の飛行ルートから大きく外れていますから、
飛行機雲もバーナー光も見えるはずがありません」
「…この辺りにもレジスタンスが潜んでいるのかもしれん。あの航空機を捕獲する」
「捕獲でありますか?しかし、シャッコーのテストは?」
「テスト相手に丁度よいということだ」
シャッコーの目…ザンスカール製MSの最大の特徴である猫目複合複眼式マルチセンサーが見開く。
真っ赤なセンサー光に走査線が走り、高速で離れゆく航空機を捉えた。
◇
「あれは…パラグライダー!?
しかもこんな所にベスパがいるなんて聞いていませんよ、伯爵!」
コア・ファイターの操縦桿を握り締めながらマーベットは通信の相手に文句をぶつけた。
ポイント・カサレリアは静かで牧歌的な森で、戦火の足音は遠くにあった筈だった。
その証拠に呑気に民間人がパラグライダー等で空を漂い遊んでいるのだが、
その平和な空でオイ・ニュング達はこそこそ試験飛行をする予定であった。
が、カサレリアの空にベスパがいる。
「私だってこんな田舎にベスパが来るなんて思わなかったのだ。どうにか振り切ってくれ」
「簡単に言ってくれちゃって…!
吹き上がりが悪くて…ジョイントコアがだめで…!」
通信距離はそう遠くない筈だがベスパのMSがミノフスキー粒子を撒いているのだろう。
音が掠れ始めている。
予定通りの性能が出ていればコア・ファイターの機動力はゾロのヘリ形態トップターミナルを振り切るのは容易い。
だがやはり各地で別個に生産したパーツを、
カミオン大型トレーラーで移動している最中に組み立てての一発目の飛行ということで、
カタログに無い不調が出まくっている。
本来はその不調を洗い出すための試験飛行なので
完成時の質を高めるためにも膿出しは寧ろ望む所なのだが、
そのテスト中にベスパに遭遇してしまったのは不幸としか言いようがない。
トラブルが命取りになる。
森の中で、双眼鏡からハラハラとマーベットの様子を伺っている
少年と老人も認めるコア・ファイターの不調っぷり。
「やられちゃいないよ!」
「マーベットはよく持ってる」
「あんな機体で良く飛ばしたよね」
「こんなところに誰がベスパのイエロージャケットが来ると思う!」
「…パラグライダーらしいの…見えなくなっちまった」
少年…黒髪でややタレ目、鼻っ柱が強そうな悪ガキ風味の彼はオデロ・ヘンリーク。
見たこともないオレンジのMSやゾロ、コア・ファイターが掻き乱した風に煽られ
流されていったパラグライダーの心配をしている辺り心は優しい。
老人は頭頂が禿げ上がって側頭に白髪を残すのみ。
顔は皺深くいかにも老爺で、名をロメロ・マラバルといった。
カミオンの昇降台に昇って固唾を呑んで見守る二人を、
これまた地上からリガ・ミリティアの面々が見守っていた。
「ロメロ!武器の2つ3つはセットしたが、マーベットはこちらに来てくれるかな!」
伯爵が老人に叫ぶと、ロメロは「どうですかな~?」と首を捻るばかり。
思わしくないようだ。
オデロ少年が、まるで他人事じゃないか!と叫び憤慨を顕にしていた。
「伯爵、もう1機だすか?」
ちょび髭と丸メガネが特徴的な老人が増援を提案する。
この老人、オーティス・アーキンズは本職はメカニックであり、
また牧師の資格も持っている多才な男でパイロットの真似事もできる。
リガ・ミリティアはレジスタンス組織であるためこういう変わり種も多いのだ。
オーティス老の提案を、伯爵はやや考えてから首を横に振る。
「オーティスが出るというならだめだ。
エンジンのスペシャリストが潰れたら誰がヴィクトリーの面倒をみるんだ」
「しかし…このままじゃマーベットが」
「うむ…だが、ロメロの口振りじゃもう少しもちそうだからな。
マーベットはもつんだろう!ロメロ!」
伯爵が再度、昇降台のロメロ爺さんに尋ねるとロメロは頷いた。
「ええ、さすがはヤザン隊です!のらりくらりと上手く躱してますわい!」
その言葉を聞いて、伯爵は満足気な顔となる。
「ならそのまま凌いでもらおう。後少しで迎・え・が来る予定なんだ。
随分焦れている様子でな。一人で来るそうだ…無茶な男だよ…はっはっはっ」
笑った伯爵の様子が全てを物語っていた。
そして、この状況でも自信あり…といった風の伯爵の表情を見て
何かを悟った周りの者も緊張した面持ちが幾分気楽なものへと変わっていた。
「誰だよ、誰が来るっての!?1人の迎えが何になるのさ!笑っちゃってる場合かよ!」
呑気さを見せ始めた老人達とは違い、オデロは相変わらず必死に叫んでいた。
まだリガ・ミリティアの野獣のことを知らない少年少女達が
未だ焦っていたのはしょうがないことだった。
◇
コア・ファイターのマニューバがもたついて見えるが、
それはマーベットの巧みな緩急をつけた動きのせいだった。
もたついた…と見えた次の瞬間には鋭いカーブを描いて刺すような軌道を描く。
「くそっ…あの白い戦闘機、速度はそうでもない筈なのに思ったより速い!」
クロノクル・アシャーは、モニターに表示された計器画面を見ながら悪態をつく。
コア・ファイターと、自機であるシャッコーの現在の飛行速度は大差ない。
すぐに追い詰められると思ったが、
コア・ファイターの動きはデータ上の速度以上に体感速度が速い。
そう思えた。
「なかなか手練のようだな…尚更捕獲せねばなるまい。
なぜこんな玄人が田舎の空を飛んでいたのだ…何かある!」
護衛のガリー機とライオール機を回り込ませて、自らが追い立てる。
いくらマーベットがリガ・ミリティアのエース級だとしても乗機は不調のコア・ファイター。
そして相手はゾロ2機と新型のシャッコーで、しかも乗っているクロノクルは
操縦技術においてザンスカールで充分エースと呼ばれる腕前を誇る。
女王の弟というだけの男ではない。
「逃さんぞ…ガリー、サバト!そのまま回り込め!」
執拗に追い回してくる2機のトップターミナルと1機のMSにマーベットも辟易してきていた。
「まったく…しつこい男は嫌われるわよ!」
ヤザン隊を名乗ることが許されている身としてはこんな所で終われない。
それに、マーベットはヤザンの訓練の方が余程恐ろしいと今この瞬間も思えている。
しかしそうは思えても危機的状況を脱していないのには変わらない。
「よーし…狙い通りだ…良いぞ、少尉」
白い戦闘機に応援を呼ばせぬ為にばら撒いたミノフスキー粒子が通信を阻害している。
クロノクルはコクピットで叫ぶが、それは部下には届いていないのは彼も承知だ。
捕獲命令や連携はもっぱらシャッコーの手信号だ。
護衛との連携がやり難くなってしまうがそれは仕方がない事で、
宇宙世紀を生きるものの宿命だ。
シャッコーが威嚇射撃を数度繰り返し、徐々に予定のポイントまで追い込む。
クロノクルは現場での指示も優れていた。
「上をとった!そのまま捕らえさせてもらう!」
戦闘機の進路をゾロが塞ぎ、
シャッコーがスラスターを吹かすと一気に戦闘機の上方を抑える。
「しまった!逃げ場が!?」
このままダメ元で2機のトップターミナルの間を強行突破してみるしかない。
(蜂の巣にされそうだけど…!やるしか!)
マーベットが意を決して操縦桿を握りしめたその時、突然に眼前のゾロが爆発した。
「なに!?」
「なんだと!!?」
マーベットとクロノクルが奇しくも同様に驚愕する。
ゾロの爆発はビームローター部だけであったようで一応まだ原型は保っているが、
ビームローターから少しコクピットよりの部位が吹き飛び激しい炎を吐いて墜落していく。
「ライオール!?」
親友であるサバトが落下していくのを見てガリー・タンは叫んだが、
すぐに彼も同じ末路をたどった。
「うわああ!?」
閃光が走った。
強力なビームライフルの狙撃だった。
それがビームローター基部を撃ち抜き、周囲のパーツを溶かして破壊された。
本来なら即座に作動するインジェクションポッド機能は、
強力なメガ粒子の干渉と爆破の影響で機能が死んだ。
火が周り、コクピットまでが燃焼する。
「あああ!うわあああ!ラ、ライオール!!」
ビームローターが吹き飛び、
ガリー自身も火に包まれてろくに操縦も出来なくなれば当然墜落するしかない。
彼は親友の名を叫びながら何がなんだかも理解できずに、
そのまま大地に打ち付けられて今度こそ機体は爆発して消し飛んだ。
「森の中からの狙撃!?」
クロノクルは咄嗟に動く。
狙撃されていると判断すれば、すぐに動かなければ二の舞だ。
もはや白い戦闘機などに構っていられない。
「罠だったのか!誘い込まれた…!!?」
ビームライフルの2射で大体の狙撃場所はサーチしたがまだ詳細な位置は掴めない。
「ミノフスキー粒子も充分な濃度撒いているんだぞ…!
こうも正確な狙撃は遠距離から出来るはずがない!」
3撃目がくれば特定出来るというのにその3撃目は来てくれない。
「私が3撃目を待っているのを知られている…!おのれ…どこだ!どこにいる!」
自分が見透かされているのを悟ってクロノクルは憤り、
大まかに割り出した位置へ試作ビームライフルを乱射した。
ビーム粒子の光が森を焼き、爆発の轟音と共に木々が吹き飛んでいく。
瞬間的に同胞2人を葬った姿見せぬ敵が今も自分を狙う恐怖を噛み殺して、
クロノクルはシャッコーのターゲットサイトの真ん中目掛けて引き金を引き続ける。
その時、
「なっ!?今度はなんだ!?」
突然、クロノクルの目の前が真っ暗になった。
正確にはクロノクルの、ではなくコクピット内の全天周囲モニターが真っ暗だ。
「ECMか?いや、違うぞ…なぜ見えない!機器に不調はないのに…!
なに!?モニター眼前にポリエステルとナイロン素材…!?布が覆っているのか!」
クロノクルは大慌てだ。
次から次に予想外が起きて彼の頭脳の許容範囲がいっぱいいっぱいとなっていた。
シャッコーのコンピューターが自動でモニターの自己診断を行い、
パイロットに解析結果を知らせる。
それはシャッコーの目を布が覆い隠している事実を告げていた。
◇
カミオン隊に告げられていた合流ポイントに単機で向かっている真っ最中、
射撃音とブースター音、そして光が見えた瞬間に
ヤザンはジェムズガンを全力で走らせた。
森の中を地を這うように滑空させ木々の幹を巧みに縫うように跳んできたのだ。
そしてすぐに絶好とはいえない狙撃ポイントについて手に持つ長大な得物…
フェダーインライフルで戦闘濃度のミノフスキー粒子の中いとも簡単にゾロを討ち取った。
この時代、ジェネレーターにビームを直撃させると核爆発が起きる。
足を止める為に動き回るゾロのビームローターを狙い、
そして当然のようにヤザンは当ててしまうが普通はそんな真似は無理だろう。
(コア・ファイターに構い過ぎたな…動きが読みやすい。
墜落しての爆発なら近くにいるはずのカミオン隊にも影響はなかろう)
墜落直下にいた。などという不幸でもない限りは伯爵達は無事だろうと判断し、
ヤザンは続けて見慣れぬ新型のオレンジ色MSに狙いを定めたその時…
「なんだ…?パラグライダー?新型に覆いかぶさりやがった!」
そのMSの頭から右肩にかけてばっさりとパラグライダーの布が絡む。
パラグライダーを操っていた人間がばたばたと藻掻いていた。
遭遇戦でこの森は急遽、戦場となった。
そういう戦場では民間人が巻き込まれるアクシデントはままある。
「ガキがぶら下がっているだと!?チッ、邪魔な…!いや、使えるかもしれん!」
ジェムズガンのゴーグルアイのピントが引き絞られて捉えた画像には、
年若い少年らしき人物が必死になって新型MSの装甲にへばりついている。
ヤザンは凶暴な男だが好き好んで民間人の殺傷はしない。
元連邦軍人の責務として(一応、出向という形でリガ・ミリティアに来ているがもはや形骸だ)
一般市民は助けられるならば助ける。
もっとも…救助不可能と判断すれば諸共に葬るのも吝かではないのが彼なのだが。
「いいぞぉ…小僧、もう少し新型に絡まっていろよ…!」
すぐにヤザンはフェダーインライフルを担ぎ直して、
隠れ潜んでいた森からスラスター全開で飛び出す。
新型に旧式で接近戦を挑む千載一遇の好機と、ヤザンは見て取ったらしい。
その間にもシャッコーが腕を振り回し、少年のパラグライダーを引き裂いていく。
「うわぁぁっ!うわっ!わぁぁ~~~!」
シャッコーの胸部装甲にへばりつく少年が叫ぶのも無視し、
クロノクルは自由になりつつあるシャッコーの目を見開いた。
真っ赤なツインアイに闖入者の正体がはっきりと映し出された。
「子供…!?子供がこんなもので目眩ましを!
こいつもゲリラということか!?」
次から次に起こる時には起こるものだ。
クロノクルの思考が目まぐるしく回る。
この少年をどうするか。
ゲリラと思しきことから殺すのか。まだ子供なのに?
一瞬で僚機を失った。まだ狙われている。敵は強い。
テスト機体を失うわけにはいかない。
女王マリアの弟として、姉の顔に泥を塗るわけにはいかないのだ。
だが自分は無様にもトラップに引きずり込まれたかもしれない。
この子供を盾にできるか?
目的のためなら手段を選ばない非道のゲリラなら一緒に攻撃してくるのでは。
自分は誇り高きザンスカール軍人で敵とはいえ子供なら保護して然るべきなのでは。
クロノクル・アシャーは優しい気質を持っていたし生来生真面目であるから、
迷いがぐるぐると脳内を巡り、しかも明確な答えが一瞬で導き出せなかった。
迷うこと数瞬。
それだけあれば戦場では充分だった。
「っ!!」
センサーが熱源反応の急接近を叫んでいることに僅かな間、気付けなかった。
「ジェムズガン!!?」
クロノクルは防塵マスクの内側で息を呑む。
モニターいっぱいに映るジェムズガンの薄緑のゴーグル。
格下の旧式MSのセンサー光ですらクロノクルには不気味に見えた。
反射的にシャッコーを急速後退。
「フハハハ!随分簡単に懐に入らせてくれる!」
高笑いとともにジェムズガンが逆手に持つフェダーインライフルを振りかぶる。
まるで銃身を握りしめライフルの尻で相手を殴ろうとしているかのようだったが、
その銃床からビームサーベルが出現しシャッコーへと襲いかかる。
「そこからビームサーベルが!?こ、この旧式が…!その程度!」
クロノクルは退がりつつも大腿部からサーベルを取り出して迫るサーベルを切り払った。
ジェムズガンが旧式だったからこそ、
クロノクルと新型のシャッコーの反応の良さでサーベルを切り払えたが、
もしヤザンがもう少し質の良いMSに乗っていればここで勝負は決まっていただろう。
「ああああっ!?うわあああ~~っ!!」
シャッコーの装甲から叫び声があがる。
この場にはもう1人、人間がいた。
彼は、ただの少年とは思えない程粘り強く装甲に引っ付いていたが、
突然ジェムズガンが迫ってきたことにさすがの彼もびっくり仰天で、
しかもシャッコーが急にバックしたものだからとうとう滑り落ちる。
(そんな…僕は、こんなとこで死ぬの…!?シャクティ!)
少年、ウッソ・エヴィンが絶望の表情で落下して、
その時に心で叫んだ名はいなくなった両親のものではなく、
憧れのウーイッグのお嬢様の名でもなく、
共同生活者であり妹のような存在の少女の名であった。
心でシャクティの名を叫んだ直後、ごちんっという鈍い音がウッソの後頭部からした。
「あいてっ!!」
落下ってこんな早く地面につくのか。
あの高度から落ちて頭をぶつければ頭蓋骨が砕けるなり脊髄がやられるなりで
意識は一瞬でもっていかれると思っていたのに、案外転んだだけの時と似てるな。
ウッソはそう思ったが、どうにも地面に落ちたのではないらしいと気付いた。
「モ、モビルスーツが受け止めてくれたの!?」
ウッソは大きな鋼鉄の掌の上に転がっていたのだった。
(あの状況で落ちる僕を無事に受け止めるなんて…!この人、凄いぞ!)
ジェムズガンのゴーグルは少年を一瞥することなく、
「小僧!死にたくなければ指にしがみついてな!」
MSから響いた声にウッソは慌てて指示通りに全力で指に抱きついた。
(この人、戦う気!?僕を手のひらに乗せたまま!?)
「うわぁぁ!!!」
猛烈な風圧がウッソを襲う。
クロノクルはその様を見て、怒った。
「子供を盾にしようというのか…!そうであろうな!
そんなガラクタでは、このシャッコーに勝つためにはそうせねばなるまい!
卑劣なゲリラの考えそうなこと!」
退がっていたシャッコーが、
切り上げたサーベルを戻しそのままジェムズガンへ斬りかからんとし今度は急速前進。
(そのでかいライフルのサーベルはリーチがあるが、懐に飛び込んでしまえば!)
ようはビームスピアだ。そうクロノクルは判断した。
槍は剣よりも射程のある恐ろしい武器だが、掴みかかれる距離までくれば剣が極めて有利。
距離を急激に詰め返してくる新型MSを見て、ヤザンは笑う。
何から何まで自分の思う通りに動いてくれる敵だ、と。
「素直だな!いい子だ!」
ヤザンはフェダーインライフルを相手へと投げつけるように捨てた。
「うっ、こいつ!?」
サーベルを振り上げた瞬間に眼前に突然物を投げられれば、
それを切り捨ててしまうのが人の心理だろう。
それにビーム刃を発生させたままのライフルをそのまま身で受けるのは危険過ぎた。
切らざるを得なかった。
そして、当然その巨大なライフルは爆発した。
MSの爆発程ではないが、目前でライフルが爆発したのだから結構な振動が機体を襲う。
視界もセンサー切り替わりの僅かな間、曇る。
その瞬間に、機体に妙な振動と音が伝わった。
爆発の振動ではない。
何か、硬いものが…装甲と装甲がぶつかったような振動であり音だ。
(破片か?)
クロノクルがそう思った瞬間だった。
「ぐあああっがあ゛あ゛ああっっ!!!?」
猛烈な痛みが彼を襲う。
痛みなのかどうかすら理解できぬぐらいのショック。
寒気すら感じる程の灼熱が彼を焼いた。
体が、人間がこんな動きをするのか、という程度に跳ねて痙攣する。
「海ヘビを喰らいな!」
海ヘビが接続されたことによる『お肌の触れ合い通信』が
ヤザンの声をクロノクルの耳にクリアに届けるが、もはやクロノクルに意識は無い。
ヤザンはライフルを捨ててから僅かにバック。
少年を抱える左手を引き庇うと同時に即座に右腕内に格納していた海ヘビを展開し、
そして敵コクピットの装甲ど真ん中に海ヘビの牙を食らいつかせた。
ビームストリングスを盗用して改良した海ヘビは、
〝本来5本のワイヤーが放射状に射出されるのを一本に束ねたもの〟と言って良い。
ビームストリングスは放射状故に命中させ易く、
ゾロアットに標準装備されている程使い勝手が良いが、
ヤザンらが活躍した時代…
この手の武器はムチ状であったりして癖があり命中精度に難があった。
ベテランしか使いこなせなかった武器なのだった。
だが、その分コンパクトにまとまっていてどんなMSでも隠し持つ事が出来た。
ヤザンはビームストリングスを取り回しやすい形に先祖返りさせ、
そして束ねた分威力も向上を見た。
クロノクルはビームストリングス5本分の電撃を一箇所に食らったのと同じ。
敵の新型をなるべく無傷で得る事を画策したヤザンはすぐに電撃をOFFにしたが、
それでもパイロットは瞬間的にボイルされ、
命の危険があるレベルにまで火傷を負わされていた。
「フッ…、思いがけず良い手土産もできたな」
ぐったりと動かなくなったシャッコーとクロノクルを見て、
ヤザンは獣染みた凶悪な笑みを浮かべていた。
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