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ヤザン・リガミリティア

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獣達の胎動

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ヤザンがリガ・ミリティアにいる   作:さらさらへそヘアー

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獣達の胎動

「大丈夫ですか?ミューラ先輩」

 

ひび割れたメガネを掛け、頭にも腕にも包帯を撒いたミズホ・ミネガンが、青い顔をしながら車椅子に乗る女に声をかけるが、その女・ミューラは笑っていた。

 

「大丈夫なわけないでしょう?

でも、やるしかない。

無茶な事だけど、今の状況を少しでも良くする為には…悪くない手よ」

 

腰を撃ち抜かれて、すっかり動かなくなった下半身を車椅子に預け、今も苦しい呼吸を吸入器で補う。

食べ物を受け付けない胃のせいで、栄養チューブから点滴を受けっぱなしだった。

だが、ミューラ・ミゲルはそれでも叩き起こしてきたヤザンの案に乗った。

そして、生き残ったスタッフを掻き集めて、生存者の探索と基地の修理と並行しつつ、月面に転がっていたV2と、三つ目のベスパのMSを回収した。

それが、今目の前にあるマシーンだ。

 

「…ZMT-S28S・ゲンガオゾ、か。

ベスパの基礎工学力は、やはりこちらの先を行っている…。

凄まじい性能だわ。

ミノフスキー・ドライブが無ければ、V2でもポテンシャルは格下なのね…悔しいけど、あそこで研究が出来たら…なんて想像はしてしまうわね」

 

ゲンガオゾの頭部に搭載されたバイオコンピューターに繋がる幾つもの端子ケーブルが、暗号化された機体情報を次々にミューラへと告げる。

控えめに言ってもMS工学の分野では天才であるミューラにかかれば、この程度の暗号化はわけもない。

スラスラと情報を読み取っていった。

 

「…コクピット周りにはサイコフレーム。

機体制御全般にサイコミュが使われている…。

登録脳波サンプリングはルペ・シノ。

背中のバックエンジンユニットは強力な追加ブースターでもあり、しかも一種の遠隔端末にもなる。

ビームサーベルは柄が長く、伸長する。

高度なIフィールド形成能力を持ち、ビームメイスとなって意図的にビームスパイクを伸縮させる…面白い兵器だわ」

 

長さも自在、サーベルとメイスの瞬時切り替えも出来るのは格闘戦を得意とするヤザンとの相性は良いかもしれないとミューラは考える。

 

「ゲンガオゾはサイコミュによってパイロットの反応をほぼ反射的に動きに反映できる。

つまりこのMSのフルスペックを発揮するためにはパイロットはニュータイプでなくてはならない。

……困ったわね、ヤザンにはニュータイプ的資質はないというのに。

いっそのこと、資質があるウッソか、カテジナさんにこの機体を充てがうのも有りかも…――」

 

時にニュータイプ以上の勘の良さを見せる癖に、ニュータイプ的特性は無いという検査結果があるのだから、ヤザンという男はある意味でウッソ並にスペシャルな存在だ。

しかしゲンガオゾがサイコ・マシンである以上、それの搭乗者はニュータイプが望ましく、今、リガ・ミリティアが抱えているパイロットでその素質があるのはウッソとカテジナだけだとミューラは見ていた。

実際、カミオン隊がホラズムに到着した折、戦績の良いパイロット陣は皆サイコミュ適正試験を受けたが、その結果で芳しいものを出したのはウッソとカテジナだけであり、そしてウッソの成果はずば抜けている。

ヤザンはウッソ並の戦績を残している癖に、サイコミュ適正は0…即ち完璧なるオールドタイプとして太鼓判が押されていた。

その事について、ヤザンは既に慣れたものだったらしく、

「俺にはニュータイプ特性なんて必要ない…色々な意味でな。

フッ…まぁ、そういう事なんだとよ」

等と笑いながら嘯いていたのもミューラの記憶に新しい。

その時のヤザンは何か遠くを見ていたようで、普段とは違うひどく優しい顔だったようにも見えたのは、彼にも他人に言わない秘められた過去が幾つもある事を伺わせて、大人なミューラはそれ以上何も聞きはしなかったし、別にヤザンとプライベートでは全く気の合わないミューラにとってはどうでもいい事なのであった。

 

うんうんと唸って考え込むミューラは、重傷患者のくせにやけに活き活きとしているように見えるのは、やはり彼女の天分は技術者であり仕事人だからだろう。

例え自分が死んだってやりたい事仕事を優先するタイプでもあるから、リガ・ミリティアなんぞで我が子を放ってテロリストをやってられたのだ。

 

「いえ、ダメね。

カテジナさんではニュータイプの資質がまだ未知数だし、ウッソにこんな敵のマシーンを与えて何かあっても困る」

 

彼女がそう思うのは、やはり母親としてのエゴなのだろう。

ウッソの才能はカテジナよりも強く、そして不安要素のある機体はヤザンに押し付けたい…そう思っている節があり、それは少々独善的であったがある種の母の愛ではある。

 

「やはり単純に操作に対するレスポンスを徹底的に敏感にして、バイオコンピューターの同調深度も上げるのが手っ取り早いかしらね…。

コクピットはライフルで穴が空いているから全取り替えでいいけど…全身の各所にある制御系統のサイコミュは除去している暇はない。

もっと時間があれば、面白い改造を出来そうなだけのポテンシャルがこのMSにはあるのに…猶予がないのが悔やまれるわね」

 

そうなのだった。

とにかく今は時間が無い。

ミューラ・ミゲルの脳内のプランでは、既にこのマシーンとミノフスキー・ドライブが深く融合した結果が浮かんでいる。

もともとミノフスキー・ドライブとの相性が考えられているV2のトップとボトムのパーツを使い、強固なゲンガオゾを素体として組み込んでいく。

変形・合体・分離機能は当然失われるが、その分、ゲンガオゾのフレームが良い堅牢性を生み出してくれるだろう。

ゲンガオゾをたっぷりの時間で改修出来れば、きっとその姿はV2のフォルムに近いザンスカールMSといった趣になるに違いなかった。

 

(ヘッドセンサーは、ゲンガオゾの三つの複合マルチセンサーを使えば安価に、短時間で高性能なものにできる…そして私達リガ・ミリティアの象徴であるガンダムの要素を組み入れて…。

そうね…そうしたら、純然たるガンダムタイプのレイアウトとはズレるから、カラーリングもV2本来の青と白に拘らなくても良い。

多少威圧的デザインになるでしょうから、むしろ解放者としてのイメージカラーはウッソのV2にだけ担わせて…ヤザンが乗るこちらには、圧制者を砕く者としての、破壊者としてのカラーをイメージさせても面白いかもしれない)

 

MSを造る者はそのデザインに至るまで計算し、思いを乗せて世に送り出すというのは以前にもヤザンに語った事で、だからミューラはそういった方面にまで思考の腕を伸ばすのだ。

例えばティターンズのイメージカラーである濃紺と濃紫。

あの色は、連邦からの独立を半ば果たしているザンスカールにとっては痛烈なメッセージになるだろう。

ティターンズブルーは、現代でもスペースノイドを裁く存在としての強烈なイメージカラーだから、サイド国家としてはその色だけで不吉なものだし、そのパイロットがヤザン・ゲーブルというのもまた因果を感じて面白い。

ミューラは、技術屋としてそんな想像の翼をどこまでも広げていくが、そこまで考えてそれを消しては・た・と正気にかえる。

 

(今は、ゲンガオゾにミノフスキー・ドライブを積んで、そして調整するだけで精一杯だわ)

 

ウッソが涙ながらに懇願してきた光景を思い出して、自分の悪癖を心の奥底にしまい込む。

重傷の母を働かせてしまう事への申し訳無さと、そしてそんな事をしてでも助けたいシャクティへの想い。

それはミューラの母性に訴えかけ、そして魂を揺さぶるものだったから、こうしてミューラ・ミゲルは鎮痛剤を大量投与して己に鞭打ち働いている。

 

しかも、ミューラとミズホを筆頭とする技術スタッフ達は、ゲンガオゾに並行してシャッコーにまで手を加えていた。

それは、ヤザンが言った「V2級が最低でも3機必要」という要請からだ。

 

ゲンガオゾから吸い上げたデータに目を通しながら、ミューラはミズホに任せていたシャッコーの方へと車椅子を動かす。

 

「ミズホ、交代をお願い」

 

「はい、ではゲンガオゾのOS解析が終わるまでは、こちらを担当します」

 

「ええ」

 

ゲンガオゾの隣の整備ハンガーデッキにはシャッコーが佇む。

内部のジェネレーターを、3・基・目・のミノフスキー・ドライブと換装し、そして細部を見直している真っ最中だ。

エンジンクレーンのチェーンに繋がれ、吊り上げられているミノフスキー・ドライブをまじまじと見ながら、ミズホはミューラに言った。

 

「それにしても、良かったんですか?

予備の、ラス1のドライブを使ってしまって。

セカンドVに使っていた未完成品だから、パーツ取りにしか使えないって先輩言ってたじゃないですか」

 

V2一号機と二号機に使われた2基のドライブ。

その他にも、実を言うとドライブは存在した。

真っ先に稼働に漕ぎ着けた、いわば試作ミノフスキー・ドライブであり、それを搭載した試験型Vガンダムの名は便宜上セカンドVと名付けられていたが、セカンドVそいつでテスト飛行を重ねながら各種データを取り、真にミノフスキー・ドライブに相応しい外殻V2ガンダムを拵えていき、さらにその後にV2のボディにドライブを積み、今度はそれの練磨に精を出した。

ミノフスキー・ドライブはそういう連鎖の中で完成度を高めていったのだ。

今、シャッコーに積もうとしているのは、その最初の一歩の試作品である。

V2に積んだ物が完成度90%だとしたら、試作品は50~60%といった所であり、最高出力も安定性もその完成度に比例するが、その状態でもセカンドVは出力をフルにすると空中分解の可能性が常に付き纏い不安要素が大き過ぎた。

それ故のシャッコーフレームという選択で、シャッコーの強度ならばフルドライブにしても空中分解は起こらないという計算が出ている。

 

「確かに初期のデータ取りに使っていた半端者だけれど…それでも無いよりはマシでしょう。

一応はV2の巡航速度に追いすがれるようにはなる筈よ。

V2とゲンガオゾと、そしてシャッコー…この3機で小隊を組めれば、戦いは段違いに楽になる」

 

「半分以上、私達のお手製じゃないってのが悔しいですね」

 

「そこはザンスカールを認めるしかないわね。

でも、主機は全部こちら側の物に置き換わるんだから、負けっぱなしではない」

 

「そ、そうですね…ゲンガオゾとシャッコーを洗練させるのは私達ですし!

負けてないですよね!」

 

何度も首を縦に振って己を鼓舞するミズホを見て、ミューラも微笑んだ。

こういう風に己を納得させ鼓舞するのは大事なことだった。

ミズホはさっきよりも明るい表情で、手に持つ改修計画書をぱらぱらと捲る。

 

「両機ともこの計画通りで良いんですよね」

 

「ええ。

バイオコンピューターとミノフスキー・コントロールによる遠隔操作は、精度も距離もいまいちだからいらないわ。

ゲンガオゾのバックエンジンユニットは、有線式の準サイコミュに変更で構わない。

レンジは短くなるけど、リレー・ケーブルにそのままサプライ機能を付けてしまえば、遠隔射撃でも無尽蔵にランチャーが使えるし精度もミノフスキー・コントロールより上…インコム方式を使わない手は無いわね。

今の技術水準ならそれができる」

 

リレー・インコムにエネルギーサプライ機能を付ける等、現代技術をもってしても実践出来るのはミューラ・ミゲルなど極限られていているが、その鬼才っぷりは実にさり気ないもので、何も増長した所が無いのは流石と言えた。

 

「それに、どうせヤザンがほぼ専属パイロットになるのだし、あの人はスペシャルと言ってもオールドだから無線式よりは相性が良い筈よ」

 

そうミューラが言えば、ミズホも微笑んでその話題に乗る。

 

「先輩がよく言う、〝野獣〟って奴ですね」

 

ミューラ曰く、野獣。

まさに65年前にティターンズのサラ・ザビアロフが評した通りの異名がここでもまかり通っていた。

オールドタイプでありながら、ニュータイプ的な感覚を〝野生の勘〟で持っているという説明不能な理不尽さと、そして靭やかな肉体、鋭く強い風貌etcを全てひっくるめて、野獣。

これ以上ヤザン・ゲーブルという為人を的確に表す言葉は他に無いだろう。

ミズホの軽口に、ミューラも笑いながら頷く。

 

「そう、野獣よ。あの男は。

ニュータイプなんて概念が必要ないくらいに、純粋に強い。生物として強い。

原始的な強さなのよ、彼」

 

「そんな野獣殿のご所望は…フェダーインライフルに海ヘビ…またですか」

 

「扱い慣れた武器が良いと言うのだからそうしてやって。

ゲンガオゾの出力には大分余裕があるし、他にも希望の武器があれば搭載してもいいわよ」

 

「はい。希望とっておきますね。

でも、エアーズ市の研究所がインコムのデータを提供してくれて助かりましたよ。

バックエンジンユニットのインコム化が捗ります」

 

「…確か、エアーズがニューディサイズの〝ペズンの反乱〟事件に巻き込まれた時のだったかしら?」

 

「そうそう、それです。

なんとインコムを史上初、実戦投入した時のデータですよ!

こんな貴重なものを、よくうちにくれましたよぉ~感激です!」

 

「あそこは今も親アースノイドが多いっていうから、それかもしれないわね」

 

「ティターンズのヤザン・ゲーブル本人が、リガ・ミリティアにいるって本格的に広まってきたみたいですからね」

 

お互い、雑談を交えつつも手は忙しく動いていた。

ホラズムの開発陣も、ミューラとミズホは助かったものの、他の主要なメンツは軒並み死んだか入院の為に凄まじく人手不足だったし、リーンホースJr所属のストライカーやクッフ達は戦艦の修理に忙しい。

しかも、今はウッソとヤザンからせっつかれていて納期もかつかつ。

手を休める暇などなく、機材の上に置かれたコーヒーには一度も口が付けられていない。

もっともそれはミズホだけで、ミューラに至っては物を口に運べる状態ですらない。

ブラックな現場どころの騒ぎではなかった。

 

「…シャッコーの左肩も、右肩仕様にするんでOKです?」

 

「そうよ。試作型ドライブの力場制御が使えるようになるから、かえって左肩だけの大型アポジはバランスが悪い。

左右肩部はどちらも簡易マニピュレーター式の隠し腕に換装します」

 

「もっと派手にぱぁーっと改造しちゃいたいですね。

肩と背中しか仕様変更が無いのは寂しいですよ」

 

「シャッコーもゲンガオゾも、それだけ完成度が高いという事ね…。

それにクライアントヤザン達の納期を守るのが最優先よ」

 

「はぁい」

 

このように、一見して愉しげに話しながらの気楽な作業にも見えるが、それは大きな間違いだ。

二人と、そして作業可能なスタッフ達は、このまま長時間に及ぶぶっ続けの作業で2機の機体の修理と改良を完了させる事となるが、その成果はしっかりと結実するのは流石だった。

 

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

 

ミューラ率いる技術スタッフが長時間の缶詰めをしている間に起きた事が幾つかある。

 

医務室は人で溢れかえっていた。

廊下にまで簡易布団を敷き、そこも人でごった返す様はちょっとした野戦病院状態だ。

ヤザンは替えの包帯を貰うついでに、そこで入院しているシュラク隊の面々を見舞い終え、そして寝泊まりする分には平気…というレベルに損壊している自室にまで帰ってきた。

と、そこで不思議なものを見る。

自室前の扉の前に二人の少年が土下座をするように座り込んでいたのだ。

 

「…」

 

それを無視し、土下座の少年二人を跨いでヤザンは己の部屋の扉を開けた。

 

「ちょ、ちょっと待って下さいよ!」

 

「そりゃないでしょ、おっちゃん!」

 

少年…トマーシュとオデロは急いでヤザンの脚にすがりつく。

 

「あぁ゛?」

 

野太い声と共に、ギロッという音が聞こえてきそうな視線が背の高い男から降ってくる。

少年達を軽く睨みながら、ヤザンは敢えて不機嫌そうな声色を強調する。

 

「何の用だ。

俺は忙しい。特に今は、半端じゃなくなァ。

くだらん用事だったら許さんぞ」

 

今言ったことは誇張なしに本当の事だった。

体も、本来ならベッドに括り付けられ安静にしていなければならない状態でヤザンは動き回っていて、そして彼の仕事を次々にこなしていた。

まず事務仕事を一手に引き受けてくれていた副隊長、オリファーの離脱は手痛く、全ての書類を ――カテジナに手伝わせながら―― 行っている。

他にも半壊状態のシュラク隊の新しいフォーメーションも考えねばならないし、ミューラ達に任せている機体のチェックもパイロットとして義務である。

MS隊統括としては他の機体も全て見ておきたいし、一見無事に見えるパイロット達の心的ケアもせねばならない。

こうした大被害の後は、ベテランの中にさえPTSDを発症する者もいるのだ。

そしてその中で暇を見つけて、オイ・ニュングと時間を擦り合わせてシャクティ救出作戦の煮詰めもしているし、オリファーなどの一線級パイロットの離脱の補填を含め、今後の大方針の話し合いをしたりもしている。

ミューラ・ミゲルばかりに無理をさせているわけではない。

ヤザン・ゲーブル自身も身を粉にして動き回っていた。

 

こうして話を聞いてやるだけでも随分心が広い対応だと、ヤザンは自分で自分を褒めてやりたい気分である。

 

「あの…」

 

オデロがタレ目に強い意思を宿して何事かを言い出そうとして、

 

「ダメだ」

 

言い出す前にヤザンが出鼻を挫いた。

 

「ぇえ!?」

 

思わずズッコケそうになるオデロとトマーシュ。

 

「まだ何も言っていませんけど!?」

 

トマーシュまで素っ頓狂な声になって抗議したが、ヤザンは冷たいまでに冷静な口調で返した。

 

「パイロットにしろと、そう言うんだろう?」

 

「っ!」

 

少年らは心をずばり当てられて言葉に詰まった。

だがすぐに気を取り直してヤザンに嘆願する。

 

「そ、そうです!俺達をパイロットにしてください!」

 

比喩表現ではなく本当に床に額を擦り付けてオデロが言えば、ヤザンは声のトーンを落として尋ねる。

 

「ダメだと言ったろう」

 

「何でですか!

ウッソは俺達より年下なのにあんなに頑張ってるのに!

若いからってのは理由になりませんよ!」

 

「年齢は、正直言えば問題じゃない。

問題は経験年数だと言ってるんだよ、小僧ども。

ウッソは一桁の年齢からMSシミュレーターを続けていて、俺達と合流した時には新兵どころの腕前じゃなかった。

いきなりベテラン格の技術を持ってたんだ。

即戦力だったのだから、すぐに採用も当たり前だ」

 

「う…」

 

余りにも当たり前の事を言われて、また言葉に詰まる。

だがすぐに反論要素を見つけて、トマーシュが食いついた。

 

「じゃ、じゃあカテジナさんはどうなんです!

あの人は元々ウーイッグのお嬢様で、シミュレーター含めてまるで経験なんて無かったですよ!」

 

「あいつか…確かにな」

 

意外なほど素直にヤザンは認めてやや考える素振りを見せて、これは取っ掛かりになるとオデロとトマーシュは少し目を輝かせた。

しかし、

 

「だがカテジナは、俺にMSに乗せろという前にパイロットの訓練室に忍び込んで勝手にシミュレーターをやっていたのさ」

 

今までオデロもトマーシュも、子供達が知らなかった事実が明かされて、二人の少年は面食らった顔をする。

 

「えっ!?」

 

「あ、あのウーイッグのお嬢ちゃんが、そんな自主トレしてたのかよ!

意外と体育会系だったのかぁ?」

 

オデロの面白い例え方に思わずヤザンの頬が緩む。

 

「んん?はっはっはっ!そうかもしれんな。

カテジナって奴は意外と現場系が肌に合っている。

根性のある女さ」

 

「つまり、隊長は…僕達も自分である程度鍛えてからなら話を聞いてくれるって事ですよね」

 

「…そうだな…そういう事だが…。

お前達は何でパイロットをやりたいんだ」

 

「それは…」

 

少年二人にとってその質問は、自分の弱さというか、コンプレックスに似た物を曝け出さなければならないクエスチョンだから少し答えるのを躊躇ったが、僅かな間の後自分からそれを説明し始める。

まずはトマーシュだ。

 

「単純に、今回の戦いでいっぱい人が死んで…シュラク隊のお姉さん達だって大怪我したって聞いたからです。

こんな時に、男の僕が何もしないでいるのは、単に僕のプライドの問題なんです。

……それに、かっこいいとこ見せてカテジナさんを振り向かせたいじゃないですか」

 

「なるほどな」

 

素直で良い意見だとヤザンは思う。

ヘンテコな正義感やら大義やらで戦争をやられるよりは、余程オスとして素直な闘争理由には好感を持つのがヤザンだった。

 

「貴様はどうなんだ、オデロ」

 

「………俺は、俺は…自分が情けなかったんだ…!

目の前でシャクティとクロノクルが連れてかれちまって……なのに、俺はトリモチガンなんか持っちゃって、MS相手に何も出来ないでさ…。

約束したんですよ!

ウッソにも、〝お前が留守の間はシャクティ達を守ってやるよ〟って言って…。

スージィにだって、絶対クロノクルを連れて帰るって約束したんだ。

もう今までみたいに後ろで弾込めしてたり、整備手伝ったりだけじゃ、自分が情けなくて…!

俺達の家も仲間もぐちゃぐちゃにしてくるベスパの奴らを、どうしても俺の手でぶん殴ってやりたいんだよ!」

 

「後方支援も整備も大事な仕事だ。

それで情けないって思うのはストライカー達に対して無礼な事だぜ、オデロ」

 

怒るようでも無く、叱るようでもなく、ただ静かに諭すようにそう言うヤザンの顔はいたって真面目であった。

 

「あ…そ、そういうつもりじゃなくて、俺…!」

 

「フッ…まぁ貴様らの言いたい事は分かった」

 

そこで野獣は顔を柔らかく崩す。

彼にとって、少年らの決意は中々に好きな部類だったらしい。

 

「こっちだってオリファーとジュンコの離脱は確定だからな。

マヘリアもペギーも前の怪我の影響でまだ勘を取り戻しきれてない。

正直、腕のある奴がパイロットに志願してくれるのは有り難い話だ」

 

子供の前だから少し話をぼかしたが、カミオン隊以外のMSパイロットでいえば死亡率はもっと高い。

部隊設立時のメンバーが全員死んでいる隊だって珍しくない中で、シュラク隊とヤザン隊は凄まじい生還率を誇っているのは、偏に隊長であるヤザンの働きであった。

 

「とにかく、俺は未熟者を戦場に立たせるつもりはないし、教えてやれる時間も無い。

パイロットをやりたけりゃ自分で鍛えてからもう一度来い。

テストぐらいは見てやるさ」

 

それを聞いた少年達の目は爛々と輝く。

そういう言質を取れば、後は遮二無二実行に移すだけだ。

 

「じゃ、じゃあシミュレーター使っていいんですね!?」

 

「俺は別に許可はせんぞ。

やりたきゃ勝手にやれ。

…ただ、基本的に訓練室はパイロット以外立入禁止だ。

見つかったら殴られて放り出されるぐらいの覚悟でコソコソやることだな」

 

そう聞いた途端、少年らは走り出した。

その背を見ながらヤザンは一人呟く。

 

「あいつらも良い目をしやがる。

化けるかもしれんな」

 

ヤザンのその予感は後々当たる事になる。

 

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

 

これは部下のケアの一環だ。

求めてくる部下に応えてやるヤザンは、ケイト、コニー、フランチェスカと部屋を回って一戦交えて女共の溜まった鬱憤を晴らしてやる。

だが忘れてはならないのは、ヤザンも軽くはない怪我を負っているという事で、なのにパワフルに女共を抱いてやるヤザンのバイタリティは凄まじいの一言だった。

今回のように凄惨な戦いの後は、男も女も皆肌の温もりを求めがちだったし、何より、怪我の後遺症で不調を自覚しているらしいペギーとマヘリア等の求愛は熱心だった。

まるで自分を捨てないでくれと縋る子犬か子猫だとヤザンには思えた。

そして、気の強さでもシュラク隊達をも凌駕し、純粋な腕前でも凌駕しつつある金髪の令嬢もその一人だ。

 

「ん…ぅ…あっ…」

 

カテジナの部屋で、背中にも脚にも痛々しい包帯を巻いた男が引き締まった腰を女に打ち付けていた。

女は当然カテジナで、長い金髪をじとり湿ったシーツに広げて男のなすがままだった。

 

「ふぅっ、っ、んっ、…あっ、あぁぁっ!」

 

男と女の汗が飛び散って、カテジナの長い手足が男の背に絡むと、男は短く苦悶の声を挙げたがすぐに押し殺して構わず女を抱き続ける。

 

「はぁ、はぁ…ん……ん…っ、ん…はぁっ、はっ、はっ」

 

強く、冷たい印象すら与える時のある高飛車な美少女の切れ長の目が融けて、男の背に重い傷があるのも分からなくなる程に沼に沈み、愛してしまった粗野な男と必死に愛を確認していた。

それは、セント・ジョセフの人々の死のイメージがカテジナの頭の中に流れ込んできて、脳裏に聞こえた死の叫びを忘れたいが為だ。

男との愛で〝死〟を塗り潰したいが為だ。

そして、元気ハツラツに戻ってきたとはいえ重傷を負っているこの男が、やはりいつ死ぬとも知れぬ戦いのサガに取り憑かれた戦士と知って、そいつとの確かな愛のカタチが欲しかったからでもあった。

だから、少女は男の手管に何度も高みに追いやられて理性を崩されていても、〝生〟を胎内に取り込もうという本能でそ・れ・を嗅ぎ取った。

カテジナが何度目かの高みに至って、忘我の中で女の奥を収縮させると、男の果てるのを感じ取る。

まだまだ男女の事の経験は薄い少女は、駆け引きとかそういうのではなく、まさに本能でそれを欲した。

 

「…っ、抜いて…今日、危ない…っ、か、ら…っ」

 

熱に浮かされつつ男の耳元で拒絶を呟く。

だが、カテジナの長い脚はしっかりと男に絡んで離さず、抜き去ろうとする男を逆に奥へ奥へと導くようだった。

言葉と行動の矛盾は、そのままカテジナの精神の表層の強さと、心の奥底の愛の強さのぶつかり合いだったろう。

備品のスキンなどとうに使い切って、それでもヤザンに事をせがんだのはカテジナで、それに応えてやったのもヤザンだ。

女パイロットは薬物で月の物をコントロールするのが一般的で、そうしていれば妊娠の回避も出来るものだが、それでも100%ではないし、しかもきちんと服用していなかった場合は当然話は変わる。

そしてカテジナは最近、ヤザンとの事に及ぶつもりもあるというのにそれを服用しておらず、その行為はヤザンにもシュラク隊の同僚の誰にも秘密のルール違反だった。

それはカテジナ自身、論理的な説明が出来ない衝動だった。

飲まきゃダメだと思っても、体が、本能が服用を拒否して、しかも授かる可能性があると自覚すればするほどヤザンと肌を重ねる歓びは増した。

 

「だめ…いやよ…あんたの子なんて、生んでやらないから…」

 

言いつつ、決してこの雄を逃すまいとカテジナの本能が叫んで、むしろ自ら迎え入れて、一番奥深くで〝生〟を受け取ってしまった。

じわりと温もりを感じる。

女の奥深くで、生命を感じる。

 

(私は…孤独じゃない)

 

「…最低よ」

 

全身を紅潮させて汗だくになった少女は、男の全てをくれとせがんで受け入れて、心底満たされた心で必死に嫌悪の言葉を吐き出して呟く。

腕で隠しているカテジナの顔は、きっと幸せそうなものだったに違いない。

少女は荒い息の中で、生命の鼓動を己の胎内から聞いた気がした。

 

 
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