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『外伝:紫』崩壊した世界で紫式部が来てくれたけどなにか違う

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どうあってかあたしは、追われている

 
前書き
どうもこんにちは。クソ作者です。
色々あってとりあえずは一段落したのでここから新章開幕的な感じで行こうかと思います。
このお話では外伝『赤』や『青』をお読みの方ならご存知のあのサーヴァントが出てきます。
それでは本編、どうぞ。 

 
あれから数日。
何度も検査したものの、あたしの身体に異常はなく、こうして股間のイチモツも消え去りいつも通りの日々に戻った。

ただまたアイドルはやらないだろうか?とかプロデュースさせてくれだとかどこかの知らん事務所から変な人が来たりするのはそろそろ勘弁して欲しかった。

その他に

「そのサーヴァントを渡せ、でなければ命までは取らん。」

葛城財団がよく来るようになった。

葵紫図書館には邪な感情を持つ者は入ることが出来ないよう結界が張られている。
なので奴らは、あたしと香子が外出した時を狙う。

「紫式部は渡せないって何度言ったら分かるの?もしかして大企業のくせして報連相できてない?」
「知らんな。拒否すれば奪い取るまで…!」

奴らは断れば問答無用で銃を向ける。
そこからはいつも通り、奴らを蹴飛ばし、殴り、香子が適度に呪術で痛めつけて帰す。

この辺りも何かと物騒になった。
街の方では葛城財団をよく見かけると噂されているし、やはりサーヴァントを奪う為に彼らがあちらこちらでなんの罪もない人々やサーヴァント達に迷惑をこうむっているのもよく聞く。

「ま、待ってください!!俺たち何もしてないのに…!」
「サーヴァントを持っている。それだけで射殺理由になるんだよ。死にたくなかったら大人しく引き渡すんだな。」

今日もまたどこかで、何も知らないマスターがサーヴァントを奪われていく。
なのであたしは、邪魔をする。

「ねぇ。」
「あ?」

銃を構え、マスターを脅している隊員の銃を挨拶がわりに蹴り上げた。

「なんだこいつ!?」

他のやつが慌ててあたしに銃口を向ける。

「何者だお前!!貴様もマスターか!?」
「そうだよッ!」

武器を蹴り上げられ、丸腰の隊員の頭を引っつかみ、そのまま勢いよくその鼻っ面に膝を叩き込む。

彼は曲がった鼻から血を流し、そのまま白目を剥いて意識を失った。

「よくも隊長を!」
「ぶっ殺してやる!!ぶっ殺して、てめぇのサーヴァントも頂いてやる!!」

一斉にターゲットをマスターからあたしへと変える財団の隊員達。
しかしここであたしは意識を失った一人の胸ぐらを掴み、そのまま盾にした。

直後、乱射される銃。
一斉に火を噴く財団隊員達。

盾にされた隊員は無事その役目を果たし、銃弾の嵐が止んだと同時に捨てられる。

さぁ、今日も財団狩りだ。







一方その頃。


「この辺りの収穫率が最近落ちてるな。何かあったか?」


葛城財団本部。
葵の妨害は、確かに効いていた。

「現地に向かった者達に聞くと決まって邪魔をする者が現れるらしく、複数人の話を聞くにあたって、特徴が概ね一致するので同一犯によるものかと…。」
「またそういうのが現れやがったのか…。」

葛城財団の目的、それは女性サーヴァントをこの本部に集めることである。

本来の目的は代表やその一部の人間しか知られてはいないが、代表はサーヴァントを集め、ハーレムを形成しているのだ。
ともかく、この目的が達成されなければ財団の意味が無い。
こうして財団の活動を邪魔するものは全国各地に確かに存在している。
活動の邪魔だけでなく支部を潰して回る者や、積極的に隊員を殺しにくる者。財団にとって大きな驚異となりつつある者もいるが、芽は早いうちに摘み取るほうがいい。

「武蔵の件はいい。今はこの横浜エリアにいる邪魔者を始末しろ。」
「かしこまりました。では…彼らの出番ですね?」

部下がそう聞くと、高級そうな革のソファにふんぞり返る代表はただ頷いた。

「以蔵を呼べ。次はないと伝えろ。」
「はっ。」

代表からの名を受け、部下はそのまま礼をすると踵を返し足早に去っていく。

それから代表はタブレットを取り出し、実働部隊達が撮ったであろう今回のターゲットを見て舌なめずりをした。

「マスターは……男か。見たことねぇサーバントだが、まぁこんな奴には勿体なさすぎる代物だ。俺様がもらっといてやるか。」

見ていたのは彼女ではなく、その隣にいる者。
紫式部。
そういえばまだ自分はこのサーヴァントを所持していなかったなと思い、彼女の顔、胸、腰つきを穴があくほど見つめながらどうしてやろうかと物思いにふけるのであった。

もし、捕まえてこなかったら?任務失敗したら?ということはない。
財団にとって失敗はすなわち死。
つまり成功しかありえない。
だから代表は成功することしか考えないのだ。

武蔵の件で一度は失態を犯し、情けをかけてやった財団お抱えの暗殺者だが、今度こそはまぁ上手くやるだろうと悩むことはなく、彼は次に捕まえてくサーヴァントの事を考えニヤつくのだった。





数日後…。

葛城財団の活動は以前にも増して活発になった。
街へ向かえば奴らはいるし、あちらも向こうを認知しているらしくあたしと香子を見るなり襲いかかるようになった。

要注意人物だ。とか言われたからそれなりにマークはされているんだと思う。
で、

「葵様、どちらへ?」
「ちょっとね。走ろうかなって。」

少しばかり走って鍛えようと考えた。
余計な改築のせいでこの図書館にはジムがあるけど、やっぱり走るには広さが足りない。

ランニングマシンこそあるにはあるが、ここは気分転換も兼ねてだ。
せっかく走るのだから外で思い切り走りたかった。

「ですが最近はここら辺りにも財団の目撃例が…。」
「大丈夫でしょ。アヴィケブロンさんのゴーレムが巡回してるみたいだし。それにあんな奴らだったら楽勝だし。」
「ですが…」

心配症だなぁと思い、あたしは図書館を出ていく。
しかし、これがいけなかった。

後であたしは、不用心にランニングへ出かけたことを後悔することになる。




「あの金髪娘が標的やねや?」
「ああ、間違いない。顔も写真と一致する。」

図書館の影、そこから様子を伺うものがいた。

「都合のええことにさあぱんとも連れず1人で出てったのう。」
「絶好のチャンスだ。あいつを捕え、サーヴァントの紫式部を代表に献上する。もう後は無い。しくじるなよ以蔵…!」
「おう、分かっちょる。」

そうして後を追うように、足音も立てずに走り出した。





「……?」

それから十数分程走ったあたり、あたしは妙なものを目にする。

「これは…?」

瓦礫。
そう言ってしまえばそれまでだが、何か違和感みたいなものを感じる。
確かにこの崩壊世界ではまだ整備か行き届かず、そのへんに建物だった瓦礫が放置されていることはよくある。
だけどここはもう舗装されて綺麗に片付けられた道のはずだ。

なんでこんなところに瓦礫が?と思い手に取ってみるとその正体はすぐに判明した。

「これ…ゴーレムじゃん…。」

その材質は建物のそれではない。
アヴィケブロンのゴーレムのものだった。

ここにある瓦礫は、ゴーレムだったもの。
つまりは、何者かによって破壊された?

アヴィケブロン製の巡回用ゴーレムは並大抵のモンスターなら蹴散らすし、銃弾程度ではびくともしないとマスターの宮本は豪語していた。

なら、壊したのは…


「そこの女、ちょいとええがか?」
「!!」

背後からの声に驚き、振り向いて反射的に身構えてしまう。

そこにいたのは、和服に身を包み三度笠を目深に被った男。
みたところサーヴァントだろう。
こんな世の中そんな時代錯誤極まる格好で彷徨くのなんてそれこそサーヴァントしかいないんだから。

「なんです…?」
「道に迷ってのう?おまん、住まいはここか?地元の人間なら、ここいらに詳しいと思うたんじゃが…。」
「まぁ、この辺住まいですけど。」

後頭部をかきながら恥ずかしそうに言うその和服の男。
迷っているのなら仕方がないと、あたしは彼に歩み寄った。

「で、どこに行きたいんです?」
「ああ、それがのう…おまんも一緒に来て欲しい。」
「あたし?まぁ、道案内なら行けるところまでは…。」

ランニングの途中だしあまり道案内はしたくないなぁと思いつつも、まぁ仕方がないと渋々了承する。

「それで、どちらまで?」
「ああ、おまんに一緒に来てもらいたいのは…



葛城財団本部っちゅうとこじゃ。」

瞬間、気の流れに異変を察知。
咄嗟に身をひねり、バク転でその場から回避。
視線を和服の男に向けると、そこには刀を抜き、振り切った姿勢のままこちらを睨むやつの姿が。

「ちっ…。」
「何?アンタ。」

舌打ちし、男は刀を構え直す。
対するあたしはいつでも動けるように身構え、どこからどう来られてもいいように気を張り巡らせる。

攻撃がいつ来るかは気の流れでだいたい把握出来る。
さっきの不意打ちもギリギリ感知できた。
ともかく美鈴先生から教わった気の流れの感じ方に救われたな…。

「冥土の土産に教えちゃる。わしは財団お抱えの傭兵、岡田以蔵。かの有名な『人斬り以蔵』とはわしのことじゃ。」

岡田以蔵。
無論、本で読んだことがある。
幕末の四大人斬り。
しかも、財団お抱えの傭兵?
ということは

「上からおまんを殺しさあばんとを盗ってこいと直々に命令が下ってのう…これも仕事じゃ。恨みは無いが、わしとマスターの為に死ねや。」
「…!!」

直々の命令。
どうやらあたしが財団の邪魔をしていることは、財団のお偉いさんでも看過できないことになってるらしい
脳をフル回転させ、今できること、生き残れる精一杯の作戦を搾り出す。
そうしてあたしは

「ああ知ってる。岡田以蔵さんね。本で読んだことあるよ。超有名人。」
「…褒めても見逃しゃせんぞ…。」
「なんだっけな?あーアレだ!ポン刀振り回してイキリ散らかしてた癖に、ほんのちょっと拷問されてすぐ自白したヘタレ。じゃなかったっけ?」

あたしはわざと、彼をそう煽った。


「んの…!そがなん言うて、後悔させちゃるわァァッ!!」

想定通り。
彼は一気に怒り出し、こちらに向かって襲いかかってきた。

サーヴァントの岡田以蔵は、プライドは高いことは知っていた。
なのでこうして過去の栄光に傷をつけるなり、恥ずかしい過去をおちょくってやれば簡単に怒る。
怒れば、攻撃は単純になる。

「…!」

単純とはいえサーヴァントなのだから攻撃は強力だ。
けど単純になればなるほど、避けやすくなる。

「自分で言うのもなんだけどあたしは我慢強い方なんだ。アンタなんかと違ってさ!」

振り下ろされる刀。
確かにそれは疾いが、避けられない攻撃じゃない。

「ちょろちょろと…!!」

そうしてかわされ続け、彼自身の苛立ちもどんどんピークへと達していく。
隙が生まれたその瞬間に

「っらぁ!!」

渾身のハイキックを、やつの側頭部に叩き込む。
気の流れを全て足に集中させて威力を倍増させた。
厚い鉄板すら余裕で貫くことも出来るその蹴りは、以蔵を大きく吹き飛ばしてみせた。

「……。」

息を整え、身構える。
吹っ飛んだ以蔵は頭を抱えながら起き上がり、ぐらついた視界で見失ったあたしを探す。

今のうちに逃げよう。
相手はサーヴァント、その場の対処は出来たとしても、人間(あたし)に倒すことは到底不可能な存在だ。

サーヴァントにはサーヴァント。
死ぬ気で走って、図書館まで逃げ切り、香子を頼る。
単純な事柄を頭の中で数回繰り返し、そして奴に背を向けて駆け出した。




「香子!聞こえる!?」

走りながら通信機能付きのイヤリングにそう尋ねると、返事は直ぐに返ってきた。

「葵様…?このような連絡手段を用いるとは…まさか何かあったのですか!?」
「うんあった。現在進行形で追われてる!!」
「!?」

見なくとも香子の慌てているであろう様子が安易に想像できる。

「岡田以蔵!財団の命令であたしを殺しに来たって言ってた!」
「岡田以蔵!?あの…四大人斬りの…!?」

彼の存在は香子も知っている。
それから通信機越しにバタバタと言う音。
どうやらかなり慌ててるらしい。

「とりあえずあたしは逃げ切って図書館まで戻る。だから迎えに来…」
「ちぇりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁーッ!!!!」

その時だった。
突然横から張り裂けんばかりの雄叫びと共に以蔵が飛び出してくる。

「!!」

全力で振り下ろされる刀。
スレスレであたしは避け、後方に転がるも無傷では済まなかった。

つぅ、と頬を液体が伝わる感触。
指ですくうとやはり血。
さらに、

「…やられた。」

偶然か、通信機のイヤリングが斬られ、真っ二つになって地面に落ちていた。
これで香子と通信することは出来なくなった。

迎えに来て欲しい。
そう言おうとしたがそこで通信を途絶えさせられた。
彼女には伝わっただろうか?
ともかくあたしは、逃げなければならない。

「逃がさんぞ…。わしらにはもう後が無いき。」
「ふーん。なんか悩み抱えてる感じ?」

ゆっくりと立ち上がり、目の前の以蔵に全神経を集中させる。
サーヴァントは、疾い。
今の不意打ちもたまたま運良く避け切れただけのまぐれだ。

そうしてどう逃げるか考えていると…

【変わりなよ。】
「っ!」

目の前に泰山解説祭の表示。
これは、菫のものだ。

【サーヴァントはお前じゃ対処出来ない。ボクに変われ。】
「…。」

申し訳ないけど、
変われない。

【何片意地になってんのさ。早く変わりなよ。】
「無理!!」

確かに意地になっていた。
それはあたし自身が抱えてる劣等感みたいなのがあったからかもしれない。

こいつに頼り続けて、いいのか?
そんな疑問が浮かぶようになった。
少し前の蘆屋道満関係では、化け物じみた奴に対抗するためあたしは身体を貸した。

だがこのままでいいのか?
問題を投げてしまっていいのか?
あたしの問題を、菫に解決させてもらっていいのか?

いや、否だ。
自分の問題は、自分で解決する。
少なくともあたしの中に勝手に居座ってるこいつに解決させていいものじゃない。
だから、

【なんとか言ったら?交代してくださいとか】
「黙ってろ!!こいつはあたしだけで、なんとかする!!」

菫を黙らせ、あたしは走る。

「何をブツブツと…!死ねやぁぁぁぁぁッ!!」

向かってくるあたしに以蔵は刀を振り下ろす。
しかしここで避けることはせず

「ッ!!」
「な、なんじゃとぉっ!!」

真正面から突っ込む。
両手をクロスさせ刀を受け止めた。

「こいつ…!」
「知らないの?根元なら大したことないんだよ。」

刀とは、あらゆるものを切り裂く最凶の刃物だ。
業物であれば、また使い手が達人級であればなんだって両断できる。
しかし、それは振り切ったときの話。

振り始め、さらに刀の根元には大した威力がない。
切っ先ではなく根元を止めれば、その威力は殺せる。

「…っ」

足元にパタ…パタと血が落ちる。
受け止めた両手は少しだけ斬れている。
まぁ、威力を殺せるとは言っても無傷でという訳にはいかない。

でもまぁいい。
これなら反撃できる。

「ッ!!」

防御態勢を解き、やつの上着を掴む。

「うりゃあッ!!」

そのまま背負い投げ。
背中を思い切り叩きつけられた以蔵は肺の中の空気を強引に吐き出されのたうつ。
しかし、それで終わりだなんて思うな。

「あたしだって…やれる!香子から何も貰ってなくったって…!!」

倒れた以蔵に追い打ちをかける。
地を蹴り跳んで、片足を思い切りあげ、振り下ろす。
全体重を乗せたかかと落としをやつの鳩尾にくらわせた。

「ごぉ…っ!?」

まさか人間ごときにここまでやられるなんて思わなかったんだろう。
〝ありえない〟
そうとでも言いたげな顔をしながら以蔵は吐血する。

「…どうだ。」

すぐさま立ち上がり、様子を伺うも、以蔵は動こうとしない。
傍に落とした刀を遠くの方に蹴飛ばし、あたしはまた走る。

だが、

「…?」

パン、という破裂音。
同時にかくんと足がもつれる。

走ろうとしているのに進まない。
何事かと思い下を見ると…

「…。」

太腿から流れる血。
そうして気づくと同時に走る激痛。

「あっ…が…!?」

焼けるような痛みがあたしを襲い、歩みを止めさせた。

これは…銃?
以蔵は銃を使えるか?
そう思い振り向くと

「マ、マスター…」
「油断したな。敵はサーヴァントだけじゃないんだ。」

起き上がろうとする以蔵の側に立つ女性の姿が。
両手でしっかりとかまえられた拳銃からは、撃ったばかりの証拠として硝煙が立ち上っていた。

「…!」

油断した。
サーヴァントがいるなら近くにマスターはいる。
岡田以蔵というサーヴァントに夢中になっていたあまり、そのマスターの存在を忘れていた。

「別にお前の生死は問わないらしいが、生け捕りにすれば失った信用も取り戻せるかもしれない。」

そう言いながら、以蔵のマスターであろう女性は銃口をこちらに向けたままゆっくりと近付いてくる。

「…っ。」
「風穴を増やしたくないなら妙な動きはしない方がいい。第一、その怪我ではもうお得意の蹴り技は出来ないだろう?」

正解だ。
腿をおさえ、焼けるような痛みに耐えながら溢れ続ける血を少しでも止めようとしているあたしは、もうさっきまでのような渾身の蹴りはできない。
力を入れれば痛みが走る。
蹴ることも、走ることも出来なくなった。

「…サーヴァント、紫式部はどこだ?」
「…。」
「答えろ。」

銃口はあたしを捉え続けている。
万全の状態でない今、避けることは非常に難しい。

すると、

【言っただろ?変わりなよ。】

また出る。菫の言葉(メッセージ)

「?」

無論、その泰山解説祭は以蔵のマスターからも見えていた。

「なんだそれは?」
「知らない。一方的なスパムメールみたいなもんだよ。」
「…はた迷惑だな。」

冗談を言うも女性は隙を見せない。
この女性、見た目からしておそらく未成人…学生だったのだろうか?
しかし彼女にあどけなさは一欠片もなく、曇った瞳がこちらを揺らぐことなく見つめ続けている。
分かる。彼女はプロだ。
さすがは財団お抱えの傭兵だとそこだけは褒めるとしよう。

【あぁ分かった。ボクに嫉妬してるんだろ?】
「…!」

その時だった。
菫の言葉が、いきなり核心を突いてきた。

【無理もないよねぇ?(ボク)は香子から色々貰って、(お前)はなぁんにも貰ってないんだから。】
「…黙れ。今それどころじゃない。」

無意識に手が震える。
知らないうちに拳を握っている。

【ここまで来たらどうなんだろう?この身体の主人格は、(ボク)(お前)?】
「いいから黙れぇッ!!」

怒りが痛みを麻痺させ、あたしは叫んで立ち上がる。
しかし、

「が…っ。」
「静かにせぇ。黙るのはおまんじゃ。」

うなじに衝撃。
それと同時にあたしは意識を失った。





「ふぅ、なんとか片付いたのう。」

いつの間にか以蔵は背後に回り込み、葵の首を刀の柄で殴りつけて気絶させた。
力無く倒れる暗殺対象。
途中なにか文字列が眼前に出てきたりと不思議な人ではあったがそんなことどうでもいい。

ともかくこれで

「これで信用を取り戻せるな。以蔵。」
「あったりまえじゃがな。前回の武蔵の時は状況が悪かっただけ。本来なら赤子の手をひねるくらい余裕ぜよ。」
「ふ…そうだな。何はともあれ良かった。」

そうして意識を失った葵を担ぎ上げようとする以蔵のマスター。

だが、

「マスター。」
「あぁ、探す手間が省けたよ。」

担ぎあげようとした葵を下ろすマスター。
以蔵の視線の先にいるのは、

「……。」
「黙ってどうした?マスターがさらわれそうでお怒りか?」


紫式部だ。
ただ黙ってそこに立ち、冷たい視線を彼らに向けている。

「紫式部。お前のマスターは連れていく。諦めてお前もついてこい。」
「……。」
「なんじゃ、口が聞けんのか?」

そのときだった。

「んのっ!?」

1歩踏み出そうとした以蔵。
しかしその瞬間身体がグンと重くなる。

「な、なんじゃあ!?」
「相手の呪術だ!!以蔵!」

膝をつき、重い首を上げて目の前の紫式部を見る。

そこにいるのは手を出し、手のひらを下に向けた紫式部がこちらを見下ろしていた。

「わしを、わしを見下すな…!術者(キャスター)ごときが…ッ!!」
「……。」
「それをやめろっちゅうんじゃあぁぁぁぁぁぁッ!!!」

力を振り絞り、以蔵は術の範囲外へと抜け出す。
刀を振り上げ、紫式部めがけ振り下ろす。
相手はサーヴァント、これくらいでは死なない。
だから問答無用で叩き斬る。

「…!」

つもりだった。

「​───────伏せなさい。」
「ごぉ…ぉぉおっ!?」

伸し掛る重圧。
さっきまでのアレは、本気ではなかったというのか?
紫式部が口にした通り、想像以上の重さがかかり以蔵は片膝を着いてしまう。
刀を突き立てなんとか立とうとしているもそれで精一杯だ。

術者(キャスター)ごとき。
先程以蔵はそう言った。

しかしその言葉は、訂正されることになる。

「こんくらい…どうってことないわぁぁぁーッ!!!」

気合いで立ち上がり、刀を振りかぶり諦めず襲いかかる以蔵。


「ちぇぇぇすとぉぉぉぉーーーッッッッッ!!!!!」


全身全霊。
腹の底から声を絞り出し、悲鳴に近い雄叫びを上げて紫式部を叩き斬る。
後が無い。だから確実に仕留める。
失敗したら?そんなことを考えるな。
自分は剣の天才。だからキャスターごときには負けない。
負けてはならない。
自分を喚んだマスターに申し訳が立たなくなる。

だから、

「これで…終いじゃあぁぁぁぁぁーッッ!!!!」

斬り下し、斬り上げる。
腕を振るうことすら困難なこの状況。紫式部はまさか反撃してくるなどと思わなかったのだろう。

有り得ない、とそんな顔をしてゆっくりと倒れていく。

自分は勝ちを確信した。
これでまた、信用を勝ち取れる。
殺されることも無くなる。

そう、思っていた。

「…!?」

しかし現実というのは思ったより優しくない。
地面に倒れようとした紫式部。
それが霞のようにぼやけ、消え去った。

「がっ…!?」

その途端、襲い来る〝文字〟
書かれた文字が弾丸となり、ありとあらゆる方向から以蔵を撃ち抜く。

「どこだ!?どこにいる!!」

マスターも銃を構え、紫式部の居場所を探すもまるで見当たらない。

さらに、

「こいつ…呪いを仕込んじょるな…!!」

文字の弾丸に込められているのは呪い。
塵も積もれば山となるというように、1発1発は小さくともそれは蓄積され強大な呪いとなる。
1歩を踏み出すのが困難になり、刀を持つことすら億劫になる。
視界は暗くなり、死にたいという気持ちすら沸いてくる。
それらを振り払うように刀を滅茶苦茶に振り回すも、まるで意味が無い。
そして、

「まだ、やりますか?」

ふわり、と
スカートの端をはためかせた紫式部が以蔵の前に降りてきた。

「んの…きゃ、すたぁ…ごと、きが…っ!」
「そのキャスターごときに敗北を喫するあなたは何なのでしょうか?〝剣の天才〟岡田以蔵様。」

このザマを見て、紫式部はわざと剣の天才の部分を強調して言い放つ。
屈辱だった。歯噛みすることしかできない。刀を振るおうにも、普段通りの力は出せない。

「もう一度聞きます。まだ、やりますか?」
「以蔵!!」

紫式部の再びの問い。
それに答えるようにして、マスターが叫んだ。

「退くぞ…!」
「んなっ…!?」

マスターもまた悔しそうな表情をしている。
ここは撤退するという判断も、苦渋の決断なのだろう。

「じゃが…!ここで失敗すればわしらはもう…!」
「たかがキャスター。そう侮った私のミスだ。」
「マスターは悪ぅない!!悪いのはわしじゃ!!わしが…!」
「もういい。」

そういい、マスターは背を向けて走り出す。
以蔵も舌打ちし、こちらを睨みつけてからマスターを追うようにして逃げ出した。

「…。」

誰もいなくなり、静けさがまたやってくる。
気絶している葵に歩み寄り、しゃがむ。

「……。」

彼女の存在に気付き、葵が薄く目を開ける。
青く澄んだその瞳は、間違いなく葵だ。

「かお…るこ?あたし…」
「私も無用心でした。お許しください。」
「いいんだ、そんなこと…。」

両目を手で覆い、ため息を着く。

「…聞きたいこと、あるんだ。」
「…で、ですがそれよりも脚のお怪我を…!」
「そんなのいいよ。あたしは今聞きたいんだ。」

腿の撃たれた後はまだ出血している。
弾丸は突き抜けてはいるもの血は止めなければならない。

すぐにでも図書館に帰り手当をする必要があるが、紫式部の心配を葵は振り払った。

「あたしは、源 葵なんだろうかって…」
「…?」

首を傾げる紫式部。
しかし葵の思い詰めた顔、何があったのかは分からないにしろ、彼女の心中を察することは出来た。

「葵様は、葵様です。誰でもなく、誰の代わりでもない。香子のマスターですよ。」
「……。」
「ひとまずは家に帰りましょう。話の続きは、そのあとで。」

手の差し伸べられるも、葵は「自分で立てるからいいよ」といいなんとか立ち上がる。

やはり、その顔は苦悶に満ちている。
そして、悩みも筒抜けであった。

【貰った者、貰っていない者、菫は前者で自分は後者だ。果たして貰っていない者は、マスターだと言えるか?源葵だと言えるか?不安で恐ろしい。聞けばどういう反応をするのかが怖い。大切にされているのは、どちらかという質問を。】

「……。」

何かアドバイスはしてあげたかった。
しかしここでの最適解は出ない。
菫も、葵も、どちらも満足いく答えを見つけ出せなかったからだ。


 
 

 
後書き
かいせつ


⚫前回のお話と温度差があり過ぎる。
だよねー。
前の話ではちんこ生えて舞い上がってんのにいきなりこれだもんね。
まぁここからは自分という存在のあり方について悩んでいくというかそんな感じです。
温度差ありすぎてごめんね。


⚫紫式部がいないにもかかわらず泰山解説祭が発動してるよね?

発動してないです。
心の奥底にいる菫は泰山解説祭を用いて葵にコミュニケーションを取ってきます。
ですがこの2人のやりとりは別。泰山解説祭とは違うものなのです。
2人の意思疎通がスムーズに行えるようにと、紫式部が施した泰山解説祭のようなまじないみたいなものです。


⚫岡田以蔵はこれからどうなる?
1度仕事をしくじり、そして次は無いと言われた今回もしくじりましたからね。
信用は地の底に落ちているでしょう。
新しく傭兵も雇っているでしょうし追い出されるか最悪殺されてもおかしくないです。
崖っぷちの1歩先、とでもいいましょうか。
ともかくこれから以蔵とそのマスターはなんとかするべく手段を選んでいられなくなります。
一発逆転を狙える大手柄…そう、例えば代表の弟とそのサーヴァント、葛飾北斎を捕まえてくるとかですかね。



次回はその葛飾北斎が関わってくるお話です。
どうぞお楽しみに。 
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