IS【インフィニット・ストラトス】《運命が変わった日》
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【第656話】
前書き
ちょい早めな更新
夕方、場所は保健室。
模擬戦で意識を失った一夏が眠る傍に居たのは織斑千冬だった。
「ん……んん……。 あれ……ここは……」
「……気づいたか」
「……千冬姉?」
上体を起こした一夏は姉である千冬を見ると、それに合わせて嘆息を吐いたのは千冬、腕組みしたまま呆れたように告げた。
「織斑先生だ。 いい加減学習しろ、馬鹿者」
「う……」
ベッドの傍にある椅子に腰掛けた千冬の眼光一閃で黙る一夏。
脚を組み換えるとそのまま言葉を続けた。
「まあいい。 それより織斑、お前気を失う前の記憶はあるのか?」
「え? ……いや、はっきりとは……」
答える一夏に、千冬は呟くように言葉を放つ。
「……ISの搭乗者保護機能が働いたのだろう。 それはさておき、倒れた経緯を説明する」
千冬は説明を始めた、模擬戦で成樹と戦い、一夏が敗北したことを――。
「なっ!? 嘘だろ千冬姉! ISに乗ってまだ間もない成樹に、俺が負けただなんて!?」
憤りを見せた一夏、信じられる筈がない――相手はド素人の成樹。
対して一夏は専用機に乗って半年ほど、経験値等のアドバンテージは一夏に分があるのは明白だった。
だが千冬は小さく首を振る。
「事実だ。 例えお前が認めたくなくても一組全員が見ている」
「あ、あり得ねぇ……。 ま、負ける理由がわかんねぇ……!」
「……お前にはわからなくても、私を含めた大半の生徒はお前が負けた敗因はわかる」
そんな千冬の言葉とは裏腹に、ギリッと強く握りこぶしを作って白いシーツを穴があくぐらい一点に見つめていた。
「敗因は零落白夜の多用及び、動きの単調さだな。 ……零落白夜は諸刃の剣だ。 織斑、当たれば相手のエネルギーを根刮奪える……だがそれと同時に相手搭乗者に怪我を負わせる危険もある単一仕様だ。 今、誰もそれで怪我をしていないのは運もあるだろう」
「……何が言いたいんだよ、千冬姉」
「悪いことは言わん、零落白夜の使用は今後控えろ。 もし守れないのであれば学園側として白式の押収、単一仕様の封印も辞さない考えだ」
「……!!」
ショックだった、自分の姉がこんな風に言うことが信じられなかった。
零落白夜を封じられたら白式の特性の殆どが失われる。
それは自分の戦い方を否定されたも同然だ――だがそれよりも、家族だから味方になってくれると思っていた千冬がそんなことを言った事が信じられない。
「……何で千冬姉は俺に味方してくれねぇんだよ……」
「……私はお前の姉である前にこの学園の教師だ。 教え子を預かる身として、私は皆を平等に見なければならない」
「なら! 平等に見るって言うんだったら! 何で零落白夜の封印なんて言うんだよ!?」
「……お前自身が零落白夜に頼りすぎな所を直すため、他の子が怪我しない為だ。 せめて模擬戦での使用は止めるんだ。 わかったな? ……いや、口答えは許さない、いいな?」
「…………」
一夏は返事をしなかった、小さく息を吐くと千冬は保健室を後にする。
やり場のない一夏の怒りが、保健室の壁へとぶつけられたのは千冬が去った後の事だった。
時間は夕方の七時、模擬戦に勝利した成樹の周りには女の子達が集まっていてハーレムが形成されていた。
「笹川くん! 織斑くんに勝っちゃうなんて凄いね!」
「あ、いや……。 たまたまだよ、運が良かっただけとも言えるかもしれないけどね」
「またまたぁ、謙遜しちゃって!」
これ見よがしに成樹にアタックする生徒たち、成樹の隣に座った子何かはわざと自分の胸を腕に押し当てていた。
積極的なアプローチに成樹もたじたじになりつつも、元来断れない性格からか、皆に付き合っていた。
「ねねっ、もしISで解らないことがあったら何時でも教えるからね♪ 二人っきりで♪」
「何抜け駆けしようとしてんのよ!? アタシが教える! ね、良いでしょ笹川くぅん♪」
「ずるいずるい! 私も教えちゃう!」
喫茶店でもこれ程もみくちゃにされたことがない成樹。
申し訳なさそうに眉根を下げると――。
「あ……いや。 僕はヒルトに教えてもらうつもりだから」
「有坂くんに? ……クラス代表だから忙しくて無理かもしれないよ?」
根拠のない嘘をつく女の子、一夏は敗れ、期待の新星に鞍替えしたいのもわからなくはない。
「ヒルトが本当に忙しいときは……その時は皆から学ばせてもらいたいから。 それじゃダメかな?」
ニコッと笑顔を見せた成樹、中性的な顔立ち故のイケメン――落ちない訳がなかった。
目がハートマークになった女子生徒達は一斉に返事を返した。
同時刻、場所はヒルトの部屋。
「初の模擬戦を勝利で飾る……か」
何処で知ったかはわからないが、既にWebニュースに成樹の初勝利のニュースが上がっていた。
同時に対戦相手である一夏にも好意的な見出し。
【織斑一夏、新たなライバルに勝ちを譲る殊勝な心】。
記事には一夏の敗北を好意的に書かれている――。
「……一夏もこれを機会にもっと訓練したらとは思うが……」
そう呟くヒルト、どんな人も敗北や挫折が人を強くさせる――だが一夏はそれとは無縁な価値観なのかもしれない。
自主的に行ってるのもサインの練習、学園に来る一夏へのインタビューもその場その場で言ってるだけ――だが世間は好意的であり、それすらも受け入れてるのが真実だった。
「……もう少しで一年が終わるが、これからどうなることやら……」
夜の八時、既に部屋に戻っていた一夏は寛いでいた。
「ん~。 久しぶりに練習でもするか!」
そう言って机の上にあるサイン色紙にサインの練習をする一夏、俺って有名なんだなとはどの口が言うのかというツッコミが聞こえなくもない。
負けて嫌な事は振り返らない――だが、やはり千冬に味方になってもらえなかったのは納得できないらしい。
「……たった二人の姉弟なのに……何で……!!」
一夏の慟哭――だが聞くものは居ない、いつも側に居た箒も最近は付き合いが悪い。
「……弾に連絡でもするか」
そう言って携帯を取り、掛けるも電話には出ない。
夜遅くまでバイトをしてるのだろう……そう思った一夏。
サインの練習もあまり捗らず、取り敢えず気分転換に外を歩くことにした。
一方で箒、未だヒルトに後ろめたい気持ちがあるのか部屋の前でノックできず、うろうろとしているとガチャ……とドアが開いた。
思わずびくっと反応する箒――部屋の主であるヒルトが開けて直ぐ気付いた。
「ん? 箒、どうしたんだ? 何か用事でもあったか?」
「あ、いや……そ、その、だな……。 …………」
「??」
頭を傾げたヒルト、箒自身特別な用事という訳ではないのだが、歩み寄りも必要だと思って来ている。
モジモジする箒に、ヒルトは――。
「用事あるなら上がるか? 今日は大半の子は成樹に付きっきりだし、専用機持ち皆は今のうちに報告書纏めたいって言ってたし。 てか箒は報告書みたいなのは提出無いのか?」
「な、無いわけではないのだが。 私の所属国家はまだ決まっていないのだ。 ……身から出た錆だな、私のワガママで世界は混乱してるのだから」
「……それに気付いただけでも前よりは成長してるさ。 前の箒なら、自分さえ良ければって感じに見えたからな」
「……当たってるだけに、反論出来ない……」
左腕で右腕を掴み、視線を逸らした箒だが図らずもその豊満な巨乳を強調させるだけだった。
夜とはいえ箒は制服姿、思わず手が出そうになるヒルトだが――。
「何にしても、部屋に入れよ」
「う、うむ」
促され、箒はヒルトの部屋に入っていく。
「箒? あいつ、ヒルトの部屋に入ってどうしたんだ?」
散歩中の一夏が目撃したのは、ヒルトの部屋に入っていく箒の姿だった。
ヒルトに何の用事だとは思うが、取り敢えず気晴らしの散歩の後に聞けば良いかと思い、散歩を続けるのだった。
部屋に入った箒、促されるままベッドに腰掛けるとヒルトも当然のように隣に腰掛ける。
距離の近さにドキドキする箒――。
「んで、俺の部屋の前でどうしたんだ? 俺に用事だったんだろ?」
「あ、いや……その通りなのだが……。 うぅ」
「ん? もしかしてまだ気にしてるのか? 俺に色々言ったのとか」
「…………」
小さく頷く箒、それを見たヒルトは頭を掻くと――。
「あんまり気にしてばっかだと、胃に穴が空くぞ?」
「う、煩いぞ! ち、ちゃんと誠意を見せたいと思ってるだけなのだ!」
「ははっ、誠意も何も箒は謝っただろ? それで俺は納得した。 だからもう俺は気にしないし箒も気にしない。 わかったか?」
「こ、事はそう単純では無いのだ!」
「……全く、頑固だな」
「……煩いのだ……」
小さく唇を尖らせた箒、ヒルトはそれを見て意地悪してみることに――。
「あんまり気にするなら……。 その唇、塞ぐぞ?」
「む? 唇を塞ぐ――……!!」
気付くとヒルトの顔が近くにあった。
それだけで心臓の鼓動が速くなる――。
「ち、近い……顔が近いのだ……」
「ははっ、だって唇を塞ぐつもりだし」
「き、きき、キスはダメなのだ! こ、心の準備というものが――」
「何だよ、夏は一夏とキスしかけたんだろ……?」
「そ、そうなのだが……」
何とか誤魔化そうとする箒だったが、自分の手が無意識にヒルトの手に重ねてしまった。
ヒルト自身はそんなつもりはなかったのだが、重ねられた手の温もりと箒の唇を見て――。
「……これで蟠りがなくなるなら……って思うけど?」
「し、しかし……。 うぅ……」
紅潮する頬、高鳴る鼓動――箒の頭の中にちらついていた一夏の陰影……。
ヒルトは思いきって箒の腰を抱くように腕を回すと、より密着する形となり、箒の頭は真っ白になってしまう。
流されては……そう思う箒。
だけど一夏に求めていた温もりが今傍にあり、昔の想いも陰りを見せ始めていた箒は――無意識に上顎をあげ、瞼を閉じた。
そして――ヒルトは箒と唇を重ねる。
唇が触れ、箒はヒルトの首に腕を回すと互いに何度も何度もキスを繰り返す。
「ん……ちゅ……んふ……ひ、ると……」
部屋に響くリップ音が聴覚を刺激し、互いの荒い吐息、重ねる度に絡み合う唾液の音、そして自然と舌を絡ませる。
ヒルトも箒も暫く深くキスを続け、二人だけの時間を過ごした。
「……箒のやつ、まだヒルトの部屋に居るのか?」
あれから十五分、適当に散歩していた一夏だったがヒルトの部屋に入っていった箒が気になって戻ってきた。
勝手知ったるヒルトの部屋――そんな暢気に勝手に部屋に上がろうと考えていた。
通路をまがると、ちょうどドアが開き、箒が出てきた所だった。
「よぉ、箒」
「……!! い、一夏か」
「ん? 何か顔が赤いな、どうしたんだ?」
箒の顔が赤いのに気付いた一夏、熱でもあるのかと思い手を出したのだが――。
「な、何でもないから! あ、あまり不用意に触らないでくれ……」
「ふーん。 風邪じゃないならいいんだけどな」
さっきまでヒルトとキスをしていたなんて言えるはずもない――しかも、見送りの時は自分からヒルトにキスをしたのだ。
既に箒の心の中の大部分がヒルトで占められている。
「よ、用がないのであれば私は部屋で精神統一したいのだが……」
「あ、お、おぅ。 ヒルトの部屋で何してたんかなって気になっただけだから」
「……!! な、何もしてなどいない! す、少しISの事で質問があっただけだ!」
「ふーん……。 てか、あいつISランク俺より低いだろ? 何か聞くような事でもあったのか? 聞くなら俺でも良いんだぜ、箒?」
「……済まないが、一夏に聞きたいことは無い。 ……というよりも、私と一夏は出遅れているのだ。 現に一夏は今日笹川に負けただろう?」
箒の指摘に、苦虫を潰した表情になった一夏。
「ま、負けたって言っても一回だけだし。 勝負は時の運って言うんだし、次は俺が勝つさ」
何の根拠があるのか、自信がある一夏にじっと見つめる。
前は何を言ってもカッコいいと思った、男らしいとも思った。
負ける事はあっても、諦めずにまた立ち向かう所がカッコいいと思った。
だけど――百年の恋から醒めた箒が今見てる一夏は、虚栄を張る小さな男にしか見えなかった。
「……そうか、頑張るのだな……一夏」
「おぅ!」
――さようなら、私の初恋。
また時間が過ぎ、成樹がやっと女の子達から解放された頃。
「お疲れ、成樹」
「あ……やあヒルト。 お疲れ様」
「はは、流石に疲れが見えるな」
笑顔は絶やさないが、疲労の色が見える成樹。
「喫茶店でお客様の相手をするより大変だったよ。 ……やっぱり、僕は当面恋愛はしない方向かな」
「そっか。 まあ成樹らしいな」
「うん」
近くに備え付けられたソファーに座った成樹、ヒルトも隣に座ると――。
「初の模擬戦、どうだった?」
「ん? ……初戦だから負けるかなって思ったけど。 運も良かったかな、織斑君が相手で格闘戦相手の立ち回りが見えた気がするよ」
「そっか。 負けても良いなら他の代表候補生に挑んでみろよ。 皆俺より強いからさ」
ヒルトの言葉に、小さく頷く成樹。
「そうだね。 ……ヒルト、僕は必ず君の背中を守れるぐらい強くなるからね」
「ははっ、何だよ改まって。 俺なんか直ぐに追い抜かれるし、目標は俺の背中じゃなくモンド・グロッソ優勝まで目指そうぜ」
「ふふっ、そうだね。 ……だけど、僕は昔から君に助けてもらってばかりだったから。 今度は僕が助ける番だから」
決意に満ちた表情に力強い眼差し、ヒルトは拳を差し出すと。
「……なら頼んだぜ、親友」
「……勿論だよ、親友」
コツン――互いの拳を重ね合わせたヒルトと成樹。
成樹の初日は華々しい勝利で飾る結果となった。
「わわんっ(お肉美味しいわんっ)」
寮の外で、いぬきちは晩御飯のお肉を平らげるのだった。
後書き
とりあえずこれで成樹編終わりかな、次は十一巻かな
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