生ける大地の上で
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第一章 ようこそ弱肉強食の世界へ
第1話 再興、ユクモ村
「なんでさ」
新たな世界で呟いたのは、そんな言葉だった。
この未知の世界に送られて来てから最初に取った行動は、今の自分の肉体状況だった。
魔術回路は本数もそのままに、正常稼働できる状態。
剣の丘の投影できる贋作の記録にも問題なし。
だが一つだけ問題があるのは、190あった背が175まで縮み、足も腕も以前までよりも短くなっている。
ありていに言えば19歳位までの体格にまで大きさが戻っていた。
しかし何故か筋肉量は確かに落ちたが、25くらいにまで鍛えた位の良質で止まっていた。
兎に角、退化している。肉体の時間が逆行している。
無論それ以外は問題ない。
そこで、漸く次に周囲の状況の把握に努めようかと思えば、
「ッ!?」
突然目の前に大きな舌と牙の数々が見えたので瞬時に紙一重に避けて見れば、それは見た事も無いタイプの恐竜だった。
「突然変異か?」
全身は黒に近いグレーで縞模様もいたるところに刻まれており、前足にはそれほど大きくない翼がある。
翼がそこまで大きくないので飛ぶのは無理そうだが、ある程度の高さのある段差程度なら難なく跳び降りが可能だが、注目すべきはその強靭な前足。
その前足を使えば、多くの獲物を容易に切り裂けるだろうし、機敏に大地をはい回れるだろう。
その上如何にも凶暴そうで、見る者が見れば、恐怖に飲まれて立ち尽くしてしまうであろうティラノサウルスにもよく似た頭部から来る威圧さもある。
ガァアアアアアアッッッ!!!
「いやに気が立ってる様だが、此処はまさかコイツの縄張りか?」
ゴァアアアアアアアアッッッ!!!
「ッ」
一切躊躇なく、士郎に飛びつく様に真正面から襲い掛かる凶暴な恐竜もどき。
だがそこは多くの修羅場や理不尽に立ち向かい、勝ち残り生き残って来た士郎。
こんな事で恐れる筈も怯むはずも無く、その勢いを利用して、巴投げの要領で恐竜もどきを投げ飛ばした。
グゥウウウウッ!
その恐竜もどきは、投げ飛ばされても小さくとも僅かな滑空や空気抵抗を減らすことが出来る翼で、体勢を整えて着地した。
しかし今ので不機嫌ぶりが最高潮になったのか、目の下から頬にかけて赤みが表れた。前足の方にも表れた。これは士郎は知らないだけで、この恐竜もどき――――ティガレックス系統の逆鱗に触れたサインでもあるのだ。
事実、
ゴハァアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!
恐竜もどき――――ティガレックス亜種が先程とは比べ物にもならない咆哮を上げると、大気は揺れて大地は軋み、近くにある岩や木々には罅が入った。
咆哮だけでこれとは恐れ入る。
流石は大轟龍と呼ばれる所以と言った所か。
だがしかし士郎はその程度で臆したりせずに、ティガレックス亜種を見続けるだけ。
それを如何受け取ったのか、ティガレックス亜種の赤く変質した瞳に殺気が漲る。
ガァアアアアアアッッッ!!
ティガレックス亜種は雄たけびと共に士郎に跳びかかって行った。
-Interlude-
此処はユクモ村。
他にはない独特な歴史、風習、食べ物と言ったモノがあり、観光名所としても賑わっていた――――二年ほど前までは。
二年ほど前から村の付近に今迄は決して現れる事の無かった、三体の凶暴なモンスターが出現したせいだ。
大轟龍、ティガレックス亜種。
白海龍、ラギアクルス亜種。
黒狼龍、ジンオウガ亜種。
世にも知れ渡る凶暴なモンスターたちが過去最大級の大きさと凶暴さで周辺地域に広まり、討伐依頼が組まれて多くのハンターが挑んできたが、未だ討伐できた者はおらず、全員逃げ帰って行っているのが現状だ。
その為、時が経てば経つほど事態は深刻化し、半年前までその三体の縄張りがさらに拡大し、もうすぐでこの村にも届きそうなほどだった。
住民たちは怯え続け、徐々に活気も消え失せて行き、最近では村を維持するために最低限の行動を終えたら、ほとんどの住民は家に隠れるように戻り、事態の解決を天に縋る様に祈っている。
そしてそれはユクモ村村長も同様だった。
少し前までは、きっともうすぐ事態は解決すると励まし続けてきたが、怯え続ける村人たちにその声は徐々に届かなくなり、無意味と悟ってからは自分も最低限の仕事を終えたらすぐに屋敷に引っ込んで行く日々。
ついこの前など、丁度誰もいなかった地点だからよかったが、凶暴なモンスターたちの縄張り争いの末の余波なのか、岩が村の外から飛んできて危険だった。
さらには毎日のように昼夜問わずに凶暴な雄たけびが聞こえて来る、こんな日々が続けば否でも怯える様になっても仕方がないだろう。
少し話は変わるが、嘗てこの村の近くには姉妹都市ならぬ姉妹村があった。
そう、あったのだ。つまり過去形。今では単なる廃墟で、そこに居た村人たちの亡骸はこの村の墓地で眠っている。
今は廃墟の名前はユキリ村。
そこはある日を境に、ほとんどの村人が全滅したのだ。
不幸な偶然。凶暴なモンスターたちの争いに巻き込まれて。
生き残った者はただ1人で、たまたまユクモ村に用があって免れたのだ。
しかしたった一日で家族に親しい者達を失ったその者は、絶望して自決しようとした所、村長があれこれ尽くし続けて、最後のある言葉を告げて気力を取り戻させたのだ。
『村を全滅させたモンスターたちが憎くは無いの?』
これにより生き残った者――――娘は、以来復讐を果たすべく、その地から旅立って行った。
今ではたまにその娘のうわさも聞いている。
現在では凄腕のハンターとして名を覇している様だが、あまりに苛烈なモンスターたちへの攻撃姿勢と珍しい髪の色から物騒な異名で呼ばれているらしい。
これにユクモ村村長は、未だに彼女は仇のモンスターを追っているんだと理解して、今では仕方がないと思いつつも申し訳なく思っていた。
――――話が脱線したが、つまりこの村も遂にユキリ村と同じ末路を遂に遂げるのかと言う杞憂で満ちていた。
もしかしたら凄腕のハンターとなった彼女が助けに来てくれるのでは?と、淡い期待もしたが、復讐に夢中過ぎて気づかれていないのだろうとも考えていた。
兎に角、この村も、もう終わりかと考えていた所で――――入り口から赤い服装の青少年来た時には非常に驚いた。
「あの~すいまs」
「君、此処にどうやって来たの!?」
騒ぎを聞きつけて、他の村人たちも集まって来た。
「此処に来れる訳無いのにどうやって?」
「もしかして救助隊?」
「我々は助かるのか!?」
「あの凶暴なモンスターたちからどうやって目を盗んで来れたの?」
「いや、俺は道を尋ねたかっただけなんですけど」
皆興奮して矢継ぎ早に質問攻めするが、当の本人の青少年は意味の分からない事を言う。話が全く噛み合わない。
「皆さん落ち着いて。気持ちは分かりますが如何か冷静に。――――此処はユクモ村よ、君」
「ユクモ村・・・・・・」
如何やら初めて聞いたような顔をしている青少年。
数年前まで観光名所としても有名だったこの村を知らなかったとは、随分ド田舎から来たんだなと推測できる。いや、今はそれよりも。
「貴方の質問には答えましたから、私達からも聞かせてください。この村の付近にはティガレックス亜種とラギアクルス亜種とジンオウガ亜種の凶暴なモンスターたちがいた筈です。そしてそのテリトリーはもうこの村のすぐ先まで迫っている。それをどうやって、どの様な方法でこのユクモ村に来れたのですか?」
「てぃがれっくすあしゅ、らぎあくるすあしゅ、じんおうがあしゅ?――――ああ、あの黒い恐竜と黒い狼みたいなのと白い胴長の恐竜の事でしょうか?」
(恐竜とは・・・・・・?)
「え、ええ、確かに黒いのが二体に白い一体のであれば、その通りです」
それが空だろうが陸だろうだ海だろうが、町と町との交易に何時も邪魔をするのは凶暴なモンスターたちで、その意味でハンターたちの存在は重要な意味を持つ。
そんなハンターたちの情報として、この周辺のモンスターたちの情報を持っている筈なのに知らないとは、話が先ほどから如何にも噛み合わない。
そんな私の考えとは他所に、目の前の青少年は急に不安そうな顔になる。
「あの、もしかして、あの3体はこの村の守り神だったとかですか?」
「守り神?あんなありがたみの欠片も無い守り神が居て堪るか!」
「寧ろ私達はいい迷惑どころか、あの3体が何時この村を蹂躙してくるか気が気じゃないんだ・・・!」
「そうですか。如何にも凶暴そうで、何度脅しても逃げようとしないので殺しちゃったんですけど、杞憂でした。良かったです」
青少年は少し安どの表情を浮かべ・・・・・・・・・ん?今なんですって?
「何が良いもん・・・・・・・・・ん?」
「「「「「「んん?」」」」」」
「はい?」
村人たちに釣られて青少年までもが首をかしげる。いえ、それよりも。
「今、あの3体を殺しちゃったって、言いました?」
「ええ・・・・・・もしかして殺すのに許可が必要だったんすか!?」
青少年は新たな不安を顔に出す。
しかし私たちは、そんな事に構っていられなかった。
「「「「「「なぁ・・・・・・・・・・・・・・・なぁああああにぃいいいいいいい~~~!!??」」」」」」
私を含めた村人たちの絶叫が響き渡った。
-Interlude-
――――一年後。
「ユクモ名物、温泉卵は要らんかね~?」
「それじゃあ、二つ下さい」
「足湯気持ちいな~。足の疲れが吹き飛ぶってもんだ~」
「でしょ~?ユクモ村の自慢の名物の一つだから、当然ではあるがね?」
「ハァ~~、温泉入りながらの酒とか最高なんだが・・・!」
「確かに。此処は桃源郷だっけか?」
此処はユクモ村。
最早全滅するのでは?と言う恐怖から解放されてから、僅か一年足らずで見事復興を遂げた。
事実、村人たちの表情からは以前の活気が戻り、観光客やハンターたちも以前よりも増加している。
つまりこの村が既に安全地帯と保障されている様なモノだ。
この村周辺にはあまり大きな集落も墓に無い為、他の地域に行く、或いは狩りの為の準備などはここを拠点にする必要があるので、否でも人が集まるのだ。
そんな復興を遂げたユクモ村に、銅鑼の様な音が急に鳴り響いた。
それに対して、村人以外の観光客にハンターたちが一斉に反応する。
「な、何の音だ?」
「まさか警告音?川の氾濫でも起きたとか?」
「それとも大型モンスターが接近してるとかか?」
皆不安そうになったり焦るような顔をするが、村人たちがそれを宥める。
「大丈夫ですお客さん、気にしないで下さい」
「えっ」
「ハンターさん達も、そう身構えずとも結構ですよ」
「一体何が・・・」
宥められても未だ状況把握が上手くできない人たちがいる中、手を空ける余裕がある者達は皆北側の出口に集まっていく。
「女将さん、一体彼らは如何したんだ?」
「な~に、我らが“ユクモ村の英雄”が帰って来た合図がさっきので、皆で出迎えに言っただけさ」
女将の言う通り、北側入り口から赤毛の青少年――――衛宮士郎が帰ってきたので、集まっていた村人たちの歓迎を受けている。何時も通りに。
「皆さん、t」
「お帰り、我らが大英雄!」
「待ってたわよ。士郎ちゃん!」
「ご飯ちゃんと食べてたか?ちゃんと睡眠取ってたんだろうな!?」
「何所か怪我してないか?」
「士郎に限って怪我なんてするわきゃねぇだろぉ?」
「それでも心配するのが家族ってもんだろ!?」
「・・・・・・・・・」
士郎本人をしり目に、出迎えに来た村人たちだけで何故か盛り上がる。
それに対してシロウは、何と声を掛けようかと考えながら思い出す。
一年前のあの後、他に行く所があるのかと聞かれたので根無し草だと答えると、今日からユクモ村に住むと良いと勧められたのだ。
自分達を救ってくれた恩人と言う事から快く受け入れられたが、最低限の行動しか熟してこなかった村に歓迎のもてなしなど出来る筈も無い。
それを奉仕体質の士郎が色々な面で全力で動き回ったので、今の復興にも相当尽力している。
この事から士郎を最早完全に身内同然と見る様になった村人たちは同時に、その後の色々もあってか大英雄とも呼ぶようになった。
だが大英雄なんて呼ばれるなど恥ずかしいから止めてほしいと願ったが、それを照れや謙遜と取られたようで、ますます気に入られて大英雄と呼んでくる人たちが増えた。
これに今までの経験上、此方が折れるしかないと判っているので、内心で溜息を吐きつつ渋々受け入れたのだ。
取りあえず自分そっちのけで盛り上がっているユクモ村の皆に、誰もが帰ってきた時用の言葉を紡ぐ。
「皆さん、ただいま」
「おかえり」
「おかえりなさーい!」
「「「「「「おかえり、我らが大英雄ッ!!」」」」」」
「あ、ははは・・・・・・」
表面上で苦笑いをして、内心ではガックシと項垂れる。
言える事はただ一つ――――、
(なんでさ・・・)
確実に増えている。
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