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王道を走れば:幻想にて

作者:Duegion
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第三章、その3の3:三者の計画

 
前書き
 「その4」に向けた三陣営の前準備、と位置づけた話です。
 「その4」自体、エロの無い、かなり戦闘シーンを多用した話として構成するため、その展開をやりやすくする為、また整合性を取る為に作成した話です。
 飛ばして下さっても全体に多大な影響は出ないので、興味がお有りでないようでしたら今話を飛ばして、興奮したまま「その4」をお待ち下さいませ。  

 
 焼き上げたばかりのパイ生地を口に頬張れば、カリっとした食感と共に円やかに溶かされた甘味が膨らむように口の中を埋め尽くす。それに後を追うように紅茶を一口。ストレートに薫りを伝えるのは上品な南方産の茶葉である。好ましさのある渋味はパイの甘みと口当たりをやんわりと溶かし、それでいて薫りを更に際立たせるものがあった。
 ほぉっと、心からの安らぎの息を漏らす慧卓。彼の感動はテーブルを囲んで座る、ミシェルとパックにも共有されたものであった。王都の貴族御用達の甘味店、『ハチドリの夢』での朝である。

「なーんか、こういうの久々な感じがするよなー」
「だよなー。俺達だけなんてのはなぁ」
「このアップルパイ美味しっ」

 パックの潜み声には紛れもない感動の色が混じっている。そんなこんなで今や三皿目であるが、勘定は大丈夫なのだろうか。一介の兵士の給料で払えるのであればよいのだが。

「慧卓よ。どうだい、王都は。クマ様からすげぇすげぇ言われてたけど、実際どうよ?」
「ああ、それねぇ。熊美さんは色んな人間が居るって言ってたから期待したのに、宮廷に閉じ込められてばっかで詰まらないんだよ。遭うのは豚から蛙まで選り取り見取り。なんだかんだいって俺まだドワーフに遭ってないなー」
「もぐもぐ・・・ドワーフらぁ?ほんなあふら・・・ごくっ、あいつら俺達と大して見た目変わらないぜ?習慣が違う異民族みたいな感じだよ」
「ふーん。そうなの?」
「刺青は結構好きだよなぁ、あいつら」
「だな。ゴキブリの触覚みたいに刻んでるし」

 指先で触覚の蠢きを表現するパックに、ミシェルはブーイングを兼ねてかテーブルの下で足を踏んだ。パックはひっと悲鳴を漏らす。職務中であれば軍靴が守ってくれるが、今は完全な余暇であるため感覚は痛烈であった。
 慧卓は俄かに店外から響いた黄色い悲鳴に目を遣り、そして瞳を細めて友人に尋ねた。

「・・・ミシェル、お姉様ってなんだと思うよ?」
「突然なによ、ケイタク」
「いや、ね。最近宮廷で過ごすうちにさ、姉という存在になんか疑問符が浮かんできて、ちょっと不安になったんだよ」
「ふーん。ま、理解できなくもないな、あれじゃ」

 二人は紅茶を啜りながら店外へ目を向けた。明るい日差しと日々の喧騒を伝えてくれる開かれた窓。その風景の中心に陣取るのは、瑞々しさとかしがましさを同居させた憧憬に浸る乙女達と、困惑気味な苦笑を浮かべたアリッサである。最早当たり前となって来た光景ではあるが、矢張り何処か現実離れした情景であった。

「お姉様、どうぞこれを受け取って下さい!」
「こ、こんなに沢山の花束・・・あ、有難う。恩に着るぞ」
「恩に着るだなんてそんな・・・。お姉様に一目お逢いしたくて野原より摘み取った花ですから、そんなにいいものではありません。でもどうか私の気持ちをお受け取りになって下されば、私はそれだけで・・・」
「あ、ああ、勿論だ。貴女の厚意は確りと受け取ったぞ」
「きゃあああ!!皆聞いた!?好意ですって、好意!!私の恋心が遂にお姉様に届いたわ!!」
『きゃああああ!!』
 
 蝉の合唱よりもウン十倍高々しい悲鳴であり、慧卓とミシェルは何も言わずに窓を閉める。助けを請うようなアリッサの瞳を垣間見たが、正直助けにいける気がしなかった。
 パックはアップルパイを胃に流し込み、新たに注文したと見られるチェリーパイ、薔薇の花を散りばめたような綺麗なパイである、を頬張りながら言う。

「ありえねぇ光景だな・・・がつがつ・・・ごくっ。ミシェルの姉貴の方がウン十倍天使だ」
「マシじゃねぇよ、あんなの。アリッサさんが天使なら、うちの姉貴は独房の処刑人だよ。あれに容赦とか情状酌量とか求めた瞬間、紳士の領域が物理的に炎上するんだぜ。言葉攻めじゃなくて物理攻めですよ」
「なにその物理的な悲哀」
「悲哀じゃねぇよ、悲劇だよ!!!」

 瞠目して言う台詞には隠しようのない悲哀が篭っている。ミシェルは心からの思いを込めて慧卓に告げる。

「という訳で、まともな姉というのはな、ケイタク。略奪的な人間じゃないし、同性をやけに惹き付けるような女でもない。ちょっと怖いくらいが丁度良い、美人な女性が一番だ」
「最後願望入ってるじゃん」
「姉御が此処に居ないから良いんだよ。あれが居ない間でなきゃ本音が語れないっつぅの」

 ハハハと乾いた笑みを漏らしながら紅茶を啜るミシェル。それを嚥下した途端、身体をびくりと震わせ、一瞬にして表情が恐慌に陥る。

「・・・どうした、ミシェル」
「な、なんか寒気がする・・・。ちょっとヤバイ気がするから家に帰るわ!これ御代な!!」
「あっ、おい、ミシェル!!ったく、ケイタク、一応俺も後を追うから御代払っといて!」
「あっ、ちょっとお前らっ!」

 ばたばたと店から駆け出していく二人。慧卓の声は彼等に届いたが、鬼気迫るかのような勢いのミシェルによって蝿の如く叩き落されたようだ。彼をそう至らせる鬼姉とはどのような存在なのか。会ってみたくない。

「ったく・・・なんなんだよ、あいつら」

 それでも気持ちがすっきりとしないのは変わりない。慧卓は紅茶の残りをぐいっと飲み干した。最後の温さに至るまで上品な味わいを損なわない一品であった。実に満足である。ツインテールのウェイトレスもまた可憐なのが二重の意味で満足である。

「失礼します。こちら、御会計という事で宜しいでしょうか」
「あ、はい。全部でお幾らでしょうか」

 慧卓はそういって外套の内から皮袋のような財布を取り出した。中身は全て銀貨であり、支払いは容易に済まされるだろう。

「えっと・・・紅茶が四杯、アップルパイ七皿、チェリーパイ六皿。占めて170モルガンに御座います」
「・・・・・・」

 普通の相場ならば、紅茶が2モルガン、アップルパイが5モルガン、チェリーパイが7モルガンだ。詰まり、全部が二倍。皮の財布に在るのはたったの銀貨10枚、100モルガンである。

「あの野郎共・・・」
「?」

 値段を爆上げさせた友人二人に対する憎しみが沸いて来た。可愛らしく頸を傾げる店員の耳に、店外からの二度目の黄色い悲鳴が飛び込んでくる。
 瞬間、慧卓は情けなさに歪みつつもはっとした表情を見せた。此処は恥を忍んで頼まなければならない。さもなくば賠償が皿洗いだけで済む筈が無いのだ。

「ちょ、ちょっと待ってて。もう一個財布持ってくるから」

 そういうなり慧卓は人質の財布をテーブルに置いて、店外に居るアリッサの元へと向かう。殺気の混じった乙女の視線を末恐ろしく想像しながらも、慧卓は店のドアを開いた。







「まぁそう硬くなるでない。楽にしてくれ」
「は、はい」
「・・・」

 寒くなった懐と、冷たい視線に竦んだ心を伴って、慧卓は王都の宮廷に設けられた執政長官の厳格な執務室に入っていた。カーテンがぴしゃりと閉ざされており、陰影定かならぬ面持ちをしてレイモンドが見詰めてくる。それ自体にも中々の威圧感があるのだが、彼の隣に佇む金髪碧眼の美少年の睨みもまた威圧的であった。本人がそう望むまいと、慧卓から見ればそれは主人の気を惹こうと格好をつけるかのような態度である。 

(なんか犬っぽい子供だなぁ)
「君を此処に呼んだのには実は訳がある。というより、理由失くして呼んだりはせん」
「はぁ・・・結構大事な用事だったりします、それ?叙任式に関係があるとか」
「・・・少し違うな」
「あれま」

 レイモンドは横広のマホガニー製の机に肘を突いて指を組み、その上に顎を乗せた。億劫気味な口調で彼は始める。  

「確かに叙任式を八日後に控えているし、準備もとんとん拍子で進んでいる。問題は無い。だがな、国王陛下の気紛れが出てな、それよりも早くに王都に祭りを開きたいと仰せになられたのだ」
「はぁー・・・。邪推するに、そのお祭りは誰かの栄誉を祝ってのものでしょうか?・・・例えば異界の人間とか」
「自惚れも程ほどにしたら如何です?私達から見れば、貴方の価値なんて塵のようなものなんですよ」
「これ、ミルカ」

 窘めに口を尖らせる少年。ミルカというこの少年はいたく慧卓の事を嫌っているらしい。何ら接触も関係も無い内に強い反感を受けた慧卓は、困ったように口角を横に広げた。
 レイモンドは慧卓の言葉に乗って続ける。

「仮にそうであっても、臣民が喜ぶのはお前ではなく、クマミの方だろう。騎士アリッサとハボック大隊長に加えて、三十年前の戦争における英雄、クマミ殿もまた叙任式にて栄誉を授かる予定となっている。公私と貧富を問わず、臣民にとって非常に喜ばしい事だ。・・・君については・・・一部は喜ぶだろう」
「一部であっても俺には充分過ぎます。俺を受け入れてくれる方々が居るって事ですから。これ以上の喜びはありません」
「・・・まぁそういう訳で宮廷は大忙しだ。以前お前が発案した『ロプスマ』での祭事を参考にして計画を立案している所だ。だが問題はこれだけではない。・・・ミルカ、例のものを」
「・・・どうぞ」

 ミルカはかつかつと靴を鳴らして歩いて慧卓にやや厚めの書類を渡す。ちらりと、ミルカが慧卓を窺った。

「ふっ・・・」
「は?」

 嘲るような鼻笑いを零してミルカは元の位置に戻っていく。何を馬鹿にされたかは知らないが、偉く挑発的な態度である。執政長官の咎めの視線をミルカは受けるも、それをすらりと受け流して悦に入った面を零していた。
 レイモンドは何も言わずに慧卓へ視線を戻す。慧卓は書類に目を通して、そして悩んだ。

「・・・すみません。この世界の文字は一応勉強しているんですけど、細かい単語の変化や専門的な知識を伴った言葉はまだ分からないんです。宜しければ、中身を説明していただけますか?」
「成る程な、では説明しよう。祭りが行われるのは七日後であるが、正に同じ日に、神言教の教会では『拝礼の儀』が執り行われる。信者達が跪き、主神に対して信奉の言葉を捧げる儀だ。これに際して数多くの儀礼用の道具や、古くから伝わる遺物が運び込まれている。
 ・・・常は教会に好意的な立場の文官を派遣して作業を手伝うのだが、今回ばかりはそれも適わん。よって、遺憾ながらも一般の兵士達を動員してそれを手伝わせる予定だ。ケイタク殿、貴方にも手伝って戴きたい」
「あ、あの、手伝うってどんな事を?」
「なに簡単だ。物品がちゃんと運び込まれて来たかチェックするだけでいい。場所は聖鐘の裏手にある二階建ての建物だ。今渡したものの、二項以降にそのリストが書いてある」
「だから俺読めないって・・・ってか拒否権とかーーー」
「ああ、それ無理ですから」

 抗議の言葉を遮るミルカ。にやにやとした笑みで彼は続ける。

「だって私がもう話を教会側に伝えてありますし。教会の警護任務もついでに受けておきましたから、二人で頑張りましょうね」
「こいつ腹立ちますねっ・・・!体毛を一本一本油で燃やしてやりましょうか?」
「やめんか、二人とも。当日は職務上顔を合わせる身なのだぞ、少しは仲良くせい」
『チッ・・・チッ・・・チッチッ・・・チッ!チッ!』
「舌打ちで戦争をするな」

 指で作った皿に顎を沈めてレイモンドは呆れ顔で若人二人の喧嘩を見詰めた。舌を鳴らす鍔迫り合いを止めた二人は視線で物を言っているようだ。最近は初夏に関わらず冷たい日々が続いているのだから、屋内にまで寒々とした空気を放たないで欲しい。そう思いつつも止める気が沸いて来ないレイモンドは二人の睨み合いを他所に、書簡を広げて職務を始めていった。




 茜色の線状の光が、王都に夕刻の到来を告げる。煌びやかに染まる王都の街並みは常の通りに壮麗である。その街並みを背に、或いは太陽の光を反射するように物を翳せば、それは何時も以上の輝きを放つだろう。掌の血潮、或いは宝飾品でも。

「おっほっほっほぉぉ!これはいいものだ!いいものだ!」

 細い手の中に反射するのは、帆船を象った小さな模型である。帆の三角加減や船首の女神像の淡い笑みに至るまで微細な趣向を凝らしており、一級品に相応しき繊細さと優美さを兼ね備えていた。だがそれを見上げる女性にとってはそれは大して重要な事ではない。重要なのは、その外観全てが金色に染まっている事だ。それが西日を浴びて輝く様は、正に黄金色の泡沫のような刹那の美しさを持っているといえよう。

「見て下さいよ、御主人!金ぴかですよ、金ぴか!わぁぁ、すっごく綺麗!」
「あんまり乱暴をすると価値が無くなるぞ」
「大丈夫ですってそんな簡単に壊れたりしなーーー」

 瞬間、バキッと、美しき風景に無粋な破壊音が流れる。マストが半ばより折れて、左の親指と人差し指の間に挟まっていた。感触を確かめようとした瞬間にこれである。船体がかなりの完成度を誇っていただけに、この大規模な損傷はその価値を大きく損なうものといえよう。
 事故の発起人である女性、パウリナは分割されたその船を力無く下ろして屋根の上に乗せた。一仕事の後の開放感が虚しさへと変わった瞬間であり、露出度の高い服の上に纏った黒の外套と、紫の頭巾が力無く揺れていた。猫耳が生えていれば、それはしゅんと垂れていたであろう。主人であるユミルの視線が背中に痛みを走らせる。

「・・・はいー、じゃぁ次ぃ次ぃ」
「おいこれ・・・」
「い、いいんですよ!まだ盗んだ物はたっくさんあるんですから!わーこれもいい金細工だなー。高く売れるだろうなー」
「それ金メッキ」
「まっさかぁー。そんな訳ある筈ーーー」

 パキッと、再び軽やかな破壊が奏でられた。今度は紅葉の形をしたブローチであり、中央の葉脈の部分から真っ二つに裂けている。貴金属とは無縁の茶褐色の中身が覗いていた。居た堪れぬ視線を届けるユミル。

「・・・えいっ」
「あ」

 パウリナは軽やかな声と共に裁断されたブローチを宙へと投擲する。赤い陽射と緩い風を受けながら金色の葉はひらひらと二つの軌道を描いて、直ぐに陰に染まった街並みへと落ちていった。

「・・・御主人にも助かっていますよー。昔よりも楽に盗みをしやすくなってますからね。お陰で見て下さいよっ、この金貨の数々を!超キラキラしてますよね!!」
「ああ、そうだな・・・」

 パウリナは盗品を入れた袋の口を開いた。中からは満月のような形状をして、『マイン王国の更なる繁栄を祝賀する』という文言が書かれた、茜色の光輝を見せている金貨が覗いていた。十枚程度だが。

(もしかしてこいつ・・・盗む相手を選ぶセンスが無いのか?) 

 力無い乾いた笑みを零して瞳を困らせるパウリナに対してユミルは思う。そうでなくば今頃自分達はこの程度のものではない、真の価値を有した宝飾品と貨幣の小山を担いでいるであろう。本業が盗賊でないユミルとしては甚だ不快ではあったが。
 パウリナは袋を屋根に置いて、打って変わってからからとした笑みを浮かべて懐の内を探り始める。気持ちを直ぐに切り替えるのがこの娘の取り得であるようだ。

「んじゃぁ次の盗み場所を教えましょうっ!」
「お、おいちょっと待て!俺の用がまだ始まってもいないーーー」
「でも唯の人捜しでしょう?盗みの片手間でぱぱっと片付くかもしれませんって!内壁の外側は粗方探して見付からなかったんですよ?此処は内壁の内側ですから、人も限られてきますよ」
「・・・何故だろうな。日を重ねるうちにお前という女にどんどんとむかついてきた・・・」
「それも気のせいですって!慣れれば諦めるようになります!」
「熟年夫婦じゃないんだぞ」
「じゃぁ次の場所を教えますねっ。次はぁ・・・」

 抗議の声をさらりと受け流して、パウリナは懐から一枚の紙切れを取り出して広げてみせる。壮麗な金色の表題が踊っている。

「じゃんっ!此処です!!」
「・・・教会の、『拝礼の儀』?」

 愛くるしさを感じさせる可憐な笑みを見せるパウリナが提示したのは、一種の勧告書であるらしい。教会の枢機卿から教会に密接に関係する信徒達、そして神官達に宛てたものであるらしい。
 詳細を約すと、以下の通りとなる。『一週間後の拝礼の儀には王国内から集めた遺物や古物を公開する予定であるため、余暇を持て余す者が居れば是非にもその搬入作業に協力されたし。搬入作業は前日の朝方から夕刻にかけて行う予定。尚、これは慈善事業の一つであるため無理な協力は要請しないものである』。

「・・・教会の宝飾品か」
「狙っているものを正確にいうと、此処に持ち込まれる遺物の一部ですね。教会の手中にあるだけあって小さな石像や儀礼用の衣装だったりが多いんですが、中には儀式そのものには使わないであろう、儀礼用のアミュレットなんかも持ち込まれたりするんですよ!」
「何故そんな事を知っている?」
「神官を買収しましたけど、なにか?」
「屑・・・いや、続けろ」
「どもども。んで、なにやら最近妙に宮廷の方でも騒がしくなってるようですよ。馬車や人の行き来が激しくなってますから。多分近いうちに何か大きな催し事をするんじゃないかって私は読んでいるんです。必定、教会側に宮廷の手が回らなくなる」
「成程。つまり役人や警備の目が緩んでいる隙に・・・」
「えぇ、光物を頂きます」

 悪戯っ気のある口調で物騒な言葉を紡ぐパウリナ。不敵な瞳には先の失敗を挽回しようと心を燃やす、一人の盗賊としての強かな矜持が窺えており、彼女の決意の程を見て取れた。パウリナは何処に仕舞い込んでいたのか、何処からともなく大きな袋を取り出してユミルに押し付ける。

「と、いうわけで御主人。これちょろまかしてきたんで、早速着替えて下さい。御主人用に調整してますから」
「・・・これはなんだ」
「教会の遺物搬入を手伝う神官の服装ですよ。当日は御主人が中に潜って、内側から手引きしてもらいますから。さぁさぁ早く!」
「・・・帯剣は許されるんだろうな?」
「どっかに隠して下さい」
「・・・なんなのこの子」

 納得のいかぬ様子で頸を傾げるユミルを無視するかのように、パウリナはまだ見ぬ宝玉の重みと美麗さを想像してか、愉悦色の笑みを見せて聖鐘の方を見詰めた。
 頭三つ抜きん出て聳え立つ鐘の直ぐ傍らに教会は立っている。白煉瓦の整然とした外観のそれは夕暮れの赤味を半身に帯びて、その背中を聖鐘の方へと隠している。内に秘めたる財宝の存在を誇示するかのように外壁を輝かせているのを、パウリナの猫のように窄まった瞳は確りと捉えていた。 






 日が落ちて、空に深海の蒼がみっちりと覆い被さる時刻。夜空に轟くのは虫達の求愛の合唱と、野良犬の遠吠え、そして酒乱共による意味の無い罵声だけであった。それももう少し時が経てばすっかりと寝床に潜まるであろう。 
 一方でそんな夜にこそ眠りに就かず、遊びに興じる者達も居る。此処、『キールの麦』という名の宿屋でもその光景が見られていた。一階では遅まきの酒飲みが、二階の一室ではトランプ遊びが。

「諸君っ!喜び給え!決行の日取りが決まったぞ!!!」
「ホラ、ジャックのフォーカード」
「ビーラ。それはダウトだ」
「・・・俺の負ケカ。中々どうして観察力ニ優れる奴ヨ」
「ふっふーん。盗賊稼業この道ウン十年の俺を舐めないでくれよ?人と物を選ぶセンスだけは良いからねぇ。だから俺の股間のダガーもまだ錆び付かないでいられる。あんたもどうだい、一緒にセンス磨かないかい?」
「私のダガーは上質ナンダヨ」
「聞き給え”ぇぇ、諸君”っっっ!!」

 寝台に胡坐を掻いてライアーダイスのカード版に興じていた二人は、醒めた視線でその声へ振り向いた。窓縁に腰掛けて瞠目している青年、チェスターは二人の仲間の呆気の無い態度に怒っているようだ。

「どしたい、棟梁。そんな涙目になって。失恋でもしたのかい?」
「そ、そんな下世話な事じゃない!もっと大事で、肝要な事が決まったんだと言っているのだ!私にとっては天地開闢よりも重大で且つ大いなる意味のある事でーーー」
「はいはい、理解してますよー。王国再編大変ですねー」
「・・・お前ノダガーは粗末ダナ」
「ぐぅっ・・・」

 ぎりっと歯噛みして無意識の内に憎悪の篭った視線を返すも、ビーラはトカゲの肌をぽりぽりと掻くだけである。寝台に撒き散らされたカードを掻き集めながらアダンは問う。

「で、何時決行するんだよ?」
「ふ、ふふふっ!聞いて驚き給え諸君っ!決行日は七日後の昼時!『拝礼の儀』が行われるその瞬間に地図を盗み出すぞ!!」
「・・・なんでその日なんだ?」
「当日行われる儀式には礼拝中の警備のために人員が何時も以上に割かれる。よって地図がある聖鐘の警備がある程度緩くなり、地図の奪取がより容易となるのだ」
「どうやってヤル心算ダ?」
「計画はこうだ」

 ごほんと、わざとらしく咳払いをしてチェスターは表情を引き締めた。寝台の二人もカードを片付ける傍ら、話を傾注する用意を整える。

「先ずアダン殿とビーラ殿。二人は教会に近い区域で何かしら騒ぎを起こして頂く。どんな中身を伴っても構わないが、大事なのは出来るだけ長い間教会と聖鐘と警備する連中の気を引く事だ。そうでなくば奴等の意識の網を掻い潜る事など出来ん。
 騒ぎが起これば、彼らはその状況を確かめに行くだろう。その隙を狙って、私が聖鐘へと侵入する」
「・・・実に簡易ダナ」
「目的物の在り処が分かっていなければもっと細々としていたのだが、今回はそうでもないのでね。割と簡単に計画が立てられたよ」

 チェスターは壁際に立て掛けていた樫の杖を手元に引き寄せて、それをころころと手中で転がしていく。三叉に別れた杖の先端、其処にすっぽりと填る形で赤い宝玉が収まっている。
 
「私は聖鐘へ続く道の警備兵らを鎮圧、二重の落し戸の中にある地図を奪取。そしてその場を離脱し、教会西側に流れる小川へ真っ直ぐ向かう。廃屋の裏に船を泊めているのさ。
 君達も充分時間を稼いだら其処へ向かって欲しい」
「・・・逃亡は兎も角トシテ、盗みガそんな簡単ニ行くトハ思えないのダガ。お前、それを成し得ル実力ガあるノカ?」
「信じ給え。私は教会騎士であった頃は指折りの騎士だったんだぞ。媒介装備さえあれば破壊魔法も扱えるさ」
「・・・どんな感ジだ?」
「ふふっ」

 不敵に笑みを零したチェスターは杖を半ばほどに持ち、壁に目掛けてその先端を軽く振ってみせた。瞬間、宝玉が淡い光を伴いながらその光沢より拳大の火の玉を放出した。火は勢い良く宙を駆けて壁へ直撃し、火の粉を盛んに散らした。
 
「ざっとこんな感じだね」
「・・・驚いた。魔法をまともに見るのは初めてだ」
「教会の隠匿体勢の賜物さ。初見の人間ならば訳も判らぬ内に斃されるだろう。聖鐘を守る警備兵は皆雇われの人間、どうって事はない」
「一応私ガ使役しているあの男ヲ向かわせようカ?役ニ立つゾ」
「御厚意だけ受け取ろう。この立派にして重みのある責務は、計画の発起人である私、チェスター=ザ=ソードが全うせねばならない!況や王国の在り方に大いなる楔を打ち込めるのであれば、これは私一人でこそ成就すべきなのだ!
 ・・・それに、君等に余計な負担を掛けさせるべきではないからね」

 ふと湧き出た言葉はチェスター自身、予期のつかぬ言葉であった。短い付き合いと割り切る心算であったが、案外にもこの三者での行動に親しみを覚えていたのか。予想だにしない感情によって、妙な顔つきとなってしまう。
 その気持ちを理解してか、アダンは何も言わずに小さく首肯を返す。ビーラもまた満更でもないような面持ちになりつつ、言葉をかけた。

「フン。棟梁ガそう言うのならば従おウ。ところで一つ気になっていたんダガ」
「何かね?」
「あの炎、何時まで燃えているンダ?」

 翠色の指先が見詰める方向へと皆が目を向けた。キャビネットの上が、燃えている。正確には、その戸棚からはみ出た衣服の一部が引火している。皆が沈黙する中、火災はばちばちと音を一つ立てた後、一気に轟々と戸棚の内側から火を吹き始めた。中の衣類が完全に火の種となり、今ではキャビネットそのものが火の種となってしまった。

「みみっ、み、水っ!!水を持って来給え!!」
「おいチェスター!!火は出せるのに水は出せないのか!?」
「教わっていないんだ、馬鹿者!!水の精製は高等技術なんだよ!!」
「ホレ、水差しダ」
「足りる筈が無いだろ!?バケツで水を取って来給えぇぇぇ!!!」

 甲高き悲鳴が『キールの麦』に響き渡り、二階の窓から流星のような明るみが毀れ出ていた。程無くしてその騒ぎは建物中に伝播し、宿屋全体に寝床には似つかわしき剣呑として活発な空気が覆い被さり、正に肝を冷やすかのような消火活動が始まっていった。
 この事件の後、明るみも白々しき頃に三者が宿屋を叩き出されたのは語るに及ばぬ話であった。

 
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