王道を走れば:幻想にて
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第二章、終幕:初旅の終わり ※エロ注意
前書き
薄いエロを交えて、第二章は終了と相成ります。
プレイ一覧:風呂場、手淫、身体への接吻、陰部の押し付け
『総員、気を付けぇぇっ!!!!!』
凛とした小隊長の大声に続くように、ハボックが威厳ある顔付きで石壇に上る。重厚な見た目の鋼鉄の鎧と深い黒に染まったマントが、此の日此の時に、更なる泰然さを彼に与えていた。
ハボックは後ろに手を組み、兵達を悠然と見渡す。
『諸君。王国に忠を為す、誉れ高き討伐兵諸君』
演説は落ち着き払ったトーンで始まった。冷静さを孕んだそれはそれでいて自然と腹に力の篭ったものであり、雑音ひとつ紛れない広場によく通るものだ。兵達の背筋はそれを聞いてか弛み一つ見受けられず、ぴんと筋を張っている。
『山賊の暴挙を正すべく、鉄刃を帯び、厚き鎧を纏う兵士諸君。係る任務に際し、諸君らは見事にその任を為した。諸君らの奮闘の甲斐あって、悪しき所業を積み重ねた忌まわしき山賊団は壊滅した。諸君の誉れ高き武勲により、王国の臣民は安心と誇りを抱き、王国の名誉は一段を高まるであろう』
兵達に対する信頼と確信に満ちた言葉。同時にそれは王国に生きる尊き臣民を守るという、王国兵の矜持を通じて、彼らの魂に厳かに伝わる言葉である。
『天におわす主神の御加護を、主命を、諸君らは見事に全うしたのだ。悪しきに糧を貪るべからず、信仰の麦を育てるべし。敬虔なる諸君らの主神への信仰は、疑いなく天上の主神の下へ届き、遍く王国を照らす光となろう』
幾人かの兵士がそれを聞き、胸震わすものを感じたのか表情をぐっと引き締めた。慧卓は彼らの鎧の内に、この世界では到底見られぬであろう十字架のロザリオを幻視する。
『同時に私は、再び異界より顕現された二人の戦士、クマミ=ヤガシラ殿と、ケイタク=ミジョー殿に感謝をせねばならない。御両名の活躍により、山賊の砦は無力化され、山賊団の団長は地に伏せた。私ハボック=ドルイドは王国兵を代表して、両戦士の勇気と武勇に対し、深き謝意と敬意を抱くものである。・・・有難う御座いました』
壇上よりハボックが両名に向けて軽く一礼をする。馬上のままに、二人はそれに向かって礼を返した。
ハボックがひしと表情を引き締め、瞳に僅かな愁いをこめて続ける。
『・・・そしてこの任務に際し、我等は哀惜の意を表さねばならない。ロバルト=フォン=ブルーム、ウージン=マクドナルド、ジェフ=ランカスターの三名は果敢にして見事な最期を遂げた、当に王国兵の鑑ともいえる者達であった。私は諸君らの心を代表し、此処に心より追悼の念を込める次第である』
慧卓は口端を僅かに開き、驚きの息を静かに零した。あの場において慧卓の咄嗟の機転によって戦況が一気に且つ敏速に転換したが、しかし戦場ゆえに、確かに戦死者が出ないというのは不自然なものといえるのであろう。味方の死の臭いに気付きもしなかった事に、慧卓は後からではあったが情けなさを感じてしまい、ハボックより視線を逸らしてしまう。
ハボックは胸を大きく膨らませ、小隊長に負けぬ劣らぬ、大きな声を吐いた。
『兵士諸君!誉れ高き王国兵諸君!!・・・任務、御苦労であった。これにて、鉄斧山賊団討伐隊を、此処に解散する』
『総員っ、敬礼っっっ!!!!!!』
蛮声轟き、兵士等は皆揃って、左手を胸に当てて軍歌をかっと鳴らした。勇壮たる雰囲気を漂わせる幾百人の兵達が一糸乱れぬ動作で礼を決める様は、瞬く間に慧卓の心中を感動の波でどよめかせるものであった。なまじ趣向が軍事モノに偏っていただけに、その感動は正に一入といったところであり、瞳がきらきらとするのも無理もない話である。
小隊長が再び、号令を咆哮する。
『右向けぇぇっっ、右っ!!!』
討伐軍が整然としてばっと右にならう。
『前に進めぇぇっっ、前っ!!!』
鎧を鳴らし、軍靴を響かせながら兵達が最後の行軍をしていく。その悠然たる様子を暫し眺めて後、ハボックは壇上より降りて彼らの後に続いていった。これから施設に戻って御小言を言ったり聞いたりでその後で本当の解散となるのだろうと、慧卓は遠足のノリで考えていた。
軍を解散した以上、最早馬は必要ではない。慧卓と熊美は兵に馬を預けて、同じく馬を従者に預けたコーデリア王女に話し掛けていた。
「王女殿下、此の度は誠、御疲れ様で御座いました」
「お気遣い有難う御座います、クマミ殿。貴方々も此処までの遠路、本当に御苦労様でした」
「王女様。此処までの進軍で俺達の事を守っていただき、本当に有難う御座いました」
「私も、深く感謝しております。殿下の御威光と王国兵の勇猛さが無ければ我等二人、道半ばにて魔獣の餌食となり、今頃は冷たき土に還っていた事でしょう」
「御謙遜なさらずに、クマミ殿。寧ろ我等こそ二人に感謝せねばなりません。ドルイド殿の言うとおり、私共は此度の任務で貴方々に深い謝意を抱いているのです。改めて此処で言わせて下さい。・・・本当に、有難う御座いました」
優しげに笑みを零して礼を述べるコーデリアを見て、慧卓は誇らしげに小さく笑みを零した。そのうら若き様子を遠目からアリッサが眺めていると、一人の女性が彼らに近寄ってくるのが視界に映った。裾の長いメイド服を召した、年配の女性である。
その女性は年嵩を重ねた顔に笑みを湛えながら、気後れする事無く王女に話しかけた。
「王女様」
「!クィニ!あの、これは・・・」
「いえいえ、私は咎めに参ったのではありません。ただ無事の御帰還をお喜び申し上げたく、此処に参ったのです。・・・御無事で本当に安心いたしました、王女様」
「・・・ありがとう、クィニ」
「ですが皆に何も告げずに宮殿を去ったのは感心しません。後でお説教ですからね?」
「あぅ・・・」
小さく悲鳴を漏らす王女に慧卓は問う。
「あの、殿下。其方の御方は?」
「あっ。ご、御紹介致します。此方は普段から私の世話をしてくれている、クィニです」
「遥遥異界からよく御越し下さいました。コーデリア=マイン第三王女殿下に付き従っております、クィニと申します。宮廷におきましては、侍従長としても通っております。どうぞ宜しく御願い致します」
澱みの無い綺麗な礼に対して慧卓らもまた一礼を返す。クィニは手を施設の奥の方へと翳して言う。
「話は窺っております、クマミ様、ケイタク様。どうぞ此方へ。遠路の疲れを癒すために湯浴みを御用意させて戴いております」
「おぉ、忝(かたじけな)い。御厚意に感謝致す。・・・それでは王女様、アリッサ殿。私共はこれにて」
「此処まで、お世話になりました」
「ふふ。また明日も、元気な姿を見せて下さいね。それでは、失礼致します」
鎧姿でありながら優雅な礼をしたコーデリアはアリッサの方へと足を向ける。彼女は軽く目礼をした後、コーデリアの斜め後ろに控えるように身を置いて、白く輝く宮殿の方へと去っていった。
「此方へ。御案内させて戴きます」
クィニがそっと手を向ける方は宮殿の方角より僅かにずれた南東部へと向かっている。彼女の後背につくように異界の二人は歩いていく。
だいぶ傾いてきた西日に当たって俄かに茜色を帯びてきた城壁では、鎧に夕焼けの赤を照らした兵達が哨戒をして警備に当たっている。軍施設が集中するという王都北部であるためか、その数は他の区域に比較すると多い方なのだろう。城壁も然る事ながら、街中もまた警備隊とよく擦違うものであった。
(うっは。高そうな鎧だな。あれ何製だ?)
擦違った警備隊長が召した、白金の鎧に目を奪われ、その背に靡く純白のマントにもまた目を向ける。樫の花が見事に咲かれた一品であり、手触りのよさそうなマントであった。
歩き始めて一分も経たたぬ内に、周囲の風景が変わり始める。無個性かつぶっきらぼうゆえに堅牢なイメージが付き纏っていた軍施設が姿を変えて、門付の見事な邸宅が並び立つようになって来た。差し詰め高位に座す軍人の邸宅か。庭中で番犬が欠伸をしているのが微笑ましい。
邸宅の林を過ぎ去ると、クィニは左手の方へ折れて歩いていく。宮殿へと続く裏口であろう。長屋のような家屋が入ってすぐの場所に置かれている。
「此処は宮殿の裏門に御座います。王家に仕える従者や使用人は此方の長屋にて生活をし、宮殿の方へ通うのです」
クィニの言葉を聞きつつ、三者の足はひんやりとした宮殿の石畳を踏みしめていく。唐紅の光が西から注ぎ、地表に赤と黒の光陰を描いている。三者が歩いているのは一つの回廊である。何も無い中庭を囲むように庇を被った石柱が立ち並んでいる。
立ち並ぶ石柱の陰に身を置くように歩いていると、中庭にて絢爛としたローブを着た二人の者が慧卓等を見やり、囁きあっていた。
『あれがそうか?』
『うむ。伝説に相違ない巨漢だな、クマミ殿は。流石羆の異名を取るだけある』
『して、隣の者が件の若人という事か。なんとも、脇に隙がありありと見える稚児だな。野狼ですらもう少し凛々しいものを』
『然り』
(・・・むず痒い視線だなあ)
気を紛らわすようぽりぽりと指の腹を合わせて擦る。
回廊を奥へ奥へと進んでいくと、仄かに熱篭ったような空気が流れてくる。その空気は、クィニが案内した二枚の扉の向こう側より流れているようであった。
「此方にて、湯浴みを御用意させております。ケイタク様は、左手の方へ。クマミ様は、右手の方へとお進み下さいませ」
「はぁ、個人個人で別れるんですか・・・分かりました」
「じゃ、後でね」
男湯ならば混浴で良かったのにと慧卓は思いつつ、扉を開けて中へ入ると其処に緩やかな階段が続いていた。階段を下りて進むともう一つの扉が。頸を傾げて其処を開き、慧卓は硬直する。
「御待ちしておりました、慧卓様。本日は私、侍女のリタが、御奉仕させて戴きます」
「・・・・・・ぉぅ」
慎ましき美しさを顔に乗せた、金髪碧眼の美人が其処に居た。一枚布の白い外套を身体に巻きつけ、右肩あたりから先を露出している。即ち潤いのある腋の部分に加えて麗しき双丘のうち片方のほうは、側面が僅かに見えてしまうのだ。外套は繊維がキメ細やかなのであろう、美しき光を放っているようにも見え、心なしか女性の肉体を強調しているようにも見えた。薄暗い街角にひっそりと佇めば、純潔の花園の如きその女性に男達は己の夢想を押し付けるだろう。
リタと名乗った涙黒子の女性は、一つ瞬きを挟んで言う。
「如何なされましたか、ケイタク様?・・・まさか私、御不快な思いをさせてしまわれましたか?」
「いやいやいやっ、そんな事は無いですよ!?唯吃驚しただけですからっ!!いきなり綺麗な美人さんが現れて御奉仕だなんてそんな・・・」
慧卓は半笑いを浮かべて弁明する。その笑み、驚愕も無論入っているが一縷の淡い期待もまた入っているのをリタは見抜く。
「・・・成程、そういう意味で捉えてしまわれましたか。ですが申し訳ありません。その手の御奉仕は侍従長より、『その手の行為は無碍に御体を疲弊させてしまうため硬く禁じる』との御言葉がありますので。どうぞご了承下さいませ」
「えっ!?あっ、そうなんだ・・・なーんだ、はははは・・・はぁ・・・」
嘆息する慧卓を他所に、リタは一つの籠へと手を向けた。
「御召しになられている衣服等は此方にてお纏め下さいませ。準備が出来ましたらどうぞ中へ。先にお待ちしております」
そう言って彼女は部屋の奥の方、湯気が立ち込める扉の向こう側へと姿を消した。
「・・・脱がしてくれないのね」
慧卓は僅かに開けられた口から空気を零しつつ、いそいそと服を脱ぎ、棚の上に置かれた籠の中にそれを積んでいく。
動作は迷いの無いものだが、表情はいたく真剣なものだ。突然舞い降りた驚愕のイベントを前にして、緊張で胸中に太鼓が打ち鳴らされている。
(落ち着け、慧卓。落ち着くには?自分に言いつけろ。・・・私はクールです。クールな男子です。堂々としなさい。奉仕大好き、ビバクールビズ)
自分で思ってて理解不能である。だが少なくとも、無駄な期待を抱くような浮かれ気分で居る事は無くなった。
これは唯の湯浴み。身体の垢を取るだけの単純な水浴び。慧卓は清潔な腰布を巻きつけてから扉の向こうへと進む。
その先に広がっていたのは広々とした浴槽であった。丁度部屋の中央に浴槽が置かれ、二段の階段を周りに囲んでいる。床に敷き詰められたタイルは、一枚一枚が白く磨きぬかれた大理石である。タイルとタイルと間の溝には熱い水滴が通い、タイルに一粒の煌きを添えていた。
浴槽の傍にリタが、これまた肌触りのよさそうな白いタオルと、細長い一つの瓶、そして小さな鉤のような見た目をした木製の道具を持って控えていた。
「ケイタク様、此方へ。先ずは身体の垢を取らせて頂きます」
慧卓が浴槽へと進み、階段の上に腰を下ろす。リタが瓶の蓋を取ると薫りの良い油の匂いが漂ってきた。
「失礼します」
「っ・・・」
リタはそれを慧卓の肩先から垂らし始め、自分の柔らかな手を使って慧卓の身体に塗りこめていく。ねっとりとした液体が柔和な手付きにより薄く広められる感触は、なんとも奇妙で、そして心地の良いものである、筈だ。何故なら慧卓は緊張どころでその心地良さを味わえていないのだから。
「どうぞ、心を緩やかに。肩を張り詰めては、湯浴みの醍醐味を損なわれてしまいます」
「あああ、あのですね、これ結構恥ずかしいやら緊張するやらで、醍醐味とかそんなレベルじゃーーー」
「どうぞ、緊張なさらずに、ケイタク様」
「・・・頑張ります」
膝に手を当てて頭を俄かに垂れる。その間にもリタは奉仕を続けている。
油の塗りを終える。次はそれと一緒に肌に付着した汚れを落すように、木製の鉤を用いて慧卓の肌を掻き始めた。むず痒い感触に瞳が僅かに開くが、慧卓は堪えてリタとの会話を愉しむ。
「・・・意外と引き締まった身体をお持ちで。幼少の頃、鍛錬の御経験がありましたか?」
「え、えぇーっと、ちょっと昔に、よく山を踏破したりしていました・・・はい」
「まぁっ。私の弟も、昔から自然を駆け巡るのが大好きで、今でも王国を鋒鋩と歩いて周っているのですよ」
「へぇー。侍女さんの弟さんは、御職業は何に就かれているのですか?」
「地図の製作業です。お国の方から仕事を一任してもらえるほどご信頼を頂いてるのです。最近は連絡が取れておりませんが、でも元気でやっているようです。何処かでお見かけしたら、どうぞ声を掛けて下さいまし」
「はい、喜んで掛けさせていただきます」
それを機として、会話が続かなくなる。何か次の話題を探している間にも、リタは手早き手の捌きで慧卓の背面に付着した油が描き終えた。
彼女は瓶と道具を片手に前へと回り込もうとするのを見て、慧卓は流石に焦る。
「っ、あの、前は自分で出来ますから...」
「ケイタク様。どうぞ私に恥を掻かせないで下さいませ。一人の侍女として、奉仕をさせて戴く方のお手を煩わせるのは職務を完遂できぬ者としての恥であります故」
「あっ、はっ、はい、すいません・・・じゃぁ、お、お願いします」
リタが慧卓の前へ腰を下ろし、甘やかな傅きを始める。油を慧卓の身体に塗してそれを手で広める。肩先から垂れ始めた油が胸を伝い、臍の方へと垂れる。それを追いかけるようにリタの細やかな手付きが蠢き、肌をびりびりと刺激してしまう。
膝を突くリタは若干前屈みとなっており、リタの細い愁眉から涙黒子、そして僅かに覗く胸元の谷間に至るまでつぶさに視界に映ってしまう。慧卓は視線をやり場に困り、思わず瞼を閉じる。だが一度見た妖艶なものがなだらかな手付きとともに、自然と慧卓の頭の中に過ぎっていく。
(仄かに、甘い香り・・・白い肌。綺麗な顔立ち・・・)
「っ、これは・・・」
リタのどよめきを受けて慧卓は視線を戻す。丁度、膝を突いた彼女の胸元辺りに、びんと男の一物が布越しに屹立しているのがわかった。
「・・・その、これは自然現象というか、表裏一体の理というか・・・」
「・・・一先ずは油を落させて戴きます」
リタは静かな表情を崩さず、木製の鉤にて慧卓の汚れを落していく。気まずげな沈黙が漂い、両者は言葉を伏せたままに油の薫りを受け入れていく。
「さぁ、湯の中へ」
「・・・はい」
慧卓はリタから視線を逸らしたまま張られた湯の中へ身体を忍ばせていく。湯気の熱気に当てられ続けてか、それほど熱くは炊かれていないのか、湯の中へ入るのに抵抗は無かった。
世界に問わず、その中でほっと息を吐く事のなんと心地良い事か。心中の緊張を解けさせようとする彼の目端で、リタがするすると己の外套を脱ぎ去ろうとしていた。
「えっ!?あの、侍女さんっ!?」
「なにか?」
「なんで、何故に脱ぐんですか!?」
「これも御奉仕で御座います故、どうぞお受けになって下さいまし」
「はっ、はぁ・・・分かりました・・・」
押し切られる形の慧卓を他所に、一枚布がさっと地面に落され、艶麗な女体がその全てを慧卓に見せ付けた。
(これは目に毒だっ・・・劇毒ものだ!)
流れる川ような歪みの無い流麗な腰つきに、綺麗に小さな三角に整えられた神秘の花園、それが慧卓の視界の先ず入ってきた。上に目を向ければ臍の穴があり、僅かにではるが肋骨が浮き出ている。更に上には掌ほどに収まるであろう慎ましき双丘、赤らんだ突起がある。その丘の間から此方を窺うように、リタの涼しげな蒼い瞳が映し出されている。
「・・・始めに申し上げますが、これはあくまでも奉仕であります」
「えっ、ええ!知っています」
「ですから、肝心の所までは致しませぬが・・・其れなりの事はさせていただきますね」
「?それどういう、っ!?」
リタは慧卓がたじろぐ好きに己もまた湯船に浸かり、慧卓にたわわとした己の肉体を押し付ける。そして迷い無く、屹立した慧卓の一物にそっと触れた。
「・・・本当に、逞しい・・・」
力を込めず、まるで猫をあやすかのような軽やかな手付きで慧卓の男根を撫で摩る。唐突に陰部に走り始める刺激、そして半身に寄り掛かってくる柔らかな重みに慧卓は息を詰まらせた。
「だっ、駄目ですって・・・こんなの・・・」
「いいえ、これは許されております。だって・・・御奉仕ですから」
過度に淫らさを求めぬ淡々とした行為。まるで心を殺したかのように微動だにせぬ表情のままリタは慧卓の性感を呼び覚まそうと、声色を艶やかに使う。
機械染みた怜悧な女性に奉仕を受ける背徳感にそそられたのか、動揺を受けたままの心とは裏腹に、慧卓の陰茎は硬さと熱を徐々に帯び始めている。リタは掌を躍らせながらそれを認識し、鈴口を指の腹で摩りながら言う。
「それに、此処は大変悦んでおいでではありませんか?・・・濡れてきていますよ」
「それはその、こっちに来てからというもの、こういう機会に恵まれなかっただけで・・・って何言わせてるんですか!」
「ふふ・・・初心な所が残っている方というのも、良いものですね」
言葉で笑みを零すも口端はぴくりとも動かない。リタは己の桃色の唇を一舐めすると、慧卓の頬に舌を這わせた。びくりとする慧卓を他所にリタは舌による愛撫を続ける。産毛の生えた頬を舌で舐め、熱帯びて紅潮している耳朶を唇で吸う。
「んちゅ・・・可愛い・・・」
慧卓の聴覚を、今までに無い距離で震わせるように艶治な声を漏らすリタ。鼓膜が震えて背筋が震えて、序でに肉槍もまた反応をしてしまう。性技に及ぶ女性特有といってもいいであろう、ろうたけた香りが慧卓を惑わせ、胸元辺りに感じる輝くような秀峰の感触に理性がたじろぐ。ぴちゃぴちゃと湯が弾む音が心臓の早鐘を代わりに告げる様であり、息が荒げてしまう。
奉仕の手付きは慧卓が意識するところ、徐々に複雑で、そして卑猥なものに変じていく。付け根の辺りから人差し指を這わせる。精嚢の間の皺を辿るように。裏筋に爪を擦らせるように。それを幾度もさせながら他の指は強弱の変化を併せ持ちながら、滾る肉槍を揉み解し、その先端から汁を零そうと励んでいる。鈴口からびくびくと漏れていく先走りの汁が湯に溺れていった。
リタは奉仕の舌を頬から慧卓の唇へと向ける。口端から感じ始める滑らかなものに、慧卓は硬直から解き放たれたかのようにぱっとリタの肩を押して、彼女をつき放す。
「其処だけは駄目です!!」
「・・・何故でしょうか」
静かな問いに一種の圧迫感を感じる。逡巡して言葉を選びながらも慧卓は、己の道義を語る。
「・・・勝手な物言いですみませんが、此処は、俺が心より惹かれた人に捧げたいんです。あって間もない方と、唯一度の成行きで捧げるべき所ではないと思うんです・・・ですから貴方とは接吻を交わせない。・・・御免なさい」
慧卓はそっと彼女の肩から手を離し、僅かに距離を置いて座り直す。屹立する一物を抑制せんと気を張っていると、一度突き放したリタがすすと彼に寄り掛かってくる。
しつこいとばかりに再び彼女を突き放そうと肩に手を遣った時、慧卓は己の両頬に手を遣られて視線を合わせられる。氷の瞳は変わらぬが、その均整の取れた頬に仄かな赤らみが沸いていた。
「・・・・・・真摯で、誠実な方。私が侍女でなければ、愛の忠誠を誓っておりました・・・」
「侍女さんっ」
「リタと、お呼び下さい」
彼女は慧卓の手を握り締め、それを己の身体をなぞらせるように下降させていく。肩先から始まる指の旅は、鎖骨の艶やかな凹凸を乗り越えて麗姿な峰の突起を軽く押し潰し、柔和な腹部の谷をそろそろと降りていく。足の付け根から曲った旅は、耽美な花園の中にかぐわう熱いヒダを最後の到着地とした。
「ケイタク様・・・なんだか私、火照って参りました。肢体の奥が、熱篭ってくるかのようで・・・」
「っ、それって・・・」
瞬間、指先を囲むように卑猥な感触と熱が発し始める。無意識のうちにリタの肉壷の中へと指を突き入れてしまったのだ。
リタはをそれを歓迎するように己の身体を更に慧卓へと密着させ、その耳元に淫靡な誘惑を囁いた。
「ケイタク様の好きなように私を弄び下さりませ。私も、精一杯に御奉仕させていただきます・・・」
しな垂れかかるリタの身体は、湯船の中においてでもその熱を直に伝えてくる。生肌越しの相手の心拍すら聞こえてきそうであり、彼女が機械でも氷でもない事を証明してくれた。
慧卓は再び彼女と視線を合わせる。氷のような青い瞳。湯船に揺られるように、その瞳もまた揺れていた。
「・・・分かりました。ですが接吻も、本番も無しです。・・・あ、愛撫だけですからね・・・」
「充分です・・・さぁ、ケイタク様・・・」
理性を蕩けさせるように言葉を紡ぐ。
「私を、好きにして下さい・・・」
「・・・好きにします、リタさん」
最後の一線を越える理性は働くが、それ以外の線は既に跳躍している。慧卓は湯とも汗とも知れぬ滴が伝う、彼女の首筋に接吻を始めた。吸い付くように唇から音を出し、頸の中の血流を辿るように舌先を這わす。
左手は彼女のしなやかな腰に回されて更なる密着を求め、右手の指先は熱篭ったクレパスの中を蠢いていた。迷宮に迷った人のように、初々しくも確実な手付きで周囲の肉壁を擦っていく。
「んっ・・・あ、上手・・・」
快感を漏らすリタの手もまた奉仕の手を緩めない。愛撫の左手は相手の陰部を慰め、その右手は相手の胸元の頂点にある、茶褐色の乳首を捏ねている。
リタは己の恥部に走る快感を受け入れつつも、その拙さに微笑ましき思いを抱く。
「・・・其処は、もう少し大胆でもいいですよ。・・・優しくして下さっているは、身に染みて理解出来るのですけど」
「・・・分かりました・・・こうですか?」
「っ、そっ、そうです・・・ん・・・あぁ、いい・・・」
言葉と共に途端に大胆さを帯びる手付きに、リタの氷の仮面が剥がれかけた。愁眉が悩ましげに寄せられ、唇がぐっと引き締められる。それでもその変化は一瞬の出来事であり、次の瞬間には慣れたように顔に氷が張られていた。
慧卓は僅かに口端を歪め、己の性技をより卑猥に、露骨なものとさせていく。指の動きを緩急つけて動静させ、接吻は大胆さを増して彼女の肌を汚していく。その度にリタの仮面が剥がれていき、可憐でありながらも淫らな女性の美を顕す事が、何よりも愉快で堪らない。
熱き水面を伝う波紋のように、乱れた格好でリタは快感の言葉を紡いだ。
「はぁ、はぁ・・・嗚呼、良い・・・ああっ!!」
毀れ出す息が慧卓の耳を覆い、湯気にもやと煽られる髪の間を通り抜ける。
そうしている間にも、慧卓の左手は腰元から徐々に降り立ち、湯の中に浸かる臀部を摩り始めた。肉感の良いそれを掌の蠢きで変形させ、円を描くように捏ねていく。
「ふふっ、臀部もお好きですか・・・っ、捏ねるの、上手・・・ああっ・・・」
喘ぎ声を漏らすリタを見て慧卓の気分はどんどんと高まっていく。滾って固まる陰茎は、今やリタのきめ細やかな両手の中に弄ばされている。芯の部分までは変形しないが、外皮と亀頭は指先によって散々に動かされて、閃光のような刺激を断続的に与え続けている。湯の中で踊るそれはまるで微笑んでいるかのように、リタの淫猥な奉仕を甘受していた。
「はぁ・・・あっ、ああっ・・・んちゅ、んんむ・・・」
情念の篭った接吻を、リタは慧卓の鎖骨に落して無我夢中にそれを口元で弄んでいく。自然と慧卓の接吻を受けられなくなるがそれは問題ではない。接吻を交わせぬ以上喘ぐ以外の術を知らぬリタは、口に寂しさを覚えていたのだ。それを解決するためには、例え卑猥な舌を受けられなくとも、胸元から奔騰する淫らな思いを何処かにぶつけるより他無いのだ。
怜悧な風貌に似合わぬ激しき求めに慧卓は堪らず、切羽詰った息を徐々に高めていく。口元から毀れる息は彼女の耳元に吹きかけられる。それが燃焼材と相成り、リタもまた求愛を激しくしていった。
「あああっ、其処・・・凄いぃ、良い!」
尻を捏ね回す慧卓の左手、その悪戯っ気のある人差し指が円運動をする最中にリタの菊座を擦るようにしていき、彼女はそれに強い快感を覚えて叫んだ。清流のような目つきが打って変わり、淫蕩なものとなって瞑られる。
彼女の性は、艶やかな首筋や腰、女性的な胸元や陰部ではなく、皺が寄せられた薄暗い不浄の穴にこそ集中しているらしい。背徳的ないじらしさが込み上げて来て、慧卓はリタの身体をぐっと引き寄せて、己の陰部を彼女の秘所に擦り付けた。散々に指で焦らされ続けた肉ヒダにとって、唐突な陰茎の擦り合わせはそれこそ青天の霹靂。無遠慮に陰唇を味わう肉棒の熱さに加えて、赤く勃起した突起物を指で弄られては、常は氷の如き仮面を貼り付けるリタであっても快楽に咽ぶというもの。
慧卓、そしてリタにとっても、己の腰の奥より段々と込み上げるものを感じ始めた。
「リ、リタさんっ。俺、いっ、いきそうです・・・」
「いいですよ・・・ああぁっ、私も、気をやってぇっ、しまいそう・・・」
高まる性の波濤に溺れるように、意識がどんどんと昂ぶったものになっていく。リタはしがみつくように相手の頸の裏に手を回し、必死に己を留めようと踏ん張る。だが慧卓の乱暴な腰つきはその思いを容易に踏み躙り、唯悪戯に恥部に摩擦の熱と悦楽を与え続ける。逆もまた然りであり、慧卓は己の肉棒の中を迸ってくる何かを感じた。
「でっ、出ますっ」
「イッッ、いくっ!!いっちゃう!!」
昂ぶりを解き放つようにリタは一段と切羽詰った嬌声を零し、慧卓は性の奔騰を制御している理性の糸を緩めた。熱い揺り篭の中を、鈴口から噴出した精液が踊っていく。まともな人間の感性からすれば、大量の水を消費する風呂を態々穢すような真似をする慧卓とリタは、それこそ傲慢で恥知らずの人間である。だが意識を高めあって性を求める二人にとっては、それは道徳を犯すだけの価値がある背徳的な行為に過ぎない。淫蕩な息を震わせるリタの茫然とした表情が、それを如実に物語っていた。
湯の中につけ、精液は残念ながら彼女の身体に付着しない。だが生肌を自分の性の槍で貪欲に汚していく快感はじっくりと味わえた。
「はぁ・・・はぁ・・・御上手でした、ケイタク様・・・」
「・・・リタさんもです・・・御奉仕、有難う御座いました」
「ふふ、私こそ御礼を述べさせて下さい。有難う御座いました、ケイタク様・・・意外と乱暴で、少し驚いてしまいましたけど」
「うっ・・・すいません」
「ふふ、お気になさらずに。さぁ、湯冷めしないうちに上がりましょう」
「はい」
快楽の後味を味わうもいいが流石に長湯は上せてしまうし、何より熊美達に変な勘繰りをさせてしまう。
慧卓とリサは汗を一度湯で流してしまうと、そそくさと湯船から上がっていった。行為が激しかっただけに湯もまた暴れてしまったが、幸運にも風呂場に持ち込んだタオルは余り水を吸っていない。
「ふふ・・・」
最早その美顔に氷のような印象を受ける事は無い。口端を淡く歪めて慧卓の身体を拭いていく様は、まるで奥ゆかしくも確りとした良き妻のようである。その妻帯者のような誇らしげな気持ちを抱くまでに、慧卓は心に満足を覚えていた。それを見てリタはくすくすと笑みを零して彼の身体を、特に肢体の間を重点的に水気を拭いていった。
別れ際に熱き視線を交わし会って後、慧卓は身支度を済ませて脱衣所の会談を上り、扉を開けて外気に触れた。湯上りの身体を微温湯のような夕暮れの風が、紅の陽射と共に慧卓を覆っていった。
待つ事一分ほど、隣の扉がゆるりと開く。別れた時以上に晴れ晴れとして、生肌を光らせた熊美が其処に現れた。
「良い湯だったわねっ、慧卓!」
「・・・・・・なんか、肌艶々してません?」
「うふふふっ、おませねぇ、慧卓君。私は何時も通りよ・・・うふふふふふっ」
すこぶる気分が良いだけにその笑みが薄気味悪い。慧卓は疑問に思う。一体この御仁に何があったのか。風呂場で何が待ち構えていたのか。この人はそれに、どのような行為に及んでしまったのか。
(聞かないでおこう・・・)
快楽の後味を悪くさせるような野暮な地雷は踏みたくない。慧卓は視線をそろりと逸らして、熊美に気取られぬような小さな息を零した。
半分欠けた薄い黄色の月が昇る頃、寝静まった筈の王都の一角にて、からからと車輪が回る音が響いた。ついで聞こえたのは、威厳を纏ったように見えて内実切羽詰った、そんな印象を受けるがさついた男の声であった。
「や、約定を果たしたぞ!予定通りに討伐部隊が帰還した。姫も近衛殿も、そして異界の戦士殿も無事だ!わ、私の私兵が守り通したんだ!」
その声は王都、厚い内壁に覆われたとある場所から放たれるものだ。内壁から、という事はこの声の主は中々にやんごとなき身分の者なのだろう。それにしては随分と余裕を逸した、まるで禁断症状手前の中毒者のような声である。
王都の西部に広がる貴族の邸宅林。宮殿から離れて壁に近い場所に部分、其処に構えられた小さな邸宅の前にて二人の男と、二台の馬車が立っていた。どちらにしても貴族が着て相応のものを着てはいるが、邸宅を背にする者は貧しさが、馬車を背にする者は卑しさが見受けられる格好であった。後者に至ってはその小太りの体格且つ禿げの迫る頭部でされ、卑しさを強調する者に見えて仕方ない。
貧しき男は佇みながら、静かなままの男に問う。
「・・・約束の、財貨は何処にある?」
「・・・其処だ」
二台目の馬車を指差した瞬間貧しき男は駆け出し、その荷台に乗せられた価値ある物に目を配った。
「・・・重装の鋼鉄鎧一式が五つに、調度品八つ、指輪三つ・・・それにドレス?」
「貴様の家では、国王陛下に謁見するに相応しき衣服を拵えるような余裕すら無いと聞く。鎧などを売ればそれなりの足しにはなるだろう?名のある貴族の所有物と聞けば、商人等も媚び諂って飛びつくさ。なぁ、貧乏貴族の御当主様?」
憤怒を抱えた表情で男は睨む。卑しき男は嗜虐的な愉悦の笑みを浮かべて言う。
「貴様の血族に価値は無くとも、貴様の家名には価値がある。分かっているだろう?」
「ぐっ・・・」
「おっと、宮中の晩餐会に招待を受けていないような下級の貴族がこの私に触れる事が許されるとでも?私は執政長官、即ち侯爵閣下の側近だぞ?貴様よりも高い位に座す者だ。敬意を払い給え」
中年の男は口元を抑えながら笑みを抑えつつ見下した視線で、男から見れば貧相な衣服を召した貴族の男をなじる。
「約束は履行し、これで我等の関係も清算された。これより先は自分の力で生き抜いていくんだな、ブランチャード、男爵殿?」
階位を強調する言い方の後、男は馬車に乗って御者に鞭を打たせた。からからと石畳を駆ける音が響いて、小太りの男を乗せた車が去っていく。
残された男は未だ怒りを抱えたままの表情でその背中を睨みつけていた。
(・・・何故執政長官殿は、あのような下賎な者を近くに置かれる?)
「御荷物を運びましょう、どちらへ?」
「・・・蔵の中だ。後で私が売り払う」
「承知」
傍に控えさせていた中年の執事に言いつけて男は馬車から降り、邸宅の中へと引き下がる。邸宅は貴族の館にしてはこじんまりとした中身である。高価そうな壷も無ければ技の髄を極めたような絵画も置かれていない。辛うじて壁に剣の壁掛けが掛かっている程度である。この家は贅沢な貴族の家というよりも寧ろ、特別高価な物が見受けられない、極めて平凡な一般庶民の住宅となんら変わりの無い家であった。
扉の閉まる音に気付いたか、階段の上より女性の声が届いてきた。
「・・・ミラー様?」
「っ、お、お前かミント」
入り口の戸の目前にある階段から、実にゆったりとした動きで御淑やかな貴婦人が降りてきた。薄手の寝巻きに身を包んだ、水色の長髪が似合う女性である。
ミラーの頬に触れる程度の口付けをした後にその女性、ミントは問う。
「こんな夜更けに、どうなされました?」
「あ、ああ、いや、なんでもない。少々酒を進みすぎて気分が優れなかったのでな、少し夜風に当たりたかったのだ」
「それならばバルコニーに上がれば宜しかったのでは?何故態々裏門に?」
「そ、それは庭園の花を愉しみたかったからだ!分かるだろう?夜風に靡きはらはらと魅せる、麗しき花弁の優しさをさ」
「まあ、相変わらず詩人でいらっしゃる事。昔からずっと、其処だけは変わっておりませんね」
緩やかに瞳を細めるミントに男、ブランフォード男爵家当主であるミラーは一先ずの安堵を抱え、彼女に優しく語りかけた。
「さぁミント。余り夜更かしをすると身体に障る。お前はそろそろ寝なさい」
「はい、そう致します。ですが其の前にあの子を」
「・・・そうだな。キーラ!其処に居るのだろう?何故隠れている?隠れるような疚しい事でもしたのかね?」
「・・・い、いいえ、お父様!そのような事は断じてしておりません!!」
「そうならば顔を見せなさい」
「は、はい」
二人が視線を向ける先、一階右手奥の部屋の方から一人の麗しき少女がおずおずと現れてきた。薄い純白のナイトガウンに身を包むその女性、髪は癖も乱れも無い水面のような水色で、さらりと背中に垂れている。美麗な原子が一粒一粒が合わさって至高の輝きを放つ宝玉のような翠色の瞳は、それ故に純真的な魅力を併せ持つものであった。若さゆえの美しき肌には余計な染みや黒子は無い。研磨師によって徹底的に磨き抜かれた陶磁のような美肌であり、同時にその肌は美体を描く彫像のように起伏に富んだ姿でもあった。
その少女は体の前に手を組み、叱りを受けて恐縮する子供のような佇まいで言葉を待った。
「・・・キーラ、お前も随分と夜更かしが過ぎるな。また魔術の勉強かな?」
「は、はい、お父様。お父様や、お母様の期待に応えるために日々研鑽を重ねていた折、何やら話し声が聞こえてきたもので・・・」
「成程。それならば仕方は無いか。だがキーラ。華は日の光を受けて逞しく育ち、その可憐さを咲き誇らせるものだ。夜に咲いては紅の虫だけが、悪徳の手足で以ってお前を攫ってしまう。注意しなさい」
「は、はい。申し訳御座いません・・・」
「・・・しかし今日に限っては良い事だ」
「?」
ミラーは扉に向けて二度、大きく手を叩いた。外開きの戸が開き、執事が姿を現す。
「あれを持ってきなさい。ほら、あれだ」
「・・・成程、承知致しました」
恭しく礼をした執事は背を向けて去る。ミラーはキーラに向かって愉しげに微笑みかけた。
「お前に見せたいものがあるのだ。私からの、ささやかな贈り物さ」
「そ、それは一体なんでしょうか?」
「見ればすぐに分かるさ」
言葉を言って間も無く、執事は実に素早き動きで所望の品を取り寄せてきた。
「お待たせ致しました。此方が」
「あぁ。さぁキーラ。お前への贈り物だ」
ミラーはそれを己の胸の前で広げる。途端にミントの顔が輝かんばかりに花咲いた。
「あらまぁ!綺麗なドレスですこと!貴女にピッタリじゃない!」
「こ、こんな高価なものを・・・い、いいのですか、お父様?」
「金銭の事は気にするな。親から子供への愛情に、どうしてそのような下世話な事が関係しようか。素直に受け取って、そしてその花姿を私に見せてくれ」
父君から差し出されたものを受け取って、キーラは可憐な笑みを見せて喜んだ。
彼女が胸の前に広げて己の体躯に合わせるのは、優雅さと可憐さを併せ持った淡い桜色のドレスであった。夜を歩けばそれは一輪の山茶花のように色を魅せ、光の下では一点の恒星のように煌く存在となろう。衆目の中を歩けば一際美麗さを見せ付ける容姿であるキーラが着れば、それは佳麗がドレスを着て歩くというようなものであり、貴賎の男達の視線は釘付けとなろう。
「宮中の晩餐会が明日ある。麗しき美貌のお前ならば、きっと騎士や他の貴族の心を射止める事態だろう。このドレスを着て、お前が想いを寄せるような騎士を連れてきてくれ。家族の一員として、歓迎しようではないか」
「もう、お父様ってば・・・ふふ」
可愛らしく笑みを零すその姿は、気品と優雅さを飾り纏う貴族の娘の姿ではなく、父君の愛情に喜ぶ一人の少女のそれであった。
団欒の光景を作っていく三者を、戸口の近くで控えている執事は醒めた視線で見詰めていた。
(ふん、哀れな家族だな。たかがドレス一着であそこまで喜ぶとは。いよいよ落ち目か、この家も?)
男は安易な将来が見えてしまう主人に悟られぬよう、穏やかな表情のままに新たな仕え先を考え始めていた。
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