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男女美醜の反転した世界にて

作者:黒色将軍
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アフター2 文化祭準備1

 文化祭まで、残すところ二週間。僕らの学校では、今から二週間前より、文化祭準備期間に突入していた。 
 僕の学校では文化祭や体育祭、その他年間行事にやたらと力を入れているようで、文化祭ともなれば近隣の地域を巻き込んでの一大イベントとして開催されるのだ。
 一般開放は勿論のこと。地区のお偉いさんだったり、この辺り出身の有名人だとか、ご当地アイドルを招待したりして、それはもうお祭り騒ぎになる。
 当然、我が校に所属する大半の学生にとっても、このイベントはただ事ではない。
 全校でもっとも秀逸な出し物をやり遂げて見せたクラスには、「最優秀出展賞」が授与される。次点に、『優秀出展賞』が二枠、設定されている。一般公開のアンケートでもっとも多くの票を獲得したクラスが、それらの栄誉を受け取れるのだ。
 ――これらを受賞したクラスでは、内申が大きく優遇されるとされているのだから、現金な学生たちはこぞって最高の出し物を出店しようと躍起になる。
 早いところでは、準備期間より前に出し物を決めてしまって、迅速に準備に取り掛かっているクラスもあったりする。

 無論、僕のクラスも他のクラスと大差なく、クラスメイトたちで一致団結して、出し物の準備を執り行っていた。
 我らが2年B組の催し物は、『コスプレ喫茶』。
 それはもう血で血を洗うような壮絶で悲しい戦いが繰り広げられた挙句、ようやく決まった出し物だったのだけれど……。
 ――その後も、悲劇は繰り返されることとなる。

 ◇ 

 コスプレ喫茶と聞いて、普通はどんな想像をするだろうか。
 女の子たちが、華やかでバラエティに溢れる衣装を着こなして、オーダーを取ってくれたり、給仕をしてくれたり、ご奉仕をしてくれる(もちろん健全な意味で)。麗しい女の子たちを目で見て楽しみながら、ゆっくりとした憩いの時を過ごす、そんな空間。
 ――当たり前のことながら、そんな僕の認識は、この世界では通用しない。
 華やかな衣装に身を包んだ"男子"たちが、オーダーを取ってくれたり、給仕をしてくれたり、ご奉仕をしてくれる(もちろん健全な意味で)。
 ここまでが、この世界のオーソドックスなコスプレ喫茶。

 そして、そんなことでは、そんな普通のコスプレ喫茶なんかでは、2年B組は満足できなかった。『そんなことで最優秀出展賞が取れるか! もっと刺激を!』とか言い出したのが数名。
 その意見に便乗して、女子の数人がこんなことを言い出した。

「一度でいいから、男の子に"あ~ん"とかされてみたいなぁ……」
「あと膝枕で耳かきとか」
「御触りが可か不可か、それが問題だわ……」

 その女子たちは、男子一同の総パッシングを食らい、再起不能の状態にまで追い込まれたりしていたけれど、その意見自体には取り入れるべき何かを感じたのか、真面目に議論を始めてしまった。

「確かに、ただコスプレ喫茶をやっても面白くないしな。普通とは違うなにかが欲しい」
「女子もコスプレするのは決定事項として。それだけじゃ弱いよな、やっぱり」
「そ、それって決定事項なのかしら……? その、女子もコスプレって……」

 女子の一人が、恐る恐るといった風に、先の男子の発言を反復する。

「何を今更。女子も全員がコスプレするっていうのが、男子側の出した条件だっただろ。な、赤沢さん?』
「え? あ、う、うん。そうだね……」

 そうなのだった。あの時、切羽詰まりながら問い詰めてきた翔子の甘言に、僕が思わず頷いてしまった翌日。なぜか、男子たちのほとんどが、『女子のコスプレってのも面白そうだ』と乗り気になってしまい、あれよあれよという間に、出し物が決定してしまった。
 僕としては、翔子のOLスーツ姿を妄想して、衝動的に頷いてしまっただけだった。なので、自分がコスプレと称した着せ替え人形とされることに、まだ納得がいっていたわけではないのだけれど。
 せっかく出し物がまとまりかけたところに、水を差すような真似はしたくない。それに、何より、せっかくだから翔子を着せ替え人形にしてやろうという気持ちもなくはなかった。
 ――そんな気持ちで、僕は話しかけてきた男子に同意の返答をする。

「ま、女子に何をさせるかは置いておいて、コスプレ喫茶っていうからには、やっぱりメインになるのは男の子よね」
「んだなぁ。女子のコスプレも受け狙いにはなるだろうけど。お客さんたちは男子の可愛い姿を期待してくるだろうし」
「……」
「その点、このクラスには、"春眠暁の眠り彦"が在籍してるんだ。このアドバンテージを活かさない手はないよね」
「!?」
「いっぱい来てくれたお客さんには、眠り彦に"あ~ん"して貰える権利とか』
「!!」
「"眠り彦"に好きな服を着させて、一緒に写真が取れるサービス!』
「……!?」

 発言するタイミングを見逃してしまっているうちに、次々ととんでもない提案がなされていく。
 あと、眠り彦っていうあだ名はいい加減何とかしてほしい。

「――その程度じゃ、まだ普通のコスプレ喫茶でしかないわよね」

 満を持して。重々しく口を開いたのは、2年B組が誇る下心、僕の彼女の白上翔子だった。

「言うじゃないか白上。なら、なにか良案があるのかよ」
「当然よ。数々のメイド喫茶やコスプレ喫茶、果ては妹喫茶からツンデレ喫茶まで、ありとあらゆるコスプレ系の喫茶店を網羅したこの私に、不可能はない!」
「……」
 
 翔子……。

「私の案を採用すれば、集客率は二倍……いえ、三倍は固いわね」

 自身と自負に満ち溢れた、翔子の微笑。
 その姿は確かに綺麗で、ちょっとドキドキしてしまうくらいなのだけれど、発言がすべてを台無しにしてしまっている。

「なんだ、白上のあの“凄み”……。普通じゃない……!」
「噂じゃ、駅の近くにあるメイド喫茶に通い詰めて、僅か半年でスタンプカードを二十枚集めたことがあると聞く……」
「な、なんだって……。最高にキモいぜ……」
「…………」

 彼女の悪口が聴こえた気がするけれど、怒るに怒れないというか、むしろ同意。そういうところも可愛いっちゃ可愛いんだけど。

「――その一!」

 ――外野の呟きなど耳にすることなく、翔子は椅子から立ち上がって、声高々に宣言する。

「男子の着替えシーン、撮影許――」
「ふざけんな!」
「引っ込め!」
「じょ、冗談よ冗談……。そ、その二、選んだ男の子とポッキーゲー……」
「黙れー!」
「その口を閉じろー!」
「翔子……」 

 男子たちの避難の的にされている恋人の姿というのは、見ていてとても心が痛くなる。
 痛くなるのだけれど、しかし、今回ばかりは男子たちの気持ちも痛感できるので、何も言わずに静観せざるを得ない。
 っていうか、翔子的には、もしも僕が他の女子とポッキーゲームをやらされることになっても、同じことが言えるのだろうか。
 ――まあ、下半身と頭が直結してる系美少女だからなぁ、翔子は……。そういうところに、惹かれないこともないっちゃないんだけど(惚気)。

「そ、その三!」
「もういい、喋るな!』
「口元に付いたご飯粒とかを指でとって食べさせてくれるサービス!」
「む、無視しやがった……。しかも最低の案だ!」
「一人でやってろー!」
「へーんだ、今は拓郎がやってくれるもんねー!」
「――し、白上ぃ、あんた、調子乗ってんないわよ!」

 煽っていくスタイル。
 その発言は男子はおろか、女子たちまでも敵に回すこととなる。
 出し物を決めるときと同じく、教室内は阿鼻叫喚の生き地獄へと突入していく。
 鳴り止まない男子の大ブーイング。しかし翔子はめげることなく、次々と自分の案を述べていった。

 ――しばらくの間、翔子が下心満載のお下劣な案を出して、男子たちが壮絶に反発して却下していく――というサイクルを繰り返した後……、

「――……その十四!! 白地のカーテンの向こう側で、男の子たちのお着替え!」
「それは……! ……なんで?」
「カーテンの奥は出来るだけ暗くしておいて、その中にライトを置いておくのよ。すると……」
「すると……?」
「男子たちの生着替えシーンがシルエットで映し出される!」

 ――しーんと、教室内を木霊していた怒号が止み、男子たちは顔を見合わせた。

「あ~……、まぁ、そのくらい、いいんじゃないか……?」
「うん、別に……なぁ」
「さっきまでの露骨なのと比べればね……」

 不承不承ながら、男子たちは翔子の案を辛うじて認める。
 ――女子たちは静かに、しかし心を一つにして、胸の内でガッツポーズをとっていた。 

『す、すごいわ……男子に、認めさせた……』
『初めに無理難題を提示して、あとになって真に通したい意見を代案として出す……。心理学を応用した、高度な戦術なのでは……』

「まだ案はあるわよ。その十五! 男の子たちと野球拳バト――」
「シャラーップ!!」
「いい加減にしろー!」
「もう死ねー!!」

『あ、天然か』

 ――こんな感じで、翔子の出した案の九割は議論するまでもないような破廉恥な内容だったのだけれど、結果的に残りの一割くらいが採用。
 混乱した教室内の雰囲気と、白熱したノリ、それから女子の下心もちょっぴり絡みつつ、“コスプレ喫茶”の具体的な内容が決まっていったのだった……。 
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