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逆さの砂時計

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Side Story
  無限不調和なカンタータ 6

 「ふわわぁ……。可愛いぃ」
 薄い桃色が混じった白金の体毛を持つ小鳥を両手のひらに乗せて、何処か間抜けな歓声を上げたのは、勿論、カールだ。
 『本格的な堕天の協力には感謝するが、何故お前達と行動を共にせねばならないのだ?』
 「(くちばし)がパクパクしてるのに、耳奥で聴こえるのはちゃんとした言葉って。不思議だねぇ」
 『話を聞け』
 太い枝に背中を預けて寝転がる私は、全く噛み合わない会話を横目にくわぁーと欠伸を一つ。
 今朝も、葉波に揺れる空が青い。
 「良いんじゃないかな。皆で一緒に居るのもきっと楽しいよ? メレテーさんが見てた世界も、この姿でなら思う存分体験できるだろうし」
 『それはそうかも知れないが……』
 きゅる? と首を傾けてカールを見上げるアオイデー。
 見掛けも表層で聴こえる鳴き声も、今や小鳥そのものだ。
 「グリディナさんてすごいよね。こんな事もできるなんて」
 ふふん。そうよ。わざわざこの私が音の力で変容させてやった温情、ありがたく思うが良い。
 極端に力を抑えたその姿なら天上世界に居る神々には見付け難いし、見付かっても悪魔の力で縛られてるから、「帰還拒否は本意に非ず」として即刻殺される心配もない。
 ついでに、カールが一緒に居れば人間の狩りからも護れる。
 私にしちゃ破格の厚待遇なんだから、感謝されはしても文句を言われる筋合いは無いわ。
 決してッ!
 思い出話に付き合ってた一晩中、木を挟んで背中合わせに隠した「アオイデーの全裸で」そわそわするカールに苛ついたからじゃないわよ?
 ええ、決して!
 『腹立たしいが、グリディナの力は私よりも格段に優れているからな。音を物質的圧力と捉えるだけの私とは違い、構成の一部として配列に干渉……つまり、一方向に働く単純な「音」性質ではなく、「言霊」性質に近いんだ』
 「言霊?」
 『魂の概念は知っているか? 幽霊やら霊魂と言い換えても良い』
 「それなら……死んだ人の思念とか?」
 『そんなものだな。厳密に言う魂とは、目に見えぬ空気よりも更に小さな物質の集合体の大部分を指す。まず、物質の一つ一つが濃い生命力と意思に近しい方向性を持ち、それによって物質同士の衝突や共合等での集合体化が世界中いつでも何処でも起きている。結果、一定の大きさを得た集合体は密度や性質が似て異なる別の集合体と引かれ合い、既に完成されている生物の肉体に宿る事で、新しい実体を発芽させる種となる。やがて親体の情報を取り入れた種は、成長の過程で外殻(実体)と実体を動かす為の運動熱量(生命力)、それを全身に巡らせる司令塔ながらも実体とは別で経験による記憶を記録する気流(魂)に分かれ、全部で一つの生命体として活動する。故に「常であれば」何らかの理由で熱量や気流が分断され分散した実体は、その部位から滞って緩やかに腐り、実体の致命的な損傷は気流の方向性を阻害し、散逸させる』
 散逸?
 ……あ。そうか! だから死際に「ザザーッ」って音が聴こえるのか!
 あれは、魂を形成していた物質の一部が器から溢れ出る音だったのね。
 音特性の私だって、実際には空気の構成を目で捉えてるわけじゃない。あくまでも耳と肌と周囲の変化で動きを感じるだけ。その空気よりも小さい物質の個なんて、尚更見える筈がない。
 悪魔の目に映る魂。人間がごく希に見る、生前の強い意思の具現。それは集合体としての密度と構成の質に関係してたのか。なるほど……って……
 神に教えられるとか、屈辱過ぎるーッ!
 答えが解ってすっきりしたけど、苛々度は急上昇よ、チクショウ!
 『言霊は魂を支配する力と称されるが、実態は「物質の個々に方向転換を働きかける力」。私が無理矢理器を崩したのとは違い、グリディナは振動で作る波と同じ原理を使って、より微細な物質を巧みに誘導し、実体の構造に自主変化を促させているのだろう。間違い無く群を抜いた力量だが、此処まで来ると果たして本当に音特性と呼べるのか……甚だ疑問だ』
 ……ん? 「だろう」?
 なんか微妙に曖昧……
 「もしかしてアンタ、死際に聴こえる音が拾えてない?」
 『死際の音? 何の話だ』
 カールの手のひらでちょんちょんと軽く跳ね、上半身を起こした私に向き直る小鳥。小さな瞳がきょとんと瞬く。
 やっぱり、アオイデーにはあれが聴こえてないんだわ。
 て事はコイツ、組成を理解してるってだけで、物質の個の存在自体は音としてさえ確かには掴めてないのね。なんとなーく有るような無いような程度に感じるくらいか。
 ふぅーん。
 いや、別に心地好い音でもないし聴こえて嬉しいものでもないけど……神にも無い力とか、ちょっと優越感。
 「じゃあ、魂の消滅とか死ぬって言い方は微妙におかしくない? 単に塊が物凄く細かくなるだけだよね?」
 その表現は身も蓋もないわよ、カール。
 『お前は、爪先でも持てない砂粒を岩と呼ぶか?』
 「……言わない」
 『そういう事だ。実体を得た集合体の多くは、散り散りになった瞬間個に戻る。そして世界中に散っている物質と混ざり、分散し、全く同じ集合体の形成は二度と無い。それにさっきも言ったが、物質は個別に生命力を持っている。つまり、全生物の生体活動や物質同士の反発と衝突でも確実に損傷を蓄積し、いずれは消える。悪魔に喰われるまでもなく、生命体として終わりを迎えた魂、心、存在は、確かにその時点で消滅……死ぬんだ。そうでないなら、誰も死を悼んだりしない』
 悪魔が餌として喰らう魂の正体は、濃い生命力を持つ目に映らないほど小さな物質の集まり。
 他者と交わった経験が無い者の魂が極上の栄養になるのは、性交による物質の衝突と反発での大きな欠損が無いから? 密度と方向性の純度に関係してるのかしら。
 「んぬー……君自身も見えてないっぽいのに、どうしてそんなに詳しいの? 神様だから?」
 『さぁな。神々が一様に理解しているのかと尋かれればそれは違うらしいが、ならば何故私が詳しいのかと問われても困る。気付けば既に知っていたし、実際にそう感じるから……としか答えようがない』
 いちいち体の向きを変えるのが面倒になったのか、今度は顔だけでカールに振り返るアオイデー。
 「あら。神にもあるのね、そういう感覚。私もたまにあるわよ? なんでか解らないけど知ってるってヤツ。教わった覚えも知りたくて掻き集めた記憶も無いのに、いつの間にか理解してるなんて……なかなか不気味よねぇ」
 『不気味とは思わんが……まぁ多分、察知能力や情報処理能力の類いなのだろうな』
 「僕もたまに あれ? って思う時あるよ。でも、それって……」
 「『?』」
 珍しく難しい顔をしたカールが うーん と唸る。
 「……一度体を失った魂が「ある程度固まったまま、ほんの少しだけ新しい物質を取り込んだ状態」で生物に宿っても、また新しい体を作れたりするよね?」
 『無い。とは、言い切れないな。元の集合体がその時点でどれだけ消耗しているかにも関わると思うが』
 「なら、体を失う前の記憶……記録? が、新しい体に残ってる可能性もあるんじゃない? 勿論、全部じゃなくて部分的に」
 『この理解……知識が、私以前の誰かによって蓄積された魂の記録ではないかと、そう言いたいのか?』
 「うん。こういうのって知識だけじゃなくて、一度も来てない場所なのに見覚えがあるとか、初めて耳にする歌なのに懐かしいとかも、たまーに感じたりするでしょ? だから君の話を聞いて、ひょっとしたらと思ったんだけど。強引かな?」
 『……ありえなくはないが……物質は、集合体の形成段階で変質するんだ。当然、生命力が強い個に引き摺られる形でな。生前の密度と割合を重視して然もあろうと仮定しても、新しい成長で培う記憶に書き換えられると考えるのが自然だろう。それもかなり早めに。いつかは命尽きる物質の記録領域が無尽蔵とは思えん』
 体毛の手入れのつもりか、片方の翼を軽く持ち上げて内側を突き出したアオイデーに、カールはちょっと残念そうな表情で「そっかぁ」と呟いた。
 「なに、あんた。誰かの記憶が自分に残ってたら良いのにとか思……ったのね」
 「うん。僕だけじゃなくて、皆にね。それならメレテーさんとアオイデーさんもいろんな人達も、生死を超えて総てに繋がってる気がするでしょ? 誰も寂しくならないかなって」
 カールがこんな風に考えるのは、短命な人間だからこそなのかしら?
 私は嫌よ。自分以外の誰かの記憶が自分の中に在るなんて、気持ち悪いだけじゃない。潔く消えてくれたほうがスッキリするわ!
 『お前は本当に変な奴だな。自分で襲っておいてなんだが、私達の事情にお前は関係無かったんだ。もう危害を加えたりはしないし、私に気を配る必要も無いんだぞ?』
 「わっわっ……」
 小さな翼を広げて両手から飛び立ち、カールの前頭部より少し上にちょこんと乗っかる小鳥。
 覗き込まれて落ちそうになるのが怖いのか、目だけで見上げる男のなんて情けない顔。空になった両手があたふたと宙を泳いでる。
 ……鳥に遊ばれるんじゃないわよ、ったく。
 「んと、でもね。僕は皆で楽しそうにしてるほうが良いから。辛い事や悲しい事があるのはどうしようもないけど、それも踏まえて楽しく生きられたら良いなって。何かの力になれる訳でもないのに、無責任かな?」
 「カぁあールぅ? 早くも昨日の言葉を忘れたのかしらぁ?」
 卑下は私への喧嘩叩き売りと受け取るわよ、と半眼で睨み付ければ
 「ううん。でも、僕を必要としてくれたのはグリディナさん一人だし。僕には歌しかないけど、それだけじゃ変えられない物事がいっぱいあるでしょう? そういう意味」
 意外に冷静な返しで来たわね。ちょっと驚いた。
 『敵を無力化するという点に於いては、お前ほど有力な者もなかなか存在しないのだがな』
 「そうなの?」
 『大抵の悪意は心体問わず何処かしらの歪みから生じるが、お前の歌はあらゆる歪みを正すもの。戦意喪失にはこの上無い武器だぞ』
 アンタもそれにやられたんだものね。すっごい説得力。
 「その割りには僕、グリディナさんを怒鳴らせてばかりいるような」
 『あれは標準装備だ。基本、悪魔は論戦に耐えうる頭脳を持たない代わりに威嚇で虚勢を張る』
 「よし。アンタを丸焼きにしてカールの昼飯にしよう。」
 枝から降り立ちペキペキと手を鳴らす私に、生意気な小鳥はぴぴぴぴぴっと、けたたましい声を上げた。笑ってるらしい。
 腹っ立つーッ!
 『な? 理論立てて正当性を主張する前に、暴力で結果を押し付けるだろう? だが、気に入らないからと怒鳴ったり威嚇しても、殺意は本物じゃない。間違い無くカールの力だよ』
 この野郎、解ったような口を!
 本気で捥いでやろうか、その翼ッ!
 『今の私ではまともに聴けないが、お前が歌えば万物が安らぐ。グリディナも狂った音に頭を抱えなくて済むから、お前を傍に置こうとしているのだろう。音使いにとって雑音は猛毒に等しいしな』
 「雑音?」
 『創造神の手を離れたおかげで、徐々にではあるが、生物達の有り様……歪みが酷くなっている。今の世界は雑音だらけで、音の理解者には発狂ものだぞ』
 アンタも雑音の一部だったけどね!
 「ああ、それで僕が必要だって……」
 「そうよ……なに?」
 隣に立った私をじっと見下ろす二つのハチミツ玉。
 微妙に揺れてる?
 「……また怒鳴られるかなぁ」
 「内容次第では拳も付けるわよ」
 「あぅ」
 何か言いたげに唇を開きかけて目線を逸らし、また私を見て頬を赤らめ……って。
 何処の恥じらい乙女だっ!
 なよヒョロ体型とはいえ、男がする仕草じゃないでしょ、それ!
 「えーと、その……昨日から考えてたんだけど……」
 何かを決心したらしいカールが一つ頷いて背筋を伸ばし、私と向かい合わせに立つ。
 落ちそうになったアオイデーは、慌ててカールの右肩へ飛び移った。
 「僕……」
 「?」
 首を傾けつつ腰に両手の甲を当て、用があるなら早く言えと態度で催促してみる。
 カールは至って真剣な表情で。

 「僕、村へ帰ろうと思う」

 …………そう来るか。

 
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