逆さの砂時計
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Side Story
無限不調和なカンタータ 5
「君が知る親友さんは、誰かが苦しむ姿を笑いながら傍観するような人だったのー?」
表情を強張らせた女神が、両膝を地面に突けて両手をだらりと下ろし、翼を力無く落として、カールだけをジッと見上げてる。
「君の言葉通りの親友さんなら、そんな事しても笑ってくれないと思うんだけどー?」
私が立ち上がっても、数歩近寄っても、完全に度外視ですかそうですか。
その可愛い顔、拳でぶん殴ってやろうか。
「……ああ、そうだ。笑わない。あの子は死んだ。私がこの手で殺した……っ。だから、私が何処で何をどうしようと、あの子は二度と笑えない! あの子の希望を奪ったのは私と神々だ! ならば、あの子と同様に神々も死に絶え、希望を摘まれるべきじゃないか! それが正しい因果であろう!?」
「えーと……やられたらやり返すとか、そういう話じゃなくてー。君は、親友さんの何が好きで親友だったのー? 顔とか体とかー?」
「総てだ! 優しい目も声も、それでいて落ち着かない言動も! 最後まで生命を愛していた清らかな魂も総て…… っつ!」
顔に再び滲み出した怒りが ギクッと音を立てて凍り付く。どうやらカールが言いたい事を理解したらしい。
私もなんとなく解ってきたわ。人間ならではの、自己満足にして思い上がった存在解釈ってヤツね。
悪魔から見れば言い訳がましくて滑稽でしかない主張だけど、信仰を讚美する神々にこの精神論は結構キツいかも。
でもさー
「だったら、親友さんが好きだったものは君が大切にしてあげないとー。大好きなものを壊されて悲しくなるのは、誰だって同じでしょうー? その親友さん、今は君の内にしか居ないのに、君が悲しませる事をしたら絶対駄目だよー。今度こそ完全に親友さんが消えちゃうよー?」
それ、コイツには効かないでしょ。
「…………さい……煩いッ! 何も知らないくせに! 私がどれだけあの子を愛していたか……お前達に、愛する者を殺してしまった私の気持ちなど解らないだろうがぁッ!」
ほぉら出た、被害者意識!
てか、完璧な八つ当たり!
淀んだ風がまた集まり出してる。
「うん、それも解らないよー。ごめんねー。僕は君でも親友さんでもないから、君達がこの先をどんな想いでどうしたかったのかは、全然解らないんだー。でもー」
膝を揃えて手を乗せて。ほんの少し上半身を乗り出すように何を言うかと思えば
「君が泣いてるのは、木の上からでも見えてるよー」
見たままかよッ!
「……だからなんだ!」
あー……いやまぁ、多分「泣きながら正体を見失うほど親友さんを愛してたんだね」とか「其処まで苦しむくらい、殺したくなかったんだよね」って意味なんだろうけど。
「あのねー? 僕達に、親友さんの話をたくさん聴かせて欲しいなー。人間の世界にはお葬式っていうのがあってねー。死者がどんな性格をしてたーとか、好き嫌いはどうだったーとか、時間を掛けて話す場が設けられるんだー。それってねー。死者の眠りが穏やかなものでありますようにって祈りと、死者の遺志……生きていた証を受け継ぐって意味があるんだよー。同じ世界で生きていた事実を忘れない為に、死者の生前の容を皆で確かめ合うんだー。だからねー? 君の中の親友さんに会わせてー。僕達が喪ってしまった存在の大きさに気付かせて欲しいんだー。それができるのは君だけだからー」
……へぇ? 葬式ってそんな理由で始めてたの? たまに見掛けても、大体は死んだ人間と関係無い、ただの雑談にしか聴こえなかったわ。
「そんな事に何の意味がある!? 死ねば終わり。あの子はもう、何処にも存在しない。残っているものなど何も無い!」
よく解ってるじゃない。
そうよ。死んだら終わり。
魂が消滅したら、その先には何も無いの。
だから、アンタの復讐はただの気晴らし。
オトモダチの命の対価を盾に、自分の鬱憤を晴らしたいだけの無様な破壊衝動。
こっちはそんなモンで通りすがりのカールを殺されちゃ堪んないっつってんの。
悪魔でもないクセに、自己中も大概にしときなさいよ? 「自称」友愛の女神!
「親友さんが残したものなら、ちゃんと此処にあるよー」
「煩い! 黙れ人間ッ!」
狂風を纏う翼を大きく広げた女神が、一息の間に木の頂よりも高く翔ぶ。
音が使えないから実体での武力行使? させるか!
「お前も滅びろ、創世曲の指揮者ぁ!」
カールをめがけて突進する体。
私も、二人の間に割り込む位置へ跳躍して……
「君は、親友さんのものでしょう?」
「ッ!?」
「僕は神でも悪魔でもないから、的外れな考えかも知れないけど。親友さんには望みがあって、君を相手にしてもきっと死にたくはなかった筈。凄い力を持った人同士が生死の境で対峙してたら、双方無事では済まないよね? でも、君は今まで此処で生き続けてた。それって、親友さんには君を殺したり傷付けたりするつもりが無かった証明になるんじゃない?」
静止した女神と私の影が空中で重なる。
見開いた雪色の潤んだ瞳が、私の肩越しに にっこりと笑うカールをくっきり映した。
「なら、生かされた君の命は親友さんのものだよ。願いを受け継げるのは君しかいないのに、肝心の君がそんなふうに泣いて苦しんで塞ぎ込んで……大切な人を更に悲しませてどうするの? それとも、それが親友さんの望みだった?」
「違う!! あの子は誰も……誰の苦痛も、望んでなど……ッ!」
至近距離で叫ばないでよ鬱陶しい!
取っ捕まえたこの右腕、打っ千切るわよ!?
「だが、私が殺したんだ! 純粋無垢なあの子を、私が! 強引に奪い取ったものを、どうして笑顔で引き継げると思うのか!」
「仕方ないよ。だって、神々は親友さんの願いを否定したんでしょう? だったらせめて、最後に直接会った親しい君が受け入れるべきなんだ。良い意味でも悪い意味でも、親友さんには君しか居ないんだから」
「へ?」
「ーーーッ!」
こいつ、何気に「殺した親友さんの代わりに笑いながら、もっと自身の呵責に苦しめ」って言ってる?
整った可愛い顔が色を失くして硬直するのは小気味良いけど、ぼやぼやなカールから出て来た言葉にしては妙に辛辣ね。
女神が伸ばした腕に脇を引っ掛けた状態のまま、首を少し回して背後を確認するが……其処に在るのは変わらぬ笑顔。
まさか、自覚無し?
だとしたら、それはそれで率直且つ厳しい意見ってことになるんじゃ……
「…………ふーん?」
面白い。
投げ遣りだった思考が、ちゃんと「自分」を持ち始めてるのね。
良いわよ。どんどん成長しなさい、カール。
歌えなくなるまでは見届けてあげるから。
「ねぇ、親友さんは何が好きだったの?」
「……」
にこにこしながら首を傾げて問うカールに、視線を落とした女神は沈黙を返す……
「んな!?」
かと思えば、いきなり腕を下ろしやがった! 咄嗟に手首を掴み直してぶら下がったけど……
びっくりするじゃない! 私は浮遊できないのよ!? 自分の意思で降りるのと、そうじゃなく落ちるのとじゃ、着地姿勢が変わるんだから! 突然は止めてよね!
「あの子は……何でも好きだった……。嫌いなものなんて、探すほうが難しいくらい……」
「そっかぁ。じゃあ、歌は? 特にどんなのが好きだった?」
「……明るくて、一節聴けば元気になれる……」
「んー……例えば、こういう歌?」
軽く息を吸ったカールの唇が、またしても弾むように次々と形を変える。
「お日様が、顔を出し、今日も朝がやって来た。鳥が鳴き、犬が吠え、賑やかな時間の始まりだ」
子供向けっていうより、何処となく笑い話っぽい、剽軽な韻律ね。戯けた芸人を連想させる感じ。
楽師にも明、暗、軽、荘厳、その他と、それぞれお家芸的な曲調系統がある筈なのに、これだけ節操無くいろんな歌を取り入れてるって、一体、どんだけの人数に師事したのかしら。
そして、その数だけ見限られてきたこいつって……。
いや、今更それは言うまい。
「そう……。あの子はそういう、頭が悪そうな歌を好んで口にした。生物の日常に調子を付けた、何の教養にもならない内容を。飽きもせずに、何度も何度も、笑いながら……」
声色が微っ妙ーに明るくなった女神の顔を見上げれば、涙をぼろぼろ落としつつも口端が上向いた曲線を浮かべてる。泣き笑いってやつか。
高慢が基本の神にしては珍しい表情だこと。
「本当にこの世界が好きだったんだね、親友さん。こういう歌はね、見過ごしてしまいがちな小さな喜びを忘れないように継がれてるんだ。水があって、花が咲いて、光に包まれてる。僕達はそんな温かい場所に愛し護られて生きてる。だから、どんな時もあなた達は孤独ではないんだよ……って、伝えてるの」
へぇえ。そりゃまた随分と独善的な理由ね。
実際はどんな種族も、各々の主観と都合で生きてるだけよ?
水が湧くのも花が咲くのも、断じて人間の為なんかじゃない。
「……ふ。莫迦莫迦しいほどあの子に相応しいな。あの子もよく、似た言葉を紡いでいた。世界は常に循環し、それに依って存在を繋げている。だからこそ美しく貴く、愛しいのだと」
「うん……神様ってあんまり世界に関わりたくなさそうな印象があったから、そういう話を聴くと嬉しくなるよ。……あ、そうだ。親友さんと君の名前、尋いても良い?」
「あの子はメレテー、私はアオイデーだ」
「僕はカール。彼女はグリディナさん。で。このままだといろいろ大変なので、降りて話しませんか?」
「大変?」
何が? と、ボケ顔のアオイデーとやらには既に殺気が無い。
カールは僅かにも崩さない笑顔で頷き、とにかく下へと地面を指し示す。
「……………………。」
……ええ。まぁ、よくやったわ。
正直、神を殺すのは容易いし、話なんか総無視でそうしてても良かったのよ。
ただ、神々の仲間意識はどうにも意味不明で。
切り捨てる分にはお構い無しでも、悪魔に殺されたとなると、何故か集団で仕返しに来るのよね。特に使者を殺すと執拗さが増すらしいとは、悪魔内で有名な噂だ。
堕天使状態のアオイデーにそれが適用されたかどうかは微妙だけど……万が一、神がわらわら現れてもウザイし、今はカールが居るしで、極端な争いは避けたかった。
結果としてカールの成長の片鱗も見られたし、万事上々……なんだけど……
アオイデーの全裸を視界に収めまいと目蓋を固く閉じ、満面の笑みで誤魔化しまくってるカールに気付いたら、無性に腹が立ってきた。
あんた本当に、女の形さえしてれば種族も相手も選ばないのね。
悪魔の男も殆どはそうみたいだし、別に私があーだこーだと口出しする内容でもないわよ?
でも、なんか……ムカつく!!
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