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ちょっと変わったお姉さんと少年のお話

作者:でんのう
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ちょっと変わったお姉さんが少年と旅行に行くお話

 
前書き
かつてノクターンノベルズで公開していたものです。 

 
 ぺちゃ、ぺちゃぺちゃ、ちゅぷ、ちゅっ、ちゅぷ……っ。

 風呂上りの長い黒髪の女の肌が、赤く火照っている。
 その端正な顔を上気させ、少年の陰茎(ペニス)の裏筋から陰嚢に繋がるところまで、尿道の通る膨らみに沿って舌を這わる。
 次に、顔を横に向けてペニスを唇で軽く咥え、二度、三度と往復させ、いちど口を離す。
 舌の先から亀頭の先端の間に、唾液と先走りの混じったねとついた粘液が糸を引いた。

「うあ、あぁ、あ……はっ、す、凄い、です」
「ちゅ、……ふぅ。ふふっ、少年よ、お楽しみはこれからだぞ」

 てらてらと唾液で濡れ、真上を向いて少年のひきしまったお腹に張り付いたペニスに向き合うと、一度少年を上目づかいに見上げる。

「ほ、本当にいいんですか?」
「ああ、特別サービスだ。少年、これは初めての経験だろう?」
「あ、は、はい」

 少年のペニスがひくっ、ひくっと震える。浴衣の裾をたくしあげる両手も、心なしか小さく震えている。
 顔を上げ、少年の丸く潤んだ瞳を見つめ、女は口角を上げ妖艶な笑みを浮かべる。
 ペニスと全身を激しく興奮させ、肩を上下させながら息をしていた少年が、その瞳の奥に見える深淵を見、背筋に冷たいものを感じ、全身を震わせる。

「出そうになったら言ってくれ。……じゃぁ始めようか」
「は、はい、あっ!……ひぁあおあっ!!」

 少年の目を見据えたまま口をあーんと開け、顔を下げると、パンパンに膨らんだ桜桃色の亀頭をおもむろに口中に含む。
 甲高い喘ぎ声を上げ、背を反らせた少年のペニスが、女の口中でさらに硬く、膨れ上がった。


 …………。
 その日の早朝。
 少年は着替えと旅行用品を詰めたデイバッグを背負い家を出て、駅に向かう途中で女に電話をかける。
 数回の呼び出し音の後、女が電話に出た。
 
「……もしもし?」
「あ、ゆーさんですか? おはようございます、僕です」
「ああ、何だ君か」
「ちゃんと起きてますか? 支度は出来てますか? 忘れ物は無いですか?」
「心配するな、大丈夫。ちゃんと時間通りには行く」
「良かった、じゃ、約束通り、××駅で8時に」
「分かった」

 ガチャ。電話が切れると、少年はホッと息をなで下ろす。
(良かったー。ゆーかさん、ちゃんと起きれて、支度も出来てる)
 生活リズムがぐちゃぐちゃでズボラな彼女が、秋の連休を利用して旅行に出たいと言い出した時から、彼は心配事を多く抱えていた。
 ちゃんと電車に乗れる時間に起きられるのか、急に気分が変わってドタキャンしないか、――そもそも彼女はちゃんとした外出着を持っているのか。
 
(ちゃんとした服持ってるんですか? って聞いたら、バカにするな! 私だって女だぞ! ってプリプリしてたっけ)

 ふふっ、と思い出し笑いをしながら、背中の荷物の重さも忘れ、軽い足取りで駅に向かう。
 普段の通学定期を使わず、隣町の××駅までの切符を買い、自動改札を通る。

(親には友達と泊まりの旅行に行くってウソついたけど……。ま、旅行の写真見せろってまでは言われないよね)
 少年の生活圏で、見知らぬ女性と2人で旅行着姿で並んでいるのがバレたら、大変なことになる。
 なので、待ち合わせ場所も、数駅離れた隣町の駅に変えた。
 念のため、周囲に知人友人、先生がいないかゆっくりとホームを見渡してから、やってきた電車に乗り込んだ。
 

……。
 ××駅、8時5分。

「ああ、やっぱり……」

 少年は腕時計を見ながら大きなため息をつく。
 電話でははっきりと答えていたものの――案の定、彼女は時間通りに待ち合わせ場所には来なかった。
 8時前の電車から降りて改札を出てくる乗客の中には、彼女はいなかった。

(次の電車は8時10分着。もしこれに乗ってなければ、……アウト)
 指定席を予約した新幹線の乗り継ぎに間に合わない。
 デイバッグのポケットに入れたスマホを取り出そうと背中から下ろしかけて、止める。
(ゆーかさん、携帯持ってないんだよなぁ)
 次の電車が来るまでのたった5分間が、じりじりと長く感じられる。
 もし乗り遅れたら……、この大型連休初日に自由席に乗れるだろうか。
 急に「行くの止めた」と彼女が言い出したら、旅館のキャンセル料はどうなるんだろう。
 そもそも、2泊3日の旅行に行くって家を出てきたのに、あさっての夜まで何をして過ごせば……。

 少年の脳裏に、旅行をドタキャンしていつものジーンズとTシャツ姿で、部屋の中でパソコンのキーを叩く彼女の姿が目に浮かぶ。

『旅行に行くって言ったでしょ! ゆーさん!?』
『んー? 止めた、気分が乗らん』
『切符代と旅館代どうすんですか! もうキャンセル利きませんよ!?』
『別に君が払うわけじゃないんだからいいだろう』
『僕は友達と旅行に行くって言って家を出てきたからあさってまで家に帰れないんです! 責任取って下さい!』
『うるさいな、分かったよ』

 そう言って、彼女はTシャツとジーンズ、パンツを脱ぎ捨てる。

『え、あ、ちょっ』
『明後日まで、ずっと責任取ってやるから』
『あ、あのっ! そのっ!』
『コンドームが無くなるかも知れんが、そうなったら生エッチだなぁ……。責任取れよ?』
 少年の腕を掴み、ベッドまで引きずって、押し倒す。
『あぅっ!、あ、や、やだ、やだっ!』
『んー、最初から生でいっか。じゃ、私は自分の責任取るから君も責任取るんだぞ、少年』
 女が仰向けに寝かせた少年の股間に、しゃがみ込む。


……。
「……おい、少年、少年」
「(やめて、やだ、やだぁっ)」
「おい!? 聞いてるのか! 少年!!」
「……!!!!!!」

 肩を掴まれ、現実の世界に戻ってきた少年が、はっと我に返る。
 目の前に、長い黒髪の見知らぬ女性がいて、肩を揺さぶっている。

「あ、あ、あの?」
「すまんな、ちょっと遅れた。……急ぐぞ!」
「え、あ、ちょっ」
「まだ新幹線に間に合うだろう!? ほら、切符だ!」
「は、はい!」

 女性から切符を受け取り、急いでホームに向かう。
 ホームに上がると、ちょうど電車が滑り込んでくるところだった。

「あ、あの……? あなたは、ゆーさん、ですか?」
「そうだが何か?」
「いや、その、あの、えーと」
「何か疑問でもあるのか」
「……」

少年は頬を赤らめ、顔を下に向けて手を組んでもじもじとする。

「その恰好」
「何だ、文句あるか」
「……最初、誰か分かりませんでした」
「ふん、君は私を何だと思ってるんだ、言ってみろ」

 少年が顔を上げ、ゆっくりと視線を動かし、女の全身を上から下まで観察する。

 薄灰色の中折れ帽子からこぼれる艶めいたさらさらの黒髪と、白い肌を彩るうっすらとしたお化粧。
 コンタクトレンズを着けているのか眼鏡をかけておらず、わずかに青色を帯びた漆黒に近い濃紺の瞳が、電車の窓から射し込む陽を浴びてきらきら輝く。
 純白のレースのブラウスに、胸元にさりげなく輝く細い金細工のネックレス。
 仕立てのいい紺色のジャケットを羽織り、下はベージュのロングスカート。
 玄関の隅で埃を被っていた本革のショートブーツも綺麗に手入れされ、ピカピカだ。

 街ですれ違ったら、一度振り返ってしまうかもしれない。
 背の高い彼女なら――モデル?と勘違いされてもおかしくない。
 
「綺麗な……お姉様、です」
「よろしい」
「びっくりしました。あなただとは、一瞬、気付きませんでした」
「むむ、失礼な」

 彼女の表情が、優し気な微笑みを浮かべたり、眉をひそめたり、豊かに変化する。

「ところで、向こうについたらまずどこへ行くんですか?」
「それは後から説明する、少年、これを持ってくれ」

 そういうなり、彼女はキャリーバッグを少年に持たせる。

「あ、結構重たい……何が入ってるんです?」
「それも後で説明する」

 電車は終点に着き、2人は新幹線のホームに向かう。
 すれ違う人の視線が、自分の斜め上――隣を歩く彼女に向かっているような気がして、少年がちょっと気まずそうな顔をし、顔を俯かせる。

 ホームにたどり着いた少年が足元のマークを見て、声を上げた。

「あ! あれ? ここ、グリーン車!?」
「そうだが?」
「あの、その、お金……」
「こんな事で驚いていたらいちいちきりがないぞ、少年」
「はぁ……」


……。
 新幹線のグリーン車。
 ふかふかの大きなシートに座り、すこし戸惑い気味だった少年が心を落ち着かせるべく車窓の景色をぼんやり眺めていると、女が手帳を見ながら喋り出した。

「向こうに着いたら、まずは博物館に向かう」
「はい」
「次に、町役場と老舗の建築会社に行く」
「……はい?」
「最後は元は豪商である郷土資料館の土庫を見せてもらう。土蔵の所属品を見て、子孫である館長の話を聞いて、今日はそれで終わりだ。明日は図書館と寺社巡り、あさっては古老への聞き取りだな」
「あ、あの……」
「旅行といっても君と遊び回って過ごす3日間ではない。メインは研究調査だ」
「はぁ。……あ、あの、えーと、ちょっといいですか?」
「何かね?」

窓から振り返り女の顔を見た少年が、眼鏡をかけていない彼女の強い眼光を直接浴びて、一瞬鳥肌を立てる。

「あ、あの、その、その」
「さっさと言いたまえ」
「とっ、図書館や博物館はともかく、会社や町役場って、普通は祝日って休みでは……」
「そこは話を付けてある」
「話?」
「まぁいい、これを見ておけ」

 そう言うと、彼女は手帳を少年に手渡す。
 そこには、3日間に回る場所と時刻が、びっしりと書いてあった。
「こ、これ全部回るんですか!?」
「そうだ」
「どうやって、こんなにいっぱい」
「3日間タクシーを借り切ってあるから心配するな」
「は?」

 少年が目を丸くする。

「た、タク……」
「金の心配は要らんぞ、全部私が出す」
「い、いったいいくらになるんです?」
「心配するなと言ったよな、少年」
「……ご、ごめんなさい」

 彼女がむっとした顔になったのを見て、少年が首をすくめる。

「で、でもこの行き先……」

 彼女の手帳には、町役場や会社や個人宅など、連休に回れない、もしくは回るにふさわしくない場所がいくつも記されている。

「連休なのに、お役所とか営業してるんですか?」
「話は付けてある、と言っただろう」
「これ全部に、ですか?」
「当然だ」
「はぁ……」

 少年が手帳の隅から隅まで見回し、行先とスケジュールと時間を見ていくと――。ふと、あることに気付いた。

「あれ? このスケジュール、ぎっしり詰まってるように見えて……、朝の出発が遅くて、夕方のチェックインが早いですね」
「旅館に長くいられるようにな」
「?」

 女が口に手を添えて、少年に耳を近づけるように促す。
 その時ちょうど新幹線がすれ違い、少しだけ車内の騒音が大きくなった。

「(君と長い夜を楽しめるようにしてあるんだ。旅館に着いて驚くなよ、少年)」
「!」

 少年の顔がみるみる赤くなり、その両手が柔らかい素材のズボンのジッパーの部分を押さえつけた。


……。
「お待ちしておりました、お嬢様」

 新幹線を乗り換えた先、ローカル線の駅で待ち構えていた黒塗りのタクシーの運転手が、わざわざ自分でドアを開けて彼女を後席に迎える。

「ありがとう」
「恐縮です」

 アルカイックな微笑みを浮かべた女が帽子を取り、優雅に身をかがめ、タクシーの車内に乗り込む。
 荷物をトランクに積め終えた少年が女の隣に座ると、タクシーのドアが静かに閉まり、運転手がきびきびとした所作で運転席に戻る。

「お嬢様、シートベルトをお締め下さい」
「ええ」
「あと、そちらのお坊ちゃんも」
「ああ、この子は私の助手ですから」
『助手!?』

 運転手と少年が同時に声を上げた。
 彼女の指先が、少年の脇腹を突っつく。

「はは、これはまた随分とお若い助手をお持ちでいらっしゃいますな」
「これはまだまだ若輩ですが、今のうちから色々と勉強させておこうかと思いまして、こうして連れてきました」
「それはそれは……。あなたもお嬢様の下でしっかりと勉強するんですよ」
「は、はい、頑張り、ます」

 初老のタクシーの運転手の丁寧な言葉遣いを聞いて、少年が少し戸惑いの表情を浮かべる。
 落ち着かない様子で窓の外を見たり、彼女を横目で見たりしているうちに、最初の目的地である博物館に着いた。
 祝日の賑わいを見せる博物館の正面玄関――を通り過ぎ、建物の横側にタクシーが止まる。
 タクシーの運転手と同じくらいの年齢と思しき初老の男性が、直立不動の姿勢で、ぱりっとしたスーツ姿でお出迎えしていた。

「お待ちしておりました、お嬢様」
「ありがとう」

 深々とお辞儀をする男が胸に付けている名札には『館長』の文字が光る。

「生憎の祝日で表玄関は混んでおりますので、まことに失礼ながら裏口よりお入り頂くことになります。申し訳ありません」
「構いませんわ。展示物を見にお伺いしたわけではありませんので」
「長旅でお疲れかと存じます。まずは、お茶でも喫(の)んで一休みされては如何でしょう」
「せっかくのお心遣い申し訳ありませんが、今回は急ぎで回りますので、次の機会にでもゆっくりと。……昼過ぎには村役場――ああ、今の町役場に参ります」
「は」

 女がトランクの中のキャリーバッグから鞄を1つ取り出し、少年に黙って手渡す。
 タクシーを待たせたまま、館長の案内で2人は建物の中に向かった。


……。
「ゆーさん、これってどういう事ですか?」
「……」

 彼女は博物館の所蔵庫で、白手袋を嵌めて所蔵品の陶器の破片を手に取り、ルーペで食い入るように観察する。
 
「ねえ、聞いてます?」
「……これは、違う」

 少年の問いかけを無視して、陶片を木箱に納める。
 
「ゆーかさん!」
「3-D-8だ」
「え?」
「戻してきてくれ」
「はい?」
「3-D-8だ!」

 少年に箱を差し出す。
 何か言いたげだったが、少年は黙って箱を受け取り、指示通りの棚に戻しに行く。

「戻してきました」
「4-A-3だ」
「えーと」
「T-245を、持ってきてくれ」
「……」

 鍵束を渡された少年が指示された場所に向かい、キャビネットの引き出しの鍵を開けるとさっきと同じような木の箱が並んでいる。 その1つのラベルに、『T-245』と書かれているものを見つけ、女のいる所蔵庫の隅の机に戻る。
 
「持ってきました」
「ん」

 女が箱を受け取ると、中から同じような陶片を取り出し、また食い入るように観察する。

「……うむ。こちらの紋様がより近いな、撮っておこう」

 女がデジタル一眼レフカメラを鞄から取り出し、いろんな角度から何枚も写真を撮り、ノートにメモを取る。

「写真、撮っていいんですか?」
「話は付けてある」
「話……って」
「館長から所蔵品は好きなようにしていいと言われてるんだ。もちろん盗んだり壊したりするつもりはないぞ。次、1-C-5、F-116!」
「はい!」

 箱を突き返された少年がまた所蔵庫のキャビネットに向かう。


……。
 昼過ぎまで、少年が所蔵品を持ち出しては返し、持ち出しては返しを繰り返すと、女は手を組み大きく伸びをして、ノートパソコンに取り込んだ写真の映り具合を確かめてから、カメラやノートやパソコンを鞄に仕舞いこんだ。

「よし、終わった。館長を呼んできてくれ」
「あ、はい。えっと、お昼はどうし……」
「時間が無い、次を急ぐ」

 女は手首にはめた金時計をちらりと見やると、スカートに付いた埃を払い、ジャケットを着る。
 博物館を出てタクシーが駐車場を出るまで、館長と副館長が並んで深々と頭を下げ、見送っていた。

「あの、いったい、これはどういう事……」
「吉川さん、役場には連絡を取っておいて頂けまして?」
「は。少し遅れる旨も伝えております」
「ご迷惑をおかけしますわ」
「いえいえ、お心遣いありがとうございます」

 少年の問いかけを無視して運転手の名を呼び、にこやかに微笑む。
 バックミラー越しの運転手の目じりが少しの間だけ下がり、それからきりっとした表情に戻った。
 ――やんごとなき御方を乗せた貴賓車(センチュリー)の運転手のように――。

 少年が女の横顔を見る。
 帽子を脱ぎ、ひざの上にに乗せた黒髪の女の顔は前方を見据え、凛とした表情を浮かべている。

「……」

(ゆーかさん、まるで……)
 彼女の顔をじっと見ていると、身も心も吸い込まれそうに感じ始めた――その時。

 ぐうぅ、きゅるるぅ。

 早朝から何も食べてない少年のお腹が鳴った。

「あ」

 少年が顔を耳まで真っ赤にして、お腹に手を当てる。

「……、ふ、ふふふっ」
「……ぷぷっ、くく、ははははっ!」

 女が口に手を当てて、珠を転がすような声で笑う。
 ハンドルを握る運転手も、笑いを堪えきれず、女が笑い出した後に続いて、口を開けて笑った。

「ははっ。お嬢様、町長には事情を話しときますんで、どこかに立ち寄ってお坊ちゃんにご飯を食べさせてあげましょう」
「そうね……。時間がないから、コンビニでもいいかしら。私は結構ですので」
「かしこまりました」

 道路脇のコンビニにタクシーを止めると、運転手が駆け降り、後部座席のドアを開ける。

「あの、車の中でおにぎりとか、お茶とか、大丈夫……」
「本当は駄目だけどな、坊ちゃん」
「助手、ですわ」
「助手――のあんたが腹ペコじゃぁ、お嬢様が仕事になんねぇだろ」
「はぁ。ありがとうございます。……あ、あの、ゆーさんの分は……」

 女は表情を変えず、かすかに首を横に振る。
 運転手は女をあだ名で呼びかけた少年に対して目を剥き、驚愕の表情を見せた。
 
「……い、行ってきます!」

 少年が車内の空気のざわめきを感じ取り、慌ててコンビニの店内に入って行った。


……。
 町役場でも町長が外まで直々に出迎え、古参の職員とともに資料室を案内する。
 
 何百年と続く建築会社でも、社長と、隠居した元社長が、創業時代の帳面や大工道具を持ち出して丁寧に彼女に説明をする。
 
 休日は閉館しているはずの郷土資料館――かつての豪商の家は、『連休の初日だけ特別に』臨時開館しており、館長が古い商家の庭先に有る土蔵に納められた非公開の所蔵品を手に取り、女に事細かに説明する。


 彼女は、明確に特別な扱いを受けていた。


「あ、あのぅ」
「ん?」
「話は付けてある……って、言いましたけど」
「ん」
「な、なんでわざわざ、館長さんや町長さんが出てきて、あなたの事を『お嬢様』って呼んで、あんなに丁寧に……」
「話は付けてある。それだけだ。同じことを何度も言わせないでくれ、少年」
「……」

 土蔵から運び出された陶器や古文書の写真を撮り続け、メモを取り続ける女におずおずと話しかけた少年は、それきり黙り込むしかなかった。

「よし、終わった、館長を呼んできてくれたまえ」
「……はい」

 少年が郷土資料館の館長を呼びに商家の裏口に入る。
「館長さん。『お嬢様』が、調べものが終わりました、と仰っております」
「はい、承知しました」

 館長は、少年に丁寧な言葉で応じる。――使いである少年の言葉を、彼女の言葉そのものとして受け止めているに違いない。

(あの、館長さん、『お嬢様』って、いったい何者なんですか?)

 そう聞きたい気持ちをぐっと堪えて、館長の後に続いて土蔵に戻っていく。
 少年が空を見上げると、太陽は山の方へと大きく傾いていた。


……。
 1日の調査を終えた2人を乗せたタクシーは、暮れなずむ山間いの道を進む。
「あの町にも、駅前に大きなホテルとかありましたよね」
「私が泊まると皆様にお手間をお掛けしますので、敢えてひとつ山を越えた隣村の旅館を予約してあります」

 少年の問いかけに対し、運転手にも聞かせるような口調で丁寧に答えた。

「わたくしどもとしてはまことに残念ではございますが……。これも深いご配慮の上かと存じます」

 ハンドルを握る運転手の額にわずかに汗がにじむ。

「皆さまとはまた、次の機会にゆっくりとお話ししましょう」
「は、お嬢様のお心遣いの数々、誠に痛み入ります」

 2-30分ほど曲がりくねった道を走り、峠を超え、眼下に小さな温泉街が見える頃には、陽はとっぷりと暮れていた。
 山間いのささやかな温泉街の街明かりが、ぽつぽつと夕闇の中に浮かび上がっている。

 車は、温泉街の中でもひときわ大きな旅館に近づいていく。

「あ、あれ……」
「あれが、本日の宿ですわ」

 女が顔を向ける先に、豪勢な木造造りの旅館の建物が見える。
 旅館に着くと、女将が広々とした玄関で出迎えた。

「ようこそ、お越しくださいました」
「どうも、お世話になります」


……。
「こ、この部屋、凄い、で……す」

 チェックインを済ませ、部屋に通された少年は出されたお茶を一口飲み、ぐるりと四方を見渡して素朴な感想を漏らした。
 
 広い畳敷きの部屋はほのかにヒノキと畳の香りが漂い、大きな床の間には鯉が描かれた掛け軸が掛けられ、鮮やかな花が生けられている。
 目の前の湯呑みも茶托も金箔がさりげなくあしらわれ、まだ人生経験が浅い少年が見ても、はっきりと高価なものだと感じ取れる。

「い、いったいお幾ら……」
「君は何も心配することは無い。注文は『ジーンズを履くな、ジャケットを着て来い』――それだけだったろう?」

 シャツの上から着慣れないジャケットを着て、スラックスを履いた少年が茶菓子を頬張る。

「はい。で、でもこの部屋、あんなものまで」

 少年が窓の外に目を向けると、窓ガラスの向こうに小さな露天風呂が見える。

「こんな旅館に泊まるのも初めてだし、まして、あんなお風呂まで付いてるなんて。……凄い、です」

 少年は、昼間の出来事を思い返しながら――確信していた。

(この人は……どこかの名家か大富豪の令嬢なんだ)


「ゆーさん、家ではすっごくズボラで、だらしなくて、僕がお世話ばかりしてるけど、実はお嬢……」
「みなまで言うな。全ては研究のためだ」
「研究?」
「今日回った先にあった非公開の資料を見る為には、私ひとりの力だけではどうしようもないのでな。私だって好きこのんでああいう扱いを望んでいるわけではない。普段の私を見ていれば分かるだろうに」
「はあ」
「実家から『話を付ける』と、……ああいう結果になるんだ」
「はあ」

 彼女の言葉に付いていけない少年が生返事を繰り返す。

「ああそうだ、もう1つ注意事項がある」
「はい」

 女は、座卓から身を乗り出し、少年と視線をはっきり合わせ、小声で言った。

「君は私の弟としてこの宿を予約している。ここでは、人前では私の事を『お姉さん』と呼べ」
「え”?!」
「君の苗字は私と同じでチェックインしてあるからな、くれぐれも頼んだぞ」
「は……」

 口をぽかーんと開ける少年を尻目に、静かに立ち上がり、浴衣に着替えようとするところを、一度振り返った。

「そうでもしなければ、若い女と少年の2人組が旅館に泊まれると思うか?」
「あの、姉弟って時点で不自然……」
「細かいことは気にするな、そういうことにしてある。旅館も特に何も言ってこなかった」
「……そういうこと……?」
「ちょっと遅くなってしまったからな、風呂は後だ、もうすぐ料理が来るから君も浴衣に着替えろ」
「あ、はい」

 少年が首を傾げながら、着替え始めた女から目を背け立ち上がり、自分の浴衣を持って部屋の隅に向かった。


……。
「こ、この料理、凄い、で……す」

 座卓いっぱいに並べられた料理を何度も見返す少年。

「さっきも同じことを言わなかったか?」
「だって、これ」
「たまにはいいだろう、じっくり味わいたまえ」
「は、はい」

 ぼたん鍋、地鶏の霜降り、天然アユの塩焼き……丁寧に面取り、隠し包丁されたほっこりした煮物や、山の幸の和え物、自然薯のかかった手打ち蕎麦、などなど。

「こんな山の中で魚の刺身なんぞ食べても仕様もないからな。……ぼたん鍋は君のために用意した」
「え?」
「本当は鯉が名物なのだが少年の口に合うかどうか分からなくてな。それに夜もあるだろう。精の付く、温まるものが良かろうと思って」

 女がくっと杯を傾けると、それを少年の前に差し出し、お酌を求める。

「あ、はい。……明日があるんですから、飲み過ぎないで下さいね?」
「その前に今夜がある。たっぷり食べておくんだぞ」

 女が昼間の涼し気な微笑とは違う、淫らさを湛えた笑みをにーっと向けた。
 徳利から杯に酒を注いでいた少年が、びくっと震える。

「や、止めて下さい。まだお風呂が……」
「ま、夜は長い。明日のチェックアウトは10時だ、焦らず行こう」
「はい……」

 頬が桜色に染まりつつある浴衣姿の女がほのかに湧き上げる体臭を、料理の美味なる匂いの間から嗅ぎ分けた少年のペニスがにわかに勃ち上がり、トランクスからはみ出て浴衣に擦れる。
 
「!」

 酒も飲んでいないのに耳を真っ赤にし、内股になる少年を肴に、女がに杯を傾けた。

「言っておくがな、君からも牡の匂いが漂ってるぞ。……連休前に自慰を止めて、生殖器の中に白いものをいっぱい溜めてきただろう」
「……」

 俯いて一言もしゃべらない少年を見ながら、女は唇の端に残った酒を、舌を大きく動かして舐め上げた。


……。
「こ、このお風呂、凄い、で……す」
「今日の君は同じ反応を繰り返すなぁ」

 髪を結い上げた女が、夜天を見上げる少年を見て呆れ顔をする。

「だって、星空があんなに綺麗で、このお風呂も、洗い場も、みんな……ヒノキですよね?」
「まぁな」

 少年の眼前に、女の豊かな乳房が2つ、湯船に浮かんでいる。
 風呂に長時間入り浸り、酒を飲み続けた女は目が据わり、顔中に汗の滴が浮かんでいる。

「飲み過ぎて……ませんか?」
「んー?」
「その徳利、何本目です?」
「さぁな」
「6本目、ですよ?」
「それがどうした」
「1リットル超えてるんです、日本酒で!」
「ここの酒は香りが良くて、喉ごしも良くて、実に美味くてなぁ。つい、キューっと言っちゃうんだ……ぷあっ」

 頬は桜色を通り越し朱色に近づき、濃紺の瞳をどんより濁らせた女が杯を口にし、のどをこく、こくと鳴らす。

「だから飲み過ぎですってば。明日に響きますよ?」
「なぁに、風呂に入ってれば汗で流れるさ」
「お酒飲んでずーっと温泉に浸かってると、身体に悪いです」

 女が杯を傾ける手を止め、少年を睨んだ。

「私はまだそんなことを気にする歳ではない!」
「歳とかそういう問題じゃなくて、のぼせちゃいますよ!」
「大丈夫だって言ってるだろう!」
「大丈夫じゃないです! 自分でそう言ってる人ほど……」

 女は風呂の傍らに腕を伸ばし、掴んだ徳利を目の前で逆さにして、残っていた酒を最後の一滴まで杯に注ぐ。

「これで最後だ。安心しろ、少年よ」

 杯をひっくり返し一気に呷る女がのどを鳴らすのを止め、少年をちらっと見て、にたぁ、と笑った。

「え?」
「んふ……」

 良からぬ気配を感じて風呂から出ようとする少年の腕を掴み、のしかかる。

「んん~」
「な、何を……んんっ!!」

 顔を背けようとする少年の顎を掴み、ぐっと自分の顔を近づける女。
 少年の唇に自分の唇を重ね、舌で口をこじ開けると、口中に含んでいた酒を、唾液と一緒に一気に流し込んだ。

「ん! んんー!」
 少年の喉元を、かぁっと熱い液体が流れ落ち、口内を女の舌が蹂躙する。
 体温が上がり、眩暈を起こした少年を、唇を重ねたまま強く抱き上げる。

「ん……! あぶっ、ふぁ、あっ……!」

 少年を風呂の縁に座らせると、一瞬で夜空に向けて勃ち上がった少年のペニスを見下ろす。

「少年よ。……そのカチカチのペニス。埒(らち)をあけてあげよう」

 そのまま湯の中に屈みこむと、ペニスを喉元まで咥え込んだ。

「あ、あああああああぁっ!」

 女の口腔に残ったアルコール分の刺激と、初めて経験する女の口唇の感覚に、少年が女の子のような切ない悲鳴を上げた。

「ん? ここ、部屋の外だぞ」

 少年の大声に、おしゃぶりを始めようとしていた女が眉を顰め、少年の股間から顔を離す。

「あ、ご、ごめんなさい、ゆ、お姉……さん」
「今日1日お手伝いをしてくれたお礼を、少年にしてあげよう……フェラチオ、初めてだろう?」
「は、はい」
「声が、出るな?」
「はい、出ちゃいます」
「部屋に行こうか」
「……はい」

 女が湯船から上がり、身体をバスタオルで拭う。
 アルコールを注ぎ込まれ、ペニスをしゃぶられ、頭が沸騰寸前になった少年が、熱に浮かされ、ぼうぅっとした顔で、女の後に続いた。


……。
「あ、く、口、すごっ。気持ち……いいですっ!」

 少年の亀頭のカリ首の周り、一番敏感な部分にちゅうちゅうと音を立て吸い付く女が、満足げな視線を送る。
 女と少年が初めて交わってから1年近く経つが、フェラチオは……今日が初めてだった。
 少年が舌で女に奉仕することはあっても、その逆は――今まで、無かった。
 女が少年に奉仕(サービス)することは、まったく、無かったのだ。

「んっ。うんっ、ちゅぱっ」

 わざとはしたない音をぺちゃぺちゃと立てて、少年のペニスを口いっぱいに頬張んでから、のどまで咥え込む。

「んぁあぁっ!」
「ん~♪」

 女が少年の淫らな叫びと、びくんと震えるペニスに満足げな笑みを浮かべる。
 ペニスを口で責められ続けていた少年が、それまで撫で続けていた女の頭を思わず強く握る。

「あ、あ、あ、あっ!」

 下腹部から込み上げてくる禍々しく熱い濁流の予兆を感じた少年が、声を短く刻み、上ずらせる。

「あ、あ、あ! もっ、で、出ちゃう!」
「……ぷはぁっ」

 もう少しで絶頂を迎えそうな少年のペニスから、いったん口を離した。
 女の眼前で、唾液にてらてらと濡れたペニスが限界まで膨れ上がり、少年の鼓動に合わせて震え、亀頭はキノコのように大きく傘を開いて、緋色に染まっている。
 大きく膨らみ、多量の精液を蓄えている陰嚢はすっかり皺が消え、少年の股間にびったりと貼り付き、ひくひくと動いていた。

「出るか?」
「はい、もう……すぐ」

 少年が目に涙を浮かべ、口の端に涎を垂らし、舌先を出してだらしなく口を開けている。
 ペニスがびくっ! と大きく震え、縦筋が少し開いて赤い粘膜を見せる鈴口から、どくどくっと先走りを溢れ出させた。

「苦しそうだな、少年」
「ああっ! ううう、……!」

 女が赤い風船のように膨らんだ少年の亀頭を、ちょんと突っつく。
 少年は全身を震わせ、歯を食いしばり、ペニスの根元から込み上げてくる生白い灼熱の濁流を必死でこらえる。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
「このまま少年の甘酒を飲み干してもいいんだがな、私は」
「ああ、うう……っ」

 女はそう言うなり、浴衣を脱ぎ捨て、部屋に敷かれた布団に仰向けに寝転がり、指先で十二分に潤んだ性器を拡げて、少年に見せつけた。
 女の陰毛が、陰核が、小陰唇が、膣口が、会陰が、薔薇のように肉の色に染まり、粘液でてらてらと濡れそぼっている。
 風呂に入り、身体を洗っててもまだ残っていた酸っぱい臭いと、新たに分泌されつつある甘ったるい牝の臭いが、少年の鼻を刺激する。

「ああ、あ、ああ、あ! ああっ! ……うくっ!」

 目をつぶり、歯をくいしばり、右手で陰茎の根元を握り締め、左手で陰嚢を掴んで身体から引き剥がし、強烈に込み上げてきた射精欲を必死で抑えつけようとする少年。
 その様子をを満足げに眺めている女が、続けた。

「ぐっ……、うぐっ……、あ、ふっ、はぁ……っ」
「その大きな陰嚢いっぱいに溜まった少年の精液は、ここに……」

 ぐちゃ、くぱっ。
 指でさらに性器を拡げ、朱肉の襞の奥でぽっかりと口を空いてぱくぱくと動き、よだれを垂らしてペニスを待ち構えている膣口を、腰を上げて少年にさらに見せつける。

「ここに、思う存分注いでくれたまえ」

 ごくっ。

 口を開けて舌をわななかせていた少年が口を閉じ、生唾を飲み込む音が聞こえる。
 臍まで反りかえったペニスをひくつかせながら、理性を失った目で女にふらふらと近づいていく少年。

「おいで」

 女の呼びかけに小さくうなづいた少年が、女の膝を開き、ペニスを膣口にゆっくりと近づけていく。

「ゆーさん、挿れます」
「うむ」
「あんまり、もたないかもしれません、もう、僕……」
「うむ、構わん」
「……あれ?」
「ん?」
「…………ゴム」
「は?」

 陰毛が逆三角形に形よく生え揃った女の股間に近づいてくる、先走りで濡れそぼった鮮やかなピンク色の亀頭が、股間に触れるか触れないかのところで静止する。
 蕩けた目でペニスが挿入される有様を見つめていた女が、少年の顔を見上げた。

「どうした?」
「……ゴム、持ってきます」
「おい、別に生でもいいんだぞ?」
「だ、駄目ですよぉ、今日、いっぱい出そうですし」

 目にわずかに光が戻り、挿入直前で最後の理性を取り戻した少年が、尿道をしごき上げて先走りを出し切り、ティッシュで亀頭を拭ってから、デイバックの一番奥に入っていたコンドームを取り出す。

 少年が手にしたコンドームのパッケージを見て、女が顔を曇らせた。

「こんな特別な場所なのに……特別サービスもしてやったのに……それでも君はそれを使うのか」
「当然です。ゆーさんを妊娠させちゃったらどうするんですか」
「私はそれでもいいんだぞ?」
「駄目です」

 少年がパッケージを破き、薄緑色のゴム膜を取り出そうとすると、女が制した。

「待て。じゃぁ、こうしよう」
「はい?」
「中出ししなくていいから、……生で挿れてくれないか」
「それも……ダメです」
「中出ししなければ大丈夫だろう」
「先走り……カウパー腺液、でしたっけ? これにも精子が含まれてるって聞きました」

 ティッシュで拭った透明な粘液を女に見せつける。

「今日の私は安全日だ、それは少年もよく知っているだろうに」

 携帯を持たない彼女の代わりに、少年のスマホには生理日予測アプリが入っている――正確には、勝手にインストールさせられた。
「安全日でも、駄目です」
「生で、挿れてくれ」
「駄目です」
「避妊しないと、駄目なんです」
「頼む、お願いだ、最後は外出しでも構わないから。……お願いだっ! 私のおま×こを、少年のおちん×んで直接こすってくれ!」

 女の目から涙が零れるとともに、大きく開いた股間からもどろどろっと多量の愛液がこぼれ落ちた。

「ゆーかさん……?」
「お願い、お願いだっ! 生で挿入(い)れてくれっ! 中で出さなくていいから生おち×んちんでじゅぽじゅぽしてくれっ!」

 女が腰を跳ね上げ、全身を汗まみれにしながら懇願する。
 こんな乱れた女の姿を――少年は初めて目の当たりにした。
 
「ゆーかさん!」

 少年のはっきりした語気に、女がびくっと震える。

「落ち着いてください、はしたないですよ」
「でも、でも……。欲しいの、少年の生ち×ぽ」

 普段のクールな顔をぐしゃぐしゃにして、ペニスをせがむ女は首を横に振りいやいやをする。

「もう僕は限界です、このまま入れたら、すぐ出ちゃうかも……」
「やだっ! 少年の生ちん×でおま×ここすってくれなきゃやだやだっ! やだやだやだやだぁっ!」

(こんなに余裕のないゆーかさん、乱れたゆーかさんを前に……僕はどうすれば……)

 逡巡していた少年が、一度深呼吸をして、覚悟を決めた。

「今夜だけ。特別、ですからね」
「え?」
「直接、挿れます。でも、中には、出しません。出そうになったら抜きます。それでいいですね?」
「あ、ああ……嬉しい」

 女の顔が歓喜に染まり、ぶるっ、と全身を大きく震わせた。

「ちょっと待ってください。……これ、醒ましてきます」

 さっきの酒が残りガンガンする頭を押さえながら、少年が露天風呂に向かう。
 洗い場で桶に水を注ぎ、頭から水を被り、興奮を押さえる。
 そして、限界まで勃起したペニスをシャワーで冷やしながら、新たに溢れてきた先走りを絞りつくした。


……。
「お待たせしました。待たせてごめんね、ゆーかさん」
「ううん……いいよ」
 
 少年は女に覆いかぶさり、キスを交わす。
 さっきまでの豪華な夕食の味と、大量に飲み干した酒の味が、少年の口中に唾液交じりで流れ込んできた。

「挿入(い)れますよ、生のお×んちん」
「あっ、入れて、入れて、少年の生ちん×」

 ぱくぱくとおねだりを繰り返していた膣口に、爆発寸前からは少しだけ落ち着いたペニスをあてがう。
 トロトロに溶けた女の性器が、少年の亀頭を難なく咥え込んだ。

「熱……っ!」
「あは、入ったぁ」

 女が無邪気な歓声を上げると、少年は腰を沈め、コンドームを付けていないナマのペニスを、女の膣奥深くに挿しこんだ。

「あ、生ちん×、生ち×ぽ、凄いよぉっ!」
「ゆーかさんの中っ! すごく熱くって、ぎゅうぎゅうって、締め付けてきて……ああっ!」

 腰を大きく揺らし、グラインドさせる少年の下で、女の腰が何度も跳ね上がる。
 少年は女の胸の谷間に顔を埋め、舌を這わせ、汗を舐めながら、必死で下半身を女の腰に打ち付ける。

「い、い、いいの、いいよっ!」
「き、気持ち、いいんですか? ゆーかさん?」
「うん! うんっ! すごくいい、生エッチしゅっごくいいのぉ!」

 思い切り首を縦に振り、声をうわずらせ、普段とは違う呆けた口調で快感を味わう女。
 今までの性行為では薄いゴム膜で隔てられていた2人の粘膜は直接擦れあい、互いの性器が帯びる熱さと体液のぬめりを直接感じ合っている。
 少し醒ましたとはいえ、すでに射精寸前まで上り詰めていた少年の下腹部からペニスの根元にかけて鈍痛が走り、全身の感覚が集まりはじめる。

「んっ、あ、ああ、あ、あ、あっ!!」
「イくの? でるの?」
「あ、あ、もっ、もうすぐ、出っ……ます!」
「い、いいよ、このまま、ぐちゃぐちゃ、じゅぶじゅぷし続けてっ。中で、中でイってっ!!」
「あ、あ、あ! あ!!」

 少年の声のトーンが上がり、少女のような喘ぎ声に変わる。
 目をつぶって膣内射精(なかだし)の瞬間を待ち構える女の顔の横……がくがくと揺れる少年が少し視線をずらすと、ちらっと飴の袋のようなものが目に飛び込んできた。

「あ! あ! あっ! ああ、あっ?……ああああっ!? いけないっ!!」

 ピストン運動をフィニッシュに向けて加速し始めた少年が、突如腰の動きを止めた。

「え、え? ええっ!? なんでやめるの?」
「ゴム! ゴム付けないと!」

 少年があわててペニスを抜こうとすると、女が両足を少年の腰に絡ませる。

「あ、やだっ、何するんですかっ!」
「このまま、イって、生で出して!」
「駄目ですって! 約束したでしょう!?」
「いいの、このまま続けて」
「駄目ですってば、駄目っ!」
「精液欲しいの! 少年の精液ちょうだい、膣内(なか)にたくさんちょうだいっ!」

 女が足に力を入れ、少年のペニスを押し戻し、降りてきた子宮口にくっつけんばかりに腰を密着させる。
 少年は、女の力に抗いペニスを抜去しようと腰に後ろ向きの力を込め、全力でペニスを引き抜こうとする。

「ゆーさん、駄目です、中出しは駄目です!」
「やだ、中に出して! 中にザーメンどっぴゅっして!」
「駄目っ!」
「やだ!」
「ゆーさん、離して下さい!」
「やだやだ!君のザーメン欲しいの、わたし少年のあかちゃん妊娠するのぉ!」

 女は完全に理性が吹き飛んで、膣内射精をせがむばかりの肉壷と化していた。
 足を絡ませたまま、腰を使って少年のペニスをしごき立て、射精を促す。

「あ、ああっ、駄目、出ちゃう!」
「出してっ、出してっ、出してっ、出してっ、出してっ、出してっ!」
「ゆーさん!」
「ザーメンちょうだい、わらしのお×んこにいっぱいちょうだいっ! 少年のせーし欲しい、しょーねんのあかちゃんほしいよぉっ!」


……。
「悠遥浬(ゆかり)さんっ!」

 少年は、女の名前を呼んだ。
 全身を蕩かし尽くす快感と膣内射精(なかだし)への期待にどっぷりと浸って狂爛していた女の表情が、一瞬でこわばり、すっと血の気が引く。

「あ、あっ!? ダメ、やだっ!」
「悠遥浬(ゆかり)さん、聞いてください」
「やだ、やだ……止めて!」

 女――悠遥浬(ゆかり)――が両目から涙を流し、手で顔を覆う。

「名前呼ぶの、駄目っ!」

 顔を覆ったまま、涙声で叫びながら、腰を蠢かす。

「名前呼ばないで、少年! このまま、中に……」


「ゆうかり!!」


 少年は彼女の――『真の』名前――悠遥浬(ゆうかり)――を、呼び捨てで叫んだ。
 
「!!!!!」

 女が覆っていた両の手を開き、かっと目を見開く。

「あ、あ……」

 腰の動きが止まり、女の全身の力が抜ける。
 両足も、だらんと力が抜け、布団の上に落ちた。

「落ち着いて……悠遥浬(ゆかり)さん」
「あ……あ。ああ、お止め下さい、――――様」

 その時、少年には、悠遥浬(ゆかり)が微かな声で自分の名を呼んだように聞こえた。

「いったん、抜きま……」

 少年が腰を引き、ペニスをそーっと抜こうとした瞬間、女の腰が大きくバウンドし始めた。

「あ、やだやだあっ! きちゃやだ、きちゃやだぁ!」
「え? ゆか……」
「や、や……あ”がはぁっ!!、うぐうぅぅぅっ!!!」
「え、ええっ!?」
「が、あ、びぃぃっ! らめぇぇっ!」

 膣内の襞がぞわぞわと騒ぎ出す感触に、少年は慌てて一気にペニスを抜き去る。
 ちゅぽ、……ぺちん!
 女の膣から抜けたペニスが少年の腹に当たる。
 射精直前のペニスをヒクつかせる少年の腹の下で……女が絶頂を迎えていた。

「イく、イ、イ、イっ、ああああああああああああああーーーーーーー!!!」

 獣のような叫び声を張り上げ、腰を痙攣させ、背中を逸らせる。

「ゆ、ゆーかさ」
「わらし壊れちゃ、こわれ……あびいっ! ぐひいぁっ、じぬぅう!、ぐぅううぅんんんっ!!」

 少年を無視して、女が白目を剥いて全身を震わせ、陰核の下、膣口の上の小さな尿道口から透明の液体をぴゅっぴゅっと吹き上げる。
 その声はもはや声になっておらず、女は押し寄せる絶頂の波に呑み込まれ、完全に悶え狂っていた。

「ゆーかさん、しっかりして! しっかりして!」
「あばぁああっ、ぐぅぅぅっ、ぉおあああっ! えうぅぅぅっ!」

 普段滅多にイかない女が、名前を呼んだだけで、激烈な大絶頂を迎える――少年の想定していなかった事態が発生した。
 口の端から白い泡も飛ばし始めた女を抱きかかえ、必死で痙攣を押さえようとする。
 
「ゆーかさん! ゆーかさんっ!!」
「んんんっ! ぎぃぃっ! いっで、い”ってるうぅぅううっ!」
「しっかりして! しっかりしてっ! 気を確かにっ!! ゆーかさんっ!!」


……。
「はぁ、はぁ、ああ……」

 視線を泳がせていた女のぼやけた視界に、涙ぐんだ少年の顔がぼんやりと浮かんでくる。

「あ あれ? しょ、しょーねん?」
「ゆーさん、ゆーかさん!」
「あ、う、あー……あー?」
「だ、大丈夫ですか?」

 痙攣と絶叫をしばらくの間繰り返し、布団でのたうっていた女は、痙攣のピッチが小さくなって行き、……やがて動きを止めて、死んだように動かなくなっていた。
 大きく上下し、揺れる豊かな胸と、ひゅー、ふー、という荒い呼吸だけが、女が生きている証拠だった。

「あ、私……イったの、か……」
「僕、本気で、救急車呼ぼうかと……」

 ぐずっ、と、少年が鼻をすする。

「すまんな」

 今度は少年が肩を大きく震わせ、泣きはじめた。

「よ、よかった、ゆーかさん、死んじゃうんじゃないかって、僕、僕……どうしようかって」

 えぐ、えぐと胸に顔を埋めて泣く少年の頭を、女は力の入らない手をゆっくりと持ち上げ、静かに撫でる。

「君に、心配かけたか」
「……いいんです、ゆーさんが正気を取り戻してくれたから」
「少年、あのな」
「……はい」

 頭をなでる手と、少年の背中に回った女の片手に、強い力が入る。

「私の本名は、呼んではいけないのだ。前にそう言っただろう」
「……ごめんなさい」
「就中(なかんずく)、『真の名』は、私の父母以外、私に対して、……決して呼んではならぬのだ」
「……ごめんなさい、でも……」

 少年が、胸から顔を離し、彼女の目をまっすぐに見据える。
 まだ穢れを知らない子犬のように純真な、こげ茶色の瞳。

「あなたを落ち着かせるには、あの場では、名前を呼ぶしか……」
「少年、我が家系(いえ)の人間の『真の名』を呼んだら、どうなると思う?」
「え」

 女の瞳が、怒りとも戸惑いともつかない感情を湛え、不気味な光を帯びている。
 ただならぬ雰囲気に、少年の全身に鳥肌が立つ。

「あ、あ……」
「呼ばれた者は……呼んだ者に魂を吸い取られ、傀儡(くぐつ)と化す。呼んだ者に一生隷属する人形となるのだ」
「……あ」
「少年よ、我が名を呼んだ以上、責任は取ってもらおうか」
「あ……」

 少年が抱きついたままで、女が半身を起こす。
 少年は女に押される形で立ちあがる。
 そして、女は目の前にある、少し萎んでいた少年のペニスと睾丸とを、両掌でぎゅっと握り締めた。

「あ痛っ!」
「これで! 責任を取れ! 私はもう君の物だっ!」
 
 敏感になっていた性器を乱暴に掴まれた少年が、鋭い悲鳴を上げた。

「さぁ、今すぐ!」
「ま、待って下さい!」
「待てん! 人を傀儡にしておいて逃げ出す気か少年!! さぁ私の胎内(なか)にお前の精液を存分に放ち、子を宿すのだっ!」

 女の目と表情には狂気も淫気も感じられない。目が吊り上がり、口をきっと結び、怒りと決断に満ち満ちている。

(悠遥浬さん、本気だ……)

「さあ! さあ!」
「ぼっ、僕は、あなたに、僕の子供を宿すことを約束します!」
「当然だ!」
「でも、それは今夜はできません!」
「何故だっ!?」
「い、今の僕には、あなたの夫となる資格が無いんです」
「構わん! そんなものは後からどうにでもなる!!」
「ゆーかさんが構わなくても、僕が!」

 少年も真剣な面持ちになり、彼女の目を睨み返す。

「僕が自分を許せない! あなたを妻として迎え入れるだけの地位を、人格を、知識を! 身体を! 全て自分の力で、自分のものにしてから! それからでないと! 僕はあなたを僕のものにできないっ!」
「はっ! それまで何年かかる!?」
「あなたの今の歳までには、必ず!」
「言ったな、約束しろ少年!!」
「もちろん、待っててください――悠遥浬(ゆかり)さんっ!」
「絶対だぞっ!」

 男性器から手を離した女が、少年の手を強く握りしめる。
 少年も、その手を女と同じように、強く強く握り返した。


……。
「落ち着き、ましたか?」
「ん」

 事後の男女のように、片手を握っ合ったまま、同じ布団の上で女と並んで天井を見ていた少年が、首を横に向ける。
 普段通りの、冷静な表情の女の顔が、そこにあった。

「続き、しましょうか」
「ん」

 少年が起き上がり、ペニスを突き出す。
 女は上半身を起こして、鈴口から溢れる灰白色の濁りの混じった先走りを指に絡ませてから、二度、三度としごき、また硬さを取り戻させる。

「ゴム着けますけど、いっぱい出します、ゴムが破れるくらい、いっぱい出します」
「ふん」
「全身全霊で、あなたを愛して、突き上げて……出します」
「やってみろ」
「挿れますよ」
「来い」

 女が布団の上で足を開き、少年を受け入れる姿勢を取る。
 ふうっ、と息を吐いて、少年がゴム膜で包み込んだペニスを女の股間にあてがう。
 そこから、一気に膣奥まで押し込み、いきなり激しいピストン運動を始めた。

 じゅぷじゅぷじゅぷじゅぷっ!
 ぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅっ!

「ああ、すっ、凄いぞ、し、少年っ!」
「たとえゴム膜で隔てられていても、僕、ゆーかさんの膣(なか)の熱さは十分に感じ取ってます!」
「あ、あっ、いい、もっと速く、もっと深く!」

 ばちゃばちゃと激しい水音を立て、少年がペニスを振動ドリルのように激しくよじり、膣奥に衝撃を加え、突き上げる。

「あ、い、いい、いいっ、いいよっ!」
「すご、ゆーかさんの中、ぎゅー、ぎゅーって、締め、てる……っ!」
「あ、あ? あれ? わたし、あ、あ、ああっ! また、お、おっきい、おっきいの来るっ!」
「あ、ぼ、僕も、僕ももう……すぐ、出、で、出ちゃう!!」
「少年、い、一緒に!」
「はっ、はいっ!」

 少年の腰の動きがさらに速くなり、複雑な8の字を描くとともに、女の腰も細かく振動し始める。

『あ、あ、あ、ああああっ!!!』

 少年と女の体内で押さえきれない熱いものが一気に吹き上がってくる。
 2人が、同時に甲高い声を上げ始めた。

「出、出る、出っ……!!」
「イ、イく、イっ……!!」

 少年の腹の底から熱い精液が吹き上がるのとほぼ同じタイミングで、女の膣が奥へ奥へと蠢動し、全身が跳ね上がる。

『ああああああああああっ!』

ぶしゃ、ぶしゃ、どびゅるるるるっ!

 少年は、女の熱いどろどろの膣内で、さらに熱い自分の精液が亀頭を一気に包み込む感触と、ペニスの根元で彼女が噴出した熱い体液(しお)の感覚を同時に感じながら、押し寄せる快感に流され薄れかける意識の中、ペニスをさらに深く、奥へと突き上げる。
 少年の尿道口と女の子宮口が、0.01ミリのゴム膜を隔て、初めての熱いキスを交わした。

「ゆーさんっ、ゆーかさんっ、ゆーかさんっ!」
「少年、少年、……少年っ!」
「このまま、ぼくのおちんち×とゆーかさんのおまん×が、溶けて、くっついて、1つになっちゃいそう……ですっ!」
「ああ、いい、いいぞ、1つだ、1つになろう!!」

 少年は身体を震わせながら、体内の数億の自分の分身を、一滴残らず絞り出そうと、腰をゆっくりと動かし、また強く突き刺す。
 その動きに合わせ、女の足がまた少年の腰に絡み付き、痙攣し続ける膣内に続き、腹、胸、腕、唇……全身を絡みつかせ、密着させ、少年の体液を一滴残さず絞り出そうとする。
 2人はその後も長い間繋がったまま、大きく、ぶるっ、ぶるっ、と震え続けていた。


……。
 絶頂後も繋がったまま、絡み合い、口づけしあっていた2人。
 少年がペニスが落ち着き始めたのを感じとると、静かに女の身体から離れ、ゆっくりとペニスを引き抜く。

「え? う、うそ……」
「あ、それ、す、凄いよっ、……あ、いっ」

 少し萎みかけた少年のペニスを覆うゴム膜は……先端の精液溜まりや亀頭の周辺をはるかに超え、陰茎の半分くらいまで乳白色の液体で溢れかえっていた。
 女が真珠色の精液で満たされた少年の肉棒を見て震え、軽い絶頂を起こす。
 少年は、溢れんばかりの熱い精液を一滴たりともこぼれないよう、慎重にコンドームをペニスから外す。
 根元を縛り、大量の体液で満たされたコンドームを、少年が女の目の前に差し出した。

「僕の、全身全霊です」
「ああっ……君の全身全霊、……あったかい」

 女がそれを受け取ると、宝石に触れるように優しく撫ぜ、頬にそっと当て、少年の体温を慈しむように感じ取った。
 
「僕もゆーさんも、……シーツも、ぐしょぐしょになっちゃいました」
「あ、うん」
「……またお風呂、入りましょっか」
「ん」

 力の入らない腰を上げ、互いを支え合いながら露天風呂に向かい、温泉の湯でべとべとになった身体とシーツを洗い流す。
 そして、浴衣を着直し、隣の布団で眠りにつく2人。

……。
 女の枕元には、明かりを消すまでの間、慈しみ、頬ずりし、咥え、弄んでいた、少年の放った黄白い精液が大量に詰まったコンドームが、重ねたティッシュの上に置かれていた。
 少年の頭をかき抱き、胸に抱きしめ、髪をそっと撫でながら、女が寝物語を語る。

「少年、クルト・ヴァイルを知っているか」
「いいえ」
「ドイツの作曲家だ。そのヴァイルが作った曲、『ユーカリ・タンゴ(Youkali Tango)』」
「……はい」
「その曲にフランスの作詞家、ロジェ・フェルネが歌詞を付けた」

 少年は彼女の大きな胸に顔を預け、女の放つ甘い香りを嗅ぎながら、女の鼓動を感じながら、黙って独り語りを聞いている。

「そこで歌われるYoukaliとは、地の果て、海の果てにある理想郷の島。……そして、どこにも存在しない島」
「……」
「それが、私の名の由来。――私はね、この世の果ての、ありえない理想郷なんだ、少年よ」
「……僕、絶対に、理想郷(そこ)にたどり着いて見せますから」
「頑張れ」
 女が哀切な短調の曲を、小さな声で、流暢なフランス語で歌い上げる。
 少年は黙って、そのか細い歌声に耳を傾けていた。


 女の切ない歌が終わる。
 女の瞳と、少年の瞳が、月の光にわずかに照らされる和室の中で、星のように輝く。
 その輝きが消えると、くちゅ、ちゅ。……唇の触れ合う、湿った音が部屋に響いた。
 
「おやすみ、少年」
「おやすみなさい。……あの、ゆーかさん、最後に1つだけ」
「何だ」
「なんで僕の事を、名前で呼んでくれないんですか」
「それはな、極めて簡単な理由だ」
「?」

 ふたたび、少年の唇に女の唇が触れる。
 
「……ん」
「君の名前は――私の父の名と同じなんだ」
「!」
「君は、ご母堂の名前を叫びながら性行為(セックス)が出来るか?」
「む……無理です」
「だから、私が君の物になるまでは、私が覚悟を決めるまでは、君の名を呼ばわることは出来ぬ」
「分かりました。その日まで待っててください。おやすみ、――――」
「……」


 ユーカリ。


 少年は、最後の言葉を声に出さずに、口だけを動かして、呼んだ。
 女は、意識を仄暗い闇の中に沈め、安らかな寝息を立てはじめていた。 
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