逆さの砂時計
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純粋なお遊び
合縁奇縁のコンサート 18
vol.25
【強者の傲慢=弱者の怠慢=大衆の無関心6】
「コイツはな! 次期大司教に就任してからずっと! 各孤児院に支給されてる運営資金の三分の一ずつを、国民に無断で! 実家であるアヴェルカイン公爵家に横流ししてんだよ!」
保護者と被保護者の絶対的な信頼関係を壊そうと、大きな声で一言一言丁寧に、自信たっぷりに吐き出された叫び。
……だったのだが。
「よこ、ながし……? って、なぁに?」
幼女に難しい話は通じなかった。
ちょっと、何を言っているのか解りません、とばかりに小首を傾げるミネット。
貴族社会の暗部に触れる重大な秘密を暴露したにも拘らず、その意味を全く理解していない幼女の無知ぶりに、クァイエットが小さく舌打ちする。
「……だからガキは嫌いなんだ。面倒臭ぇ。良いか? お前らと同じ孤児が暮らしてるアルスエルナ国内の各孤児院には、毎年必ずその土地の財政状況と収容人数に応じた運営資金……つまり生活資金が割り当てられてる。服を買うにも、調味料を揃えるにも、この資金が支給されなければ話にならないって事くらいはさすがに解ってんだろ」
「えーと……おかねがないと、おかいものができないってこと、だよね? しってるよ! おかいものするとき、なくしちゃだめだよっていって、わたしてくれるもん!」
「その金は国が出してるって事も、当然知ってるよな」
「うん! ごはんをたべられるのも、あたたかいおふとんでねむれるのも、ぜんぶ、えらいひとたちが「きふ」してくれるからだって、いんちょうせんせいも、ぷりしらさまもいってたよ! だから、いつもありがとうをわすれたらだめなんだよって」
「じゃ、国が支給してるその金に、国民から集めた税金も混じってるってのは?」
「しってる! あるすえるなでは、みんなでおかねをだしあって、どうろとかいろんなものをせーび? してるんだよね! こじいんへの「きふ」も、その……いっかん? だっけ? なんだよね?」
「そう。偉い奴らが「こういうのを作ったらどうか?」って感じの話し合いを重ねて、それを作る為に、必要な分の金を国民から掻き集めてるんだ。こうやって使うから、お前達もこれだけ出してくれ、ってな。そうやって集めた金は全部話し合いで決められた通りに使われる。決められた通りにしか使っちゃいけないんだ。どうしてだか解るか?」
「えと……ひつようだから、あつめたおかねでぇ……あ! そうか! 「なはしあいできめたこと」が、おかねをだしてくれたひとたちとの「やくそく」、なんだね!」
「その通り。本来の税金ってヤツは、約束した理由や結果を実現する為、もしくは実現させた代わりに集める正当な対価だ。だから、集めた金を決められた使い途以外で消費すんなら、それは約束を破ったって意味になる」
「やくそくは、まもらなきゃだめだよ!?」
「そうだろう? 約束は守らなきゃ駄目だ。約束を守らない奴は嘘吐きだ。嘘吐きは悪い奴だ。そうだよなぁ?」
「うん! うそはわるいこと! わるいことは、しちゃだめなの!」
「じゃ、やっぱり「ぷりしらさま」は悪い奴だな?」
「え」
嘘は良くないと身を乗り出して大袈裟なほど勢いよく首を上下させていた幼女の動きが、ぴたりと止まる。
「なんで……? ぷりしらさま、やくそく、やぶったこと、ない……」
「国民はなぁ。一部をお前ら孤児の生活資金として使いますよって約束の上で税金を納めてんだ。なのに「ぷりしらさま」ときたら、孤児院で消費されるべき金を、国民に一言の説明も無く、黙って自分の家に持ち帰ってんだぜ? しかも、国内各地に在る孤児院それぞれから、毎年三分の一ずつだ。具体的な金額までは知らないが、それはどうやらオレが想像してるよりもずぅーーっと多いらしいぜ? そんだけあれば、お前らもお前らの仲間も、もっともっと快適に生活できてただろうに。もっとたくさんの孤児が救われてただろうに。とんでもねぇ話だよなぁ? これが「悪い事」じゃないなら、何だってんだ? ん? 言ってみな?」
「だまって……? ぷりしらさまが……?」
「それが横流しって言葉の意味だ。悪い事は駄目だって言ってたコイツこそが、裏でコソコソと悪い事をやってたってこった。残念だったな、クソガキ!」
信じられないと顔に書いて固まるミネットを横目に、クァイエットは声を上げて笑う。
ざまあみろと心底嬉しそうに、裏切りが発覚した現場を笑い飛ばす。
が。
「……なぁ、おっさん」
不快そうに眉を寄せているマイクが、いつの間にか少しだけ開いていた扉の向こう側から、不機嫌な声で話の流れに水を差した。
「誰がおっさんだ、クソが。ぶっ殺すぞ!」
「こえがデカイよ、おっさん。それよりさ、プリシラ……さま、が、うんえーしきんのいちぶをこーしゃくけに入れてるってはなし、オレもミネットもほかのみんなも、しってるぞ?」
「え?」
「はぁ?」
扉を大きく開き、重い足取りで室内に踏み入るマイク。その二、三歩後ろに
「貴族も勿論、伺っていますよ」
「……っ!?」
失礼しますと言ってきっちり頭を下げてから入室した、戦闘服姿のベルヘンス卿が付いて歩く。
「まえにいってたもん。ほんとうはもうすこしらくにさせてあげられるんだけど、こっちもだいじなことだからって」
「ええ。短期的には多くの難を伴いますが、長期的に見れば此方のほうがよほど重要と言えるでしょうね。生活資金という名目からも外れてはいません。従って、我々がアヴェルカイン公爵閣下を罪人と断ずる事はできません」
「な、ぁ……っ!?」
佩剣した騎士の登場で身の危険を感じたのか思いっ切り仰け反るクァイエットに、プリシラの斜め後ろで控えたベルヘンス卿はにっこりと笑って両腕を背後に回した。
白刃を振り上げるつもりは無いらしい。
「な……、なんなんだよ、お前……!?」
それでも怯えが抜けないと見て、腕を組んだままのプリシラが小さく笑みを溢す。
「彼は、アルスエルナ王国第三王子殿下付き第三騎士団団長兼、数日限定で私の護衛を務めている、ボナフィード=フルウム=ベルヘンス卿よ」
「王……っ」
「彼が居る間は、発言の仕方や内容に十分気を付けなさい? 私なら見過ごしてあげられる程度の物言いでも、彼の立場では見逃してくれないし、私の権限では彼を止められないから」
プリシラと共に孤児院を訪れたベルヘンス卿含む第三騎士団員達は、あくまでも借り物の護衛だ。彼らを動かす権利は常に主人であるヴェルディッヒ=セーウル=ド=アルスヴァリエ王子本人か、王子に対する命令権を所持している人間が保有する。
セーウル王子の従姉弟ではあっても、プリシラにその権限は与えられていない。
……表向きは。
クァイエットへの忠告は、複雑な力関係で成り立っているお家事情など知る由も無い彼への親切心でもあったのだが。
「……脅しのつもりかよ……クソが!」
知らなければ伝わらない物もある。
不法侵入後に拘束されている犯罪者の視点では、権力と暴力を併せた圧力にしか感じられなかったようだ。笑顔の後ろに剣が見えていればそれも仕方がない話。
奥歯をギリリと鳴らしながら自分達を睨み付ける青年に、プリシラとベルヘンス卿はヤレヤレと両肩を軽く持ち上げた。
「ねぇねぇ、まいく」
鋭い敵意と呆れが入り交じる空気の中、ミネットが隣に立ったマイクの服の袖を掴んでチョイチョイと引っ張る。
「ぷりしらさまの、よこながし? みねっとも、しってるの?」
プリシラが自分に嘘を吐いていたのかも知れないと不安そうな顔をするミネットだが、マイクは平然と「しってるよ」と、頷いた。
「それさ。たぶん、「けんきゅうひよう」のことだ」
「けんきゅー……?」
「びょうきとくすりの、けんきゅうひよう。ミネットもきいてただろ? オレらには「しゃかいほしょー」がないから、ふつうのびょういんじゃ、しんさつりょうがはらえないって。その代わり、こーしゃくけがきふきんをちょっとだけつかって、オレらのくすりをつくってくれてるんだよ、ってヤツ」
「な……っ!?」
「……ああ! なぁんだ、そっかぁ! よこながしって、おくすりのことだったんだね!」
マイクの説明を受けて目を剥くクァイエットと、聞き覚えがある話に喜ぶミネット。
二人の反応を見ていたプリシラが、ふふっ、と、意味ありげに含み笑う。
「おくすりなら、みねっと、しってたよ! ぷりしらさま、やっぱりうそついてないよ! ぷりしらさまはわるくない!」
「ちょ、待て! 病気と薬の研究だと!? 貴族が!? んなワケ……っ」
「私の実家であるアヴェルカイン公爵家ってね。王族お抱えの宮廷医師や宮廷薬師を何人も輩出してきた、医療分野特化の家系なのよ。勿論、私自身も医師と薬師の資格を両方所持しているわ。そしてね。同じ国で産まれ育っていても、普段の食事や生活習慣や住環境に違いがあると、患う病気の種類も微妙に異なっていたりするのよ。つまり王侯貴族向けの研究費用なら家の収入で賄えるけど、それ以外に手を出そうとするなら、その分の研究費用は別の場所から持って来る必要があるの。これが、貴方が「横流し」だと思っていた物の正体よ。厳密に言えば次期大司教になるよりもずっと前から続けているのだけど、私は確かに孤児院の運営資金の一部を実家へ流しているわ。その対価として、公爵家の研究技術と成果を各孤児院に提供してる。……だから言ったでしょう?」
私達には貴方のお母様を助ける力が有った。
治療方法も必要な材料も揃っていた。と。
「貴方のお母様が生きていた頃も既に同じ事をしていたのよ。貴方が必要としてくれなかっただけで。」
「そ、そんな……、い、いや! 騙されないぞ! 生活資金の内だとしても、本来の配分を国民に偽って使ってるのは事実っ……」
「ねぇ、勉強をサボってばかりだった「問題児」のクァイエット君。「横流し」の話って、何処で聴いたの? もしかして、中央教会の敷地周辺だったんじゃない? 都民の噂話とか」
「!! ……っだったら、なんだよ!?」
図星だった。
中央教会を出て直ぐの所で孤児院へ出発する直前のプリシラ達一行を取り囲んでいた都民の群れ。彼らの噂話が、クァイエットの情報源になっていたのだ。
そうと判れば当然
「「だったら、みんなもしってるってこと、だよね?」じゃん?」
子供達も突っ込まずにはいられない。
「んな、 ……あっ!!?」
「まぁ……公爵ほどの権力を保持している家が本当に隠蔽していたのであれば、都民の噂の種にはなりようがありませんよね」
今更気付いて目を白黒させるクァイエットに苦笑いを溢すベルヘンス卿。
プリシラは両手で口元を覆いつつ、ぴるぴると肩を震わせている。爆笑寸前だ。時々ぷふっとか、ぴすっとか聴こえる息が抜ける音に、青年の顔が見る見る赤く染まっていく。
「で、でも、詳しい説明はしてなっ」
「お薬等、目に見える結果がちゃんと孤児院内部に在るのです。価値を知る者を招けば立証は可能でしょう。知ろうともしない者には、三分の一という数値だけでも十分なのでは?」
「ふぐっ……」
反論しようとすればするほどドツボに嵌まっていくクァイエット君。
切り札を出したつもりで大恥を掻き、最後には言葉を失って、唇を虚しく上下させるしかなくなったようだ。爆発しそうな頭が少々哀れに見えてくる。
しかし。
「やっぱり、ぷりしらさまに……」
「ミネットさん」
純粋な子供達は、クァイエットの複雑な心情を汲み取れるほどには成長していない。とにかくプリシラを嘘吐き呼ばわりした事を謝ってほしい一心で詰め寄ろうとして、ベルヘンス卿の手に引き止められる。
「大丈夫。プリシラ様への謝罪は、御本人にお任せしましょう。それより、私達をお手伝いしていただけませんか? 貴女とマイクさんのお力も必要なのです」
「? おにいさんを、おてつだいするの? みねっととまいくが?」
「お願いできますか?」
「んーと……」
此処を離れて良いのかと目で尋ねるミネットに、両手を下ろしたプリシラはにっこり笑って頷く。
「わかった! なにするの?」
「一旦、廊下へ出ましょう。マイクさんは、プリシラ様にご報告を済ませてください」
騎士と少年は何らかの報告の為に来ていたらしい。ベルヘンス卿に促されたマイクは、渋々プリシラに向き直った。
「うん。……プリシラ……さま。さっきは、ごめんなさい、でした」
ミネットの「嫌い砲」が相当効いたらしく、今度は素直? に頭を下げるマイク。続いて、持っていた小瓶をプリシラの膝の上に乗せつつ耳に顔を寄せ、何かを囁いた。
「……はい、よくできました。お疲れ様」
マイクの謝罪と報告をあっさり受け入れ、その金色の頭をよしよしと撫でるプリシラ。
「まいく、いいこ。いいこのまいくはすき」
ミネットもマイクの頭を撫でて、頬を染めた少年の手を取り、一緒に行こうとベルヘンス卿の前を歩き出す。
「では、失礼します」
「ええ。後はよろしくお願いします」
廊下に出たベルヘンス卿がプリシラと頷き合い、扉を閉め切ると、
「…………さて、と」
「なっ、なんだよ……っ」
プリシラはマイクが置いていった手のひらに収まる大きさの小瓶を片手に腰を上げ、恐怖で身を竦ませるクァイエットの直ぐ横に立ち、空いているほうの手を背凭れの上部にそっと乗せた。
見下ろされ、覗き込まれ。絶賛縛り付けられている最中の青年の顔が、盛大に引き攣る。
「……いろいろ言ったけど、クァイエット君は納得できてないでしょう?」
「っ! そんなの、」
「当たり前よね。実はこうでした、こうしていれば良かったのに、なんて、貴方にとっては結果論でしかない。人が一人亡くなっているのに、そうだったのか! とか、簡単に受け止められる訳がないわ。人の心はそんなに単純な造りをしていないもの」
「……っ」
ふっと眉尻を下げた美しい顔は、本当に哀しんでいるように見えて。クァイエットはグッと息を呑んだ。
「なんだかんだ言っても私達が貴方のお母様を救えなかったのは事実。そして、貴方が孤児院を襲おうとミネットに刃を突き付けたのも事実。だからね。貴方に機会と罰を両方あげる」
「機会と、罰?」
「ええ。アリア信仰の修行徒として、貴方をこの孤児院に在籍させます」
「…………は?」
「知識は刃に勝る武器よ。此処でアリア信仰や生活の為の道具等、多くの物事を見て触って吸収し、正しい知識の使い方を学びなさい。本気で学び直した上で、それでもどうしても私達が赦せないと思うのなら……いつでも良いわ。掛かっていらっしゃい」
貴方のお母様を見殺しにしたアリア信仰の代表役として。アヴェルカイン公爵として。
「この私が、全力で、相手をしてあげる」
クァイエットの目の前で差し込み式の小瓶の蓋に噛み付き、抜き取ったプリシラが、にぃっこぉーーりと、それはそれは婀娜っぽい笑顔を浮かべ
「!? っふぐぉふ………………っ!!?」
小瓶の注ぎ口をクァイエットの口に突っ込んで、上向かせた。
「ぐ!? ふぐ、んっ、ぐっ」
唇の端から一滴零れ落ちても、しばらくは無理矢理押し込んだままの状態を保ち。
「………………っぐはっ! が、げほ!」
喉仏が数回上下するのを見届けてから、解放する。
「な、ごほっ! 何だよこれ、甘っ! 口ん中メチャクチャ甘ッ!! 空気まで甘ッ!?」
「私が調合したお薬よ。美味しいでしょ?」
銜えていた蓋を元に戻し、机の上に小瓶を置いたプリシラが、無邪気に声を弾ませる。
「美味いワケあるかッ!? 何のつもりで」
「だから、これが貴方への罰よ。二、三か月の間は、何を食べても飲んでもお砂糖丸呑み並みにあまぁーい味しかしないわ。深呼吸しても水を飲んでも、何をしてても常に甘いのよ! 乙女の憧れね!」
「あほかぁッ!! そんな暴力的な憧れは今直ぐ大陸の果てに行って捨てて来い!」
「嫌よ! 最近王都でも流行りのケーキを知らないの!? ふんわりと柔らかいスポンジに白くて口どけの良い爽やかな甘みのクリームがまるでベールのように飾られた、あの至高の逸品を! それを二、三か月毎日寝ても覚めても味わい続けられる喜び! 貴方には解らないと言うの!? 悲しい人ね、クァイエット君!」
「んなもんはてめえだけで味わっとけー! オレは甘い物が大っ嫌いなんだよッ!!」
「解っててやってるに決まってるじゃない」
「殺す! てめえだけは何が何でも必ずこの手でぶっ殺してやる!!」
「うふふ。楽しみにしてるわ、クァにゃん」
「おかしな呼び方すんじゃねえええええ!」
「だって、クーちゃんだと誰かさん達と被るんだもの。独自性に欠けちゃうじゃない。そんなのつまらないわ!」
「知・る・か・っ!! いつでも良いなら今直ぐ解け! 解放しろ! その細首、一捻りにしてやる!!」
「せっかちな男はモテないわよ?」
「うっせぇよ、クソババア!!」
「女は少しくらい年を重ねたほうが魅力的なのに、それも解らないなんて。残念な童貞ね」
「余計なお世話だ!! アンタ、本当に何なんだよ!?」
「アリア信仰アルスエルナ教会の次期大司教で、貴族の称号と医師と薬師の資格を持つ者。プリシラ=ブラン=アヴェルカイン様よっ!」
「自分で様を付けるな! もういっそ、全部剥奪されてしまえッ!」
「やれるものならやってごらんなさぁーい」
暗い部屋の中でぎゃんぎゃん吼えまくる囚人と、うふふあははと朗らかに笑う一応偉い人。
誰がどう見てもおかしな一幕は
「ま。解放はしてあげるけど。逃げようなんて考えないほうが身の為よ? 特に夜は」
「は?」
真顔に戻ったプリシラが唐突に止めた。
「オレに逃げられると厄介な事でも……」
「貴方は、ミネットに感謝するべきなの」
嫌味の一つでも言おうとしたクァイエットを遮り、プリシラが青年の体に巻き付いている縄を一つ一つ解いていく。
「貴方の勘は強ち的外れでもなかった。確かに敷地の外には危険な仕掛けがたくさんあったの。ただ一つ外れていたのは、その危険な仕掛けを私達の仕業だと思っていた事。貴方、ミネットが部屋に入ってこなかったら敷地の外へ逃げ出していた可能性も有ったでしょ? 危険だと察していても。そうしなくて正解だったのよ」
最後に左足の拘束を解いた彼女は、静かに背筋を伸ばし
「此処は、都民があまり良い顔をしない孤児達の家。そして私は、多方面に繋がりを巡らせている権力者」
閉じた窓の外側に目線を送り
「邪魔に思っている人間は、数を数えるのも莫迦らしくなるくらい居るということよ」
「? ……………………ひぃっ!?」
プリシラの視線の先を辿りながらのそっと立ち上がったクァイエットの視界にも、同じ物を映し出させた。
溶けるような黒い闇の中に浮かぶ、二つの銀色の玉を。愉悦に濡れた唇を。
そして、燭台や月の光を受けてチカチカと光る刃を。
「な……、なん……っ!?」
「命拾いしたわね、クァイエット君」
机の端に頭をぶつけながら床にへたり込んだ青年を見下ろし、プリシラは優しく微笑む。
まるで、聖母のように。
「素敵な番犬が見守っているこの聖なる学び舎で、精一杯生きる術を吸収しなさい。貴方のお父様が遺していった母親違いの弟、キースと一緒に、ね」
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