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逆さの砂時計

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純粋なお遊び
  合縁奇縁のコンサート 23

vol.30 【帰還者と来訪者】

 深夜。
 イオーネ以外の神父と子供達全員が、交代制で施設内を巡回する騎士達に見守られながら深い眠りに就いている頃。

 机の上に燭台を置いて書類と睨み合っていたプリシラが、ふと正面の扉に目をやった。
 特に意味はなかった。廊下へと続くその扉は閉まったままで、反対側から話し声や物音が聞こえたわけでもない。一本しかないロウソクが照らし出す範囲は狭小で、部屋の隅は不気味なほど真っ黒だ。仮にネズミが鳴きながら走っていたとしても、プリシラの目では捉えられなかっただろう。

 つまり、顔を上げる前と後とで、変化と呼べるものは何もなかった。
 ただ本当に、何の気なしにそちらのほうを見ただけ、だったのだが。

「こんばんは、プリシラさん。こんな時間まで、お仕事ご苦労様です」

 瞬き一回の後。
 扉と机の間の空間に、突然、人影が現れた。

 明かりを受けて暗闇にぼんやり白く浮き立つ人影は小さく、ぱっと見ではミネットと同じくらいの背丈。椅子に座っているプリシラからは、胸部より上が見える程度だ。

 侵入者にしては幼い外見で、挨拶もしっかりしていて礼儀正しい人影に、プリシラは刹那硬直した後、持っていたペンを置き、机と人影の間に素早く滑り込んで頭を下げ、片膝を突く。

「初めまして、聖母神(せいぼしん)マリア。この、プリシラ=ブラン=アヴェルカイン。こうして御目に掛かる機会を賜りましたこと、至極光栄に存じます」
「こちらこそ。お忙しい中、時間を取らせてしまってすみません」
「とんでもないことでございます」
「どうかそう堅苦しく構えないでください。現在もこれからも、普段通りでお願いします。()()()()()()()()()()()()()()()()
「ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えて」

 外見年齢に相応しくない穏やかな微笑みを浮かべる幼女に促され、すっと立ち上がるプリシラ。
 しかし、お互いに立ったままでは落ち着かないからと、室内にある椅子を三脚、ロウソクの灯りを囲む形で、机の手前に並べた。
 すると。

「やあ。約二ヵ月ぶりだね、プリシラ次期大司教。そちらに変わったことはなかったかな?」

 腰を下ろしたプリシラとマリアの間に、片手を軽く持ち上げている老齢の男性が、座ったままの姿勢で現れた。
 彼はアルスエルナを発った時と同様、剃り上げた頭部に白い帽子を乗せ、全身を高位聖職者の衣で覆っている。

「お久しぶりでございます、コルダ大司教様。変わりと言えば、大司教様のお帰りが予定よりも遅れていらっしゃること、今この瞬間、この場に女神が居られることと、中央教会に主神アリアが居られること、()()クロちゃんに恋人が出来たこと、くらいのものですわ」
「おや。クロスツェルの想いがロザリア様に通じたんだね。どうなるのかと心配していたけど、丸く収まりそうで良かったじゃないか」
「ええ。ただ、ご生母の前でこう言うのもなんですが、ロザリア様は大層なツンデレであられるようですので、きゃっきゃうふふへと持ち込むまでは、相当な時間を要すると見込んでおりますわ」
「そうね。つんでれ? の意味はよく解らないけど、ロザリア(あの子)、根は正直者なのに、どこかひねくれている気がするの。クロスツェルに対して甘えたり頼ったりなんて、一生できないんじゃないかしら?」
「それは、クロスツェル的に切ないねえ。好いた女性から甘えられ頼られるというのは、男としての尊厳にも繋がるんだよ。まあ、難しい理屈は抜きで単純に嬉しいものなんだけど。なかなかにもどかしいね」
「もどかしいですね」
「もどかしいですわね」

 胸の前で両腕を組み、うつむきながら「う~ん」と唸る三人。
 近所に住むおばさま方の井戸端会議そのものな空気だが。
 残念なことに、三人に突っ込みを入れられる人材は不在だった。
 突然始まった『余計なお世話会議』は、のほほんと続いていく。

「ところで、アーレストはどうしていますの? 一時は、物凄い混乱状態になっていたと書いてありましたけど」
「今は落ち着いているというか、落ち込んでいるというか、静かですね」
「ん。あれは多分、頭の中で計算してるんだと思うよ」
「計算、ですの? 迷っているのではなく?」
「クロスツェルへの迷いはもうなさそうだったからね。中央教会で会ったらどうやって感情を表現しようか、どうしたら伝えられるのかと、その段階に入ってるんだと思う。あの子はあの子で不器用だからねえ。どうせ最後にはいつも通りの方法に行き着くんだろうに」
「ああ……抱きつく、ですね」
「何をどう言って良いか判らない時は、とりあえず抱きつく。クロちゃんの反応を引き出したら、それに沿って言葉を選ぶ。私が実践付きで教えたこととはいえ、いつまで続けるのかしらねえ。あれ」
「君も、協力を求めて中央教会を訪れたクロスツェルに同じことをしていたでしょう。きっとこれからもずっと続けていくよ。あの子達はあの距離感に安心を覚えているから」
「そうなんですか? クロスツェルは好ましく思っていない様子でしたが」
「アーレストが他人行儀(ふつう)になったら、クロスツェルは十中八九、傷付くね。どうして? から始まって、完全に嫌われた……に着地するだろう。そして距離を置く。そんなクロスツェルを見れば、アーレストもどうしていいのか判らなくなって、気分も体調も下降の一途だ。今の状況では、間違いなく、そうなるよ」
「「確かに」」

 本人達不在で、満場一致のネガティブ認定。
 女神に愛され護られている人間も、人類最強かも知れない神父も。
 この三人の前では形無しである。

「クロスツェルも、今は落ち着いているのかな?」
「ええ。最終的には『まあ、アーレストだし……』で納得したみたいです」
「それはそれでどうなのかしらねえ」
「人間の枠で考えれば非常識なのでしょうが、納得するしかなかったんだと思います。私もレゾネクトの中身がクロスツェルだなんてアーレストさんに言われるまで全然気付きませんでしたから。コルダさんもですよね?」
「私の場合はレゾネクトさんと直接言葉を交わした経験がなかったからね。レゾネクトさんの言動に対して違和感を抱く余地がないというのもあった。でも、ある程度レゾネクトさんの人柄を知った後だったとしても、おや? と思うまでが精一杯だったんじゃないかなあ。まさか、現地に居る筈がない人間が、目の前で別人の中に居るなんて、想像もできないよ」



 先日、アーレスト達の教会で炊き出しを終えた後。
 偶然にも王都へ帰還中のコルダが立ち寄り、マリア達と鉢合わせた。
 遮蔽物が多い屋内でなら、まだ空間を跳んで隠れる余地もあったのだが。
 折悪しくリースリンデが単体で裏庭に出て植物と戯れていた時にうっかり目が合ってしまった為……そして、コルダの気配を感じ取ったアーレストと一緒に外へ出たマリアがリースリンデとバッチリ受け答えしてしまった為、最早言い逃れは不可能だった。

 己の上司であり師でもあるコルダの求めに不承不承応じたアーレストは、マリアに記憶を開示してもらってから、口頭でも現状を説明。
 コルダは少々混乱気味だったものの、そこは年の功。
 すぐに冷静さを取り戻し、ご飯でも食べようか、という流れになった。

 そうして、ロザリアの合図を通じて一度中央教会に跳んだレゾネクトが、再び北の教会の厨房へと戻り、何も言わずに調理を始めようとしたところ、アーレストがレゾネクトから聴こえる音の違いに気付いて突撃してしまう。

 後はもう、事情が呑み込めてない者達の前でひたすら続く、アーレストとレゾネクト(中身はクロスツェル)の「何故クーちゃんが悪魔の中に居る。クーちゃんに何をした」と「何故私だと判ったんですか」の不毛な応酬だ。
 双方、落としどころが見当たらない、怒りと困惑と焦燥の大混乱。
 レゾネクトの使い方に慣れる前に始まったそれのせいで、クロスツェルの本体までもが連動するようにジタバタし始めた為、心配したロザリアが直接アーレストの教会へ飛び込んで二人の仲裁に入るはめになり。
 結局、本体同士の対面にはならなかったものの。
 アーレストとクロスツェルは気まずい思いのまま言葉も少なく、別れた。

 遠回しな気遣いの結果は散々なものだが、クロスツェルが作った百合根の料理を関係者に振る舞うという目的は達成されたので、全員「なんだかんだ言っててもしょうがないよね」と、微笑ましく、生温い感じになっていた。
 愛娘の思いやりに感激したマリアだけは、今朝まで大興奮だったが。



「せっかく、ロザリア様が気を遣ってくださったのに。特異体質がここでも裏目に出てしまったと考えれば、アーレストも大概、不憫と言えば不憫ね。つくづく生き辛そう」
「後天的に得たものはともかく、持って生まれたものだけは、活かす方向で考えないと、どうしようもないからねぇ」
「体質となると、着脱可能なものではありませんからね」
「常人が憧れるような『超感覚的知覚』と呼ばれるものに近い何かのような気もしますけど、あればかりは人間には過ぎた代物と言わざるを得ません。便利なので、使う時は徹底的に使い潰しますが」
「君は時々、さらっと酷い言い回しをするね」
「それが、あの子の望みですもの。遠慮してあげる理由なんて、こちらにはまったくございませんでしょう?」
「うーん……」

 にっこり微笑むプリシラに。
 コルダの頬がちょっぴり引き攣る。

「それで、アリアシエルのほうは、いかがでしたの?」
「当面は傍観、で決着したよ。ミートリッテ君に飛ばしてもらった手紙にも書いた通り、アリア信仰の後ろ楯である主要三国が、会議中にいきなり手を退いちゃったからね。他にできることは無いから、これも仕方ないかなあと思ってたんだけど。仕方ない、ではなくて、べゼドラさんが頑張って最善の手段にしてくれていたらしい」
「ええ。ベゼドラには思う存分世界を飛び回ってもらいました。少なくとも彼が『支配』を解かない限り、宗教方面から各国を巻き込む大規模な戦争に発展することはない筈です」
「けれど、その『支配』も完全ではない。そうですわね?」
「その通りです。べゼドラに抑えてもらったのは、各宗教と主要国の上層に位置する少数の人間だけ。戦争に発展させかねない可能性の一つを一時的に無理矢理黙らせたにすぎません。争いの種は、誰からでも、どこからでも、見境なく発生します」
「たとえば、世界中で目撃されたという、淡く薄い緑色に光る雪、かな?」
「はい」
「大司教様の帰国が遅れたのも、あの雪が影響しているのでしょうか?」
「それもある、が正しいかな」
「他にも何かあったのですか?」
「うん。実は、アリアシエルで私とタグラハン大司教を襲ってきた異教徒を一人捕縛したんだけどね。どうやら私、彼を取り押さえた時、彼の腕と肩に骨折手前のひびをいくつか入れちゃってたらしくてね。彼側からの被害届を受け取ったレティシア教皇猊下に、過剰防衛はおやめなさいって、こってり叱られてたんだよ」
「こっ、骨折手前って」
「まあ」

 驚き目を剥くマリアとは対照的に、呆れたような表情を見せるプリシラ。

「取り押さえた程度でひびが入るだなんて、よっぽど運動不足でだらしない生活をしていたのでしょうね。自己管理もできてないなんて、教えを広める立場にある者のクセに情けない。しかも襲撃しておいて被害届を出すなど、厚かましいにもほどがありますわ」
「ねえ。最近の若い子は簡単に傷付いちゃうから、加減が難しくて困るよ。アーレストや君みたいに、金属の棒で殴打しても、ちょこっと腫れる程度で済むくらいになってくれれば、私としても安心して向き合えるんだけど」
「え。いえ、さすがにそれは(女神(わたし)でも、ちょっと……)」

 マリアは知らなかった。
 今は穏やかなコルダ大司教に、壮絶な傭兵時代(過去)があったことも。
 ここに居るプリシラ次期大司教が、その彼から薬草に関する知識の一端と戦闘技術の一部を学んでいたことも。
 それ故に、かつて世界中のあらゆる戦地で『鋼の双璧』と謳われた傭兵王コルダとタグラハンの両名と、その両名に師事した唯一の弟子アーレストを含めた四人が、絶対の信頼で結ばれていることも。
 そのせいで、負傷に対する四人の認識が一般民とかけ離れていることも。

「第一」

 プリシラとコルダが声を揃え、やれやれと深く長いため息を吐き出した。

「「聖職者たる者、骨折の一つや二つ、笑ってやり過ごさなくては」」

 アリア信徒、ガチ勢は結構本気で恐い。

 二人との間に目には映らないが確かに存在する極太の境界線を感じ取ったマリアは、冷や汗が流れる背筋をピンと伸ばして居住まいを正し。
 この線だけは、絶対に踏み越えないようにしよう……!
 と、心の中で密かに固く誓った。

「その辺りはひとまず置いておくとして。あの光る雪への対処についても、教皇様と話し合っていたのではありませんか?」
「まあ、解散後だったから居残り組だけでね。それも様子見で決着したよ。各国への通達も飛ばしたし、大半の信徒は従ってくれると思う。問題は」
「盲目的なアリア信徒と、アリア信仰を邪教とする勢力の暴走でしょうね」
「女神アリアの顕現騒動に各宗教の主要人物の改宗。布教には絶好の機会。なのに、何故か主張を控えろと抑圧する上層部。言いがかりに暴力を付ける異教徒達。若いアリア信徒を中心に溜まる不満。トドメに女神アリアの色で光を放つ雪だ。大量の火薬のすぐ近くで火花が散っているようなものだよ。何もかも時機が悪い、と言っても、事柄全部に本物が関わっていたのでは、仕方がないのだけど」
「一連の流れに関しては、返す言葉もありません」
「いや、言い方が悪かったね。マリアさん達を責めているつもりはないよ」
「そうですわ。きっかけが神代(かみよ)の争いであったとしても、現代のこれは私達人間の在り様の問題。延いては、他者に依存することを良しとするか否か、子供が親離れできるか否かの問題です。貴女方は、貴女方なりに生き抜いて結論を出した。今代では私達が、私達なりに生き抜いて、私達なりの結論を出さなければならない。それだけの話ですのよ」

 全世界で多くの死を招いた、先の大戦。
 その元凶であるアリアの実母として頭を下げたマリアに。
 男女二人はころころと軽やかな笑い声で応じる。

「『親離れ』か。面白い喩えだね。そして納得だ。その線で促すべきかな、やっぱり」
「え」

 顎に手を当てて、ふむふむと何度も頭を上下させるコルダ。
 プリシラも、「現状ではそれが最善と考えられますわ」と頷き返す。
 マリアだけが話についていけず、きょとんと瞬いた。

「よし。じゃ、アルスエルナ教会の方針はそれでいこう。君が飛ばした鳥はおそらく明日中に着くだろうから、私も、アーレスト達と一緒に中央教会へ戻ることにするよ」
「では、お帰りは半月ほど後になりますわね」
「いや。アーレストが全力で飛ばすと思うから、十日前後じゃないかな? あの子一人で走らせたら、もっと速いんだけど」
「そこは、あの子が暴走しないように大司教様が見張っていてくださいな。また時計台やら空き家やらを薙ぎ倒されても困ってしまいますし」
「……薙ぎ倒したんですか? 時計台や空き家を?」
「無人の建築物だけなら、胃に優しいね」
「ソレスタ神父と合わせたらどれだけの被害・損害が出ているか……ふふ。一度、あの二人にすべて計算させてあげようかしら。実態を把握して反省に至れば、泣いて喜ぶかも知れませんわ。主に、国王陛下が」
「財務担当の人達もね」
「こ、国家予算級、ですか」
「さすがに、そこまではいきません」
「うん。今年までの総額で大体、都市一つの二年分くらい、かな?」
「……都市二年分の予算に相当する被害額って……」

 人間社会には詳しくないマリアにも、それが尋常でないことは解る。
 どれだけ壊し続ければ、そんな途方もない数字になるのか。
 人当たりが良くて、しっかり者な印象が強い二人からは想像もできない、とんでもない裏事情が明らかになってしまった。

「そのおかげで、職人達の仕事も尽きないんだけどね」
「え?」
「破壊には良い面も悪い面も含まれている、という話ですわ」
「……ああ、なるほど」

 損壊品の多くは、国の運営視点で重要度が高い物から順に直していくか、もしくは新しい目的で再活用される。
 どちらにしても、手を加える必要ができたのなら、そこには物資と技術と金銭が同時に注がれる。
 物資と金銭の循環で成立する雇用創出、人材育成、技術及び品質向上。
 その延長線上にある顧客確保……
 つまりは、経済だ。

 壊されては生活に難が出る。
 けれど、壊されて繋がる物もある。
 二人の破壊活動は、『迷惑』の一言で片付けられるものではないらしい。

「両陛下の御心痛は確実に悪化しているよ。ついでに、予算を申請する側の私もね」
「被害申告の書類監査と補償額の精算と最終確認を任されている私もです、大司教様。うふふふ」

 できればやめて欲しいと願う人も、中には居るようだが。
 人間社会は複雑だ。

「私達のほうはこれで良いとして。明日から十日前後、マリア様方はいかがなさいますか?」
「アーレストさんが中央教会へ移動する以上、私達がこのまま彼らの教会に居座るわけにはいきませんし。諸々の確認も兼ねて、もう一度ロザリア達と合流しようとは思っていますが、その先は特に何も決まっていません」
「リースリンデさんは、元々泉へ行くつもりだった、と言っていたけど?」
「コルダさんやプリシラさんがロザリア達の存在に関わっている今、私も我関せずと身を潜めてはいられませんから。貴方方の善意を疑っているようで大変申し訳ないのですが、事ここに至っては、情報の共有が不可欠であると判断しました。その為の、この『場』です」
「最善の判断だね。私達は世界の混乱を避ける為に、マリアさん達の動向を把握しておきたい。マリアさん達も同じく、人間には極力関わりたくない。前提も目的も合致する。それなら、実質が警戒であれ監視であれ協力できるところでは協力し合うべきだ」
「大司教様に同感です。差し支えなければマリア様方も明日から中央教会へいらしてくださいませ。私は全力をもってロザリア様方の存在を隠し通すと誓いましたが、この身も知識も思考も所詮は人間の物。至らない部分には、マリア様方の御力と知恵をお借りしたいのです」
「承知しました。できる限りのことはさせていただきます」
「ありがとうございます」

 座ったまま頭を下げるプリシラに、マリアも一つ頷き。
 「では、そろそろ……」と立ち上がって、話を切り上げようとした。
 その瞬間。

「お待ちください、マリア様」

 暗闇の中でもはっきりそうと判るほど真剣な表情を持ち上げたプリシラに呼び止められ、首を傾げる。

「最後に、一つだけ。どうしても今、この瞬間、この場所で。マリア様に、確認しておきたいことがあるのです。よろしいでしょうか?」
「確認したいこと?」
「ん? まだ、何かあったかな?」
「ええ。とても重要なことを確かめねばなりません」

 やけに神妙な口調で一言一句を強調しながら尋ねる彼女に。
 コルダも不思議そうな顔でマリアと視線を交わした。

「マリア様」
「はい」
神代(かみよ)の頃では、おそらくそうでもなかったと推測しますが。現代の人間は世界中どこにでも居て、いつ、何を観測するか知れたものではありません。そういう意味では、()()も当然の判断と言えましょう。ええ、()()自体は、至極真っ当な判断です。ですが、どうしても腑に落ちませんの」
「………………あ。」

 自身をまっすぐ見つめるプリシラの目線を辿り、言葉を聴いて。
 マリアはようやく気が付いた。
 いつの間にか、着用が習慣になっていた物の存在に。
 関係者以外を弾き出した結界の中では、無用の長物である筈の存在に。

「何故、猫耳なのです?」

 一目見た瞬間。
 その形状を認識した瞬間から。
 プリシラの興味は、マリアの頭部を覆う猫耳帽子に傾いていた。
 それはもう、可愛らしい! と叫んで抱きつきそうになる衝動を、刹那のうちで必死に抑え込まなければならなかったくらいには、興味津々だった。

「……いろいろあって、こうなりました」
「その『いろいろ』の辺りを、ぜひ! 詳しく!」
「君の可愛い物好きは、子供の頃から少しも変わらないねえ」
「『可愛い』は国の宝! いいえ、世界の宝ですわ、大司教様!」

 さあ! ご説明くださいませ、マリア様!
 と、真顔で立ち上がり、幼女にぐいぐい迫る次期大司教。

「えー、と……」

 唇の端で苦笑いを浮かべながら「そんなに面白い話でもないのですが」と前置いた上で事情を説明したマリアだったが。
 彼女は後日、この猫耳帽子の一件を通して、プリシラという人物の凄さの一端を垣間見ることになる。



 
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