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逆さの砂時計

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純粋なお遊び
  合縁奇縁のコンサート 21

vol.29 【働き者達の娯楽】

 日中。
 子供達の大半は、手拭いや飲料水を詰めたポットや使い古された農工具を手に、畑へと務めに出る。
 孤児院の敷地の両横に在る野菜畑では、収穫や害虫駆除や水遣りや雑草の処理等を。孤児院裏の直ぐ近くに在る麦畑では土を耕して種を蒔き、その少し奥の麦畑では僅かに出始めた芽の様子を丁寧に観察していく。
 この辺りは王都に含まれる場所とは言え、人通りが極端に少ない。裏を返せば、野生動物が頻繁に出没する、という事でもある。時には住民の存在を厭う者達の陰謀も在って、折角手間暇を掛けて育てた作物も、油断すれば一晩の内に荒らされてしまうのだ。
 朝になったらまずは現状確認と手入れ。問題点を発見次第、速やかに処置を施す。
 言葉では簡単に纏まる内容も、子供達の仕事としてはなかなかに厳しい。
 なにせ、同じ品種の種蒔きに時間差が生じてしまう程度には畑の面積が広大な上、一から十まで総てが手作業だ。何らかの理由で必要に迫られたり、昼食時になるか体調不良でふらふらになるまでは、誰も施設内には戻って来られない。
 神父達も何人かは監督役として一緒に作業するが、ちょっとした失敗や怪我が絶えない子供達への支援だけでも結構な重労働だ。場合によっては子供達よりもぐったりしている。
 どんな仕事場でも、中間管理職は大抵ツライ。

 一方、施設内に残った子供達は、掃除や洗濯を中心に備蓄品の管理や収穫したばかりの作物を受け取って食事の下準備等々を黙々と熟していく。
 普段の食事は基本的に神父達が作るのだが、野菜の皮を剥いたり食べやすい大きさに切り揃えたりといった下拵えは、技術訓練の意味を込めて、子供達の仕事に分類されていた。プリシラの滞在中は騎士達自身の懇願を受けて毎食騎士達に任せる運びとなったが、昼以降の仕込み分に関しては、子供達の仕事として引き続き作業させている。
 その間、騎士達は指定された場所で各々護衛の役目に徹していた。
 傍からはただ突っ立っているだけのように見える彼らも、一応周囲を警戒しつつ施設内外の配置を頭に叩き込んだり、侵入経路になりそうな場所を注視したり、住民達の様子を観察していたりと、頭の中ではそれなりに忙しい。頭の中でだけは。
 一時間置きの定時報告や、施設内に幽閉した侵入者達の監視と世話をする時以外は、やはり無表情でひたすら突っ立っているようにしか見えないが。
 それはそれで、ある意味ツライと思われる。

 プリシラとベルヘンス卿は、施設内外を行ったり来たりしながら擦れ違う全員に声を掛け、作業が遅れていれば手伝ったり助言をしたり、怪我人が居れば手当てを施し、酷い疲れ方をしている者には水を差し入れて休憩を促した。
 時折上空を旋回する小鳥を見付けては手元に呼び寄せ、足に括り付けられた紙切れを開いて目を通しているが、その中身が何なのかは誰にも分からない。
 いや、「誰も興味を示さない」が正しいか。
 職場(せんじょう)は違えど、激務を潜り抜けてきた猛者の集まりだ。生きる事に関しては人一倍執着心が強く、己の危機に鋭く、そして賢い。全員、避けるべき場面はしっかりと心得ていた。
 命短し護れよ我が身。
 触らぬ悪魔に暴虐(おしおき)無し、である。
 たまには立ってもいない煙を察知して笑いながら介入してきたりもするが、其処はそれ。人間には諦めも肝心だ。
 とにかく、開いた紙切れを見て嬉しそうに唇をにんまりと歪めるプリシラには近寄らないほうが良い……が、言葉も無く満場一致で採決された「生贄」経験者達の方針だった。
 「うっわ、気持ち悪っ。なに一人でニヤニヤしてんだ、クソババア」
 ごく一部には、空気を読ま(め)ない愚かな青年も居るけれど。
 「……人間ってねぇ、嬉しいコトや楽しいコトがある時に笑うのよ? クァにゃん♪」
 後々、施設の内部から奇妙奇天烈な悲鳴が響き渡った事は、改めて言うまでもない。
 学習、大事。 本当に。

 そうして一通り仕事を終わらせた後は皆で集まって昼食を取り、午後からは遊戯会が開かれる。
 文字の読み書きや芸術方面に適性を見出された子供達は、屋内で本を読んだり絵を描いたり歌を学んだり。
 体を動かす方面に適性が有ると判断された子供達は、屋内外で追い掛けっこや隠れんぼやチャンバラごっこ……に、見せ掛けた、実用的な護身術の訓練を「そうとは知らずに」受けていた。
 午前中は何処にも姿を見せなかったイオーネが指揮を執って子供達の戦闘力をそれとなく上げていく様子は、今まさにその道に居る騎士達の顔を微妙に強張らせる。
 純粋に遊んでるつもりでいる子供達が飛ばし合う冗談交じりの戦闘用語を耳に入れてしまうと、それだけで途轍も無く心苦しい。
 きっと、子供達に戦う術を仕込むのは道義的に見ても正しくはない。
 しかし、ならば誰が子供達の成長と安全を護れるだろうかと考えると、誰にも「正しくはない行為」を責められない。どんなに地位や権力や財力が有っても、人間に護れるモノの数なんてたかが知れている……そんな如何ともし難い無情な現実を、彼ら自身も嫌というほど実感してきたのだから。
 昼食後は二階の執務室に籠っていたプリシラも、開いた窓から暫くの間イオーネ達を観察し、唇を固く閉ざしたまま執務へと戻っていった。

 存分に遊び回った子供達が次に行うのは、洗濯物の取り込みや夕飯の為の下拵えだ。必要であれば買い出しに行く場合もあるが、今回はプリシラ達が持ち込んだ荷物で事足りている。
 なんだかんだで疲労困憊の神父達に付き添われながら厨房へ入り、調理器具を片手に作業を始める子供達。十歳未満の子供達は主に洗浄と片付けを、十歳以上の子供達はその他の仕事を分担し、効率良く動き回っていた。
 やはり、仕事に不慣れな彼一人を除いて。


 「ほうちょう、ちがう! こう!」
 「はぁ!? だから、同じ持ち方してんだろ!? つか、なんでお前が包丁持ってんだよ! ガキのクセに!」
 「おっさん、へたくそかよ。わるいひとのクセに、かっこわるー」
 「うっせえよ! 黙れ、クソガキ!」
 「もーっ! ケンカはだめなのーっ! わるいひと、またゆびきっちゃうよ!?」
 「ばーか、そう何度も何度も怪我してたまるくぁっっーーっつぅぅ……!」
 「「……わるいひと、あたまわるい……」」
 自炊能力が高い騎士達に教わっても、普段刃物を使わないミネットやマイクに教わっても、一向に上達する気配を見せないクァイエットの包丁捌き。小さな傷を作っては悲鳴を上げて大騒ぎする彼に、その場に居合わせた面々は失笑を浮かべるしかない。
 結局クァイエットは今朝と同様に洗い物係へと再配置され、水が傷に染みるーっと喚いて周囲の子供達に呆れられていた。
 彼が自炊できる未来は、まだ遥かに遠い。

 食材の準備が出来た所で騎士達と交代し、子供達は施設の戸締りに奔走する。
 一階と二階でそれぞれ二班ずつに分かれて一部屋一部屋丁寧に、施錠確認を二重に行っていく。
 「あ! ダメだよ、わるいひと! ちゃんとしまってるかどうか、まどをおしてかくにんするの!」
 昨日は侵入者用に開けられていた蔵書室の窓を小さな手でぺちぺち叩き、投げ遣りに閉めただけのクァイエットを注意するしっかり者なミネット。
 「うっせえなぁ……。今更一つや二つ開けといたって、どうせお前らが片っ端から全員取っ捕まえるんだろ? だったら此処まできっちり閉めとく必要は無いだろうが」
 孤児院に入って半日程度しか経っていないが、「問題児の」クァイエットにも何かしら思う所があったらしい。同じ班員として行動しているミネット、マイク、キースを見る目が忌々しげに細まる。
 「きのうは、ぷりしらさまが「あけておいて」っていってたから、みんなでじゅんびしてつかまえたの。ぷりしらさまがいわなかったら、わるいひとたち、なかにこないもん。いわれてないのにまどをあけてたら、めっ! なの!」
 「……ああ。あれって、そういうことだったのか。オレ、いつもはにかいのとじまりばっかしてたから、なんでここにまどをみにきたのか、ぜんぜんいみわかってなかった」
 「まいくがこじいんにくるまえは、もっとたくさんあけてたんだよ。つかまえたわるいひとたちみんなに、げんかんからはいんなきゃだめ! っていってたら、あんまりこなくなったけど」
 「…………って事は、やっぱり昨日だけの話じゃねーのか、アレ……」
 不特定多数の敵の為に予め用意されていた罠。
 そんなモノに引っ掛かってしまった間抜けな自分、よりにもよって幼女に気絶させられた自分があまりにも情けなくて、腹立たしい以上に泣けてくる……そんな顔を見せる青年だが、周囲の子供達に「それ以前の問題だ」と認識されていると知ったら、彼はどうなってしまうのだろうか。
 「わるいひとたち、こんどはちゃんと、げんかんからはいってきてくれるかなぁ……」
 「「いや、それはナイ。」」
 なんとも緊張感に欠ける一言を、マイクとクァイエットが声を揃えて否定する。ミネットはきょとんと瞬いて首を傾けた。
 「なんで?」
 「げんかんからはいってきたら、そのひとはわるいひとじゃないじゃん」
 「あ、そっか!」
 両手をポンと打ち鳴らす幼女。
 「そういう問題でも無いだろ!」
 青年のツッコミが冴える。
 「「げんかんからあいさつしてはいってくるひとは、おきゃくさまだぞ」なんだよ」
 「お前ら、莫迦だろ絶対。正面から襲ってくる奴もいるんだぞ!?」
 「じゃあ、しょうめんからあそべるね!」
 「あそっ……!?」
 「うん! だってこれ、みねっとたちがつかまえるか、わるいひとたちがにげきるか、っていうあそびだよ? ね、まいく!」
 「オレたちのれんせんれんしょーだけどな!」
 「…………まじか…………」
 孤児院を取り巻く環境の異常さは薄々感じ取ってはいたものの、まさか「子供のお遊び」で飛び蹴りを放っていたとは。
 そして、そんなテキトーな感覚であっさり捕まっていたとは。
 想像の斜め上をぶっ飛んでいた事実に、さすがのクァイエットも言葉を失って立ち尽くすしかなかった。
 
 
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