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逆さの砂時計

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純粋なお遊び
  合縁奇縁のコンサート 24

vol.32 【遅れて来た○○】

 百合根感謝の日を無事に見送った王都内は、前日・当日と比べて人通りが少々減っている。
 百合根を販売する商人達や祭日を切っ掛けに親戚同士で集まっていた一般民達が、通常通りの生活に戻っていったからだろう。
 思い思いの時間を堪能したと思われる都民達の顔は、何処か疲労感を滲ませながらも幸福感で満ちていた。

 冷めやらぬ熱気はそのままにゆったりと流れる人波の中を、それでも孤児院へ向かった時よりはずっと速く進み、プリシラ一行が中央教会に帰着したのは昼少し前の頃。
 予め早馬で連絡を受け取っていたヴェルディッヒとミートリッテが噴水の前でプリシラとベルヘンス卿を出迎え、一同は一見和やかな空気を引き連れて二階の会議室へ移動。留守にしていた間の情報を交換し、双方特に問題が無い事を確認した上で事務手続きを完了させた。
 必要な書類の最後の一枚に二人分の名前が並んだ所で、室内に居る四人の肩から余分な緊張感が抜けていく。
 「一日半を越える代役、ありがとうございました。そしてお疲れ様です、ヴェルディッヒ殿下方」
 「プリシラ嬢方も、お疲れ様でした。いやしかし、司教方も信徒の皆さんも、大変な働き者ですね。私にも手伝える事はないかと探していたのですが、却って気を遣わせてしまったようで……プリシラ嬢の代理を務めるどころか、実質的なお休みを頂いてしまいました。なんだか申し訳ない気持ちです」
 十枚程度に纏められた報告書と手続き用の書類を机の上で整えながら、裏が無い笑顔を正面に座っているプリシラとその背後に立って控えているミートリッテへ向けるヴェルディッヒ。
 裏が有るのは働き者と称された信徒達のほうだと知っているプリシラは、予想通りの反応にふんわりと優しく微笑んだ。
 「ふふ。王家の方々は常日頃からお忙しい身の上。一日程度では骨休めにもならなかったでしょうけれど、僅かでも息を抜けたのなら良うございましたわ。信徒達も頑張った甲斐があるというものです。ねぇ、ミートリッテ?(殿下を教会内外で彷徨かせてたの?)」
 「はい(私に殿下の行動を制限する権利は有りませんっ!)」
 (ロザリア様方は)
 (先日、私の部屋に結界? を張られたとかで、万が一誰かが踏み入ってもロザリア様方の姿を見られる心配は無いと仰っていました。詳細はロザリア様ご本人にお尋ねください)
 (そう……分かったわ。ひとまず、ロザリア様の御配慮に感謝しなくてはね)
 (はい)
 会話に乗じてさりげなく目線を重ね、表情だけで相手の真意を汲み取り、軽く頷き合う上司と部下。
 この間、一秒の半分の約半分。
 元は努力家の域を出ない一介の庶民だったミートリッテも、今では立派な化け物級貴族の一員だ。
 騙し合い・化かし合いの頂点に立つ王家の人間とその彼に仕える騎士でさえ、二人の相槌には疑問を抱かなかったらしい。
 もっとも……

 「息抜きというか……まぁ、そうですね。大役を任された身でこう言い表すのは少々憚られますが、良い気分転換をさせていただきました。なぁ、ベルヘンス。お前にとっても今回の孤児院行きは良い保養になったんじゃないか? お前は子供が好きだもんな?」
 「…………………………ええ、そうですね。殿下は此処数ヶ月、何故か御公務に身が入っておられなかった様子。ですが気を入れ換えられたとの事ですので、この件を機に襟を正されるでしょう。中央教会に咲く可憐な花々のおかげですね。殿下の部下として、お声掛けくださったお二方には感謝の念に堪えません」
 「っ!? ちょ、ベルヘンス! そういう余計な事は言わなくて良い!」
 「おや、殿下。私は殿下にお仕えする者として謝意を表したに過ぎませんが、何か問題でもございましたか?」
 「ぅぐっ……お前は本当に毎度毎回……っ」
 「あらあら。お二人共、空青くして淡き緑に蕾も綻ぶ、ですわね」
 「プリシラ嬢まで揶揄わないでください!」
 「殿下。御顔が真っ赤ですよ」
 「こんの……っ! 自分は関係無いですって態度が腹立つな!」
 「私は仕事で参じておりますので」
 「俺も一応は仕事で来たんですけど!?」
 「存じておりますとも。結果として花見になっただけですよね?」
 「……花見?」
 「ミートリッテは気にしなくて良い!」
 「ミートリッテ嬢はお気になさらず」
 「?? はあ……」

 ……貴族的(とおまわし)な冷やかしに気付けるほど染まり切ってもいないようだが。
 何の話をしているのか分からずきょとんと瞬くミートリッテを横目に

 「それはそれとして」

 プリシラが右手を軽く持ち上げる。
 男性二人はサッと姿勢を正し、改めて女性二人と向き合った。
 「ヴェルディッヒ殿下方はこの後、王城へご帰還されるのですよね?」
 「ええ。国王陛下に事の次第をご報告申し上げねばなりませんから」
 「でしたら此方を、殿下から両陛下へ献上願えませんか? 私も後日謁見を願い出るつもりではありますが、大司教様がお戻りになるまでは教会を離れられませんの」
 「……これは?」
 机の上を滑らせるようにそっと差し出された真っ白な封筒を見つめ、ヴェルディッヒが首を傾げる。
 一見何の変哲も無いごく普通の封筒だが……封蝋が無い。
 常であれば中身を保護する為に蝋を垂らし、差出人と手紙の真贋を示す家紋等を押して封をするものなのだが。
 宛先が記されていないのは元々ヴェルディッヒに預けるつもりだったからだとしても、さすがに封印が施されていないのは不用心ではないかと、ベルヘンス卿も不思議そうに封筒とプリシラを見比べた。
 「どうぞ、中身を検めてください。見られて困る物ではありませんし、ヴェルディッヒ殿下ならば封などせずとも無事に届けていただけると信じておりますので」
 「信頼には全力でお応えしたい所ですが、両陛下宛てとあればプリシラ嬢と言えども検分は避けられません。失礼します」
 「ええ、ご存分に」
 ヴェルディッヒはにっこり笑うプリシラの前で封筒に折り目が付かぬよう慎重に持ち上げ、二つ折りにされている一枚の紙を取り出した。
 封筒と同じく真っ白で四角い紙の内側には、たった一文

 『おじさま、ありがとう! おばさま、だいすき!』

 とだけ、とても綺麗な文字で書かれていた。
 「「「………………………………。」」」
 無言で顔を見合わせる王子と騎士。
 彼らの前でにこにこしている次期大司教。
 その様子からして陸な事は書いてないなと察した第一補佐。
 なんとも形容し難い沈黙を数秒挿んだ後、折り畳んだ紙を封筒へ戻し。
 「此方の親書、確かにお預かりしました。必ずや両陛下の許へお届け致します」
 王子は何も見なかった事にした。
 騎士も同意見らしい。両腕を腰に回し、目蓋を閉じて、ヴェルディッヒの背後に控え直す。
 「ありがとうございます、ヴェルディッヒ殿下。よろしくお願いしますね」
 「お任せを」
 キメ顔で請け負った彼の懐に仕舞われる謎の手紙。
 後々それを受け取った国王と王妃が、教会に関する報告は二の次だと貴族社会を巻き込んで上を下への大騒ぎを起こす羽目になるのだが、その理由が明るみに出る事は無く、また、騒ぎの中心人物が王都内の孤児院に存在していた事実も、極々限られた一部の人間の胸の内にのみ秘められた。
 ただ、その日以降暫くの間は、一般民に降嫁した王の末妹との思い出を語り合う国王夫妻がデレデレと弛み切った顔で毎晩そわそわと落ち着き無く城内を徘徊したり、貴族の当主またはその周辺の者達が突然床に臥せたり消息不明になったりと、不可解な事件が相次ぐ事になる。
 領地管理の仕事柄、一般民の生活模様にも直結する貴族界のお家騒動。
 それも切っ掛けの一つとなって、やがてアルスエルナ国民の関心は「女神アリア降臨の痕跡」から「貴族階級の変事」へと傾いていく。
 全て、プリシラが狙っていた通りに。

 「では、私達はこれで失礼します。今後も何かお力になれる事があればご相談ください。可能な限りの協力はさせていただきます」
 「頼りにしております、セーウル殿下。並びに第三騎士団の方々。皆様に女神アリアの祝福が舞い降りますように」
 「「「ありがとうございます」」」
 話を終えた四人は揃って正門へ向かい、今度はプリシラがミートリッテを背に、王子と騎士達全員を送り出す。
 騎士達を見掛けて集まっていた群衆も、先頭の馬が歩き始めると自然に道を開き、一行の後ろ姿に手を振って、プリシラ達が建物に入ったと同時にバラバラと散って行った。



 「……ところで、ミートリッテ」
 「はい」
 再び二階へ上がり、次期大司教の執務室へと一直線に伸びる廊下の途中。
 一歩分の距離を置いて斜め後ろに付いて歩くミートリッテに振り返ったプリシラが、真顔で首を捻る。
 「此処に居る間、セーウル殿下の顔色はどうだった?」
 「顔色、ですか?」
 「ネアウィック村に居た頃と比べて、不自然に感じる部分は無かったかしら」
 「…………『課題』、ですね」
 「ええ」
 貴族社会では武力も必須だが、何よりも情報の鮮度と質と量が重要視される。それが取引相手となりうる者ならば尚の事、瞬き一つ、呼吸の間合い一つでも取り逃してはならない。
 人を見る、感じる、覚える、考えるという一種の技術を体に刷り込ませる為、中央教会に来たばかりのミートリッテに与えられた当面の課題の一つが、周囲に居る人間を(つぶさ)に観察して心理を読み解く事だった。
 「特にこれといった不自然さは感じませんでした。相変わらず真面目で落ち着きが無かったです」
 「背後から声を掛けたら過剰なくらい驚かれたとか、顔を覗き込んだら目を逸らして後退ったとか」
 「それは以前からです。人の顔を見て走って逃げるとか、よくよく考えたら失礼な話ですよね。私を何だと思っているのでしょう? 確かに、間近で見ても面白い顔ではないかも知れませんが」
 「……解ってはいたけど、先は長そうねぇ」
 「はい?」
 アヴェルカイン公爵家での生活が功を奏してか、感情はあまり顔に出なくなったものの、ふっと漏れたミートリッテの溜め息で、プリシラが薄く苦笑う。
 「今回は文句無しの不合格よ。探るべき相手の心理を深く考えもせずに「解らない」と口にするなんて、交渉術以前の問題。通りすがりの人をいきなり川に向かって投げ飛ばすも同然の愚行だわ。速やかに改めなさい」
 「あ」
 指摘を受けて青褪めるミートリッテに背を向けて、返事も聞かずに歩みを進めるプリシラ。
 冗談では済まされない失態を犯した時、彼女は必ずミートリッテと距離を置く。
 「今の貴女に付き合っている暇は無い」という意思表示だ。
 勿論、拒絶的な行動の裏には後継者への期待と愛情が込められているのだが、自立への過程を見守ってくれる目を求めていたミートリッテには相当キツイお仕置きとなっている。
 「……っ失礼しました! 以後、十分に気を付けます!」
 やらかしてしまったと俯いて立ち竦み。
 けれど、直後に持ち上げた顔を自身の両手で挟み込むように引っ叩き、深く腰を折ってから早足で第一補佐の定位置へ戻ったその顔に、恐怖や怯えや後悔の気配は無い。有るのは自信とやる気に満ちた仮面だ。
 少しずつ着実に成長を続けている愛し子の真っ直ぐな眼差しを後頭部周辺に感じながらも、上司は我関せずと無言でミートリッテの部屋の扉に手を掛ける。
 そして
 「はあい! お疲れ様でしたわね、皆様!」
 室内に居る筈の面々に、いつも通りの明るい口調と表情を披露した。
 「おお! 戻ったのか」
 「お帰りなさい」
 「お疲れ、プリシラ次期大司教殿」
 無人だった室内にパッと現れた客人達も、一瞬の後ぎこちない笑顔を浮かべて応じる。
 「ふぅん? 結界って、こういう事なのね。興味深い仕掛けだけど……ロザリア様とクロちゃんは寝室にいらっしゃるのかしら?」
 「う、うむ。居るには居るのだが……」
 「あー……今はちょっと、な」
 「? 何かあったの?」
 「ええ、それが……」
 境の内側へ素早く滑り込んで扉を閉めつつ、自分には向けられないプリシラの笑顔を覗いたミートリッテは、チクリと痛む胸を押さえ、

 『お前もつくづく苦労が絶えないヤツだな』

 耳元に突然響いた愛らしい小鳥の鳴き声と、耳奥に直接聴こえた女性の声に驚き、

 「〇#☓%△@&’;*~=☆、!!??」
 
 一音たりとも言葉になっていない奇声を、結界内部の隅々にまで轟かせた。

 
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