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逆さの砂時計

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純粋なお遊び
  合縁奇縁のコンサート 22

vol.30 【帰還者と来訪者】

 深夜。
 イオーネ以外の住民全員が、交代制で施設内を巡回する騎士達に見守られながら深い眠りに就いている頃。
 机の上に燭台を置いて書類と睨み合っていたプリシラが、ふと正面の扉に目を遣った。
 廊下へと続いているその扉は閉まったまま。反対側から声や物音が聞こえた訳でもない。
 一本しかない蝋燭が明るく照らし出せる範囲はとても狭く、部屋の四隅は不気味なほど真っ黒だ。仮に(ねずみ)が鳴きながら走っていたとしても、プリシラの目では捉えられなかっただろう。
 つまり、顔を上げる前と後とで変化と呼べるものは何も無かった。
 ただ本当に、何の気無しに其方のほうを見ただけ……
 だったのだが。

 「こんばんは、プリシラさん。こんな時間まで、お仕事ご苦労様です」

 瞬き一回の後、扉と机の間の空間に人影が現れた。
 明かりを受けて暗闇にぼんやりと白く浮き立つ人影はとても小さく、ぱっと見ではミネットと同じくらいの背丈。椅子に座ったままのプリシラからは、胸部より上が見える程度だ。
 不法侵入者にしては幼い外見で、挨拶もしっかりしていて礼儀正しい人影に、プリシラは刹那硬直した後、持っていたペンを置き、机と人影の間に素早く滑り込んで頭を下げ、片膝を突く。
 「初めまして、聖母神(せいぼしん)マリア。このプリシラ=ブラン=アヴェルカイン、こうして御目に掛かる機会を賜りました事、至極光栄に存じます」
 「此方こそ。お忙しい中、時間を取らせてしまってすみません」
 「とんでもないことでございます」
 「そう堅苦しく構えないでください。今現在もこれからも、普段通りでお願いします。「私は人間世界には居ない」、「人間の礼法を通すべき相手ではない」のですから」
 「……ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えて」
 外見年齢に相応しくない穏やかな微笑みを浮かべる幼女に促され、すっと立ち上がるプリシラ。しかし、互いに立ったままでは落ち着かないからと、室内にある椅子を三脚、蝋燭の灯りを囲む形で机の手前に並べた。
 すると。

 「やぁ。約二ヵ月ぶりだね、プリシラ次期大司教。其方に変わった事は無いかな?」

 腰を下ろしたプリシラとマリアの前に、片手を軽く持ち上げている老齢の男性が、座ったままの姿勢で現れた。
 彼はアルスエルナを出国した時と同様、剃り上げた頭部に白い帽子を乗せ、全身を高位聖職者の衣で覆っている。
 「お久しぶりでございます、コルダ大司教様。変わりと言えば、大司教様のお帰りが予定よりも遅れていらっしゃる事、今この場に女神が居られる事と、中央教会に主神アリアが居られる事、「あの」クロちゃんに恋人が出来た事くらいのものですわ」
 「おや。クロスツェルの想いがロザリア様に通じたんだね。良かったじゃないか」
 「ええ……ただ、ご生母の前でこう言うのもなんですけど、ロザリア様は大層なツンデレであられるようですので、きゃっきゃうふふに持ち込むまでは相当な時間を要すると見込んでおりますわ」
 「そうね。つんでれ? の意味はよく解らないけど、あの子、根は正直者なのに何処か(ひね)くれているような気がするの。クロスツェルに甘えるとかベタベタするなんて、一生できないんじゃないかしら?」
 「それはクロスツェル的に切ないな。好いた女性に頼られ甘えられるというのは、男としての尊厳にも繋がるんだよ。まぁ、難しい理屈は抜きで単純に嬉しいものなんだけど……なかなかにもどかしいね」
 「もどかしいですね」
 「もどかしいですわね」
 胸の前で両腕を組み、俯きながら「う~ん」と唸る三人。
 近所に住むおばさま方の井戸端会議そのものな空気だが、残念な事に、三人に突っ込みを入れられる人材は不在だった。
 突然始まった余計なお世話会議は、のほほんと続いていく。

 「ところで、アーレストはどうしていますの? 一時は物凄い混乱状態になっていたと書いてありましたけど」
 「今は落ち着いているというか、落ち込んでいるというか……とにかく静かですね」
 「ん。あれは多分、頭の中で計算してるんだと思うよ」
 「計算、ですの? 迷っているのではなく?」
 「クロスツェルへの迷いはもう無さそうだったからね。中央教会で会ったらどうやって感情を表現しようか。どうしたら伝わるか。その段階に入ってるんだと思う。あの子はあの子で不器用だからねぇ……。どうせ最後にはいつも通りの方法に行き着くんだろうに」
 「ああ……「抱き付く」、ですね」
 「何をどう言って良いか判らない時は、とりあえず抱き付く。クロちゃんの反応を引き出したら、それに沿って言葉を選ぶ。私が実践付きで教えた事とは言え、いつまで続けるのかしらねぇ。あれ」
 「君も、協力を求めて中央教会を訪れたクロスツェルに同じ事をしていたでしょう。きっと、これからもずっと続けていくよ。あの子達はあの距離感に安心を覚えているから」
 「そう、なんですか? クロスツェルのほうはあまり好ましく思ってない様子でしたが」
 「アーレストが他人行儀(ふつう)になったら、クロスツェルは十中八九傷付くね。「どうして?」から始まって、「嫌われた……。」に着地するだろう。そして距離を置く。そんなクロスツェルを見れば、アーレストもどうしていいのか判らなくなって、気分も体調も下降の一途だ。今は状況が状況だけに、間違い無くそうなるよ」
 「「確かに」」
 本人達不在で満場一致のネガティブ認定。
 女神に愛され護られている人間も、人類最強かも知れない神父も、この三人の前では形無しである。

 「クロスツェルも、今は落ち着いているのかな?」
 「はい。最終的には「アーレストだから」で納得したみたいです」
 「それはそれでどうなのかしら」
 「人間の枠で考えれば非常識なのでしょうが、そう納得するしかなかったんだと思います。私も、レゾネクトの中身がクロスツェルだったなんて、アーレストさんに言われるまで全然気付きませんでしたから。コルダさんも気付いてませんでしたよね?」
 「私の場合は、レゾネクトさんと直接言葉を交わした経験が無かったからね。実際目の前に居た彼はマリアさんの記憶に在った彼とは全然違うし、最初からレゾネクトさん本人の言動に対して違和感を抱く余地が無いというのもあった。でも、ある程度レゾネクトさんの人柄を知った後だとしても、おや? と思うのが精一杯だったんじゃないかなぁ。人間は五感と経験で識別する生き物だし、まさか現地に居る筈がない人間が目の前で別人の体の中に居るとは、想像もできないよ」


 先日、アーレスト達の教会で炊き出しを終えた後。
 偶然にも中央教会へ帰る途中のコルダ大司教が立ち寄り、マリア達と鉢合わせた。
 それが、遮蔽物が多い屋内での話ならまだ空間を跳んで隠れる余地もあったのだが、折悪しくリースリンデが単体で裏庭に出て植物と戯れていた時にうっかり目が合ってしまった為……そして、リースリンデに隠れるよう告げに来たアーレストともバッチリ受け答えしてしまった為に、最早言い逃れは不可能だった。
 上司であり師でもあるコルダの求めに不承不承応じたアーレストは、マリアに記憶を開示してもらってから現状を説明。
 コルダは少々混乱気味だったものの、其処は年の功。直ぐに冷静さを取り戻し、とりあえず一緒にご飯でも食べようかという流れになった。
 ロザリアを通じて一度中央教会に戻ったレゾネクトが再び厨房へ跳び、無言で調理を始めようとして……音の違いに気付いたアーレストの突撃を喰らった。
 後はもう、事情が呑み込めてない者達の前でひたすら続く、アーレストとレゾネクト(中身はクロスツェル)の、「どうしてクーちゃんが悪魔の中に居る。クーちゃんに何をしやがった」「何故私だと判ったんですか」の、不毛な応酬だ。双方落とし所が見当たらない、怒りと困惑と焦燥の大混乱。
 (レゾネクト)の使い方に慣れる前に始まったそれのおかげで、クロスツェルの本体までもが連動するようにジタバタし始めた為、心配したロザリアが直接アーレストの教会へ飛び込んで二人の仲裁に入る羽目になり。
 結局本体同士の対面にはならなかったものの、アーレストとクロスツェルは気まずい思いで少ない言葉を交わし、別れた。
 遠回しな気遣いの結果は散々なものだが、クロスツェルが作った百合根の料理を関係者に振る舞うという目的は達成されたので、ほぼ全員「なんだかんだ言っててもしょうがないよね……」と、微笑ましく生温い感じになっていた。
 愛娘の思い遣りに感激しまくっていたマリアだけは、今朝までずっと大興奮だったが。


 「折角ロザリア様が気を遣ってくださったのに、特異体質が此処でも裏目に出てしまったと考えれば、アーレストも大概、不憫と言えば不憫ですわね。つくづく生き辛そう」
 「持って生まれた物だけは、活かす方向で考えないとどうしようもないからねぇ」
 「体質となると、着脱可能な物ではありませんからね」
 「常人が憧れるような超感覚的知覚と呼ばれる物に近い「何か」のような気がしますけど、あればかりは人間には過ぎた代物と言わざるを得ませんわ。便利なので、使う時は徹底的に使い潰しますが」
 「君は時々、さらっと酷い言い回しをするね」
 「それがあの子の望みですもの。遠慮してあげる理由なんて、此方には全くございませんでしょう?」
 「うーん……」
 にっこり微笑むプリシラに、コルダの頬がちょっぴり引き攣る。

 「それで、アリアシエルのほうは如何でしたの?」
 「ん……『当面は傍観』で決着したよ。ミートリッテ君に飛ばしてもらった手紙にも書いた通り、アリア信仰の後ろ楯である主要三国が突然手を引いちゃったからね。他にできる事は無いから仕方ないかなぁと思ってたんだけど……仕方ないではなく、べゼドラさんが頑張って最善の手段にしてくれていたらしい」
 「ええ。ベゼドラには思う存分世界中を飛び回ってもらいました。少なくとも彼が「支配」を解かない限りは、宗教方面から各国を巻き込む大規模な戦争に発展する事は無い筈です」
 「けれど、その支配も完全ではない。そうですわね?」
 「……その通りです。べゼドラに抑えてもらったのは、各宗教と主要国の上層に位置する少数の人間だけ。戦争に発展させる可能性の一つを一時的に無理矢理黙らせたに過ぎません。争いの種は、誰からでも何処からでも、見境無く発生します」
 「例えば、世界中で目撃されたという淡い薄緑色に光る雪……かな?」
 「はい」
 「大司教様の帰国が遅れたのも、あの雪が影響しているのでしょうか?」
 「それもある、が正しいかな。実は、アリアシエルで私とタグラハン大司教を襲ってきた異教徒を一人捕縛したんだけど、どうやら私、捕まえた時に押さえた彼の腕の骨に、骨折手前のひびを幾つか入れちゃってたらしくて。過剰防衛はお止めなさいねって、彼の被害届を受け取ったレティシア教皇にこってり叱られてたんだよ」
 「こ、骨折手前って……」
 「まぁ」
 思い掛けない告白でぎょっと目を剥くマリアとは対照的に、プリシラは呆れたような表情を見せた。
 「腕を押さえた程度でひびが入るなんて、よっぽど運動不足でだらしない生活をしていたのでしょうね。自己管理もできてないなんて、教えを広める立場に在る者のクセに情けない。しかも、襲撃しておいて被害届を出すなど、厚かましいにもほどがありますわ」
 「最近の若い子は簡単に傷付いちゃうから、加減が難しくて困るよ。アーレストや君みたいに、金棒で殴打してもちょっと腫れる程度で済むくらいになってくれれば、私としても安心して向き合えるんだけど」
 「え。いえ、さすがにそれは……」
 女神(わたし)でも傷付きますよ、とは、なんとなく言い難い。

 マリアは知らなかった。
 今は穏やかでのんびりした口調のコルダ大司教に、壮絶な傭兵時代(かこ)があった事も。
 此処に居るプリシラ次期大司教が、その彼から薬草に関する知識の一端と戦闘技術の一部を学んでいた事も。
 それ故にこの二人……いや、かつて世界中のあらゆる戦地で『鋼の双璧』と謳われた無敵の傭兵王コルダとタグラハンの両名に弟子と認められ育てられた戦士・アーレストを含めた三人が、絶対の信頼で結ばれている事も。
 その影響で、三人の「負傷具合に対する認識の深度」が一般民とは大きくかけ離れている事も。

 「第一……」
 プリシラが両肩を持ち上げ、ふるふると緩く首を振り
 「「聖職者たる者、骨折の一つや二つ、笑って遣り過ごさなくては」」
 コルダと声を揃えて、やれやれと深く長い溜め息を吐き出した。

 アリア信徒、ガチ勢は結構本気で恐い。

 二人との間に、目には映らないが確かに存在する極太の境界線を感じ取ったマリアは、冷や汗が流れる背筋をピンと伸ばして居住まいを正し、この線だけは絶対踏み越えないようにしよう……! と、心の内で密かに固く誓った。

 「そ、その辺りはひとまず置いておくとして! あの光る雪への対処についても、教皇様と話し合っていたのではありませんか?」
 「ん? んー……、それなりに、ね。けど、大半の大司教達は大急ぎで帰っちゃった後だから、それも一応『様子見』って形になったよ。各国への通達も飛ばしたし、殆どの信徒は大人しく上の指示に従ってくれると思う。問題は」
 「盲目的なアリア信徒達と、アリア信仰を邪教とする勢力の暴走……でしょうね」
 「女神アリアの顕現騒動に、各宗教の主要人物の改宗。布教には絶好の機会なのに、何故か主張を控えろと抑圧する上層部。言い掛かりに暴力を付けてくる異教徒達。若いアリア信徒を中心に溜まる疑問と不満。トドメに女神(アリア)色の光る雪だ。大量の火薬の近くで火花が散っているようなものだよ。何もかも時機が悪過ぎた……と言っても、総ての事柄に本物が関わっていたのでは、仕方がないのだけど」
 「一連の流れに関しては、返す言葉もありません」
 「いや、言い方が悪かったかな? マリアさん達を責めているつもりは無いよ」
 「そうですわ。切っ掛けが神代(かみよ)の争いであっても、現代のこれは私達人間の在り様の問題。延いては、他者に依存する事を良しとするか否か、子供が親離れできるか否かの問題です。貴女方は貴女方なりに生き抜いて結論を出した。今度は、私達が私達なりの結論を出さなければならない。それだけの話ですのよ」
 全世界で多くの死を招いた先の大戦。
 その元凶であるアリアの実母として頭を下げたマリアに、二人はころころと軽やかな笑い声で応じる。

 「親離れ、か。面白い(たと)えだね。そして、納得だ。その線で促していくべきかな? やっぱり」
 「え」
 顎に手を当てて「ふむふむ」と何度も頭を上下させるコルダ。
 プリシラも、「現状ではそれが最善と考えられますわ」と頷き返す。
 マリアだけが話に付いて行けず、きょとんと瞬いた。

 「よし。じゃあ、アルスエルナ教会の方針はそれでいこう。君が飛ばした鳥は恐らく明日中に着くだろうから、私もアーレスト達と一緒に此方へ戻って来るよ」
 「では、お帰りは半月程後になりますわね」
 「いや。アーレストが全力で飛ばすと思うから、十日前後の見積りで大丈夫じゃないかな? あの子一人で走らせたらもっと速いんだけど」
 「其処は暴走しないように見張っていてくださいな。また時計台やら空き家やらを薙ぎ倒されても困ってしまいますし」
 「……薙ぎ倒したんですか……? 時計台や空き家を……?」
 「無人の建築物だけなら、胃に優しいね」
 「ソレスタ神父と合わせたらどれだけの被害・損害が出ているか……ふふ。一度、あの二人に計算させてあげようかしら。実態を把握して反省に至れば、泣いて喜ぶかも知れませんわ。主に、国王陛下が」
 「財務担当の人達もね」
 「こ、国家予算級、ですか」
 「さすがに其処まではいきません」
 「うん。今年までの総額で大体、都市一つの二年分くらい、かな?」
 「……都市二年分の予算に相当する被害額って……」
 どれだけ壊し続ければ、そんな途方も無い数字になるのか。
 人当たりが良くしっかりした印象が強い二人からは想像もできない、とんでもない裏事情が明らかになってしまった。
 「そのおかげで、職人達の仕事も尽きないのですけどね」
 「え?」
 「破壊には良い面も悪い面も含まれている、という話ですわ」
 「……ああ、なるほど」

 壊れた物の多くは、国の運営視点で重要度が高い物から順に直していくか、若しくは新しい目的で活用される。
 どちらにしても手を加える必要ができたのなら、其処には物資と技術と金銭が同時に注がれる。
 物資と金銭の循環で成立する雇用創出、人材育成、技術及び品質向上、顧客確保……つまりは「経済」だ。

 壊されては生活に難が出る。
 けれど、壊されて繋がる物もある。
 二人の破壊活動は、「迷惑」の一言で安易に片付けられるものではないらしい。

 「両陛下の御心痛は確実に悪化しているよ。ついでに、予算を申請する側の私もね」
 「被害申告の書類監査と補償額の精算と最終確認を任されている私もですわ、大司教様。うふふふ」

 …………できれば止めて欲しいと願う人も、中には居るようだが。
 人間社会は複雑だ。

 「私達のほうはこれで良いとして。明日から十日前後、マリア様方は如何なさいますか?」
 「アーレストさんが此方に来る以上、私達が彼らの教会に居座る訳にはいきませんし……もう一度ロザリア達と合流しようとは思っていますが、その先は特に何も決まっていません」
 「リースリンデさんは、元々は精霊達の泉へ行くつもりだったと言っていたけど?」
 「コルダさんやプリシラさんがロザリア達の存在に関わっている今、私も我関せずと身を潜めてはいられませんから。貴方方の善意を疑っているようで大変申し訳ないのですが、事此処に至っては情報の共有が不可欠であると判断しました。その為の、この「場」です」
 「最善の判断だね。私達は世界の混乱を避ける為に、マリアさん達の動向を把握しておきたい。マリアさん達も同じく、人間世界には極力関わりたくない。前提も目的も合致する。なら、実質が警戒であれ監視であれ、協力できる所では協力し合うべきだ」
 「大司教様に同感ですわ。差し支えなければ、マリア様方も明日から中央教会へいらしてくださいませ。私は全力でロザリア様の存在を隠し通すと誓いましたが、この身も思考も、所詮は人間の物。至らない部分には、マリア様方の御力と知恵をお借りしたいのです」
 「承知しました。余計な争いを防ぐ為であれば、できる限りの事はさせていただきます」
 「ありがとうございます」
 座ったまま頭を下げるプリシラに、マリアも一つ頷いて、「では、そろそろ……」と立ち上がり、話を切り上げようとした。
 が。

 「お待ちください、マリア様」

 暗闇でもはっきり判るほどの真剣な表情を持ち上げたプリシラに呼び止められ、首を傾げる。
 「最後に一つだけ。今、どうしても、この場で、マリア様に、確認しておきたい事がございますの。よろしいでしょうか?」
 「確認したい事?」
 やけに神妙な口調で一言一句を強調しながら尋ねる彼女に、コルダも不思議そうな顔でマリアと視線を交わした。
 「マリア様」
 「はい」
 「神代(かみよ)の頃は恐らくそうでもなかったと推測しますが、現代の人間は世界中何処にでも居て、いつ、何を観測するか知れたものではありません。そういう意味では、「それ」も当然の判断と言えましょう。ええ、「それ」自体は、至極真っ当な判断です。ですが、どうしても腑に落ちませんの」
 「………………あ。」
 自身を真っ直ぐ見つめるプリシラの目線を辿り、言葉を聴いて。
 マリアは漸く気が付いた。
 いつの間にか着用が習慣になっていた物の存在に。
 関係者以外を弾き出した「結界」の中では、無用の長物である筈の存在に。

 「何故、猫耳なのです?」

 一目見た瞬間。
 その形状を認識した瞬間から。
 プリシラの興味は、マリアの頭部を覆う猫耳の帽子に傾いていた。
 それはもう、可愛らしい! と叫んで抱き付きそうになる衝動を刹那の内で必死に抑え込まなければならなかったくらいには、興味津々だった。

 「……いろいろあって、こうなりました」
 「その辺りを、是非! 詳しく!」
 「君の可愛い物好きは変わってないねぇ」
 「可愛いは国宝……いえ、世界の宝ですわ、大司教様!」
 さあ! ご説明くださいませ、マリア様!
 と、真顔で立ち上がって幼女にぐいぐい迫る次期大司教。
 「えーと……」
 苦笑しながら、そんなに面白い話でもないのですが、と前置いた上で事情を説明したマリアだが。

 彼女は後日、この一件を通して、プリシラという人物の凄さの一端を垣間見る事になる。

 
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