俺はここにいる!
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第七話「△デート・鏡花前編」
前書き
つぶやきではああ書きましたが、さっさと仕上げちゃいました
今回の話では蒼蓮は決して善人ではないことをさりげなく表現しています。ホントにさり気なくですが……。
「先日は大変申し訳ございませんでしたぁぁぁ! 何卒、なにとぞお怒りを治めくださいませぇぇぇぇぇッッ!!」
祐理にめちゃくちゃ怒られた俺は後日、出頭するように本人に命じられた。
この俺に命じるとは、と不敵な笑みを浮かべて家を出たが、歩を進める毎に心拍数が上がり勝手に発汗する次第。
七雄神社の無駄に長い階段を死刑台に登る気持ちで以て一歩一歩踏みしめ、砂利を鳴らしながら社務所へと向かった。
障子越しに祐理の気配を感じた俺は入室の許可を得て、襖を開けると同時に見事な土下座をかました。
一瞬の空白。現在の俺の心境はまさに死刑囚。なんとかお怒りを治めてもらえる一心だった。
祐理の溜め息がやけに部屋に響く。
「……頭を上げてください。それでは話ができません」
「ははぁっ!」
言われた通りに頭を上げる。
いつもながら、美しい正座で腰を下ろしている祐理さんはちょっとだけ困ったような顔をしていた。
「その、先日は私も強く言い過ぎました……。蒼蓮さんは私を心配して来てくださったのに、数々の無礼を働いて、なんと申し上げればよいか……」
本当に申し訳ありませんでした、と逆に頭を下げられる。
思ってもみなかった対応に思わずきょとんとしてしまった俺は、慌てて頭を上げるように言った。
「いや、祐理が謝ることないって! あれは俺も悪かったんだしさ……その…………ごめんなさい」
「いえ、蒼蓮さんが謝られることではありませんっ。確かに過ぎたところもございましたが、そもそも私が――!」
「いや、俺が――!」
「……」
「……」
互いに顔を見合わせた俺たちは、自然と込み上げてくる笑いに耐えきれなくなった。
緩和する空気に自然と力んでいた身体が弛緩する。
「じゃあ、今回のことはおあいこってことでどうだ?」
「はい」
よかった、赦してもらえた……。
よし、ここは一歩踏み込むべきところだ。行けっ、海堂蒼蓮!
「ところで、祐理……実はここに、遊園地のペアチケットがあるんだが」
ピッと懐から二枚のチケットを取り出す。
今日、このときのために入手した遊園地チケット。
隣町に新設されて最新鋭のアトラクションが数多くあり、今人気を誇っているホットの遊園地だ。しかもこのチケットは日曜日限定で遊園地内の食べ物が無料となるお得な特典付き。
いくならいつ? 今でしょ!
「――一緒に行かないか?」
「……はい」
返事は、顔を赤くしての首肯だった。ごちそうさまですっ!
今日はこれでお暇することにしてその場を後にした。次に逢う日はデート当日だ。
ほくほく顔で我が家に帰って来た俺だが、この日、最大の試練が待ち受けていたのをまだ知らなかった。
「あっ、おかえりー。蒼、約束覚えてるわよね」
ガリガリくんのソーダ味を食べていた鏡花は俺を見るなり、唐突に聞いてきた。
「約束?」
「……あんた、まさか忘れたなんて言わないわよね? 今度の日曜日!」
――今度の日曜日……約束……鏡花との…………あ。
なにを言わんとしているのか悟った俺の背筋からダラダラと滝のような汗が流れた。
「も、もちろん覚えてるさ。デデ、デートの約束だろ?」
「なんでどもってんのよ。あたし、楽しみにしてるんだからね。約束すっぽかしたら承知しないわよ?」
余程楽しみにしているのか、軽い足取りで去っていく鏡花。その後ろ姿を見送りながら、俺は心のうちで叫んだ。
――やっべぇぇぇえええええ! デート被っちまったぁぁぁぁぁ!!
† † †
あれから三日。
時は飛ぶように流れ、あっという間にデート当日。
非常に困ったことに、今日という日を楽しみにしてくれていた鏡花はなんと、デート場所に遊園地を選んだ。それも、俺が獲得したチケットと同じものを手に入れて。
流石は夫婦、似た者同士――なんて普段なら考えるのだろうが、今回ばかりは頭を抱えた。
――やべぇ、祐理と鉢合わせたらどうしよ……。
時間が被さっていないのは不幸中の幸いだ。鏡花とは十時に現地待ち合わせで、祐理とは午後の三時に待ち合わせ。
上手くいけば上手くいくかもしれない!
正直、薄氷の上を渡るようなものだが、賽はすでに投げられた。やるしかないんだ……!
「それにしても、やっぱり目立つか……」
遊園地のゲート前で鏡花を待つ俺は早くも衆人観衆の目に晒されていた。
今日の俺の格好はいつもより良い生地を使った黒の和服に、その上から群青色の羽織り物を羽織っている。
その昔は見渡せば和で溢れていたものの、今の時代では洋服が流行り、和服を着ている人はあまり見かけなくなった。大和の民の心はどこに行ってしまったのか、悲しいものだ。
和服がそんなに珍しいのか必ず振り向かれる。なかにはジロジロと無遠慮に眺めてくる者もいる始末。
――いい加減鬱陶しいな……殺るか?
昔に比べれば気が長くなってきた俺だが根柢の部分は変わらない。これからデートだというものの、水を差された気分になってくる。
「……殺るか」
俺は決して寛容ではないのだ。恨むなら俺を怒らせた自分を恨め。
ウザったい人間ども――主に男ども、中にはギャルと呼ばれる女も――を一瞥して暗示を掛ける。
――この場から速やかに立ち去り、早々に自害せよ。
一瞬俺の瞳が紅く揺らめく。暗示を掛けられた者どもは虚ろな目でその場を立ち去り始めた。
「ふん、己の手で首を絞めたも同然だ。自業自得だ、愚者どもが」
ちょっと胸がスッとした。
時刻は九時四十五分。もうそろそろ来る頃か。
「お待たせー。待った?」
肩を叩かれた。振り返ると可愛らしい洋服に身を包んだ待ち人の姿がそこにある。
首には俺が送った銀のネックレスが掛けられ陽光を反射しており、薄化粧をしていつもより数段綺麗に、そして可愛らしくなっている。
最愛の奥さんの一人に微笑み返した。
「いや、丁度いま来たところだ」
「ならよかったわ」
「今日の鏡花はいつもより映えてるな。ばっちり決まってるぞ」
「蒼もいつもより格好いいわよ!」
鏡花はこういう恋人同士がするような何気ないスキンシップが好きらしい。
俺の返事に気をよくした鏡花は早速俺の腕を取り、ゲートに向かった。
数々のアトラクションに囲まれた鏡花は目を輝かせている。
「遊園地なんて久しぶりねー。前に来たのって四年前だっけ?」
「そんくらいだったな。たしか皆でデスニーランドに行ったんだったな」
あの時はミアと鏡花がアトラクションを全部制覇すると言って俺の腕を掴みずんずん進み、菖蒲は菖蒲で食べ物全部制覇すると言いだし遊園地中の食品コーナーを回った。あの子はあの歳で意外と大食いの気を見せることがあるのだ。
「プランとかは考えてあんのか?」
「ふふーん、あたしを誰だと思ってんのよ。当然考えてあるわ! 今日のエスコートは任せなさいっ!」
胸を張り、肩にかけたポーチから遊園地のパンフレットを取り出す。こいうときは男が先導するのだろうけれど、ことこういうアトラクション好きの鏡花に関してだと話は別。
持ち前の姐御器質と積極性を如何なく発揮し、ずんずんと先陣を切ってエスコートしてくれるのだ。面倒見の良いところもあって、楽しそうにエスコートする姿は見ていて微笑ましく思える。
こういう娯楽施設にあまり詳しくない俺からすると情けなくもあるが、それ以上にありがたい。
「じゃあ頼むぞ。俺、こういうのはからっきしだからなぁ」
「まっかせなさい!」
俺の腕に自分の腕を絡めた鏡花は早速、第一のアトラクションへと向けて歩を進めた。小振りではあるが確かな女性特有の柔らかさが腕に伝わる。
鏡花は可愛くもあるが、どちらかと綺麗寄りの顔立ちをしている。本人は気にしているため口にしないけど、そのモデルのようなスレンダーな体格に合ったほどよい大きさの胸が、組んでいる腕を軽く圧迫していた。
気づかぬ鏡花ではあるまい。おそらく態とだろう。
それが分かるために、俺の頬は早くも緩み始めていた。
「最初はあれに乗りましょっ」
「ジェットコースターかぁ」
絶叫系でお馴染み、そして鉄板のアレだ。
――ちょっと渋い顔をしちゃったけど、デートの雰囲気を壊してまで断るのもアレだし、乗りますかねぇ。それに、うちのお姫様のこんなキラキラした顔見たら、断れないっしょ。
別に絶叫系が苦手というわけではない。素の足でジェットコースターと並走できる俺だし、むしろ新鮮さや妙な爽快感があって好きなほうだ。
ではなぜ、少し渋ってしまったのかというと……まあこの後すぐわかる。
――鏡花は忘れてんだろうなぁ。そんなドジッ娘の鏡花さんもぼかぁ好きですけどっ!
ほかのアトラクションは一時間や二時間待ちが多かったのに対し、ジェットコースターは比較的空いている。わずか三十分で順番が回ってきた。
「お荷物はこちらで預かりま~す。安全のためシートベルトの確認をいたしま~す」
妙にポワポワした雰囲気の作業員のお姉さんに安全ベルトが固定されているのかを確認してもらい、鏡花はポーチを預けた。
自分でも両肩を通すように下げられている安全固定器具に手を掛け、異常がないかどうか調べる。
――問題ないな。今は……。
ブザーが鳴り、ゆっくりと鉄の箱舟が動き始めた。
山なりとなっているところの頂までゆっくりと進んでいく。それに伴い、隣からわくわくしたオーラが漂ってくる。
――楽しみなんですね鏡花さん。わかります。
鉄の箱舟は頂に達し――急降下した!
「きゃー!」
両手を上にあげて笑顔で叫ぶ奥さん。俺もそれにならって万歳をしてみた。
「きゃーきゃー☆」
「あー」
いささか棒読みのように聞こえるのは勘弁してくれ。こっちとら遊園地初心者なんだ。
特急列車も真っ青のスピードで幾度のカーブを曲がり、視界が上下し、急降下を繰り返す。
「あーれー」
俺も純粋な観客のつもりで流れに身をまかせた。
――カチャカチャカチャッ……ガギョンッッ!!
がぎょん?
不吉な音に目を落とすと、座席とお客様を固定する装置が上がっているではありませんかー。
「……あーあー」
完全フリーになった俺。現在、ジェットコースタは直線を進んでいるめ振り落とされる心配はないが……。
――あ、次は急カーブだ。
待ち受ける結果に溜息が出そうになった。鏡花さんはジェットコースターに夢中で旦那さんに訪れているトラブルに気づいていない様子だし。
「なんだかなぁ」
そうこうしているうちに、問題のカーブが差し迫ってきた。鉄の箱舟は速度を落とすことなくカーブを曲がり――。
「あぁぁぁぁ~~」
慣性の法則と重力に従い、俺の身体はいっそ面白いくらいポーンと飛ばされた。
† † †
風を切る音、肌で感じる爽快感!
やっぱりいいわ、ジェットコースターって!
久しぶりのデートで来た遊園地。遊園地と言ったらジェットコースターでしょ!
「きゃーきゃー☆」
――いま、あたし風になってるわ!
「あ~」
超人的な身体能力をしているからスピード感に慣れていると思う蒼も、ジェットコースターを楽しんでくれているようだ。
あたしと同じく両手を投げ出し、絶叫する蒼。裏の世界とやらの人たちなら今の彼を見たら驚くだろう姿。
だらしなく「あ~」なんて言ってあたしの真似をする人が、魔王なんて言われて多くの人から畏怖されている。そんな彼の無防備な姿を目にすることが出来るのは妻たるあたしたちの特権だ。
彼は決して善人ではない。気に入らなければ平気で人を殺すし、理不尽な要求もする。暴君だなんて呼ぶ人もいる。
――でも、そんな蒼があたしたちの旦那様。大好きな人なのよ!
彼が善人であろうとなかろうと、悪人であろうとなかろうと、そんなのあたしたちには関係ない。彼が彼であるという点、そしてあたしたちがあたしたちであるという点だけが大切なのだ。蒼なりの言い方をすれば、世間なんてクソくらえね。
神様だとか裏の世界だとかよく知らないし分からないあたしだけど、そんなあたしだからこそ魔王なんてやっている彼の心を癒したい。
普通に起きて、ご飯食べて、いちゃちゃして、喧嘩して、仲直りして、愛し合う。そんななにげない日常を彼に与えることが出来るのはあたしだけ。あたしたちだけなんだから!
「あ~れ~」
――こんなバカみたいな、旦那様を愛せるのは世界広しといえども、あたしたちだけだろうしね。
だからこそ、あたしは遊ぶ。心の底から遊ぶ。全力で遊ぶ。
心の底から楽しんで、彼に「幸せよ」と全身で伝えるために。
言葉にもするけど、素直に言うのは恥ずかしいから……。
――隣で変な音が聞こえた。でも蒼は気にしていない様子だし、いっか。
そんなことを頭の片隅で考えながら、あたしは全身で感じる風を切る感触を楽しんだ。
カーブに差し掛かる。強いGで流されそうになる体を安全器具がしっかりと守ってくれた。
「あぁぁぁぁ~~」
となりから遠ざかる間抜けな声があたしの鼓膜を叩いた。
見ると、蒼があさっての方向へ跳んでいく姿が。
「ええええぇぇ! ちょっ――蒼!? どこに行くのよあんたー!」
あたしの問いかけに答える暇もなく、蒼は放物線を描きながら蒼天の空を滑空した。
放り投げられた蒼の姿に気が付いた客が悲鳴にも似た声を上げている。それにつられて蒼の姿を目撃している人が増え始めた。
あと十秒もしないうちに蒼は硬い地面に叩きつけられることだろう。そうなれば一巻の終わりだ。……普通の人なら。
蒼のことを十二分に理解しているあたしは彼を心配する心なんて持ち合わせていない。
――だって蒼なんだし。
† † †
「あぁぁぁぁ~~」
放物線を描きながら空を飛ぶ俺。日差しがまぶしいぜ。
眼下の道行く人々が俺を指さし、なにやら騒いでいる。
遠くの方で警備員とともにここの関係者がやって来るのが見えた。
俺は猫のように体を丸めた。
――クルクルクルクル…………シュタッ!
十三回転の末、華麗に着地を決める。
踵が地面に接地すると同時に全身を屈伸したため、衝撃は限りなくゼロに近い。
思わず体操選手のようにビシッとポーズを決めた俺に「おぉ~!」という感嘆の声と拍手が迎えた。
「いやー、どもども~」
手を振りかえして拍手に応える俺の元に関係者の人たちが殺到してくる。支配人が血相を変えてやってきた。
「大丈夫ですか!? お怪我は!」
「見ての通り、ないよ」
「コースタに不具合が生じて機器が誤作動を起こしたようでした。大変申し訳ありませんッ!」
関係者がそろって低頭するなか、ジェットコースターの方から鏡花がやって来るのが見えた。
「蒼~!」
「おお、鏡花」
手を振りかす。
「お連れの方ですね。このたびは大変申し訳ありませんでした。お詫びになるとは到底思えませんが、こちらのパスポートを受け取りください!」
「おっ、サンキュー」
ペコペコと頭を下げる支配人だが、ぶっちゃけると今回の一件は俺に問題があるんだよな。
実は触れると電子機器を破壊する体質の持ち主である俺。今回のようなハプニングも一度や二度ではなかったりする。
なにせ触れるだけでイカれるのだ。この体質のせいで今時携帯を持つことも叶わず、パソコンなんかもすべて奥さんたちに任せている。
これは俺がカンピオーネに成る前からのものなのか、それとも成ってから体質が変わったのか、正直分からん。なにせ文明が発達して機械が登場してきたのは、俺がカンピオーネに成って数十世紀過ぎてからだし。
このままペコペコされるのも鬱陶しいしさっさとその場を離れることにする。
再び俺の腕を組み隣を歩く鏡花。これだけは訊ねたい。
「お前、俺の体質の事すっかり忘れてただろ?」
「ギクッ……」
「いや、声に出さんでもええがな」
別に怒ってるわけじゃないしな。
あははー、と笑って誤魔化す鏡花に苦笑を返し、次のアトラクションへ向かうのだった。
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