IS【インフィニット・ストラトス】《運命が変わった日》
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【第311話】
手を引かれ、俺とシャルが向かう先は――。
「料理部? シャル、料理部に行きたかったのか?」
「うん。 確か日本の伝統料理を作ってるんだって。 せ、せっかくだし、僕も作れるようになりたいなぁってね」
「成る程。 ……伝統料理か、作法的に肩が凝るが、美味しいよな」
そう頭の中を数々の伝統料理が駆け巡っていく……ヤバい、点心食ったのにまた腹が減ってきた。
「ふふっ。 ん、んと……もし僕が伝統料理作れたら……ヒルトは嬉しい?」
「ん? ……美味しいものを食べれるのは嬉しいが、作れても作れなくてもシャルはシャルだ。 何を俺にしてくれても嬉しいさ、これがな」
「そ、そっか……。 ふふっ、僕は僕か……何だか嬉しいな……」
照れ笑いを浮かべるシャル――と、料理部が使っている調理室に到着。
中からは良い香りが漂ってきて、中に入ると――。
「……凄いな。 これはお腹が減り祭ってやつだな、これが」
「ふふっ、何それ?」
俺の言葉がおかしかったのか、微笑を溢すシャル。
とりあえず調理室を軽く一望すると、目に映るのはお惣菜の山。
テーブルに並べられた大皿には肉じゃがやおでん。
多種のコロッケや天ぷら。
和え物に煮物に焼き物と豊富に取り揃えられていて、スーパーの比ではなかった。
……でも、余ったら勿体無いなと思ってしまう。
「あ、もしかしてこれが肉じゃが?」
そう言って俺の手を掴んだまま肉じゃがが盛られた大皿の前へと移動するシャル。
「そうだな。 夏に鈴音が作ったのも肉じゃがだが、あれよりは見映えがいいな」
「…………僕と二人きりなのに、鈴の話?」
ムスッと頬を膨らませるシャル――しまったと思っても後の祭な訳で……。
「わ、悪いシャル。 ごめんなさい……」
「……ふふっ♪ 嘘だよ♪ こんなことで僕は怒らないよ♪ ……でも、ヤキモチは妬いちゃうからね?」
「……ご、ごめん」
「えへへ」
軽く舌を出すシャル――俺は咳払いをしつつ、肉じゃがを見て。
「こほん。 まあそれはそうと、日本では昔は女性の必須スキルだったらしいな、肉じゃが」
「そ、そうなんだ? どうして?」
「詳しくは知らないが、肉じゃがを作るのが上手な女性と結婚しろっていう風習だったとか。 おばあちゃんがそう言ってたな」
「け、結婚……!? ……ひ、必須スキルか……」
そう言ってから再度肉じゃがを眺めるシャル。
「肉じゃがなら未来から教わっても良いぞ? あいつ、メキメキと料理スキル上げてきてるからな」
「……むぅ、また僕と二人きりなのに今度は未来の話?」
ジト目で見上げる様に見るシャル――上目遣いに見えるが、それよりも俺はまたやってしまったと後悔した。
「わ、悪い……またやってしまった……」
「むぅ……。 ……こ、今度キスしてくれるなら許してあげる」
「……何ですと」
頬を赤く染めながら言うシャル――だが眼差しは真剣そのもので、断れる雰囲気ではない。
「……わ、わかった。 ……な、なら今度な?」
「……約束だからね? ……えへへ、ちょっとズルいかもしれないけど……」
嬉しそうに笑顔を見せるシャル――と、料理部部長らしき女子生徒がやって来た。
「あっ、有坂くんにデュノアくんだ。 ……うーん、相変わらずデュノアくんは中性的だね!」
そう言ってシャルを眺める部長さんにシャルは――。
「ど、どうも」
軽く会釈するのみだった――まあ、どう対応すればいいか困るだろうし、仕方ないか。
「ところで二人はどうしたのー? もしかしてデート? 執事とメイドの秘密の逢い引き? って言ってもミンチじゃないわよ? 合挽だけに! なんちゃってなんちゃって」
……まだ夏の熱気があるなか、心なしか調理室だけは冬の寒さが訪れた気がした。
……多分、一夏が居たら嬉しそうに反応するんだろうな。
ポカンとしていると、気にせずに言葉を続ける部長さん。
「せっかくだし、食べていってよ。 今回は特別にタダで良いわよ? その代わり、うちに投票してねー」
タダの代わりに投票を促すとは……流石にそれはあり得ないので断ろうと口を開くその前に、シャルが口を開いた。
「い、いえ、ちゃんとお支払いします」
折り目正しく、ぺこりと頭を下げるシャル――そして。
「えっと……、じゃあ肉じゃがいただけますか?」
「はいはーい、どうぞ~」
機械のハイテク化が進み、出来立ての温度を維持している大皿から一杯盛ってシャルに手渡す。
……こういう保湿装置も税金で何だろうなと思うと、無駄金な気がしなくもないのだが……。
「んじゃ、俺はコロッケ各種と肉じゃがに、エビ天とかき揚げ辺りを」
「はーい。 噂には訊いてたけど大食いだね~」
そう言って俺に手渡す料理部部長さん。
割りばしを割り、早速肉じゃがに箸をつける――。
「もぐもぐ……。 ん、なかなか美味しいな……」
「うん。 ……夏に鈴の肉じゃが食べたけどそれぐらいに美味しいよね?」
「あぁ。 ……コロッケもこれは揚げたてだからサクサクだし、悪くないな」
そう言って買った各種コロッケを胃袋におさめていく――と。
「ひ、ヒルト? 僕も一口コロッケ欲しいなぁ……」
「むぐ? ……んぐんぐ、ほい」
箸で一口サイズに切り分けるのだがシャルは――。
「た、食べさせてくれる?」
「にょ? ……マジですか?」
「……うん。 ダメ……?」
甘えた子犬の様な上目遣い――これは……断れないな、流石に。
「……仕方ないな。 ……俺もだいぶ甘いよな……」
「ご、ごめんね?」
「……いいよ。 でも、本当にこれで最後だからな?」
「う、うん」
……とはいえ、多分また頼まれるんだろうなと思ってしまう。
……正直、人の目もあるから出来れば遠慮したいが、それでもやはり好意を向けてくれる女の子の頼みも断る事が出来ないのは無自覚に人を傷つける優しさなんだろうと思ってしまう。
考えを払拭するように軽く頭を振ると、切り分けたコロッケを箸で摘まみ、口元へと運ぶ。
「あ……む……」
そっと小さく口を開き、口元に運ばれたコロッケを食べるシャル。
口元を手で覆い、シャルはゆっくり味わうように食べると――。
「ん……。 サクサクで美味しいね♪」
「あ、揚げたてだからな」
「あらあら? イチャイチャしちゃって~」
「うぐ……」
何気なく一連を見ていた料理部部長に言われ、赤面する思いだった。
そんななか、シャルは気にする事なく再度肉じゃがを食べ――。
「この肉じゃが、本当に美味しいですね。 ……どうやって作ったのですか?」
「ん? これねー。 圧力鍋使って作ってるのよ。 時間短縮だけじゃなくて、味付けも決まるからさぁ。 手離せない一品よ」
成る程と頷きつつ、俺はエビの天ぷらを食べ、料理部部長さんの言葉に耳を立てる。
「圧力鍋……ほ、他にコツとかあるんですか?」
「ふっふっふー。。これ以上は秘密よ。 知りたければうちに入部してね!」
勿体ぶった言い方かつお茶目な仕草で言う部長さんに、苦笑を溢すがシャルは何かを感じたのか――。
「料理部かぁ……。 ひ、ヒルトはさ、僕の料理が美味しいと嬉しい?」
唐突な質問に、頭に疑問符が浮かぶも俺は――。
「……まあ美味い料理を食べれるのは俺としても嬉しいものだな。 その点この学園の食事は格別だ。 日本の税金で食べてるのがちょい引っ掛かるが……この辺りはいつか還元出来ればと思うな」
「ふ、ふぅん……。 な、何にしても、僕が美味しい料理を作れると嬉しいんだね?」
「そうだな。 嬉しいぞ?」
「へへ……♪ な、ならいいんだぁ……。 えへへ♪」
嬉しそうに笑みを溢すと、残った肉じゃがを食べるシャル。
それを見て俺も、一気にかき揚げやらコロッケやらを胃袋に納めていく。
時間というものはあっという間に過ぎ、シャルとの休憩が終わると俺は急いで戻った。
因みにシャルは、もう少し料理部を見学するとか……まあ、わざわざ俺に縛られても意味はないからな、これが。
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