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邪炎騎士の御仕事

作者:刹那
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女狐の懐刀

 さて、メシア教徒を皆殺しにして、裏世界に人知れずデビューした黒騎士だったが、その中の人である少年は何も変化なしとはいかなかった。

 なにせ、自身は誘拐された上に両親は殺されているのである。当の少年は運良く自力で戻ってこれたとはいえ、騒ぎにならないはずがなかった。親類縁者には激震が走ったし、彼以外にも誘拐された子供は数多おり、その全てが死亡していたのだから、世間的にもセンセーショナルニュースとしてお茶の間を一時席巻した。

 少年はは紆余曲折の末、子供のいなかった東京在住の父方の叔父夫婦に引き取られることになった。よりにもよって、女神転生においては騒動の中心である東京に行くことになるとはとことんついていない少年であった。――――――――いや、あるいはそれすらも邪神が少年に強要した因果なのかもしれない。

 そして、一般人から明らかに逸脱した少年は、当然の如く裏世界の者達にその存在を感知されることになった。真っ先に少年を見つけたのは、メシア教と対立するガイア教穏健派の女幹部であった。この女幹部は、九尾の狐の転生体という噂がある大物で、その傾国の美貌と策謀の限りを尽くして、ガイア教内で急速に勢力を伸ばしている人物であった。

 最初、女幹部は少年の異質さに興味を持ち、好奇心から調べさせただけだった。しかし、調べてみれば、件の少年はメシア教徒有力者『神の火』の死亡原因となった邪教の生贄事件唯一の生き残りだというではないか。その時点で、彼女は彼が厄ネタであるということを独特の勘で確信していた。ここで手を引くべきだと理性はいっていたが、結局女幹部は好奇心を抑えきることができなかった。

 試しにと、自身が管理する異界に誘き出し、悪魔をけしかけてみたのだ。結果は、少年の圧勝だった。いや、正確に言うならば圧勝どころの話ではない。それは最早虐殺であった。
 悪魔に囲まれた少年は、その身から巨大な火柱を立ち昇らせ、一瞬後には紅に彩られた漆黒の騎士甲冑を身に纏った黒騎士となったのだ。そこからは一方的だった。少年を舐めきっていた悪魔達は驚愕から立ち直ることも許されずに蹂躙された。黒騎士が動く度に、悪魔が見るも無残な肉塊へと変わり、MAGとなって大気中に霧散していく。10秒も経つ頃には、最早動く者はリーダー格の夜魔リリムだけしか残っていなかった。そのリリムが絶対服従の契約を条件に命乞いをするところまで見届けて、女幹部は見るのをやめた。

 厄ネタどころではない。超絶厄ネタだったと、女幹部は頭を抱えた。

 見るんじゃなかったと後悔してももう遅い。平均LV20の悪魔の群れを単独で蹂躙するような相手に喧嘩を売ってしまったのだ。知らなかったでは済まされないし、知ってしまった以上あれだけの戦力を放っておく事もできないのだから。

 女幹部は悩んだ末に開き直ることにした。自身も含め武闘派ではない彼女の派閥は実行戦力に乏しい。いや、いるにはいるのだが、精々が中堅クラスが数人いるだけで、突き抜けた強さを持つ者がいないのが実情である。故に、正体不明の少年は是が非にでも欲しい人材であったのだ。
 
 女幹部が観るのをやめた後も、隷属したリリムを従えて管理異界で無双の限りを尽くしていた黒騎士に彼女は覚悟を決めて相対した。下手に回りくどい事をするよりも、正面から誠実に勧誘した方がいいと判断したのだ。

 最初は一瞬殺されたかと錯覚するほどの殺気を叩きつけられたが、女幹部はそれにどうにか耐えて交渉に持ち込むことに成功した。そして洗いざらいぶちまけた。少年の異質さに興味を持ったことから初め、ここが自身の管理する異界でありリリムをけしかけたのも己であること、しまいには貴方が欲しいと勧誘の言葉で締めくくった。

 難航するかと思われた交渉だったが、女幹部が想定したより遥かにあっさりと事は済んだ。黒騎士たる少年は幾つかの条件をのむことと引き換えに、彼女の配下となることを了承したのだ。その条件は以下のようなものだ。

 一つ、少年は実行戦力として女幹部の配下となるかわりに、裏の世界での後見人となること
 一つ、裏の世界に属する者に対しては制限は無いが、無辜の民に対する殺傷任務は受けない
 一つ、少年の情報を秘匿し、関係の無い家族をけして巻き込まぬこと

 女幹部はこれを呑んだ。アナライズしたレベルの上では自身の方が上だと言うのに、なぜだか女幹部はまるで勝てる気がしなかったからだ。表面上のレベル以上に、少年はトンデモナイものを秘めているようにしか思えなかった。
 とはいえ、別段、過度に譲歩したわけではない。後見と秘匿は当たり前だし、折角の戦力を余所に奪われては堪らないから、最初からやるべきことである。元より彼女は武闘派ではないし、無辜の民に対する殺傷など必要がなければやるつもりも無い。仮に必要になったとしても、別段少年にやらせなければいいというだけで、他の適任者にやらせれば済む話である。むしろ、そんなくだらない制限で、目の前の黒騎士をむざむざ手放すなどありえないのだから。

 結果、穏便に少年を配下に加えることに成功した女幹部は、支度金代わりに用意できる限り最高性能のCOMPといくばくかの金銭を与えた。特別に育て上げたリリムをとられたのは少し痛かったが、黒騎士を手に入れるための代価と思えば安いものであった。

 この少し後、足りなかった実行戦力を少年を配下とした事で補うことに成功した女幹部は急速に勢力を伸ばし、ガイア教穏健派に女狐あり。女狐の傍らに『邪炎騎士』ありと知られるようになるのだった。





 ガイア教穏健派の大物にして『女狐』とあだなされる女傑の本拠地。その最奥において、滅多にないノックの音が響く。その部屋は女傑の私室であり、限られた者しか入室を許されていない。連れ込まれる者はいても、自らの足でそこへ赴く者は皆無に等しいので、そういう意味では本当に珍しいというべきだろう。

 だが、そのノックの主である少年からすれば、それはいつものことであり何ら特別な意味を持たない行動であった。まあ、そんなことを表だって言えば、かの女傑を信奉する連中から何をされるかわからないが。

 「――――――――――」

 いつも通り答はない。が、入れということなのだろう。ひとりでに扉が開く。噎せ返る様な淫靡な香りが鼻につくが、少年は僅かに顔を顰めただけで、躊躇なく部屋へと踏み入れる。

 建物の外観から豪奢な洋室で天蓋付の豪奢なベッドかと思いきや、それを裏切るような純和風の私室。最高級の畳が敷かれ、その中央に最高級の羽毛布団に包まれて、『女狐』と呼ばれる女傑は眠っていた。

 寝相が悪いのか、布団がはだけ、その蟲惑的な肢体が一部露わになっていた。寝間着が乱れ、その豊かな胸元がさらされている。寝苦しいのか、絶妙な感じで吐き出される呻く様な熱のこもった吐息とあいまって、なんとも淫靡な寝姿であった。
 さらに年齢不詳の絶世の美貌とくれば、男ならコロッといってしまっても、少しもおかしくはない。実際、この女傑の虜になっている者は老若男女問わず多いのだから。

 だが、少年にとっては最早見慣れたものであり、何を今更という感じである。少年が女傑を訪ねる度になにかと誘惑しようとするのは、恒例行事である。それに正真正銘の本物の淫魔から手解きを受けている身である。今更、この程度で動揺するような初心な人間ではないのだ。

 「起きろ葛葉。俺を呼んだのはお前の方だぞ。後、寝たふりなのはばればれだから」

 『葛葉』、かの大陰陽師安部晴明の実母であると言われる妖狐の名を女傑は名乗っている。その転生体という話であったが、嘘か真実かは定かではない。この国の古からある護国組織『クズノハ』が襲撃などしていこないことから、案外本当なのかもしれない。

 「……ふう、相変わらずつれないわね黒。私の艶姿を見たら、性別問わず発情するレベルの魅了のはずなんだけど」

 そう言ってけだるげに起き上がる女傑。ちなみに黒とは少年のここでの呼び名である。実名では色々問題ある為、黒騎士であることから『黒』と女傑が決めたのだった。

 「俺に魅了をはじめとした精神科的な干渉は一切効かない。前にもそういったはずだ」

 「最初は幼いだけかと思いきや、思春期に入ってもこれだものね。嘘でもなんでもなかったわけね」

 どこか面白くなさそうに女傑は言う。まあ、自身の美貌と異能を否定されたようなものなので、無理からぬ話である。しかも、彼女の私室であるこの部屋は魅了の効果を増幅する香が焚かれており、この部屋に入ったら最後、虜になることは避けられないはずなのだから。

 「悪いが俺の精神はとうの昔に焼き尽くされているんでな。あんたが美人であることは認めるが、それだけで性欲を覚えるような普通の精神をしてないんだよ」

 「かの火神に会ったというのははったりでもなんでもないというわけね。はあ、面倒な子を拾ってしまったものだわ」

 「今からでも追い出すか?俺は構わないぞ。もう充分一人でもやっていけるからな」

 「馬鹿を言わないでくれるかしら。私の懐刀である貴方を今更手放せるわけないでしょう。貴方が死ぬまで働いてもらうわよ」

 「やれやれ、身勝手なことだ。で、俺を呼んだのはなんだ?」

 「あら、そんなこといっていいのかしら。これは貴方の頼みで調べていたことよ。セベクと神取鷹久、尻尾が掴めたわよ」

 「本当か?」
 
 その言葉に初めて表情を変える少年。それは待望のものを見つけたようで、同時にそれを悔やんでいるかのような複雑な感情をはらんでいた。

 「驚いた、貴方もそんな顔するのね。
 詳細はそこの資料にあるわ。貴方へのオーダーはデヴァ・システムの詳細の入手と破壊よ。神取の坊やには手に余る代物だから、私達で有効に使ってあげましょう」

 「わかった。データの入手と破壊さえすれば、後は俺の好きにしていいんだな?」

 「う~ん、基本はそうなんだけど……あ、一つだけあったわ」

 「なんだ?」

 「ペルソナ使いを一人浚ってきなさいな。あ、美人の女の子でお願いね」

 「ペルソナ使いを?なぜだ?」

 「私の配下にはいないし、元々欲しいとは思っていたのよ。手に入れるチャンスがあるなら、逃す手はないでしょう?」

 「……分かった。でも、なんで女限定なんだ?美人なのはお前の趣味だろうが」

 「だって、世話するの貴方だもの。どうせ世話するなら、野卑な男より綺麗なお姉さんの方がいいでしょ?」

 「そりゃ男より女の方が……って、待て!どういうことだ!?」

 「浚っておいてポイは無責任過ぎるでしょ?だったら、貴方が面倒みるのが当たり前じゃない。それに私の魅了をものともしないあんたなら、色に迷うことがないし、判断は誤らないでしょ」

 「俺は別に浚ってこなくてもいいんだが……」

 「駄目よ、これは貴方の頼みを聞いた対価でもあるわ。確かにデヴァ・システムは有用だったし、他組織に先んじられたことは大きいけど、それとこれとは話が別よ。それは結果的にであって、貴方の雲を掴むような話を信じて動いてあげたことの対価はもらうわ」

 女傑としては、実は十二分に元は取れているので、必要ないといえば必要ない。しかし、同時に目の前の少年に裏での枷が必要だというのも本音であった。なにせこの少年、枷となるものがまるでないのだから。

 「ちっ……分かったよ。浚ってくればいんだろう?衣食住は流石に面倒見てもらうぞ」

 「あら、そこらへんを負担するのが世話するってことじゃないかしら?」

 意地の悪そうな顔で女傑がいう。

 「女物の服を俺に買えと?そもそも未成年の俺に不動産契約ができるか!?大体、誘拐してるわけだから表に出せないんだぞ。下手なところを選ぶわけにもいかない」

 怒鳴るように少年は言うが、女傑は涼しげな表情を崩そうとしない。

 「冗談よ。そんなに怒らなくてもいいじゃない。まあ、住居はこの貴方の私室でいいでしょ。どうせ、貴方は殆ど使っていないんだし。衣食はこっちで用意するわ。もちろん、かかった費用は貴方の報酬から天引きで」

 「好きにしろ」

 女傑の様子から、己をからかう為にあんなことを言ったのだと察した少年は投げやりに言った。何を言おうと、どうせもう全部決まっているのだと理解したからだ。

 「やれやれ、そういうところは貴方も子供ねえ。ここは我慢して自分に有利な条件をねじ込むべき場面よ。不貞腐れているべきじゃないわ」

 「ちっ……。なら一つだけ約束しろ。浚ってきた女に一切の介入は無用だ。そうだな――――――――俺の直属の部下という形にしてもらおう。組織の下種共の餌にすることなど絶対に許さない」

 「分かったわ。それにしても、浚ってくる前から随分過保護なことね。まだ有用な人材とも限らないでしょうに」

 女傑は言外にこう言っていた。使えない無能にそこまで手厚い保護は必要ないだろうと。なんとも、優れた才を愛する女傑らしい。

 「どんな形であれ、俺のせいで人生を滅茶苦茶にされるんだ。多少なりとも、マシな待遇にしてやりたいと思うのは当然だろう」

 「そう。まあ、貴方がそういうならいいけどね……。
 でも、きっちり骨抜きにして篭絡しなさい。それは絶対の条件だから」

 少年の言になんとも思わせぶりな表情で、女傑は妖艶に微笑む。しかも、今度は少年に微塵もその真意を伺わせない。それでいて、きっちり釘を刺すことも忘れないのだから、恐れ入る。
 それがなんとも苛立たしく、「女狐め!」と内心で罵りながら少年は背を向けた。

 「話は終わりだな。早速準備に取り掛かる」

 「あ、後一つだけ」

 「なんだ?」

 「貴方に今回の件であげられるのは一月だけ。それ以上は情報隠蔽が困難だし、貴方という最大戦力の穴埋めできる最長期間よ」

 「……了解した。一月だな」

 言葉少なくそれに応えると、少年は今度こそ足早に部屋を出て行く。

 「朗報を期待しているわ……って、聞いてないか。本当にあの子も変わらない事」

 女傑は少年が去った扉を見つめ、溜息をついた。

 「まあ、いいわ。どの道、今回の最大の目的であるあの子に枷をはめることはできるんだから。あの子に限って失敗はないし、デヴァシステムそのものは無理でも、その技術は間違いなくターミナル技術に応用できるはず。そう考えれば、組織としてはなんの損もないどころか、むしろ得ばかりだもの」

 ふざけているようで、実際には女傑は冷徹な計算の元に動いていた。少年の雲を掴むような話だけで調査にのりだしてやるほど、彼女は甘くない。元よりそれなりの裏づけはとれていたからこそだ。そして、何より今や自身の最大戦力でもあるあの少年に恩を着せ、枷をはめられると判断したからなのだ。

 「ふふふ、坊や。確かに貴方に弱点はないかもしれない。でもね、ないなら作ればいいのよ。
 我が子、晴明がそうだったように……」

 そう言って、女傑、いや葛葉は意味深に微笑むのだった。


 
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