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狂った私をお食べなさい

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ハンバーグと私

むー子は
エステの帰りに
ひとりで
ファミレスに入った。

…残りの三口くらいが入らない。

やー、参った。

いいではないか。
残してしまえよ。

いやいや、だめよ。
食べ物を残したら

もったいないオバケが出てくると
小さいころ
パパに言われたわ。

…もったいないオバケは嫌だなあ…

そんなことを
考えながら

むー子は

もう既に
愛してなんかいない
とっくに興味がなくなった
目の前の三口分のハンバーグを

とりあえず、
ひとくち口に入れてみる

むー子は

目の前にあるものを支配したがる傾向がある。

独占欲も支配欲も強い

けど執着は薄いのだ。

たとえば
いま、店員さんが

「下げてもよろしいですか」

と言えば

「はい」

と言うだろう。

たとえば

小さな子供が走りまわっていて

いま、
ハンバーグがひっくりかえっても

特に怒ることもなく

「まぁ、また頼めばいい」


割り切れるであろう。

だけども、
目の前にあると
支配したくなるのである

目の前から消えてしまえば
忘れるんだけど

あっ、
ほらほら

冷蔵庫の中にプリンがあったら

たいして
楽しみにしてなくても
まぁ、食べるでしょう。

まぁ

暇だし
食べよっかな

って
食べちゃうでしょう。

けれども、
いざ食べようとして

なぜか
そのプリンがなくなっていたら、

まぁ、
多少は落ち込んでも

まっ、いっか。

ってなるわけ。

すごく楽しみにしてたとしても

また買えばいいか

と忘れるわけ。

けれども、
例えば

あからさまに
目の前で

まだ食べれる自分のプリンを

他人に誘拐されそうになったら

「ちょっと!やめてよ!返してよ!」

って、なるわけ。

つまり
目の前にあれば
追いかけるけど

目の前で

壊れてしまったり

もしくは
魔法のように消えてしまったなら

がっかりはするけど

「また買えばいいか」

ってなるわけ。

だから、

独占欲は強いけど

執着は薄いのだ。

…むー子は
ハンバーグを無造作に噛みながら

そんなことを考えていた。

まるで性欲と一緒だ。

さっきは
お腹ぺこぺこで
激しく貪ったのに

いまは
もう愛してなんかいないのに

愛してるふりしながら
もったいない精神で

ちんたらちんたら
口の中で期待をさせている。

なんてズルイ女なんだろう。
つんくもびっくりだよ。

そうだ
別に飲み込まなきゃいけないなんてことはない

とりあえず、
口に入れておけばいいんだ

そのうち、
口の中にいつまでも滞在しているハンバーグが
うっとうしくなって

飲み込まなきゃいけなくなる。

まぁ、
つまり人生なんて
そんなもんだ。

あっ、ほらほら

悟り始めたマイレボリューション

って
誰かが歌ってたし。

あっ、
わかりはじめたマイレボリューションだっけ?

そんなことを
ちんたらちんたら
脳内で考えながら

むー子は
口にハンバーグをふくんだまま

口を閉じてみる

そして
窓を見てみる

どーお?

私ってば
きっと今、
決して苦しい顔なんかしてないと思うの

とっても
ポーカーフェイスだと思うの

ほーら

私ってば

キレイでしょう?

とっても
どや顔してると思うの

決して
残りの三口が苦しいだなんて顔はしてないと思うの

どや顔していると

店員さんがコップ水を入れてくれた。

きっと
この店員さんは
私の口の中に
ハンバーグが含まれているだなんて
気付いていないでしょうね。

クスクス。

「ごゆっくりどうぞ」

そう言いながら

去っていく店員さんが
背中を向けたあとに

むー子は
ハンバーグを無造作に噛み砕いて

水を流し込む。

ああ、私は完璧だったわ。

いつだってそう。

悟られちゃいけないの。

美味しそうに美味しそうに。

むー子は
現役風俗嬢である。

フェラのときも

美味しそうに美味しそうに。

決して
悟られちゃいけないの。

「あぁ、もう疲れたよ

早くイケヨ オヤジ」

だなんて
思ってること

フェラなんか
ほんとは嫌いなこと

だけど
むー子はクンニが大好きだから

見返りを求めて
フェラをする

それはそれは

完璧な対応だ。

なぜならば…

まぁ、もう、いいや。

考えるのめんどくさい。

…あー、
もしも
いま、この場で目の前にママがいたなら

ママは
きっと

「お腹苦しいんでしょ?
無理しなくていいのよ
デザート食べよっか」


言ってくれたであろう。
察してくれたであろう。

そして、
むー子も
気の抜けた顔をしていたであろう

だけども、
もし目の前にいるのが
パパであれば、

むー子は

ファザコンなので

やはり完璧な自分を
演じて

笑顔で
もぐもぐもぐもぐ
食べていたであろう。

「もうお腹苦しいんでしょ
無理しなくていいよ」


言う言葉は

「もう疲れたんでしょ
無理しなくていいよ」


言われてるような
心地よさがある、

そうやって

むー子には

もう

気付いてくれる人がいない

なぜならば

むー子は

昔から完璧過ぎるのだ。

ちょっと
けだるい感じの女の子の方が

可愛いげがあるのだろう。

おまけに
むー子は神経質だ。

自分が
こんなに気を使ってんだから
周りも自分に優しくするのが常識だと思っている

つまり
人一倍、気は使うけど
自分中心で世界が回ってるのである。

だから
思い通りにならなければ

やる気の無さを
あらわにするところがある。

携帯が鳴った

…「ちゅんた」。

ちゅんたは既婚者。

不倫相手である。

そういや

ここ最近、
むー子は
彼氏と別れた。

そいつの上から目線が気にくわなかった。

これだから男は嫌だ、

と、
思っていたら

タイミングよく

ちゅんたから連絡がきた。

「21日
札幌行くよ」

そんな内容を読みながら

むー子は
なんだかホッとした。

ちゅんたは
もちろん

むー子に
彼氏がいたなんて知らないし
別れたことも知らないけど

あまりにも
タイミングがいいので

なんだか

「疲れたでしょ
頑張らなくていいよ」

そう
言われてるような気分になった。

そう
不倫ならば
頑張らなくていいのだ
傷つくこともない
めんどくさくない

お互い
心なんて開かないから

だから
イライラさせられることもない

上から目線で
もの言われることもない

優しい
ずっと優しい

割り切ってる男は
優しいから大好き。

私と相性がいい。

だけど
いくら
独占欲が強いむー子も

既婚者には
独占欲は沸かない

こんな
ばかなおじさんに
愛情なんてない

むーこは

人のものだから
興味がないのだ。

そんな
あほで
情けなくて

孤独な二人は

21日に
逢瀬を交わす約束をしました

ズルズルズルズル
それが心地いい

可哀想な二人は

これからも
飽きるまで
ズルズルズルズル
傷をなめあうのです。

失恋するたび

むー子は
ちゅんたに戻るのです。

むー子は
ふふっと笑いながら

ハンバーグを完食しました。

完食したあとに
ふと携帯の日付を見ると
なんと23日でした。

あら、おかしいわ。
ちゅんたと会うのは21日。

ちゅんたとのメールを
読み返しながら
首を傾げていると

店員さんと目があいました。

よーく見ると店員さんは

ちゅんたの奥さんでした。

そうです、
私は21日、ちゅんたと不倫をしたのです。

そしたら
奥さんにバレたのです。

そしたら
奥さん、ちゅんたをサクッと殺したのです。

奥さんは
とても優しい人で

私に
ハンバーグをご馳走してくださいました。

それが
いま完食したハンバーグで御座います。

不思議な味がするハンバーグです。

ちゅんたの味。

私の罪の味。

奥さんの憎しみの味。

哀れな男の味。

ハンバーグになってしまった男。

私はいま
奥さんに監禁されているのです。

私は
ふとそのことを思い出して

ぐげぇーと

喉奥から
ハンバーグを
テーブルの上に

全て戻してしまいました。

奥さんは
ぜんぜん怒らずに

「うちの旦那
お下げしてもよろしいですか」

と言いました。

私は

特に執着してるわけでもないので

「あぁ、はい。お返しします」

と言いました。

そして、
もう一度
ちゅんたのメールを読み返しました。

宛先は

「地獄」でした。

かわいそうに。

メールを読み返しながら
そう思っていると、

奥さんが
近付いてきて
私の首筋にナイフをあててきました。

そして、

「そろそろ殺してもよろしいでしょうか」



聞いてきたので

私は

いつもと同じように

特に
自分にたいしても執着してないので

「あぁ、はい。」


笑顔で答えました。

どーお?


いま決して
怯えてる顔なんかしてないの

足がガチガチ小刻みに震えているのも
きっとバレていない

奥さんが
最後にこう言ったのよ。

「苦しいでしょ?
もう死んでいいよ
楽になっていいよ」

なんだか
すごくホッとしたわ。
なんて優しい人なのかしら。

以上、
キレイな海が見える地獄からの中継でした。 
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