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逆さの砂時計

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純粋なお遊び
  合縁奇縁のコンサート 12

vol.17 【真相】

 どうやら、お客様が到着したらしい。
 プリシラの執務室と廊下を繋ぐ扉から、軽い叩音が二回聴こえた。
 ミートリッテは、隠し扉から運び込んだ最後の荷物を大量に積み上がった箱の上に重ね置きして、壁に掛かっているカーテンを静かに閉じる。
 これで、室内を探索されない限り、隠し扉が見つかる心配はない。

「はい。少々お待ちください」

 既に廊下と繋がる扉の手前で待ち構えていたプリシラと目線で頷き合い、プリシラが返事をして、扉を開く。
 相手は、次期大司教であっても敬意を払って接するべき立場の人間。
 次期大司教の補佐ごときが迎えるのは失礼に当たる為、少し離れた位置で成り行きを見守るのが、今のミートリッテの役割だ。

「ようこそ、中央教会へ。皆様のお越しを、心よりお待ちしておりました」
「ご無沙汰しております、プリシラ次期大司教。アルスエルナ王国現王室が第三王子ヴェルディッヒ=セーウル=ド=アルスヴァリエ、並びに私付きの第三騎士団所属、第一隊から第四隊の計四十名。勅令により、聖職者の衣をお借りして馳せ参じました」

 丁寧に腰を折るプリシラに対し、左手を胸に当てて頷くように頭を下げた真っ白な長衣姿のセーウル王子。
 ミートリッテからは見えないが、廊下に整列した各隊の面々も彼と同様の格好で深々と腰を曲げ、礼を執っている。

「皆様、どうぞ顔を上げて、お入りください」
「お邪魔させていただきます。皆、くれぐれも失礼のないように」
「「「「はっ!」」」」

 一歩下がったプリシラが体の正面をずらし。
 左腕を執務室の内側へと広げて、団体客を招き入れた。
 セーウル王子に続く男性が、更にその後に続く三十九名の男女混合集団に声を掛け、最後の一人が執務室に収まったところで、団体客の背後に回ったミートリッテが扉を閉める。

 その扉を背にして室内をぐるりと見渡せば、人影の圧迫感が凄まじい。
 第一補佐の応接兼執務室より広いと言っても、所詮は一間の仕事部屋。
 四十人以上が座れる椅子などある筈もなく、窮屈さを感じさせながらも、全員、応接用の家具などを避けながら、机の前に整然と並び立っていた。

「突然の勅令、任務遂行中の皆様には大変驚かれたことと思います。時間もありませんので、率直に申し上げましょう。今回の件、中央教会から正式な手順で国王陛下に御助力を歎願しました。ただいま教会は百合根感謝の日の準備中で、人手がどれだけあっても足りない状況です。そちらも警備などでお忙しいことは重々承知しておりますが、なにとぞ都民の為、国民の為に、皆様のお力を拝借願えませんでしょうか?」

 閉じ切ったバルコニーを背負って立つプリシラが、アリア信徒の証である胸元のペンダントに両手を添えて、(うやうや)しく頭を下げる。

「承知しました。我ら騎士団、王国を護る剣であり盾。お役に立てるよう、微力ながら尽力いたします。なんなりとお申し付けください」
「皆様のご協力と誠意に心よりの敬意と感謝を。皆様に女神アリアの祝福が舞い降りますように」
「「「「「ありがとうございます」」」」」
「では、セーウル殿下。こちらをお受け取りください。あらかじめこちらでまとめておいた行程表です。人員の振り分けは殿下にお任せしますので」
「拝見します」

 机の上に置かれていた紙をプリシラの手から受け取ったセーウル王子は、彼の斜め後ろで控えていた男性と一緒に細事を確認した後、あっという間に配置を決定。速やかに行動を開始した。

 波が引くように次々と荷物を持って退室していく、聖職者姿の騎士達。
 各隊員をすべて送り出し、最後に残ったのは、セーウル王子と、騎士達に直接指示を出していた男性、プリシラ次期大司教とミートリッテの四人だ。
 廊下と繋がる扉が閉まった音を確認した途端。
 執務室内に、和やかな空気がふわりと漂い始める。

「ふふ! 本当にお久しぶりね、ヴェルディッヒ殿下。お元気でしたか?」
「ええ。プリシラ嬢もお変わりなきご様子で、なによりです」

 『同じ王都内に住む従姉弟』という間柄が気兼ねをなくさせるのか。
 敬語こそ外さないものの、二人の表情は常になく柔らかい。
 セーウル王子と同じ村に住んでいた過去を持ち、『生贄』の洗礼を受けた経験もあるミートリッテの心情は「この二人は誰だ?」の一言に尽きる。

「一方的にお呼び立てしてしまって、すみません。ところで、そちらの方をご紹介いただいても?」
「彼はボナフィード=フルウム=ベルヘンス。私付き第三騎士団の団長で、北方領南部にあるベルヘンス伯爵領の現領主です」
「初めまして、プリシラ次期大司教様」

 セーウル王子の紹介で一歩前に進み出たベルヘンス卿が、背筋を伸ばして踵を揃え、プリシラに向かって王宮騎士式の最上礼を執る。

 刹那。
 藍色の虹彩が妖しく煌めいた。

 脇で黙って見ていたミートリッテの頬が、わずかに引き攣る。
 ああ、始まったな……と。

「ベルヘンス領といえば、良質な雪解け水が流れ込んでいる地域ですね! 私、あの辺りで売られている小麦製品が特にお気に入りなのよ」
「光栄です。小麦製品は、我々地元民が最も力を入れている特産品。今後、お目通り叶う機会がありましたら、お薦めの一品をお持ちしましょう」
「まあ、嬉しい! とても楽しみですわ。その時は、私の可愛い第一補佐、ミートリッテ=ブラン=リアメルティの分もお願いしてよろしくて?」

 ちらりと横に走るプリシラの視線。
 その先に立つミートリッテを見たベルヘンス卿は、両手の指を軽く握り

「もちろん。お二人で楽しめる物をご用意いたします」

 顔色一つ変えず、にこやかに即答した。

「へ? あ……お気遣い、ありがとうございます?」
「どういたしまして」

 ベルヘンス卿とも面識があったミートリッテは、彼の印象がどこか以前と違う気がして、つい戸惑い気味に応えてしまったが。
 ベルヘンス卿は気分を害した様子もなく、静かな微笑みを浮かべている。
 ミートリッテの記憶に残る彼は若干慌ただしい性格だった気がするのに。
 視線をさ迷わせている今のミートリッテのほうが、よほど挙動不審だ。

 細めた目でミートリッテを見つめる二人の男性。
 プリシラはゆっくりと目蓋を下ろし……そっと開いた。
 表出したのは、我が子の成長を見守る母親のような、優しい微笑み。

「では。早速で申し訳ないのですが、殿下は会議室にてミートリッテと共に私の代理を。ベルヘンス卿は孤児院への同行を。よろしくお願いします」
「「お任せを」」

 姿勢を正した第三王子と護衛騎士に悠然と頷き。
 二人の男性に挟まれた次期大司教が、扉を開いて廊下へと歩み出る。
 一番最後に執務室を出て鍵を掛けたミートリッテは、三人の背中を視界に収めたまま、内心で首を傾げた。
 プリシラの反応が、これまでに見てきたどれにも当て嵌まらないからだ。

 ちなみに、ミートリッテは『生贄』以外の判定を見た(ためし)がない。
 澄ました顔で先を行くプリシラが、ベルヘンス卿をどう判断したのか。
 いつもはなかなか本心を覗かせてくれない女悪魔の頭の中を、少しだけ、お伝えしよう。
 プリシラは、ベルヘンス卿とセーウル王子の意味ありげな眼差しを。
 そしてミートリッテの戸惑い顕著な反応を観察し、こう感じ取っていた。

絶対不憫(むくわれない)

 と。


 
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