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逆さの砂時計

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純粋なお遊び
  合縁奇縁のコンサート 13

vol.20
【強者の傲慢=弱者の怠慢=大衆の無関心】

 この世界に救いなんて無い。
 有るのはいつだって強い人間の都合だけだ。
 持つ者はより多くの物を求め、持たない者は何処へ行こうと何処へ隠れようと、持つ者達に死ぬまで……死んだ後、形が無くなった後でも搾取され続ける。
 それが真実。それが真理。これが現実だ。
 くだらない。
 莫迦らしい。
 強権を(かた)る屑共による、屑共の為の世界。
 こんな世界、ぶっ壊れてしまえば良い。

 (お前が一番の害悪だ)

 見上げた彫像は美しく微笑んでいる。
 そう、微笑んでいるだけの石像だ。それ以上でもそれ以下でもない、ただの石塊。
 これがいつ、畑を耕した?
 これがいつ、家を建てた?
 なぁ。
 これが、いつ、何処で、誰を、どんな風に助けたって言うんだよ。
 実績も無い奇跡(えそらごと)を謳って世界中で財を集める屑共の手下と、耳に優しい言葉は何でもかんでも善と讃える脳無し共。
 全く以てくだらない。

 (くたばっちまえ。大嘘吐きの女神アリア)

 欺瞞(ぎまん)の象徴に背を向けて、空想で成り立つ虚構域を一歩外へ踏み出した。
 一人、また一人、ただの石塊を至上と讃える脳無し共と擦れ違う。
 ありがたい?
 何がだ。
 今日の恵みに感謝?
 それは女神アリアのお手製か?
 よく考えてから物を言えよ。そんな莫迦だから屑共に都合良く搾取されてんだろうが。
 「どいつもこいつも……っ」
 一見穏やかな街並み。
 行き交う能天気な笑い声。
 丹念に作り込まれた、屑の為の偽りの平和。
 ああ、吐き気がする。吐き気がする。吐き気がして止まらない。

 (偽善者共め………… ん?)

 ふと、不自然な人集(ひとだか)りに目が留まる。
 甲高い声が幾つも聞こえて来る辺り、主に女が集まって何かを取り囲んでいるらしい。
 だが、男の低い歓声も僅かに混じって聞こえる。女子供が喜ぶ類の芸人が居る、という訳ではなさそうだ。
 何の気無しに足を運び、人集りの外側から注目の的になっている何かを探って……
 興味深い光景を見付けた。
 
 (…………ほう……?)

 そこかしこで勝手に始まる噂話。
 集まる情報。頭の中で描き上がる展開図。
 「……くくっ」
 なんだ。普段はオレを苛つかせるしかできない脳無し共も、たまには役に立つじゃないか。
 零れ落ちる喜びを隠す為に口元を手で覆い、その場を静かに離れ、十分に距離を置いたところで乗合馬車の停車地点を目指して走りだす。
 「ああ、楽しみだ。楽しみだなぁ」
 わくわくする。こんな高揚感は久しぶりだ。

 (全部、全部、オレがぶっ壊してやる)

 見ているが良い、石像女。
 お前の世界など所詮は(もろ)(はかな)い幻想でしかないのだと、このオレが立証してやろう。
 崩れ去る世界を、その薄気味悪い微笑みのままで見届けるが良い。

 (どうせ、お前にはそれしかできないんだ)

 何が創造と慈愛の女神だ、くそったれ。
 偽称(ぎしょう)傍観(ぼうかん)の罪。お前を崇める脳無し共に、とくと思い知らせてやる。

 その為には…………。







 夕陽がすっかり落ち込んだ真っ黒な空の下。
 中央教会を出た後、お祭り色に染まっている賑やかな街路を郊外へ向かって走り続けた聖職者の一団は、民家も人通りも灯りも極端に少ない王都の一角で徐に馬車列を止めた。
 全五台中、最後尾の一つ手前に並んだ車体の扉が御者の合図を受けて内側から開き、先に降りた男性に手を預けた高位聖職者姿の見目麗しい女性が舗装されていない地面へと靴裏を降ろした、
 その瞬間。

 「ぷりしらさまぁー!」
 「ぷい……、ぷり、ちや! ぷり、ぷりっ」
 「ぷーすけのぷーたろおーっ」

 三人の子供が、閉ざされていた孤児院の扉を突き破る勢いで転がり出て来た。
 「こんばんは、ミネット。今日も元気そうで安心したわ」
 真っ先に飛び付いて来た五歳前後の小柄な女の子を右腕に座らせる形で抱え上げ
 「こんばんは、キース。前よりはちょっとだけ良くなってるけど、その発音で連呼は止めてね? 地味に嫌だわ」
 続いて腰に抱き着いてきた、ミネットと同じ年頃の男の子の肩を左手でぽんぽんと優しく叩き
 「こんばんは、マイク。貴方には何故か悪意しか感じないから、明日の貴方の分のデザートは全部、私が貰っちゃうわね」
 悪戯っ気満々な顔で近寄って来た七歳くらいの男の子には、意地悪な顔全開で応じるプリシラ。
 予想外な切り返しだったのか、マイクの動きがピタッと止まり。
 その場で地団駄を踏み始めた。
 「お、おーぼーだぞ、おーぼー! おちゃめな子どものあいさつくらい、大人のよゆーでかるくながせよなっ! そーいうたいどをみっともないっていうんだぜっ!」
 「あらぁー? 貴方はもう子供なんかじゃなくて、一人前の立派な人間なのでしょう? 神父達にいっつも言ってるそうじゃない。オレは物知りなんだぜ! すごいんだぜ! お前らよりよっぽど頭が良い大人なんだぜ! って」
 「うぐっ!?」
 「そんなすっごぉーいマイクを認めたからこそ、大人社会の規範に則った適切な対応をしたのになぁー。今のが「お茶目な子供の挨拶」だったなんて、おっかしいなぁー? 「大人なマイク」は嘘、だったのかなぁーあ?」
 「ぐ、ぐぐ……っ」
 頬に手を当ててニヤニヤと笑うプリシラに、先刻までの自身の言動で足を掬われ、たじろぐマイク。
 トドメを刺したのは
 「まいく、うそ、ついてたの?」
 プリシラの肩に(すが)り付いたまま、きょとんとした表情で首を傾げているミネットだった。
 「! や、ミネット、ちが……っ」
 じりりと一歩下がるマイク。
 ミネットは無垢そのものの真っ直ぐな眼差しでマイクを見据え、

 「……まいく。うそついたら、めっ!」

 ピシャリと言い放った。

 「う…………うわあああああああああん!」
 間を置いて続々と表に姿を見せ始めた孤児達の隙間を器用に擦り抜け、たった一人、屋内へと全力疾走で引き返していく傷心の少年・マイク。
 その小さな背中を見送るプリシラは、

 「ふっ……愚かな。私をおちょくろうなど、五十年早いのよ!」

 勝利の余韻に浸り、実に満足そうな笑みを浮かべていた。
 一部始終を横目に見ながら荷物の運び出しを始めていた偽装聖職者(きし)達は
 (次期大司教様、大人気(おとなげ)無い……)
 と、心の中だけで斉唱する。

 「まいく、なんであやまらないの? わるいことしたら、ちゃんとごめんなさいしなきゃだめなのに……」
 「み……、ぷりぃー……」
 発展途上にある男心の繊細な部分を知らない幼女が悲し気に(うつむ)くと、言葉を上手く操れないらしいキースが慌てた様子でミネットとプリシラを交互に窺う。彼は彼で、喧嘩は良くないと言いたげだ。
 プリシラは再度キースの肩を優しく叩き、愛らしい少年少女にウィンクを贈った。
 「良いのよ、ミネット。マイクは何も言わないで帰っちゃったでしょう? あれは、自分が悪い事をしました、全部自分が悪いんですって意味で、たくさんの人が見ている前でやると、とても恥ずかしい事なのよ。ああなった時点でマイクはもう、しっかり罰を受けているの」
 「でも、ごめんなさいしてないよ? ごめんなさいは、ちゃんとしないとだめなんだよ?」
 「そうね。マイクは嘘を吐いたのにごめんなさいをしなかったから、とーっても悪い子ね。ミネット、悪い子は好き? 嫌い?」
 「まいくはきらいとちがうけど、わるいのはよくないよ。みねっと、わるいのはきらい!」
 「じゃあそれを、今からマイクに言ってきてくれる?」
 「?? わるいのはきらいって、みねっとがまいくにいいにいくの?」
 「ええ、お願い。「プリシラ様にごめんなさいをするまで、ミネットは悪い子のマイクが大嫌い!」って、マイクに伝えてきて欲しいの」
 傷付いた少年の心を間接攻撃で更に抉ろうとする、えげつない次期大司教。
 其処に「容」「赦」の二文字は存在しない。
 「んー……わかった! いってくるね!」
 そうとは知らずに腹黒い思惑を背負った穢れを知らない少女が地面に降り立ち、マイクの後を追い掛けようと駆け出した。
 「足元に気を付けてね」
 「はーい! ……あ、そうだ!」
 てててーっと数歩分進んだ所でくるりと振り返ったミネットが、両腕をぶんぶん振り回して叫ぶ。
 「あのね、ぷりしらさまのおてがみにかいてあったおまどね、いわれたとおりにあけておいたよ! えっとぉー……みぎがわのぉ、いちばんはじっこのぉ……、あのおへやでいいんだよね?」
 建物に背を向けたまま、少女の左手の人差し指が件の場所を指し示す。
 プリシラが確認しようとそちらへ視線を移しても、漆黒の空に浮かぶ星月と、建物内部から微かに洩れている燭台の灯りと、敷地境の一歩内側でゆらゆら揺れる松明の灯りだけが、暗闇に溶け込んだ建物の輪郭をぼんやりと照らし出している状態。ぱっと見では具体的に何処で何がどうなっているのか判りそうもない。
 だが、少女に向き直ったプリシラは
 「あのお部屋で合ってるわ。ありがとうね、ミネット」
 あたかも総てが見えているかのように頷き、お礼の意味も込めて軽く右手を振った。
 「はーい!」
 自分は間違ってなかった、言い付けをしっかり守れたと、幼い両手を掲げて嬉しそうに走って行くミネット。

 斯くして追撃の矢は放たれた。マイクの悲痛な叫びが再び響き渡るまで、そう長い時間は掛かるまい。
 その場に居た身に覚えがある者達は全員、犠牲者(マイク)へ向けてそっと祈りを捧げ、自分自身にも改めて強く誓う。

 手出し可・不可の見極め大切、反省大事。
 学ぼう、処世術。
 身に付けよう、謙虚な精神(ココロ)
 総ては悪魔の暴虐(おしおき)を避ける為に。
 
 天を仰ぎ、虚空を見つめ、地を這う、悟りと虚無が入り混じった無数の瞳。
 しかし、悪魔は我一切関せずとふんわり目を細め、腰に抱き着いたままの少年の頭を優しく撫でる。
 「私達も招き入れてくれる? キース」
 「ん……っ! み、まっ……!」
 途端に顔を綻ばせ、プリシラの左手首を掴んでグイグイと引っ張りだすキース。
 『みんな、まってたんだよ!』
 言葉としては未完成な歓迎の響きを、けれどプリシラは正確に受け止め
 「……ふふ、ありがとう。よろしくね」
 出迎えてくれた孤児達全員へ、心の底から溢れたような喜色満面の笑みと感謝の言葉を贈り返した。

 
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