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逆さの砂時計

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純粋なお遊び
  合縁奇縁のコンサート 9

vol.11 【れぞにゃん、ききいっぱつ!】

 「さっきの伝言とこれを、二人に直接渡してきて頂戴。それから、百合根の下拵えや分配や片付け、その他諸々をお手伝いすること。できるわよね? レゾにゃん」
 空になった食器を下げてくれた後。
 プリシラが四角く折り畳んだ紙を、無言で(うなず)くレゾネクトに手渡した。
 どうやら、レゾネクトが猪の兄ちゃんと母さんが居る教会へお遣いに行く事は、私が目を覚ます前から決まってたらしい。母さんに会うならばと、プリシラの前で安易に幼児化してしまった結果、目覚ましの挨拶代わりとなる着せ替え祭りが発生した、と。
 普通に使われてるレゾにゃんとかいうふざけた呼び方も、幼児化を見た瞬間に決定したんだとさ。
 なんだかなぁ……。
 「百合根の下処理方法なら、クロスツェルに教わるまでもなく覚えている。昔、アリアに手伝わされていたからな」
 「まぁ。アリア様のお食事はレゾにゃんが作っていたの?」
 「正確には、これは食べられるか、どうやったら食べられるか、味付けはどうしたら良いかと、事ある毎に相談を受けていたんだ。その都度世界中を跳び回って似たような食材を扱う文化を探し出し、まだ知られていなかった地に調理方法を伝授したり、直感で処理してみたりを繰り返していた。そうしないと、アリアが全身傷だらけになって女神の威厳を保てなかったから」
 「……怪我? 全身を? 調理で??」
 プリシラの両目蓋が忙しなく開閉する。
 ごもっともな疑問だ。調理中に「全身を」負傷する器用な人間なんぞ、そうそういないだろう。
 「アリアの奴、細かい作業は全然ダメだったからなぁ」
 我が事ながら、思い返すだけでも痛々しい。
 「細かい作業とは、例えばどのような?」
 「刃物を取り落として足にぶっ刺したり、根菜類の皮を剥こうとして指や腕を切断しそうになったり、(おこ)した直後の火で髪先を燃やしたり、熱湯に食材を入れようとして手の甲を突っ込んだり、小皿に乗せた料理を座るまでの間に(つまず)いて頭から被ったり、ついでに顔から突っ伏した所為で鼻血を流したり、川で食器を洗ってる最中にうっかり自分が流されたり、あとは……」
 「あ、もう結構です。後半は細かい作業とかけ離れている気もしますが、言わんとする所は十分に伝わりましたわ」
 「(さえぎ)ってくれてありがとう。ちょっと落ち込みそうだったんで、助かったよ。ははは」
 何処に居ても気を抜いた瞬間に殺されるような情勢下で育ったからか、さすがに毎度毎度やらかすほどの間抜けではなかったし、基本的にはしっかり者の部類に入るほうだと思うけど、たまぁーにやらかした時の被害は度を越してたもんな。アリアが操る力は、(ほとん)ど自分の体を使って磨き上げた物だと言っても良い。
 クロスツェルの教会に居た頃の私も傍から見れば同じようなモンだったかも知れんが……レゾネクトが居なかったらアイツ、人間の子供のままで自滅してたんじゃないか?
 いや、マジで。
 「ですがそれなら、アリア様を生かしてくれていたレゾにゃんにも少しは感謝しなければなりませんね。はい、良い子良い子」
 「止めろ。私の親を子供扱いすんな。「幼児の親を持つ子供」って立場に置かれた本人の心境は至って複雑だぞ」
 お前も、大人しく頭を撫でてもらってんじゃねぇよ。バカ親父。

 「それよかさ。クロスツェルが作った昼飯、まだ残ってたりしないか?」
 「あら? 足りませんでした?」
 「んにゃ、私は良いんだ。そうじゃなくて」
 年に一度しかない百合根感謝の日。
 クロスツェルの教会でも、この日は炊き出しで百合根の料理を分配してた。
 私も手伝いながら、感謝してるのに世界規模で一斉に百合根狩り? 変なの。って思ってたんだけど……
 「百合根って、祭日以降は手に入れるのが難しくなるんだろ?」
 「そうですわね。生産者や商人は祭日当日を狙って事前に取引していますし、無益な殺生を禁じているアリア信仰としても、当日までに仕入れた分は必ず使い切らねばという意識がありますもの。当然、祭日後に出回る数は皆無ではないにしろ極極微量になります。たとえ高位の貴族でも、よっぽど運が良くなければ追加購入は難しいでしょう。そもそも当日にしっかり堪能しているので、翌日にも同じ物を食べたいと言い出す貴族はなかなかおりませんが」
 「価格調整の為の生産調整、だっけ? 一気に流通させると物価が下がって、生産者や商人の労働力と報酬が釣り合わなくなるから、世界中の生産・販売者が協力し合って予め全体量に制限を設けてるとかなんとか」
 「……ロザリア様は、人間社会の仕組みについて博学多識であられますのね」
 「大半はアリアの知識とクロスツェルの説教が基で、私にとっちゃ腹も満たせん役立たずな情報だけどな」
 特にクロスツェルの説教を食らってた当時は、はっきり言って「んなコト、畑も人脈も持ってない浮浪児の私が知ってたからどうなるってんだ、バカバカしい! ウザい!」と思ってた。
 今も、私自身が人間社会に出られない以上活用しようがない、ただ頭の容量を部分的に埋めてるだけの知識に過ぎない無意味な代物だ。
 知ってるコト自体を褒められたって、嬉しくもなんともない。
 「で、だ。百合根が手に入らなくなったら、今日以降は百合根の煮物も作れなくなるじゃん?」
 「道理ですわね。食材が無ければ料理は出来ません」
 「ってことは、今日しかないだろ?」
 「百合根の料理が、ですか? それなら」
 「違う」
 分配が始まるのは夜からですし、調理場へ行けば大量にありますわ。とか言おうとしたっぽいプリシラの声を、レゾネクトが頭を振って制した。私が何を言いたいのか、理解したらしい。

 「クロスツェルが作った分は、もう無い」

 「………… あ」
 プリシラもレゾネクトの言葉で気付いたのか、まん丸になった目を私に向けて一瞬固まる。
 ……やっぱ、そこら辺も説明してたんだな。
 「そっか。無いんじゃ仕方ないな」

 来年は食べられない「クロスツェルが作る」「百合根の」料理。

 クロスツェルと同時期、同じ場所で育ったもう一人の猪・アーレストにとって、それはきっと特別な物だろうし。食事は不要な母さんにも、アイツが作ったアリア関係の飯を食べてほしいなって……ちょっと思い付いただけだ。無い物を持ってってくれとは言えん。
 「迂闊でしたわ。正直、其処まで気が回りませんでした」
 「いや、人外生物と顔を合わせてたった数時間でそんな気の遣い方されてもな。どんだけ順応早いんだって話だよ」
 今は元気に見えるクロスツェルの死を前提にした根回しなんか、この猪の姉ちゃんにできるワケがない。
 してほしくもない。
 「納得するな。あんたはそれで良いんだ」
 「ロザリア様……」
 唇を噛みながら(うつむ)くプリシラに、私の思い付きなんか気にすんなと言ってはみたものの。
 正真正銘最後の機会なだけに、やっぱりちょっと残念だ。
 お前、今からあっちに行って作って来い、っつっても、猪の兄ちゃん相手じゃクロスツェルのほうが嫌がるだろうしなぁ……。

 「俺が作れば良いだろう」

 「「は?」」
 「クロスツェルと感覚を繋げた俺が向こうで作れば、クロスツェルが作ったも同然だと思うが。違うか?」
 「感覚を、繋げる?」
 のそっと顔を上げたプリシラが、レゾネクトの頭部を見て小首を傾げる。
 なるほど、空間の力を応用するのか。それなら……けど、意識や魂を運ぶんじゃなく感覚を繋げるって、なんなんだ? 意味が解らん。
 「俺の手足と五感を一時的に貸す。クロスツェルが俺の体を遠隔操作するような状態だな」
 「待て。お前の体を貸すのは良いとして、その間クロスツェルの体はどうなる? 変な負担とか無いだろうな」
 「会話程度ならできる。感覚に慣れるまで集中する必要はあるだろうが、生命力を消耗するほどではない筈だ。心配なら寝転ばせておけば良い」
 「駄目よ! クロちゃんには夜まで裏方の仕事に従事してもらうって決めてるんだから!」
 「おい。」
 旅疲れしてる奴を扱き使うなよ。ほんの数十秒前、苦い顔で(うつむ)いてたのはなんだったんだ。
 「なら、此方の仕事が終わってからで良いだろう。俺は、ロザリアが呼べばいつでも何処(どこ)に居ても繋がる」
 「……それもそうね。良いわ。その話、乗った!」
 「乗った! じゃねぇよ。まず、本人に意思確認取れよ」
 断るどころか一考の余地すら無しって。どんな従属契約交わしてんだ、お前らは。
 そりゃあ、プリシラやアーレストに言われたら、どんな内容でも最終的には頷くんだろうけどさ。
 「クロちゃんには後で私から伝えておくから、よろしくね。レゾにゃん!」
 私のツッコミは無視か。
 「分かった」
 「お前の懐柔のされ方はいったいどうなってんだ……って、おいコラ! ちょい待てバカ親父!」
 「なんだ?」
 話が纏まったと見て直ぐ様空間を移動しようとしたレゾネクトが、まだ何かあるのかと言いたげな目で私の顔を見据える。

 …………マジか。
 お前、本気でソコまで堕ちたってのか。
 怪訝そうに首を傾げる幼児の表も裏も無い真っ直ぐな目線が、私の胸に否応無く現実を知らしめる。諦めて認めてしまえば楽になれるぞと囁きかけてくる。
 だが、しかし。
 無理だ。
 こんな現実、私には到底受け入れられそうにない。
 ふざけた呼び方は、ギリギリ「愛称」で片付けられる範囲内だ。それくらいならまだ良い。良くはないが、良いと思い込もう。どう考えても、止めろと言って止めてくれる相手じゃないしな。
 けど……
 けど、せめてっ!!


 「服装に関しては目を(つむ)る。だから、せめて! せめて、頭に巻き付けてるそのリボンだけは外してから行ってくれ! 頼む!!」


 「…………………………………………っ!!」

 必死すぎる叫び声を聴いた瞬間の、驚愕と絶望に染まったヤツの真っ青な顔を。
 私は一生忘れない。
 てか、理由が理由なだけに、忘れたくても忘れられない気がする。

 「(ちっ! 気付かれたか!)」
 「小声のつもりか知らんが、バッチリ聴こえてるからな」
 「あらまぁ、私ったら。うふふ……」
 慌ててリボンを外すバカ親父の前で、口元を隠しながら楽しげに笑うプリシラ。

 この女、なんで高位聖職者に選ばれたんだろう……。
 
 
 




 ※そんな訳で、マリア達の前に現れたレゾネクトは無事にいつも通りの服装でした※
 
 
 
 


vol.12 【(なに、この可愛い生き物…!)×2】

 百合根を下拵え中の一幕。


 
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