KANON 終わらない悪夢
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139未来予知
「今の予知は本当か? 何を見た?」
「さあ? 宴会場で栞があの女に手を当てて、何か言った後、泣き叫んでるのが見えたわ、でも声までは聞こえないから、栞が何を言ったのかまでは分からない」
もしそれが的中すれば、当主の手には「千里眼と遠寄せ」「未来予知」の力を持った、「この世の宝玉」が二つも手に入った事になる。
目眩がした当主は、手を頭に当てて、ふらふらと後ずさった。
「他に何か無いか? 今すぐ結果が出るものだ?」
「あっ、懐に入ってるの百万円?! あたしが百万円持って踊ってるのが見えたわっ、早く頂戴っ」
眼の色を変えて手を差し出す香里。当主が懐から祝儀袋を出すと、香里は礼も言わず奪い取って袋を開け始め、水引をむしり取って中身を出した。
「やった~~! 百万円っ! こんな大金持ったのはじめてえ~! これで何でも買えるわ~~っ!」
自分が見たビジョン通り、現金を両手で持って日に翳すような姿勢で踊り始める香里。
そこまで、姉と女主人が戦っていても、微動だにしなかった栞が、余りにも見苦しい姉を見て、床に散らばった祝儀袋を集め、整えてから座布団の横に置いてこう言った。
「お姉ちゃん、これ以上見苦しいことをすると、祐一さんに言い付けます」
そこでピタリと動きを止めた香里は、自分の座布団に正座し、祝儀袋に現金を入れ直し、スカートのポケットにしっかりと収め、落ちない事を三度確認してから、手を着いて礼を言った。
「ありがとうございました、お祖父様、他にご用件はありませんでしょうか?」
「あ? ああ」
呆気にとられた当主は、この娘は取り敢えず現金を渡しておけば礼儀正しくなると知り、自分の席に戻って話を続けた。
「そうじゃのう? 祝儀はさっき栞にも渡した、外から見てもいくら入っていたか分かるだろう、他にも何か予知して見せい」
「わかりました。先程出て行ったババ…… いえ、お祖母様は、髪を振り乱して厨房に駆け込んで何か言っています」
聞こえないのか、耳に手をかざし集中する香里。
「私のお膳に毒を入れるよう言っています、できないと言う女性を叩いて、下剤でも入れて大広間で恥をかかせるように言ってます」
「それは今か? それとも先か?」
今の出来事なら妹と同じ千里眼、先なら予知だと思い確認する当主。
「もう少し先です、その電話、厨房につながりますか?」
「おいっ、誰か厨房に繋げっ」
女主人の代わりに入って来た女が、命令通り電話をし、内線で厨房を呼び出した。
「貸せっ、わしだっ、馬鹿女房はそっちに行ったか? おらん? ではそのまま受話器を持ってそっちの音を聞かせろ、良いなっ」
静かになった部屋で暇になった香里は、一応手で口を隠しながら、顔を背けて大あくびをした。
やがて、何か聞こえたのか、当主が手を開いて差し出し、「静かにしろ」とポーズを取りながら受話器に集中した。
『この私に恥をっ…… 姉の方の膳に毒をっ…… 思い知らせてっ……』
次第に当主の顔が青くなり、目は見開かれ、口は開いて下がって行く。
『そのような…… お許しをっ……』
香里の予想通り、女中の頬を叩く音も聞こえた。
『強い下剤でもっ…… 広間で恥を……』
「おいっ、聞こえたぞっ! 何をしておるっ! やつを呼んで電話に出せっ」
それで十分だと思った当主は、受話器に向って怒鳴り付け、女主人を電話口に立たせた。
「聞いておったぞ、お前の失態は香里の「先見の術」で予めわかっておった。何か言い逃れすることはあるかっ?」
『いえ、私の本意ではありません、違いますっ、間違いですっ』
「わしの耳がおかしくなったとでも言うかっ? お前は予知の力を持つことが、どれだけ大事か分かっておらん」
『あの無礼な娘は何の力も持っておりませんっ、調べた通りですっ』
「馬鹿者っ! では何故わしが、お前が仕出かすことまで分かった? 証人もおる。香里はお前が毒を盛るよう命じて、逆らえば女中を叩き、できなければ下剤を盛って広間で恥をかかせるよう命じたのも全て予言したっ! 後で広間に来いっ、呼ばれるまで部屋から出ることは許さんっ、覚悟しておけっ!」
電話を叩き切ると、当主は香里に向き直って頷き、一礼したようにも見えた。
香里もようやく名前で呼ばれて、人間扱いされ、この家の化物と同類として扱って貰えたように思えた。
「よくやってくれた、わしもこの歳になって、始めて本当の予知を見た。これからも家のために役立ててくれ、頼んだぞ」
「はい、では、もう一度ご褒美を下さい、あたしは栞と違って金持ちじゃないので~」
姉の言葉で吹き出しそうになるのを堪える栞。だが当主が自分から立って姉に近寄り、先程より薄く小さい祝儀袋を出すと、束ごと差し出したのに驚いた。
遠寄せなら褒美を投げてよこすのに、予知なら自分から動いて手渡しになる。そこで姉と自分の力の価値の違いを思い知った。
「これしか持っておらん、全部やる」
「ごっつぁんです」
香里関は、手刀で三方を切ってから、懸賞金?の束を受け取った。声も相撲取り風の声を出したので、栞も堪えきれずに笑った。
「ははっ、本当に面白い奴だ、さっきもあの女房を蹴り倒して踏んだのにはスカッとしたぞ。まあ、これは内緒だ」
口の前に指を当て、内緒のポーズを取る当主。
最初に見た時とは別人のように打ち解け、香里には本当の孫のように接し始めたのを見た栞は、姉の特技に嫉妬したが、物事は良い方に進んでいると思った。
「そうか、それにしても「千里眼」に「未来予知」か、この歳になってから、この世の宝玉が二つもこの手に転がり込んで来るとは…… これで本家の馬鹿共にもっ」
感極まったのか、目頭を抑えながら涙を流す当主。そこで失態を見せないよう、即座に女が声を上げた。
「ご当主様、お下がりにございますっ」
栞は手を着いて頭を下げ、障子が従者の手で開くと、当主は挨拶代わりに手を上下させながら別室に下がって行った。
その後、別室に控えていた両親と合流すると、心配した母が駆け寄ってきた。、
「どうだった? 乱暴な物言いをしてたようだけど、脅されなかったかい?」
「お姉ちゃんの方が乱暴でしたよ、正座もしないで態度も最悪で、女主人の人にひっぱたかれたら、逆に蹴り倒して踏んづけたり、お金を貰うまで頭も下げなかったし、予知するように言われたのに早速喧嘩を売って「この家も何もかも分捕って、あたしの思い通りにしてやるっ」って」
胸のすくような姉の啖呵を思い出し、笑いながら言いつける栞。
姉の方は横を向いて口笛でも吹きながら誤魔化していた。
「予知をしてご祝儀をもらう時も、こうやって「ごっつぁんです」だって」
姉の真似をして三方を切って、相撲取りのような声を出した。
「ほんとにあんたって子は、礼儀作法も何もあったもんじゃないわねえ」
ほっとしたのか、母も釣られて笑ったので安心する。
「それより聞いてよ、この子の方がおかしいって、「秋子様」に「祐一様」に「お種を頂戴した」よ、絶対どうかしてる」
仕返しに言い付けられたが、間違っているのは姉の方なので、教育してやらなければならない。
「この家ではそう言うのよ、知らなかった? 間違うと酷い目に遭うわよ」
昨日の天野家の事務員を思い出し、妖狐の世界のヒエラルキーを見誤った者は何らかの制裁を受ける。栞はこの家では様付けを通すことにしていた。
「母さんの方が大変だったんじゃない? 確か、あたしらの今までの養育費渡されて、「今までお疲れ様でした、もうお帰り頂いて結構です」って言われたんでしょ?」
何故かこの部屋での出来事を知っている香里に驚く両親。括弧内はふざけて言ったが、この場にいたかのような言い回しに違和感を感じた。
「ええ、そうだけど、お金に手を付けないでいたら、途中で人が入って来てやめるように言われたって……」
「秋子さんの予言を言いつけてやったの、要求は全部飲ませてやったわ、それに予言もしてやったら大喜びで、泣いて出て行ったわよ、あたしの勝ちね」
「予言だって? 何を言ったんだい?」
娘が「予言」と言い出して驚く母。今まで香里の方は大した力も無く、秋子からも「悪巧み」と言われる程度の力しか無かったのに、当主を泣かせるほどの予言をしたと言った。
「ええ? クソババアを蹴り倒して踏んだら暴れたから、「このババアと娘は、これから無一文で追い出される」って予言して追い払ってやって、信じなかったから、「あたしがご褒美に百万円もらえる」って言ってやって、それでも信じないから、「ババアが厨房に怒鳴り込んで、あたしのお膳に毒を盛る用に言って、断られたら下剤入れるように言った」って予言した、本当にそうなったわ」
「あははははっ!」
香里の口から、あの女主人を蹴って踏みにじり、追い払った状況を身振り手振りで教えられ、堪えきれずに泣きながら笑う母。
能力無しと思い込んでいた姉の力は、「癒やし」に匹敵する「未来予知」の力だった。
最上位の「この世の宝玉」が二人の中にあり、何よりも尊ばれる状況にも涙したが、その力を与えてくれた祐一にも感謝していた。
「もう、何泣いてんのよ、あたしが悪いみたいじゃない」
笑いながら泣き崩れる母を見ていられず、目を逸らす香里。
涙もろい父や妹まで泣いてしまったので、自分も釣られそうで上を向き、ここにいない自分の相棒に感謝し、心の友達が強化してくれた体や力に誇りを持って伝えた。
(ありがとう、川澄さんの左手)
後日、その相棒に胸をモミモミされたり頭をナデナデされたり、栞の相棒である右手に指二本でグチュグチュにかき回されたり、「舞お姉さま」と呼んでベロチューして、(こっちに帰って来て)と心の中で呼び出したり、両方の相棒に足を広げられて「はちみつを舐めるクマさん」されるのを知らない香里は、永遠に帰って来ないと思っている相棒に別れを告げた。
やがて、大広間に案内された一同は、廊下から広間を見渡たして違和感を感じた。上座から末席まで、男だけしか座っていなかった。
「相沢祐一様の婚約者筆頭であられる、美坂香里様、御入来です」
まず香里だけ案内され、拍手で迎える親族の前を通り、当主の隣に座らされた。
「同じく、婚約者次席であられる、美坂栞様、御入来です」
栞も拍手で迎えられ、姉の隣に案内されて一礼してから座ったが、両親は呼ばれもせず、隣の部屋で座布団を勧められ、別室で見聞きすることだけ許された。
「皆の衆、よく集まってくれた。今日は相沢様の嫁となる二人のお披露目だ、解散した本家から来てくれた者もおるようだが、今日は目出度い席だ、無礼講としよう」
「本日から名実とも、この家が本家、ご当主様が倉田宗家をお名乗り下さい」
「うむ、よう言うた、この家から嫁を二人も出す以上、他の家を超えて、我が家こそが宗家だ、まずは乾杯しよう!」
面倒な挨拶を嫌ったのか、当主が柏手を打つと、廊下から女達が入室して盃に酒を注いで回った。
「よし、行き渡ったか? では乾杯!」
男達に習って、香里も酒を口にしたが、栞は毒を警戒して口を付けなかった。
「では早速、「千里眼」と「遠寄せ」のお力、お見せ頂けますか?」
次期当主と思われる上席の者が口にしたが、当主は嫌な顔をした。
「わしが先程確認したっ、それより先に発表する事があるっ」
「いえ、余興ですので、その前に是非お願いします。できましたら、もうお一方のお力も」
女如きに当主候補になられるのが嫌だった男は、栞と香里の力をどうしても見たがった。
「ええい、くじを持って来いっ」
給仕をしていた女が、近くに置かれていた穴の開いた箱を差し出し、栞に一枚取るよう促されると、中から半紙を一枚取り出して開いた。
「おいっ、誰だこれを書いた馬鹿者はっ、「火鼠の革衣」だとっ? かぐや姫ではないかっ! こんなものが出せるかっ」
当主が奪ってくしゃくしゃにして叩き付けた紙が、末席まで転がって行ったが、次の瞬間、それは栞の手の中に戻った。
「余興ですので、お出ししますよ」
次の紙を出そうとした当主の手が止まり、栞の方を見た。
男共も消えた紙が栞の手の中にあるのを見て驚いたが、何かの手品だろうと信じなかった。
「出せるのか?」
「何が出るかは保証できませんが、消えない炎で燃えている皮なら、家まで焼けてしまいますね」
凍るような笑顔で笑ってやると、当主の方が青い顔をして、庭を指差した。
「では、中庭で出せ」
指示された栞は縁側に立ち、ポケットに手を入れて目を瞑った。
「ありました」
手袋で触れても燃えていない品物なので、そのまま引き出すと、自分でもどうやってポケットから出したのか分からないほど大きな物が出た。
「何だ、それは?」
小さなポケットから煙を吹いている異様な物が出て、場が一瞬静まり返ったが、栞はこう言った。
「耐火服とヘルメットです」
「はっ、はははっ」
笑い出した当主に釣られ、男共も一斉に笑い出した。
「ははっ、革衣ならぬ耐火服かっ、これは一本取られた、がはははっ!」
座が盛り上がった所で栞は広間に戻り、先程話した当主候補の男に、まだ熱く煙が出ている耐火服を渡した。
「でも、火災現場で耐火服を無くすなんて、気の毒な人がいたものです」
栞の悪魔のような笑顔に場がすっと鎮まり、男がヘルメットを見ると、息子の名前と血液型が記入されていた。
「む、息子に何をしたああっ!」
立ち上がって栞に掴みかかろうとした男は、そこから消えると広間の真ん中に現れ、逆方向に走りながら上下と方向の感覚を失い、転倒して頭を打った。
「新人の息子さんは、ポンプ車勤務ですよ、そんな事も知らないんですか?」
静まり返った室内を歩き、自分の席に戻って座る栞。
両親も香里も、家族が得体の知れない化物に変化してしまったのに気付いた。
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