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逆さの砂時計

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純粋なお遊び
  合縁奇縁のコンサート 11

vol.15 【紛う方なき説明回】

 「これで、よし……っと! プリシラ様、食材と贈り物の梱包作業は総て終わりました」
 「ありがとう、ミートリッテ。後は荷物持ちが来てくれるのを待つばかりね。到着までもうちょっと掛かるでしょうし、今の内にちゃちゃっと最終確認しときましょうか」
 荷物持ち、か。
 裏でこんな呼び方をされていると知ったら、「彼ら」はどう思うのだろう。
 広い意味ではこれも人助けの一環。職務の一つと言えなくもないが……場所柄、そして「彼ら」の役職名を考えれば、プリシラの呼び出しなど明らかに通常任務の範囲外だ。
 にも(かか)わらず、御用とあれば問答無用で大集合(こっちへこい)とは。
 さすがは中央教会に棲む女悪魔(ぼうくん)
 限り無く増え続ける協力者(ひがいしゃ)
 何処まで行ってもブレない奇跡(ひげき)
 王国の明日は無駄にド派手に輝きそうだ。
 誰か止めてください、と言いたい所だが、不可能なのは解っている。
 何故なら、「彼ら」を中央教会へ派遣してほしいというプリシラの脅は……もとい、「お願い」に応じたのは、アルスエルナ王国の最高権力者である国王陛下その人なのだから。
 聖職者が権力者をいいように操ってはいけません!
 などと、悪魔に対してまともすぎるツッコミを入れられる勇者は、この国には存在していなかったようだ。
 哀れ、国内の「生贄」達。
 最早逃げ場は何処にも無い。
 「では、私は少々お出掛けしてきますわね。帰りは明日の夜か、明後日の昼頃になるでしょう。女神秘匿に関する具体案の提示はその後で。私が戻るまでの間、貴方(あなた)(がた)が気を付けるべき事は?」
 「「「「「見付からない、暴れない。できる仕事は自主的且つ内密に迅速対応で」」」」」
 「はい、結構です」
 にっこりと満足そうに艶やかな笑みを浮かべる貴女(プリシラ)
 百合根の下拵えは貴女の命令であって、厳密に言えば我々が自主的に取り組んでいる訳ではないのですが。それは構わないのですかそうですか。
 次期大司教第一補佐(ミートリッテさん)の、応接と執務を兼ね備えた部屋の中。
 壁沿いに天井付近までびっしり高々と置かれ積まれた百合根入りの木箱を見上げて、際限の無さにそっと息を吐いた。


 中央教会に居る筈がない複数の人間。
 よって、出る筈がない食費と活動の気配。
 されど、匿うのであれば出さない訳にもいかない飲食物と生活費用。
 当面掛かるこれらの問題を解決する為にプリシラが白羽の矢を立てたのは、中央司教の管轄下に在る王都内の孤児院だった。

 国からの経常費の他、王侯貴族や商人や一般民等からも出資・寄付を受け取り、アリア信仰が運営を一任されている国内各地の孤児院には、通常零歳から十九歳までの子供達と、管理役の担当神父数名が一緒に住んでいる。
 正式な後見人や就職先を見付けるまでの保護施設兼職業訓練所的な意味合いが強い場所だが、保護された子供達に向けられる世間の目は非常に冷たい。
 敵国の憎々しく卑しい血が混じっているかも知れない。実の親がだらしなくて面倒を見切れなくなったのなら、その子供もだらしない性格をしているに違いない。実の親が居ないってだけで国民の血税を宛がわれ、命の安全まで無償で貰ってる。どんなに貧乏な家でも親が生きてる限り税金を払わなきゃいけないのに、アイツらはずる賢く納税の義務を逃れて暢気に笑いやがる。
 ……等々、冷遇の理由は様々だ。
 或いはもっと単純に、生活水準の違いから生じる価値観の相違が「税金を納めてやっている国民」の優越感や危機感を煽り「対価も払えない孤児なる生き物」を無意識に見下させているとも考えられる。
 こんな事もできないのか。こんな事も知らないのか。こんな物も手に入れられないのか。『常識が足りてない』『可哀想に』『こうはなりたくないもんだね』と。
 残念な話ではあるが、そうした蔑視はアリア信仰の内部にもしっかり根付いていたりする。
 中央教会で修業していた私に人目も(はばか)らず「(けが)らわしい孤児」と吐き捨てていた同僚が居た時点で、その根深さには察しがつくというものだ。
 故に、孤児院の扱いは「表向き」良くもないし悪くもない。
 出資者や運営者が慈悲深く見えるように。
 有能な人材を育てていると見えるように。
 面倒事を任されて大変ねと、同情を集め。
 非難の目を操作しながら適度に放置する。
 だが「実態」は、担当神父達による資金横領・貴族や商人を相手にした密かな人身売買・一般市民からの一方的な虐待・犯罪組織の隠れ蓑に利用されている事例も少なくなかった。
 王都の孤児院も例に漏れず、ハーネス元大司教が中央司教に就いたばかりの頃は悪質極まりない担当神父に蝕まれ、子供達は皆劣悪な環境で育てられていたらしい。強制的に犯罪の片棒を担がされていた彼らを救い出して孤児院関係の空気を総入れ替えしたのが、先代国王とハーネス元大司教だったとか。
 弱者救済の為の法を悪用していた者達には厳罰を下し、コルダ現大司教が中央司教の役目を引き継いでからは更に環境が改善され…………
 と、此処で話を留めれば美談のようにも思えるが、この先にはちゃっかり女悪魔(プリシラ)が待ち構えている。
 他者の善意を集めた無力な集団は、嫉妬や欲望を抱いたその他の集団に集中攻撃されてしまう。
 ()しものプリシラでも大衆心理を敵に回すのは子供達にとって得策ではないと判断したのか、表立った孤児院の擁護はしていない。
 しかし。
 ミートリッテさんの証言によれば、プリシラが中央司教の権限を持っている現在、王都の孤児院に勤めている担当神父達と彼らとの定期連絡係は「全員」プリシラの忠実なる(しもべ)だ。
 なんなら王都以外の孤児院にもこっそり混じっているという、プリシラの言葉に従い、プリシラの意を汲み、プリシラの為に奔走する、プリシラ至上主義のプリシラ応援団(外国の言葉では「ファンクラブ」と呼ぶらしい)。
 なんかもうアリア信徒とは別モノな気がするのだが、やってる事自体はアリア信仰の善意そのものなので、コルダ大司教も黙認している模様。
 そんなプリシラ大好きっ神父()達と四六時中同じ敷地内に居る子供達が、時折こそっと遊びに行っているプリシラに対してどんな感情を抱くかなど、考えるまでもない訳で。
 つまり、

 王都の孤児院=プリシラの箱庭 である。

 プリシラは差し入れを持って視察(あそび)に行く。
 それを口実にして買い物の許可を貰った。
 入手した食材から私達に必要な分を引き。
 幼児化したレゾネクトに着想を得て搔き集めた子供達への手土産(ふく)も十二分に活用してロザリアの憂いを無事に解決(?)。
 責任者不在の穴埋めと荷物運びは助っ人に任せ、担当神父達への根回しは鳥の報せ一つで完了。
 役持ち達は祭日の準備で忙しいし、なにより狂犬(プリシラ)の領域に迂闊な手出しはできない。
 何処の誰だって、斜め上下から突然降ったり沸いたりする突拍子も無く奇天烈で回避不可能な仕返しは恐いものだ。
 わざわざ平穏に見える藪を突いて暴竜を出す愚行は冒さないだろう。

 こうして隠蔽工作の証拠隠滅は達成された。


 ミートリッテさんの仕事場に運び込まれた大量の百合根の下拵えは、人手が全く足りていないからと、プリシラが善意と引き換えで私達にこっそり請け負わせた仕事だ。
 私達としても、ただお世話になるよりは(後が怖くないから)と、快く(?)作業に取り掛かったのだが……。
 「そういえば、プリシラ」
 「なぁに? クロちゃん」
 「教会に居ない私達が、教会で使われる百合根の下拵えなどしていて良いのですか? 処理数に不自然さが表れてしまうのでは」
 プリシラはこれから祝日が過ぎるまでの間、役持ち達公認で中央教会を離れてしまう。ミートリッテさんが一人で片付けた、と言い訳するには、量が多すぎるのではないだろうか。
 「今更気付いたの? 始める前に突っ込まれるかと思ってたんだけど」
 「すみません」

 (貴女の行動に逐一ツッコミを入れていたらキリが無いので、ほぼ条件反射で頷きました。それに、)

 「その辺は気にしなくても良いわ。中央教会に残るほうの「彼ら」がやってくれたことにしておくし、「彼ら」にも勿論、それなりの仕事を回しておくから」
 「……「彼ら」に特別手当等は支給されるのでしょうか」
 「仕事場が変わっただけで、正規の任務中である事実に変わりは無いもの。正規の雇い主から給料として支払われるのが筋ではなくて?」
 「労働と対価、雇用契約とは何なのか。考えさせられますね」
 「他人の心配なんて余裕ねぇ、クロちゃん。そんな優しい貴方に置き土産よ」
 「要りません」
 「貴方に拒否権が残されていると思う?」
 「……いいえ」
 「よろしい。じゃ、分配後の片付けが終わったら、ロザリア様を通してレゾにゃんと接触しなさい。アーレストとマリア様に「貴方が」百合根の料理を作って差し上げるのよ」
 仕事が増えた。私に自主性は不要らしい。
 「百合根の料理を、アーレスト達に?」
 「そう。レゾにゃんの体を一時的に貸してもらって、彼方(あちら)の材料で二人分の夕飯を作って頂戴。レゾにゃんには、予定通り此方で作る物を食べさせれば良いから」
 「……体を貸してもらう、の意味は解りませんが……それはアーレスト達の要請ですか? 忙しすぎて夕飯を作る時間が無いとか?」
 「いいえ。少人数で頑張っている知り合いへの奉仕活動よ。本来なら彼方(あちら)で活動している筈のソレスタ神父とフィレスさんが此処に居るんですもの。王都ほどではないにしろ、そこそこの人数が集まる街民相手に顔を出せる人間が一人か二人じゃ、手が足りないのは火を見るよりも明らかじゃない。だから、せめて夕飯くらいは作ってあげましょうねって話。ああ、なんて優しく思慮深いのかしら!」
 「いやあー、私達は今直ぐ戻っても構わないんだが? どうせレゾネクトに頼めばいつでも戻って来れるんだし、そのほうが向こうの助けにな」
 「お口を閉じて。目線を百合根に戻し。手を動かしてくださいませ。ソレスタ神父。」
 「はい。すみません。」
 飼い主の一睨みで猟犬が震え上がった。
 「とにかく、二人の分もちゃんと作……っと。来たわね」
 プリシラの言葉を遮るように、次期大司教の執務室から小さな鐘の音が聴こえてきた。
 リンゴーン、リンゴーンと響く少し低めな金属音は、プリシラやミートリッテさんに外部からの来客を報せる合図。鳴らしているのは、鐘に括り付けてある長い長い紐の先を握る人物。一階の受付に座っている女司祭だ。
 以前は、扉を叩いても直ぐには出て来ないプリシラを怠慢、そうでなければ悪巧みの最中かと疑っていたのだが、どうやら違っていたらしい。こうした事前の合図が無ければ対応できないほど忙しかったのだ。
 此処に滞在して数時間。私達が見ている間、彼女は殆ど休み無く誰かや何かと連絡を取り合っていた。それはもう、鳥、人、鳥、鳥、人、鳥、人、といった具合で、引っ切り無しに執務室やバルコニーを出入りしている。
 信仰の根幹に関わる女神の重要な話を聴いている間でさえ、受け取り・送り出し役のミートリッテさんを介して複雑な文書の遣り取り、延いては多岐に亘る数々の問題解決を淡々と(こな)す化け物。

 (貴女に逆らうほうがどうかしている)

 「で。クロちゃん、お返事は?」
 「……了解です」
 「良い子ね。さ、ミートリッテは急いで荷物を私の部屋へ運び入れて」
 「はい」
 「もうお気付きでしょうけど、寝室や浴室や廊下に面した扉とは違い、司教と補佐の執務室は速やかな情報共有を目的として互いの物音が聞こえやすい造りになっています。彼らが滞在している間は、く・れ・ぐ・れ・もお静かに。よろしいですわね? 皆さん」
 「「「「心得ております」」」」
 一斉に立ち上がった私達は深々と腰を折り、柱に偽装した扉から出て行くプリシラの影を見送った。
 彼女の姿が見えなくなった途端ちょっとだけ呼吸が楽になったのは、多分、気の所為ではない。
 恐るべし。視界に収まっているだけで、相手の心に逃げ出したい衝動を生じさせる圧力の持ち主・プリシラ。
 何も知らされないまま呼び出された「生贄(かれら)」の今後に、幸多からんことを切々と祈ろう。
 私にはもう、それくらいしかできない。







vol.16 【聖者の裁定】

 「(なぁ。アンタ、どっちだと思う?)」
 私の左隣に座り直した殿下が、手に持った百合根を見つめながら、潜めに潜めた声を私に向けた。
 「(どっち、とは)」
 同じく座り直した私も、処理途中でローテーブルに置いた百合根を再度持ち上げ、作業を続行しながら聞こえるか聞こえないかくらいの声量で尋ね返す。
 「(聖者の天秤)」
 「(……え!? 「彼ら」はプリシラと親交が無いのですか!?)」
 『聖者の天秤』
 プリシラが相手を「生贄」か「庇護対象」か見定める儀式(かおあわせ)の名称だ。いつからか自然とそう呼ばれていたので、誰が名付けたのかは不明。幼少期から一緒に生活している人間は別として、大抵の場合は三度目の再会までに。早ければ初対面で。裁決が下される。
 即ち。
 「(まともに会ったことがない相手を利用したんですか、あの女性(ひと)は……)」
 「(いや。プリシラがアレを呼んだのは、能力・性格共に信用に値する「庇護対象」だからだ。まだ天秤に掛けられてないのは、アレに付いて来る主戦力の代表のほう。まともにどころか、今日が初顔合わせだぞ)」
 「(!! それは!)」
 なんてことだ。
 希少な「庇護対象」が思わぬ所に居た。
 国内の「生贄」達にもまだ希望は残されているというのか。
 しかし、彼の傍に居る人間が未だ裁定を授かっていないとあれば油断はできない。
 「庇護対象(かれ)」が「生贄」で囲まれている場合、プリシラは躊躇い無く「庇護対象(かれ)」を保護するだろう。
 助けを求める「生贄(かれら)」の声は遮断され、最悪「庇護対象(かれ)」自身が無自覚なままプリシラのお仕置き(お遊び)を助長してしまう。
 「(……どのような方なのですか?)」
 できれば「彼ら」には「庇護対象」であってほしい。震える手で慎重に鱗片を剥きながら、そう願わずにはいられない。
 「(三十代後半の、公私共々真面目で品行方正な男。職務に関しては残酷なほど冷徹だが、普段は機知に富んだ好青年だ)」
 「(問題は無さそうに思えますが……何か、引っ掛かりが有るんですね?)」
 「(ああ。決定的な言動は見せてないが……十中八九、さっきから其処でちょろちょろ動き回ってるミートリッテに惚れてる)」
 私の手から百合根が零れ落ちた。
 「(……なんという……)」
 頭を抱えそうになった両手を膝の上でぐっと握り締めて、ローテーブルの上をころころと転がって行く白い塊を虚ろな目で見つめる。
 状況は、絶望的だ。

 色恋沙汰なんて周囲への影響過多な移ろいやすい物、プリシラにとっては極上のおつまみではないか……っ!!

 「(しかも、アレのほうが重症だ。三人共が小綺麗すぎる独身って点も痛い)」
 まさか、彼を含む三角形!?
 「(「生贄」回避不可じゃないですか!)」
 「(言ったろ? 職務に関しては残酷なほど冷徹だって。アレへの忠誠心と立場への矜持は本物(ガチ)なんだよ。ソコをプリシラがどう評価するかが鍵になると思うんだよな)」
 ホレ、サボってると見られたら厄介だぞと、転がった鱗茎を手渡される。
 剥きかけの鱗片に指を掛け、浅い溜め息を吐き出すと同時にぺりっと()がす。
 実際の所、プリシラが相手の何を見て、どう評価し、裁定しているのか、詳しい内情は誰にも判っていない。判定を下された人間の共通点から、多分こうだろうと当たりを付けているだけだ。
 殿下の推測など、希望と呼ぶにはあまりにも淡く儚い。
 だが。
 「((すが)るしか、ありませんね)」
 アルスエルナ王国に数多居る「生贄」達の為にも。
 「(…………そうだな)」
 どうか、これ以上プリシラが暴走しませんように。
 私と殿下は呼吸を揃えて、笊の中に鱗片を落とした。

 「「……???」」
 女性陣の不思議そうな目線に晒されながら。







vol.17 【真相】

 トントンと、廊下と繋がる扉を叩く音が二回聴こえた。どうやらお客様が到着したらしい。
 ミートリッテは最後の荷物を大量に積み上がった箱の上に重ね置きして、壁に掛かっているカーテンを静かに閉じた。
 これで、室内探検でもされない限り執務室同士を繋ぐ隠し扉が見付かる心配は無い。
 既に廊下と繋がる扉の手前で待ち構えていたプリシラと目線を重ねて頷き合い、プリシラが返事をして扉を開く。
 相手は、次期大司教のプリシラであっても敬意を払って接するべき立場の人間。次期大司教の補佐如きが出迎えるのは失礼に当たってしまう為、少し離れた位置で成り行きを見守るのが今のミートリッテの役割だ。
 「ようこそ、中央教会へ」
 「ご無沙汰しております、プリシラ次期大司教。アルスエルナ王国の第三王子・ヴェルディッヒ=セーウル=ド=アルスヴァリエ、並びに私付きの第三騎士団所属、第一から第四隊の計四十名。勅令により、聖職者の衣をお借りして馳せ参じました」
 丁寧に腰を折るプリシラに対し、左手を胸に当てて軽く頭を下げる真っ白な長衣姿のセーウル殿下。
 ミートリッテからは見えないが、廊下に整列した各隊の面々もセーウル殿下と同様の格好で深々と腰を曲げて礼を執っている。
 「皆様、どうぞお顔を上げてお入りくださいませ」
 「皆、礼に欠けた振る舞いは見せぬように」
 「「「「はっ!」」」」
 一歩下がったプリシラが体の正面をずらし、左腕を執務室の内側へと広げて団体客を招き入れる。
 セーウル殿下の後に続く男性が、更にその後に続く三十九名の男女混合隊に声を掛け、全員が執務室内に収まったところで、団体客の背後に回ったミートリッテが扉を閉めた。
 広いと言っても、所詮は一間の仕事部屋。四十人以上が座れる椅子などは当然無く、窮屈さを感じさせながらも、皆机の前に整然と並び立つ。
 「突然の勅令、皆様には大変驚かれたことと思います。時間もございませんので、率直に申し上げましょう。今回の件、中央教会から正式な手順で国王陛下にご助力を歎願致しました。ただいま教会は百合根感謝の日の準備中で、人手がどれだけあっても足りない状況です。其方も警備等でお忙しい事は重々承知の上で、何卒、都民の為、国民の為に、皆様のお力を拝借願えませんでしょうか?」
 バルコニーを背負って立つプリシラが、胸元のペンダントに両手を添えて恭しく頭を下げる。
 「承知しました。我ら騎士団、王国を護る剣であり盾。お役に立てるよう、尽力致します。何なりとお申し付けください」
 「皆様の誠意に、心よりの敬意と感謝を。皆様に女神アリアの祝福が舞い降りますように」
 「「「「「ありがとうございます」」」」」
 「では、セーウル殿下。此方をお受け取りください。予め纏めておいた行動表です。人員の振り分け等は殿下の判断でお願いいたします」
 「拝見します」
 机の上に置かれていた紙をプリシラから受け取ったセーウル殿下は、彼の斜め後ろで控えていた男性と一緒に細事を確認した後、あっという間に配置を決定。速やかに行動を開始した。
 波が引くように次々と荷物を持って退室して行く聖職者姿の騎士達。
 各隊員を総て送り出し、最後に残ったのは、セーウル殿下と、騎士達に直接指示を飛ばしていた男性、プリシラ次期大司教とミートリッテの四人だ。
 廊下と繋がる扉がしっかり閉まった音を確認した途端、執務室内に和やかな空気がふわりと漂い出す。
 「……ふふ! 本当にお久しぶりね、ヴェルディッヒ殿下。お元気でしたか?」
 「ええ。プリシラ嬢もお変わりなさそうで、なによりです」
 同じ王都内に住む従姉弟同士という間柄が気兼ねを無くさせるのか、敬語こそ外さないものの、二人の表情はとても柔らかい。
 セーウル殿下と同じ村に住んだ過去を持ち、「生贄」の洗礼を受けた経験もあるミートリッテの心中は「誰だこの二人」の一言に尽きる。
 「一方的にお呼び立てして、すみません。ところで、其方の方をご紹介いただいても?」
 「はい。彼は、ボナフィード=フルウム=ベルヘンス。私付き騎士団の団長で、北方領南部に在るベルヘンス伯爵領の現領主です」
 「初めまして、プリシラ次期大司教様」
 セーウル殿下の紹介で一歩前に進み出たベルヘンス卿が、プリシラに向かって礼を執る。
 刹那。
 藍色の虹彩が妖しく煌めいた。
 脇で黙って見ているミートリッテの頬が僅かに引き攣る。
 ああ、始まったな……と。
 「ベルヘンス領と言えば、良質な雪解け水が流れ込んでいる地域ですわね! 私、あの辺りで売られている小麦製品が特にお気に入りなのよ」
 「光栄です。小麦製品は、我々地元民が最も力を入れている特産品。もしも次にお会いする機会がございましたら、お薦めの一品を持参致しましょう」
 「まあ、嬉しい! とても楽しみですわ。その時は、私の可愛い第一補佐・ミートリッテ=ブラン=リアメルティの分もお願いしてよろしくて?」
 ちらりと横に走るプリシラの視線。その先に立つミートリッテを見たベルヘンス卿は、両手の指を軽く握り込み
 「勿論。お二人で楽しめる物をご用意致します」
 顔色一つ変えず、にこやかに即答した。
 「へ、あ、お気遣いありがとうございます」
 「どういたしまして」
 ベルヘンス卿とも面識が有るミートリッテは、彼の印象が以前と違う気がしてつい戸惑い気味に応えてしまったが、ベルヘンス卿は気分を害した様子も無く静かな微笑みを浮かべている。
 ミートリッテが世話になった時の彼はもう少し慌ただしい性格だったと思うのだが……落ち着き無く視線をさ迷わせる今のミートリッテのほうが、余程挙動不審だ。
 細めた目でミートリッテを見つめる二人の男性に、プリシラはゆっくりと目蓋を下ろし……そっと開いた。
 表出したのは、我が子の成長を見守っている母親のような、優しい微笑み。
 「では。早速で申し訳ないのですが、殿下は会議室にてミートリッテと共に私の代理人を。ベルヘンス卿は孤児院への同行を。よろしくお願いいたします」
 「「お任せを」」
 姿勢を正した王子と騎士に悠然と頷き。二人の間に挟まれた次期大司教が扉を開いて廊下へと歩み出る。
 最後に執務室を出て鍵を掛けたミートリッテは、三人の背中を視界に収めたまま内心で首を傾げた。プリシラの反応が、これまでに見てきたどれにも当て嵌まらないからだ。
 ちなみに、ミートリッテは「生贄」以外の判定を見た例が無い。
 澄ました顔で先を行くプリシラが、ベルヘンス卿をどう判断したのか。
 いつもはなかなか本心を覗かせてくれない女悪魔の頭の中を、少しだけお伝えしよう。
 彼女はベルヘンス卿の笑顔とミートリッテ達の反応を見て、こう感じ取っていた。

 (絶対不憫(むくわれない)

 と。

 
 

 
後書き
 プリシラは弱者の味方です。

 
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