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KANON 終わらない悪夢

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140悪鬼羅刹

 広間の端で助け起こされた男は、異世界を通じて転移させられた衝撃なのか、栞への恐れからか、ガクガクと震えて立つことすらできずに、目と鼻と口から汁を垂れ流して、その場で座り込んだ。
「おっ、お許しをっ、どうか、息子の命だけはお許しをっ」
 土下座して頭を床に擦り付け、許しを請う哀れな男、それを見て栞はこう言った。
「これを書いた方は消防署勤務の息子さんを思い浮かべて、難題の「火鼠の皮衣」を思い付かれたようですね。息子さんは今、軽い火傷をして「狐に摘まれたような顔」をしながら「火傷は消防士の勲章だ」なんて言って強がっている所です」
 栞の笑顔と言葉が恐ろしすぎた一同は、下を向いて平伏していた。
「今のは惜しかったですね、では次のお題に行ってみましょうか?」
 問答無用で箱から半紙を取り出した栞、周りの者達は次は自分の番ではないかと恐れおののいた。
「も、もう良いっ、皆分かった」
 そう言った当主自身も栞に怯え、声も小さくなっていた。

 選択肢
1、徹底的に母の復讐をする、自分に乱暴する予定の奴らも殺す
2,ここらで許してやる
3、姉に任せる
4,舞お姉さまと愛の逃避行
 選択「1」血みどろ、凄惨コース

「そうですか? 母に「スリの泥棒娘」と名付けた男を処刑するつもりでしたが、ご当主様に感謝して下さいね」
「うわああっ! 逃げろおおっ!」
 消えた半紙はその男の前に現れ、お題の「ピンが抜かれた手榴弾」もその上に現れた。両側の人間を掴んで引き摺ろうとしたものの、動かないので結局一人で逃げ、縁側から中庭に飛んだ男は、石の影で爆発の瞬間を待ったが何も起こらなかった。
「安心して下さい、爆弾はご自宅に配達しておきました。確か今はお留守ですよね?」
「貴様っ! 何を書きおった!」
 二人目の被害者は、中庭で男達に取り押さえられ、縁側の下まで連行されて来た。
「この方は自衛隊に草として送り込まれていたんですね。でも、演習で薬莢一個無くなっただけで大捜索するのに、手榴弾が無くなって、ご自宅で爆発したらどうなるんでしょう? この方のお父さんは保管庫の責任者ですから、二人で飛び降り自殺「させられる」ぐらいの大事件ですよね?」
「己はそんな危ない物をここに出させようとしとったのかっ? 許さんぞっ!」
 当主は立ち上がって縁側まで出て、手に持っていた杯を男に投げ付けた。
「最初は私が目隠しをさせられて、封筒に触っただけで何か分からない物を出させる予定だったんですよね? え~と「間抜けな馬鹿娘と泥棒娘が吹き飛んで、ついでに阿呆の当主もくたばれば傑作だ、わっはっは」でしたか?」
「嘘ですっ! そんな事は言っておりませんっ! 違いますっ! 信じて下さいっ!」
「人目があるので、口に出さなかっただけですよね」
 栞の言葉を聞いた当主は、鬼のような顔をしながら縁側を降り、足袋で男の頭を踏みにじり、顔を土の上に擦り付けた。
「今日は殺さんっ! わしが直々に体に聞いてやるっ、足を切って座敷牢に入れておけっ!」
 逃げられないよう、その場で足の腱を切られた男は、栞が入れられるはずだった座敷牢に引き摺られていった。
「嫌だーーっ! 違うっ! 言ってないっ! 思っただけなのにっ!」

 処刑が続く大広間で、身に覚えが覚えがある者は、どうやって逃げるか考え始めていた。
「栞っ、わしが許すっ、他にも反逆者がおれば言えっ!」
 興奮し、誰も信じられなくなった当主は、栞に粛清の続きを命じた。
「女性も集めて頂けますか?」
「よしっ、女も全員集めろっ! 飯炊きも全部だっ!」
 暫くすると、別室で待機していた女や、給仕や飯炊きまで広間と続き部屋に集められ、立錐の余地が無いほど混雑してきた。
 邪魔なので従業員は栞が額に触れ、無罪の者は開放して行ったが、一人の前で止まり、当主に向って聞いた。
「あの、盗みとか小さな犯罪もですか?」
「言えっ!」
 屈強な男に取り囲まれ震えている女中、既に手を捻られ逃げられないようにされ、下を向いて観念した。
「ロッカーで別の従業員の財布から、見付からない程度、お金を抜いています。家の人からも大きな金額を何度か盗ってます」
「連れて行けっ!」
 窃盗で何人か消えて行き、最後に三人残した所で栞はこう言った。
「この人達、天野の家とか警察のスパイです、でも情報ごとにお小遣いを貰える程度の人たちです」
「クビだっ、仕置きして前科者にして、どこでも働けんようにしてやれっ」
 やっと家の者だけになると、逃げ出さないようその場に座るよう命じられ、震え上がりながら審判を待つ一同。

 そこで栞はこの家に来て、始めて子供らしい声で母を呼んだ。
「ね~ね~、お母さ~ん? この中で~、お母さんを虐めた奴って~…… 誰?」
 子供っぽい声で聞き、最後の言葉だけ低く呪いが篭った声だったので、家人の恐怖が更に増した。
 そこで母は、無言で女主人の前に立って睨み付けた。
「この人? お母さんや私に「役立たず」って言ったり、「いつ死ぬのか」電話で聞いてきたり、「めでたい行事の日に死ぬな」って注意した人?」
 母は女主人から目線を逸らさず無言で頷き、睨み続けた。
 栞は額に手を当てると、笑いながらこう言った。
「この女の三番目の子供、ご当主様の子供じゃありません」
 その場の誰もが当主候補の長女に目を向けた。
「何を言うかっ! この恩知らずがっ! 誰のおかげで今日まで生きて来られたっ? 病院の費用は誰が出したっ! この売女がっ!」
「病院代を出したのは、うちのお爺さんですよ」
 暴れる女主人の肩を母が上から押さえ、立たせようとしなかった。
 そこで当主が人を掻き分けて来て女主人を蹴り倒し、仕置用の鞭で何度も何度も打ち据えた。
「相手は誰だっ? 父親は誰だっ? 言えっ、言えっ! 売女はお前だっ!」
 床に倒れ、這いずって鞭から逃げ、髪も化粧も高価な着物もボロボロになり、無様な醜態を晒す女主人。
「自分はあれだけ浮気をしておいて、どの口が言うかっ! ああっ!」
 開いた口と顔にも鞭を貰い、見るに耐えない醜女と化した女主人。その腹に母は何度か蹴りを入れた。
「アハハハハハハハハハハハハハハハッ!」
 その姿を見て狂ったように笑い出した母は、自分を馬鹿にし続けた、同年代の女の前で踊りだした。
「この女はご当主様の娘に非ずっ! 不義密通の果てに生まれた忌み子なりっ! 天網恢恢粗にして漏らさずとはこの事だぁっ!」
 この呪われた家に入り、栞に続いて母も壊れた。
「嘘よっ! 私こそが正当な血統っ、この力こそがその証っ!」
 右手を出して母親に向け何かをしようとした所で、転移して来た栞に腕を掴まれた。
『グルルルルルルッ』
 動物のように喉を鳴らし、獣の目をして女を見据える栞。
 もう舞の右手の魔物は抜けているが、腹の中の子供に天使の人形の分体、栞を呼びに行った祐一が入っている。
『オマエ、イマ、オカアサンニ、ナニヲシヨウトシタ?』
 掴んだ腕を見ると、とがった爪が何センチか伸び、母を引っ掻こうとしたのが分かった。
『タッタコレダケ?』
 そのまま腕を引っ張ると、袖が滑って行きスルリと下に落ち、右腕は体に繋がっていなかった。
「ぎゃあああああああっ!」
 体から外れた右手は異空間に捨てられ、血も出なかったが、本人だけは右手の上を這いずる、ヌメヌメした何かを感じて悲鳴を上げ続けた。
『大丈夫ですよ、その大きなナメクジ、体に卵を産み付けて、体の中で大きくなるだけですから。ある程度育ったら、口かお尻から出てきます』
「イヤアアアアッ!」
 考えられる中で最悪の答えを聞かされ、転げ回って叫ぶ女。
 栞はその場から転移して、別の男の前に現れた。
「父親はこの人です」
「お前かあっ!」
 鞭で制裁され、丸まって耐える年配の男。女主人と同年代の男は、若い頃に不倫を命じられ、長女が産まれていたらしい。
「こいつらの身ぐるみ剥いで、安物の服でも着せて追い出せっ、金は持たせるな、こいつらを引き取った奴は許さんっ」
 女当主、不倫相手、その娘、娘が産んだ子供までが引き立てられ、別室に連れて行かれそうになった。
「あ、この人だけ待って下さい」
「え? 助けてくれんの? お願いっ、助けてっ」
 当主の出来の悪い孫と思われていた娘を止め、腰に付けていた携帯電話を奪うと、電源を入れて操作し始める栞。女の言葉を無視して、観客に向かって話す。
『これから私の隠し芸をお見せします、できの悪いモノマネですけど、電話するので静かにして下さい』
 登録された電話番号を見て、使い方が分からないので千里眼を使って侵入し、操作を覚えながら電話を掛けた。
 女のにも手を当て、千里眼で侵入して考えを読んだ。
『あ~? ユウキ~? アタシアタシ~。前に言ってたさあ、分家のゴミが二匹、家に来てんのよ~、これからデートレイプ用のクスリ飲ませとくからさ~、手はず通り送り返した所狙って、ゴミ屋敷襲ってヤっちゃってよ。 ……うん、そうそう、公園近くのブタ小屋。急だけど何人集められる? へ~、スゴイじゃん、さすがユウキ~、妹の方がスッゴイ金持ってるらしいのよ、億だよ億。アタシとユ~キで山分けね、うん、わかった、じゃあブタ小屋乗り込んだら電話してよ、じゃあ後で、まったね~~』
 周囲の者は皆、術の存在を知っている連中なので、栞が当主の孫と思われていた女の物真似をしながら、頭に手を当てただけで思考を読み、電話の相手に術を掛けて孫娘本人だと思い込ませて話を続けたのが分かった。
 天使の人形の分体、栞を見守り続けた守護天使が腹の中にいるので、あらゆる術が行使できた。
『これがこの女の計画です、私達が当主候補になったり、相沢様の嫁になるのが気に食わず、自分が代わりに嫁になるつもりのようです。この後、私達が家に帰った所を見計らって、鍵をかける前に押し入るか、宅急便の振りでもしてドアを開けさせて、両親を縛って私と姉を大勢でレイプするそうです。ビデオを撮ったり、私達を麻薬漬けにして言うことを聞かせて、お金は全部取り上げて、ユウキって人の子供を産ませて、相沢様の子供として当主にしたいようですね』
 この間、全員に「沈黙」の術が掛けられているのに気付き、当主も含め、気付いてはいけない事態を指摘された。
「こいつっ、人間じゃないっ! みんなだって術を使う時は、御札とか呪文とか絶対いるじゃんっ、こいつ一言も言わなかったよねっ? 化け物だよっ、こいつ伝承の化け物っ、「夜の使い魔」だよぉっ!」
 沈黙を解かれた娘が叫び出したが、全員に「金縛り」が掛けられているようで、身動きも取れなかった。
 栞は「千里眼」「遠寄せ」「転移」「異界接続」「心読み」「沈黙」「金縛り」を使ったが、色々な小技も全部無詠唱で行った。
「栞、お前は……」
 顔色を失い青ざめて行く当主や一同。
 栞は使い魔に心と体を喰われ、何者かに操られている化け物。このままでは屋敷にいる全員が使い魔に命を喰われ、家が絶える。

『私と姉は今年中に死ぬはずでした。そんな状態を哀れんで、ある人が命を繋ぐために魔物、使い魔を寄生させて命を与え続けて、生かしてくれたんです』
 ゆっくりと歩き、自分と姉の席に戻って、お膳から薬が混ぜられた料理を取り、女の前まで行ってデートレイプドラッグ入りの熱い味噌汁を食べさせた。
「ううっ、うあうっ」
『私には川澄舞お姉様の右手の魔物、姉には左手を植え付けて体を強化して貰えました。何も言わないで術が使えるのはそのお陰です』
 それは純血の妖狐か、舞のようにハーフで凄まじい修練や研鑽を積んだ天賦の才がある人物にしかできない神々の行い。
 舞の場合、十年に及ぶ自傷行為と、自己治癒による回復という苦行により成り立ったもので、只人が栞と同じことをすれば、術の負荷で脳や神経が焼き切れて即座に絶命する。
『本当なら心を食われて、本当の化け物になれたそうですね? でも私達は心までは食われず、相沢様に使い魔を抜き出して貰って、舞お姉様の体に返したそうです。月宮の術者も驚いてましたけど、純血の妖狐なら本当の奇跡が起こせるそうですね?』
 物理法則を超え、あらゆる災厄を起こせる純血の妖狐。
 その裏返しは、あらゆる奇跡を起こし、未来を読み、病を癒し、過去をも作り変える。
 相沢祐一に選ばれた巫女は、命を繋がれ、病を癒され、神々の力を行使できるよう体も作り変えられ、術の詠唱も不要となった。
「何と、そんな事まで可能なのか?」
『でも、私達は今起こっている「災厄」の中心。天使の人形と呼ばれる相沢様の使い魔が私達を生かしてくれて、他の姉妹たちも救ってくれました。私も姉も、誰かの命を食べさせてもらって、無理に生かされている罪人だそうです』
 最悪の答えを聞いて震えだす一同。目の前の姉妹は災厄そのもので、自分たちも生け贄となって食われる目前。
 ここで栞も、自分のためにここまでしてくれて、弱い命を生かし続けてくれた存在がとても愛しく思えた。
 弱い木に接ぎ木をしたり栄養を与え続け、何度失敗しても針の穴を通すような奇跡を繰り返し、目の前の鉢植えの植物が全部枯れないように支えてくれた愛おしい存在。
 栞はここで天使の人形に語りかけた。
『天使の人形さん、ここにいますか? 私の声が聞こえますか?』
(うん、ここにいるよ)
 自分の中、香里の中、それ以外の分体も感じ、ここにいないのは佐祐理の中の一弥ぐらい。
 分家の全員が呪いの塊のような存在が出現したのに気付き、今回の災厄の巨大さに恐れおののいた。
『良かった、この中に、あゆちゃんを呪い殺した犯人はいる?』
 もしそんな奴がいれば、全員食料に加工して、この世のあらゆる苦痛を詰め込んでやり、地獄以上の苦痛を与え続ける。
 
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