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逆さの砂時計

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純粋なお遊び
  合縁奇縁のコンサート 16

vol.23
【強者の傲慢=弱者の怠慢=大衆の無関心4】

 「おら、着いたぞ! さっさと降りろ!」
 「うっせぇな! 見りゃ分かんだよ! いちいちお客様の行動に口出しすんじゃねぇぞ! 耄碌(もうろく)ジジイが!」
 「(やかま)しい! 金も払わねぇヤツがお客様だぁ!? 笑わせんなよクソガキが! 二度と王都に来るな! 汚らわしい!!」
 「はっ! 金銭の授受に不満があるなら、てめぇらの親玉に直訴でもして来いや。オレが払う必要は無いって決めたのはソイツだかんな。オレに八つ当たりしたって制度は変わんねーよバァーカ! くたばれ、クソジジイ!」
 「親っ……!? 国の温情と制度が無けりゃ生きられないゴミ屑の分際で、なんだその口の利き方は! 恥を知れ、この恩知らず!」
 「ああ? 何当たり前の事ほざいてんの? オレはゴミ屑だからニンゲンサマの温情なんか感じねぇし、知ったこっちゃありませぇーん。お前らがお前らの自己満足で勝手にそうしてるだけでぇーす。降りてやったんだからさっさと行けや、ボケ!」
 「っうわ! てっめ、おい、こらっ……!」
 「あっははは! 運送屋が馬に遊ばれてりゃ世話ねぇな! ザマーミロ!」

 馬車を降りたオレに後ろ足を蹴られた馬が、悲鳴を上げて明後日の方向へ走り出した。手綱を握ってた中年の御者は、大慌てで馬に指示を飛ばしてる。
 が、暴走した馬の速度はなかなかのものだ。王都の中心から郊外までをのそのそ進んで来た乗合馬車は、あっという間に黒い闇の向こうへと姿を消して行く。

 ったく、最初っからその速さで移動しろっての。人間なんかを丁寧に避けて走るからオレが無駄な時間を食っちまったじゃないか。
 邪魔臭いんだよ、どいつもこいつも。

 「にしても……この辺も一応は王都内だってのに、見渡す限り一面真っ黒だな。街灯とか整備してないのかよ。何の為の税金だ? 莫迦はやっぱり莫迦でしかないのか」

 中心地と違って人通りが少ない、建物も数える程度しかない、月と星の光だけがやたらとチラチラ光ってる平原のような場所。

 昼間なら見晴らしが良いとも言えるここら一帯は多分、王都の農民が管理してる畑だ。
 作物の種類までは知らないが、大方麦だの小麦だのの穀物類に違いない。大規模な居住地に根を下ろしてる連中は、田舎者の代名詞に使うくらい芋の類を嫌ってるからな。
 百合根はありがたがるクセに、不格好な形で泥臭い味の芋は洗練された都民サマのお口には合わないんだそうだ。
 どっちも土が無きゃ育たないってのに、脳無し共はこれだから…………っと……

 「ちっ。やっぱ先に着いてんじゃねぇかよ、役立たずの耄碌(もうろく)ジジイめ」

 乗合馬車の停車地点から歩くこと十数分。
 星空を背負って立つ大きな建物の黒い影と、その周辺に整列してる五台の馬車を見付けた。
 馬は建物の隣に在る厩舎へ移した後らしい。輓具で繋がれてるなら多少なり足音やら鼻息なんかが聞こえてくる距離なのに、随分静かだ。
 「って、ちょっと待て。まさか、見張りすら置いてないのか? 嘘だろ?」
 おいおい、何の冗談だ?
 幾ら人間から爪弾きにされてる子供の溜まり場だと言っても、中央教会のお偉いさんが来てる時にまでそんなガバガバな警備で良いのか。何の為に大仰な馬車列を組んで来たんだよ。
 見栄……とかじゃないだろうな?
 「ありえねぇ。どんだけ平和ボケしてんだ、あの次期大司教ってヤツ」
 中央教会の敷地を出て直ぐの所で見た、孤児院へ出立する直前の馬車列と、それを取り囲む能天気な人集(ひとだか)り。
 中心に立つ全身真っ白な人影達が何者なのかは、発情期の猿みたいにきゃーきゃー叫んでた周りの都民が勝手に教えてくれてた訳だが……
 「危機感って物がまるで足りてないな。ま、こっちとしちゃ遣り易くて丁度良いけど」
 見張りが居ないってことは、どうぞご自由にお入りください、何をされても文句は言いませんって意味だろ? 喜んで入ってやろうじゃないか。
 そんで、全員殺してやる。

 (可哀想な孤児達。実在しない女神なんかを崇めてる連中に拾われ洗脳され、起こりもしない奇跡に救いを求めながら、嘘吐きな屑共の目の前で為す術も無く無惨に殺されていくんだ。そう)

 母さんと同じように。

 (……できれば連中が着く前に一人だけでも押さえておきたかったんだが……仕方ない)
 護衛なんて何人付けようが人質を一人取っておけば無力化できる。なんせ、相手には世間体があるからな。
 強引にオレを捕まえようとして人質に何かがあった場合や、手詰まりな状況を理由に人質ごとオレを斬り捨てた場合、その事実が国や信仰の上下内外に広まれば、長年掲げてきた慈善事業の看板がズタボロだ。オレはそれでも一向に構わないが、連中はそうも言っていられない。
 金蔓(かねづる)の信用度に、余計な垢は塗り付けたくないもんな?

 「…………」
 物音を立てないように敷地内へ忍び込み、建物周辺の気配を慎重に窺う。
 建物の正面、横、裏、周囲にポツポツ植わってる木やら花やらの陰まで念入りに観察してみたが、やはり屋外には厩舎にさえ誰も居ない。
 「……緊張感が欠けた莫迦ばっかりだな。楽な仕事で羨ましい限りだ」

 次に窺うのは、建物内部の気配。
 全員正面左側に集まってるのか、窓から漏れ出る物音と明かりの量が極端に片寄っていた。
 と、すれば。
 (右側の何処かから侵入するのが得策か)
 オレの手持ちは包丁が一本。わざわざ大勢が集まってる中に突っ込んで行って不利な状況を作っても意味が無い。

 獲物を捕らえる時は静かに。けれど確実に。

 屋内から姿を見られないよう、外壁に背中を貼り付け、窓の周辺は巧みに避けながら静かに素早く移動する。
 と。
 (………………?)

 何故か一階正面右隅二つだけ窓が開いてる。

 (間隔からして同じ部屋の窓だな……明かりは漏れてないし、一室だけ閉め忘れたのか?)
 念の為に二階の窓も確認してみるが、目に見える限り、開いているのは此処だけだ。
 (……なんなんだ?)
 杜撰(ずさん)な警備に、閉じ忘れた窓。
 これはさすがに不自然じゃないか?
 だって、中央教会の権力者第二位が来てるんだぞ? 他の、何でもない日の神父達ならともかく、よりによって世界規模の祭日当日の、国政の中枢にも関わる重要人物の護衛が、こんな穴だらけの状況を看過するものか?
 (本当に、入って来いと言わんばかりの)



 ……………………………………罠……?



 いや、違う!
 そんな筈は無い!
 オレが孤児院に奇襲を掛けると決めたのは、連中が中央教会を発つ直前だ。オレも直ぐにあの場を離れたんだし、連中が計画に勘付く要素なんて何処にも無かった!

 (……落ち着け……、落ち着くんだ、オレ。あいつらは、オレが此処に居る事も、オレがこれから何をしようとしてるのかも知らない。知りようが無いんだ……っ)

 仮に、これが本当に不審者を引っ掛ける為の罠だとしても、連中が想定してる「不審者」は「オレ」じゃあない。
 「オレ」である訳が、ない。

 「……ふぅー……」
 額に噴き出してきた嫌な汗を腕で拭い、激しく暴れる心臓を深呼吸で無理矢理宥め(すか)す。
 そうだ。連中が想定しているであろう不審者は、オレじゃない。
 でも……

 (……正体不明の不審者が現れる事自体は、想定している可能性が高い……!)

 全身から血の気が引く。
 頭が冷え、指先が凍り付き、震える顎が奥歯をカチカチ鳴らす。

 (どうする……? どうするべきだ!?)

 これが正体不明の侵入者を想定した罠なら、連中が「オレ」を知っているかどうかの懸念は全くの無意味だ。
 侵入者が何者であっても、あいつらはただ罠に掛かった獲物を捕まえるなり殺すなりするだけだし、どんな策謀にでも対応できる自信があるからこその手抜きに見えるこの配置……だとしたら。
 もしかしたら孤児院の外、畑の何処かで連中の仲間が包囲網を敷いているのではないか。
 此処に来るまでの間に制止が入らなかったのは、オレが孤児院や連中に対して悪意有る行動を起こすかどうかを見定める為で、つまり……
 
 (……進んでも戻っても逃げ切れない!?)

 屋内へ押し入れば護衛が(こぞ)って狩りに来る。
 敷地外へ逃げ出そうとしても、連中の仲間が何処で待ち構えているか判らない。

 逃げ場は封じられた。
 人質を取る隙なんか、当然無いだろう。

 (くそ……! あのジジイ、つくづく役に立たねぇな!! あいつらより早く着いていればこんな事にはならなかっ………… ぅん?)
 建物の角でしゃがんでいたオレの目に、ふと地面を細長く照らす二筋の光が映り込む。
 出所は……オレの斜め右上に位置する、開いたままの窓二つ。

 (っ!? 護衛に気付かれた!?)

 慌てて地面に突っ伏して気配を殺すが、
 「……って、いってたから。あ、まいくはそこにいてね! うごいたら めっ! だよ?」
 「うー……わかったよ……」
 (……子供の声?)
 息を潜めるオレの耳に届いたのは、甲高い子供の声と不機嫌そうな子供の声。不機嫌というよりは、ぐずった後の鼻声っぽいか。
 (一人は女、一人は男だな)
 絨毯が敷いてあるのか、足音は殆ど聴こえてこない。だが、落ち着き無いパタパタした気配が窓際に近付こうとしてるのは感じる。

 (…………開いた窓が罠だとしても……現在この場所に居るのは、オレと子供が二人だけ。大人が居る気配は……しない)

 進んでも退いても逃げ場は無く、手が届く範囲には、十歳にもなっていないであろう非力な子供が二人だけ。
 しかも、どうやら女のほうが単独で窓辺に近寄って来てるらしい。
 計算外か不注意か知らないが、これは

 (千載一遇の好機だ!)

 ゆっくりと立ち上がりながら、懐に仕舞い込んでおいた包丁を取り出して鞘代わりの布を取り払い、白刃を煌めかせつつ外側に開いた窓へ静かに身を寄せる。
 子供の手が窓枠に触れたか触れないかの瞬間を見極め……

 
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