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Fate/Alter

作者:Shiyoo
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異典:第二次聖杯大戦・前編

 
前書き
ぼくのかんがえた聖杯大戦、はじまります
※注意事項※
※キャスター戦はキャラクターの性格上の事故です。悪意は一切ございません。
※中二病全開です。
※魔術云々、色々曖昧です。
以上のことを踏まえた上でご覧ください。 

 
 八月一日 零時六分 埠頭

 日付が変わったばかりで繰り広げられるソレは戦いと呼ぶには余りにも激しいもので、お互いの繰り出される剣戟は人の領域を遥かに超えていた。
 その少し離れたところで男が吠えた。
「セイバー! さっさとヤツを殺せっ!」
 男は自身の使い魔(サーヴァント)に怒号を飛ばす。セイバーと呼ばれた赤い戦闘服を着た赤髪の偉丈夫は敵と切り結びつつ嘆息しながら己の主に返事をした。
「そうは言うがなマスター、この“セイバー”もなかなかに手ごわくてな」
 そんなセイバーと呼ばれた男にマスターと呼ばれた男はさらに怒号を飛ばした。
「せめて飛ばないようにしてやってんだろうが! 早くしねぇとこっちが死にそうなんだよ!」
 文句を言い続けるマスターは今、窮地に陥っていた。
「くそ~! なんでボクの攻撃が当たらないんだよ!」
 水色の髪の幼さの残る青年は、マスターと呼ばれる男に水色の雷の槍を放ち続ける。
 だが、男はそれを紙一重で避けていき、避けられなさそうな雷の槍は炎の壁を地面から噴き上がらせ、身を守っていた。
 数度、己が敵と斬り合い、赤いセイバーは間合いをとる。
 すると、赤いセイバーが己の(マスター)に向かって、ある質問をした。
「所でマスター。今、“何時何分”だ?」
「はぁ? テメェ何言って――」
「宝具に関する事だ。早く教えてくれ」
 赤いセイバーは敵を見据えたまま自身のマスターに早く返答しろと促した。
「ちっ。…午前零時“七”分だ。っと、あぶねッ」
 腕時計を見ながらも紙一重で雷の槍を避ける(マスター)
 それを聞いた赤髪のセイバーは己の敵であるもう一人のセイバーに向かって言い放った。
決着(ケリ)をつけるぞ。“時”のセイバー」
「望むところ」
 赤いセイバーの敵である“時”のセイバーと呼ばれた人物は、黒い軍服調の服を纏い、輝く金色の長髪をたなびかせ、瑞々しい肢体を持ち、十人が十人とも美人と言える美しい女性であった。
 彼女は静かに、しかし力強く、赤いセイバーに応えた。
 両者は必殺を決めるため力を溜める。
 赤いセイバーは鮫の背鰭を模した赤い大刀を構え。
 “時”のセイバーは自分の相棒とも言える黒い戦斧を、
 《Zamber form》
 無機質な機械音声と束の上部分にある回転式弾倉(リボルバー)から凝縮した魔力を充填して、空薬莢を吐き出すと共に金色の光り輝く大剣と化した雷の剣の刃先を赤いセイバーに向けた。
 対する赤いセイバーは、自身の得物である刀を鳴動させていた。
 己の敵を仕留めんと互いに跳ぶ。
赤天の(ベルメリオ)――」
雷神大剣(ジェット)――」
 両者は必殺の一撃を――
(イスパーダ)ッ!!」
音速斬刃(ザンバー)!!」
 叩き込んだ。

 七月二九日 二二時三八分 インド 

 蒸し暑い夏の夜。
 とある密林で男二人が焚き火をして灯りをつけていた。
 片方の男は歴戦の戦士のごとく研ぎ澄まされており、もう片方の男はガラの悪い不良という表現がそのまま具現化されている男だった。
 そして男二人は夕食をとりながら話していた。
「聖杯戦争?」
「正確には違うがな」
 怪訝そうに質問した男、赤枝(あかえだ)荒眞(こうま)は自分の魔術の師である、壱宮(いちみや)一輝(かずき)に疑問を投げかけたが、一輝は荒眞の疑問を訂正した。
 聖杯戦争というモノは、七人のマスターと呼ばれる魔術師が、それぞれ七体のサーヴァントと呼ばれる英霊、過去に偉業を成した人物を一時的に肉体を与え現世に降臨させ、そのサーヴァントを使って殺し合い、最後に生き残ったマスターが聖杯と呼ばれる願望機、つまり願いを叶えるという聖杯というアイテムをかけて行うデスゲームというのが、“本来”の聖杯戦争である。
「普通の聖杯戦争とどう違ってんだよ?」
 魚の丸焼きを頬張りながら荒眞は再び一輝に聞いた。
 一輝は自分の分の魚の丸焼きをしっかりと飲み込んだあとに荒眞の質問に答えた。
「まず、今回の聖杯戦争を始めたのは学生のガキどもだ」
 ガキ。その単語を聞いて荒眞は怪訝そうな顔をした。
「聖杯戦争ってガキでもはじめられんのか?」
「そんなわけないだろう。魔術の知識かじったガキがパンドラの箱を開けたってことだ」
 荒眞の疑問を一輝は両断した。
「別にガキが命かけて喧嘩しても問題ねぇんじゃねーか? どうせ後始末は協会がすんだからよ」
 お構いなしに荒眞は今晩三匹目の魚の丸焼きを頬張った。
「俺も最初は静観を決めこもうと思ってたんだがな……ここからが問題でもあり本題だ」
 一輝は心底面倒臭そうにため息をつきながらも本題を切りだし、不思議そうな顔をしている荒眞を一瞥したあと、骨となった魚の丸焼きを焚き火の牧にくべて、続ける。
「首謀者のガキが聖杯戦争の別のルールを適用しやがったんだ」
「別のルール? 何だそれ」
「掻い摘んで言うとだな、そのガキは聖杯戦争をかつてルーマニアでやった七対七でやるチーム戦の聖杯“大戦”にしちまったことだ。さらにタチの悪ぃことに呼び出したサーヴァントが“この”世界のモノじゃないってことだな」
 サーヴァントは原則的に英霊の座と呼ばれる空間に存在している。過去実在したとされる歴史上の偉人、もしくは神話などの伝承上の人物が召喚されるのが常識なのだが…
「…マジか」
 喚び出された英霊が今いる世界の英霊でないというのであれば、荒眞が驚くのも無理はない。
「大マジだ。先走った聖堂教会の連中が確認して、協会に責任を押し付けたのを俺に回してきやがった」
 一輝は心底面倒だ、とため息と共に愚痴る。
「へぇ、そりゃ大変だな」
 対する荒眞は己の師匠でもある一輝の愚痴を他人事のように受け流そうとした。
「ああ、大変なんだよ。――お前がな」
「――は?」
 一瞬、荒眞の思考が止まった。
「だから、お前が殺りにいくんだよ。あーあ、せっかくのパシ——弟子が…勿体ねぇ…」
 追い討ちをかけるように一輝は言い放つ。
 そこまで言われてやっと思考が動きだしたのか、荒眞は慌て始めた。
「ちょっと待て! なんで俺が行かなきゃ行けねぇんだよ! お前が頼まれたんだろうが!」
 と、半ばキレながら一輝に詰め寄った。
 詰め寄られた一輝はどこ吹く風で他人事のように答えた。
「引き受けはしたが俺がやるとは言ってねぇ。アレだよ、たらい回しってヤツだ」
「てめぇ、それでも魔術師か!」
「魔術師関係ねーよバカ弟子」
「ざけんな! 俺ぁやらねーぞ!」
 ぎゃあぎゃあと騒ぐ弟子に業を煮やしたのか一輝は荒眞の胸ぐらをつかみ引き寄せた。
「いいかげんにしろよ、てめぇ」
 まっすぐ荒眞の目を見据え一輝は凄む。
「…ッ」
 さすがに荒眞も一輝の剣幕におののいていた。
 荒眞が大人しくなったのを確認した一輝は胸ぐらを離し、乱暴に離された荒眞は尻餅をついた。
「いって、テメ―ぶ!」
 文句を言おうとした荒也だが間髪入れずに、顔面に物を投げつけられた。
「ソレ、サーヴァントの触媒だから大切にしろよ」
「だったら投げんな!」
 そんな荒眞の怒鳴り声を気にする様子もなく、焚き火を消した一輝は出発の支度を始めた。
「…おい」
「何だ? お前も支度しろよ?」
「いや、どこ行くんだよ」
 鼻を押さえながら荒眞は一輝に尋ねた。
「俺は時計塔(イギリス)、お前はポルトガル。オーケー?」
「いや、なんでだよ。報告でイギリスにお前が行くのは解るが、俺がポルトガルに行くのはなんでだよ」
 荒眞も渋々荷造りを始めながら一輝に聞く。
「その触媒で呼び出せる場所として相性が良いのがポルトガル…だったかな?」
「おい」
 一輝のいい加減な説明にドスのきいた声で尋ねたが、またしても一輝は柳に靡く風のように受け流した。
 呆れて少し冷静になった荒眞は触媒について聞いた。
「で。これで召喚されてくるサーヴァントはどんな奴なんだ?」
 それを聞いた一輝は――荒眞が見る限り初めて――ニヤリと口を歪ませて言った。
「目には目を。歯には歯を。――異物には異物、ってな」

 七月二八日 一五時四八分 イギリス 

 魔術の総本山、ひいては魔術協会の本部でもある時計塔のある一室で男二人がソファに向き合って座っていた。
「お願いします」
「断る」
 頭を下げ、即答された男はおもむろに席を起ち、ソファの隣のスペースに移動し、土下座した。
「お願いします」
 その光景に土下座された男は少し目を見開き、感心したように口を開いた。
「ふむ。それが日本古来より伝わる“ドゲザ”という物か」
 その反応に土下座した男――青崎(あおざき)空我(くうが)は希望に満ちた表情で顔を上げた。
「そ、それじゃあ!」
「だが断る」
 が、またしても断られた。
 その反応に我慢できなくなったのか、空我は態度を一変させた。
「何でだよォ! エルメロイ二世ェ!」
「貴様が戦力にならないからだろうが!」
 空我にあわせて声を荒げた男――ロード・エルメロイ二世は咳払いをした後、落ち着いて話し始めた。
「大体、貴様の魔術は限定的な上、対した攻撃力も無いだろう…」
「なにおゥ!? おれだってなァ、青アザ作ってそこを集中的に攻撃を加えることくらいできらァ!!」
 エルメロイ二世は深く溜め息をつきながら続ける。
「いいか、貴様の欠点を指摘してやるからよく聞け」
 そう言ってエルメロイ二世は人差し指を立てて話す。
「一つ。貴様の魔術には塗料がいる。それが戦闘中に尽きた場合は?」
「ぐ…」
 次は中指を立て、続ける。
「二つ。そう簡単に敵に青アザを作れると思っているのか?」
「そ、そこはほら、隠密行動で…」
 狼狽しつつ答える空我にエルメロイ二世は目を細くして問いかけた。
「ほう、貴様に隠密行動が出来ると? マスターに青アザ作って攻撃しようとした瞬間、敵サーヴァントに殺されない自信があると?」
 睨まれながら聞かれた空我は萎縮して答える。
「…ありません」
 そして、エルメロイ二世はトドメと言わんばかりに薬指を立てる。
「三つ。貴様の魔力量ではサーヴァント一騎賄えんだろう」
「………」
 決定的な一言に空我は黙り込んでしまった。
 その様子で藍介が諦めたと見たエルメロイ二世は席を起ち、部屋から出ようとした。
「…あんただって“そう”だったじゃんかよ………」
 空我の呟いた一言によりドアノブに手をかけたまま、エルメロイ二世は首だけ振り返り、片眉を上げながら空我に問いかけた。
「…どういう意味だ?」
 空我はエルメロイ二世に気付かれないようにほくそ笑んだ後、席を起ち、エルメロイ二世に近づく。
「あんただって前に聖杯戦争に参加したとき今のおれと同じ状況だっただろってことだよ」
「私が今聞いているのは、何故今までの話と全く関係ない話題を貴様が持ち出してくるのか、という意味だ」
 表情がこれまでになく不機嫌な物になったエルメロイ二世に、空我は怯えながらも続ける。
「あんたが聖杯戦争に参加したときは魔力も平凡かそれ以下、魔術師としての家系だって浅かったはずだ。それでも――」
 と、そこまで言いかけて空我はエルメロイ二世にワイシャツの胸ぐらを掴まれた。
「…で?」
 冷え切った声で問われたにもかかわらず、息が苦しくなりながらも空我は声を絞り出す。
「そ…それでも、あんたは参加した! 自分(あんた)を証明するために…っ!」
 その言葉に何か思うところでもあったのか、空我が窒息寸前のところでエルメロイ二世は掴んでいた手を放した。それと同時に空我は、げほげほと咳込んで踞る。
「おれも…げほっ、あんたと、一緒なんだよ…先生…!」
 視線をエルメロイ二世に向ける折れない空我にエルメロイ二世は諦めたように懐から木箱を取り出し、空我の眼前に置いた。
「…サーヴァントの触媒だ。召喚条件とやり方は解るな?」
「…は、はい! ありがとうございます!」
「受け取ったらさっさと行け」
「本当にありがとうございます! 先生っ!」
 今度こそ希望に満ちた表情で空我は木箱を大事そうに抱えて、疾風の如く部屋から飛び出していった。
 エルメロイ二世は深い溜め息をつき、ソファに再び腰掛け、窓の景色を見た。
 飛び出して行った教え子と同じように青く澄み渡った青空だった。
「証明、か…………」
 わずかに笑みをこぼした彼が、後に彼の姪であるライネスに酷くからかわれることになり、彼はもう二度と笑わないと誓ったのは空我がスペインに渡った後の事である。

 七月二六日 二二時三八分 アイルランド 古城

 拳が空を切り裂き。
 鉄砂が地を迸る。
 城の中庭で魔術師二人が戦っていた。
 その戦いは互いを殺す為のものではなく、言うなれば真剣試合といった風に、互いの力量がどちらか上か見定める為のものだが、そこは魔術師。
 殺気を混じらせながら攻撃を繰り出していた。
 その内の一人である青年――リュミエール・ヴェールフラーヴ……通称、ルミエルは繰り出される鉄の砂塵をルーン文字で硬化された拳で打ち払っていた。
(このままでは埒があかない……ならば!)
 ルミエルは後方に飛び、相手と大きく間を空けた。
 相手は追撃を加えるべく、鉄砂塵でルミエルを囲おうとしていた。
(今だっ!)
 鉄砂塵の薄い部分に狙いを定め、両足裏に脚が壊れるギリギリのラインで反発のルーン文字を発動させ、己の身の速度を発射された弾丸と化し、硬化のルーン文字が刻まれた右拳にありったけの魔力を使い強化の魔術を掛けた。
 相手がそれに気付き、砂塵を一ヶ所に集めようとしたときにはもう遅かった。
 ルミエルの弾丸のような速度の体から繰り出される極限まで硬化させた拳は鉄をも貫く槍となる。
「そこまで!」
 そして。ルミエルの放った拳は相手の顔面の寸前で止まり、相手の魔術師は恐怖のあまり気絶した。
 ルミエルは気絶した魔術師を横抱きに抱え、遅れてやってきた救護員の担架にそっと乗せ、見送った後、ルミエルは戦いを制止させた声の方に向かって行った。
「見事だったな。さすがはケルトの輝く魔貌の再来といったところか」
 玉座に座している老人にそう言われたルミエルは少し不機嫌そうにした。
「老師。私がいくら彼のフィオナ騎士団の筆頭騎士に顔が似ているからといって、あからさまに例えるのは止めていただけないでしょうか」
「しかしのぉ……いや、もう何も言うまい。ほれ、サーヴァントの触媒だ」
 老人が木箱を差し出すと、ルミエルは騎士の勲章授与の如く片方の膝を地に着かせ、御々しく受け取る。
「このリュミエール・ヴェールフラーヴの名にかけて必ずや使命を全うして参ります」
「うむ。息災でな」
 老人の声に礼儀正しく返し、ケルトの英雄ディルムッド・オディナに瓜二つの男、リュミエール・ヴェールフラーヴはサーヴァントをフランスで召喚するべく城を発った。

 七月二三日 一二時三〇分 ロシア 聖堂教会

 教会内部は騒然としていた。
 聖杯戦争の監督役からの定時連絡が途絶え、確認と用心の為先日送り込んだ先見隊が一人を残して全滅したからである。
 その一人も病院にたどり着き連絡を終えた瞬間息を引き取ってしまったが。
 このことから聖堂教会は即座に魔術協会に、聖杯大戦と化したことで枠が空いたマスター探しを打診した。
 教会の方も、新たな監督役兼マスターを選出するべく一人の青年神父が奔走していた。
「はぁ、はぁ、ったく…どこ行ったんだ? あの人は……」
 青年は部屋という部屋を駆けずり回った後、暫し思考して。
「あとは……あそこか!」
 目星をつけた青年はまた走り出し、教会の外部にある庭園にたどり着いた。
「はぁ……やっと見つけた…イエロウさん!」
「はい?」
 イエロウと呼ばれた金髪の修道女(シスター)は木の下で犬や猫、果ては熊など様々な動物に囲まれていた。
 青年は動物の群れをかき分けて、イエロウことイエロウ・ブロンドにたどり着いた。
「イエロウさん。はい、これ」
 そう言いながら青年は懐から木箱を差し出した。
 イエロウは一瞬驚いた顔をしたが、直ぐに悟り、木箱を受け取る。
「ご苦労様です。……これが私に渡ったということはそういうことなのですね………司祭様達には直ぐに発つと伝えておいてください」
 青年は返事をして、司祭達の下へ走り出した。
 イエロウは立ち上がり、服の汚れを払い、雲が疎らにある空を見上げた。
「始まるのですね……」
 イエロウが木箱を抱き締め、呟くと一陣の風が吹いた。

 七月二五日 二時二九分 ギリシャ 牢屋前

 ギリシャのとある監獄に魔術協会の人間が、一人の男に聖杯大戦の概要を説明していた。
「………という訳です」
「なるほどな」
 男…シディア・エンディミオンは牢屋前に設置されている椅子に座り、腕と脚を組んで聞いていた。
 そして、口を開いた。
「参加するのはやぶさかでは無いが………」
 そう言ってシディアは横目で檻の中を見た。
 檻の中には白髪の男が両手両足を重りが着いた鎖で繋がれ、顔も口と鼻の空気穴が空いている牛革で縛られていた。
 協会の人間は恐る恐るシディアに尋ねた。
「あの、彼は?」
「あぁ、アレか………ま、見ての通り罪人だ。俺を参加させる場合アレもセットで付いてくるが……。まぁ、問題ないか」
「それでは、参加ということでよろしいでしょうか?」
「あぁ、すぐにサーヴァントを召喚するから触媒を渡してくれ」
 そうして、シディアはサーヴァントの召喚に取りかかった。
 しかし、拘束されている男……検体名、白雷(はくらい)が、顔が覆われた拘束具の下で口が裂ける位に笑みを浮かべていたのは誰も知らない。

 七月二三日 二二時三一分 イタリア レストラン

 イタリアにある日本食の飲食店で二メートルの大男、紫鎧(しがい)(せん)はひたすら食していた。
 日本の伝統料理はもちろん、本来ここでなくとも食せるジャンクフードや、スナック菓子の類がテーブルに所狭しと散乱していた。
 もっとも、後者については完全に泉の私物であるが。
 ばくばくと食している泉にウエイターが木箱を持って近づいてきた。
「お客様。お荷物が届いております」
そこにおいといて(ふぉふぉひほいほいへ)
 泉はリスのように頬に食べ物を詰め込み、手にしていた箸で自分の隣にあった椅子を指した。
 ウエイターは苦笑いしながらも返事をして、泉の隣の椅子に木箱と手紙を置いた。
 その後、泉はひたすら食していたが、口に含んでいた物を飲み込んで完全に食べ終わり、水を一口飲んで、隣りの椅子を見た。
「ふー…食った食った。そういえば荷物って…あー、アレか」
 それが聖杯大戦でサーヴァントの召喚に使用する触媒だと察した泉は、木箱を懐に入れて、店長に二度と来るな、と涙声の罵声を浴びて飲食店を出た。

 七月二三日 零時五八分 イギリス 時計塔

 空我がエルメロイ二世と一悶着を起こす五日前の時計塔の一室で、一人の男が疎らに電気が付いている街を見下ろしながら、携帯電話で通話していた。
「はい。…はい。分かりました。では、概ねその通りに」
 そこまで言って、男は携帯電話を閉じた。
 それと同時に部屋の扉が開き、そこに居たのは――
「待たせたな。ゲンヤ・コクジョー」
 木箱を持ったエルメロイ二世だった。
「時間が惜しいのでな。手短に話す」
「えぇ、構いませんよ」
 ゲンヤ・コクジョーこと黒丈(こくじょう)玄夜(げんや)は携帯電話をズボンのポケットに仕舞い込み、エルメロイ二世に向き直り、エルメロイ二世は今回の事件の内容について大雑把に教えた。
「…と、こんなところか。質問はあるか?」
「いえ、特には」
「まぁ、かの“黒翼公”…グランスルグ・ブラックモアの再来と謳われた君なら何も問題は無いと思うが」
 玄夜は差し出された木箱を自嘲じみた笑みを浮かべながら受け取った。
「よしてください…私は鳥類を神聖視している黒翼公(かれ)とは違って、鳥類をただの魔術の道具としか見ていませんし、それに私はそこまで大した人間じゃありませんよ」
「謙遜は日本人の美徳とは言うが、度が過ぎると不快だな」
 才能だけならエルメロイ二世を凌駕している玄夜はエルメロイ二世にとっては羨望の対象でしかない。
 皮肉ったエルメロイ二世に対して、玄夜は黒い薄手のコートを着て扉に向かった。
「ひとえに貴方の教えが素晴らしいからですよ。…それでは」
 そう言って玄夜は部屋を出た。
 時計塔から出てきた玄夜は夜の帳が降りきった空を見上げる。
 都会だからなのか、夜空には月と北極星ぐらいしか見えなかった。
「……俺は、必ず戻る……」
 呟いた玄夜はそのまま夜の闇に紛れて行った。

 七月三〇日 二三時零分 ポルトガル 廃工場

 夜中になり、荒眞は師匠(かずき)から教わった人払いの結界を張った後、全く人気の無い廃工場でサーヴァントの召喚陣である、消去の中に退去、退去の陣を四つ刻んで召喚の陣で囲んだものを自分の血液と食肉店で買い付けた豚や牛の血液を混ぜたもので描いていた。
 そして、中心に触媒を置いた魔方陣の前に立ち、呪文を唱える。
「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。手向ける組は天。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」
 師匠が自分に押し付けた事に苛立ちつつも、息継ぎをし、集中して続ける。
 そして。唱え終わって赤い光が一際強く輝いた後――
「――貴様が、俺のマスターか?」
 サーヴァントは現れ、七人の運命が歩き始めた。

 七月二一日 一四時一〇分 日本 海鳴市

 正午を過ぎ、快晴で外の気温が三十度を超えようとする中、冷房が効いて快適な教室の窓際の最後列に座っている、私立聖祥学園の学生――田村エニシは授業中にもかかわらず頬杖をついて窓の景色を見ていた。
(退屈ですね…)
 窓の景色を見るのに飽きたエニシは教室内を見渡した。
 廊下側の前例の席で、腹が膨れたのか、授業がつまらないのか、水色髪の友人が突っ伏して、すーすーと穏やかな寝息を立てて寝ていた。
 次にエニシは教室の後方を見た。
 教壇から見て真ん中の列の最後部の席に白髪で毛先が黒い友人がふんぞりかえって新聞を読んでいた。
 エニシは呆れて再び窓の外を見て授業終了までぼーっとしていようとしたが、
「それじゃあ…田村、ここやってみろ」
 教師にさされたエニシは大人しく席を起ち、黒板の前に行った。
 おそらく。この教師はあからさまに舐めきった態度を取っている友人二人を差し置いて自分を指定してきたのは、比較的恥をかかせやすく、また、恥をかかせようという魂胆なのだろうと、推理しながらエニシは黒板の解答欄にチョークで書き込んだ。
 軽快な音と共に書き込まれた答えは教師を黙殺させるほど完璧で非の打ちどころがなかった。
 それどころか、問題文の間違いを書き直すという、教師の面目を完膚無きまでに潰した。
「…もどれ」
 教師の何とか絞り出したその声でエニシは何事もなかったかのように自分の席に戻る。
(ですが…この退屈も今日までです)
 内心の興奮を隠し、席に座ろうとした瞬間にチャイムが鳴った。
「起立、礼」
 事務的にかけられた号令でその日の授業は全て終了し、放課後に終業式をして、学生の夏休みが始まった。

「うー……夏休みだーーーっ!」
「うるさいですよ。七哉」
 放課後の校舎の廊下でエニシは叫んだ友人――水樹(みずき)七哉(ななや)を注意した。
「だって、夏休みだよ!? 明日から遊び放題なんだよ! エニシん!」
 エニシの方を向いて後ろ歩きでエニシの前を歩き、はしゃぐ七哉にエニシは溜め息をついて、七哉に話しかけた。
「危ないですから、落ち着いてください。…それより七哉、今日何をするか覚えてますか?」
「うーん…わかんない!」
 一瞬考えた七哉だったが、底抜けに明るい笑顔をエニシに向け、考えることを放棄した。
 エニシは一瞬、固まったが、直ぐに眼鏡のブリッジを指で押し上げ、平常心を取り戻した。
「あなたという人は………もう少し考えてみたらどうです?」
「えー。だって、考えるのはエニシんの仕事でしょ~。で、ボクは力仕事、そんでもって、王様がまとめ役。うん! 完ぺき!」
 七哉は自信満々に言い放った。
 それに対してエニシは諦めたように溜め息をついて生徒会室の前で歩みを止め、生徒会室の扉をノックし、部屋から「入れ」という声にエニシ達は入室した。
「失礼します」
「失礼しまーす!」
 入室したエニシ達が見たのは、コの字形に並べられた長机の上座に、エニシの友人の一人であり、この学園の生徒会長でもある、毛先が黒く全体的に白髪の青年、植田(うえだ)奏太(かなた)が肘を机に突き、手を顔の前で組んでいた。
「遅かったな。貴様等」
「途中、杉田先生に雑事を任されまして。それで遅れました」
「ボクもそーだよー。あー…ここ涼し~……」
 言いながら、それぞれの席に座った。
 エニシはちゃんと着席し、対して七哉は夏バテよろしく、机にぐでーっと伸びていた。
 その光景に奏太は険しい目つきで七哉を見た。
「七哉…貴様、生徒会室でだらけるとはいい度胸してるな?」
「外すごく暑かったし、ちょっとだけいいじゃんかよぅ」
 その言葉に奏太は七哉に見えないように口角を釣り上げた。
「ほう…そんなにだらけているなら、貴様の大好物であるソーダ飴も食べられんなあ?」
「…え?」
「エニシ」
「ここに」
 困惑している七哉を置き去りにして、奏太が呼びかけると、エニシがいつの間にか七哉のバッグから徳用ソーダ飴の袋をもっていた。
「ちょ、ちょっと待とうか?」
 七哉は涼しい所にいるにもかかわらず、汗をダラダラと流していた。
「貴様はそこでゆっくりしていいんだぞ? まだ園内に残っている生徒…あぁ、斎藤などに渡せば一つ残らず平らげてくれるだろうな」
 奏太の口調は真面目ながらも手で隠した口元はずっとニヤニヤしていた。
 エニシが何も言わずに部屋から出ようとした瞬間、七哉は姿勢を正して焦って言った。
「わかった! わかりました! シャキッとするからっ! だからエニシんソーダ飴(それ)返して!」
 その様子を見て満足した奏太は上体を反らし、ふんぞり返った。
「ふん…最初からちゃんとしてればよかったものを」
「全くですね」
 エニシは席に戻る途中でソーダ飴を七哉に返し、七哉はソーダ飴の袋を抱き締め、バッグにしまった。
「うぅ~…王様もエニシんもヒドイよぉ……」
 七哉の訴えを流し、奏太は本題を切り出した。
「それで、エニシ。“参加者”の方はどうなっている?」
「私の方は一人、斎藤(さいとう)千羽(せんば)が了承しました」
 奏太は次に七哉を見た。
「七哉。貴様の方はどうだ?」
「んーとねー、みかしーとマリアちゃんが協力してくれるって!」
「ほう、高橋はともかく帰国子女の井上が参加するとはな」
 参加者の面子に少し驚いた奏太は感嘆の声を上げた。
 そんな奏太にエニシが質問した。
「会長の方は如何ですか?」
「多少手こずったが、能登(のと)麻美湖(あさびこ)の説得に成功した」
 七哉はそこまで聞いて数え始めた。
「ひーふーみー…後から入ってくれるのが四人で……何人必要なんだっけ?」
「七人ですね。確認の為聞きますが、“回路”の方はそれぞれ持っていますか?」
「問題ないな」
 奏太は即答し、
「大丈夫!」
 七哉は元気よく答える。
 確認したエニシは一息入れようとお茶を汲みに向かおうとした。
「あ、そういえば、“持ってる”人集めて何すんの?」
「俺も詳しくは聞かされていないな。エニシ、一体何を始める気だ?」
 七哉の質問に奏太が便乗して聞いた。
 エニシは人数分のコップに麦茶を淹れ、それぞれの席に置いて、話し始めた。
「本当なら夜まで秘密…と言いたい所ですが、会長と七哉にはある程度知っておいてもらいましょうか」
 そしてエニシはある単語を口にした。
「――聖杯大戦(ゲーム)です」

 七月二一日 二二時五七分 廃屋

 空き家となっているそれなりの大きさの邸宅にエニシ、七哉、奏太の三人がいた。
 エニシの額から一筋の汗が流れる。
 今日は熱帯夜か。と多少の不快感を感じながらエニシは汗をハンカチで拭う。
 すると、ここにきて黙っていた七哉が声を発した。
「ねー…皆まだかなぁ…」
 七哉はたれていた。
 詳しくいうなら、たれていたというに相応しいくらいに七哉は床に寝そべってだらけきっていた。
 エニシは次に奏太を見た。
 七哉と違って、その場に設置した玉座のごときソファに腕組みをして目を閉じて静かに待っていた。
 七哉が暑いと連呼し、奏太のこめかみが引くついてきたのを見て、エニシが連絡しようと携帯電話を取りだそうとした瞬間、「すいませーん!」という声が聞こえた。
 それにいち早く反応した七哉は獣のような俊敏さで起き上がって玄関に向かい、玄関の方から七哉の嬉しそうな声が響く。
「もー、待ちくたびれたよー、ささ! 入って入って!」
 七哉が戻って来る頃には、七哉の後ろに四人の男女が連れ添って付いてきていた。
 それぞれを奏太の座る玉座(ソファ)を頂点にして、円状に配置された椅子に着かせた後、エニシが話し始めた。
「皆様、本日はお集まり頂きありがとうございます。今日の目的を話す前に、まずは軽く自己紹介しましょうか。それでは会長、お願いします」
 そういってエニシは会長こと奏太に話を振った。
「うむ。まぁ、聖祥学園(がくえん)に通ってて俺の事を知らん奴はいないと思うが……生徒会長の植田奏太だ」
「んじゃあ、次はボクね! ボクは水樹七哉。生徒会で会計やってるよ! 呼ぶときは七哉って呼んでね! それじゃあ――」
 エニシを指そうとした七哉はエニシが手を振って拒否した為、七哉は別の人物を指した。
「次はキミっ!」
「え、あっ、はい!」
 指された藍髪の青年は勢いよく立ち上がり、自己紹介した。
「えっと、一年の斎藤千羽です。よ、よろしくお願いしゅま――」
 千羽が噛み、一笑い取って俯いて着席した後、次に黒髪の青年が口を開いた。
「二年の高橋美歌師(みかし)だ。…名字で呼んでくれると助かる」
 続いて、明るい茶髪の美少女の自己紹介が始まった。
「同じく、二年生の井上マリアです。よろしくお願いします」
 マリアが席に座ると同時に、碧髪で左目を眼帯で隠し、右目が紺眼の青年がすらりと立ち上がった。
「…二年の能登麻美湖です」
 それだけ言って麻美湖は座ってしまった。
 それに苦笑しながらも、最後にエニシが口を開く。
「最後に私、この企画の発案者の田村エニシです。自己紹介も済んだところで、目的の方をご説明しましょう」

 七人は邸宅の外に移動していた。
「まさか、本当に“願いを叶える”とは……」
 エニシに渡された紙を手に歩きながら麻美湖は呟く。
 会長(かなた)に冗談めかして言われた誘い文句に未だに信じられないでいた麻美湖の後ろを、歩きながら美歌師は紙を眺めていた。
「どうも、田村の言い分には何か裏があるに思えるんだが」
「あの、田村さんってどういう人なんですか?」
 美歌師と並んで歩いていたマリアが問いかけた。
「どういう人かって聞かれるとな…俺よりも斎藤の方が詳しいんじゃないか?」
 美歌師は後ろにいた千羽に話しかける。
 千羽は顎に手を当てて指を折って一つづつエニシの特徴を挙げた。
「えーと、田村先輩は、頭がすごくよくって、本が好きで、猫によく囲まれてますよ」
 すると、美歌師が思いだしたように付け加える。
「そういえば、全国模擬試験で一位を獲ってたな」
「一位ですか…すごいですね…」
 雑談をしながら歩いていると前方から声が響いた。
「では皆様、それぞれ名札が置いてある場所に行き、待機してください」
 そう言われた四人は目の前の光景に唖然としていた。
 そこには一見すると芸術のような巨大な魔法陣が石灰で描かれていた。
 エニシから事前に説明を聞いていなければ、怪しんでいた四人だが、その瞳に迷いはなかった。
 人は誰しも欲望に正直である。
「それでは、皆様。詠唱を始めます」
 エニシの合図でエニシを含めた定位置に着いた七人が一斉に呪文を唱え始めた。
「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。手向ける組は時。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
 それぞれが紙を見ながらの詠唱は滑稽に見えるが、生憎ここには七人以外の人間はいない為、笑う者はいなかった。
 詠唱が一節終わるたび、魔法陣の輝きが加速化していき、荒れ狂う魔力の奔流が七人を蹂躙する。が、誰一人、最年少である千羽でさえも、怯むことなく続ける。
「――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
 言葉の一言一句が、七人の魔術回路を駆け巡る魔力が、“座”に有る英霊を呼び寄せる。一人の人間に歪まされた聖杯によって、“この世ならざる英霊(モノ)”に訴えかける。
「――誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」
 七人が一瞬、間を空け、エニシが千羽を見据えると、千羽は頷いて二節付け加えた。
「――されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者」
 この詠唱の追加により、千羽が召喚する英霊は大なり小なり狂気を孕むことになり、弱きサーヴァントは狂戦士(バーサーカー)として強靭な肉体を得る事になる。
 そして、七人は最後の一節を唱える。
「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」
 呪文を唱え、魔法陣から発せられる光が一際強く輝いた後、“ソレ”はこの世に顕現し、七人の手の甲に痣が現れた。
「ここ、は…?」
 魔法陣から現れた内の英霊――サーヴァントの一騎が呟いた。
 他のサーヴァントも、一騎を除いて辺りを訝しんでいた。
 サーヴァントが自分の状況を把握していないということは本来有り得ない。
 だが、エニシはそんな異常事態も当然のように受け入れ、前に出てサーヴァント達に話しかけた。
「初めまして、私は田村エニシです。困惑している様なので聞きますが、貴方達はどこまで“把握”していますか?」
「それは………」
 エニシがした質問にも、サーヴァント達はどこか気まずそうに俯いた。
「…では、一人ずつクラスと真名を述べた後に念話でマスターと呼んでください。此方の誰かが返事をしますので、ひとまずマスターの下に行ってください」
 エニシの説明が終わると、未だに困惑しているサーヴァント達の中から一騎が前に出て口を開いた。
「クラスはアサシン。真名はアインハルト・ストラトスです」
 碧髪をツインテールにし、顔の上半分をバイザーで隠した、白を基調に所々翠色の服を着た少女が名乗りを挙げた。
 一瞬、間を空けると、麻美湖が声を発した。
「…俺だ」
 そして“時”のアサシン(アインハルト)は麻美湖の下に向かう。
 続いて、藍髪のショートカットで肌の露出が高い格好をしたボーイッシュな少女が手を挙げた。
「クラスはたぶんバーサーカーで、真名はスバル・ナカジマです!」
 名乗り終えると、真っ先に千羽が手を挙げた。
「バーサーカーってことは、マスターは僕です」
 “時”のバーサーカー(スバル)は、「よろしくね」と狂戦士らしくないことを言いながら千羽の下に向かった。
 次に、白銀の槍を持った赤髪の少年と指ぬきのグローブを着けた桃色髪の少女が名乗り挙げた。
「えっと、ランサーのエリオ・モンディアルです」
「ラ、ライダーのキャロ・ル・ルシエです」
 一瞬の空白の後、美歌師とマリアが反応した。
「ライダーは俺で――」
「ランサーは私。よろしくね」
 二人がそれぞれの下に向かうと、今度は白いベレー帽を被り、全体的にモノクロ色の服を着た、背中から六枚の漆黒の羽を展開している女性が独特のイントネーション――関西弁で自己紹介した。
「それじゃあ、次はわたしやな。クラスはキャスター、真名は八神はやてや」
 “時”のキャスター(はやて)が、念話でマスターと呼び掛ける。
 すると、奏太が眉間に皺を寄せて名乗り挙げた。
「…俺が、マスターだ」
 いかにも不服そうな表情を浮かべた奏太に苦笑しながら、“時”のキャスターは奏太のもとに向かった。
 当の奏太は恨めしそうにエニシを睨んだ。
(何故、俺がキャスターなのだ…ッ! 百歩譲ってライダーならば認めよう……だが、何故俺が優秀な三騎士でなくサーヴァントで最弱の一、二を争うキャスターを………!)
 事前にエニシからある程度の説明を受けていた奏太は自分のサーヴァントのクラスがキャスターだということに大いに不服だった。
 それというのも、サーヴァントの中でも比較的戦闘力が高く、安定性のあるクラス――セイバー、アーチャー、ランサーの三クラスは“三騎士”と呼ばれ、謂わばサーヴァントの花形である。
 だが、奏太のサーヴァントであるキャスターは魔術師の英霊(サーヴァント)であり、魔力に耐性のある三騎士に対してどうしても相性が悪く、三騎士だけでなく高確率でライダーのクラスも対魔力スキルを持っている場合もある。
最悪、状況次第では現代の魔術師に負ける危険性を抱える為、サーヴァントとしての強度は限りなく低い。
 ハズレを引いたと思っている奏太の殺意が軽くこもった視線にエニシは特に堪えず平然としていた。
(後で会長を宥め透かす必要がありますね)
 エニシが奏太の対応策を思考する中、白い軍用コートを肩に羽織り、黒い軍服調の服を纏った長い金髪をなびかせた見目麗しい女性が口を開いた。
「私のクラスはセイバーで、真名はフェイト・テスタロッサです」
 “時”のセイバー(フェイト)が目を閉じ、自身のマスターを念話で呼び掛けると、七哉がはしゃぎ出した。
「はいはい! ボクがマスターだよっ! いやぁ、こんな綺麗なおねーさんがボクのサーヴァントだなんて嬉しいなー!」
「あ、ありがとう…」
 “時”のセイバーは少し頬を朱に染めながら、七哉の下に向かった。
 そんな光景を微笑ましく見守っている最後の一騎――明るいブラウンのロングヘアーをツインテールにし、白いワンピースのような衣装を身に纏った女性にエニシが話しかけた。
「一応、自己紹介をしてもらえますか?」
「あ、うん。私のクラスはアーチャーで、名前は高町なのはだよ」
 “時”のアーチャー(なのは)はにこやかに自己紹介して、異世界から招かれた七騎は出揃った。
 異世界から出てくる敵の七騎を迎え撃ち、己の願望を叶える為に。
 一通りの紹介が終わり、エニシが進行を進めようとした時、奏太の懐から着信音が鳴り響き、取り出して応答した。
「俺だ。………ああ、わかった」
 二、三返事を返すと奏太はエニシに向けた殺意を一旦引っ込めて小声で話しかけた。
「エニシ。どうやら“刺客(きゃく)”が来たようだぞ」
「わかりました。…アーチャー」
「何かな?」
 エニシは“時”のアーチャーの目を真っ直ぐ見つめ、告げる。
「一つお願いしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

 エニシが奏太から本職の人間がこちらに向かっているという情報を掴んでから“時”のアーチャー(なのは)はエニシの懇願により、アジトの屋根上に待機していた。
(あんなのずるいよ……)
 “時”のアーチャーはエニシの“お願い”に困惑していた。
 『この場所に向かってくる人たちを排除してもらえますか?』
 最初は話し合って引いてもらうように言った。だけど、マスター(エニシ)は、
 『それは出来ませんね。聖堂教会(むこう)は此方を皆殺しにするつもりでしょうし』
 皆がそれぞれ交流を深めている中、エニシは念話で物騒なことを告げた。
 驚いてエニシの顔を見たが、彼は眉一つ動かさず、真っ直ぐ“時”のアーチャーの顔を見据えていた。
 “聖杯”からある程度の刷り込みと今の状況を十分吟味して“時”のアーチャーは――
 気絶させるだけなら。
 “時”のアーチャーはそう提案した。
 エニシは数秒考えると「わかりました」と承諾し、今に至る。
 思考していた“時”のアーチャーにエニシから念話が掛かってきた。
『アーチャー。一人でもここに侵入されると今後に支障がでるので、速やかに撃退してください』
「うん」
 返事を確認したエニシは、それ以上何も言ってこなかった。
 そして“時”のアーチャーは腹を括った。
(エニシ君たちが危険な目に晒されるならやらなきゃ…!)
 手にした杖を握り締め、見開いた瞳に迷いはなかった。
「いくよ、“レイジングハート”!」
 《All light,my master》
 自我のある魔術礼装を構えると共に“時”のアーチャーは一小節の呪文を唱える。
「アクセルシューター!」
 《Shoot》
 無機質な機械音声と共に礼装(レイジングハート)の紅玉から、魔力で編まれた桜色の光弾が七つ、驚異的なスピードで発射された。
 七つの光弾はそれぞれ散らばってピンポイントで着弾し、すかさず光弾が着弾した場所の周囲の魔力を察知。
 結果、こちらに向かって来ていた七人の内の六人はその場から動かなくなり、残った一人は向かって来た方向の逆に進み始めた。
(これで大丈夫……だよね?)
 このまま撤退するかどうか不安に思っていた“時”のアーチャーだが、どうやら一部始終を見ていたエニシから念話が掛かってきた。
『ご苦労様です。念の為、周囲を巡回してから戻って来てください』
「うん。了解」
 エニシの指示で“時”のアーチャーは空を飛んで巡回する。
(あれ? ……何か変な感じが……)
 己の魔力を消費して飛んでいると思っている“時”のアーチャーが違和感を覚えた瞬間、エニシから念話が掛かってきた。
『アーチャー。私の魔力が激しく消耗するので飛行するのは控えて頂けないでしょうか?』
「あっ、ごめんね!」
 エニシの疲労がこもった声を聞き、“時”のアーチャーは慌てて地面に着地し、謝罪した。
『いえ、これに関しては私の力不足です。申し訳ありません。跳躍する程度なら飛翔しても構いませんので、今回はそのつもりでお願いします』
「うん…。あの、ほんとにごめんね!」
『御気遣いありがとうございます。それでは後程』
 そしてエニシからの念話が切れた。
(悪い人じゃ……ないよね)
 一抹の不安を抱えながらも“時”のアーチャーは巡回へと赴いた。

「く……」
 念話を切った後、エニシは片手で頭を押さえ、膝をついた。
「おい、エニシ大丈夫か?」
「大丈夫!? エニシん!」
 駆け寄ってきた奏太と七哉を手で制し、すぐに立ち上がった。
「ええ。少し目眩がしただけで問題ありません。皆さん、ご覧頂いた様にサーヴァントとは私たちとは一線を画す戦闘力を持った存在です。それ故にサーヴァントとマスターの親交、戦略、ステータスの確認は慎重にお願いします」
 エニシの言葉に使い魔の猫の視覚を共有していた全員が頷いた。
「デモンストレーションも終わった所で今日は解散だ。皆、ゆっくり休め。それとこれからも集合をかけるから全員そのつもりでな」
 奏太の「解散」という号令でそれぞれ別れの挨拶をした後、廃屋を出てそれぞれの家に帰っていった。
 奏太、エニシ、七哉の三人が戸締まりをした後、奏太が呼び出した車に七哉が乗り込む。
 七哉が窓を開けて徒歩で帰って行くエニシに手を振った。
「エニシん、じゃあねー!」
 車を見送った後、エニシは自宅に向かいながら、ズボンのポケットから携帯電話を取り出し、とある番号に掛けた。
 幾度かのコール音の後、繋がった。
「田村です。帰宅途中に頼みたい事があるのですが、よろしいでしょうか?」

「くそ…! こんなことになるなんて聞いてない………!」
 “時”のアーチャーの光弾を掠め負傷した聖堂教会所属の男は走っていた。
 始めは定期連絡が途絶えたから確認しに最悪、後釜として極東まで出向いた。海鳴市の教会に向かおうとしていたら、突如として膨大な魔力の奔流が自分でもわかるくらいに肌を突き刺してきた。
 そう錯覚する程膨大な魔力で護衛二人が先行して確認するとか抜かして三手に別れて向かった。
 今思えば一直線に突っ切れば良かったと思っている男だったが、慎重になりすぎて、別れてしまったことを猛烈に後悔していた。
 連絡を取ろうにも護衛の二人とは何故か携帯電話が繋がらない。散々だ。
 苛つきながら走っていると前から人が来た。
 通行人と思いそのまま通ろうとしたが、ただならぬ気配に立ち止まる。
「だ…誰だ!」
 恐怖の余りに震えた声で叫んだ。
 電柱の蛍光灯が届かない暗がりから律儀に出てきたのは――
「………………」
 碧髪で左目を医療用の眼帯で覆い、右目が紺色の青年だった。
 青年は何も言わずに男に一歩近付く。
 それに対して男は一歩後ずさった。
 後ずさった男を見た青年は近付くのを止め、男は神父服の裏に仕込んだ黒鍵と呼ばれる投擲用の伸縮する剣をいつでも取り出せるように身構えていた。
(何だこの子供は……! まさか、マスターか……?)
 男が思案している中、動いたのは青年だった。
「くっ!」
 青年が眼帯を取り外すと同時に男は黒鍵を振りかぶる動作で刃を露出させ、二本。
「ふッ――!」
 青年の頭と心臓目掛けて投擲した。
 男は聖堂教会の手練れであり、投擲された黒鍵の速度は豪速球を投げる野球選手と何ら変わらない。
 だが青年――麻美湖は頭に向かって来た黒鍵は首を僅かに傾けて回避し、心臓を狙ったものは黒鍵の細い刀身の腹に拳を打ち込んで叩き落とした。
「くそっ!」
 男は化け物じみた反応速度で防いだ麻美湖に勝てないと判断し一目散に逃げ出した。
「破皇――」
 逃げる男を紺と青の両目で見据え、己の魔力を踏ん張っている右足の魔術回路に集中させて数秒後。
「ッ――」
「ひっ――」
 数十メートルはあろう距離を麻美湖はひとっ飛びで詰める。
 そして男は――
「断空拳ッ!」
「ぐ、がはっ――!」
 零距離から放たれた拳は男を間合いを詰める前の距離よりも遥か遠くに吹っ飛ばした。
 男が吹っ飛び、麻美湖は己の拳を見て不満そうに一言漏らした。
「……未熟」
 帰ったら修行と心に決め、麻美湖は念話で“時”のアサシン(アインハルト)を呼ぶ。すると麻美湖の後ろに実体化した。
「あいつを指定された場所に置いてこい。俺は先に帰る」
 “時”のアサシンは首肯して男の下に向かおうとしたが、数歩進んだ後振り返って麻美湖に話しかけた。
「マスター、先程の武術は……」
「…家に帰ったら話す」
 それだけ言って麻美湖は踵を返して自宅に向かった。
 見送った“時”のアサシンはマスターの指示に従って再び歩き始めた。
(どうして、マスターが――)
 彼女の頭に一つの疑問が思い浮かぶ。
(“覇王”流を………?)
 疑問を抱えたまま男を担ぎ上げ、宙を跳んだ。

 七月三一日 一八時七分 日本

 夏真っ盛りの日本。他の国…インドネシアなどに比べれば幾分かマシだと思っていた荒眞だったが、その考えは空港を出て降り注ぐ日差しによって打ち砕かれた。
「暑っちぃ…………」
 空港のタクシープールでタクシーの順番待ちをしていた荒眞は汗だくになりながら機嫌悪く呟く。
 あからさまに機嫌を悪くしているため、列の前後が割と開いていた。幾分か列が進み、ようやくタクシーに乗り込む。
「海鳴市まで」
 座席にどかっと座り込み、運転手はマナーの悪い荒眞をバックミラー越しに一睨みした後、アクセルを踏んで車を発進させ、荒眞は静かに揺れる車から覗く景色を眺めていた。
(先ずは、地理の把握と寝床の確保……他にも色々だな)
 荒眞がこれからのことを画策する中、不意に頭に声が響く。
『マスター。市内に着いたら実体化して地形を把握したいのだが、いいか?』
『あ? ああ、別にいいが……目立つんじゃねぇぞ?』
『了解した。………ところでマスター』
『なんだ? まだ何かあんのか』
『純粋な興味で聞きたいのだが、マスターの聖杯に掛ける望みは何だ?』
『何で、んなこと……てめぇの願いを先に教えたら答えてやるよ』
『俺の願いか…………腹を立てないと誓うなら話すが』
『なんだよソレ…ま、善処してやるよ』
『そうか。俺の願いは――』
 荒眞は少し緊張して聞こえて来た声――“天”のセイバーの返答を待った。
『――マスターに聖杯を渡すことだ』
 その答えに荒眞は言葉を失い、眉間に皺を寄せ、こめかみをひくつかせていた。
(落ち着け………腹は立ててねぇ。おう、立ててねぇさ。ちょっと、ほんのすこーしだけイラっとしただけだ)
 荒眞は溜め息を吐く体で息を吐いて自身を落ち着かせる。
『マスター?』
 反応が無い荒眞に“天”のセイバーが呼びかける。
『あー……俺の質問が悪かった、か? まぁそういうことにしておく。そんで改めて聞くが、それはサーヴァントとしての義務じゃねぇのか? 俺が聞きたかったのは己の欲求、願望の類いだ』
『特に無いな。俺の人生に悔いは残していない』
 サーヴァントとして異質な答えに荒眞は額に青筋を浮かべ答える。
『よし。アレだ、そういうこと抜かすお前とは一度徹底的に話し合わねぇとな?』
『何だ? 受肉とでも言えば良かったか? それよりもマスター、貴様の番だぞ』
 荒眞は忌々しく舌打ちをしてから応えた。
『俺の願いは――』
「お客さん。着きましたよ」
「っと、もう着いたのか」
 荒眞は財布から一万円札を取り出し、受け取り台の上に置いた。
「釣りはいらねぇ」
「ありがとうございましたー!」
 運転手は荒眞が降りた後さわやかな笑顔で車を発進させた。
 車から出た荒眞は寝床の確保や地理の確認をする為に歩き始める。
 歩く傍ら、荒眞の隣に赤髪で高身長かつ容姿端麗と呼ぶに相応しい男がすっと現れた。
「てめぇ、なに街中で実体化しやがんだ」
「先程、実体化の了承を得たからそうしたまでだが」
 荒眞のイラついた問いに“天”のセイバーは先程言われたことをそのまま答えた。
 赤髪が珍しいのか、人間離れした美しい容姿のせいなのか道行く女性達が遠巻きに騒いでいる。
(うぜぇ)
 苛つきながら遠巻きの女性たちを睨んで散らせた後、横にいた“天”のセイバーが口を開いた。
「ところでマスター。先程の話だが」
「あぁ? んなもん後だ、後。これからやんなきゃいけねーことがたくさんあるからな」
「………了解した」
 少し不満そうにした“天”のセイバーは荒眞と別行動をとった。

 しばらくして。荒眞が宿泊している部屋に“天”のセイバーが律儀に戸を開けて入って来た。
 その様子に荒眞は一旦作業を止め、眉をしかめた。
「……お前本当にサーヴァントか?」
「扉があるならそこから入るのが礼儀だろう。……何しているんだ?」
 “天”のセイバーが言うと同時に荒眞は作業を続行しながら答えた。
「魔術に使う備品の調合だ」
 荒眞は山ほどあるマッチ箱の中から一つとってヤスリの部分に己の血を染み込ませていた。
「……よし。メシ食い終わったら出るぞ」
「当てはあるのか?」
 その問いに荒眞は窓の方を向く。
 夏と言えども、一八時を過ぎると日の光は射さなくなり周囲は暗くなっていた。
「いや、あまり気は進まねぇが自分を囮にしてぶらつくしかねぇな」
「……行き当たりばったりだな」
「うっせえ。てめぇはさっさと霊体化しやがれ」
 そう告げられた“天”のセイバーは短い溜め息をついて、その場から煙の様に消えた。
 その七秒後に襖が静かに開いた。
「失礼します」
 旅館の仲居が運んできた料理を、荒眞はがつがつと食べて夜に備えた。

 七月三一日 二二時四〇分 街外れ

 荒眞が夕食を済ませ、宿から出て数時間。時間帯が深夜になりつつも街灯の明かりのおかげで辺りは目を凝らせば建物の輪郭がわかるくらいには明るい。
(今日はハズれたか……?)
 このまま何も起こらないなら帰ろうとした荒眞だが――
(………!)
 異変に気付き、“天”のセイバーが問いかける。
『マスター』
『おう、どうやら釣れたみてぇだな』
 魔力で編まれた雷の槍が荒也に襲いかかる。
「ふっ!」
 雷の槍はどれ一つ荒也に命中することなく、瞬時に実体化した“天”のセイバーが手にしている鮫の背鰭を模した赤い大刀によって全て叩き落とされた。
「とりあえず、場所変えんぞ」
「了解」
 荒眞は走り出し、“天”のセイバーは次々と迫り来る雷の槍を斬り払いつつ、荒眞とともに駆けた。

 数十分走り続け、荒眞たちは輸入、輸出する製品が収納されているコンテナのある埠頭にたどり着いた。
「さて、そろそろ出てきたらどうだ」
 “天”のセイバーが声を発して数秒。コンテナの陰からかつかつと靴音を鳴らしながら現れたのは――
「女、だと……?」
 その事実に驚いた荒眞が見たのは白い軍用コートを羽織り、黒い軍服調の服を身に纏う金髪の女性だった。
 一目見るからに只の女性ではないことがわかる。恐らく、この可憐な金髪美女は――
「…サーヴァントか」
 荒眞の推測を“天”のセイバーが口にする。
 美女はその反応に自身の戦斧を構えることで応えた。
『マスター、俺から離れすぎるなよ。それと、奴が動いたらしゃがんで左右のどちらかに回避してくれ』
『応よ』
 普段は“天”のセイバーに突っ掛かる荒眞だが、さすがに生物の枠を越えている敵と対峙して、その敵と同じ領域に居る味方の忠告をないがしろにするほど荒眞は無謀ではなかった。
 サーヴァント同士が構え合う。
 数秒後。一陣の風が吹き、動いたのは美女だった。
 《Scythe form Setup》
 武器から発せられる音声とともに戦斧を刀身が魔力で構成された鎌に変形させると、
 《Sonic Move》
 再び音声を発すると同時に美女は小さな砂埃を起こして消えた。
「――くぉっ!」
「ふっ!」
 荒眞は指示通りに回避してコンテナの陰に逃げ込み、“天”のセイバーは振り返って背後から攻撃してきた美女と甲高い金属音をたてて鍔迫り合っていた。
(こいつ…)
(強い…!)
 片や人の持ちうる戦闘の経験と限界を超えた反応でカウンターを。
 片や常軌を逸した速度で背後から。
 必殺の念を込めた一撃は相殺されていた。
(このままじゃ…)
 筋力の差で押し負けると思った美女は、遠距離から攻めるべく、間合いを取ろうと後ろに跳んだ。
「逃がさん」
 力押しなら行けると踏んだ“天”のセイバーは、逆に間合いを詰めるべく美女に突進する勢いで跳んだ。
(さぁて。俺はどうすっかな)
 コンテナに背を付けてサーヴァント同士の戦いを眺めていた荒眞は、二通りの作戦を立てた。
 一つ。このまま戦いに参加して自分のサーヴァントの勝率を上げるか?
 二つ。自身の安全を最優先し、宿に帰り工房を作成するか?
 前者はハイリスクハイリターン。うまくサポートして、ここぞ、というタイミングで宝具を叩き込んで貰えれば万々歳だが、マスターである自身がもし攻撃の余波にでも巻き込まれて死んだ日には怨霊になること間違いなしだ。
 後者は一見無難に見えるが、“天”のセイバーがもし隙を突かれてあの速度で帰還途中の此方が狙われたら即終了だ。
 剣戟の音が響き渡る中、荒眞は数秒思考し、方針を決めた。
(サーヴァント(やつ)のマスター見つけてぶっ殺す)
 ややアグレッシブ過ぎる思考回路をしている荒眞は行動方針もアグレッシブだった。
 指の関節を鳴らして気合いを入れた所でマスターを探そうとした荒眞だが、上方から聞こえてきた声によって方針が変わることになる。
「すぅーーーーーき有りぃいい!」
「なっ…!」
 上方から水色髪の青年が能天気な声で落下しつつ、手を突き出して魔方陣を展開し、敵のサーヴァントと同じく――色は違うが—―数多くの雷の槍を降らせてきた。
「ちいっ!」
 荒眞は舌打ちと共にマッチ箱からマッチ棒を全て取り出して着火させ、
「おらっ!」
 手にした火の付いたマッチを全て放り投げた。
「――燃えろ!」
 右手で指を鳴らし、パチンという音を皮切りにマッチ棒に付いた火は瞬く間に巨大な炎となり、雷の槍は焼き尽くされた。
「「マスター!?」」
 異口同音に聞こえたその言葉に荒也は眉を眉間に寄せた。
(あのアマ、マスターって言ったよな?)
 荒眞が疑問に思う中、目の前の青年――七哉が叫んだ。
「セイバー! 今だっ!」
「っ、はあっ!」
「……! ちいっ!」
 七哉の声により美女――“時”のセイバー(フェイト)は“天”のセイバーを斬り払い、距離を大きくあけた。荒也は見届ける間もなく、再び水色の雷の槍の連続速射が襲ってきた。
「ク、ソぉっ!」
 完全に後手に回った荒眞は七哉の隙を窺いながら回避に専念した。
 走り回る最中、荒也の頭に声が響く。
『マスター。少々面倒臭い事になった』
『あぁ!? んだよ! このクソ忙しい時に!』
 キレながら応えつつも迫り来る雷の槍を荒眞は必死に防いでいた。そんな荒眞に“天”のセイバーは淡々と続ける。
『敵……“時”のセイバーがな』
『そいつがなんだ!?』
 コンテナの陰に隠れて呼吸を整え、答えを待つ。そして告げられたのは。
『――飛行している』
『ああぁ!? 何ふざけたこと――』
 怒りが頂点に達している荒眞だが、嘘をついてる様子もないのでちらりと視線を向けると、“時”のセイバーが数十メートル上空で金髪と白い軍用コートを靡かせて七哉(マスター)同様、雷の槍を降らせていた。
『……………』
『……マスター?』
 文字どおり飛行していることに絶句している荒眞は数秒考えた後、先程とはうって変わって冷静に応える。
『考えがある。合図したら俺の前に“時”のセイバー(アイツ)叩き落とせ』
『了解』
 荒眞は再び走り出し、雷の槍を避けつつ対策法を練る。
 逆にいつまでも自分の攻撃が当たらないことに七哉は内心飽々していた。
『セイバぁ~……攻撃が当たらないよー……』
『ナ、ナナヤ……もう少しがんばろう?』
『うん……』
 “時”のセイバーの励ましに七哉は狙い打ちしようとコンテナの陰に隠れているはずの荒眞(てき)を探すが――
(……あれ?)
『……ナナヤ? どうしたの?』
 七哉(マスター)の攻撃音が聞こえなくなり、跳躍してくる敵と距離をあけつつ、“時”のセイバーは問いかけた。そして返ってきた答えは――
『敵のマスターが、いなくなった……』
「っ!」
 嫌な予感がした“時”のセイバーはすぐに七哉の下に向かおうとした。
 しかし、それは叶わなかった。
「コンテナ……!」
 突如飛来したコンテナの残骸に視界を奪われ、且つ七哉(マスター)の下に行く空路も塞がれたため、一瞬、ほんの一瞬だけ怯んでしまった。
 そして、その一瞬の隙を突いて残骸を足場に飛び上がってきた“天”のセイバーに接触を許してしまう。
「捕まえたぞ」
「くっ! この……!」
 “天”のセイバーを振り切れず、二騎は乱回転しながら急降下する。
 そして、だめ押しとばかりに“天”のセイバーは彼女にある“もの”を張り付けて殴り飛ばした。
 地面すれすれで何とか体勢を立て直し着地した“時”のセイバーは張り付けられたことには気付かず、すぐに飛行しようとした。
「――星が落ち。天は堕ち。鳥も墜ち。汝、地に伏せろ」
「………!?」
 前にいる男――荒也が詠唱を終えると言い様のない悪寒が襲う。
(これは………!)
「バルディッシュ!」
 《Flightsystem error case cursed》
「飛行が、出来ない……!?」
 自身の礼装に問い合わせたところ、受けたのは魔術ではなく呪術――
 目を凝らすと、荒眞が何か踏みつけているのが見えた。あの状態では動けないと察し、“時”のセイバーは鎌を振りかぶって突進する。
 だが、そんなことを容易くさせるはずもなく、またしても“天”のセイバーと鍔迫り合う。
「セイバー! くっ、このおぉっ!」
 そこに遅れて七哉がやって来た。
 彼女を一目見て、荒眞を視認すると狙い済まして雷の槍を飛ばす。
 荒眞はそれをマッチ棒を発火、魔力を注ぎ込んで爆破させて防ぐと、我慢の限界とでも言わんばかりに怒号を飛ばす。
「セイバー! さっさと奴を殺せっ!」
 “天”のセイバーは敵と切り結びつつ嘆息しながら返事をした。
「そうは言うがなマスター、この“セイバー”もなかなかに手ごわくてな」
 そんな“天”のセイバーに荒眞はさらに怒号を飛ばした。
「せめて飛ばないようにしてやってんだろうが! 早くしねぇとこっちが死にそうなんだよ!」
 文句を言い続ける荒眞は、七哉(てき)の怒涛の攻撃に窮地に陥っていた。
「くそ~! なんでボクの攻撃が当たらないんだよ!」
 七哉は荒眞に水色の雷の槍を無数に放ち続ける。
 だが、荒眞はそれを紙一重で避けていき、避けられなさそうな雷の槍は炎の壁を地面から噴き上がらせ、身を守っていた。
 数度、己が敵と斬り合い、“天”のセイバーは離され過ぎないように間合いをとる。
 すると、荒眞に向かって、ある質問をした。
「所でマスター、今、“何時何分”だ?」
「はぁ? テメェ何言って――」
「宝具に関する事だ。早く教えてくれ」
 “天”のセイバーは荒眞に早く返答しろと促した。
「ちっ。…午前零時“七”分だ。っと、あぶねッ」
 腕時計を見ながらも紙一重で雷の槍を避ける荒眞。
 それを聞いた“天”のセイバーは“時”のセイバーに向かって言い放った。
決着(ケリ)をつけるぞ。“時”のセイバー」
「望むところ」
 彼女は静かに、しかし力強く“天”のセイバーに応えた。
 両者は必殺を決めるため力を溜める。
 “天”のセイバーは鮫の背鰭を模した赤い大刀を構え。
 “時”のセイバーは自分の相棒とも言える黒い戦斧を、
 《Zamber form》
 無機質な機械音声と柄の上部分にある回転式弾倉(リボルバー)から凝縮した魔力を充填して、空薬莢を吐き出すと共に金色の光輝く大剣と化した雷の剣の刃先を“天”のセイバーに向ける。
 対する“天”のセイバーは、自身の得物である刀を輝かせていた。
 己の敵を仕留めんと互いに跳ぶ。
赤天の(ベルメリオ)――」
雷神大剣(ジェット)――」
 両者は必殺の一撃を――
(イスパーダ)ッ!!」
音速斬刃(ザンバー)!!」
 叩き込む。
 “時”のセイバーが放ったのは巨大な真空の刃。
 対する“天”のセイバーは真っ赤に輝く大刀で二つの真空刃を、
「ふっ!」
 斬った。
 その一振りで切り払われた真空刃は七つに分割した。
「っ、撃ち抜けッ、雷神!!」
 一瞬、驚愕した“時”のセイバーはすぐさま電気を帯びた黄金の大剣を振り下ろす。
(勝った――)
 轟音と共に勝利を確信した彼女は多大な魔力の消費に呼吸を乱しながらも敵の方を見た。
 だが、そこに敵は居らず、それどころか彼女の宝具である『雷神大剣・音速斬刃(ジェットザンバー)』の刀身が七つに斬られていた。
(そんな……っ!)
 ショックを受けると同時に上にいる“天”のセイバーの迫りくる気配に気づいた。
 見ると、赤く輝く大刀を上段に構えていた。
(殺った……!)
 魔力の消費で敏捷性が下がっていると睨んだ“天”のセイバーは狙いを彼女の頭部に定めた。
 仮に避わされたとしても、体の一部分にでも掠れば殺し尽くせる。
 事実、彼の宝具はそういうモノであり、一秒後には彼の思い通りになる“はずだった”。
「――くっ!」
 突如として“天”のセイバーの鼻先を桜色の光線(ビーム)が掠めた。
 すんでの所で回避して悔しそうな“天”のセイバーと対照的に“時”のセイバーは安堵した表情で明後日の方向を見た。

 埠頭から遥か南西にあるビルの屋上で一人の女性が佇んでいた。
 《Target no damage》
 声を発したの女性ではなく、女性が構えている、先端部分が音叉状に変形している杖からだった。
(砲撃が間に合って良かった……でも、一筋縄じゃ行かないか)
 自身の援護が間に合った事に安堵して、すぐに気持ちを切り替えた。
「もう一回! いくよ、レイジングハートっ!」
 《Ok my master》
 白いワンピース調の服を身に纏った女性―—“時”のアーチャーは杖の先に魔法陣を展開させ、
 《Divine》
「バスター!!」
 二発目の桜色の光線(ビーム)が発射された。

(さて、どうしたものか)
 輝きを失った大刀を構え、圧倒的に不利な状況下にいる“天”のセイバーは考える。
(敵は眼前に一人。遥か遠方に恐らく“時”のアーチャーが一人)
 恐らくと考えたのは“天”か“時”の断定が出来ないからである。
(後はマスターの魔力の問題)
 ちらりと荒眞の方を見ると、宝具の開放で魔力を持っていかれたマスター二人は呼吸が少し荒くなっていた。
 そして、眼前の敵――“時”のセイバーは形態を鎌に戻し、突貫してきた。
(こちらにもう一人味方がいればな……)
 現状に軽く嘆きながら、敵の刃と己の刀を交差させる。
 “時”のセイバーはヒットアンドアウェイの戦法で“天”のセイバーとの間合いをとっていた。
 数回斬り合いを続けると、“天”のセイバーがカウンター気味に大刀を振り下ろそうとする。
「バインドっ!」
 振り下ろす直前に“時”のセイバーが手を前に突き出す。
 すると、“天”のセイバーは黄色の光の帯に動きを封じられた。
(拘束か……!)
 持ち前の対魔力スキルで一瞬で拘束を破壊して敵を見ると“天”のセイバーの射程圏外にいた。
 追撃しようと跳び上がる瞬間、右からすぐそこまで桜色の光線が迫って来た。
(……回避は無理、か)
 すぐに大刀を盾にして衝撃に備える。
 だが、光線は“天”のセイバーに当たる直前、一陣の暴風によって掻き消された。
(成る程な……俺が現世に存在しているということは“奴”がいても不思議ではないか)
 驚愕している“時”のセイバーと薄く笑みを浮かべた“天”のセイバーは暴風が飛んできた方向を見た。
 コンテナの上に立ち、蒼い戦闘服の上着の前を開け、蒼髪の青年が蒼い拳銃を人指し指でくるくると回していた。
「よう、あぶねぇトコだったな」
 そう言って蒼髪の青年はコンテナから飛び降り、“天”のセイバーと並んだ。
「ああ、助かった」
「へぇ、お前が礼なんて珍しいもんだ。……まぁ、とりあえず。おっかねぇ攻撃がまた来る前に、あのパツキンねーちゃんとっとと殺りますか!!」
 そして二人は武器を構えた。
「“天”の……アーチャー……っ!」
「セイバー! 大丈夫!?」
 歯噛みする“時”のセイバーの後方に七哉が駆け寄り、“天”のセイバーと蒼髪の青年、“天”のアーチャーの背後から荒眞が歩みよって来た。

 五人が一同に会し、一触即発の雰囲気の中から、明るい電子音がなり響く。
「…………………」
「………………え?」
「………………おい」
「……マ、マスター……?」
「あ、これボクのだ」
 その場にいた七哉以外の全員が金縛りにでもあったかのように固まっていた。
 鳴らした七哉(ほんにん)は平然と携帯電話を取り出して応答した。
「もしもし? ……うん。……………えー? でも………うん。うん、わかった」
 通話を終了した七哉は“時”のセイバーを見て、念話で語りかけた。
『セイバー、撤退だって』
『うん。でも、飛行ができなくて……』
『え、飛行ができないって……あっ、セイバー、ちょっとそのまま動かないで』
『え、え?』
 後ろにいた七哉が“時”のセイバーの背中に貼り付けられたモノ――札を剥がした。
 《Error recovery can is fry》
 そう告げられると同時に呪いが解けたと察した“時”のセイバーは魔力で編まれた刃を二つ。鎌を振って相手に向かって飛ばした。
 されど、“天”のサーヴァントはいとも容易く斬って、撃ち落とした。
「そこのマスター!!」
「ああ?」
 声のした方向を見ると“時”のセイバーは七哉を抱えて飛行しており、呼びかけてきたであろう七哉を荒眞は恐ろしく低い声とともに睨みつけた。
 それに一瞬七哉は怯むものの、負けじと荒眞をしっかりと見据え宣言する。
「今度はぜえったいに! やっつけてやるからなー!」
 七哉が舌を出して挑発した後、姿は見えなくなった。
 自身のマスターの反応はどうかと、“天”のセイバーは横目で荒也を見た。
「………あぁんのクソガキぃいッ!! ぶっ殺す!!」
 キレていた。ものすごく。
「おい、落ち着けって」
「虚仮にされて黙ってられるかぁ! 離せこの野郎! つーか、てめえ誰だっ!」
「“天”のアーチャー。だからちょっと待てって」
 追走しようとする荒眞を羽交い締めにして止めている“天”のアーチャーは、視線を“天”のセイバーに向け、答えを求める。
 “天”のセイバーは視線が合うと静かに頷き、それに応え、“天”のアーチャーも頷いた。
「当て身っ」
「うっ」
 拘束を一瞬解かれ、腹部に衝撃を加えられた荒眞は、短い呻き声とともに意識をなくした。

 八月一日 六時八分 ビジネスホテル

「――んぁ?」
 間の抜けた声と共に荒眞は目を覚ました。
 首だけ動かして辺りを見渡すと、荒眞はベッドの上に居り、部屋には、そこそこの調度品が点在していた。
 上体を起こすと腹部に微かな痛みが走り、顔を歪める。
 その痛みがきっかけになり、昨夜……というよりは数時間前の出来事を思い出した。
(あのクソガキ……)
 怨敵(ななや)の事まで思い出した荒眞は憤怒の表情に変わっていた。
 と、ベッドの脇に“天”のセイバーが実体化した。
「起きたか、マスター。早速で悪いが、仕度を済ませたら、下のロビーに来て欲しいとの事だ」
「おう、てめえは開口一番それかよ。サーヴァントのくせになんで、あの蒼髪野郎の好きにさせやがんだ」
 不満そうに言いながらも荒眞はベッドから降りて身仕度を済ませる。
 ある程度、魔術道具を装備したところで不意に荒眞が“天”のセイバーに質問した。
「そういや、下で誰が待ってんだ?」
 大方、蒼髪野郎(あいつ)のマスターだろう、と荒眞は予想していた。
「いや、呼んでいるのは“天”のライダーのマスターだ。付け加えるなら、“天”の側の人間が全員来ている」
 “天”のセイバーの発言は荒眞の予想の斜め上を行っていた。

 部屋を出て、ロビーに向かうと、一つの円卓を六人の男女――割合では五対一で男性の比率が多い――がそれぞれ待機していた。
 階段を降りて、近くまで行くと、青い服装の少年と薄手の黒いコートを着た青年が荒眞の姿を見て驚いていた。
「お、おい。あれって、もしかすると、そうだよな?」
「あ、ああ……あのガラの悪さ……間違いない」
 凄まじく機嫌が悪くなっている荒眞に少年はおそるおそる声をかけた。
「お前……――眞、だよな?」
「……はぁ?」
 恐らく、此方の名前を呼んだのだろうが、ある部分だけ聞き取れなかった。
「いや、だからお前、――枝 ――眞だろ?」
「てめぇ、ふざけてんのか」
 今度という今度は完全にからかっていると感じた荒眞は少年に掴みかかろうとするが、黒いコートの男が間に割って入った。
「待ってくれ。こちらの勘違いかもしれないから、名前を聞かせてくれないか?」
 その言葉に荒眞は息を吐いて一端気持ちを落ち着かせ、口を開いた。
「俺は――」
 名乗ろうとして、奥から咳払いが聞こえた。
 遮られて尚、不機嫌になった荒眞と男二人は後方を向いた。
「最後の一人も来たことですし、どうせ自己紹介するなら、他の方も交えてしませんか?」
 そこにはカソックを着た金髪美女がにっこりと笑みを浮かべて提案した。
 どことなく“時”のセイバーに似ている彼女を見て荒眞は更に機嫌が悪くなり、身近にあった椅子に舌打ちと共に腰をおろした。

「それでは、戦力の確認と自己紹介をしましょうか。先ずは私から。此度の監督役が殺害されたため、新たに監督役兼マスターとして聖堂教会より派遣された、イエロウ・ブロンドと申します。そして、サーヴァントは――」
「あの、こんなとこで呼んでいいんスか?」
「“貸し切り”ですので問題ないですよ」
(……だから他の人間の気配がしねぇのか)
 少年の質問に柔らかく答えたイエロウの言葉に荒眞はここに来てからの違和感に得心がいった。
 そのイエロウの隣にサーヴァントが実体化した。
「此度の大戦に召喚された“天”のライダーだ。そして我の真名はテイク・オン・ゲット。好きに呼ぶがよい」
 現れたのは動き易い派手な黄色いドレスを身に纏った、冷酷そうな――いや、間違いなく冷酷であり、金の髪を靡かせた美しい女性が尊大な口調で名乗りを上げ、“天”のライダー(テイク)はそのままイエロウの後ろに控えた。
「あ、じゃあ、次はおれが。魔術協会から来た青崎空我です。“天”のアーチャーのマスターっス」
(コイツが……!)
 荒眞のイラつきと共に軽い調子で紹介し、先程荒眞に話しかけてきた少年――空我は“天”のアーチャーを呼び出した。
「どーもー、ご紹介に預りました、“天”のアーチャーでーす。真名はシューター・ガン・ライフル。よろしく!」
 空我(マスター)以上に軽薄な調子で蒼い戦闘服を身にまとい、上着の前を開けた青年が笑みを浮かべ、空我の横に居座った。
 その次に陽一の知人と思われる薄手の黒いコートを着た青年が口を開いた。
「魔術協会所属の黒丈玄夜だ。…………サーヴァントはアサシンだが、情報漏洩防止のため、呼び出すのは控えたい」
 イエロウが首肯で承諾すると、黒宇の名前に白髪混じりの青年が反応した。
「ゲンヤ……もしや、あの“黒翼伯”のゲンヤか?」
 玄夜の隣に居た空我が肘で突っつきながら小声で訊ねた。
「………お前なんでそんな有名なの? ねえ?」
「………色々あったんだ。色々……」
 少し困惑し、肯定した玄夜に続いて先程、玄夜に質問した男が名乗る。
「魔術協会に雇われた、シディア・エンディミオンだ」
 そこまで言って悔しげに顔を歪めた後、意を決して再び口を開いた。
「………“天”のキャスターの、代理マスターだ」
 シディアが言い終わると同時に彼の傍らに純白のローブを着た、長く美しい白髪を携えた見目麗しい女性が現れた。
「はじめまして。“天”のキャスターのウィズ・ウィッチと申します」
 “天”のキャスターが名乗り出た後、イエロウが“天”のキャスターに質問を投げかけた。
「“天”のキャスター、エンディミオンさんが代理というのは事実なのですか?」
「はい。私のマスターはシディア様ではなく、別にいます。此方の事情により、同伴しなかった事をお詫びします」
 ぺこりと頭を下げた“天”のキャスターにイエロウは微笑んだまま、彼女に顔を上げるように促した。
「事情があるのなら仕方ありませんね。後で正規のマスターの情報を私達に提供をお願いします」
 シディアが頷き、“天”のキャスターに目配せすると、“天”のキャスターは頷き、その場から静かに消えた。
 次に、左目の泣き黒子(ぼくろ)が特徴的な美青年が口を開く。
「先程のエンディミオン氏と同じように、魔術協会に雇われた、リュミエール・ヴェールフラーヴだ。長いのでルミエルと呼んでくれ。サーヴァントは――」
 ルミエルが声を発する前に、腰まで伸びている緑色の長髪を武士のように後頭部にまとめ、深緑の軽鎧を身に纏った凛とした女性が現れた。
「…クラスはランサー、真名はスピア・ランス・ジャベリン」
 軽く会釈して紹介を終えると、ルミエルが並みの女性なら蕩けるような笑みを浮かべて言い放った。
「そして、私の将来の伴侶に――」
「なるつもりは無い」
「……今のところは、な」
 ムスッとしたランサーに対しルミエルは苦笑いして取り繕った。
 それを鼻で笑う者がいた。
「…何が可笑しい?」
 一瞬にして真剣な表情になったルミエルは鼻で笑った人物――荒眞を見た。
 ふんぞり返って座っている荒眞は酷薄な笑みを浮かべて言う。
「サーヴァントに振られるとか、ダッセェなと思っただけだ」
「……哀れだな。野蛮人」
 ルミエルの皮肉で荒眞との間に緊張が走る。
「…やんのか? てめぇ」
「きっかけを作ったのは其方だが……受けて立とう」
 荒眞がチンピラよろしく、ルミエルに鋭い眼光を飛ばしながら近づき、両者共に戦闘準備に移行する。
 ……ルミエルが、ランサーをキザっぽく手で制するのを見た荒眞はさらに苛立ちのボルテージが上がったが。
 数センチと迫り、一触即発といったところで、二人の顔面の間をある物体が凄まじい速度で通り過ぎた。
 荒眞とルミエルが、通り過ぎた方を見ると、壁に十字を模した細身の剣――黒鍵が突き刺さっていた。
 次に飛んできた方を見ると座っているイエロウが微笑みを崩さずに見せつけるように黒鍵の柄を指の間で掴み、構えていた。
「内輪揉めなら、全てが終わった後でお願いします」
「……ちっ」
「…わかりました。シスター・ブロンド」
(……あのシスター、おっかねェなァ……)
 荒眞とルミエルはそれぞれの椅子に着席し、その光景を見ていた空我は絶対にイエロウに逆らわないと心に誓った。
 黒鍵をしまったイエロウが軽く咳払いした後、視線をある男性に向けた。
「自己紹介をお願いできますか?」
 視線を向けられた大柄な男性は口に含んでいたスナック菓子を咀嚼して飲み込むと、気だるげに声を発した。
「そこの人達と同じように雇われた、紫鎧泉。サーヴァントはバーサーカー。呼び出してもいいけど、責任はとらないからね」
「制御が困難ということですか?」
「そ、召喚した時にいきなり暴れたからね。令呪で大人しくさせたから次に呼び出す時は戦わせる時かなぁ」
 それだけ言って泉は再び食料を貪るように食べ始めた。
「では、後でサーヴァントのステータスの提供をお願いします」
 食べながら泉は頷いて応えた。
「それでは最後に――“天”のセイバーのマスター。貴方の名前と、もしよろしければ、セイバーの真名を教えていただけますか?」
「なんで、俺のサーヴァントのクラスを…………!」
 熱くなりかけた荒眞だったが、消去法でセイバーしか残ってないことに気づき、すぐに冷静になる。
「…一応、魔術協会に雇われた、赤枝荒眞だ。サーヴァントの真名は――」
「あ、俺知ってる。“ブレイド”だろ? 懐かしいなー。うん」
「な……」
 教えるつもりはない。と言おうとした荒眞だが、“天”のアーチャー(シューター)がヘラヘラ笑いながらあっさり“天”のセイバーの真名を告げた。
「…アーチャー。それは本当なのですか?」
「応よ。なんせ、生前の相棒だったからな。なんだったら、ブレイド…いや、セイバー呼び出して訊いてみろよ」
 このままだと、“天”のセイバー(ブレイド)の情報をペラペラと口走りそうな“天”のアーチャーを見た荒眞は即座にセイバーを呼び出した。
『おい、出てきやがれ』
『了解』
 荒眞の傍らに“天”のセイバーが実体化した。
「“天”のセイバー…ブレイド・エッジ・カッターだ」
 そして、“天”の側が出揃った。

「さて、代理も含めて全員(マスター)が揃った所で、各々の行動方針を聞きましょうか」
「方針? みんなでお手て繋いで集団攻撃(リンチ)でもすんのか?」
 冗談混じりに発言した荒眞に殺意を込めた視線を向ける者がいた。
 すかさず、“天”のセイバーが庇うように前に立ち、荒眞は負けじと視線を向けた相手――“天のライダー”(テイク)を“天”のセイバー越しから鋭く眼光(ガン)を飛ばした。
「貴様、図に乗るのもいい加減にしろよ?」
「…おい、シスター。サーヴァントの躾がなってねぇんじゃねぇか?」
 その言葉に“天”のライダーが動く。
「ライダー」
「………ふん」
 だが、イエロウの一言によって、“天”のライダーは納得のいかない顔をしながらも、イエロウの後ろに下がった。
 そして、荒眞は席を起ち、ホテルの出口へと向かう。
「どちらへ?」
「悪いが、俺は俺の好きにやらせてもらう。あのクソガキを、イの一番に殺すためにな」
 そう言って、荒眞は“天のセイバー”を引き連れてホテルから出た。
 微笑みを崩さずイエロウが尋ねる。
「他に独自に行動したいという方はいますか?」
 イエロウの問いかけに空我がおずおずと手を挙げた。
「あの、悪いんスけど、おれも、ちょっと別行動させてもらいます。やる事があるんで」
「ええ、構いませんよ。因みに何をするのか教えていただけますか?」
 空我は少し悩んだ後、イエロウの問いかけに答えた。
「大掛かりな儀式、としか……。でも、なるべく協力するんで、そこんところよろしくお願いします」
 空我は黒宇以外のマスター達に携帯の電話番号の書かれたメモを渡し、ホテルを出た。
 空我が出た所で口に含んだ物を飲み込み、荷物を持って立ち上がった泉はイエロウを一瞥して言う。
「俺もやる事あるから失礼させてもらうね」
 先程まで、のっそりしていた時と打って変わって、泉は足早にホテルを出た。
「さて、此処に残っている方々は共に行動するという事でよろしいですね?」
 その言葉に残った面々は頷いた。
「それでは、作戦会議を始めましょうか」
 イエロウは微笑みを崩さず、そう告げた。

 八月一日 一時四八分 廃屋

「た、ただいまぁー………」
 “天”のセイバー組と激闘を繰り広げた七哉は、サーヴァントを呼び出しアジトと化した廃屋に帰還した。
 玄関を通り、リビングに出た七哉に声をかけたのは椅子に座っているエニシだった。
「お帰りなさい。お疲れの様ですね」
「うん……軽くやっつけるつもりだったのに、すごく強かったんだよ、あいつ……」
 エニシは七哉から、“天”のセイバー組の具体的な戦闘法と宝具の説明を受けていた。
「なるほど………。そんな相手と戦って無事で何よりです」
「えへへ……セイバー――フェイトに色々教えて貰ったからね。そう簡単には負けないよ! でも、“アレ”さえあればなぁ……」
「そんな七哉に朗報です。完成の目処が立ちました」
 その言葉に七哉は目爛々と輝かせ、表情を明るくさせた。
「エニシん! いつ!? いつ出来るの!?」
 エニシは読んでいた本に栞を挟んで閉じ、告げた。
「十日後、本格的に戦いを始めましょう」
 七哉は瞳に決意を込め、エニシに就寝の挨拶をして、二階の寝室に向かった。
 エニシは今月に入ってから、自分を含めた“時”のマスター達によって作り出された進入を感知させるセンサーのような結界を張り、“天”のサーヴァント達が来た事には気づいてはいた。
 しかし、“時”のサーヴァントの戦力はまだしも、肝心の自分(マスター)達の戦闘力、及び敵の戦力の確認がまだだった為、それぞれ大人しくしてる様に提案したが……。
 七哉の独断専行によって、敵のサーヴァント……しかも、セイバーの能力が確認できた事は大きい。
(しかし………どうやら、“天”の方もイレギュラーなサーヴァント達を呼び出したようですね。何はともあれ、決戦は十日後……そこで全てが決まります。私の願いも……)
 窓から月の無い空を見上げた後、エニシは灯りを消した。

 八月一一日 二二時零分 廃屋 

 盆休みに入り海鳴市の住人の三割が帰省する中、聖祥大付属高校の真っ白な制服を着たエニシ達が、かつてサーヴァント達を呼び出した庭に集まっていた。
 ただ一つ違うのは七騎の“時”のサーヴァントがそれぞれのマスターの傍に控えていた。
 全員が揃った所で、奏太が椅子から腰を上げた。
「さて、今日集まってもらったのは他でも無い。――“天”の側の事だ」
 一瞬にして場の空気が緊張した。
 各々が気を引き締めた表情を見渡して奏太は続ける。
「多くは語らん。狙うべきマスターとサーヴァントのクラスはそれぞれ伝えたからな。俺から言う事はただ一つ」
 そこで一旦区切り、奏太は深呼吸して覇気を込めて言い放った。
「――絶対に勝つぞ」
 その言葉を聞いた全員は決意を決めた表情をして頷いた。
「開戦だ」
 それぞれが“(てき)”の下へ向かう。――“相良”と書かれた門から出て。

 八月一一日 二二時三〇分 繁華街

 夜も更け、海鳴市の人口が一時的に少なくなっても、駅に隣接しているおかげで、繁華街は賑わっていた。
 疎らになりつつもいまだ人混みを形成している歩道の中で抜きん出て背が大きく、紫髪の青年が“通常より五倍の量のラーメンを時間内に食べきれたら無料!”というチラシを手にその広告を出している店に入店した。
「いらっしゃいやせー!」
 店主の威勢のいい声に青年はカウンター席に座った。
「挑盛りを一つ」
「あい、挑盛り一丁っ!」
 青年の注文に機嫌を良くした店主は奥に引っ込んだ。
 それと同時にがらり、と戸を開く音が聞こえ、店主の威勢のいい声が響きながら新たに入って来た客——斎藤千羽が紫髪の大男――紫鎧泉の隣に座る。
「ちょ、挑盛り一つ!」
 千羽の注文に、再び店主の声が響いた。
 緊張した面持ちで千羽は料理を待つ。
 数分後、泉と千羽の前に挑戦盛りこと、通称“挑盛り”と呼ばれる巨大なたらいのような丼がずしんと二人の前に置かれる。
「「いただきます」」
 割り箸を割り、二人の食事(たたかい)が始まった。

 海鳴市の山岳地帯で轟音が鳴り響く。
「■■■■■■■■■■■ッ!!」
 “ソレ”は手にした(ハンマー)を振り下ろすと共に人ならざる怒声を発した。
 鎚を振り下ろされた地面はクレーターと化し、その上に展開されていた魔力で形成された帯状の光の道とでも言うべき物が儚くキラキラと散っていた。
 鎚を手にした“ソレ”――紫の長髪を振り乱す大男、“天”のバーサーカーは上空に回避している敵――“時”のバーサーカー(スバル)を見据える。
 対する“時”のバーサーカーは相手の馬鹿力ぶりに戸惑っていた。
(いくら何でも、アレは出鱈目すぎるよ……!)
 自身の保有スキル『ウィングロード』で前に道を造り、“天”のバーサーカーの上空を旋回して思考する。
(単純な力勝負じゃ勝てない……なら――)
 《attention! come frying is berow!》
「下っ!?」
 相棒でもある自律思考式ローラーブーツ型魔術礼装――マッハキャリバーから忠告を受けると同時に下から“木”が飛んで来た。持ち前の視力で“天”のバーサーカーを視認すると、
「■■■■! ■■■■■■■■ッ!!」
 手にした鎚で周辺にある木をへし折り、あろうことか、片手で投げつけた。
「マッハキャリバー!」
 《Gear Second》
 速度を一段階上げ、次々に飛来してくる投木を回避しつつ、“天”のバーサーカーの背後に道を繋げる。
(ここっ!)
 右腕に装着したギア付きの籠手型魔術礼装――リボルバーナックルを構え、
「カートリッジっ!」
 《load cartridge》
 籠手内部から魔力を充填し、薬莢を吐き出して敵に突貫した。

 斎藤千羽と紫鎧泉。
 片や細々と代を重ねた魔術師の一族。
 片や恰好の(つがい)として時計塔(ロンドン)の魔術師達の間でそれなりに評価のある三流貴族。
 魔術師の家系ということ以外で、この二人にはある共通点があった。それは、“熱量(カロリー)を魔力に変換する”という事。
 故に、二人は食べる。
 己の魔力を潤滑にサーヴァントに回す為に。
 麺を食べ終え、スープを飲み干して、空になった丼を置いたのは――
「…げぷ。あ、お代わりってできる?」
 泉の言葉に店主は血の気が引いた。

「ナックルっ、ダスター!」
 魔力で拳を礼装(デバイス)ごと強化し、敵の背中に叩き込む――が、
「■■■■!!」
「え――ぐっ!」
 “天”のバーサーカーはまるで見えていたかのように紙一重で避け、鎚で“時”のバーサーカーを文字通り、“吹っ飛ばした”。
 弧を描いて吹っ飛んだ“時”のバーサーカーは、林を薙ぎ倒し、その上に横たわっていた。
「く、うぅ………」
 先程のダメージでクラス別スキルである“狂化”が発動しかけると、上空から雄叫びを上げて、“天”のバーサーカーが紫色の金槌を振りかぶっていた。
 “時”のバーサーカーは、瞬時にウィングロードを展開し、攻撃を回避した。
(やっぱり、アレは気のせいなんかじゃない)
 落下してクレーターを創った“天”のバーサーカーを視認して確信に変わる。
(あのハンマー…大きくなってる……!)
 “天”のバーサーカーの持つ鎚が、身の丈の半分程の大きさになっている。
 “時”のバーサーカーの記憶が正しければ、(アレ)は七センチ程だったはず――
「■■■■■■■■■■■■■!」
 咆哮しながら、鎚で再び周辺の岩、木などを飛ばす。
 “時”のバーサーカーの推測は正しく、木を飛ばす最中に鎚そのものが、どくん。と脈動するように一回り巨大化した。
 “天”のバーサーカーの持つ紫色の鎚は宝具である。
 その効力は実に単純。“鎚が七秒毎に七倍づつ大きくなる”というもの。
 それが、“天”のバーサーカー――インサ・ニティの宝具、『紫天の鎚(ヴィオーラ・マルテッラ)』である。
 その事に勘づいた“時”のバーサーカーは考える。
(持久戦は不利……なら、一気にカタを付けるしかない。センバ(マスター)の為にも…!)
 依然として暴れ続ける敵を見据え、静かに自分の礼装(あいぼう)に告げる。
「マッハキャリバー。今のあたしで出来る事を全力でやるから、出し惜しみなしでいくよ」
 《All right buddy》
 そして“時”のバーサーカー(スバル)は全力で“天”のバーサーカー(インサ)を倒す覚悟を決めた。
 瞼を閉じ、大きく深呼吸して目を見開く。“時”のバーサーカーの瞳が金色に輝き、意識が狂気に染まり行く。
(く…振動破砕を起動させると、意識が……っ!)
 破壊衝動に駆られ、意識が薄れゆく中、自らの宝具を発動させる。それと同時に礼装が告げる。
 《A.C.S. standby》
 ウィングロードを“天”のバーサーカーの下に繋げ、礼装(マッハキャリバー)から魔力光で輝く翼を放出しながら滑走し、宝具の名を口にする。
神聖なる(ディバイン)――」
 発動の充填時間(チャージ)を利用して接近、そして――
砲拳(バスター)ッ!」
 左手の掌の上で限界まで凝縮した魔力を武装した右拳で撃ち出す。それが、“時”のバーサーカーの、スバル・ナカジマの宝具であり必倒させる一撃。
 仮に。もし仮に宝具の『神聖なる砲拳(ディバインバスター)』が外れたとしても、彼女の保有スキル『振動破砕』により、触れたものを共振させ破壊する。
(これで――)
 必倒の一撃を込めた腕を突き出す。
 瞬間、
 星が墜ちたが如き爆音と共に地が揺れた。
 立ち込めた土煙りが収まりつつ、立ち上がったのは――
「………■■■■■■■■■■■■■■!!」
 “天”のバーサーカーだった。
 最早、小山程の大きさと化した宝具、『紫天の鎚(ヴィオーラ・マルテッラ)』の上に登り、咆哮する。
 鎚の下には鋼鉄の籠手がはみ出ており、そこに血だまりが広がっていた。
 数秒後、籠手と血だまりが光となって尚、咆哮を続ける“天”のバーサーカーだったが、その叫びは徐々に苦悶に変わり、数分して“天”のバーサーカーも鎚と共に消滅した。

 事は数分前に遡る。
 ラーメン屋で競う様に泉と千羽は料理を食べ続けていた。
 礼儀よくも凄まじいスピードで食べる泉に対し、千羽は年相応の男子らしく掻き込む様に食べる。
 千羽が丼を置き、一息付くと自分の中の何かが途絶えた。
(バー…サーカー……)
「お客さん?」
「あ…えっと、チャーハン大盛で」
 店主の問い掛けに茫然としていた千羽は直ぐに我に返り、追加注文する。
 その反応に店主は口元をひくつかせ、料理に取り掛かった。
(バーサーカーが…スバルが……負けた……)
 出会ってからそんなに経っていないが、それでも、千羽にとって“時”のバーサーカーは、スバル・ナカジマは、かけがえの無い存在だった。
 未だに“時”のバーサーカー(スバル)が負けた事にショックを受けつつ千羽はエニシから言い渡された計画を実行する機会を窺う。
 隣を横目で見ると、泉は丼を両手で持ってスープを飲み干している。
「ふー……あ、餃子と酢豚五人前で」
 泉は注文すると頬杖を突いてぼーっと待機していた。
(バーサーカーの魔力の消費が収まったからこれでシメかな。食べ終わったらホテルに行ってみるかぁ…)
 ぼーっとしてるうちに料理が目の前に置かれた。
 いざ食べようとした瞬間、隣りから盛大に食器が床に落ちて割れた。
「すいません!」
 あまりに音が大きかった為、眉を顰め、隣りを見ると藍髪の少年が謝っていた。
 手を振って大丈夫だと合図すると、気を取り直して出された料理を食べ始めた。
 藍髪の少年こと千羽は店員にも謝りながら、共に後始末をしていた。

「ご馳走様でした」
 泉は綺麗に料理を平らげた後、代金をカードで支払い、店を出る。
「あ、店員さん。僕もお会計お願いします」
 それを見て千羽も追う様にして店を出た。
 二人は店を出て、別の方向に向かい背中合わせに歩き始める。
 一メートル。
 泉は空を見上げ、千羽は半身程振り返り、様子を見る。
 五メートル。
 泉は大きな欠伸をしつつ歩き、千羽の額から汗が滝の様に流れ落ちる。
 十メートル。
 泉は白目を剥いて崩れる様に倒れ、毒を盛った千羽は早歩きでアジトに向かった。
 こうして、“天”と“時”の狂戦士(バーサーカー)同士の戦いは幕を閉じた。

 八月一一日 二三時一一分 廃工場 

「バーサーカー同士で同時に消えただと?」
 イエロウの使い魔によりバーサーカーが脱落したことを知った玄夜は驚愕していた。
(落ちるとは思っていたがこれ程早く落ちるとは…。だが所詮はバーサーカーか)
 玄夜は工場にある五メートル級のプレス機の上に佇んでおり、その直ぐ後ろに黒い“もや”の様なモノが従順に存在していた。
 玄夜は振り返り、黒いもやをじっと見据える。
「……アサシン。俺の側にいるときくらいスキルの発動を抑えろ」
 玄夜の発言に黒いもや——“天”のアサシンは徐々に輪郭を露わにし、はっきりと玄夜に認識出来る様に姿を見せた。
 黒いローブに身を包み、フードを深く被った男が現れ、一言も発する事なく玄夜の隣に控える。

「さて、そろそろだな」
 その言葉に“天”のアサシンは再び姿を眩まし、工場の扉が開いた。
 魔術で視力を強化し、扉付近を見ると、碧髪、左目が青色、右目が紺色の青年――能登 麻美湖と髪の色が似ている女性――“時”のアサシン(アインハルト)が周囲に気を配りながら進入していた。
(男の方は能登 麻美湖……この近辺の学生だが――)
 麻美湖から発せられるプレッシャーに黒宇は眉に皺を寄せた。
(唯の学生にしては威圧感が凄まじいな。それにあの目……魔眼、しかも左右の色が違うと来たか)
 麻美湖の特異性に気付き、コートの内ポケットに手を伸ばした瞬間、“時”のアサシンが上から襲い掛かってきた。
「…っ!」
 だが、同じタイミングで襲い掛かってきた“天”のアサシンによって防がれた。
 地面に着地し、“天”のアサシンと相対した“時”のアサシンは目元を覆っているバイザーの下で目を細めていた。
(認識、出来ない…)
 生前、闇討ち同然の果し合いを申し込み続けた“時”のアサシンにとっても、もやを相手取ることはなかった。
(ならば、一瞬の隙を突くまで……!)
 こうして、“時”と“天”のアサシンによる戦いが始まった。

 アサシン同士が自身のマスターから距離を取りながら移動する中、玄夜は左手で腰に提げた袋を掴み、中身――カラスの羽根を空中にばら撒く。
「…英雄王の真似事では無いがな」
 懐から鳥の骨で作製した指揮棒(タクト)を取り出して掲げた。すると、空中にばら撒かれた無数の羽根の鋭く加工された根元が一斉に標的(あさびこ)に向き、
「――行け」
 指揮棒(タクト)を降り下ろし、無数の羽根は銃弾の様に撃ち出される。
(……量が多いな)
 対する麻美湖は両目を輝かせ、持ち前の身体能力で回避する。
 玄夜は三拍子でメトロノーム振りし、一拍子で発射、二拍子で己の背後の空間に向かって回収、そして三拍子めで方向を固定――装填し、また発射する。
 三角形を描くように玄夜は指揮棒を振る。
 麻美湖は避ける。
 避け続ける。
 そして互いは次の一手を模索する。
 敵を屠る一手を――

 “時”のアサシンの拳が工場内の機械を破壊する。
 一見するとがむしゃらに殴り壊したように見えるが、そう…ではない。
(思ったよりも厄介ですね…………)
 表情は平然としているが、内心は少し参っていた。
 それもそのはず。
 成熟した女性の体つきをしているが、その実、彼女はまだ少女なのだから。
 成熟した体つきをしているのは、保有スキル“変化”で身体の構成を変えているからに過ぎない。
 そんな彼女――“時”のアサシンは“天”のアサシンの保有スキル“気配拡散”にどう対処しようか迷う中、ふと、いつの日にか麻美湖(マスター)とした会話を思い出していた。

 それは、召喚されたあの日。
 麻美湖が同輩(エニシ)に邪魔者の“後始末”に駆り出され、麻美湖の一戸建ての自宅に帰還した時の事――
 麻美湖は二階の自室に入るやいなや、腕立て伏せを始めた。
「どこか適当な所で腰を降ろしてくれ」
 腕立て伏せをしながら麻美湖がそう告げる。
 その言葉に“時”のアサシンが実体化し、麻美湖のデスクの備え付けの椅子に座る。
 少しの沈黙の後、“時”のアサシンが口を開いた。
「マスター。先程の質問ですが」
「俺の武術の流派……だったか?」
「ええ。マスターは“覇王”流の使い手なのですか?」
 その言葉に、麻美湖は腕立て伏せを止め、その場で胡座をかいて“時”のアサシンに向き直った。
「……すまないが、文字に書き起こしてくれないか? “はおう”という文字を」
 麻美湖の注文に疑問に思いながらも“時”のアサシンは聖杯から得た知識でデスクの上に置かれたメモ用紙に“覇王(はおう)”と書き、麻美湖に渡した。
 渡された紙を見て麻美湖は目を細めた。
「成る程な………この文字から察するに、“強さの極み”というのがお前の武術の根幹なんだな?」
「——はい」
 麻美湖の推察に“時”のアサシンは僅かに驚き、頷いた。
 麻美湖は続ける。
「俺の武術は確かに“はおう”流ではある。だが、文字にすると………こうなる」
 ペンを受け取り、麻美湖はメモにペンを走らせ、アサシンに渡し返した。
 そこには、覇王と書かれた文字の下に“破皇”と書かれていた。
 麻美湖は拳を握りしめ、宣言した。
「俺の願いは聖杯に懸ける程の物ではないかもしれない。だが、“人殺しの武術”と蔑まれたこの武術を再び、弱者の唯一の牙として、悪性の“皇を撃ち破る”武術とするのが、俺の唯一の願いであり、贖罪だ。だから、お前の覇王流を教えてくれ。他の武術を習得してでも、俺は勝ちたい……!」
 深々と頭を下げた光景は心に焼き付いた。

 一瞬の思考から一転、“時”のアサシン(アインハルト)は脱力して立ち尽くす。
 諦めではない。断じて否だ。
 極限まで余計な緊張を解き、反射で敵を仕留める。そういう方針だ。
 その様子に“天”のアサシン――エリミ・ネイトは考える。
 状況。
 此方が有利。
 根拠。
 マスターの魔力供給、及び、自身のスキル。宝具の殺傷力。僅かではあるが此方が上。
 敵。
 女性。私見で、十代から二十代。
 後の行動。
 敵は恐らく、カウンター………後の先。先に此方の攻撃を潰し、仕留めにかかっている。
 思考…………確定。
 マスターに宝具の使用許可を打診。その後、発動の機会を窺う。

 玄夜がメトロノーム振りをし、麻美湖にカラスの羽根を撃ち続ける中、ズボンのポケットの中に入っているカラスの嘴が振動した。
 それは、“天”のアサシンによる宝具の使用許可申請——
 直ぐ様念話を飛ばし、
『許可する』
 それだけ告げて、直ぐに念話を切った。
 玄夜が再び、麻美湖に意識を向けようとした瞬間。
「何…!」
 眼前にその麻美湖がいた。
 直ぐに脚を魔力で強化、後ろに跳び、指揮棒を振って羽根を撃ち出す。
 しかし麻美湖は先ほどのように避けることはせず、被弾するものだけ手刀で叩き落としていた。
「ちいっ」
 玄夜の舌打ちを余所に麻美湖は止まることなく、右眼の“未来視”で、羽根の軌道を見切り、左眼の“重圧”で瞬間的に速度を落とし、時折毒が塗られているものを安全に叩き落とす。
 そして——
「破皇、断空拳!!」
「く——」
 破裂音が鳴り響いた後、玄夜は吹っ飛ばされ、ガラガラと設備などが倒壊する音が聞こえた。
 長年使われてなかったせいか、凄まじい量の粉塵が巻き上げられた。

 爆音が響き渡る中、口を開いたのは“時”のアサシンだった。
「…ようやく、姿を現しましたね」
 そこにいたのは先ほど撹乱し続けた黒いもやでは無く、黒いローブを身に纏った人物だった。
 目を凝らすと身の丈以上の大きさの刀身が黒い鎌を担いでいた。
 “時”のアサシンが構えた直後。
「…『黒天の鎌(アスワド・メンジャル)』」
「なっ……!」
 “天”のアサシン(エリミ)がぼそりと呟くように発言すると同時に、再び姿を眩ました。
 “時”のアサシンは驚愕したが、直ぐに平常心を取り戻す。
(宝具を発動させたのは失策ですが、それならば、こちらも――)
 “時”のアサシン(アインハルト)は右拳に魔力を収束し始めた。
 それは麻美湖(マスター)と同系統の型——
(姿が見えずとも——)
 身体中の神経を研ぎ澄ます。
 後ろから微かに聞こえた風切り音に、身体を後ろに向ける。
「『覇王——」
 この一撃に全てをかける。
「断——」
 麻美湖(マスター)の願いと覇王流(おのれ)の誇りの為に——
「空、っ!」
「…………」
 打ち出す間際に、黒い鎌が襲い掛かる。
 “時”のアサシンは首下に迫り来る刃を左腕を犠牲にし、コンマ数秒遅らせて、首を曲げ紙一重で回避した。
 激痛を奥歯を砕けるくらいに噛み締めて耐え、必殺の宝具(いちげき)を叩き込む。
「――拳』ッ!!」
 その拳は見事に“天”のアサシンの身体の中心に入り、麻美湖(マスター)の放った拳よりも数倍の威力で吹っ飛ばした。
 機材を巻き込み、壁に激突した“天”のアサシンは壊れた人形のように項垂れ、消滅を始めた。
「勝ち、ました……」
 左腕を布で縛って止血し、完全に“天”のアサシンが消滅するのを見届けた後、“時”のアサシンは麻美湖の下へ向かう。
(マスター……今、行きます……)
 一歩ずつふらついた足取りで歩く。
(マスター……)
 だが、その甲斐虚しく、“時”のアサシンは躓いて倒れた。
(マス…ター……)
 血反吐を吐き、意識が遠くなる。
 残った右腕を懸命に伸ばし——地面に付く。
 そのまま意識を失い、“時”のアサシンも“天”のアサシンが捨て身で放った宝具——『黒天の鎌(アスワド・メンジャル)』により消滅した。

 “天”と“時”のアサシンが必殺(いちげき)を放つ前。
 玄夜は粉塵の中、床上で目を閉じて大の字で伸びていた。
(強い…な……)
 なんとか意識を覚醒させ、状況を把握する。
 麻美湖(てき)の放った拳と自分の身体の間に強化した左手を滑り込ませ衝撃を多小軽減し、辛うじて生きている。
 しかし、魔術で強化して尚、負った傷は軽くなかった。
(魔術で強化してこのザマか。……あばらが何本かイったな……)
 代償は左腕の粉砕骨折と肋骨数本の骨折。なにもしなければ、内臓破裂で死んでいただろう。
 玄夜は魔術で治癒ではなく、痛覚を遮断した。
 いち早く行動するには痛覚を遮断するのが一番であるからだ。
 立ち上がり、敵に気付かれぬように機材の陰に隠れる。
 そして、懐からカラスの嘴を加工して製作した笛を取り出した。
(出来れば使いたくはなかったが……そうも言ってられないか)
 不満ながらも、玄夜は嘴の先端に口をつけて吹いた。
 甲高い音が鳴り響き、その音に麻美湖は舌打ちして粉塵の中に飛び込んだ。
(仕留めたと思ったが……)
 詰めの甘さに痛感しつつ、手で粉塵を払いながら玄夜を捜す。
 捜す中、ばさばさと羽ばたく音が聞こえてきた。
 その音は次第に大きく、そして多くなっていた。
 一旦音の方に意識を向けるとそこに居たのは——
(カラス…だと?)
 日本では、鳩や雀に次いで最も多く見られる雑食性の鳥類——カラスだった。
 カラスそのものはそう珍しくない。問題は——
(何故、“エサとなるモノが無い”この場所に居ること——)
 そこまで考え、気づく。
「そういうことか……外道め」
 エサならある。麻美湖(じぶん)がその(エサ)だ。
 そう自覚した麻美湖が表情を険しくする。
 玄夜がマンションの一“階”を貸し切って養殖させたカラスの数はおびただしいものとなっており、麻美湖の全方位を取り囲んでいた。
 麻美湖が射殺すように睨み付けるとカラス達が鳴き声をあげ、麻美湖に襲い掛かる。
(いうなればこれは処刑——鳥葬か)
 大きく息を吸って——短く、勢いよく吐く。
「舐めるな…!」
 襲い掛かるカラスを手当たり次第に一撃で仕留める。
 殴り。
 蹴り。
 折り。
 潰し。
 貫き。
 砕く。
 いくら順調に処理していっても、体力は擦り切れ、カラスは増え続ける。
 玄夜との戦闘で“眼”を酷使した麻美湖に一瞬、目眩が襲う。
 目を強く瞑って勢いよく開くと、そこにはカラスの嘴——
「ぐ、あぁあっ!」
 左眼は辛うじて、“重圧”を起動させて瞬時に一羽屠るが、右眼は“未来視”を持ってしても潰され、失明した。
 怯んだ麻美湖にここぞと言わんばかりにカラスたちが麻美湖(エサ)の身体を啄み始めた。
(くそ……! 俺は、まだ…っ!)
 死ねない。
 己の武術(ほこり)を穢したまま、こんな所で朽ちるわけにはいかない。
 だが、そんな思いも虚しく、身体に力が入らなくなり麻美湖は仰向けに倒れた。
 カラスたちに貪られる中、麻美湖は思いを馳せていた。
(アイン……ハルト………すまない……)
 “時”のアサシンの願いも叶えられないことを悔やみながら、麻美湖はカラスの(エサ)となった。

「はぁ……はぁ…っ…」
 麻美湖の鳥葬を使い魔の眼と感覚を共有して確認すると、玄夜は鉄パイプを杖代わりに突いて工場の出口に向かっていた。
(アサシンとの因果線(ライン)が途絶えたから撤退……と思ったが、敵のサーヴァントと道連れになったか……)
 状況を把握し、再び歩き始める。
(教会(イエロウ)に保護……その前に病院か? いや……先ずは拠点(ホテル)か…)
 工場からはおびただしいカラスの鳴き声が聞こえる。
 魔術で卵の時にかけた食欲の制限解除、及び暴走。それにより無数のカラスは一度肉を食すと周りにいる動物を食い尽くそうと共食いを始め、最後に残った一羽も自ら身体を食い破り、絶命する。
 後日、報道メディアで多少話題になるが、魔術の痕跡は残さず、神秘の隠匿としてはベターな方法ではある。
 そして歩み続ける。
(俺は……帰るんだ……。元の世界に……!)
 負傷しながらも確かな足取りで拠点のホテルに向かい、アサシン同士の闘いは終わった。

 八月一一日 零時一〇分 ホテル

「アサシンがやられたか」
 外でけたたましい轟音が響く中、シディアはホテルにトラップなどの細工を施した後、霊器盤に反応が有り、確認するとアサシンの反応が“天”と“時”、ほぼ同時に消えたことに眉を顰めた。
(イエロウとルミエルが敵に遭遇、俺と白雷(アレ)ホテル(ここ)で敵の襲撃……敵はどうやら“一対一(サシ)”で決着(けり)を着けるつもりか?)
 シディアが思考していると、背後に“天”のキャスター(ウィズ)が実体化した。
「あの、シディア様」
「どうした? キャスター」
 “天”のキャスターは気まずそうに一瞬迷ったあと、口を開いた。
「先程、数々の罠を仕掛けていただいて申し訳ないのですが、このままだと、ホテルそのものが倒壊する恐れが…」
 その言葉にシディアは窓の外を見る。
 二人の男女が無節操にとんでもない量の魔力を帯びた魔術をホテルにぶつけていた。
「…まるで爆撃だな」
 シディアは嘆息して、仕度を始めた。
「仕方ない。外に出て迎え撃つぞ」
「はい」
 シディアは“天”のキャスターと共に部屋を出た。
 ロビーに向かう途中、隣を歩いている“天”のキャスターをちらりと盗み見る。
 思い出されるのは、召喚した日の事——

「よし、始めるか」
 協会からの使者を集中したいからという理由で帰し、魔方陣の前に立ち、詠唱を始める。
(魔術回路の運転は快調。この調子なら——)
 順調に詠唱を唱えていると、鎖の動く音が聞こえた。
 唱えつつ檻を見ると、(くつわ)を吐き捨て、ニタリとこの世のモノとは思えないほどの気味の悪い笑みを浮かべた白雷がいた。
 足下を見ると、そこには石灰岩の破片で描かれたシディアと同じ魔方陣——
 耳を澄ますと異常な速度で詠唱を唱え、魔力が白雷の下に渦巻く。
 それに焦りを感じたシディアも詠唱の速度を上げる。
 だが白雷の詠唱は速度を落とすこともなく、確実に紡ぐ。
 そして——
「汝三大の言霊を纏う七天抑止の輪より来たれ天秤の守り手よォォォォ!」
(間に合わなかったか…!)
 最悪の事態と化した状況にシディアは“最後の手段”を使おうと一考する。
 迷う中、白雷の魔方陣に魔力が集束し、白雷の手の甲に三画の痣が刻まれる。
 魔力の輝きが収まると、魔方陣の上から純白のローブを纏った美しい女性が現れた。
「――“天”のキャスター。ウィズ・ウィッチと申します。マスターの杖となるべく推参しました」
 その姿にシディアは“天”のキャスター(ウィズ)に見とれ。
 喚び出した白雷は——
 「——はぁッ」
 笑った。
 その笑みに本能的な恐怖を覚えたシディアは檻にしがみつき、キャスターに叫ぶ。
「霊体化して逃げろ! キャスター!!」
「——え?」
 戸惑うキャスターを他所(よそ)に白雷は嬉々として叫ぶ。
「“天”の令呪をもッて命ずるぅ! “動くな”ッ!」
「…!?」
「くそっ!!」
 白雷の甲から痣が一画消え、キャスターの身動きが硬直し、シディアは急いで檻に仕込まれた魔術を解除する。
 白雷は間髪入れずに再び叫ぶ。
「“天”の令呪をもッて重ねて命ずるぅ…オレに“逆らうな”ぁ!」
 二画目の令呪を消費し、キャスターの行動は完全に制限された。
「クッ、ハハハハハ!!」
 白雷はひとしきり高笑いしたあと、キャスターに飛びかかり、服を破り、指を舐めてキャスターの女性器を濡らしたあと、己の肉棒を取り出して挿入する。
 シディアは奥歯を噛み砕く思いで自身が施した魔術を解除し続ける。
 魔術を解除する中、くぐもった嬌声と肉を打ち付ける音がシディアの耳に突き刺さる。
(くそ…! くそっ…!)
 結局。シディアが完全に檻に掛けられた魔術を解除したのは、白濁色の液体に塗れたキャスターが、肉欲を吐き出し自身の上で眠りについた白雷を撫でている光景を目にした時だった。

 「シディア様?」
 「——っ。どうした? キャスター」
 キャスターの呼び掛けにより気付いたシディアは我に帰り、キャスターに尋ね返した。
 「もうすぐ、外に出ますよ」
 見れば、相も変わらずふざけた魔力量の魔術がホテルにぶつけられていた。
 シディアはため息をついて扉を開け、“天”のキャスターも付いて行った。
 「——む。待て、キャスター。ようやく、ネズミが出てきたぞ」
 「ネズミて……ごめんなぁ。わたしのマスター凄く口悪いんよ。堪忍な」
 尊大な口調の背丈が平均より少し低い青年——奏太の事について、白いベレー帽を被り、背中から四つの漆黒の羽を伸ばして宙に浮いてる女性——“時”のキャスター(はやて)が苦笑いしながら謝っていた。
 彼らの発言を流し、シディアは思考する。
(予見通り、敵は一組。さて、始めるか)
 覚悟を決め、戦闘準備に以降する中、シディアは念話で“天”のキャスター(ウィズ)に通達する。
『キャスター。取り敢えずはライダー、もしくはランサーが戻ってくるまでの時間稼ぎだ。形勢が不利になるようであれば遠慮なく特大の奴を撃ってやれ』
『わかりました。シディア様は……?』
『俺は牽制に徹する。援護を頼む』
 “天”のキャスターは宝具である杖を取り出し、頷く。
 それを見た奏太は口元をニヤつかせた。
「ほう…。大人しくサーヴァントを自害させるなら、見逃してやろうと思ったが……自殺志願者だったとはな」
 そんな挑発染みたことを言った奏太に対し、シディアは冷静に返答する。
「……此方も、まさかこんな小さな子供が空爆並みの攻撃をしているとは思わなかったな」
 瞬間。場の雰囲気が凍りつき、“時”のキャスターは頭に手を当て、「あちゃー……」と漏らした。
 肝心の奏太は——
 「——そこまでして死にたいか。塵芥が」
 怒りで自身の魔力が溢れ出ていた。
 間髪入れずに左手で魔導書を開き、右手に持った杖をシディア達に向け、光線——魔力砲を放つ。
 シディアは即座に走り出し、“天”のキャスターは、シディアに向かって行く光線に対し杖を振り、分厚い氷の壁を七つ。
 シディアを守るようにそびえ立ち、砲撃の威力を弱め、七つ目で威力は完全に殺された。
 そのまま奏太の背後に回り込み、懐から取りだした拳銃で奏太を狙撃しようとする。
 「させへんよ」
 そうはさせまいと、“時”のキャスターは自身のマスターと同じく書を開き、杖を向け、魔力で編まれた数多くの白銀の短刀を意のままにシディアに飛ばす。
 シディアは舌打ちをして、転がって回避する。
 回避された奏太は直ぐに“時”のキャスターに念話を繋げる。
『奴は俺が殺す。貴様は援護を——』
『すまんけど、ちょお無理や……っ!』
 奏太が多少の驚きと共に横目で“時”のキャスターを見ると、先程シディアに放った白銀の短刀——ブリューナクを別の方向、“天”のキャスターに向け放っていた。
 “天”のキャスターは“時”のキャスターと同じように空間に無数の氷の槍を創り出し“時”のキャスターに向けて放っていた。
 まるで合戦のような撃ち合いに奏太は歯噛みしてシディアを視認した後、今度は球状に圧縮した魔力の砲弾とでもいうべきものを撃ちだす。
 シディアはスラックスの裾を捲り、脚に巻き付けたホルダーから三本に分割した三節棍を抜き出して直結させ、その先端にありとあらゆる言語で“否定”という文字が書かれた呪符が付けられた切っ先を取り付けて即席の槍を作り、魔力球を両断した。
 「おのれ……塵芥ぁ!!」
 自身の放った魔力球を両断された奏太は魔力を増幅させ、質、数を上昇させてシディアに放つ。
(どこまでやれるか………)
 目の前の少年、もとい青年のセンスに軽く戦慄を覚えたシディアは再び槍を構えた。

 真っ暗。
 目を開けても閉じても黒という色の中でゆっくりと瞼を開ける。
 目はぎょろぎょろとカメレオンの様に上下左右に動かした後、口元から醜悪な吐息を漏らす。
 それは捕食者の吐息。
 耳を澄ませると此処ではないが、近くの場所で爆発音やら金属同士が衝突する音も聞こえてきた。
 今はまだその時ではないと、再び眠りにつこうと瞼が完全に閉じるその一歩前で、ばきん。と、何かが壊れた音が聞こえる。再度目を見開き、口元を下弦の月の様に口角を上げ、上のフタを蹴破る。
「………」
 フタは吹っ飛び、壁に叩きつけられ、棺桶から白髪で病的に肌が白いやせぎすの青年——白雷が現れた。
 白雷は外に視線を向けると、下卑た笑い声を上げながら、地面這う様に姿勢を低くして走り出し――部屋の窓から跳んだ。

「はぁ、はぁ……」
「どうした、塵芥。呼吸が荒いな?」
 奏太と戦闘して数分。
 シディアは内心で化け物め、と悪態ついていた。
 自身は“天”のキャスター(ウィズ)に魔力を回す為に極力魔術は使わず、自作の礼装で捌いているが、目の前の敵は自身のサーヴァントに膨大な魔力を回し、かつ、自身も明らかに三小節以上の魔術を行使している。そんなことをすれば数分と持たず、マスターの魔力切れで動けなくなるはず。
(……カラクリのタネはあの本か)
 魔術を行使している原因を奏太の本と定め、長期戦は不利と感じたシディアは奏太の下に駆け出した。
 奏太は嬉々としてシディアに魔術を行使する。
 「ふっ。ようやく死ぬ(その)気になったか」
 奏太は数々の魔力球、魔力砲を放つ。シディアは砲撃は避け、魔力球のみを切りつつ接近し、そして――
(ここだ……!)
 あと一足の踏み込みで槍の届く射程距離に入る――寸前。
「ぐ……!」
「勝負を焦ったな。“天”のキャスターのマスター」
 突如上空から飛来した黒銀の短刀により、四肢を刺されシディアは地面に張り付けにされ身動きを封じられた。
「シディア様!」
「加勢はさせへんよ」
 “天”のキャスターが叫び、加勢しよう試みるが、“時”のキャスターのブリューナクの連射が止まらず、加勢しようにも出来ない状況になっていた。
「詰みだ。此処まで接近した褒美として名を聞いてやろう」
 シディアは応えず、奏太をじっと見据えていた。
(ここまでか……)
 シディアは観念し、奏太はその態度に興味を無くしたような目で見た後、杖をシディアに向け、先端から光を放つ。
 “天”のキャスターが目を細め一瞬シディアを視界から外し、再び見ると、シディアの頭部が跡形もなくなっていた。
「シディア…様…」
 マスターが消えた以上サーヴァントの消滅は時間の問題だと知っている奏太は本を閉じ、杖を肩に担いで振り返って歩き始めた。
「キャスター。目障りだから、そいつを消しておけ」
「別に倒さへんでも……」
 “時”のキャスターが戸惑ってる中、ホテルの窓が割れる音が響き、何かが落ちてきた。
 その場に居た全員が落下物に視線を向け、真っ先に口を開いたのは――
「…マスター!?」
 “天”のキャスターだった。
「何だと!?」
「何やて!?」
 奏太と“時”のキャスターが異口同音で驚き、落下物こと“天”のキャスターの“本当”のマスター――白い囚人服を着て、手足に枷を嵌めた白雷がゆらりと立ち上がった。
 白雷は首をコキコキと鳴らした後、首だけ振り向き、“時”のキャスター組を見据え――
「フフフフフフハハハハ!! よぉやく、出てこれたぜぇッ! クヒャヒャヒャヒャヒャッ!!」
 醜悪に笑った。
「第五の“時”の令呪をもって命ずる。あの男を全力をもって宝具で消せ」
 白雷に危機感を覚えた奏太は即座に令呪を使用し、魔力の増幅を促して最大級の魔術でもあり宝具の使用を強制させる。
 令呪をもって命令された以上、“時”のキャスターは従うしかない。
 もっとも、目の前の異常な男を前にして逆らう気は微塵も無いが。
(何や……あの人……何で絶対に“何もさせへん”って気になるんや)
 恐怖に違和感を感じつつ“時”のキャスターは魔力を集中させる。
 対する白雷は特に何をする訳でもなく、薄く笑みを浮かべたまま“時”のキャスターを見ていた。
「マスターをやらせは……!」
「貴様は引っ込んでいろ」
 “天”のキャスターが白雷を守ろうと杖を振りかざそうとするが、奏太の砲撃が放たれ、“天”のキャスターは咄嗟に自身を守る為に宝具でもある杖――『白天の杖(レフケ・イポケタスティマ)』で地面を突き、石の壁を七つ、地面から突出させる。
 奏太は休むことなく砲撃を撃ち続け、“天”のキャスターの身動きを取れなくさせていた。
 奏太の援護もあり、“時”のキャスターは最後の仕上げに入る。
 これで終わらせる、と決意を込めてその名を口にする。
「響け終焉の笛……」
 白銀の魔法陣を前方に展開、そして書を開き、杖を振り下ろした。
「――『神々の黄昏(ラグナロク)』!!」
 大質量の魔力の光線が放たれた。
「マスター!!」
(これで……!)
 “天”のキャスターが叫び、奏太が勝利を確信する中、白雷は――
「――クる狗ルま牙レ(マッドクレイジィ)ィィイ!」
 白雷の十字型の瞳孔が光線を視界に入れ狂喜して叫ぶと光線は九六回、乱回転したのち、消滅した。
「そんな……」
「馬鹿な……」
 二人が茫然としていると、白雷はその場からふっ、と消えた。
 “時”のキャスター組が警戒しようとしたその矢先。
「――ぐうぅうっ!!」
「奏太君!?」
 奏太の右腕が千切れ、苦悶の声を出して跪いて鮮血を右肩からドバドバと溢れ出していた。
 奏太が振り向くと右手を真っ赤に染めた白雷が奏太から文字通り、もぎ取った右腕を切り口からくっちゃくっちゃと口まわりを赤くしながら平然と食べていた。
「やッぱ野郎の肉は不味いな……焼かねぇと食えたもんじゃねぇ」
 口元を腕で拭い、奏太の右腕を投げ捨てると“天”のキャスターに醜悪な笑みを浮かべて呼び掛けた。
「キャぁあスタぁー……。そのガキの残りの手足封じとけぇ……ただし、殺すなよぉ? 楽しいショーが始まるからなぁ」
「わかりました」
 そう言うやいなや、“天”のキャスターは杖を振り、奏太の片腕両足を凍らせた。
「くそ、塵芥どもがぁ!!」
「奏太君ッ!!」
「クハハハハハ!!」
 “時”のキャスターが飛行して奏太に接近しようとするとバチッ、と電気が弾ける音の後に上空から白雷が飛びかかり、“時”のキャスターを地面に組み敷いた。
「はぁッ!!」
「ごふっ……!」
 白雷は追撃に“時”のキャスターの腹に拳を打ち込む。
「こんな、もの――」
 “時”のキャスターがブリューナクを展開し白雷を退けようとするが、視界がぐにゃりとねじ曲がる。
「うっ――」
 一瞬の嗚咽の後、“時”のキャスターは盛大に吐瀉物を撒き散らした。
「はッ、仕込みは上々……こッからがお楽しみだぁ!!」
 白雷はマウントポジションを確保しつつ、“時”のキャスターの服を破り裂いた。
 「ッ——!」
 裸にされ、隠そうとするも先程の一撃の作用なのか身体が思うように動かず、視界がぐるぐる回り続けていた。
 動けないのをいいことに白雷は身体を舐めまわす。
 首筋から胸、乳首、腹、そして、陰唇を犬のように舐めた後、白雷は己の逸物を取りだし、“時”のキャスターの陰唇に押し当てる。
(い、嫌や………こんなん、嫌……!!)
 おぞましい感覚に顔を歪める彼女を見て口元の口角を限界まで吊り上げ、嬉々として逸物を挿入させた。
 「——ッ!!」
 「クククククハハハハハハハハ!!」
 身体の体位を正常位から後背位に変えさせ、腰を乱暴に振る。
 「ん……あっ、あ、はっ……」
 最初の内こそ苦悶の声を出していたが、段々と喘ぎ声に変わっていく。
 「——く、あッ」
 「~~~~~~ッ!!」
 白雷が腰を深く打ち付け、射精すると同時に、もはや一匹の牝として“時”のキャスターは絶頂に達した。
 射精の余韻に恍惚とした表情を浮かべた白雷は己の逸物を抜き、“時”のキャスターの膣口からはゼリーのような白濁色の精液がぶぴっ、と屁のごとき音と共に出てきた。
 絶頂に達し、肩で息をしている“時”のキャスターを冷めた目で見下した後、服装を直した白雷は脱力した“時”のキャスターのそばにしゃがみ込んで髪を掴み、目線を自分の十字眼に合わせた。
 「あ、あ…が……」
 十字の瞳を見た“時”のキャスターは身体の九六ヶ所を捻らせ、消滅した。
「おのれ……おのれ、塵あく――」
「うるせぇ」
 捕らえられた奏太の口に手刀を突っ込み、喉を貫通させて絶命させる。
「さぁ……食事の始まりだぁ……! ククククク…ハーッハッハァッ!!」
 白雷の笑い声が辺りに響き、“天”のキャスターは奏太の遺体を炎で消し炭にした。
 雲が晴れ、満月が白雷を照らす。
「ハッハッハッ、がごがががががああああああッ!!」
 照らされた月を見た白雷は頭の天辺から真っ二つに裂け始めた。
「マスター!?」
「がぁああああああッ!! 満ゲつだとぉ!? クソおおおおウ!!」
 白雷はその場で倒れ、“天”のキャスターが彼を抱き抱える。身体は裂け続け、もう額は真っ二つに裂けていた。
 「キャァすたああ、ナントカして治せェェええええ」
 「やっていますが……マスターに掛けられた呪いが強すぎて……」
 激痛に苛まれる白雷は最後の力を振り絞って右手の甲の令呪を起動させる。
「命ズる……。俺を、殺せ……!!」
「マスター!? なにを……!!」
「てめエは……オレを苦しめテえのかぁ!!」
「……ッ」
 彼女は令呪に反し、杖を上げまいとしていたが、主の悲痛な叫びと共に覚悟を決め、呪文を唱えた。
「……ごめんなさい……!」
 白雷の頭上に雷を落とした。
 白雷は黒炭化して死亡し、“天”のキャスターは消滅を始めた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……!」
 消滅しながらも蹲り、涙を流して謝罪していた。
 彼女がここまでマスターを想うのは、召喚された際、白雷に犯されたことにより、魔力と共に彼の深い部分を垣間見たからだ。
 そこで彼女は壮絶な過去を観た。
 株と宝くじで一山当てた父は息子に興味などなく。むしろ己の食糧を減らしにくる害虫程度にしか思っておらず。
 母は持ち前の美貌で毎晩違う男と夜を供にしては眠りに自宅に朝帰りを繰り返す。
 それが白雷の――京元(きょうもと)郷弥(きょうや)の生まれて一年経った状況だった。
 命からがらに生き延び、その九年後に赤子はとち狂い、冷蔵庫の食べ物を食べて父に殺される寸前に父を食い殺し。母を犯した後、食い殺した。その日の内に延べ十人以上の人を食い殺した彼は、死して尚、永久に消えることの無い呪いを掛けられた。
 不幸。不運。不遇。
 その単語ですら生温い状況下で生きてきたマスターを救えなかった事に後悔しながら、涙が地面に落ちた瞬間、“天”のキャスターは完全に消滅した。

 八月十一日 零時九分 廃ビル

 “天”と“時”キャスターが激しい戦いを始める中、聖堂教会から派遣されたマスター兼監督役のイエロウは廃ビルの中からでも聞こえる爆音に柔和な表情を少し曇らせた。
 「幾ら上空だからといって派手にやり過ぎですね」
 道端でいきなり“殺されかけた”イエロウは、即座に“天”のライダーにより廃ビルの屋上に引き上げられ、そのまま“時”のライダーと互いの宝具でもある騎“竜”を駆り、壮絶な空中決戦を嬉々として繰り広げる彼女に辟易しながらビル内に逃げ込んだ“時”側のマスターを仕留めるべく彼女もビルの内部に進入した。
(相手が即座に仕掛けてきたということは投降の意思は無いようですね)
 引き上げてくれた自身のサーヴァントの助言と自分の体験からカソックのポケットからハンカチを取りだし、小さく破り、魔力を通して耳に詰める。
(何処まで効き目があるかわかりませんが、無いよりはいいでしょう)
 そして、イエロウは歩みを止め、目の前に現れた敵――高橋美歌師を見据える。
 彼は徒手空拳の出で立ちでイエロウの方をじっと見据えていた。
 一瞬の静寂の後、二人がいる階の窓ガラスが全て割れた。

 遥か上空。
 世界最高峰の山脈よりも高い空中で、白い飛竜と黄土色の巨大な飛竜が追撃戦(ドッグファイト)を繰り広げていた。
 「小娘が……さっさと我が竜に喰われればいいものを…!」
 「そう、簡単にはやられません!!」
 “時”のライダーの宝具でもある騎竜――『白銀の飛竜(フリードリヒ)』は“天”のライダーが騎乗している、『黄天の竜(ジョールトゥイ・ドラコーン)』の頭上を羽虫の如く飛び回っていた。
(いくら、スピードで勝っていても、あっちの一撃は重すぎる……。一瞬の隙を見逃さない様にしなきゃ……!)
 スピードで撹乱しつつ、ついに“時”のライダーが背後を取った。
 「『爆裂の業炎(ブラスト・レイ)』!!」
白銀の飛竜(フリードリヒ)』の口から放たれた炎は真っ直ぐに“天”のライダーに向かって行く。
 “天”のライダーは特に驚く様子も無く、冷静に手綱を引いて竜の顔を炎に向けさせる。
 「——『水 威 吹(ヴァダー・ドゥイハーニエ)』」
 彼女の竜は口を開け流水を吐き出す。吐き出された水と炎で水蒸気が発生し、周辺に霧を生成した。
 「視界が……! フリード!!」
 “時”のライダーは直ぐに竜に指示して雲から脱出する。自身に影が落ちていることに気付き、上を見る。頭上から岩石が降って来ていた。
 「そんな……」
 “時”のライダーが驚いたのは岩石が降ってきたことではなく、岩の合間を縫うように迫りくる“天”のライダーだった。
 「そこを動くな、小娘ぇええッ!!」
 尋常ではない速度で、手にしている異形な槍、『獣 牙 槍(ズヴェーリ・クルイーク)』を構えて突進、否。落下する。
 「フリードっ!」
 “時”のライダーは竜に指示し、半回転させ自身も振りほどかれぬよう竜の首筋にしがみつく。
 「ちいっ!!」
 寸でのところで避けられ、悔しそうに舌打ちした“天”のライダーは即座に指笛を吹き、己の下に騎竜を呼び出し、手綱を掴み、再び追撃戦に移行した。
 猛然と追ってくる“天”のライダーをちらりと後ろ手に見た“時”のライダーは上昇した。
(どうしても後手にまわっちゃう……やっぱり、“喚ぶ”しか…)
 己の奥の手、もう一つの宝具の使いどころを見極めるために、“時”のライダーは更に速度を上げた。

「あのシスター……どこに逃げた……?」
 廃ビルの中、先に仕掛けた美歌師は注意深く廊下を歩いていた。
 美歌師の使用した魔術により砕け散って床に落ちているガラスにも極力避けるようにして歩く。
(まさか、一度ならず二度も避けられるとはな)
 一度目は完全なる不意打ちでサーヴァントを使うまでもなく終わらせるつもりだった。
 しかし、敵のサーヴァントの危険察知により廃ビルに逃げ込まれた。
 そして、二度目。文字通り袋の鼠という状態にも関わらず、敵を逃した。
(三度目……俺の喉が持つかどうかだな。最大出力はまだ撃てない。なら、小出しで行くか)
 思考しつつ歩き、通路を曲がろうとした。
「……ッ!!」
「……惜しいですね。あと一歩の所で楽になれたでしょうに。それにその反応速度…あなたではない者がかけた魔術で強化していますね」
(そこまで解ったのか…!?)
 曲がり際に投擲された黒鍵を上体を反らして躱し、壁に身を寄せて隠した美歌師にイエロウが淡々と告げる。
 その間にも精神的圧力をかける為に、コツコツと足音を立てて近づいて行く。
(どうするか……いくら相手が熟練された戦闘の達人でも、此方の使う魔術は音だ。近づけば一撃で葬ることができる――)
 そこまで考え、美歌師は頭を振った。
(いや、熟練されたからこそ、ここまでこじれた状況になったんだ。だったら、距離をとって、今度こそ仕留める…!)
 美歌師は一足で跳び、曲がり角から大きく距離をとった。
 喉の魔術刻印に魔力を通し、いつでも行使できる状態にしておく。
 そして、曲がり角からイエロウの姿を確認した瞬間、“叫んだ”。
(独特の魔術を使いますね。さしずめ“バンシィ”と言ったところでしょうか)
 声の衝撃波に僅かに驚くも、イエロウは首に提げていたロザリオを掴み、空いた方の手を前につきだして祈る。
 「主よ。我を守りたまえ」
 瞬間、イエロウの前に力場が発生し、衝撃波は流されるように防がれた。
 美歌師は意地になり、出力を上げる。
(こうなったら——)
(——我慢比べですね)
学生と修道女の削り合いが始まった。

 「…いい加減、飽きてきたな」
 しばらく追いかけていた“天”のライダー(テイク)は逃げ回るだけの敵にうんざりしていた。
 それは、騎乗している竜も同様の様で、苛立って鼻息を荒くしていた。
「――終わらせるか」
 決心した“天”のライダーは手綱をしならせ、己が獲物に狙いを定めさせる。
「『火 威 吹(アゴーニ・ドゥイハーニエ)』」
 “天”のライダーの指示を聞いた竜は喉を肥大化させ、空一面を焼く炎を放射した。
 炎に包まれたかに見えた“時”のライダーは魔法陣の障壁を張りつつ、業炎の中から飛び出す。
 多少煤けてはいるが、“時”のライダーの傷は浅かった。
 「ほう、今のを凌ぐとはな。ならば——」
 一際高く上昇し、“時”のライダーの上空に陣取り、そして——
 「お次は毒だ。もがき苦しむがいい!!」
 竜は口から毒霧を吐き出す。霧に包まれた“時”のライダーは一呼吸して気管支に想像を絶する刺激を受け、即座に鼻と口を手で覆い、フリードも堪らず、墜落するように急降下して霧を脱出する。
 だが、連撃は止まらない。
 「『風 威 吹(ヴェーチェル・ドゥイハーニエ)』!!」
 黄土色の竜に間髪入れず指示を出し、純粋な肺活量でただの息を吐き出させる。
 だが、吐き出すのは幻想種最強の竜種。
 ただの息一つとっても、荒れ狂う竜巻と化す。
「フリー…ド! 耐えてっ…!」
 繰り出される攻撃に回避は無理と判断し、竜に耐えるよう指示する。
 しばらく耐え、攻撃の一瞬の隙を見つけた瞬間、練り上げた魔力を解放し、詠唱する。
「天地貫く業火の咆哮、遥けき大地の永遠の護り手、我が元に来よ、黒き炎の大地の守護者。竜騎招来、天地轟鳴、来よ――」
 “時”のライダーはもう一つの(きりふだ)の名を叫ぶ。
「――『黒炎の真竜(ヴォルテール)』!!」
 魔法陣から人型の黒い巨竜が現れた。
 黒い巨竜は立ち塞がるように“天”のライダーの前に割り入る。“時”のライダーは反撃といわんばかりに竜に必殺の一撃を指示する。
「『大地の咆吼(ギオ・エルガ)』ー!!」
 黒い巨竜は翼を広げ、そこに付いている宝玉と竜自身の口に周辺の魔力を収束させる。
 空中でなければ放てぬ程の魔力を収束し、そのまま発射――寸前に。
「やらせんぞ、小娘」
 黒炎の真竜(ヴォルテール)の周辺に何時の間にか岩石が浮いており、そこから荊のような鎖——『拘 束 縛 鎖(アグラニチェーニエ・ツェーピ)』がヴォルテールをがんじがらめにしていた。
「ヴォルテール!?」
 異常事態にヴォルテールを確認すると、頭部に“天”のライダーが着地しており、“時”のライダーを一瞥した後、手にした槍で頭部を突き刺した。
 槍は先端のみ刺さりそれ以上刺さることはなかった。
 だが、それで充分だった。
 刺さった事実に嬉々として“天”のライダーが笑い声を上げた。
 「はははっ!! さあ、鎖が解けるかこいつの命が尽きるか、どちらが先かっ!?」
 槍を引き抜く。先端のみが刺さったままになり、その先端を蹴り飛ばした。先端には“ヴォルテールの肉片”が付着していた。
 「っク、ははっ」
 僅かに笑みを漏らしながらも休むことなく、刺して、抜いて、蹴り飛ばす。
「やめてぇええっ!!」
 悲痛な叫びと共に“時”のライダーが突貫する。
「かかったな、愚か者」
 突進をアクロバティックに躱した“天”のライダーはその最中に宝具でもある鞭『罰する鞭(ナカザーニエ・プリェーチ)』で“時”のライダーを絡めとって足下に出現させ、短くなった槍で脳天を貫いた。
「ふん。中々の余興だったな」
 消え逝く竜と敵を見下す“天”のライダーは槍を霧散させ、竜を呼ぼうと手を掲げる——
 「――っく、こいつ……!」
 咄嗟に槍を出し、竜――フリードの脳天に突き刺す。
 その一撃によりフリードは完全に消滅した。
 が、“天”のライダーの左半身は食い千切られ、彼女も消滅を始めていた。
「朽ちかけても、竜……か。ぬかったな……」
 己の慢心で再び命を落とした“天”のライダーは自嘲しながら消えた。

 「……!!」
 自身のサーヴァントの敗北に気付いた美歌師は逃げる算段を整えようと魔術の行使を中断し、駆け出そうとする。
 「——迂闊ですね」
 美歌師が後ろを向いた瞬間に、いつの間にか投擲されていた黒鍵により頭部、両腕、両膝を串刺しにされた。
 美歌師は断末魔をあげる間もなく速やかに命を落とした。
 イエロウは溜め息を吐いて頭巾を外し、金色の髪を手で薙いだ。
 「どうやら、ライダーも敗北……というよりは慢心でしくじりましたか。でもこれで監督役に専念できますね」
 肩の荷が降りたかのように、イエロウは肩を回しながら廃ビルを後にする。
(さて、先ずはホテルに帰還しないことには始まりませんね)
 サーヴァントを失っても悲壮感など微塵も感じさせずしっかりとした足取りで町中を歩いて行く。
 少し歩いてイエロウは思い出したように「あぁ」と漏らした。
 「——聖杯、どうしましょうか」
 監督役にあるまじき発言は夜空に消え、戦いは続いていく。 
 

 
後書き
(キートン○田ボイスで)後編に続く。 
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